論文の内容の要旨
氏名: 桜庭 望
博士の専攻分野の名称:博士(総合社会文化)
論文題名:
社会教育主事の役割に関する実証的研究~市区町村行政組織に着目して~
1 研究の背景と目的
市町村及び都道府県の教育委員会に置かれる社会教育主事は、社会教育を行う者に専門的技術的な 助言と指導を与える役割を担う専門的教育職員である。全国の社会教育主事数は平成9年度から減り 続けており、10 年間で半減している。その要因は、行財政改革、市町村合併等とともに、社会教育主 事に対する自治体内の認識低下が挙げられる。社会教育法による教育委員会への必置義務継続に関す る議論もあり、行政組織内において社会教育主事が果たす役割を示す研究結果が求められている。
社会教育行政の動向に大きな影響を与えているのは、生涯学習との関係である。ユネスコによる生 涯教育の提唱以降、我が国においても生涯学習の定着が図られてきた。平成 18 年の教育基本法改定で は、「生涯学習社会」実現への理念が示されている。生涯学習を巡る動向の中で、社会教育主事の在り 方は変化を遂げてきた。行財政改革が進み生涯学習の新たな振興方策には人的、財政的な限界がある。
既存の行政組織の中で生涯学習振興をどう位置づけ、生涯学習の理念に近づく社会の実現のため、社 会教育主事がこれまで果たしてきた役割と、行政組織に及ぼす影響について明らかにしていかなけれ ばならない。
2 研究の構成
本研究では、全体を2部構成とし、序章に続く第1部を「社会教育主事制度の変遷」(第1章~第4 章)、第2部を「社会教育主事の役割と影響」(第5章~第8章、終章)として論じた。本研究の構成を 示す。
序 章
第1部 社会教育主事制度の変遷 第1章 社会教育主事制度の歴史 第2章 都道府県の社会教育主事 第3章 派遣社会教育主事の役割
第4章 行政組織内における社会教育主事のキャリア 第2部 社会教育主事の役割と影響
第5章 市区町村行政型社会教育主事の経験と自治体での活用 第6章 社会教育主事のネットワーク
第7章 社会教育主事の専門性
第8章 新たな時代の地域住民への支援 終 章
3 序章・第1部「社会教育制度の変遷」 (第1章-第4章)
本研究の序章においては、我が国の生涯学習振興策の動向と社会教育主事の現状を提示した。これ までの社会教育主事に関する研究では、都道府県と市町村行政の違い、市区町村の行政職員の異動と いう現実に即した研究が不足していたことを指摘した。本研究では、様々な異動経験を持つ職員から の情報を基に、社会教育主事の特質を分析し、社会教育主事は行政組織内において重要な市民との接
点であることを示していく。
第1章では、社会教育主事制度を歴史的背景から概観した。社会教育主事制度の発足は大正期であ る。文部科学省の答申と社会教育法改正により、社会教育主事の役割は時代とともに変化している。
行政組織内での社会教育主事の位置付けを指導主事との比較、配置先による違いなどで検討した。社 会教育主事は教育委員会事務局のみならず、様々な場所に配置され、その職務も多様である。社会教 育主事の変遷をたどると、三つのパラダイム・シフトがあった。一つは、昭和 34(1959)年に社会教育 主事が市町村に必置義務化されたことである。都道府県に必置の社会教育主事が市町村にも拡大する ことにより、市民との接点としての職務が増した。二つ目は、生涯学習の理念の導入により、社会教 育は個人の要請にも対応することになった点である。三つ目が、地方分権と新しい公共である。行財 政改革により社会教育主事をめぐる環境は大きく変化し、新しい公共の行政の担い手として注目され るようになった。本研究では、社会教育主事の役割は「地域住民の側で考えることができ、住民のニ ーズに応じて学習を支援し、住民との協働を実現すること」であると捉えた。
第2章では、都道府県の社会教育主事について論じた。戦前の社会教育主事は都道府県に設置され、
社会教育行政組織を代表する権限を持っていたことを3人の社会教育主事の例から明らかにした。戦 後の社会教育主事制度は、戦前の反省をもとに生まれ変わったが、行政組織は戦前からの仕組みを引 き継ぐものであった。現在の都道府県の社会教育主事の役割を自治体における業務内容を通じて検討 した。都道府県の社会教育主事は広域的に市町村の社会教育行政を支援していかなければならない。
第3章では、派遣社会教育主事制度が果たしてきた役割について述べる。国庫補助金による派遣社 会教育主事制度発足当時は、教員を行政組織へ派遣することへの疑問の声が多かった。社会教育主事 を受け入れる市町村職員の立場と、派遣される教員の双方の立場から、制度がどのようなものであっ たかを検証した。制度発足当時の反発はあったものの次第に制度は定着し、教員の管理職へのキャリ アの一部として使われた。派遣社会教育主事配置による社会教育行政への影響は、6つの道と県の例 から事業数の増加などに顕著に表れていた。派遣社会教育主事制度が社会教育主事全般に及ぼした影 響は大きく、この制度により全国の社会教育主事数が増加したが、制度の変質は避けられなかった。
第4章では、行政組織内において社会教育主事がどのようなキャリアを形成しているかを類型的に 示した。社会教育主事の採用にあたっては、専門職として採用される場合と一般職からの異動により 社会教育主事となる場合がある。特別区の社会教育主事の実態から、専門職採用にはキャリア形成の 面での課題があり、新規採用の停滞も招くことを示した。都道府県、市町村それぞれの教育委員会で 行われる異動の実態から、社会教育主事の異動を行政組織全体で捉えていく必要があることを示した。
4 第2部「社会教育主事の役割と影響」 (第5章-第8章) ・終章
第2部は、市区町村の社会教育主事を対象として、その役割と影響を論じた。
第5章では、市区町村行政型社会教育主事の経験と自治体での活用について、聞き取り調査を基に 分析を行った。様々な行政組織内の部局経験との比較から、社会教育行政と社会教育主事の業務は、
(1)人とのつながりが多い、(2)自分で考え自分が動くこと、(3)枠にとらわれない自由な発想を要する、
(4)現場での対応が求められる、(5)効率にとらわれない長期的な展望が必要、という5つの特徴が認 められた。異動についてのメリットとデメリットはあるが、社会教育主事の専門性は、異動経験によ っても高められる。
第6章では、社会教育主事の行政組織内での位置づけをネットワークという観点から分析し、社会 教育主事は、人とのつながりが多く、様々な個人や団体をつなぐ中心的な役割を果たしていた。社会 教育主事が出席する会議の場から人的ネットワークを描くと、社会教育主事は情報伝達としてのハブ の役割を果たしている。こうした人脈が、新たな市民とのネットワークを作っていく実例がみられた。
第7章では、社会教育主事の専門性は何かを問う。社会教育主事の資格取得には、社会教育主 事講習と大学での養成の2つの方法があるが、自治体職員の多くは社会教育主事講習を受けてい る。より一層、市民への学習活動支援の役割を重視する傾向で資格養成の見直しが行われている。現 役の社会教育主事は、「学習課題の把握と企画立案能力」が最も必要であると答えている。今後 の社会教育主事に求められものは、様々な組織と組織をつなぐコーディネーター機能である。本研究 では、市区町村職員の異動を通じて明らかにされた他部署との比較から、社会教育主事が持つ資 質・能力を「行動力」「発想力」「企画力」「対応力」「継続力」「調整力」と捉えた。こうした資質・
能力を持つ社会教育主事が、市民への支援をどのように果たすべきかを、最後に検討する。
第8章では、社会教育主事が果たす役割が時代に応じて変化してきたことを踏まえ、さらに指 定管理者制度など行政の新たな仕組みへの対応が必要となっている。「新しい公共への対応」に はコーディネーターとして社会教育主事の経験が活かされる。現代自治体職員に求められる資 質・能力は、社会教育主事の経験によって培うことができる。地方自治体や職員が重点を置く政策 課題の一つとして、「住民との協働」は今後ますます重要とされている。
終章においては、地方自治が必置規制・緩和の方向へと進む中で、社会教育主事は必要性の認 識があり必置を続けていることを指摘し、新たな人材のためのロールモデルの存在が大きいこと を述べた。教育委員会内に留まらない活動が求められることを、今後の課題とした。
最後に、本論文で用いた図書 44 点、論文 38 点、報告書 20 点、各種資料 44 点を〈参考・引用文献 一覧〉として、掲載した。
5 今後の課題
社会教育主事の異動を組織内で捉えると同時に個人のキャリア形成としてみた場合、社会教育主事 としての経験は、その後のキャリア形成にも大きく影響していることは間違いない。社会教育主事は 一般行政職ではなく専門職であり、その業務の特殊性は本研究においても明らかにしたところである。
しかし、社会教育主事の経験の有無は、行政組織内で充分に認められているとは言えない。「住民と の協働」を進めるにあたっては、行政組織内に社会教育の重要性を認識するリーダーが必要である。
また、社会教育主事を目指すものにとって、行政組織内で活躍するロールモデルの存在は欠かせない。
多くの大学で社会教育主事資格を取得することができるが、自治体職員の採用に活かされていない。
社会教育主事として培った資質・能力を「住民との協働」に活かしていくためには、より一層の行政 組織内での連携が必要となる。