・87
ビルマの家族とその財産
園 田 格
一 ビルマの家族
一個 人 二夫 婦 三親 三
二.家族の財産
一 財産の共同所有 ご 離婚による分与
三扶助 四相続と承継
一 ビルマの家族 一 個 人
ビルマの家族の一貫した姿は,構成員個人の自由を保持して来たところに見られると考 えられる。ビルマの市民は,妻をその協力者たるべき平等な人間として選んで来た。夫婦 は日々の生活を共にし,労苦を分ち合い,利害を共通にして来た。子供は,両性の平等と いう建前で父母の保護監督の下に成長した。
(1)
古い教義では,子供を奴隷として売るなどの父の子に対する権力的支配や,主従の関係 としての夫の妻に対する権威を認めているが,これらの権力的作用は実際には存在しなか ったといわれている。ただヒンヅ一法をでたらめに引用して書き写したものに過ぎないと されている。ヒンヅ一法では,たしかに父権や夫権の強大化が考えられていたのであるが,
ビルマではそれが誇張して伝えられたものと思われる。すなわち,ずっと以前に父権につ いての観念が変化してしまっていることが注意きれねばならない。最近の動きとしては,
さらに個人の権利を重要なものとして考え,古い教義に示されているような親の権力的支 配の取扱いについては,裁判所は充分に警戒しているのである。
ぐルマの家族は互いの愛情と尊敬によって和やかに結ばれており・力によって接ぎ合わ されているのではない。父が家族の中心であることは認められているが,父が不在のとき は母が一家を統率するのである。未成年の息子や未婚の娘は両親の庇護の下にあって,独
り立ちしたり結婚したりしようとするときには,親の同意を求めることになっている。も っとも,親の同意を要するとはいっても,親が権力的にどうこうするのではなく,親の愛 と義務という形で行われるのである。
仏教は,仏を敬まうことを徳としまた善であると教えている。この教えは仏教徒である
ビルマの青少年の意識に深くレみ込み・数ケ月ないし数年の間を僧房で過すことが慣習と
なっており,そこで僧侶に仕え,読み書きを習い,良き仏教徒になるよう努力するのであ
る。女の子は家庭でこの勉強をしたり,村の学校で学ぶのである。この仏教に対する深い
感情は,家族の紐帯をなすものであるが,法律などでおしうけられたものではない。もち ろん,家族はいつまでも同一の屋根の下に生活しているわけにはゆかない。結婚すれば息 子も娘も家を離れる。しかし,感情的には常に一体であるという気持を有しているのであ る。子供達は,自分が完全に独立するまでは,仕事上の重要な問題や家庭生活に起った問 題などについては,両親に打ち明け,相談して指示を仰ぐのが一般である。ヒンヅー社会 で行われて来た,いわゆる結合家族(大家族)はビルマにはない。しかし,近代的な生活 の要求する多様性によって家族が分散して生活しているとはいっても,感情的には両親や 祖父母,さらに伯叔父母をも含んだものとしてつながっているわけである。
ビルマの社会は,その初めから英国に併合されるまで,近代的な世界の緊張やその目ま ぐるしい発展から孤立し,閉ざされていたので,社会生活の変化は,それが徐々に行われ るとはいっても,それは大変なショックであった。もっとも,社会の構造は破壊されなか ったし,家族もそのまま残った。それはビルマの天然資源の豊かさの故であると思慮され るのである。すなわち,豊かな土地は食物を充分に与えてくれるし,生活に事欠かないだ けの品物は得られたし,さらに幾らかの慈善や祭礼も出来て来たのである。また,仏教が 満足ということを教えたからでもあろう。国民は,自分達の生活は自由で安らかで,幸福 であると思っている。
しかし,ビルマ人は,イギリスの執政者がいうように怠惰ではない。イギリス人の中に は,「ビルマ人はいよいよということになれば誰よりも勤勉に働らく。農夫や漁夫は朝早
くから夜遅くまで仕事をする。けれども,ビルマ人は骨折ってまで楽しみを作ろう と努力 はしない。ただ単に痴る目的のために働らくということがなく,また必要以上の富を蓄え るために働らくといった関心がない。肥沃な国土に恵まれ,人口問題や生活の心配がない。
欲望は少ないし,争いや喧嘩の起りようがない。ビルマ人には民需的生活についての興味 がないのである。だから,彼らに人間の理想や文明の高さを教えようと努力しても成功し ない。却って,そのまま放っておくことが彼らにとって幸福ではないか」,という者もあ
る。
(2)
しかしながら,右の話は19世紀が終りに近づいた頃の事である。1891年のセンサスでは,
たしかにビルマの人には700万人であり,そのうち688万人が仏教徒であった。けれども今,
日では,人口は2,100万人を数えるに至っている。新らしい思想やイデオロギーが入って 来ており,様々の可能性がビルマを取り巻いている。したがって,ビルマの為政者や社会 指導者にとって重要な問題は,この多くの可能性が,古い伝統や文化を犠牲にすることな
く実現されるかということだと考えることができよう。
仏教は個人主義を教え,人生の様々の過程において因果の法則を述べ,人は生と死の苦
痛から解放されて安らぎと幸福を得るように努力せねばならないと説く。すなわち,人間
の現世の生活は前世の生活の結果であり,来世の生活は現世において人が為す善悪の結果
によるものであるという。丁度,自然科学における物質不滅の法則の如きものである。エ
ビルマの家族とその財産 89
ネルギーは形は変っても決して滅亡しないという。出るものと入るものとが測られるのと 同様である。かくして,ビルマの家族の構成員は,その個人生活を前世によって運命づけ
られたものとして送り,彼が移り住むべき来世を考えながら見つめてゆくのである。それ は,終ることのない退屈な旅行と同じであるということも出来よう。この仏教の哲学と倫 理は,ビルマの家族の中にも社会の中にも根強くしみ込んでいる。何らの意味も有しない 儀式が,それが認識されている場合ですら行われているのである。この点は,ビルマの国 民性に人生に対する諦めと消極性を与えたことで,仏教のマイナスの面が現われていると 見ることができるであろう。
それはともかくとして,ビルマの家族では夫婦や子供の間には平等があり,所有につい ても平等が原則である。その点,男子相続によって家を保つとか,女は不充分なものであ るという考え方を制度化していた支那の家族やヒンヅーの家族のあり方とは全く異なって いる点が特徴的であると考えられる。したがって,家族の名前というものはなく,名前の つけ方は様々だが,それはあくまで個人の呼称としてとらえられているのである。だから,
名前を変えることもビルマでは極めて容易に認められている。
二 夫 婦
ビルマの古い教義では,夫が家族の主長であって,妻は夫に従属すべきものである。そ うした方が家族に幸福と平和をもたらすことになると述べている場合がある。ところが,
ある主婦であり識者である婦人は,「そのことは,男性をして気持を和らげ,男性に女性 が敬意を表わす良いエチケットの一つにすぎない。男性は社会生活でその本分を発揮して 仕事をするからである。しかし,そのために・金銭や離婚や相続や行動の自由といった重 要な事柄に関して・女性が男性に劣った存在であることが認めらているということはでき ない。すなわち,女性は自由を拘束されることなく,また男性の誇りを損なうことなく生 活してゆくことができるものなのである」と言っている。
(3)
他の母であり識者であるビルマ婦人は, 「我々は家庭生活において男性に一歩を譲って いるが・それは彼を家庭の中心であると認めるからで・そρことが女性の権利と地位を安 全ならしめる結果となるのだから,出来るだけ男性に譲歩するわけである。けれども,女 性が男性に奉仕するのはこの国の仏教の影響である。現世の女性が来世も女性として現わ れるのはたしかなことだが, もし,新らしい仏がこの世に現われるとすれば,やはりそれ は男性であろう。それはともかく,我々はビルマの女性として,あらゆる生活,公的にも 私的にも,独立なちゃんとした地位を有しているのであり,そのことは子供のときから与
えられ認められて来たものである。そして,その地位は結婚したり母親になったりしたか らといって決して制約を受けるものではない。女性の地位の独立ということが,女性をし て生活や仕事に適応せしめるものであり,それによって女性も男性と同等に国の為に尽す ことになる」,言っている。
(4)
このように,重要な事柄に関しては,女性も男性と同等の権利を亨有している。また,
両性の平等は家庭内において認められているだけでなく,公的な生活においても認められ ている。すなわち,女性でも国会議員,裁判官,行政官,思想家,作家などとして活躍を 始めたものが漸時増加して来たのである。さらに,国の経済生活においてもまた,大きな 役割を果して来たものである。1947年の憲法制定によって,性別による差別は,財産所有 についても教育に関してもすべて廃止されるに至った。今や女性は,政治,外交,国会,
法律,教育,さらに軍事面においても,あらゆる国家生活の分野に実際に活躍しているの である。 ・
家庭生活にあっては,妻は,慣習および法律によって,単なる家庭の維持や育児を行な うだけではなく,自己が持参した財産や婚姻後に得た財産は,その固有財産として区別さ れる権利を有することとなった。夫の財産や共有財産についても取り分が確保されるよう になったのであり,夫が不在であるとか,死亡したりしたような場合には,家族の指導権 は長男に移るのではなく,妻に与えられるわけである。
古い教義では,妻は夫よりも早く起床すべきであるとか,床に就くのは夫の後にしろと か,夫にはにこやかに話しかけるべきだとか……幾つかの妻の義務を掲げているし,それ に違反した妻は記せらるべきだとも述べているが,妻は女性であるが故を以て夫に劣るも のとは考えられない。夫婦は,外見や年令,富や社会的地位によって差別をつけられるべ
きものではなく「,お互いの尊敬こそが必須のものであると考えられるに至っている。
三 親 子
子供は,家族の中で生れるか,他の結婚からの連れ子であるか,あるいは養子縁組をす るかして得られる。これらの実子,継子,養子ともに,両親が親の権利と義務を有してい る間は,同様に子としての権利と義務を持っている。小さいときは両親の保護と監督の下 にあるが,成長すれば,自分自身で自己を律するようになる。親は年をとれば,その子や 孫が面倒を見ることになる。簡単にいえば,以上が現在までの親子の間の権利義務である。
そして今日では,親子の関係はさらに強いものとして結ばれつつあるようである。
(5)
ビルマの家族にあっては,子供の成長がのろいように感じられる。というのは,両親の 眼には子がいつまでも子供として写るからである。男の子は婚姻面一に達すれば成年にな ったことを意味して,自由に結婚できて一人前となる。しかし女の子はさらに長く両親の 監護の下に止まる。20才が女にとっては成年であり,独りで結婚できる年令であるわけだ が,両親の同意を必要とし,とくに父親の同意が必要である。古い教義では,15才か16才 で結婚できるといるが,その位の年令での結婚は普通にはみられないし,インドでは法律 によって禁止されている例の幼児婚は,ビルマの家族にあっては行われたことをきかない。
これまでは,子供の配偶者は両親が探し,媒介人を通してそ(わ結婚を進めるのが通常で
あった。しかし第二次大戦後は,息子も娘も職業を得て家庭から離れる結果,いわゆる恋
ビルマの家族とその財産 91
愛結婚が増加する傾向であり,従来の媒介入を通す結婚の形式は減少の傾向を示している のが注意されるようになった。
(1}Harvey, History of B∬ma, P.210.
(2)Thirkell White, A Civil Servant in Burma, P.47.
(3)Mi Mi Khaing, People of the Golden Land.,, Perspecive of Burma, Atlantic Monthly,1958;Burmese Family, Calcutta 1946.
(4)Daw Mya Sein, The Women of Burma, in Perspective of Burma。
(5)Maung Maung, Law and Cu3tom in Burma and the Bllrme3e Family,1963, P.51.
二 家族の財産
一・財産の共同所有
分ち合うということがビルマの家族のあり方の重要な要素をなすものと考えられる。夫 婦は家族のために収入を得ることと家庭の維持のために苦労を分ち合うのであり,労働に よって得た物を分ち合うことはいうまでもないことで,配偶者の一方が結婚の際に持つ一て 来た財産も結婚後に贈与を受けた財産も,それらがあるときには配偶者の他方はその利益
を受けるのである。この共有の原則は,女性の地位と男性の協力者としての女性の役割を 認めるという社会の慣習に基づくものであり,共有という言葉はここでは共に分ち合うこ
とを意味するのである。
このことは,夫婦の共有財産についてのそれぞれの範囲を決定するに当って,英国人の 裁判官を困惑させたらしい。すなわち,ビルマの夫婦は財産を共同に所有するのか,それ とも貸借関係として共同に使用するのかという疑問が提起されたり,どれが夫婦それぞれ の固有財産でどれが共有財産であるか分らないとか,あるいは,共有というのが近代法的 な意味での夫婦財産制として考えていいのかどうかといった疑問である。さらに,配偶者 の一方が締結した契約について,他方の配偶者がその債務について責任があるかどうか,
などといった点である。
しかしながら,これらの法律的な問題を追求する前に様々の家族財産の取り扱いを考察 することが必要であろう。たとえば結婚の際に有していた財産があり,これは結婚に当っ て両親から贈与を受けたものである。また,婚姻前に各人がそれぞれに所有していた財産 もあるし,婚姻後に得た財産もある。このように家族財産は幾つかの種類に分けられ,取 り扱いもやや異なるようであるが,財産の管理の方法は夫婦の利害が共通であるものにつ いては,いわゆる共有の手段がとられている。その点では差異はみられないようである。
幸福な家庭では,夫婦は苦労と収益を共通にするのであるから,夫婦が平等であってお互 いに助け合う場合には,財産を共有にするのは善いことであり賢明なやり方だとされてい
る。