考古学研究室報告
第46集
ナガラ原東貝塚7
2010年度 考古学研究室の足跡
201 1
熊本大学文学部考古学研究室
表紙写真:伊江島城山(タツチユー)
裏表紙写真:ナガラ原東貝塚発掘調査最終日の朝日
序
考古学の楽しさは、遺跡と真剣に向き合って初めて味わうことができる。
その点で今年の調査チームは、発掘でも報告書作成作業でもよく頑張った。
これはフィールドマスターの松lll苛友理さんの力に負うところが大きいが、彼 女にとって沖縄での発掘調査は初めてのことだった。それもあってか昨年同 じ遺跡の調査に参加した3年生は頼もしかった。金子真夕さんと安田未来さ んが二つのグ'ノッドの班長となってメンバーを束ねたし、昨年フィールドマ スターを務めた弘中正芳くんは全期間参加して応援し、 4年生や博士課程の 学生も来島して手伝ってくれた。報告書作成作業では、 これまでの調査資料 をすべて見直した。士器の分類もシャコガイの整理もたいへんだったが、そ
れなりの結果を引き出している。
わたしは、発掘とは遺跡と対話することだと思う。でも、すぐ、にいい問い が生まれるわけではないし、相手がすぐ、に返事をくれるとは限らない。けれ ど遺跡は必ず答えてくれる。だから遺跡からメッセージをもらえたときは、
すごく嬉しい。今年は長く間うていた土器の変化について一つの答えをも らったように思う。この問いは皆で引き継いできたものだ。調査に参加した 皆は、 この報告書を手にして最初から改めて読んでほしい。遺跡からのメッ セージが聞こえてくるだろう。
とはいえ今年の調査は多事であった。 8月末から台風が次々に発生し、 ま るでそれぞれが伊江島を目指しているように思えたものである。台風7号と 9号は島を直撃した。こんな時古代人はどうしていたのだろうと思いながら、
遺跡にブルーシートをかけ、士襄をあて、テントを畳み、器材をトラックに のせ、通過後はグ'ノッドの雨水をかい出した。体育系男子学生の功績を称え ておかねばなるまい。
今年も、地権者の安里誠夫さん、玉城盛一さんをはじめ、川平区公民館、
伊江村教育委員会、沖縄県立埋蔵文化財センター、それに川平区の皆様には たいへんお世話になった。島の方々の温かい気持ちがあってこその発掘調査 である。このことを忘れないようにしよう。
2011年2月 木下尚子
ナガラ原東貝塚7
現地説│リI会風蹴
例言
本 書 は 沖 縄 県 国頭 郡 伊 江 村 字 川 平1061‑1・1062‑1・1071‑1番 地 に所 在 す る ナ ガ ラ 原 東 貝 塚 の 発 掘 調 査 報 告 書 で あ る 。
調 査 は 熊 本 大 学 文 学 部 考 古 学 研 究 室 を主 体 と し、 伊 江 村 教 育 委 員 会 ・沖 縄 県 教 育 庁 文 化 課 の 協 力 を得 て 実 施 され た 。
調 査 に は科 学 研 究 費 補 助 金(基 盤 研 究(A)21242027代 表 者:木 下 尚 子)の 一 部 を 使 用 した 。 調 査 担 当者 は 木 下 尚 子(熊 本 大 学 文 学 部 教 授)と 松 崎 友 理(同 社 会 文 化 科 学 研 究 科 博 士 前 期 課 程1年 生)で あ る 。
調 査 期 問 は2010年8月27日 か ら9月7日 ま で の 計12日 問 で あ る 。 本 書 に お け る レベ ル高 は す べ て 海 抜 を表 し、 方 位 は真 北 を示 す 。
報 告 書 抄 録 に 示 した 北 緯 と東 経 は 、 調 査 基 準 点POの 世 界 測 地 系(15系)に よ る数 値 で あ る 。
調 査 お よ び 合 宿 の 実 施 に あ た っ て は 、 以 下 の 諸 氏 ・諸機 関 か ら多 くの ご 協 力 と ご援 助 を賜 っ た(敬 称 略)。
伊 江 村 教 育 委 員 会 、 沖 縄 県 立 埋 蔵 文 化 財 セ ン ター 、 川 平 区 公 民 館 、 安 里 誠 夫 、 内 間 京 子 、 玉 城 盛 一 、 西 江 徳 子 、 山城 康 男 、 大 向 智 子(関 西 大 学)
貝 類 遺 体 につ い て は 黒 住 耐 二 先 生(千 葉 県 立 中 央 博物 館)、 脊 椎 動 物 遺 体 に つ い て は樋 泉 岳 二 先 生(早 稲 田 大 学)、 植 物 遺 体 につ い て は 高 宮 広 土 先 生(札 幌 大 学)、 石 器 石 材 に つ い て は 神 谷 厚 昭 先 生(金 城 町 石 畳 地 質 研 究 所)、 層 序 ・堆 積 に つ い て は 松 田順 一 郎 先 生(財 団法 人 東 大 阪 市 施 設 利 用 サ ー ビ ス協 会) にそ れ ぞ れ ご教 示 を賜 っ た 。
鉄 製 刀 子 のX線CT撮 影 につ い て は 、 鳥 越 俊 行 氏(九 州 国 立 博物 館)に お 願 い した 。 調 査 方 法 や 遺 物 の 検 討 に 関 して は 、8に 加 え 以 下 の 方 々 か ら ご教 示 を賜 っ た(敬 称 略)。
安 座 間 充(金 武 町 教 育 委 員 会)、 岸 本 義 彦(沖 縄 石 器 研 究 会)、 黒 沢 建 明 ・宮 城 弘 樹(今 帰 仁 村 教 育 委 員 会)、 新 里 亮 人(伊 仙 町教 育 委 員 会)、 新 里 貴 之 ・中 村 直 子(鹿 児 島 大 学 埋 蔵 文 化 財 調 査 室)、 中 村 懇(北 谷 町 教 育 委 員 会)、 中 山 清 美(奄 美 市 教 育 委 員 会)、 盛 本 勲(沖 縄 県 教 育 委 員 会)、 山崎 純 男
(福 岡市 教 育 委 員 会)
調 査 参 加 者 は 以 下 の 通 りで あ る 。
木 下 尚 子 ・杉 井 健(熊 本 大 学 文 学 部 教 員)、 山 野 ケ ン陽 次 郎(同 社 会 文 化 科 学 研 究 科 博士 後 期 課 程2 年 生)、 弘 中 正 芳(同 社 会 文 化 科 学 研 究 科 博 士 前 期 課 程2年 生)、 松 崎 友 理(同 社 会 文 化 科 学 研 究 科 博 士 前 期 課 程1年 生)、 柴 田 亮 ・中 原 有 彩(同 文 学 部4年 生)、 内 海 充 貴 ・甲 斐 郁 ・金 子 真 夕 ・塩 谷 和 音 ・東 佳 苗 ・平 木 琢 ・宮 田 翔 太 郎 ・安 田 未 来(同 文 学 部3年 生)、 大 塚 奈 歩 ・鬼 木 しお り ・志 賀 健 史 ・ 留 野 優 兵 ・中 谷 美 由 紀 ・原 田孝 典 ・吉 田 あ か り(同 文 学 部2年 生)
写真 撮 影 に つ い て は 、 調 査 参 加 者 全 員 が 担 当 した。
本 書 の 監 修 は木 下 尚子 、 編 集 は松﨑 友 理 が 担 当 した。 執 筆 分 担 に つ い て は 執 筆 者 名 を そ れ ぞ れ の 文 末 に 示 した 。