地域環境整備計画における産業遺産の保存 ・活用
今 尚 之
Keywords: 地域計画,地域環境整備, AHP ,合意形成,産業遺産,近代化遺産, 保存 ・活用,三弦 トラス橋
目 次
1. は じめに
2 .地域環境整備計画 における産業遺産保存の問題点 と課題点 ( 1 ) 地域環境整備計画 における産業遺産 の保存
( 2) 産業遺産保存 の問題点 ( 3 ) 産業遺産保存の課題点
3. 夕張 シューパ ロダム周辺環境整備 における三弦 トラス橋 の保存 ( 1 ) 夕張 シューパ ロ湖三弦 トラス橋
( 2 ) 産業遺産 としての夕張 シューパ ロ湖三弦 トラス橋の評価 ( 3 ) 夕張 シューパ ロダム事業 と夕張 シューパ ロ湖三弦 トラス橋
( 4) 夕張 シューパ ロ湖三弦 トラス橋の保存代替案 ( 5) AHP 手法 による保存代替案の評価
( 6) 三弦 トラス橋保存代替案の評価結果
4. ま とめ
1 .は じめに
およそ 1世紀半前, 日本 は欧米先進各国よ り近代工学技術を導入 し,産業の 近代化 を開始 した。特 に社会資本の充実が 目覚 ま しく行われ,近代国家 と して 発展す る基礎が形成 された。社会資本 の充実 は産業 の発達を もた らし,産業の 発達 は社会資本の充実,蓄積を促 した。その結果が今 日の経済的な発展 と繁栄 を もた らした ことは衆人の認め るところであ り ,21 世紀を間近 に迎え るこの時
〔 2 4 3 〕
点 において も将来の繁栄のためには新 しい視点による社会資本の充実が必要 と されているのである。
さて,近年,それ ら明治以降 に導入 された近代工学技術 によって作 られた 数 々の遺物,建築物,構造物を, 日本の近代化過程を示す歴史的資料価値のあ る産業遺産,すなわち近代化遺産 と して捉え ることへの関心、 が高 ま りつつ あ る。そのため,それ ら近代化遺産を例えば文化財 に指定 し,保存す る取 り組み が全国で見 られ る様 にな って きた 。1 99 3 ( 平成 5) 年,国の重要文化財 に指 定 された信越本線横川 一軽井沢間の旧碓氷峠の レンガ構造物群 はその一例 とい えよ う。
しか しなが ら,現時点で は近代化遺産その ものの調査 はいまだ十分 とはいえ ない。 さ らに,それ らの保存を考慮 した,地域的な環境整備計画案の作成の取 り組 み は,あま り進んでいないのが実情で あ る 1)。 この ことは,近代化遺産 が地域の生活環境を形成 し,産業文化を育んだ歴史的モニ ュメ ン トであること の認識,例 えば土木構造物 な ど規模 の大 きい もの は地域 の ラ ン ドマークであ り,地域の 自然環境 と同様 に重要 な環境財であることの認識が一部 に しかなさ れていない現状が背景 に存在す ることによるもの と指摘で きる 。
この例 として,大規模開発の事前 になされ る現在の環境 アセスメン トにおい て,一部の 自治体を除いて文化や社会,歴史的な環境 に対す る評価が行われて いない ことがあげ られ る
2) 。このため大規模 な再開発 な どで は地域 の発展 に 貢献 した近代化遺産が何等評価 され ることな く, さ らには保存の検討 もなされ ずに解体,撤去 され ることが往 々に して見 られ るのである。近代化遺産の評価 な き撤去 は社会に不可逆的な損失を もた らす ことに もつなが る
。地域の開発 に おいては,地域の生活文化環境のモニ ュメ ン トたる近代化遺産の十分 な評価 と それ らの保存を考慮 した地域環境整備計画が必要である。
本研究は,地域 の環境整備計画に近代化遺産の保存を考慮す る場合の問題点
と課題点を整理 し, さらに実際的な地域環境整備計画を提案す るためのプロセ
スの明確化を 目的 とす るものである。現在,北海道夕張市 に位置す る大夕張ダ
ムによって堰止め られた シューパ ロ湖上 に,土木技術的に高い評価を受 けてい
地球環境整備計画における産業遺産の保存 ・活用 2 45 る三弦 トラス構造の橋梁が存在す る。こ の橋梁は,現時点では治水および水源 開発を目的 としたダム再開発 によるダム湖の嵩上げによって水没が確定 してい る産業遺産である。本研究ではこの橋梁の保存を具体的な問題 とし,保存代替 案の評価を AHP によって行 うものである。
2. 地域環境整備計画 にお ける産業遺産保存 の問題点 と課題点 3)
( 1) 地域環境整備計画における産業遺産の保存
現在,我 々の身辺古 手は,地方 自治体の指定 による文化財か ら国指定の重要文 化財 まで数多 くの文化財が存在 している。それ らの多 くは精神文化の所産 によ るものが多 く,いわゆる物質文明の所産,特 に産業関係の遺産に関 しては相対 的に低い価値 しか認め られていない場合が多い。特 に日本においては,第二次 世界大戦後の高度経済成長時代,旧式 となった産業施設 ・設備 は,破壊 しスク
ラップ化す ることが合理的なことであ り,また経済的な発展 に必要なこととし て積極的に行われて きた
4) 。さ らに,法的な保護の関心事項 は埋蔵文化財, 社寺, 美術工芸品などにおかれ, 近代以降の国民の生活を支えて きた「 文明財」
とで もい うべ き産業遺産保存 に付いてはほとんど留意 されて こなか った。 しか し,近年の社会の成熟 に伴 う価値観の多様化 は,産業遺産への関心を高め,そ の保存,活用への取 り組み も試み られ るよ うにな って きた 5) 。 この ことは, 生活環境の質を高め,文化的により高度な生活空間の創造につなが ることであ る。 しか しなが ら,保存,活用にあたっては解決すべき問題点,課題点が存在 す ることもまた事実であ り,特 に産業遺産の保存を考慮 した場合,地域環境整 備計画の立案時に様 々なコンフ リク トが生 じることか ら,合理的な計画案の策 定が求め られている 。
( 2 ) 地域環境整備計画立案における産業通産保存の問題点
( a) 評価 に関す る問題点
( 丑 産業遺産の評価
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図 1 産業遺産保存 の問題点 と課題点
保存代替 案評 価法の確立
産業遺産 その ものの評価では,その評価規準が暖味であることか ら,やや も すれば見 た目などの感覚的な部分か らの評価に終始 し,技術や社会性,地域文 化の観点を含めた総合評価がなされていない。
② 保存代替案の評価
実際の保存 において,機能の保全や安全性を調査 し,保存形態 による代替案 を作成 し,評価を行 うプロセスが確立 していない。
現在,環境影響評価で は一部の自治体を除いて歴史的な遺産の調査,評価 は 行われてお らず,歴史的な生活環境の維持や産業遺産の保存 に対す る認識が依 然 として低 いままで終 っている。
( b) 保存の形態に関す る問題点 ( 丑 機能の維持
産業遺産 について保存 あるいは撤去,解体を行 うかの議論の大部分 は,‑‑
地球環境整備計画 にお け る産業遺産の保存 ・活用 247
ド的ない しソフ ト的 に老朽化す ることによ り機能を維持で きな くなった ときに 生 じる
。現在の利用形態を続 けるよ うな機能を維持 したままの保存 ( 動態的保 存)の場合,利便性の低下 はもとよ り,安全性や現行法制度 との関係が問題 と な って くる。特 に公共‑の供用を前提 と している土木構造物 の場合,厳 しい安 全基準 を ク リアす るためにかな りの補強が必要 とな ることが予想 され,結果 と
してオ リジナルを大 きく改変 させた り,莫大 な経費が必要 とな ることにつなが りかねない。また展示 な ど ( 静態的保存) のよ うに現在の機能を全 く変えて保 存す る場合 は,管理 の主体が問題 となる。 この ことは経費負担 とも密接 にかか わ る問題 である。
( 卦 原位置,原形の維持
現地でそのまま保存す るか移設 して保存す るか, さ らには原形を完全 に維持 をす るか,一部 を現代的に改変す るかなどの諸点 も検討 されなければな らない 問題点であ る
。歴史的な文化財 に対す る一般的な認識 であるオ リジナルの伝承 とい う観点か らは極力,機能 と形の原形保存が望 まれ る。 しか し,産業遺産 の 多 く,特 に土木遺産 は生活環境 に密接 な ものであることか らあ る程度の妥協点 も必要 とな り,意思決定 において複雑 な コンフ リク トが生 じることとなる
。特 に再開発 な どに伴 う保存 問題で は,原位置保存,原形保存 はよ り難 しくな る。
( C) 保存 の経費 に関す る問題点
産業遺産,特 に公共性が高 く規模の大 きい土木遺産 の場合,その保存 にかか わ る経費 を誰が負担す るのかが大 きな問題 とな る 。 また,地元 の関心や愛着 も この問題 に大 き く関係す る。
( 3 ) 地域環境整備計画立案 における産業遺産保存の課題点
周辺環境整備 において産業遺産を考慮 した計画を行 うためには以下が課題 と して考え られ る。
( a) 段階的評価の実施
従来 は,産業史的な評価 と保存,活用 の評価が揮然一体 と して行われ,それ
ゆえに保存,活用 に関心が持 たれ るために,産業史的な評価す ら行 われず,揺
衰 1 保存,活用のための評価項 目と評価 内容
評価項 目 評 価 内 容
産業史 的評価 保存,活用の評価で は,歴史や文化 な ど地域 の生活環境 に意 味のあ る産 業遺産であるか否かの判断をまず行 う必要が あ る○
現状 の状態評価 現存 して い るとして も,機能の維持 は もちろんそれ 自身 の存在が 怪 しい ほど老朽化 してい るな らば,何等かの補修や改修が必要 とな るoその こ とは、場合 によ って は歴史 的な価値 を下 げ ることに もな り, また,莫大 な保存事業費 を必要 とす ることに もつ なが る
o現位置保存 の可
能性評価 現在 甲位置 に保存 され,本来の機能を発揮す ることが一番望 ま しいが, 困難 を伴 うことが多 い○現位置での保存の可能性 を評価 し, それが不可 能 な らば歴史 的な背景 にふ さわ しい転用先を見 出すべ きであ るo
地元 におけ る関
心や愛着 ー 産業遺産 と しての価値 を見 出された構造物で あ つて も,地元 でま った く 関心や愛着 のない ものを保存 して も意 味のない もの とな る○地元が その
去,解体 もしくは廃棄がなされ ることが多か った。産業遺産の評価では史的評 価 と保存,活用評価 は段階的になされ るべ きである。
( b) 産業史的評価観点の明確化 6)
産業遺産を保存す るためには,まず以 ってその遺産が産業史的にいかなる意 味を有 しているのか評価が必要である
。すなわち,開発の経緯を知 り,諸元や 工法など技術的な特徴を把握 し,他の同様 な遺産 との差異を明確 にす る必要が ある。 ここで,そのための評価項 目を大 まかに分類す るな らば,( ∋技術 に関わ る評価軸,②意匠に関わる評価軸,③機能 ( 計画)に関わ る評価軸の 3 軸が考 え られ, これ らの評価軸 に共通な基礎的な評価概念 として ; ④時間軸の存在が 指摘 され る。 さ らに実際に評価を行 うためには,現在,何が, どこに, どのよ うな状態で残 っているのかが把握できる リス トと技術的な発達史 に関す る体系 的な知識 とが必要 になる。 さらに背景 となる社会史 など周辺知識の理解 も必要 である
。( C ) 保存,活用のための評価観点の明確化 7)
産業遺産を保存,活用す るためには,産業史的な評価のみな らず,保存,宿
地球環境整備計画における産業遺産の保存 ・活用 249 用を念頭に置 き,様 々な制約条件を考慮 した評価を行 う必要がある。評価の結 莱, 保存 ・活用がで きない と判断 されたな らば,で きうる限 りの資料 を収集 し,
しか るべ き機関によって資料の保存等がなされるべ きである。また,産業遺産 の保存,活用の評価項 目として,①産業史的評価,( 診対象物の状態の評価,③ 現位置保存 の可能性 の評価,④地元 にお ける関心や愛着 の 4 項 目が考 え られ
る。表 1 は産業遺産の保存,活用のための評価項 目と評価内容である 。
( d ) 環境影響評価調査の対象化
産業遺産への理解 とその評価が明確 になされ るべ きで,環境影響評価の中に 産業遺産など歴史的環境の項 目を加え ることが必要である。
( e) 保存代替案の評価法の確立
産業遺産特 に土木遺産 はその機能性や規模か ら原位置,原形保存が困難 とな るため,い くつかのオ プシ ョンの中か ら最適 な計画案 を採用 しなければな ら ず,合理的な評価,意思決定手法の導入が必要である。
( f ) 経費負担の在 り方の議論 と理解
保存 された産業遺産を維持す るための費用負担の方法の議論 と理解 もまた重 要 な課題である。 さ らに助成制度等 の新設や効率 的な運用の検討 も必要 であ る。 この場合,代替案の評価 に対 して AHP 手法の導入が有効 であ ると考え られ る。
3. 夕 張 シ ューパ ロダム周辺 環境 整備 にお ける三 弦 トラス橋 の保 存 ( 1 ) 夕張 シューパ ロ湖三弦 トラス橋 8)
夕張 シューパ ロ湖三弦 トラス橋 ( 写真 1)は,石狩川水系夕張川上流部の北 海道夕張市南部地 区 に位置す る大夕張 ダム ( 図 1,1 9 5 9 ( 昭和 3 4 ) 年完成, 堰堤 高 67 .5m) によ って堰止 め られ た シューパ ロ湖上 に,水没補 償 と して
1 9 5 8 ( 昭和 3 3 ) 年 に完成 した旧森林鉄道夕張岳線第 1 号橋梁で ある。 この橋
梁 は鉄道橋,車道橋では世界で も数例 といわれている下弦材 2 本,上弦材 1 本
か ら構成 されている三弦 トラス構造を採用 しているため,正面か ら見 ると三角
写真 1 シューパ ロ湖上 の三弦 トラス橋 の全景
( 1 9 9 4 年 9 月撮影) 形を呈す る特殊 な断面形
状 とな って い る。 さ ら に, この橋梁 はダム堰堤 近傍 において直角に湖岸 を結んでいることか ら, 橋梁延長が 3 81 . 8 0 m と森 林 鉄 道 橋 梁 で は最 長 で あ った。そ して,その特 殊な構造様式 はダム湖周 辺 に独 特 の景 観 を与 え シ ューパ ロ湖 の ナ ン ド マーク的存在 となって い
る
。このため, シューパ
図 2 シューパ ロ湖三弦 トラス橋の位置図 ( 国土地 理 院 2 万 5 千分 の 1 図 に加筆) ロ湖上の三弦 トラス橋を
模 した図案が大夕張の観光 スタンプとして用い られ るなど,地元で も愛着が持 たれている構造物である。
この三弦 トラス橋 は完成 してか ら 5 年後 の 1 9 6 3 ( 昭和 3 8 ) 年,森林鉄道夕
地球環境整備計画 におけ る産業遺産の保存 ・活用 251
張岳線の廃止に伴い供用が停止 された。 この時,当時一般的であった林道への 転用 は建築限界の違いか らなされなか った。さらに,周辺開発の見送 りととも に周辺遊歩道への転用案 も立ち消えとな り,森林鉄道の廃止後 30 年間利用 され ることな く現在に至 っている。
( 2) 夕張 シューパ ロ湖三弦 トラス橋の産業遺産 としての評価
( a ) 夕張 シュ‑パ ロ湖三弦 トラス橋の主要諸元 9)
三弦 トラス橋の総延長 は 381 .8 0m ,連数 は 7 連 ( 39m スパ ン× 1, 7 7m ス パ ン× 1 ,52mスパ ン× 5)で,すべての桁が下路 ワ‑ レン三弦 トラス構造を 採用 している。また 7 連共 に トラス高 8 .0m ,下路桁幅 6 .0m であ る
。設計荷 重 は森林鉄道一級線 ( E. R. S . 1 2)で,使用鋼材量 は約45 0 t であった。また橋
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図 3 三弦 トラス橋の正面図
台,橋脚 は鉄筋 コ ンク リー ト製 で最高橋梁高 は堪水前で 68m で あ る
。図 3に52m スパ ン トラス の正面 図,図 4 に橋梁側 面図 を 示す 1 0)。
( b) 三弦 トラス構造採用の理由 旧森林鉄道夕 張岳線第 一号橋 梁 が三 弦 トラス構造 を採用 した 理 由は,①鋼材量 を減 らし建設 コス トを低減す ることと同時 に 必要 な強度 を持 たせ る こと。② 周 辺 の景観 を損 ね ない,特 に夕
図 4 三弦 トラス橋の側面図
表 2 シューパ ロ湖三弦 トラス橋 の産業史 的評価点 技術 構造の初出 鉄道用橋梁 としては,我が国で初めて採用 した構造
構造の特異 三弦 トラス構造を採用 した下路橋梁の例はほとんどない 規模の大 きさ 森林鉄道用橋梁 としては最長,また,ダム湖堪水以前 は最
高 橋