『静岡大学生涯学習教育研究』第10号 2008年
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今日は、生涯学習に参加する一人一人の学習力という視点から話をしていきたいと思います。現在の世の中は、社 会の急速な変化のために、知識がすぐに陳腐化してしまいます。昔の学校であれば、そこで授かった知識は、それを 持って過ごしていけばそのまま一生過ごすことができましたが、今のような世の中では、どんどん古くなって、常に 更新していかなければいけません。
そのような意味で、生涯学習は、学習に強い興味を持った人たちだけではなく、誰でも必要になってくるのではな いかと思います。そのように考えると、知識を一生懸命暗記するような力ではなく、正しくて必要な知識を入手して 作り直して発表できる力が重要になってきます。
一方、私自身の専門領域は「認知科学」「学習科学」と呼ばれている領域で、学びという営みをどうにか科学的に 解明していけないだろうかということをやっています。そのような中で少しずつ分かってきていることがあります。
今回は、このようなことをもとにしながら、学習力の育成について考え直していきたいと思います。
■うまくいく学びの特徴:「得意になる」まで
皆さんには何か趣味があると思います。得意なものがあると思います。それはどのようにして得意になったので しょうか。楽器の演奏でもいいですし、スポーツでもいいです。数学が好きだという人がいるかもしれません。
私の師匠でもあります三宅なほみ先生は、このような熟達者になる過程を研究して、次のような特徴があると指摘 しています。
一定以上の時間をかける 強い動機づけを持つ
積極的に情報を収集して、覚える
教え合ったり、議論したりする仲間がいる さまざまなレベルの先輩がいる
試行錯誤を繰り返して自分の知識を作る 学んだ成果が次の学びに結びつく 対象領域は限定されている
このようなことを踏まえて、ベストな学び方を大きく二つに分けてみると、次のようになります。
繰り返し時間をかけて、自分で知識を「作る」
他人とともに、協調的に学ぶ
このことは、認知心理学のような心理学の分野ではよく言われていることですが、この二つが入っていると、さま ざまな解き方を経験して多くの事実を知り、いろいろな人の見方を見て、それらを比較・検討しながら自分自身で知 識を一般化していくことができます。
しかし、そのようなことをするとなると、時間をかけなければ結局はできないということになってしまいます。で すから、ベストな学習者は、このように学んでいけばいいという方法を自分で分かっていて、それを実施できる「自 己学習管理能力」を持っていることが大事になるわけです。これに対比するものとして「一夜漬け」という言葉があ りますが、「一夜漬け」のように一人で知識を短時間で効率よく丸暗記するという方法とは違うわけです。
生涯学習に必要な学習力とは?
Web掲示板利用のグループ学習授業の事例から
益川 弘如
(静岡大学教育学部講師)報告2
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公開シンポジウム「学習ネットワークと生涯学習⑨」
■学びを実現するには
このように時間をかけて自分で知識を作ったり、他の人とともに協調的に学んだりすることをうまくやるために は、いろいろな工夫や道具の支えが必要になってきます。実際にやろうと思うと、一人で本を見て単に覚えるよりも 大変になります。たとえば、繰り返し時間をかけるには過去の内容をいつでも振り返りやすくしておきたいとか、他 の人がどう考えているか簡単に知りたいとか、そのようなものもどこかに残しておきたいとか、そのようなことを思 うようになります。
最近では、技術の発達によってコンピュータ・ネットワークが使えるようになり、自分の知識を作る手助けとなり つつあります。インターネット、Web掲示板のような環境を使っていくことで、過去の情報をみんなで共有して、他 人の考えと自分の考えを比較しやすくし、他人がいなくても、「他人の情報」があれば、またそれが自分の学びに役立っ ていく、ということがあります。
■大学学部授業の事例紹介
そのような学習する力を考えるにあたって、今日は、主に大学の授業の事例も紹介しながら説明していきたいと思 います。私が所属している教育学部の情報教育専攻の10人を対象にした授業を事例としてお話しします。他にもまっ たく同じようなタイプで、10人ではなく、60人、70人の授業を私1人でやることもあるので、それほど人数に依存 している授業ではありません。
今回ご紹介する授業では、将来教師になったときに、児童・生徒が効果的に学べるような授業を考えることを目標 としています。そのために、人の学びや授業方法に関する複数の文献を準備しています。授業の方法は、「ベストな 学び方」とWeb掲示板による支援を組み合わせて、自分自身で実感してもらいながら授業内容も学んでいくという ものです。
授業では、人の学びに関する12の資料を用意します。授業中にたくさん資料が出てきて、それを学ばなければな らないということになります。この資料は、認知科学研究の専門書から抜粋したものです。分量は多くなくてだいた
い2〜3ページで、学生もこのぐらいの分量なら安心というような量の分量ですが、その中にいろいろな実験とか観
察などが入っています。
普通の講義では、「今日は資料1から3を紹介します」という形で順に解説し、学生はノートにまとめて「覚える」
ということになると思います。しかし、私はこのようなことはやっていません。
何をやるかというと、「講義」ではなくジグソー学習法という「グループ学習」です。これは、互いに異なる資料 を持ち寄って組み合わせて、何が言いたいかというのを一般化していく方法です。一人一人違う資料をまとめていき ます。そのまとめたものをみんなで持ち寄って、これらを合わせてどのようなことが言えるのだろうということをみ んなで考えていくというスタイルです。
授業は対面でやりますが、それに加えて掲示板のシステムを使っていきます。wikiというソフトを応用したもので す。この掲示板に、渡された一人一人の資料をまとめていきます。もちろん他の人がまとめたものを自由に見ること もできます。また、一人一人がまとめた資料、たとえばAさんがまとめた資料とBさんがまとめた資料はどう関わり があるのかということをそれぞれが考えて、それを文章で書き込んで共有できる「リンク」という場所を準備してい ます。このようなものも授業中に使いながらやっていきます。
①Web掲示板に担当資料の内容をまとめていく
実際にどのようにやっていくか、簡単に紹介します。たとえば12の資料があったとき、自分は資料1の担当になっ たとします。授業中に、まず1人でまとめる時間があります。実験について書かれた論文ですので、「目的・仮説」「具 体的実験・観察内容」「結果」「考察・主張」という構造になっています。
この掲示板の中で、それをまとめてもらいます。その後、他の人に説明しなければなりませんので、自分だけが知っ ている内容を相手に教えるという強い動機づけとセットになります。
②担当資料を教え合い、担当領域をまとめる
その次の段階では、たとえば資料1から4を担当した4人でグループになって、担当した資料を教え合います。こ
の1から4の資料は「日常的認知」という領域に関する資料だとすると、この「日常的認知」の領域ではどのような
『静岡大学生涯学習教育研究』第10号 2008年
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ことが言いたいのかということを、あとで考えてまとめます。つまり、4人で持ち寄って担当領域をまとめるという 目標があるわけです。もちろん、他の人から話を聞くときには、しっかりと耳を傾けて質問する必要性が出てきます。
また、担当資料について自分が質問を受けるので、まとめて分かったつもりになっていても、実は他の人から聞か れると分かっていないことが分かる。そのようなことを繰り返しながら間違いをただしていくという活動が組み込ま れています。
③グループを組み直して、担当領域を説明し合う
次は、またグループを組みかえて、今度は別々の領域の資料のどれかを担当している人で組になります。そして、
自分の担当領域の説明をしていきます。何度も繰り返し時間をかけて説明するという仕組みを授業に組み込んでいま す。
その中で、「本当に正しいのは何か」とか、たとえば「全然違う領域の資料1と資料11が実はつながっているでは ないか」というような関連性を見つけることができます。知識を何度も作り直す作業を通して、知識の洗練化を経験 することができます。同時に、たくさんの人がいる中で、自分が一つの資料を責任を持って担当していたうちに、幅 広い内容を知ることができる、そのような仕組みになっています。
④12資料を統合して一般化、抽象化
最後は、授業の中で12資料をまとめて、たとえば「人はどのようなときにうまく学べるのか」というようなこと を考えてもらって、自分の高校までの学習経験や、教育実習の経験などもつなげてディスカッションをします。
⑤自分が見つけた「理論」をWeb掲示板上でリンクで表現し、共有する
最後のつなげるときですが、先ほど紹介した掲示板では、たとえば資料1と資料9の間にどのようなつながりがあ るのか、資料1と資料11の間にどのようなつながりがあるのか、というようなことをみんなが書き込んでいくことが できます。そのようなことを見比べることによって、「自分自身ではある視点の見方でまとめたけれども、他の人は 全然違う見方でまとめていておもしろいな」と気づくことができます。
そのようなことを繰り返しながら、人がうまく学ぶというのはどのような理論で成り立っているのかということを みんなで考えていく。私がみんなに教えてそれをメモさせるのではなく、自分自身で見つけていく、そのような授業 になっています。
■このような授業を通して
このような授業をすることで、たとえばMさんという人は、複数の授業をまたいで使っています。2年間使い続けて、
人がうまく学ぶための条件を何度も考え直して、最終的にいろいろな資料の間で、全部で47関係のリンクを作成し ています。他の人もたくさん作っているので、膨大な数のつながりが出ています。そして、授業ですので、最終レポー トを書いてもらっていますが、私自身は教えていないけれども、重要な概念について資料内容と自分の自主経験を織 り交ぜながら語ることができるようになっていました。
図式的にいえば、ある人の担当資料が一つあったとします。4人とグループを組んで説明を受けると、4つの関係 を結んでいくことになります。すると、自分の資料とは違うものを経由したつながりのようなものになっています。
このときの担当資料を、仮に「知識獲得」という領域とすると、この視点から見直したまとめが新たに出てきます。
それを、たとえば「認知科学」の12資料と合わせると、さらに多くの関連付けが生まれてきます。この後に「学習科学」
という領域と結びつけ、さらに1年後の教育実習に行ったときの経験もつながっていきます。
最終的なレポートでは、「生徒がうまく学ぶための条件」を課題にしました。その学生は、①身近な事例を課題と して取り上げる、②自分の意見を明確にして示す、③グループ活動を導入する、④専門家との交流、という4点を挙 げました。これを見ただけでは、なぜ大事なのか分かりません。ところがこの学生は後に、たとえばこのような例が あって、こことここの資料からこのようなことが言えて、自分の経験でも同じことがあって、ということを挙げなが ら、だからこれが大事なのだというように、とても具体的になぜそれが大事なのかをきちんと説明できるようになっ ていました。
①「使える知識」を獲得する
このようなスタイルの授業を通してねらっていることの一つに、「使える知識」を獲得する、ということがあります。
公開シンポジウム「学習ネットワークと生涯学習⑨」
せっかく大学に来ているのですから、「使える知識」をきちんときちんと持って外の世界に出ていってほしいと考え ています。
繰り返し時間をかけて、多様な種類、見方を背景に持つ知識を獲得することができたのではないかと思います。授 業の中でやったことは、同じことについて何度も何度もその知識を組み直していったことです。このことによって、
将来何か新しい状況が起きたときに、必要に合わせて組みかえ、足りなければ何が足りないかを知って補充できる形 になっていきます。
また、「実習経験」と「理論+その背景」をつなげることができます。この橋渡しをやっておけば、それは本の世 界にとどまらず、自分の生活とつなげていくことができます。そのような文献で得た知識を、実践場面でより使いや すい形で提供することが可能になるのではないかと思います。
②「学び方」を知る
もう一つは、「学び方」を知ることができるということです。繰り返し時間をかけて他人とともに学ぶという学び 方によって、学んだ内容を忘れないことを実感してもらったり、徐々に資料理解が深まっていくことを実感しても らったり、お互いに議論することや、複数を組み合わせて自分で知識を作ることの意義深さ(楽しさ)を実感しても らったりすることができたのではないかと思います。そしてそれは、「生涯」のために使える学習法を知ることでも あったと思います。
■生涯学習力
最後に、そのよう「生涯学習力」について私なりにまとめてみたいと思います。まず、仲間とお互いに高め合うこ とができる環境が必要だと思います。そのような文化・社会が構築された環境の中で、さらにたくさんの情報を集め た上で、相互に吟味・検討できるようなネットワーク環境も必要でしょう。
また、そのようなものが用意されている中で、知的好奇心をもとに、じっくりと、情報の正しさも判断しつつ──
それはいろいろな情報についての背景を深く知ることになりますが──、そのような意識や知識を磨き上げていくこ とができるようになれば、みんなこの先も幸せなのではないかと思います。