授業実践?
著者 木下 聡美, 小野 祐一郎, 繁田 美帆
雑誌名 研究紀要 : 共に創りあげる授業
巻 20
ページ 5‑13
発行年 2020‑03
出版者 静岡大学教育学部附属静岡中学校
URL http://doi.org/10.14945/00027137
授業実践Ⅰ
1 題材名 「平家物語」から考える人の生き方 (第2学年)
2 題材の目標
「平家物語」のいくつかの話を読み比べることを通して,叙述をもとに当時の武士の言動や思いを読み取 り,そこにある生き方について考えることで,無常観について自分なりの考えをもつことができる。
3 題材観
(1) 「平家物語」から学ぶことの意義
「平家物語」は軍記物と呼ばれる古典作品の一 つです。平家一門の隆盛から滅亡までが描かれて おり,そこには,脚色も含んだ歴史上の事実が語 られています。それだけではなく,数々の合戦が 繰り広げられる動乱の時代を描写している物語に は,その当時の人々の命を賭した行動が描かれて います。たとえ向かう先に苦難が待ち受けていよ うとも,その状況を何とかしようと自分のできる ことに精一杯立ち向かう姿が生き生きと描かれ,
現代の人にも伝わる思いがそこにはあります。ま た,「平家物語」は滅びるものの美しさだけでな く,次の時代を担う武士の姿や,その生き方も同 時に描いています。私たちが,古典の作品を味わ うことのよさの一つに,自分の実体験がない世界 だからこそ,先入観無しに作品の世界観で頭の中 を満たしていけることが挙げられます。そのよう に読むことは,純粋に叙述と向き合い,そこから 想像力を働かせて読む楽しさを味わうことにつな がります。
「平家物語」は,さかのぼれば明治時代より教 科書に掲載されています。このことからわかるこ とは,日本が時代とともに変化しても,そのとき を生きる人々が「平家物語」を読むことで,何か 得るものがあるということです。それを可能にし ているものは,今と過去をつなぐ言葉かもしれま せん。その言葉が伝える先人の生き方にふれるこ とで,私たちは時を越えてものの見方や考え方に ついて捉え直し,言葉から自分の人生を見つめる ことができます。
(2) 平家と源氏
「平家物語」が,現代でも多くの人々の心を引 きつける魅力の一つとして,当時の人の「生き方」
に見られるドラマがあります。そこには,登場人 物の置かれた状況やそれに対する葛藤が描かれて います。彼らは,大事な場面において必ず武士と してのふるまいを決断しなければならないのです が,なぜ彼らはそのような生き方ができたのでし ょうか。
「平家物語」が作られた時期は,古代から中世
への転換期,貴族の時代から武士の時代へ変わる 動乱期でした。本来武士だった平家は,繁栄とと もに貴族化していきました。栄華を極め,日本の 半分を統治下においた平家が進んだ道は,皮肉に も時代の流れと逆行することになりました。その 結果,当時の先端を生きることができなかったの で,一つの時代の終わりを象徴する存在になって しまいました。
対する源氏は,貴族権力による搾取からの解放 を求めました。また,自分たちの領土を増やすた めに,平家との戦いに勝てるよう命をかけて戦い ました。たとえ自分が死んでも,手柄さえ立てて おけば,子孫が後を引き継ぐことができたので,
彼らは心おきなく戦いに挑みました。当時,彼ら は戦う際に必ず名乗りを上げました。それは,周 りにいる多くの仲間に,自分の手柄の目撃者にな ってもらうためでした。首を取って,自分の大将 の所へ持っていくのもそのためです。手柄や名誉 は,武士という兵士としてのプライドだけではな く,経済的な実益のためという目的もありました。
源氏方の東国の武士は,自分たちの力によって,
自分たちの自由を獲得するために戦いました。そ して,そこで立てた手柄によって自分たちの生活 を豊かにしていきました。この営みが当時の源氏 方の武士たちを支えた源でした。
この両家の対立は,当時の人の生き方を色鮮や かに描いているので,この物語にふれた私たちの 心を揺さぶるのです。
(3) 「祇園精舎」から考える
「祇園精舎の鐘の声,諸行無常の響きあり。沙 羅双樹の花の色,盛者必衰のことわりを表す」は,
知らない人はいないと言える有名な書き出しです。
七五調を交えた和漢混淆文でつづられている「祇 園精舎」は,音読をするだけでもリズミカルな躍 動感にふれることができます。冒頭部分からだけ でも,「平家物語」は平家の盛衰を通して「無常 観」を表した作品だと読み取ることができます。
しかし,当時を生きていた人には「無常観」は ありふれた思想だったようです。そのため,「無 常観」は「祇園精舎」以外の物語の中で描かれて
わ かん こんこうぶ ん
いる人物の生き方にも色濃く表れています。
滅亡するほかなかった運命に逆らい,戦い,逃 げ,もがいた人々の営みを捉えていくことで,「無 常観」について読み深めることができるでしょう。
(4) 「敦盛最期」から生き方を考える
①直実にみられる生き方
「敦盛最期」において直実の気持ちの変化を読 み取ることで,武士として生きることはなんたる ものなのかと葛藤する直実の思いが伝わってきま す。自分の気持ちを抑え,兵士として手柄を立て るため,任務遂行に徹することこそが,当時の武 士らしさであると言えます。しかし,直実は,武 芸の強さとは反し,敵に情けをかけることができ る慈しみに満ちた人物です。その意味では,戦場 には不向きかもしれません。
武士としての生き方を選ぶばかりではなく,そ こに人間味あふれる自分の思いを隠さずに表現す る直実の姿から,人生は葛藤の繰り返しで,自分 や相手との向き合い方が大切なのだと考えること ができるでしょう。直実の生き方を考える際にお さえたいことは,人間らしい心の葛藤です。
直実は戦場経験が豊富な武士でした。しかし,
身分は小領主であり,当時満足のいく領地を保有 していませんでした。そのため,戦場において功 績を残すことに関しては,他の武士よりも一際強 い執着心がありました。一ノ谷の戦いでは,息子 の小次郎と先陣を取ろうとしましたがうまくいか ず,名高い武将を討ち取ることもできませんでし た。直実が,手柄を立てることに固執しているこ とが「あつぱれ,よからう大将軍に組まばや」か ら読み取れます。
そして,助け船に乗ろうと逃げてくる武将を待 ち構えます。これほどの思いをもち,切望してい た敵武将の首を取ろうとした直実は,敦盛の顔を 見た途端に,気持ちが変わり始めます。
直実「小次郎が薄手負うたるをだに,直実は心苦 しうこそ思ふに,この殿の父,討たれぬと 聞いて,いかばかりか嘆きたまはんずらん。
あはれ助けたてまつらばや。」
屈強な直実も,敵に対して,父親のような感情 を抱いてしまい,若武者を助けることを決心しま す。しかし,背後には直実の味方が迫ってきてい るので助けられるはずがありません。ここにも葛 藤が表われます。
直実「同じくは,直実が手にかけまゐらせて,の ちの御孝養をこそつかまつり候はめ」
相手に対する慈悲の念があるのでしょう。ある
いは,首を討ち取りたくなくてもそうせざるを得 ない自分を納得させるための言葉だったのかもし れません。味方が追いつくまでには猶予がなかっ た直実は,泣く泣く若武者を討ったのでした。
あれほどまでに手柄を立てることを切望してい た気持ちとは全く反対の思いを抱いた直実。若武 者を助けるどころか殺さなければいけなかった自 分の情けなさや,人を殺すことでしか認められな い武士という生き方に嘆き,泣き続けます。直実 が欲しがった手柄は,いざ手にしてみると,ひど く惨めなものでした。そのような矛盾にも満ちた 人間味あふれる直実の心情からは,今も昔も親心 には差はないということが感じられます。さらに 大きく捉えれば,人が人を思う気持ちに時代の差 はないのでしょう。
②敦盛にみられる生き方
平家の公達として,戦場に笛を持ち込む風流な ふるまいや,き麗な装束,立派な馬。敦盛は,出 で立ちも精神も立派な武士でした。しかし,貴族 としての素養は高くとも,武士としての訓練や戦 場経験は浅かったと考えられます。汚れの無い真 っ直ぐな武士としての生き方を貫く純粋さが,こ の話の悲劇性をさらに高めています。中でも,自 分を殺そうとしている敵への一言は,あまりに衝 撃的です。
敦盛「ただ,とくとく首を取れ」
「さては,なんぢにあうてはなのるまじいぞ。
なんぢがためにはよい敵ぞ。」
このような時に,このような若い人が,き然と した態度がとれるでしょうか。自分を呼び止めた 屈強な直実の姿を見て,敦盛は自分にはかなわぬ 相手と思い,死を覚悟したので発したのかもしれ ないこの言葉には,敦盛の武士としての生き方が 凝縮されているようにも読み取れます。
また,現代に生きる者と,武士の世界に生きる 者では,一言に「生きる」と言っても捉え方に大 きな違いがあると考えさせられる台詞です。
現代に生きる私たちが,生きることを考えたと きには,これから先に待ち受ける人生,つまり未 来をどのように生きるかを考えることが多いでし ょう。一方で武士の世界に生きる者は,生きてい る間に何をしたか,どのような人生の終わり方を 迎えるかに注目しているようにも読み取れます。
そこには,武士という生き方にプライドをもっ ていて,その気持ちを遵守しようとする意志の強 さを感じられるからではないでしょうか。
敦盛の武士としての生き方にふれると,生きて いる限り自分の信じる道を貫くことの大切さに気
きんだち
づくことができるでしょう。
(5) 他の場面における人物から考える
①「木曽の最期」における義仲の生き方
義仲は,武勇には優れていたものの政治や経済 は全く解せず,貴族的な教養にも欠ける人物でし た。武芸に秀でている義仲は,戦場においては勇 猛果敢であり,不利な局面も不可能を可能にする ほどの采配や実力をもった戦一筋な武士でした。
腕っぷしを疑う人はいない,右に並ぶ者など一人 もいない実力は,戦乱の世を制した武士としての 生き方を代表するでしょう。
戦一筋ではありながらも,人間味あふれる行動 ができる義仲は,味方からの信頼は厚く,よき家 臣に恵まれていました。このような,義仲の姿か ら,人は一人では生きていけないという生き方を 読み取れるでしょう。戦場において,武士の鏡の ような男も,このようなことを忠臣に語ります。
義仲「義仲,都にていかにもなるべかりつるが,
これまで逃れ来るは,汝と一所で死なんと 思ふ為なり。所々で討たれんよりも,一所 でこそ討死をもせめ。」
これまで勝ち戦を続けているときはこのような 気持ちを微塵にも感じさせない義仲ですが,いざ 自分の最期を感じると,強さとは裏腹に,心を許 した家臣にこのようなことを漏らせる人間味あふ れる姿が読み取れます。
他者が入り込む余地がある人間性は,わかり合 い支えてくれるよい仲間に出会い,仲間とともに 生きていくことが大切なのだと気づかせてくれる のかもしれません。
②「木曽の最期」における今井の生き方
名誉を守るための最期。生きるということは,
終わり方まで含めて生きることだということを義 仲の忠臣の今井から読み取れるでしょう。
今井「弓矢取りは,年来日来いかなる高名候へど も,最後の時不覚しつれば,長き疵にて候 ふなり。」
この台詞から,主君の最期に向かう大切さを説 いていることが読み取れます。戦場の神とも言え る義仲に,このような物言いをできる今井は主従 関係にあるといっても,本音で語り合える仲 のよい先輩・後輩のようにも感じます。それでも なお自覚をもたない義仲に,次のように語ります。
今井「敵に押し隔てられ,いふかひなき人の郎等
に組み落とされさせ給ひて,討たれさせ給ひ なば,さばかり日本国に聞こえさせ給ひつる 木曽殿をば,某が郎等の討ち奉つたりなんど 申さん事こそ口惜しう候へ。ただあの松原へ 入らせ給へ。」
義仲を激する今井の姿から,本当に心が通じ合 っている二人なのだと読み取れます。この後今井 は,主君が安心して自害できるよう,せまりくる 騎馬
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騎の中に突入し,一騎当千の働きをしま す。残念ながら今井の思いは届かず,義仲は自害 前に敵に打ち取られてしまいます。主君の思いに 沿ったのか,守るべき主がいなくなった瞬間に,名乗りを上げて自ら刀を飲み自害する潔さは武士 の世界では美しいと言うのでしょうか。死ぬこと を美化することは現代にはない考え方ですが,自 分の信念に従い,実現するための努力を惜しまな い生き方と考えると尊敬の念を抱けるくらい真っ すぐな生き方と言えるでしょう。
義仲が集団の長として走り続けるためには,今 井のように長をかいがいしく支え,時には本質を 突いた鋭い発言ができる有能な仲間が必要でした。
互いに信頼し合い,助け合い,共に生きていく。
これは,いつの時代でも同じことでしょう。
③「忠度の都落」における忠度の生き方
当時の人に薩摩の守忠度(清盛の末の弟)とは どのような人かと尋ねたら,すぐさま武芸と和歌 の達人と答えられたそうです。「忠度の都落」か らは,立場や身分に捉われず,自分の大切にした いもののために生きることを読み取ることができ ます。また,その人が大切にしていたものは他の 人にも伝わります。「忠度の都落」の内容には,
生きるという営みは,その人の生き方によって成 り立っているのだと考えさせられ,今の私たちに も違和感がありません。
後白河法皇に見限られ,朝敵になった平家一門 は,西をめざします。
和歌の名手でもあった忠度は,都落の途中で危 険を顧みず藤原俊成の屋敷へ引き返します。そし て,俊成に,「勅撰集が撰ばれるときは,生涯の 名誉に一首でも撰に入れてほしい」と秀歌百余首 の巻物を預けます。この話では,自分の家の命運 をかけて戦っているさなかに,武士であるにも関 わらず自分が大切にしていた和歌を後生に残すた めに行動を起こしたことが書かれています。
忠度「西海の波に沈まば沈め,山野に屍をさらさ ばさらせ。今は憂き世に思ひ置くことなし。
さらば暇申して。」
ただのり みやこおち
俊成に和歌を託し,思い残すことはないと立ち 去るのですが,「前途程遠し,思ひを雁山の夕べ の雲に馳す」とこれから先の自分の行く末をつぶ やきます。そこには,都を落ちるにあたって自分 のささやかな望みは叶えられたが,これから先に 待ち受ける運命を予感している様子が伝わってき ます。彼が俊成に託した和歌 「さざなみや志賀の 都は荒れにしを昔ながらの山桜かな」は,朝敵と なってしまったがために詠み人知らずとして千載 集に残されます。和歌を愛し,和歌のために危険 を顧みない武士忠度。そのような世の中にまたと ない武芸にも和歌にも秀でた風流な存在である彼 は,もしかしたら,壬申の乱に負けて自害してい った大友皇子と自分を重ねていたのかもしれませ ん。
(6) 本題材で味わう「国語科ならではの文化」
本題材における国語科ならではの文化を「『平
家物語』で描かれる武士たちの思いや大切にして きたことについて,叙述を根拠に読み取ることを 通して,当時の人たちの生き方について共感的に 読んだり,批判的に考えたりしながら作品の世界 に浸って読みを深めていくこと」を国語科ならで
はの文化とします。様々な人物に対しての思いを 通して,今まで自分が考えてきた生き方の視点を 広げながら,対話を通して子どもたちが自分自信 を見つめ直していくことにつながるでしょう。(7) 題材と子どもたち
これまでに子どもたちは「名づけられた葉」や
「形」という作品について学習してきました。「名 づけられた葉」では,「うつくしく散る法を」
について,よい終わり方をするために努力するの か,努力している姿がよい終わり方なのか,「散 る」という言葉に着目することで「生きる」こと について深く考えてきました。
「形」では,中村新兵衛の槍の遣い手としての
「内実,実力」と,その実力と相まって力をもち 始めたシンボルとしての「形」の二つについて議 論を行いました。この作品は,「形」の力に対す
る認識の薄かった新兵衛が,「形」の力にどのよ うに気づくか,新兵衛の有名になるまでの生き方 と,表面的な他者からのイメージの力を借りてか らの生き方について考えました。
子どもたちは,武士としての生き方を貫こうと もがいている登場人物との対話から,よりよいも のを求めて努力している今の自分を重ね,自分の 生き方について見つめ直していくのではないかと 考えます。現代を生きる子どもたちは,武士とは 異なり,ルールだけに従っていればよいわけでも,
結果さえ出せれば何をしてもよいわけではありま せん。
自分が関わる人たちと,豊かなコミュニケーシ ョンをとりつつ,よりよい人間関係を構築しなが ら自己実現をしていかなければなりません。むし ろ,武士の世よりも,現代の方がしがらみが多く,
自分の思いを優先しにくい世の中になっていると も考えられます。だからこそ,武士らしく,人間 らしく生きる登場人物の生き方に共感をもてるで しょう。このように「生き方」についてスポット を当てて読む子どもたちは,「平家物語」の登場 人物たちの姿に自分を重ね,生きることについて 自分なりの考えを広げていくのではないでしょう か。
また,盛者必衰という言葉は世の中の真理を突 いています。私たちが生きている現代でも,ひと たび繁栄した会社や有名人も,いつかは衰退して いきます。成功だけを続け,成長を止めないもの など存在しないでしょう。
「平家物語」で取り上げられている無常観は,
子どもたちがこれまでの人生を踏まえて,無限に 広がる未来について,どこに向かって生きていく のか考えるきっかけを与えてくれるでしょう。
特定の環境下におかれ,その役割を演じること を求められた人たちが,己の思いと周囲から要求 されたあり方に悩みつつも自分の思いに従って最 期を迎えていく作品と向き合うことで,よりよい
「生き方」を追求していくことにつながっていっ てほしいと願っています。
参考文献:安野博之(2008)『教科書で「平家物語」はどう読まれてきたか:「忠度都落」を例に』
慶應義塾大学藝文学会,岩松研吉郎教授高官利行教授退任記念論文集 笠谷和比古(2007)『武士道概念の史的展開』 日本研究
櫻井陽子(2011)『90分でわかる平家物語』 小学館
千明守(2004)『平家物語が面白いほどわかる本』 中経出版 吉村昭(2010)『平家物語上・下』 講談社
4 新学習指導要領との関連
〔知識及び技能〕
(3) 我が国の言語文化に関する事項
イ 現代語訳や語注などを手掛かりに作品を読むことを通して,古典に表れたものの見方や考え方を知 ること。
〔思考力,判断力,表現力等〕
C 読むこと
オ 文章を読んで理解したことや考えたことを知識や経験と結び付け,自分の考えを広げたり深めたり すること。
5 題材構想 (全 10 時間)
(1) 「平家物語の祇園精舎」と出会い,感想を交流しよう(1時間)
(2) 「敦盛の最期」を読み,作品の世界観を捉えよう(2時間)
(3) 敦盛と直実の思いにせまる(2時間)
(4) 「平家物語」の他の話を読み比べよう(2時間)
(5) 5人の「生き方」にせまる(2時間)
(6) 「無常観」について考えよう(1時間)
6 国語科ならではの文化を味わう子どもたち (1) 共有された問いに基づく追求活動
①「平家物語」との出会い
「平家物語」の世界を貫く思想として,「無常観」
があります。初めに琵琶法師による「祇園精舎」の 弾き語りを視聴した子どもたちは,以下のような思 いをもちました。
・言葉遣いが独特でよくわからなかった
・琵琶法師の歌い方が独特。何を伝えたいのかわか らない
・琵琶法師の歌い方について,テンポの変化が激し い。これはきっと物語の盛り上がりを表している。
終末のテンポが早いのは,きっとダイナミックな 物語の展開を表している
琵琶法師の弾き語りと出会った子どもたちは「祇 園精舎を読んでみたい」という思いをもち,冒頭文 をじっくり読み始めました。以下は子どもたちの初 読の感想です。
・音読してみると読みやすい区切りになっている
・聞いたところは4文しかないけれど,どの文も同 じようなことを言っている
・前半が抽象的というのか概念的な印象で,後半が 具体的な内容になっている
・強い者もすぐに滅ぶと言っている。この後のスト ーリーはどのように強い者が滅びていくのだろ うか
・諸行無常や沙羅双樹は仏教に関わる言葉らしいけ れど,仏教は作品にとってどのような意味がある のだろう
・なぜ「春の夜の夢」は「風の前の塵」と一緒なの だろうか
このように,繰り返される「盛者必衰」の表現に 注目し,「祇園精舎」で語られていることが,平家 物語においてどのように描かれているのか興味を もった子どもたちに,授業者は「敦盛の最期」に登 場する二人の武士の生き方に注目して読み込んで いくことを提案しました。
②「敦盛の最期」を読み,敦盛と直実の思いにせま る
作品を読み深める前に,平氏と源氏の二大武士勢 力が争うことになった時代背景と,一の谷の戦いで 平氏側が敗走していく状況になり,手柄を立てよう と直実が平家の武将を待ち構えていることを子ど もたちと確認しました。「敦盛の最期」を読んだ子 どもたちは以下のような感想をもちました。
・直実と敦盛は,全てが対照的な武士だと思った
・敦盛は呼び止められたけど,そのまま進み続けれ ば死ななくて済んだのではないか
・手柄を立てたくて平家の武将を待ち構えていたの に,顔を見たら助けたいと思った直実は気持ちが 揺らぎすぎではないか
・戦場に笛をもっていく意味がわからない
・敦盛の首を斬ったとき,直実はどのような思いな のだろう
このように子どもたちは「自分たちと同じくらい の年齢の敦盛がなぜ堂々としたふるまいを貫くこ とができたのか」「直実はなぜ敦盛を討つことに困 惑したのか」ということに疑問を抱きました。
そこで「敦盛と直実がどのような思いで戦ってい たか」という問いを共有し,追求を始めました。以 下は全体共有での子どもたちの発言です。
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【敦盛の思いに関して】
・絵に描いたような武士道を貫いている。貴族とい うとなよなよしている感じがするが,逃げずに死 と向き合う気持ちの強さが直実に影響を与えて いるのではないか
・
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歳が最期に発する言葉としては,あまりに肝が すわっている。そこから,敦盛の心には武士とし て生きている心意気が根付いている・逃げも隠れもしない強い精神があるが,「とくと く首をとれ」から逆に,死に対して鈍感であると 感じる。戦場に大切な笛を持ち込んでいるので,
本当の戦がどのようなものかわかっていなかっ たのかもしれない
・武士の世界では逃げるのは恥。ということは見つ かってしまったらもう戦うしかない。屈強そうな 直実の外観,待ち構えているしたたかさから引き 返すときには死を覚悟していたのではないか
【直実の思いに関して】
・敦盛のブレない気持ちとは真逆で,気持ちが揺れ 動き続けている。意志が弱いように感じる
・直実はどうして武士になったのか疑問に感じる
・めまぐるしく考えが変化する直実は,目の前の現 実と向き合い,そのうえで自分の意志を貫こうと する気持ちの強い人間である
・戦場に身を置く歴戦の武士であるのに,自分の息 子と重ねて見えてしまうことから,家族愛に満ち あふれた人なのだろう。つまり,直実は家族のた めに戦っているのだろう
・腕っ節の立つ勇猛な武士であるのに,いくら相手 が高貴な将軍であっても,年下に命令口調で言わ れたらおもしろくはないのでは。でも,表面的な ものではなく,相手の発言の奥にある本心を見極 められる、思いやりに満ちた人なのではないか
敦盛に対しては,プライドの高さが感じられる発 言が多く出ました。しかし,彼の本当の心理はその 気高く感じる発言とは裏腹な部分もあるのではな いかと考える子どももいました。
また,直実は戦況を見極める分析能力や戦闘能力 の高さから優秀な武士であるとの発言が多く出て きました。しかし,相手の家族までに思いをめぐら す優しさをもっており,討ちとろうとした敵に何の ためらいもなく本心をさらけだす姿に関しては賛 否両論がありました。そこで,「敦盛と直実がどの ような思いで戦っていたのだろうか」と問い直し、
さらに追求を進めました。以下はその際の子どもた ちの追求の記録です。
・敦盛は家柄というプライドを守って戦っている。
その高貴さは,思いやりにあふれる直実の心に響
き,直実が武士について考え直すきっかけを与え た。対決は直実の勝ち。精神的には敦盛が勝った と言える
・直実は,思いをストレートに伝えられる純粋な人 間なのだろう。だからこそ敦盛は直実に討ち取ら せたのではないか。ただの戦功として自分の命を 扱うのではなく,自分の死に際し,敵なのに涙を 流し,後生の供養を約束してくれたのだから。直 実は,身分の壁を越えてまでプライドの高い敦盛 に認められた本物の武士だ
・直実は今,目の前にいたとしても一緒に話せるよ うな気がする。相手のありのままを見つめられる 人な気がするから。だからこそ,彼は武士に向い ていなかったのではないか
・敦盛は,あの時代を生きたから「早く殺せ」と言 えたのだろうか。もし,別の時代を生きていたと しても,その時代の「高貴な生き方」を貫くのだ ろうか
・敦盛は,本当は死にたくなかったのではないか。
家柄に縛られて本心を語れなかっただけで,本当 はまだやりたいことが山ほどあったのでは。腰の 笛「小枝」にそう考えさせられる
子どもたちは,実際に対峙した二人がどのような 思いをもってぶつかり,最期の瞬間を迎えたのかを 考えていました。
また,そのような思いを生んだ背景にある「生き 方」について注目する発言も見られました。具体的 に,敦盛の人生が短いこと,直実は大将軍を討ち取 ったという功績をあげたにも関わらず出家の道を 選んだことに,武士の世のはかなさを感じる発言も 出てきていました。
二人について熱い議論をした子どもたちから,
「他の人物がどのような生き方をしたのかについ ても知りたい」という意見が出てきたので,授業者 は,「忠度の都落ち」と「木曽の最期」に登場する 人物についても読み比べようと子どもたちになげ かけました。
③「平家物語」の他の話を読み比べ,5人の生き方 にせまる
二つの作品に登場する忠度・義仲・兼平を比較し ながら読んだ子どもたちからは次のような反応が 出てきました。
【忠度に関して】
・忠度は他の武士とは異なるところがある
・和歌が好きだけど武芸は不得意そう
・戦いの最中に和歌をなぜ詠んだのだろうか
【義仲に関して】
・自分の気持ちを素直に言える人だ
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・下臣に厳しいことを言われてくやしくないのか
【兼平に関して】
・武芸・精神ともに,兼平こそまさしく武士
・主君に尽くせる兼平は素直に格好いい
ここでは,現代語訳から読み取ることができる登 場人物の生き方や行動理念を描写からとらえ,何が きっかけで彼らがそのような行動をしたのかを追 求していく様子が見られました。また,この3人に 関わる人についても個人的に追求してみたいと興 味を広げていく子どももいました。そこで,自分が 興味をもった人について追求をしていくことを確 認し,各自で読み深め,その後個人で追求してきた 内容をグループで共有しました。
【兼平に関して】
・どうしてそこまでして義仲を守るのか
・不安になっている主君を励まし,目的を遂げさせ ようと心を動かすところがすごい
・義仲に自害を進めたが,本当は一緒に死にたかっ たのだろうか
・壮絶な最期は何のためなのか
【義仲に関して】
・そもそもどうして味方に討ち取られなければなら なかったのか
・戦場において「鬼神」と恐れられた人なのに,沼 にはまって動けなかった最期は,どこか抜けてい る感じがする。自分の思いに従うのではなく,自 害の道を選んだ義仲にとっては性に合わなかっ た選択のように感じる
・人情が厚い。戦場では頼りがいがあるのだろう
・兼平は部下というより親友のように関わっている
【忠度に関して】
・平家一門としてのプライドをもっている。しかし,
和歌への気持ちも大切にしている
・自分の行く末がわかっていたからこそ,和歌を俊 成に託したかったのだろう。体は滅びても,和歌 が残って生き続けるように
・文武両道な人。当時では理想とも呼べる人だった のではないのか
子どもたちは,3人の人物について共有すること で,自分の疑問を解決したり,現代語訳からは考え きれない内容について他の話を読んだり,歴史的背 景を調べたりしたことを加えて自分の考えを深め ていきました。
義仲を追求した子どもたちからは,義仲の人柄に 関する話題が多く,兼平を追求した子どもたちから は,忠義を貫く武士道精神の純粋さにひかれる発言
が多く見られました。武芸に秀でているだけではな く,主君を優先する姿や,主君亡き後,応用に派手 な自害を行う兼平の言動は,子どもたちの想像する 武士像にあてはまり,その生き方に心を動かされて いました。さらに,「忠度は,他の武士とは異なる。
和歌のために危険を省みない行動は,実に奥が深い。
さらに追求したい」という思いが生まれました。
このように,5人の人物像から,当時の人(武士)
たちが,どのように生きていたかということを追求 してきた子どもたちは,個性豊かな武士の言動につ いて比較することで,彼らに待ち受けるはかない人 生の終わりについて叙述をもとにさらに読み深め ていきました。その人柄や振る舞いに興味をひかれ るのは,作品の世界観を味わっているからこそのも のだと考えます。
(2) 生み出された「教科ならではの対話」
三つの作品の描写を比較しながら5人の生き方 について考えてきた子どもたちは,各武士が何を大 事にして生きてきたかということだけでなく,彼ら をそのようにふるまわせたものは何かということ を考察し,仲間と語り合うことを通して,自分の考 えを深めていくことができました。
Aさん:忠度の歌に込められた思いが分かった。だ からこそ,詠み人知らずにされたことを知 ったらどう感じたのだろう。残したいのは 名前なのか,それとも句に込められた思い なのか。名前を残したいのならば,他の武 士達も同じだ
Bさん:兼平は義仲に自害してほしく,義仲は兼平 と一緒に死を迎えたかった。しかし,義仲 は兼平の望んだ死ではなく,敵に首をとら れてしまう。このとき兼平は,乳兄弟の義 仲が討ち取られてしまったので,自分の望 みがかなわなかった。だから,せめて最期 に,義仲の望みに沿うために武士としてイ ンパクトのある自害をしたのではないか。
二人の最期は敦盛の最期とは異なる点を 感じる。忠度についてみんなの考えを聞い てみて,当時の武士と異なる点を感じた。
ただ武力があるだけではなく,和歌をたし なみ文武両道の生き方をしている。そこに は自己満足の気持ちばかりでなく,平家の 1人として戦いには負け滅亡しても,和歌 を残したいという意志があると思った Cさん:兼平と忠度の和歌や主に対しての思いの深
さに圧倒された。そのためになら死ねるほ どの思いはすごいとしか言いようがない 子どもたちは,武士としてのふるまいに注目し,
-12-
立場は違えども,同じ武士としての共通点を考えて いきました。
Cさん:忠度・義仲・兼平の生き方の共通点
①自分の大切なものを貫く強さ
②大切なものをつくれる人ほど余裕があ る,つまり強者である
③人を想うことができる
④精神力が強く自我を確立している
⑤大切なものに命を賭けられる
3人の共通した生き方として,これらがあ げられる。これらは誰が見ても人間らしい,
かっこよさがある思う。一つのものに対し て一生懸命であったり,人を想うことがで きたり。それを自分の芯として貫ける精神 をもつ人はやはりかっこいい
Dさん:Cさんの言っていることがよくわかった。
5人ともしっかりと自分をもっている。特 に忠度に注目すると,平家の一員としての プライドを持ちつつも自分らしさをもっ ている。忠度にとって死は,プライドを守 るためでもあるし,平家としてではなくて,
自分の和歌を生きさせるためだろう Eさん:5人の共通点から考えると,私は直実タイ
プと敦盛タイプがいると思う。みんなはど う考えるだろうか
Eさんの「5人の共通点から考えると,私は直実 タイプと敦盛タイプがいると思う。みんなはどう考 えるだろうか」という発言から,武士たちの「生き 方」について比較し,共通点を模索する姿が見られ ました。
Eさん:敦盛タイプとは,自分の生き方に堂々とし ているタイプだと考えている。忠度は敦盛 と直実の両方だと思う。直実タイプは情の ほうが多いタイプ
Fさん:忠度はどちらのタイプでもない。人情の働 きによって物事が大きく動くのが直実タ イプだが,忠度にはそれはない。忠度・義 仲・兼平の共通点は自分の名誉を考えて行 動したことだと思う
Gさん:この5人にいえることは,自分の意思を守 る人とその気持ちに負けた人たち(自分の 望まない運命を強いられた)の二つのパタ ーンの人がいるということだ
Hさん:忠度は和歌を詠むというところから直実タ イプだと思う。でも最後は戦って死ぬので 両者が混じっている。義仲は鬼神というと ころは敦盛タイプだが,乳兄弟と死にたい と思っているから最期は両方のタイプを
持ち合わせている
Iさん:5人に異なるプライドがある。安易に二つ には分けられない。それぞれの味が出てい るので,二分すると5人の生き様という味 を薄めてしまう。それぞれに自分らしい生 き方があるからこそ,「平家物語」が語り 継がれているのだと思う
Aさん:武士という生き方は,なんてはかないもの なのだろう。自分の人生の絶頂を維持でき た人など誰もいない。「平家物語」の人々 は,集団の中の正義という無常な波にのま れながら自分の守りたいものを守るため に命を燃やしていた。今の私たちには戦い なんてなく,人も簡単に死んだりしない。
それでも当時の人たちから学び,本当に守 るべきものは何かと考えていくべきだ
授業の終わりに集めた追求の記録には,「Aさん が,『はかない』と言っていたけれど,まさに『お ごれる者も久しからず』だし,『盛者必衰』という 言葉があてはまる」というCさんの記述がありまし た。そこで題材の最後に,改めて「祇園精舎」につ いて読み直すことで,子どもたちから以下のような 発言がなされました。
・「平家物語」の登場人物は,戦の中において,武 士として名誉を守る死に方を求めていた。生きる ことは,終わり方も含めるのだと思う
・敦盛や今井は,武士としてのプライドを守るため に,それぞれの選択をしている。与えられた環境 や役割の中でベストを尽くすことは現代でもあ ることだ
・敦盛と忠度から,自分の生きがいに時間を使うこ とを大切にすることは,今の私たちにとっても大 切だと共感できる。でも,その大切にしたものが 後世まで残るかどうかは別問題だ
・歴史の視点から見ると,平家を討伐した源氏も,
三代で滅亡していた。どんなに功績を挙げても,
必ず終わりは訪れるものなのだ
・武士は,自害することも含めて人生の最期をどの ように迎えるかを重要視していた。武士にとって の自害とは悲観的な最期ではなく,自分の生きた 時間を大切にするための行動なのかもしれない
・「祇園精舎」とは直接関係ないのだけれど,「盛 者必衰」と同じ意味の言葉が理解できた気がする。
前の授業で「はかない」と出てきたけれど,人の 夢と書いて「儚い」と漢字で書く。覚めない夢は ないことと,永遠に続くことなどないことからこ のような漢字の構成になったのだと考えるよう になった
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このように,子どもたちは語彙として無常観の意 味を理解するのではなく,武士たちの生き方と「祇 園精舎」に描かれた世界観を関連付けて「無常観と は何か」ということを捉えていきました。
自分の人生を必死に生きた者たちの思いにふれ,
「人生とははかないものだからこそ価値がある」と いう生き方を読み取ることによって,「時代や環境 や言葉が異なったとしても,そこに登場する人の真 意にふれることによって,つながっているものがあ ると実感するようになった」と追求の記録に記す子 どももいました。
以下は当時の人たちの価値観と,自分の価値観を 比較し,「生き方」という哲学の側面で考察してい く子どもたちの追求の記録です。
・私は,敦盛のように「美しく死ぬ」ために行動す ることは考えられない。自分ならどんなに苦しく ても,生き残る可能性に賭けたいと思う
・自分の好きなドラマやアニメのストーリーも,「盛 者必衰」のパターンが多い。人生とは「平家物語」
で語られている通りかもしれない
・「祇園精舎」には仏教思想が多く語られているが,
何も特別なことではなく,私たちの人生に関わる ことなのだと思うようになった
・小説や映画などのストーリーがあるものを読むと きに,「人の生き方」に注目することで同じ作品 でも見方が変わった
「平家物語」の世界観は,個人の人権や自由が尊 重されることが当たり前になっている現代の日本 とは異なります。今の時代に生きる子どもたちが人 生の岐路に立ったとき,「無常観」を頭の片隅にお いて,真剣に人生と向き合い,自分らしい生き方を 築いていくことを願っています。
この作品との出会いが,他の作品を読み込む際に どのように生かされていくのか,今後も実践を重ね ていきたいと思います。