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ビルマの家族とその財産

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・87

ビルマの家族とその財産

園 田 格

一 ビルマの家族

 一個 人  二夫 婦  三親 三

二.家族の財産

  一 財産の共同所有    ご 離婚による分与

  三扶助    四相続と承継

一 ビルマの家族   一 個  人

 ビルマの家族の一貫した姿は,構成員個人の自由を保持して来たところに見られると考 えられる。ビルマの市民は,妻をその協力者たるべき平等な人間として選んで来た。夫婦 は日々の生活を共にし,労苦を分ち合い,利害を共通にして来た。子供は,両性の平等と いう建前で父母の保護監督の下に成長した。

       (1)

 古い教義では,子供を奴隷として売るなどの父の子に対する権力的支配や,主従の関係 としての夫の妻に対する権威を認めているが,これらの権力的作用は実際には存在しなか ったといわれている。ただヒンヅ一法をでたらめに引用して書き写したものに過ぎないと されている。ヒンヅ一法では,たしかに父権や夫権の強大化が考えられていたのであるが,

ビルマではそれが誇張して伝えられたものと思われる。すなわち,ずっと以前に父権につ いての観念が変化してしまっていることが注意きれねばならない。最近の動きとしては,

さらに個人の権利を重要なものとして考え,古い教義に示されているような親の権力的支 配の取扱いについては,裁判所は充分に警戒しているのである。

 ぐルマの家族は互いの愛情と尊敬によって和やかに結ばれており・力によって接ぎ合わ されているのではない。父が家族の中心であることは認められているが,父が不在のとき は母が一家を統率するのである。未成年の息子や未婚の娘は両親の庇護の下にあって,独

り立ちしたり結婚したりしようとするときには,親の同意を求めることになっている。も っとも,親の同意を要するとはいっても,親が権力的にどうこうするのではなく,親の愛 と義務という形で行われるのである。

 仏教は,仏を敬まうことを徳としまた善であると教えている。この教えは仏教徒である

ビルマの青少年の意識に深くレみ込み・数ケ月ないし数年の間を僧房で過すことが慣習と

なっており,そこで僧侶に仕え,読み書きを習い,良き仏教徒になるよう努力するのであ

る。女の子は家庭でこの勉強をしたり,村の学校で学ぶのである。この仏教に対する深い

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感情は,家族の紐帯をなすものであるが,法律などでおしうけられたものではない。もち ろん,家族はいつまでも同一の屋根の下に生活しているわけにはゆかない。結婚すれば息 子も娘も家を離れる。しかし,感情的には常に一体であるという気持を有しているのであ る。子供達は,自分が完全に独立するまでは,仕事上の重要な問題や家庭生活に起った問 題などについては,両親に打ち明け,相談して指示を仰ぐのが一般である。ヒンヅー社会 で行われて来た,いわゆる結合家族(大家族)はビルマにはない。しかし,近代的な生活 の要求する多様性によって家族が分散して生活しているとはいっても,感情的には両親や 祖父母,さらに伯叔父母をも含んだものとしてつながっているわけである。

 ビルマの社会は,その初めから英国に併合されるまで,近代的な世界の緊張やその目ま ぐるしい発展から孤立し,閉ざされていたので,社会生活の変化は,それが徐々に行われ るとはいっても,それは大変なショックであった。もっとも,社会の構造は破壊されなか ったし,家族もそのまま残った。それはビルマの天然資源の豊かさの故であると思慮され るのである。すなわち,豊かな土地は食物を充分に与えてくれるし,生活に事欠かないだ けの品物は得られたし,さらに幾らかの慈善や祭礼も出来て来たのである。また,仏教が 満足ということを教えたからでもあろう。国民は,自分達の生活は自由で安らかで,幸福 であると思っている。

 しかし,ビルマ人は,イギリスの執政者がいうように怠惰ではない。イギリス人の中に は,「ビルマ人はいよいよということになれば誰よりも勤勉に働らく。農夫や漁夫は朝早

くから夜遅くまで仕事をする。けれども,ビルマ人は骨折ってまで楽しみを作ろう と努力 はしない。ただ単に痴る目的のために働らくということがなく,また必要以上の富を蓄え るために働らくといった関心がない。肥沃な国土に恵まれ,人口問題や生活の心配がない。

欲望は少ないし,争いや喧嘩の起りようがない。ビルマ人には民需的生活についての興味 がないのである。だから,彼らに人間の理想や文明の高さを教えようと努力しても成功し ない。却って,そのまま放っておくことが彼らにとって幸福ではないか」,という者もあ

る。

(2)

 しかしながら,右の話は19世紀が終りに近づいた頃の事である。1891年のセンサスでは,

たしかにビルマの人には700万人であり,そのうち688万人が仏教徒であった。けれども今,

日では,人口は2,100万人を数えるに至っている。新らしい思想やイデオロギーが入って 来ており,様々の可能性がビルマを取り巻いている。したがって,ビルマの為政者や社会 指導者にとって重要な問題は,この多くの可能性が,古い伝統や文化を犠牲にすることな

く実現されるかということだと考えることができよう。

 仏教は個人主義を教え,人生の様々の過程において因果の法則を述べ,人は生と死の苦

痛から解放されて安らぎと幸福を得るように努力せねばならないと説く。すなわち,人間

の現世の生活は前世の生活の結果であり,来世の生活は現世において人が為す善悪の結果

によるものであるという。丁度,自然科学における物質不滅の法則の如きものである。エ

(3)

ビルマの家族とその財産 89

ネルギーは形は変っても決して滅亡しないという。出るものと入るものとが測られるのと 同様である。かくして,ビルマの家族の構成員は,その個人生活を前世によって運命づけ

られたものとして送り,彼が移り住むべき来世を考えながら見つめてゆくのである。それ は,終ることのない退屈な旅行と同じであるということも出来よう。この仏教の哲学と倫 理は,ビルマの家族の中にも社会の中にも根強くしみ込んでいる。何らの意味も有しない 儀式が,それが認識されている場合ですら行われているのである。この点は,ビルマの国 民性に人生に対する諦めと消極性を与えたことで,仏教のマイナスの面が現われていると 見ることができるであろう。

 それはともかくとして,ビルマの家族では夫婦や子供の間には平等があり,所有につい ても平等が原則である。その点,男子相続によって家を保つとか,女は不充分なものであ るという考え方を制度化していた支那の家族やヒンヅーの家族のあり方とは全く異なって いる点が特徴的であると考えられる。したがって,家族の名前というものはなく,名前の つけ方は様々だが,それはあくまで個人の呼称としてとらえられているのである。だから,

名前を変えることもビルマでは極めて容易に認められている。

  二 夫  婦

 ビルマの古い教義では,夫が家族の主長であって,妻は夫に従属すべきものである。そ うした方が家族に幸福と平和をもたらすことになると述べている場合がある。ところが,

ある主婦であり識者である婦人は,「そのことは,男性をして気持を和らげ,男性に女性 が敬意を表わす良いエチケットの一つにすぎない。男性は社会生活でその本分を発揮して 仕事をするからである。しかし,そのために・金銭や離婚や相続や行動の自由といった重 要な事柄に関して・女性が男性に劣った存在であることが認めらているということはでき ない。すなわち,女性は自由を拘束されることなく,また男性の誇りを損なうことなく生 活してゆくことができるものなのである」と言っている。

      (3)

 他の母であり識者であるビルマ婦人は, 「我々は家庭生活において男性に一歩を譲って いるが・それは彼を家庭の中心であると認めるからで・そρことが女性の権利と地位を安 全ならしめる結果となるのだから,出来るだけ男性に譲歩するわけである。けれども,女 性が男性に奉仕するのはこの国の仏教の影響である。現世の女性が来世も女性として現わ れるのはたしかなことだが, もし,新らしい仏がこの世に現われるとすれば,やはりそれ は男性であろう。それはともかく,我々はビルマの女性として,あらゆる生活,公的にも 私的にも,独立なちゃんとした地位を有しているのであり,そのことは子供のときから与

えられ認められて来たものである。そして,その地位は結婚したり母親になったりしたか らといって決して制約を受けるものではない。女性の地位の独立ということが,女性をし て生活や仕事に適応せしめるものであり,それによって女性も男性と同等に国の為に尽す ことになる」,言っている。

       (4)

(4)

 このように,重要な事柄に関しては,女性も男性と同等の権利を亨有している。また,

両性の平等は家庭内において認められているだけでなく,公的な生活においても認められ ている。すなわち,女性でも国会議員,裁判官,行政官,思想家,作家などとして活躍を 始めたものが漸時増加して来たのである。さらに,国の経済生活においてもまた,大きな 役割を果して来たものである。1947年の憲法制定によって,性別による差別は,財産所有 についても教育に関してもすべて廃止されるに至った。今や女性は,政治,外交,国会,

法律,教育,さらに軍事面においても,あらゆる国家生活の分野に実際に活躍しているの である。       ・

 家庭生活にあっては,妻は,慣習および法律によって,単なる家庭の維持や育児を行な うだけではなく,自己が持参した財産や婚姻後に得た財産は,その固有財産として区別さ れる権利を有することとなった。夫の財産や共有財産についても取り分が確保されるよう になったのであり,夫が不在であるとか,死亡したりしたような場合には,家族の指導権 は長男に移るのではなく,妻に与えられるわけである。

 古い教義では,妻は夫よりも早く起床すべきであるとか,床に就くのは夫の後にしろと か,夫にはにこやかに話しかけるべきだとか……幾つかの妻の義務を掲げているし,それ に違反した妻は記せらるべきだとも述べているが,妻は女性であるが故を以て夫に劣るも のとは考えられない。夫婦は,外見や年令,富や社会的地位によって差別をつけられるべ

きものではなく「,お互いの尊敬こそが必須のものであると考えられるに至っている。

  三 親  子

 子供は,家族の中で生れるか,他の結婚からの連れ子であるか,あるいは養子縁組をす るかして得られる。これらの実子,継子,養子ともに,両親が親の権利と義務を有してい る間は,同様に子としての権利と義務を持っている。小さいときは両親の保護と監督の下 にあるが,成長すれば,自分自身で自己を律するようになる。親は年をとれば,その子や 孫が面倒を見ることになる。簡単にいえば,以上が現在までの親子の間の権利義務である。

そして今日では,親子の関係はさらに強いものとして結ばれつつあるようである。

       (5)

 ビルマの家族にあっては,子供の成長がのろいように感じられる。というのは,両親の 眼には子がいつまでも子供として写るからである。男の子は婚姻面一に達すれば成年にな ったことを意味して,自由に結婚できて一人前となる。しかし女の子はさらに長く両親の 監護の下に止まる。20才が女にとっては成年であり,独りで結婚できる年令であるわけだ が,両親の同意を必要とし,とくに父親の同意が必要である。古い教義では,15才か16才 で結婚できるといるが,その位の年令での結婚は普通にはみられないし,インドでは法律 によって禁止されている例の幼児婚は,ビルマの家族にあっては行われたことをきかない。

 これまでは,子供の配偶者は両親が探し,媒介人を通してそ(わ結婚を進めるのが通常で

あった。しかし第二次大戦後は,息子も娘も職業を得て家庭から離れる結果,いわゆる恋

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ビルマの家族とその財産 91

愛結婚が増加する傾向であり,従来の媒介入を通す結婚の形式は減少の傾向を示している のが注意されるようになった。

(1}Harvey, History of B∬ma, P.210.

(2)Thirkell White, A Civil Servant in Burma, P.47.

(3)Mi Mi Khaing, People of the Golden Land.,, Perspecive of Burma, Atlantic  Monthly,1958;Burmese Family, Calcutta 1946.

(4)Daw Mya Sein, The Women of Burma, in Perspective of Burma。

(5)Maung Maung, Law and Cu3tom in Burma and the Bllrme3e Family,1963, P.51.

二 家族の財産

  一・財産の共同所有

 分ち合うということがビルマの家族のあり方の重要な要素をなすものと考えられる。夫 婦は家族のために収入を得ることと家庭の維持のために苦労を分ち合うのであり,労働に よって得た物を分ち合うことはいうまでもないことで,配偶者の一方が結婚の際に持つ一て 来た財産も結婚後に贈与を受けた財産も,それらがあるときには配偶者の他方はその利益

を受けるのである。この共有の原則は,女性の地位と男性の協力者としての女性の役割を 認めるという社会の慣習に基づくものであり,共有という言葉はここでは共に分ち合うこ

とを意味するのである。

 このことは,夫婦の共有財産についてのそれぞれの範囲を決定するに当って,英国人の 裁判官を困惑させたらしい。すなわち,ビルマの夫婦は財産を共同に所有するのか,それ とも貸借関係として共同に使用するのかという疑問が提起されたり,どれが夫婦それぞれ の固有財産でどれが共有財産であるか分らないとか,あるいは,共有というのが近代法的 な意味での夫婦財産制として考えていいのかどうかといった疑問である。さらに,配偶者 の一方が締結した契約について,他方の配偶者がその債務について責任があるかどうか,

などといった点である。

 しかしながら,これらの法律的な問題を追求する前に様々の家族財産の取り扱いを考察 することが必要であろう。たとえば結婚の際に有していた財産があり,これは結婚に当っ て両親から贈与を受けたものである。また,婚姻前に各人がそれぞれに所有していた財産 もあるし,婚姻後に得た財産もある。このように家族財産は幾つかの種類に分けられ,取 り扱いもやや異なるようであるが,財産の管理の方法は夫婦の利害が共通であるものにつ いては,いわゆる共有の手段がとられている。その点では差異はみられないようである。

幸福な家庭では,夫婦は苦労と収益を共通にするのであるから,夫婦が平等であってお互 いに助け合う場合には,財産を共有にするのは善いことであり賢明なやり方だとされてい

る。

(6)

 夫婦が財産を共有にするのは,あたかも,土と雨,金とエメラルドの組合せのように調 和を保つ所以であるとのたとえもある。それによって多くの子供を育て,日の出のような       (1)

輝かしさを得るようになるであろう,といった人もある。共有財産に対しては夫婦がひと しく利害関係鮪するのが普通であるが・相続によっ囎たものや相手方から貝幣を劉 たものは別扱いがなされているようである。一般に,弁護士,芸術家,サラリーマンなど の家族の場合には,妻の収入はあまりないにちがいないが,共有の規律は,夫が収入を得 るのに妻はそれを得なくとも,生活するについて夫婦は互いに協力し合うのだから,その 収入も夫だけのものにはならない。したがって,夫婦がもし別れることに合意すれば,財 産は平等に分けられなければならないとされる。

      〔2)

 共有の規律は,初婚の場合には全面的に適用されるけれども,再婚の場合には,前立に おける子供がいるならば子供のことが考慮されなければならない。このことが,前婚で得 られた財産について再婚の配偶者に同等な権利が与えられない正当な理由となっているの である。しかし,このような区別は漸時なくなってゆくのではないかと思われるし,また,

種々に区別された財産も,後で売ったり買ったりされればその性質を変えてしまうので,

結局は共有財産になってしまうのではないかとも考えられる。

 なお,夫婦それぞれの固有財産も認められている。それは,衣類宝石類装身具など である。そのほかに古い教義では別個の財産があることを示しているけれども,近代のビ ルマの家族においてその例をあげることは困難であるといわれる。

      (3)

  二 離婚による分与

 妻が夫の庇護の下にある間は,夫婦はその共有財産に共通の利害を有しているが,その ときでも潜在的には各自の取り分があるわけである。したがって,利害が対立し潜在的な 取り分が顕在化するのは,離婚の際の分与や配偶者の死亡による相続の場合である。婚姻 中,も妻は取り分を有するのであるから,これを売却することも出来るが,その部分が夫の

ものか妻のものかで屡々争いが起るのである。このようなときは,夫と妻にその財産をど のようにして取得したか,共有にしたときの登録はどうなっているかを証明させて問題を 処理するのが普通である。

 離婚の際の分与は大抵お互いの協議で決定されるが,場合によっては友人やきょうだい が参加して決める。しかし当事者が合意に達しないときは裁判所に持ち出されることにな る。裁判所は離婚原因やどちらに責任があるかなどを見良して決定する。普通は有責配偶 者の取り分の幾らかを相手方に与えるようにしているようである。英国人の裁判官は,当 初は離婚と財産の分与を一つの訴訟として取り扱っていたが,別々にしてもいいことはい

うまでもない。

 協議離婚による財産の分与の場合には,庇護の原則が働らいて,富裕な当事者の財産か

ら財産を持たない相手方に幾らかの財産が与えられることになっている。古い教義によれ

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ビルマの家族とその財産

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ば,妻が夫に依存していたときは,協議による離婚の際に,夫は妻に三分の一を残すこと になっていた。また,夫婦とも勤め人である場合は,相当の財産と衣類や装身具が与えら      (4)

れるべきであるとか,雇われて得た収入によって資産の大部分が出来たときには,三分の 二を取得することができるともいわれる。また初婚の場合と再婚の場合とでは,離婚の際 の財産分与の率が異なるという考えもある。しかし,協議離婚の際には明確な基準がなく,

裁判離婚の場合に右のような標準が参考にされたようである。ただ, 協議離婚の際に固有 財産を取り返し得ることは疑いない。

 配偶者の一方の虐待によって協議離婚が行われるときも,その取り分は自分のものとす ることができるのである。しかし,有責配偶者からは財産全部を取ることができるといっ た考え方もないわけではない。この考え方は夫が妻を遺棄した場合にも用いられたことが

ある。婚姻期間と遺棄の期間とを比較して,三分の一とか六分の一とかの分与額が決めら れたものである。裁判所によっては,法的に厳密にいえば,かかる場合に妻は夫の財産の 全部を請求することも出来るとしたことがある。しかし,古い教義やビルマ仏教徒法典に はそのような例は見られないとされる。しかし,ビルマ人にとって遺棄が重大な罪として 考えられていることはたしかである。枢密院も,かかる場合には正義と衡平に従って判決 すると述べたのである。遺棄が離婚の際の財産分与の決定について大きな要素とならてい ることだけは明白である。

 妻の姦通は離婚原因であり,夫のみが訴を提起できて他の者はこれがで『きない。この場 合の財産分与については,固有財産は取れるが,他の共有財産⑱分与に関しては拒否され

ることがある。しかし,その場合に夫が財産全部を保有することはできない。

 なお,離婚に当っては財産分与の問題と並んで子供の問題があるが,普通には男の子は 父親に,女の子は母親に引き取られる。しかし,それでは子の教育監護に欠けるおそれの ある場合には,後見法によって裁判所が後見人を選定して子の福祉を図っていることを付 言しておく。

  三 扶  助

 ビルマの古い教義が示す夫の妻に対して果すべき五つの義務の一つは,妻に普通の衣類 と装身具を準備してやることである。また,仏の知恵と権威をもって,女性は家事のきり もりをしたり,食事の仕度をするのだから,せめて立派な着物と飾りは与えられて然るべ きだ,ともいっている。

 妻がそうすべきことは,単に道徳上の義務に止まらず法的にも義務づけられている。も し夫婦が婚姻中に別居することになったときに,夫が妻に普通の生活を送らせることが出 来ないならば,妻は民事裁判所に扶助の訴訟を提起することができる。枢密院も既に早く,

妻に適当な衣類と装身具を準備すべき夫の義務を認めた。下級裁判所でも,ビルマ仏教徒

の夫婦は財産を共有しており,それは間接的には妻の協力の結果と考えてもいいのである

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から,妻が夫に対して扶即を請求することができる,と述べたものがある。結婚というも のは,明示的であるにしろ黙示的であるにしろ,夫が妻を扶助すべきであるとの合意が,

夫婦となるべき者の間になされているとみることもできるであろう。古い時代のキリスト 教の婚姻では・夫と妻は法的には別個独立の存在であるからというので・妻が夫に対して 扶助を請求することが出来なかったといわれるが,ビルマでの慣習法にはこの原則は適用

されないことを裁判所が指摘している。

 夫が妻を扶助すべき法的な義務がある場合に,もし夫がこの義務を果さないならば,妻 は民事訴訟を提起することができるし,民事訴訟法によって扶助が得られる。しかし,そ れは訴の受理後の分についてであって,それ以前に遡っては得られない。

 仏教徒たる夫が妻の扶助をなすべきことが実定的に法的義務であることが確立されたが・

裁判所はさらに,正当な理由なしに妻が夫を遺棄した場合には,夫は妻Q請求に対して抗 弁することができる旨を述べている。しかし,ビルマの慣習法では,妻がその実家の用事 のために離れているときは,婚姻中である限り夫に扶助の義務は存続するものとされる。

この場合は夫に対して別に悪いことがなされたわけではないからだと思われている。また 裁判所が,ビルマの慣習法によれば扶助請求権を持つ妻は夫の月収の三分の一を受取るこ

とができることを示した例もある。この扶助の額については,ビルマの仏教徒法で三分の 一になっているという主張もみられる。しかしながら,ビルマの慣習法によれば・妻には 扶助の請求権が認められているのに,子供は父親に対して扶助を請求することが認められ ていない。子供は父親に対して,条理,衡平,社会通念によっても扶助を求める訴が提起 できないわけである。子供を扶助することは母親の道徳上の義務であるとされたし,裁判 所も妻の夫に対して請求する扶助の額の決定に当っては,このことを考慮して来た。「

 妻が夫と同居することを正当な理由なくして拒否した場合には,妻が夫に対して扶助を 請求する権利は否定されるが,夫が妻の許可なしに二号を持ったとか,同じ屋根の下に二 人の妻を住まわせようとしたなどの,正当な理由があるときには妻の夫に対する扶助の請 求権は認められるのである。 もし,夫が妻に対する相当な扶助をなさないときには,妻の 必要品についての債務は夫の責任とされるのである。

  四相緯と承継

 ビルマの仏教徒は遺言によって自己の財産を処分する権利が与えられていない。そこで,

財産の承継は相続によるほかないのである。英国人の裁判官は,広く調査研究した後に,

仏教徒がかっては遺言によって財産の処分をしたことは疑いがないけれども,仏教徒法に おいて規範として認められるに至ったという結論を正当化するほど確立されたものではな かった,と判断した。英国の統治下にあった1881年に,地方機関もこの問題を調査したが,

ビルマにおいては死者の意思の拡大を認めることに対しては反対が強い,と述べているし,

また,詳細にビルマの遺言の歴史を調べた人もいる。彼によれば,1864年には遣言による

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ビルマの家族とその財産

財産承継が認められたけれども,1865年には,インドの遺言による相続法をビルマにも用 いるべきかに関して,ビルマの仏教徒法がこれを認めていないのであるから,拡張される べきでないとされたことを記している。1938年に組織された仏教徒遺言調査委員会も右と 同様iな結論に達している。

 ところで, 遺言の権利がないことについては,両性の平等と家庭内での夫婦の役割が対 等であるということが,その理由としてあげられている。ビルマ人の考えでは,妻は実質 的に夫と対等であり,妻は家庭内の事柄に関しては夫と同等にこれを処理するものとされ ている。したがって,結局,妻は家族財産についても夫と殆んど対等に利害関係を有する し,夫が死亡したときには,妻の利益は相続法によって充分に保護されるべきだというこ とになる。かかる事情では,夫婦が婚姻中に得た共有財産については,離婚の場合は別と して,夫婦の生活を阻害するような制度が入り込む余地はないように考えられるのである。

 イギリス法において理解されているような遺言は知られていないが,簡潔な言い遺しは 口頭でか,あるいに文書でなされる。そして,それが相続法によっては充分に処理できな い場合に,裁判所によって考慮され参考資料となることがあるし,・相続権が否定されるよ うなときにもそうである。こういうことは,親やその相続入によってなされるのが多いし,

言い遺しがあれば,却って家族の平和と調和を保つことになるかも知れない。

 きょうだいが配偶者も子供もなくして死亡したときには,その年下のきょうだいが相続 するもので,年長のきょうだいは除外される。子供が死亡したときに親が生きていても,

やはり年長の故を以て相続からは除外される。すなわち年長者は年少者の財産については 相続しないのが一つの原則であり,古い教義には,「親から子に与えられたものは,相続 によっては元に戻らない。何故なら,仔牛は母牛から乳を得るが,母牛は仔牛から乳を得 ることがないからだ」とある。したがって,ビルマの仏教徒の相続にあっては,残存配偶 者や子供が相続人になるのが普通であって,親やきょうだいが相続人となることは,たと

え子供が一人である場合でも,ないのが通常である。また,その子供が継子があってもそ うである。   ・

    (1)

川の水が海に注ぐのが自然であり,湖のあふれた水は川に流れ出るし,潮流は海洋に戻 るのだというたとえがある。それでは妻や子供がいないときに親が相続するのは何故か,

ということについては,海に注がれた水もその一部分は川に戻るからだと説明される。

 この原則はさらに拡張して適用される。たとえば,甲に乙,丙二人のきょうだいがあっ

・て,乙が甲より先に死亡した場合には,乙の子供は相続から除外される6それは親である 乙が何ら権利を取得せずに死亡したからだというものである。同じようなことはジ祖父母 についての相続の場合に,甥姪と盆点父母の間でも生ずるσいわば直系の場合には厳格で あるが,しかし傍系の場合にはこの原則は緩和されていて,子が孫より先に死亡しても;唱 孫は子の伯叔父母の財産を相続することが認められている。

 右のことから派生する幾つかの原則としては次のようなものが考えられるQすなわち}

(10)

同親等の者は相続分が均等であることや乳親等の異なった者の間では,親等の近い者が優 先的に相続人となることであり,同父母から生れた者が異父母の間に生れた者より優越的 に取り扱われること,異父母のきょうだいは同父母関係にある甥姪と同じ相続分の範囲内 にあること,などである。なお,相続による財産承継は停止されることがないし,一度与 えられた相続権は剥奪されることはない。

 かつては,共同生活の必要から単独相続ということも考えられたと思われるが,ビルマ の慣習法では,単なる共同生活に意味は与えていないし,そのために財産の相続を限定す ることもないということが明確とされている。配偶関係にあることや血縁関係にあること が必要とされるだけで,ちゃんと生活しておって,家族の義務の履行を怠っていなければ,

別々に生活していることは相続権に関して何らの影響も考えられないわけである。 もっと も,養子の場合には子としての義務がやや重くなっており,養親と一緒に住むことなどが 義務とされていたが,最近ではこのような要件は緩和されているようである。

 次に相続に関する近時の若干の事例を見ることにしよう。

       (2)

 夫婦が僅かの期間をおいて相次いで死亡したときには,その期間は法的には一ケ月とさ れ,例外的にそれ以上とされることもあるが,双方の血縁にある者が夫婦の遺産のそれぞ れ半分宛を相続することが認められている。この特則は,夫婦が相次いで死亡したときは,

その共有財産は未だその性格を変沁ていないからであるという観念に基づいているものの ようである。夫婦が親を残して死亡した場合には,親は子供が結婚までに取得した財産を 受取ることができるものとされる。 しかもそれは双方の親の間で均等に分割されるのであ

り, もしそれが片方だけが結婚までに持っていた財産である場合には,他方の両親はその 三分の一を取得する。

 夫婦の一方が死亡し他方が生存しているときには,残存配偶者がその財産を相続するこ とはいうまでもないが,死亡した配偶者に前婚での子供がいる場合には,その子が,死亡 した親の財産について取得分を有するのである。残存配偶者が死亡したときには,子供が その財産を均等な割合で相続する。 もし子供がいなかった場合には孫が相続し,孫もまた いなかろたときは曾孫がこれを相続する。 しかし,娘が親よりも先に死亡したときに,娘 の夫が妻の親の財産を相続することはない。,

 血縁の子や孫がいなかったときは,養子が相続することもあり得る。もし養子もいなか

ったとすれば継子が相続人となり得る。それもいなかった場合には,きょうだいが相続人

としてはいることもあるのである。さらに,親がいないときは祖父母が相続することもあ

り,親や祖父母などの相続人がいない場合には甥や姪,二二父母が相続人となることがあ

る。なお,被相続人が血縁の者から遺棄されていたようなときは,病気などの面倒を見た

他人が財産を相続することもあり得るのである。この場合には血縁の者からの相続申立を

拒絶することができるわけである。事情がはっきりしないときでも,被相続人の面倒を見

た他人には相当の遺産の承継が認められることとなっている9

(11)

ビルマの家族とその財産 97

 かつては,男性が10人まで妻をめとることが認められていたので,その相続に関して紛 糾したのであるが,現在において10人もの妻を有する者は,その財政状態からみてスーパ

ーマンと考えるほかなく,この点は殆んど問題がなくなっているようである。

      (3)

 ビルマの仏教徒である相続人は,共同相続人であって共有相続人であるから,各相続人 は相続財産を占有している相続人に対して遺産の分割を請求するができる。そこにもし協 議が調わなければ,行政処分としての分割請求を申出ることができるが,裁判所への分割 訴訟の方法によるのではない。分割請求の執行において相続財産は評価がなされ,結局は 個々の財産がそれぞれ相続人にその取得分に応じて引渡されることになるわけである。 も

し遺産分割の執行に当って紛議が生じた場合には,裁判所がこれを判断する。

(1)E]Maung, Burmese Buddhist Law, P.59.

(2)May Oung, Leading Cases, PP.54−61.

(3)EMaung, oP. cit. P.63.

  H.Mootham, Burmese Buddhist Law, P.43.

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どんな分野の学習もつまずく時期がある。うちの

その目的は,洛中各所にある寺社,武家,公家などの土地所有権を調査したうえ

エッジワースの単純化は次のよう な仮定だった。すなわち「すべて の人間は快楽機械である」という

 ファミリーホームとは家庭に問題がある子ど

◯また、家庭で虐待を受けている子どものみならず、貧困家庭の子ども、障害のある子どもや医療的ケアを必