戦時経済の若干問題
馬
場
誠
内 容
a 内外情勢=東亜靡域経済
b 国有民昏=産業国鯉令
C
重鮎
主義
pr
iO
ri
ti
es
d 米国の存在
e 南方問題
f 経済職争=国家組力域=臨戦経済
g 新商業理念=闇=借物慣政策=産業公暮諭
h 暴利取締令=法人
⁝ 公益優先
a 内外情勢=東亜庶域経済
先づ 故近 の内 外情 勢に 就て 述べ やつ
︒絹 ソが 開駁 して 百飴 日︑ 此が 我国 に如 何な る影 響を 興ふ るか
︒三 国同 盟
韓時経済の若干問題
一九 七
商 業 と 経 済
一九
八
が既に成立して居る︑然るに共後日ソ不可侵倹約が出来上つに︒一二国同国は我図外交の
1 1
近街第三次内閣の不
動の外交国策となって居る以上
i
1一宇一因同盟の一たる濁が我固と不可侵保約を締結して居るソ聯と践端を開始し
'
Jj ﹄ο
米国の参戟が切迫したと倖へられる︑プイスランド進駐︑
あるとする向もある︒一然し英米間相互の又ソ聯を合せ℃の共同作戦が軍事的許りではなく外交的経済的にも緊密
となって居る︒現に米図が日本資金ーを凍結した後︑英国も此に倣った︑関印も亦同様の昆置に出でた︒ コ
γ
ボイの問題等がある︒此在第五列部段の策動で今や外交・経済・文化の意義に於て町本は向単なる日本ではない︑東亜に於ける日本でも無い︑世界に於ける日
本である︒支那事授は東洋一角の段乱たるに止まる己となく︑世界戦争と聯閉そ有する︒印ち日本は世界政争に
参加
して
居る
と云
ふて
過号
一口
でな
い︒
一応亜庚域経済も亦漸次強大化されつ三ある︒日一一夜金融協約や注首席来訪直後の日本の国民政府に封する三億国
の借款許奥の如きである︒又偽印の日悌共同防街協約もある︒先般質行された日本の偽印進駐の如き日悌雨図政
府間で極めて千和裡に賢現されたのは︑東亜の魚否世界の震に慶祝の歪である︒関印は石油を供給することを担
むやに停聞する︑前年の協約を賀行せぬ様様である︒米国は日本資金と共に日本生糸の凍結を行って自由底分を
許さぬ︒日本の生糸は買れなくなる︒廷に於て我国政府は生糸の内需化と一式ふことぞ計りつ﹄ある︑図内需要を
充足せしむる様にすれば十分に治化し得るとの事で別に作付段別も減少せしめ沿の立︒
東亜民域経済が確立すれば方様の問題も起ることは巳むを得ない︒北米の如きも東亜共柴圏内に於けるゴム・
但げを必要として居つにが漸次供給を得難くなる︒
英国政府は内閣の改組に伴って閤務相をシンガポールに常駐せしむることにし亡が︑
ABCD
日本包国政策の一端
でゾ
もあ
らう
か︒
日本は
ABCD
の包国のアにある︒A
アメリカB
ブリテンC
チャイナ蒋D
グッチである(米英支和)︒米図は宥和政策を外交上採って居るから資金凍結も賢際上は手加減があるものと見られて居る︑然し貿易の漸減は明白で
あるし︑英同となれば一唐の事記︒叉逼商航海保約も日米は玩に叉・次で日英・日印と底棄又は遁告になって居る
の古から︑所謂﹁第三園貿易﹂は段々微力なものになると信中る︒
京亙庚域経済の指導権を有する我日本の貿易は共柴圏貿易でなければならぬ︑海運等の如︑ぎも第三国との海上
交通に伎って居つに舶舶は東亜共栄圏内部の交通過商に嘗らしめねばならぬ︒主(方策が・東亜庚域経済下の交通政
策の内容となる︒国家総動員法の先遣の改正に港漕荷役のことが勅令案として審議可決されにのも其一であら
︑ ﹁ノ
O見方に依つては英米蘭印等は我東亜庚域経済の成立を助勢して呉れて居るとも考ふることが出来る︒第三国貿
易が全滅となっても我一米軍庚域経済団の内部に於て霊安物資長始め各種資材の自給自足︑在住川し得べきことが色々
の革者に依って設かれて居る︒偽印泰等は此アウタルキーの佐立の勾に役立つことになる︒
戦時経済の若干問題
一九
九
商 業 と 経 済
ニO O 米閣で大統領ロ
l
ズヴエルトの政策に濁して︑元大統領たりしフl パ
1等は世界政策は園田克に反すとの反封盤明をして居るのは注目される︒
我等は高難を排しても昭和の聖業にる此東亜庚域経済確立の震に努力せねばならぬことを断言する︒
b
関有民営H産業図鰹令
近衛第三次内閣は其基本国策として圏内統制の重視を奉けて居る︒外交も封外経済も勿論重要であるが︑此等
は一臨済ん古から爾後は園内問題を完備すると一宮ふのである︑今後図家総動員法の全面的強動等も想見される︒
過日の財政金融新韓制は注目すべきものであわ満幅の賛意を表する︒産業と金融との密接なる関係を保持せん
とし︑財政の根本的改善経営信託の如き考へをも有して居り遊休設備未勤設備の図家管理をも目論見んで居るo
︐此を図家で収用して民間に経皆せしむれば正に﹁図有民営﹂となる︒(後段g
参照)
最近の産業圏樫令も園家総動員法に依るものである︒高度図防園家建設の震の産業統制の集成︑園家目的への
一元化資現の立法である︑然し全腫主義的産業組織賢現も此段階に迄立法的に到達したことは時局下営然のこと
であ
る︒
産業圏糧令に於ける指導者原理の逗用に就て注意すべき黙は︑統制曾々長の人選である︒営業者の推薦に依る
ことにじであるのは諮問い︒多数決を排斥する︑多数決は自由主義の理念に依るとの考方である︒産業圏臆令は経
統 制
曾
は 各 業 種別
生 産よ
配
り
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Bernard M. Baruch , P r i o r i t i e s : The S y n c b r o n i z i n g Force ,
John 1
王.Martin ,
P r e s e n t S t a t u s o f P r i o r i t i e s , (Harvard B u s i n e s s Review , S p r i n g Number ,
1
1941)
済新開制要綱に基くものであるが︑未冗統制舎を綜合する﹁最高経済曾議﹂とも云ふぺきもの﹄形成を計量して居
らぬ︒各種工業貿易業等に夫々一統制舎が出来る器であるが︑此等を綜合したるものを何と命名するか︑其は何庭
に直属するか︒各種統制舎の完備に伴って中央組織も出来ることにな
tるのであらう︒叉此地方組織は如何なるも
のか︒手工業者の経済圏鰻形成は如何︑如何なる関係に立たしむるか叉中小エ商業者の如きも問題となる︒
ルンの弊害防止より蒋じて大業者の一幕績を招来せぎらんことを切望する︒非常に大きな国間四を生ホる︒大圏館︑を
生じても弊害がなく利益が多ければ善い︒
忍に於て指導者たる者の人濯が問題となる叉此に就て質業数育の現欣改善が痛感せしめられる︒批判力あり賓
践力ある図士的拡利心なき買業人の続出を希望する︒而して良指導者を得るが震には良教育が無ければならぬ︒
此等各部面に於て指導擦を有する者は官僚界より天降るのが多数と観測されて居るが︑我管業人も後奮し修養
して官界人に封立比肩し得る様にならねばならぬ︒其意味に於ても我閣の賓業毅育││中・等専門ーーの内容を充
貸して其水準を向上せしめねばならぬ絵地がある
C
重 貼 主 義 育 問
︒ 門 町 民
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* 米国に於て霊賠主義(宮山
0
ユt g
)
と一式ふことが研究されて居る︒'第一次世界大戦の時にも魚され亡のであるが︑戦時経済の若干問担
ニO
*
件格さ 訂 債 論
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淀議
b ベ 4 L O
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は と 寸定で
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債あ 守レ︐十介川E‑d‑ 問玖づ︑川 公き げをベの 宇 す
三一慮桐
の 考 要 そ も
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緊 せ る 紙 さ す 組措嫁
︑給負蒋
一日中に朝二三時間性訳業守すれば商買が無くなって仕舞説本
業企費
企筒
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小残般
中を一の額で
合同 全態
︒ 賛の形る 翼金の居 政資上て 大の引れ
商 業 と 経 済
二Oニ
第二・次の世界戦争にはだ大なる軍損である震其必要がおる︒軍需品製造生産力掠充の目的の魚に敏速在期して恰
度日本の資金調整令の様に種別を魚し其順位に従って資材労力等の供給を受けしむるのである︒然る場合此等の
供給を受けざるものに未動設備遊休設備がある︒未勤とは折角建設した工場でも未だ活動せぎるもの︑遊休とは
仕事の設い震に遊び休んで居る工場である︒我一回の如きも未動遊休設備が百億聞に及ぶと稀一宇られて居る︒此非
霊賠設備を精査して霊知主義の下に轄用することが緊要と思はれる︒(最近問題になりつよのる俵得企業動員令)
最近の考方として同業者間の共同扶助の精神が強制されて居る︑例へば各種組合の特業者に封ずる際金の如く
で産業国間令にも共用意がある︑此は相互扶助主義と一式ふか国鐙伺韓の関係上も︑叉国家総力戦争}完全に貴行す
* 〆
る魚にも営然である︒叉前の場合には図家資金の出動が要求されることになり一種の補償が魚されねばならぬだ
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ノ
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再業と云ふ﹃﹂とが行はれて居り新聞に散見する︒
ふから残りの時間は工場や鎖山なりに出て働くと云ふ宇分轄業をするので全図的に賢例がある︒叉集国蒋業は束
京等で同種業者が満洲等に集圏︑を得して轄業しにことを一式ふ︒所謂配給所も事業合同化の大勢に伴って多くなっ
て居る︒例へば自分の商庄は工場と一式ふ乙とになり他の商庄が小買部となり︑自分の庄からは組合事務所に出て
行き他からは人が自分の庄に来るが能率上も善いとの事である︒
/' 〆
*
え と 1!'~1
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日本は資に世界の日本であると考ふる私は同様の意味に於て米国も世界の米国であると思ふ︒英衰亡しソ聯敗
殺しにる今日︑米国は世界的の存在となりつ﹄ある︒今後は生残者同士山の闘争角遂を生事ぺしとするも敢えて窓
想なりと断じ得沿であらう︒世界に於ける米図︒最早車なる図ではない︑合衆国でもない︒従来の国法阜の理解
し得ざる程度の浬然推大なる護法を怨したるものでライヒ・カントリー等は徐めにも小なる呼稀である︒六十家
投の豪華版︒米国研究の根本的責行叉其意味に於ての日米親善も日濁伊親善と共に肝要なることを銘記すべきで
ある︒国である以上は大図も小園も同様である︑主権を有する貼に於て同様なりと云ふが如︑きは最早今日の賓際
に泊合せぬものと忠ふ︒経済と勢力︑外交と勢力︑国際と勢力︑法律と勢力︒須らく勢力的解明伴を樹立すべきで
あらう︒勢力研究の必要なる所以も忍に存する︒
川山政治と凶際法律との混同と批難されるかも知れぬが︑此を統一的に考察して一元的の理論を樹立すべきで
あらう︒間同法的に見るも米凶の如︑吉川平なる一日ではない︑'切に合来日であって弓常国ではない︒此の根本的研
究一の必要なる所以を明にし度い︒否我図の如︑きも既に合衆固化して居るのではあるまいか︒
北米は経済的に殆んE我図と断交して居る︒又我凶船舶にパナマ沼河の辺航を禁止した︒然るに中南米は我図
と通商依然たりである︒
誠一時経済の若干問題二O
三
荷 業 と 経 済
二O四
e
南 方!
司1J
R
ド題
私は一史に巡んで京亜既域経済圏内の南方問題の理論的討究を魚すべきである︒
間印はウクライナの如しである︒相側逸がウクライナ資源を大に望むことは我閣が蘭印の天然資源供給に切なる
期待を有するのと同様であらう︒束亙民域経済に於て南方諾図を一括して一小経済問と震し﹁経済聯邦﹂として物
交のほ嬰供給を魚さしむることにしては如何であるか︒
ドナウ諾図には無筆者の多いことが述べられ︑それが庚域経済圏成立の支障なりとされて居︐るが︑我園の場合
来豆炭域経済に於ては如何の問題がある︒此意味に於て東亜庚域経済圏内の文化政策ll無筆者絶滅を目標とす
る研究か必要となる︒如何なる方策を採るべきか︒無論既存の文化協約の種類を研究する必要もある︒此は一圏
内に於ける移植民政策の如くに簡単には行かない︒
f
経済戦宇日園家総力戦
H
臨戦経済
経山政令と云ふのは従来は関税政争とかと同様に戦争の一歩手前の所謂臨較的のものを指示して居る︑部ち関
税の復仇・報復的競争である︒然るに最近の用語としては此を戦争の一種と見る︑﹁戦争﹂の一手段としての経済
政争である︒一然じ此に経済戦争等と特別の名稿︑を附する時は︑戦争の﹁総力戟﹂なることの最近の傾向に背くこと
にならぬか︒戦争は即ち総力戦であって軍事・政治・外交・経済・文化等は其要素になることが薄弱になる︒園
際法の見地からも︑往土日に於ては鞍争に於ける個人は左程霊要なものではない︒将士丈が敵性を有して居った︒
然るに戟争の後遣に伴って其敵性が段々後展損張されて︑背後の経済力巻構成する︒私人も或程度に於ては敵性
を有するものと認めらる与に至った︑例へば納税奇矯し公債に臆寡すると一式ふ様な意味に於て敵図におする抗段
力の源泉であり戦闘力を支持して居る︒叉軍需工場の従業員と一式ふが如︑きも園際法上の敵性を有する外︑工場其
零物も同様である︒総力戦思想が後生するのも営然である︑従って特に経済戦争と云ふ様なことを観念するのは︑
時代的でないことになる︒
今日の如︑雪国家総力鞍坦論の下に於て奮時の図際法は間に合はぬことになる︒古来敵国の海上財産は金描・淡
牧し得るが︑陸上財産は不可侵となって居った︒此等は英国や和蘭等の海上園が世界的に雄飛して居った震の遺
風である︒陸上財産も大に敵性を有する意味に於て其不可侵論は段々と動揺することになる︑無論無保件に淡牧
︐すると云ふ様なことは出来ぬ︑たらうJが徴畿の許されて居ったのに比して大に撰大されるものと思ふ︒園際法の修
正が待望されて来る語︑記︒既に米国の如きは中立法規を自主的に修正する様︑穴か︑猫逸とか日本とかも交戦法規
に関して同一態度に出︒つべきである︒第一次世界戦争の時に猪泡が戟裁と一広ふ様な国際法修正を賢行した様に今
次の戦争に於ても有力図が時勢に遁合した克改在世界的に主張すべきであらう︒日本は斯の如︑きことを免すのに
便宜かも知れぬ︒(戦教とは図際法上の努念行震であって例へば濁逸の白耳義侵入の場合を指す)
戦時経済の若干問題
ニO五
商 業 と 経 済
二
O
六此頃新聞等に臨戦態勢と云ふ一言葉が屡三回て来るのを見る︒叉臨践経済の語︑も聞くJ﹁臨戟﹂の語源如何を問題
にして見る︒案ホるに此は戟に臨む印ち戦争の一歩手前と云ふことである︒米国の現欣が正にそれである︒米国
は参戦するとかせぬとかの分岐賠にあるものとして世界の注目を集めて居る︑形式的には参戦して居ら叫が資質
的には経済問交等戟争と同一花とめ議論も立つ語である︒此を我閣の場合に活用すれば︑支那事愛で戦争︑そして
居るので︑今夏臨戦と一式ふのも妙︑たが︑第二・次の戦争が北か南か雨方かに後生するの危険があるべきことを警告
する魚又それに針路する経済図策の樹立を容易にする目的で如斯造語を今日の場合に泡切とするものであらう︒
g
新商業理念日間日低物侵政策U産業公器論 公定債格以上の販買は闇である︒公定債格を超過すること一銭︑十銭︑一固たりとも其程度に於て闇取引となる︒私は斯の如く殿格なる解穫を魚すものである︒原債に遁正利潤を加算したるちのが公定債格邸ち最高販賢債
格になる語であり︑此を支持せんとするのが所謂低物債政策である!ーぃ経済図策中最重要のものーーー此最重要経
済図策を崩壊すると云ふ意味に於て閤は巌罰に庭せられねばならぬ︒一本の針で刺した穴が城蛍を破ることがあ
るのと同様の意味合に於て公定債格を超過する取引は其程度に熔Gて経済国策の現賢目標に背反することにな
利潤ぽ誼正利潤たるの限に於ては公認せられる︒利潤は決じて否定せらるべきものではない︒利潤公認制度は る ︒
私有財産制度と共に現代経済組織の根幹を佐川すものである︒今日迄は白田主義経済・資本主義経済は比二制度を
中極と震して居る︒〆此を否定するのは吐・曾主義者・共産主義者である︒
然らば何故に利潤は公認せらるLかと云ふに社・曾に於ける商業の放用・機能に基く︑人的懸隔の除去・時間的
懸隔の除去・場所的懸隔の除去ーーー即ち各種の千均作用を行ふからである︒叉此意味に於て商業無用論は否であ
り︑
﹃商
業有
用論
﹄か
目見
であ
る︒
国家は低物債政策︑を堅持するが震に有らゆる努力を惜しまない︑此を結封的に支持するのである︒
レ防止の如きも低物侵政策︑そ維持する震の通貨吸牧である︒物債は云ふ迄もなく物と金との関係で定まるもの古
一方
イン
フ
金が多くなれば金の債値は小になり物債は上ることになる︑金が少くなれば金の債値は大となり物債は低くな
る︒依って通貨の分量密少にして物債を低目にすることが政策として肝心である︒国家の戦時財政も低物侵政
策・インフレ防止がなくば例へば軍艦二隻の建治費で軍艦一隻の建迭を魚し得るに過ぎないことになる︒
低一物侵政策は此段時財政の大目的'にる最高図防国家の建設の震に是非共不動の銭則でなければならぬ︒此を擁
護する免には闇取引││巌格なる意味に於てーーを結封的に排撃せねばならぬ︒刑法も今迄の刑法に一歩を進め
て経済刑法なる研究必見て居るが此は正営であると忠ふ︒
‑低物債政策の根幹はインフレ防止にある︒ケlンズの如きも色4述べて居る︒我国の小額報国債奈は因究'とし
て最泡営のものである︒今少し積極的に買出ても良い光らう︑但飴りに滋設すると小額紙幣の様になって仕舞ふQ
¥ ¥
戦時経済の若干問題ごO七
商 業 と 経 済
二O
八
濁逸なんかは所謂ダIレン・カツセン・シヤイン(貸付金庫詮努)を紙幣同様支梯上に充営した︒此頃色々な寄附
金の
梯込
に公
債・
債朱
︑申
告以
てし
でも
宜致
いと
一式
ふの
があ
る︒
商庄におする解穫も商人と一式ふ私人の絶封所有なりとの見界は︑室時代のことで間家の所有を商人なる私人が
経営を委託されてやって居ると云ふ様な意味のものではあるまいか︒其でこそ商人の職分奉公・職域奉公も意義
を有することになる︒一種の産業奉還論か知れないが︑根本的に思考する場合には左様なるものと息ふ︒斯くし
てミそ泊正利潤も図家の公認を受け得ることになケ︒現在一般の考ふる所有樺の解緯の如く根本原則を私人の自
由となし其に統制経済・計室経済の見地から各種の制限を矯すと一式ふのでほ徹底しない︑園有民皆の根本理念を
以て解躍することの必要を痛感する次第である︒最近の所有構理論も此に合致する理念から出愛するものでなけ
れば
なら
ぬ︒
最近企業の一新傾向として園有民営なるものがあるIll
虫色
︒当
岳名
l l
軍需工業生産力損充の魚に園家が経
費を支出して設備し︑経営は民間にやらせ︑其製品は国家で買上ける︒
商庄は公物・公器なり︑商庖主商底員も公人なりとの基本理論に立脚することが肝要だ︒商庇主商底員も亦公
人であり宇公人であると云ふ白売を有して始めて彼等の生活活動は園家的意味を有することになる︒
商庖経営に於て研究せられるべくして未完成なりしものに経営の現業的方面の訓練があふ︒経管の賢地に則し
た訓練が必要であらう︒顧客の接待・電話の熔待・私語を禁止すること等々である︒現在の庭商庄の舎計経理方
固に関する研究はあるが︑経営其物に就ては不備である︑此を改善する意味に於ても研究を必要とする︒これ公
物経営・公人活動)ゼ有意義ならしむる所以である︒
h
暴利取締令日法人暴利取締令は大正七年の米騒動の時に後布せられたのが始まりで度改正を重ねて居る︒去る七月十五日から賓
施された同令の改正では飴程巌格になって居る︒
買占・頁惜は一切段禁であるが此も数段の進化を途けたのである︒
抱合せ販買を禁止して居る︒抱合販買とは二つ一緒でなければ責らぬのである︑
要な物をも購入せよと言ふのである︒ 一方丈必要なのに他方の不必
一時行はれた米と姿と云ふ様な例も此ではあるが︑あれは食料政策上許容
される︒最近の判例に自将軍のタイヤと其他の部分品の例が出て居り犯則とされに︒
次に負捲付販買と云ふのは例へば保険に加入すれば買ってやると云ふ様な場合である︑但配給が切符制度・通
帳制度になって居る時に切符通帳︑を要求しても負捲付にはならない︒煙草の空箱提出ピ
l
ル・サイダーの空瓶提供の如きも資源図策上結構なことである︒空瓶に就ては内務省で大阪府の伺に指令して︑{会瓶を持参せぬ場合は
品物を販一貸し得ざる性質のもの(例ソ
l
ス)には空瓶を持ち京市らざる者には買ることか}担んでも負捲付にならぬ回日を明にしに︒公定債格の関係もあるし一概に論争る誌に行かぬが︑開策上再生在希望する方面には任意提供を憤
戦時経済の若干問題
ニO九
商 業 主 経 済
二一
O
行とし度いものと思ふ︒
組合せ販賓と一試ふのがある︒例へば果物の籍に色介の果賓を詰合せて居るとか又は文房具の種々の物を詰合し
てある︒多くは賠答用である︑此も今迄あつ'に種類の物は良しとしても今後は成る可くやらせぬ方針である︒鉛
筆一打とかベン一箱とか一式ふ特定種類に限る様にすることが︑物資不足の今日としても語営である︒公定債格品
の抱合も不可なりとぎれて居る︑公定債格であっても抱合販賓の性貨を鑓更するものではないから︑立︒
濁逸の経済事犯の制裁は仲々重い最高死刑である︒我図のは庚義の経済犯罪でも無期懲役迄である︑但経済刑
者法としては我閣の方が善いと云はれて居る︒
此迄の経済統制では暴利取締令では泊費者を庭罰する様になって居らぬが︑将来の方向としては泊費者の自制
を一一舟要求する必要があると思ふ︒業者に封しでも戒告から庭罰の坊に到達した今日︑直には無理であらうJが漸
次左様すべきものと思ふ︒
閤の解明伴も暴利取締令関係で数段進化して居るが︑刑法の改正で経済犯罪を図民経済を動指せしむるものと解
程すると同じく閣も巌罰論となる知一円である︒﹁闇﹂とは公定債格以上の販買であるから公表出来ないのである︒
法人の経済事犯に就て考察すると︑本来刑法は自然人を封象として制定されたものであるから︑新しい護遠の
産物たる各種法人印ち合祉とか協同組合とかの事犯に封する泡用を期して居らぬ︒刑罰の如︑きもJ資在人に封する ものを本館として居る︑然るに此は法人の経済的資力の充賓と共にM吟味されねばならぬ事柄である︒臨刑の如︑き
小 野 清 一 郎 博 士 : 法 皐 協 合 雑 誌 第 五 十 九 巻 第 六 境 第 七 渡 所 載 経 済 刑 法 と 違 法 の意識,
田 中 二 郎 教 授 : 同 雑 誌 同 一 設 所 載 . 経 済 統frjtJ罰に闘ずる法律上の諸問題(昭
和十六年六万七月).
*
も此を罰金刑を以て代用することも出来る︑傍法人の業務捲官者を虎罰することになつに︒現在に於ては更に一又罰六一
人 ヲ 十 三
歩在進めて法人と其業務指営者と双方を刑罰封象とする新傾向があるρ此は法人と云ふもの﹄認識如何に依ってほ一齢︑開
其 有 ( 年
決ることである︒最近の法律思潮としては法λ格と各個人格の総和を相加しにるものと云ふ之とになって居る様グハス六
者︑
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科
J十円山思ふ︒賓在人は刑罰封象として目が届くけれど法人となると不明確にかる¥と云ふ様なことが生じては賢一世曾経鋭
4p
開
A市ν 白 書 川 け 肝
ノタ室︑ハノ済界の進歩に誼合する所以で無い︒法律の後遺は第一に・曾祉関係自然人の庭罰第二に舎社自障の庭罰(明治三十他此勤時
﹀ ノ 民 ノ 月 一
三年法律第五十二披﹀第三に合吐主(物と合祉関係自然人の雨方を庭罰すること外国魚替管理法第十二備の如くに其ヲ保民
人魚前昨日
用行至d1
1
郡 一 川
⁝叫ん配れ陪
油公判明開
J齢Jd
鵬
若 七 人 矧 人 第 ハ ー
法テ又)件丈
ρv
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人披什論
又開法三性士者‑一ノ十利博表務其八佐官口
代業外第と谷 ノ ノ ノ 律 性 下
人人ル法盆以
法ハス年会頁
なって居る︒其他法人に封しては行政底分の封象となる場合が多い︒
/中二、,¥.
盆
使
r先
会経優先と云ふことも私の産業公器論よりすれば蛍然のことである︒産業公器論・産業固有民営主義の意見を
qu
一段と繰り度い︒(公盆性と皆利性との矛盾と調和︒私は動機論と結果論とを直別せぬ)
公共信託なる制度︑そ信託協舎で創め'ることになつに︒此は関西側の熱心なる希望に出づる白であるが︑寄附金
長信託するのである︒此程度に迄なったことは大なる進歩と云はねばならぬ︒
結
五 日
= コ
nH
2 )
政時起沼の若干問起P
商 業 と 経 済
一
一
一一 一汎ゆる方策︑を諮じて世界に於ける日本の光輝ある地位︑ぞ確賓にしなければならぬ︑既に吾等は前進した敢えて
後退することを許さぬ︒(昭和十六年十万十日稿)