編集後記
雑誌名 三重大学日本語学文学
巻 10
発行年 1999‑06‑27
URL http://hdl.handle.net/10076/6533
編集後記
原稿の締切間際になって、山本真吾先生から編集後記を依頼
されたのを機会に、日本語日本文学研究室のこの十年間を振り
返ってみた。
国語学担当の東辻保和教授は、郷里に近い滋賀大学に転出の
後、退官されたが、今も現役でご活躍中だ。近代文学担当の深
萱和男教授は、退官の後に他界された。同じく退官された近代
文学担当の松井幸子教授は、岐阜市から津市に住居を移してご
健在である。後任には尾西康充教官が着任し、後進の育成に当
たっている。
古代文学担当の廣岡義隆教授は、現在学科長で多忙を極め.て
いる。また日本語教育の中島孝幸教官は甲南大学に転出したが、
今も本誌の熱心な書き手である。さらに日本静教育の森由紀、
鹿嶋恵の両教官は、同じ学内ながら留学生センターに転出した。
教室の図書室に集まる学生達は以前と同様、演習の準備に打ち
込み、国語学の山本真吾教官は家庭を作り、変わらず熱心に研
究と教育に励んでいる。
研究者の道を歩き始めた卒業生の中からは、木戸久二子さん、
屋木瑞穂さん、豊田尚子さん、柳瀬善治さん、池田幸恵さん、
その他数人の方々が本誌の熱心な寄稿者になった。また本年度
の卒業生の中からは、鹿岡義隆教授のご推薦を得て庄司恵さん の論文を掲載することにした。
こうして過去十年を回顧してみれば、そこそこの変化はあっ
たが、この変化の割には堅実な研究室生活が継続されている。
手前味噌と笑われそうだが、これが私の偽らざる実感である。
しかしもとより自己満足に安住してよいはずはない。安全も
空気も水もただではないように、堅実な研究室生活もまた、人
知れぬ誰かの努力や責任感に依存しているからである。その誰
かから、私たちは次のような科白を聞く日があるかもしれない。
みなさんが阻止しようとしなかった00
それゆえ、みなさんに責任のある00
それを踊りましょう。(ニジンスキー)
(一九一七年、サンモリッツにおけるバレー公演より)
そういう時の文学者らしい応答のために、明日からはあとl歩
の前進を心がけたい。最後に、ニジンスキーの科白の空自部分
に適切な言葉を当てはめるのは、皆さんの仕事である。(濱)