天 理 図 書 館 蔵 ﹃ 貞 和 本 和 漢 朗 詠 集 ﹂ の 訓 点 を め ぐ っ て
稲 垣 信 子
一︑はじめに
﹃和漢朗詠集﹄には︑古来数多くの註釈書がある︒その総て
についてここで言及することはできないが︑稿者の立場から大
まかな認識を若干記しておくならば以下のようになろうか︒
今日でも良質の訓読文(古点本や古注釈を生かしている)を
提供し︑古注釈の概説をも行った山田孝雄博士の基礎的な研究
や︑校異を含む書誌学的調査に大きな意義を残す堀部正二氏の
仕事がある更に︑近年︑黒田彰・伊藤正義・三木雅博氏らによ
る﹃和漢朗詠集古注釈集成﹄は︑古注釈の解題とその基本的な 本文をまとめて収録し︑﹃朗詠﹄研究をより一層深める重要な
成果である︒既に黒田氏・三木氏・山崎氏らによって﹃朗詠﹄
の古注釈の世界が詳細に論じられており︑中世の文学世界に大
きな影響を与えていたことが明らかになった︒その後︑﹃朗詠﹄
の誦詠という新たな角度から成果を挙げた青柳隆志氏の研究も
興味深い︒
加えて︑写真や印刷技術の進歩により︑諸本の良質な複製が
﹁書蹟﹂として多数刊行されるようになったことも記しておか
なければならない︒貴重な文献を誰でも身近に容易に披見でき
る好条件が整ってきたわけである︒
一〇五
天理図書館蔵﹃貞和本和漢朗詠集﹄の訓点をめぐって
本稿では︑その多くの現存する和漢朗詠集訓点本の中で︑菅
原家相伝の訓読を伝えている竹柏園旧蔵天理図書館蔵貞和三年
安倍直明書写加点本(以下﹁該本﹂と言う)の訓点の諸事象に
ついて検討を行った︒
該本については︑堀部正二氏により﹁文章博士菅原長成が父
爲長の説を受けて自ら執筆加點した本を以て建長三年(一二四
九)後深草天皇に進講し申上げた︑その時の本が底本となって︑
それに江大府卿(大江匡房)の説を記入し︑次いで藤原式家敦
光朝臣の本を以て校したのが基礎となってゐるのである︒更に
弘安三年(一二八〇)・貞和三年(一三四七)の再度に転写さ
れたもの﹂と指摘されている︒
本文には︑朱点・墨点によって乎古止点を示し︑墨筆.朱
筆・黄筆による書き込み等がなされている︒
今回は︑同時期の書写加点の菅原家相伝本の和漢朗詠集との
比較・検討を行うことにより︑該本の訓点の諸事象︑ことに朱
筆・黄筆等による色別けの性格について考察を試みてみたい︒ 二︑該本の訓点について
ア︑乎古止点図 一〇六
加点には︑朱点・墨点が使用されているが図のようにその体
系を復元することができる︒形式は︑杤尾武氏が指摘されてい
る﹁博士家点﹂の﹁紀伝点﹂である︒
また︑墨点においては︑レ点・一二点・上下点が使用されて
いる︒濁音表記については︑後に項を設けて詳しく述べること
とする︒
イ︑仮名字体表
天理図書館蔵﹃貞和本和漢朗詠集﹄の訓点をめぐって一O七
天理図書館蔵﹃貞和本和漢朗詠集﹄の訓点をめぐって
該本では︑墨筆の仮名字体に﹁A﹂﹁郊﹂﹁5﹂ア﹂が用い
られているが︑他にこれらのすべてが用いられているものとし
ては︑﹃群書治要﹄(鎌倉期点・宮内庁図書寮)がある︒墨筆に
は︑朱筆・黄筆・青筆に比べて古体の仮名の使用が多い︒この
ことにより︑仮名においては墨筆が他の筆よりも古く︑墨筆と
色別けして付されたものの方が︑より新しいといった時代的推
移を読み取ることが可能である︒ただし︑墨筆にも︑古体の仮
名とは異なる字体の仮名も使用されており︑後世の手が入って
いると推察できる︒
ウ︑清濁表記
濁音符は︑さきの乎古止点図において示したように︑下
巻・鰯(岩波古典文学大系﹃和漢朗詠集﹄作品番号を示す)
﹁ザ,有,卸尺'﹂に使用されている﹁°︒﹂を除き︑上巻.下
巻にわたって﹁砺﹂﹁の﹂が交用されている︒
紀伝点の諸家使用の濁音符については︑小林芳規氏が﹃平安
鎌倉時代に於ける漢籍訓讀の国語史的研究のなかで︑﹁菅原家
﹃°︒﹄藤原式家﹃傷﹄︑藤原南家羅﹄(推定)と示され︑また︑
﹃°︒﹄を用いた博士家の點本を﹃匹﹄使用の博士家学者が移點 一〇八
する場合︑或いはその逆の場合に︑濁音符は︑元の點本の形式
に従うのが建前であろう︒しかし︑多くの例の中には稀に自家
の符號が入る可能性が生ずる﹂とのべられている︒この説に従
うと次のように考えられる︒
該本は︑さきにのべたように菅原長成が︑文爲長の説を受け
て︑自ら執筆加点した本が底本となっていることからして︑訓
点は基本的には菅原家のものであるとみられる︒しかし︑濁音
符の使用状況などから考えると︑弘安三年または︑貞和三年に
おいて藤原長英の書写加点の際︑自家(藤原式家)の濁音符を
用いたものと推察できることになる︒
エ︑助字の訓法(マル括弧に入れたものは乎古止点で示されて
いるものである︒)
・﹁将﹂の訓法
天理図書館蔵﹃貞和本和漢朗詠集﹄の訓点をめぐって一O九
天理図書館蔵﹃貞和本和漢朗詠集﹄の訓点をあぐって
・﹁使﹂の訓法・ヲをオに誤ったもの 一一O
・﹁教﹂の訓法
・ヒをイに誤ったもの
﹁将﹂は︑乎古止点から現行の訓法のように再読していると
考えられる︒﹁未﹂については︑再読されている64.99の二例
について詳細に検討すると︑仮名の﹁タ﹂が文字の筆意(別筆)
により︑後世の手によって加筆されたと推察される︒即ち︑再読
は本来なされていなかったものと考えられる︒﹁應﹂もまた再
読されていない︒﹁當﹂は︑一例だけであるが再読されている︒ ・イをヒに誤ったもの
・へをエに誤ったもの
三︑仮名遣について
・オをヲに誤ったもの・ヱをエに誤ったもの
・ヱをへに誤ったもの・イ音便
・ハ行をワ行に誤ったもの
・ウ音便(形容詞連用形の例のみ見られる︒)
以上︑およそ平安時代末期以降の現象を示しているρ(所謂
定家仮名遣の範囲を出ない)
四︑音便について
・促音便(すべて四段活用動詞連用形が︑﹁て﹂に続く例︒
多くはツ表記だが︑無表記の例もある︒) .撥音便(m音便例のみ見える︒ム表記ではなくン表記であ
る︒)
五︑朱筆・黄筆について
さて︑前述のように該本は︑墨筆とともに全巻にわたって朱
筆.黄筆による書き込み等がなされている︒奥書より黄筆は︑
建長三年菅原長成が父爲長の説を受けて執筆加点した本に︑藤
天理図書館蔵﹃貞和本和漢朗詠集﹄の訓点をめぐって一=
天理図書館蔵﹃貞和本和漢朗詠集﹄の訓点をめぐって一二
原式家の敦光の本から引用加点したものである︒朱筆.墨筆は
弘安三年藤原長英が加点したとしるされている︒この該本の朱
筆・黄筆がどのような性格を示すものかを検証してみたいと考
える︒
比較検討にあたって用いた和漢朗詠集は︑該本の上巻奥書に
記載がある蜂須賀家旧蔵専修大学図書館蔵建長三年(一二四
九)本を用いた︒これは︑上下二帖からなり︑上巻は奥書より
菅原長成自筆本と知られ︑朱筆の書き込みがある︒下巻は︑長
成の息清長が︑祖父為長卿の自筆本を書写した転写本である︒
・朱筆による書き込み
該本と専修大学図書館蔵建長三年本の朱筆による書き込みに
ついて比較を試みた︒
︿上段は該本を示し︑下段は建長三年本を示し︑マル括弧は朱
筆を示す︒﹀
上巻・下巻にわたり朱筆は40例あり︑そのうち前頁に掲げ
た20例が専修大学本との一致が認められた︒しかし︑一致例
は︑上巻のみに集中し︑下巻においては︑該本のように朱筆で
色分けされることなく︑墨筆による書き込みとして記述されて
いる︒ ●朱筆による合点ー1←朱筆合点⁝⁝←黄筆ムロ点○←朱筆
天理大本専修大本天理大本専修大本天理大本専修大本
・朱筆による合点
該本の朱筆による合点は︑同本黄筆による合点と重複する
ものも含まれるが︑一致例は︑さきに述べた朱筆による書き
込み例と同様︑専修大学本上巻において多くの一致が認めら
れた︒下巻においては︑朱筆の合点は︑全く記載されておら
ず︑墨筆による書き込みについては︑多くの一致がみとめら
れた︒
天理図書館蔵﹃貞和本和漢朗詠集﹄の訓点をめぐって一=二
天理図書館蔵﹃貞和本和漢朗詠集﹄の訓点をあぐって一一四 天理大本専修大本天理大本専修大本天理大本専修大本天理大本専修大本天理大本専修大本天理大本専修大本
天理大本専修大本天理大本専修大本天理大本専修大本 ・黄筆による書き込み
さきに述べた該本の朱筆による書き込みと同様の比較を︑該
本の黄筆による書き込みについても試みた︒︿上段は該本を示
し︑下段は専修大学本を示し︑マル括弧は黄筆を示す︒﹀
天理図書館蔵﹃貞和本和漢朗詠集﹄の訓点をめぐって=五
天理図書館蔵﹃貞和本和漢朗詠集﹄の訓点をめぐって一一六
上に掲げたように黄筆による書き込みが︑専修大学本と一致
するのは2例のみであった︒該本の奥書に︑藤原式家の敦光の
本から引用加点したと記されているので︑黄筆による書き込み
は︑藤原式家の訓読を伝えていることを示すと解される︒
以上︑朱筆・黄筆を中心に︑該本と専修大学蔵建長三年本と
比較・検討を行ったが︑該本の朱筆による書き込みにおいては
58%︑朱筆合点においても57%︑専修大学蔵建長三年本と一致
がみられることがわかった︒この結果より朱筆による書き込
み・朱筆合点は︑該本と専修大学蔵本建長三年本が祖本とする
菅原家の訓法を示すものと解することができる︒
六︑おわりに
天理図書館蔵貞和三年本と専修大学蔵本建長三年本との比較
において菅原家訓法を示すために朱筆の書き込み・朱筆合点を
使用したと考えられる︒該本と同一内容を有する諸本との比較
検討より︑菅原家の訓法を明らかにしたいと思う︒