‑ 東京地裁昭和 6 3 年 1 月 2 7 日判決 を素材 と して‑
町 村 泰 貴
‑′は じめに
訴訟上 の和解 に要素 の錯誤があるとして,口頭弁論期 日の指定が申 し立 て ら れた場合,判例 1 ) によれば必ず期 日を開いて和解 の有効無効 を審理 し,和解 が 有効であるとの判断 に至 ったな らば判決で訴訟が終了 した旨を宣言す ることと されている。 ここでの訴訟終了を宣言す る判決 とは,例えば訴訟係属 中 に当事 者が死亡 してその訴訟 を承継す る者が存在 しない場合 2) や,裁判 の脱漏 を理 由 とす る追加判決 の申立 に対 して脱漏を認 めない場合 の処置 3) などと同様 の判決 とされ るが,その性質や効力 について は,従来我が国ではほとん ど論 じられて いない 4 ) 。
ところで最近,訴訟上 の和解 の効力 を争 う局面 において,この訴訟終了 を宣 言す る判決 の効力を問題 とす る事例が現れた ( 東京地判昭和 63 年 1 月 27 日刊 夕 674 号 213 貢,判時 1 326 号 133 頁‑ 以下で は昭和 63 年東京地判 とい う)。 そ こで
【
1)判例 については次の二参照。
2)例えば養親が提起 した養子縁組取消の訴えの係属中において養親が死亡 した場合 と して最判昭和 5 1 年 7 月 1 7 日民集 3 0
巻7 号 7 2 4 頁。
3 ) 菊井維大 ・松村俊夫 『 全訂民事訴訟法 Ⅰ 〔追補版 〕 』 ( 1 9 8 4 年 ・日本評論社) 1 07 5 頁, 兼子一 ・松浦馨 ・新堂幸司 ・竹下守夫 『 条解民事訴訟法 』 ( 1 9 8 6 年 ・弘文堂) 5 7 1 頁、( 竹下) など参照。なお千葉地決昭和 6 3 年 6 月 3 日判 夕67 0 号 2 3 5 頁参照。
4 ) 我が国で 「 訴訟終了宣言」 などの名称で論 じられているのは,西 ドイツ民訴法 ( ZP
O) 91 条 a に規定 された Er l e di gungs e r kl ar ung de rHaupt sac he で あ る。 坂原
正夫 「 西 ドイツ民訴法 における‑当事者 による訴訟終了宣言 について」 法学研究 5 5
巻7 号 80 7 頁,松本博之 「 本案終了の表示 について」法学雑誌 1 9
巻2 号 2 49 貢,石渡 哲 「 訴訟終了宣言」 ジュ リス ト増刊 『 民事訴訟法の争点 〔 新版 〕 』31 4 貢。 本稿 で扱
う訴訟終了の宣言 はこれ とは異なるものである。
〔9 9〕
は和解 の無効 を主張 して な され た期 日指定 申立 に対 す る訴訟終 了 を宣言 す る判 決 の確定後 に再度和解 の効 力 を争 う訴 えが提起 され たが,この後訴 を不 適 法 と
して却下 した興 味深 い事例 で あ る 。 本稿 で は,この判決 を素材 と して,特 に訴 訟 が和解 によ り終了 した 旨を宣言 す る確定判決 に限 って 5) ,そ の効 力 につ いて 若干 の考察 を加 えて み たい。
この問題 は訴訟上 の和解 に錯誤 や詐欺 ・強迫 など実体法上 の瑠痕 ( 無効原因 ・ 取 消原 因) が付着 して い る場合 の効力 ・処理方法 の議論 を前 提 とす るの で,ま ず この前 提 問題 にいて,特 に判 例 実 務 の立 場 を 中心 に して ,簡 単 な概 観 を す
る 6) 。 その後 に,昭和 63 年東京地判 の事実 と判 旨を紹介 ・検討 す る。
二′訴訟上の和解の効力をめ ぐる法状況
訴訟上 の和解 の効 力 を め ぐって は,和解 の法 的性質論 や既判 力 の有無 と も関 連 して様 々な立場 が主張 されて い るが,判 例 は,一 方 で は民 訴 法 2 0 3 条 に い う
5) 本来ならば訴訟の終了を宣言する形式の裁判一般について取 り上げるべ きか もしれ ないが,それ らのすべてが共通の生活をもっている訳ではな く,特 に和解 の効力を めぐる紛争のケ‑スと当事者死亡のケースとでは性質が異なり同列に論 じるのは不 適当かと思われるので,本稿は和解の効力を争 うケースに絞 って取 り上げる。
6) 本稿で主に参考 とする文献を列挙 しておく。以下における引用は各文献 の上の数字 によることとする。
( 彰河野正憲 『 当事者行為の法的構造 』 ( 1 9 8 8 年 ・弘文堂)特に論文 5 「訴訟行為 と 意思の噸庇」( 初出 1 9 7 4 年),論文 7 「 訴訟上の和解 とその効力をめぐる紛争」( 初出 1 9 81 年) 。
②近藤完爾 『 執行関係訴訟 〔 全訂版〕 』 ( 1 9 6 9 年 ・判例 タイムズ社)特 に第 1 章第 7 節 「 和解調書 附調停調書 」1 2 7 頁以下。
@後藤勇 ・藤田耕三編 『 訴訟上の和解の理論 と実務 』 ( 1 9 8 7 年 ・西神 田編集室)特 に第 4 章第 1 節 「 訴訟上の和解の既判力 と和解の効力を争 う方法」( 藤原弘道執筆) 4 7 9 頁以下。
④石川明 『 訴訟上の和解の研究 』 ( 1 9 6 9 年 ・慶応大学法学研究会)
⑤池田浩一 「 和解調書の無効に対する救済手続」吉川追悼論集 『 手続法の理論 と実 践 ・上 』2 9 3 頁以下 ( 1 9 8 0 年)
@町田顕 「 訴訟上 の和解 の無効 と実務上 の取扱 い」実務民訴講座 2
巻1 9 9 頁以下 ( 1 9 6 9 年)
( 令小山昇 「 裁判上の和解」総合判例研究叢書 ・民事訴訟法 ( 3 )( 1 9 6 1 年 ・有斐閣)
⑧梶村太市 ・深沢利一 『 和解 ・調停の実務 〔新版〕 』 ( 1 9 8 8 年 ・新 日本法規出版)
「 確定判決 卜同一 ノ効力」 に既判力が含 まれ ると明言 しつ つ も 7) ,他 方 で は和 解 に実体法上 の瑠痕があ ることを理 由 とす る無効 の主張 を認 め るとい う点 で一 貫 してい る 8) 。 そ してその無効 の主張方法 と して複数 の方法 による ことを認 め ている 。
すなわち,訴訟上 の和解 の無効 を理 由にす る期 日指定 申立 につ いて,大決 昭 和 6 年 4 月 22 日民集 1 0 巻 380 頁 9 ) は申立 を却 下 した原決 定 を破穀 し,口頭弁論 を開 いて無効 か どうかを審理判断せよと命 じた。戦後 も最判昭和 33 年 6 月 14 日 ( 前掲注 8) が期 日指定 申立 に基づ いて続行 した事 案 と思 われ るほか,最判 昭 和 38 年 2 月 12 日民集 1 7 巻 1 号 1 71 貢 1 0 ) が期 日指 定 申立 に よ り弁論 を再 開 し,和 解 が有効 であ ると判断 して訴訟終了 を宣言す る判決 を下 した例であ る 。 期 日指 定 申立 によ らず,直接和解 の有効無効 の確認 を求 め る訴 え も,既 に大正 1 5 年 の 民訴改正前 の大判大正 1 4 年 4 月 2 4 日民集 4 巻 195 頁1 1 ) が そ の適 法性 を正 面 か ら 認 めていた。 これ は戦後 の実務 に も受 け継 がれた。最判昭和 38 年 2 月 21 日民集 17 巻 1 号 182 貢 1 2 ) は,無効確認請求棄却 の本 案判 決 を下 した原判 決 を支 持 して 上告 を棄却 した ものだが,本案判決 は訴訟要件 が備 わ っている場合 にのみ下 せ るとの通説 の立場 に従 う限 り,和解 の無効確認 の訴 えを適法 と判断 した もの と 位置付 け られよ う 。 さ らに給付条項 を含 む和解調書 に対 して和解 の無効 を理 由
7 )
最 (大)判 昭和3 3
年3 月 5
日民集1 2
巻3
号3 81
頁。 ただ しこれ は羅 災 都市 借 地 借 家 臨時処理法1 5
条 による裁判 を直接 の対象 と した ものであ り,訴訟 上 の和解 に関 す る 効力 をめ ぐる先例 と しての意義 はない。 なお最 (大)決昭和35
年7 月 6
日民 集1 4
巻9
号1 657
頁 における藤 田裁判官等 の補足意見 も参照。8)
最判昭和33
年6 月1 4
日民集1 2
巻9
号1 4 9 2
頁が代表例 と して挙 げ られ よ う。
評 釈 と し て山木戸克 己 ・民商40
巻1
号1 51
頁があ る。9 )
評釈 と して兼子一 ・判民昭和6
年度1 6 0
頁 ,山田正三 ・法学 論 叢2 6
巻6
号9 7 6
頁 が あ る。 なお訴 えの取下 に関す る同旨判例 と して,大決昭和8
年7 月1
1日民 集1 2
巻2 0 40
頁参照。 また大正1 5
年 の民訴改正前 の ものだが,既 に大決 明治4 3
年3 月 3 0
日民録1 6
輯2 41
貢が期 日指定 申立 による訴訟上 の和解 の取消 の主 張 を容 れ て い た。 これ に対 す る批評 と して,経本朗造 「和解後 二於 ケル訴訟手続 ノ続行」京都 法学 会 雑 誌6
巻1
号9 7
頁,4
号1 0 7
貢,8
号9 6
貢。1 0 )
評釈 と して山木戸克 己 ・民商4 9
巻4 号5 5 4
頁があ る。l l )
評釈 と して加藤正治 ・判例批評録第2
巻1 3 0
頁があ る。1 2 )
評釈 と して中村英郎 ・民商4 9
巻4
号5 61
頁 がある。とす る請求異議 の訴 えを提起 す る ことも,戦前 において は大判 昭和 1 0 年 9 月 3
日民集 1 4 巻1 886 頁1 3 )
が,戦後 も下級審 で はあ るが京都地 判 昭和 5 4 年 2 月 23 日判 時943 号84 頁 ,大阪 高 判 昭和55 年 1月 30 日判 時966 号 50 貢 な ど多 数 が認 めて い
る1 4 ) 。 なお再審 につ いて も,傍論 と して訴訟上 の和解 が確定 判 決 と同一 の効 力 を有 す る以上 は再審事 由が あ って も当然 には無効 とな らないので,再審 の訴 え が必要 で あ ると判示 した例 が あ る1 5 ) が,当該事案 ( 代理権欠映 ) につ いて は訴 訟上 の和解 の性質 に関す る両性説 に立 ち,「 私法上 ノ無 効 原 因存 スル場 合 ニハ 裁判上 ノ和解 ‑再審 ノ訴 二依 ル取消 ヲ侯 タス シテ当然無効 ナルカ故 二再審 ノ訴 ヲ許 ス‑キモ ノニ非 ス」 と判示 して い る 。 結局判例 において訴訟上 の和解 に対 す る再審 の訴 えが適法 とされ た例 はな く,「判 例 の態 度 は,一 応 は否 定 的 と解 す るべ きで あろ う 」1 6 ) とい うのが一般 的理解 で あ る1 7 ) 。
こう した判例 の態度 に対 して学説 は,特 に複数 の無効主張方法 の選択 を認 め ることには批判 的 な見解 が多か った。 まず訴訟上 の和解 に既判力 を認 め る立場 1 8 ) は,実体上 の職庇 によ り当然 に無効 とな る余地 を認 め な い ので あ るか ら,再 審 の訴 え に準 じる訴 え によ って取 り消す方法 で しか訴訟上 の和解 の効 力 を争 え ない とす る 。 また訴訟上 の和解 に既判力 を認 めない立場 において も,そ の無 効
1 3 ) 評釈 と して兼子一 ・判民昭和 1 0 年 48 7 頁 ,高橋静一 ・法学新報 46
巻5 号 7 62 貢 ,河本 喜興之 ・民商 3
巻5 号 88 4 貢。
1 4 ) なお民事執行法制定前 の旧民訴法の下で は,確定判決 に対す る請求異議訴訟 を定 め た 旧5 4 5 条 をその他 の債務名義の準用規定 5 6 0 条が準用す るとい う体裁であ ったため, 請求異議 によ り訴訟上 の和解 の無効 を主張す ることに疑問が生 じる余地があ ったが, 民事執行法 3 5 条 1項後段 は 「 裁判以外 の債務名義の成立 について異議 のある債務者」
も請求異議訴訟 を提起 で きることを明文化 して,特 に この点 を明 らか に した もので ある。鈴木忠一 ・三 ケ月章編 『 注解民事執行法 ( 1 ) 』6 0 0 頁以下 ( 吉井直昭)参照。
1 5 ) 大判昭和 7 年 1 1月 2 5 日民 業1
1巻21 2 5 頁。
1 6 ) 菊井維大 ・松村俊夫 『 全訂民事訴訟法 Ⅱ 』 ( 1 9 8 6 年 ・日本評論社 ) 3 7 3 貢。
1 7 ) なお戦後 の例 としては,東京地判昭和 4 9 年 2 月 8 日判 夕31 0 号 2 0 0 頁 が,裁判上 の和 解 に対す る再審 の訴えを却下 している。評釈 と して三谷忠之 ・判 夕31 4 号 1 3 8 頁。
1 8 ) 古 くは経本 ・前掲判批 ( 注 9 )が旧民訴法 の下で 「 再審訴訟 二準 シ,独立 ノ訴 ヲ以 テ和解前 ノ訴訟 力継続 シタル裁判所 こ,和解無効 ノ確定又‑其取消 ヲ求 ムへキモノ」
(8 号 1 0 2 貢) としていた。現行法 の下で は,兼子 ・前掲判批 ( 注 9)1 6 4 頁,同 『新
修民事訴訟法体系 ( 増補) 』 ( 1 9 6 5 年 ・酒井書 店) 31 0 貢,また最近では小山昇 『 民事
訴訟法 〔5 訂版
〕』( 1 9 8 9 年 ・筑摩書房) 4 4 5 頁がある。
効 の主張 は,期 日指定 申立 による旧訴 の続行 を原則 とす る説 1 9 ) ,あ るい は逆 に 期 日指定 申立 によることを認 めず に別訴 ( 和解無効確認又 は請求異議訴訟) に よるべ Lとす る説 2 0 ) などに分かれ,そのいずれを も認 める判例 に対 して は 「こ のように多岐な救済方法を認 めるのは便宜 にす ぎる 」 2 1 ) とされ,特 に期 日指定 申立 による旧訴続行 を原則 とす る立場 は 「 和解無効確認 の訴 は確認 の利益 を欠 くとしなければな らない 」 22 ) としていた。 しか しなが ら実務 家 の論稿2 3 ) の中 に はかねてよ り判例 の柔軟 な態度 を支持す るものがあった。 そ して近時 は当事者 の選択 によ り複数 の主張方法を認 める説が有力 とな って きている 2 4 ) 。
本稿が検討素材 として取 り上 げる昭和63 年東京地判 は,こうした判例 お よび 近時の有力説 に従 い,和解 の無効 を複数 の方法 によ り主張す ることが認 め られ
るとい う前提 に立 って,それ らの相互 の関係が問題 とな った例である 。 三 .昭和 6 3 年 東 京 地 判 の概 要
昭和63 年東京地判 の事案 は,登載誌 に掲載 された請求原因か ら推察する限 り, 次 のよ うな もの と思われ る 。 すなわち係争土地建物 は, もと Ⅹ 1〜3 所有 で あ っ
たが,昭和 46 年 2 月 1 5 日付で Y との間で代金 2350 万円 とす る買戻特約付売買契 約 を締結 し,移転登記 も済 ませた。 その後 Y は,買戻期 間中 に Ⅹ 1らが買戻 を しなか った ことを理 由 として, Ⅹ 1〜3 に対 して明渡 を求 め る訴 え (旧訴訟) 杏
1 9 ) 宮脇幸彦 「 訴訟上の和解」中田淳一 ・三 ケ月章編 『 民事訴訟法演習 Ⅰ』2 2 3 貢,菊井 維大 ・松村俊夫 『 民事訴訟法 Ⅰ』 ( 1 9 5 7 年 ・日本評論社 ) 6 7 9 貢など。 なお最近 の文 献の中では,中野貞一郎 ・松浦馨 ・鈴木正裕編 『 民事訴訟法講義 〔補訂第 2 版 〕 』 3 8 2 貢以下 ( 松浦)が最 もはっきりとこの立場を主張 されている。 また兼子他 ・前掲書
( 注 3)7 1 9 頁以下 ( 竹下) ち,和解無効の主張方法 は 「 期 日指定 の申立 を原則 とす べ き」だ とされている 。
2 0 ) 三 ケ月章 『 民事訴訟法 』 ( 昭和 3 4 年 ・有斐閣 ) 4 45 貢。
2 1 )同前 4 45 貢。
2 2 ) 宮脇 ・前掲論文 ( 注 1 9 ) 2 35 貢。
2 3 ) 近藤 ・文献② 1 2 7 貢以下。
2 4 ) 河野 ・文献① ,吉村徳重 「 訴訟上の和解」三 ケ月章 ・中野貞一郎 ・竹下守夫編 『新
版 ・演習民事訴訟法 2』5 2 頁以下。藤原 ・文献③ も,訴訟上の和解 に既判力 を認 め
る立場 に強い共感を覚えるとしつつ,和解無効の主張方法について は判例 の立場 を
支持すべ きとしている 。
提起 したが, Ⅹ 1〜3 はまず買戻特約付売買契約 の代金 を Y が支払 って いない と 主張 し,さ らに買戻特約付売買契約 は債権担保 の ものであるか ら所有権 は Ⅹ1 〜
3 に留保 されているとして,移転登記 の抹消登記手続 を求 める反訴 を提起 した。
この旧訴訟 につ いて,昭和 6 0 年 1 2 月 2 6 日口頭弁論調書 により訴訟上 の和解 が 成立 した。 その内容 の主 な点 は,Yが Ⅹ 1〜3 にた い して和解金 3 0 0 0 万 円を支払 う代 わ りに,本件土地建物 の Y の所有権 を確認 し,本件土地建物 の買戻特約登 記 の抹消をなす とい うものである。
ところが, Ⅹ 1〜3 は,昭和 6 1 年 3 月 1 9 日に,本件和解 の無効 を主張 して口頭弁 論期 日の指定を申立てた。 そ して審理 の結果 , 「本件訴訟 は,昭和 6 0 年 1 2 月 2 6
日の和解成立 によ り終了 した」 とい う判決が昭和 6 1 年 8月2 8 日に下 され , Ⅹ1 〜3
の控訴 も同年 1 1 月 2 6 日に棄却 され,確定 した。 その後翌 6 2 年 1 月 2 2 日に Ⅹ 1〜3
はさ らに,旧訴 における和解 の無効確認 を求 める訴えを提起 した。 これが本訴 である 。
Ⅹ 1〜 3 の主張す る和解無効 の事 由は要す るに,本件和解調書 は Ⅹ 1〜 3 の不知 の 問に作成 された ものであ って無効 であること,本件和解 は本件建物所有権 が Y
に移転 しているとの誤 った認識 の下でなされた ものであ って錯誤 によ り無効で あること,本件和解条項 には和解 の成立要件 たる Y の譲歩がな く無効 であ る こ との 3 点であ り,本判決 の認定 によれば,これは旧訴訟 の期 日指定 申立後 の審 理中で主張 した もの と同様である 。 Y はこれに対 して,本件訴えが旧訴 の終了 した旨の確定判決後 に再 び和解 の有効無効 についての紛争 を蒸 し返す ものであ り,一事不再理 の原則 に反 し,また前訴確定判決 の既判力 に抵触 す るので不適 法であるとの本案前 の主張 を展開 している 。
以上 の事案 の下で昭和 6 3 年東京地判 は,次 のように判示 して,本件訴 えを不 適法であるとして却下 した。
「 成立 した裁判上 の和解 の効力を争 う方法 について は,裁判上 の和解 の性質 と関
連 して諸説 があるが,実務上 は当該訴訟 についての期 日指定 の申立 て によ る方法及
び和解無効確認 の訴 え等別辞 を提起す る方法 のいずれ もが是認 されて い る ところで
ある。
しか しなが ら,その趣 旨は裁判上の和解の当事者がいずれかの方法 を選択 して和 解の効力を争 うことがで きるというにとどま り,右の各方法 によ って同時 にあ るい は繰 り返 して訴訟上の和解の効力を争 うことまでを も是認す るもので はない と解 さ れる 。
本件原告 らは,1認定のとお り,本件和解の効力を争 って 旧訴訟 につ いての期 日 指定の申立を し,本件和解の効力の有無 について審理がなされ,既 に旧訴訟 の判決 の主文で 『本件訴訟 ( 旧訴訟) は,昭和 60 年 1 2 月2 6 日の和解成立 によ り終了 した 』 旨を宣言す る形式で公権力による終局的な判断を経ているのであ るか ら,右判決 の 確定後 に改めて和解無効確認の訴えを提起 して本件和解の効力を争 うことは,右確 定判決の既判力そのものに抵触するといえるか否かはさてお くと して も,裁判 の一 事不再理の理念及 び訴訟上の信義則 に照 らして も到底許 されないところである。」
四′先 例
訴訟上 の和解 の無効を主張 して期 日指定 の申立をな し,訴訟終了の宣言があっ た後 に再度和解 の効力を争 った とい う事例 は,この判決 の他 には見当た らな い よ うである 。 しか しなが ら視点 を広 げて,請求異議訴訟や和解無効確認訴訟 に よ り和解 の効力が重 ねて争われた例 として は,以下 の 3 つが挙 げ られ る 25 )0
まず 【 1 】名古屋高金沢支判昭和 31 年 1 2 月 5 日下級民集 7 巻 1 2 号 3562 頁 2 6 ) は, 請求異議 の訴 え と和解無効確認 の訴 え とが二重起訴 の関係 に立っか どうかが問 題 とな った。事案 は借地 の明渡 をめ ぐる紛争で,明渡 を求 めた訴訟 ( 第 1次訴 訟) は戦時民事特別調停 に付 され,立 ち退 き期限の猶予 を主 な内容 とす る調停 が成立 した 。 その後同調停 の無効 を主張 して第 2 次訴訟 が提起 され,そ こで も 2 5 ) この他 に広島高判昭和 3 3 年 1 0 月 21 日高民集 1
1巻9 号 5 45 頁 と広 島高判 昭和 4 0 年 1 月 2 0 目高民集 1 8
巻1 号 1 頁 も,同一の裁判上の和解の無効が争われた事例 で あ る。 前 訴 は和解無効確認の訴えにつ き訴訟行為 には表見法理 ( 商法 2 6 2 条) が適用 されな いことを理由に認容 し,後訴 は前訴で無効 とされた和解 に定め られ た和解金 の支払 いを求めた訴訟で,実体関係 としては表見法理が適用 になるため認容 された とい う 興味深 い例であるが,本稿の問題 には関係がないので省略する 。
2 6 ) この判決の上告審判決 として,最判昭和 3 6 年 5 月 2 6 日民集 1 5
巻5 号1 3 3 6 頁がある。
第 1次調停の有効 を認 める裁判上 の和解が成立 した。本訴 はこうした経過 の後 に第 1次調停 および第 2 次和解 のいずれ もが錯誤 によ り無効であるとして,調 停および和解 の無効確認 と借地権 の存在確認 の訴 えを提起 した とい うものであ
る。 そ して この本訴 に先立 ち,調停調書 および和解調書 についての請求異議訴 訟 も別 に提起 されていた。判 旨は請求異議訴訟 と本訴 ( 調停 ・和解無効確認お よび借地権確認 の訴訟) とが性質 の異 なる別個 の訴訟 とい う理 由で,二重起訴 の禁止 には触れないと判示 した。
次 に 【 2 】東京地判昭和 3 6 年 7 月 7 日下級民集 1 2 巻 7 号 1 6 1 3 頁,判 時 2 7 2 号 2 3 頁 2 7 ) も請求異議 と和解無効確認 の訴訟 との関係が問題 にな った もので あ る。
事案 は家屋 の明渡 をめ ぐって裁判上 の和解 が成立 した後,その無効を理 由 とす る請求異議訴訟が提起 され,さ らにこれ と別 に和解無効確認訴訟 ( 本訴) が提 起 された とい うもので,請求異議 の方 は本訴係属中に請求棄却 の判決が確定 し ている。 そ こで東京地裁 は,本訴 について確認 の利益がな くな った として不適 法却下 した。
最後 に 【 3 】最判昭和 5 2 年 3 月 2 4 日金商 5 4 8 号 3 9 貢 2 8 ) は,要素 の錯誤 を理 由 とす る訴訟上 の和解 の無効確認訴訟 を提起 し,これが棄却 され ると今度 は和解 の解除を主張 して抗争 し反訴 を提起 した とい うケースで,後訴 の和解解 除 の主 張 とこれに基づ く反訴請求が前訴 における請求 ・主張 の実質上 のむ し返 しと認 め , 「このように後訴 の請求又 は後訴 における主張 が前訴 のそれ のむ し返 しに す ぎない場合 には,後訴 の請求又 は後訴 における主張 は,信義則 に照 らして許
されない もの と解す るのが相当である ( 最高裁昭和 4 9 年 (オ) 第 3 31 号同 5 9 年 9 月 3 0 日第‑小法廷判決 ・民集 3 0 巻 8 号 7 9 9 貢参照 ) 」 と判示 した。
2 7 ) この判決 の評釈 として,木川統一郎 「 和解無効確認 の訴 と和解の無効 を理 由 とす る 請求異議 の訴 の関係」法学新報 6 8 巻 1 2 号 8 1 2 頁がある。
2 8 ) 登載誌か らは事実関係が全 く明 らかでない。菅原雄二 「 判決理由中の判断の拘束力」
判 夕4 8 2 号 3 7 貢の記述 によれば,前訴 は土地の所有権移転登記の抹消 と,登記原因た
る代物弁済を‑内容 とす る訴訟上の和解の無効確認 とを併合 した請求 であ り,請求
棄却 となった。その後前訴の被告か ら所有権 に基づ く土地明渡 と損害金 の支払 いを
求 める後訴が提起 されたところ,後訴被告 ( 前訴原告)が反訴 を提起 し,訴訟上 の
和解の解除を理由に自己の所有権の確認を求 めた ものである。
この 3 つの裁判例 の うち 【 1 】および 【 2 】 は,訴訟上 の和解 の無効 を異議 事 由 とす る請求異議 の訴え と和解無効確認訴訟 との関係 につ き判示 した例であ
り,両訴訟が併存 し得 ることを認 める点で は共通 しているが, 【 2 】 は請求異 議訴訟 の確定 によ り和解無効確認の訴 えの利益が失われ るとした点で特殊であ
る 。 この問題 は請求異議訴訟 の性質や訴訟物 および判決効 につ いて の議論2 9 ) と 関係す るが,伝統的な形成訴訟説 に立っ限 り,請求異議訴訟 と和解無効 確認 の 訴え との訴訟物 ・判決効 の及ぶ範囲 は異 な り,両者が併存す ることは当然 と考 え られ る 。 そ して特 に請求異議訴訟 の既判力 は請求権 の存否 に及 ばないとす る 以上,請求異議 の棄却判決が確定 して も和解無効 の確認 の利益が失われ るとは いえないと思われ る 3 0 ) 。 いずれにせよこの事案では,和解 の効 力 を判 断 して既 に確定 した前訴が請求異議訴訟であ り,この確定判決 と和解無効確認 を求 狩 る 別訴 との関係 は特 に和解 の効力を争 う場合 に特有 の問題で はない。
【 3 】 は,後訴 ( 反訴) を不適法 とした根拠 に信義則違反が挙 げ られ て い る 点で 目を引 く 。 信義則 による後訴遮断の可否 について は,下級審 も含 めれ ばか な りの数 の判決例が蓄積 している 31 ) 。 最高裁で は 【 3 】 の はか,最判 昭和 51 年 9 月 30 日民集 30 巻 8 号 799 頁3 2 ) が信義則を根拠 に後訴 を却下 した代表例 とされ る 。 これに対 して最判昭和 59 年 1 月 19 日判時 1105 号 48 頁3 3 ) は,贈与 の不存 在 を理 由 とした移転登記抹消登記請求 に敗訴 した後 に,贈与 の解除を主張 して 2 9 )
ここで はこの問題 に これ以上立 ち入 ることはで きない。最近 の文献 と して,司法 研 修所編 『執行関係等訴訟 に関す る実務上 の諸 問題』 ( 1 9 8 9
年 ・法曹 会) ‑初 出,原田和徳 ・富越和厚 ・司法研究報告書
3 7
輯2
号。3 0)
同旨,木川 ・前掲判批 (注2 7 )
,近藤 ・文献②1 48
頁 注1
0,吉 井 ・前 掲書 (注1 4) 6 2 6
貢。 なお民事執行法 の下で は,和解無効 を宣言す る確定判決 が執 行 停 止 文 書 とな ることが明文化 された
( 4 0
条)03
1)信義則 による後訴遮断 の問題 につ いて は,文献 も多数 あ るが,最 近 の,特 に判 例 を 中心 に検討 された もの と して,竹下守夫 「争点効 ・判決理 由中の判 断 の拘 束 め ぐる 判例 の評価」民商9 3
巻臨増 (1)『判例 における法理論 の展開』2 5 9
頁 ,小 山昇 「既 判 力か争点効 か信義則か 一判例 を素材 と して ‑」法曹時報4 0
巻8
号1 2 61
頁参照。3 2)
評釈 と して,小 山昇 ・民商7 6
巻4
号5 9 7
頁 ,高橋宏 志 ・法協95
巻4
号1 7 6
頁 ,山木 戸 克 己 ・ジュ リ昭和51
年重判1 2 9
頁,坂原正夫 ・法学研究5 0
巻1 0
号9 6
頁 ,水谷暢 ・判 夕3 45
号8 6
貢 ,三 ケ月章 ・民訴判例百選 (第2
版)2 3 6
頁。3 3 )
評釈 と して,新堂幸司 ・月刊法教4 4
号96
貢 ,木川統一郎 。中山幸二 ・判夕5 3 5
号9 4
頁 , 住吉博 ・判 時11 2 0
号1 7 3
頁 ,坂 口裕英 ・ジュ リ昭和5 9
年重判1 3 8
頁。移転登記請求 の訴 えを提起 した事例 について,信義則 に反 し不適法であ ると し た原判決 を破棄 した ものだが,その事件 の事情 の下で は信義則違反 とはいえな いと判示 した ものであ って信義則 による後訴 の遮断の余地 を認 めない もので は ない。要す るに訴訟物 の異 なる後訴が信義則 を根拠 に却下 され る場合が有 り得 ることは,確定 した判例 といえ る 。
五.後訴遮断の根拠
昭和 6 3 年東京地判 も,訴 え却下 の根拠 に信義則 を挙 げてお り, 【 3 】 を意識 した ものか と患 われ る。 もっとも判決が却下の結論を導いた論拠 は必ず しもはっ きりしている訳で はない。先 に引用 した判決理 由の前半で は,和解 の効 力 を争 う複数 の方法が当事者 の選択 に委ね られているとして も,「各方 法 によ って同 時 にあるいは繰 り返 して訴訟上 の和解 の効力を争 うことまでを も是認す るもの で はない」 としているが,先 に挙 げた判例 【 1 】 【 2 】 との関係か らい って も 当然 にそ ういえ るか は疑問の余地がある。 そ して後半部分か ら見 ると,当該事 案 に特有 な状況 いわばカズイステ ィックな解決 と して信義則 を適用 した という
よ りも,和解 の効力 について一旦審理 され公権的な判断がなされ たな らば,そ の後 に再度効力を争 うことは一般的に許 されないとするもののようである 。 もっ ともその根拠 として前訴 の確定判決 の既判力 に もとめることは留保 しているが, 期 日指定 申立 に基づ く審理 を経 て和解 の有効無効 につ き判断 した場合 には和解 の効力を再度争 うことが一般的 に不適法 とされ るのであれば,前訴 の判 断 の制 度的な効力 と して後訴 を遮断 した もの とい うべ きであろ う 。
このように前訴 の公権的判断の制度的効力 として見 るのであれば もちろん, 訴えを不適法 とした根拠 を信義則 に求 める場合で も,前訴 に相 当す る部分 が通 常 の訴 えで はな く,また判決 の形式 も本案判決ではな く訴訟終了宣言 とい う特 殊 の形式3 4 ) の もので あ るため,期 日指定 申立 によ る審理 の中で和解 の効 力 を 3 4) ちなみに小山教授は,訴えの取 り下げの効力が争われた例での訴訟終了を宣言する
判決について,本案判決でも狭義の訴訟判決でもなく , 「いわば手続判決である」 と
されている。小山 ・前掲書 ( 注 1 8 ) 3 7 0 貢。
め ぐる主張立証 の機会が十分保障 され,かつ主張立証 を尽 くすべ きであ った と いえ るか どうかについての検討が必要である 。
期 日指定 申立 とい う形式を通 じて和解無効 の主張 をな しうるのは,私 法行為 としての和解 ( 契約) の有効無効が当然 に訴訟上 の効果,すなわち訴訟終了効 の有無を左右 し,和解が無効であれば訴訟終了効 も発生 せず,従 って未 だ訴訟 が係属中であるとい う論理 を是認す るか らである。 しか しなが らこの論理 は便 法 にす ぎず,実際には期 日指定 申立一般 の場合 と全 く異な り取扱がなされて い
る。すなわち一般 に期 日指定 は裁判機関の職権 によ りなされ るのが原則であり, 当事者 のなす期 日指定 申立 はこの職権 の発動 を促す にす ぎず申立権があるわけ ではないとされる ( 通説)3 5 ) が,和解無効 を理 由 とす る期 日指定 申立 に対 して は必ず新期 日が指定 されなければな らないとされ,和解無効 の主張 に理 由が な いことが明 らかな場合で も,却下決定 はなされない3 6 ) 。 そ して再 開 され た審理 の結果,和解有効 との判断 に至 った場合で も,期 日指定 申立 の却下決定 で はな く訴訟が終了 した旨の裁判が,判決 の形式 によって応答 され る。 このよ うに和 解 の無効 を理由 とす る期 日指定 申立 に対 しては,訴訟手続 内の付随的な申立 と 裁判で はな く,それ自体独立 した訴 えに近 い取扱をされている 。
またい くつかの文献 3 7 ) によれば,実務 の運用 として,期 日指定 申立 に応 じて 35 )
中野 ・松浦 ・鈴木編 ・前掲書 (注1 9 ) 2 3 4
頁 (鈴木正裕)注21 。
36 )
これ はほぼ確定 した判例 であ る。大決明治4 3
年3 月 3 0
日民録1 6
輯2 41
頁 (前掲 ),大 決昭和6
年4 月 2 2
日民集1 0
巻3 8 0
頁 (前掲)0戦後 の例 と して高松地決昭和