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仏教福祉の定義および理念に関する一考察 中 川 英 乗*

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(1)

仏教福祉の定義および理念に関する一考察

中 川 英 乗*

序 章

 仏道とは何なのか.仏道とは仏の説いた道,または 悟りへの道ということができる.そして,これらを修 行する者が仏教者なのである.しかし,これだけでは 仏教者という人物を小乗的にしかとらえることができ ない.仏教者とは法をひろめ,その法を人々が信仰す ることによって,それぞれの苦悩が救われる.そして 安心を得る.

 しかし現実はどうであろうか.たとえ宗教を信仰し たからといって全ての生活場面において救われている とは言いがたいであろう.心理的には救われているか もしれないが社会的弱者といわれる人々は現に存在し

ている.

 これらの社会的弱者といわれる人々は公的な救済に より救われているという場合が多いのではないか.い わゆる社会福祉事業による救済である.このようなこ

とを言ってしまえば仏教の救済というものの出る幕が なくなってしまう.

 しかし,仏教にはさまざまな救済が存在している.

また,その活躍は多岐にわたっている.代表的なもの としてビハーラ・ケアやパストラル・ケアなどをあげ ることができる.いわゆる仏教福祉である.この仏教 福祉とは仏教的心情を持って生活改善をはかることを 援助し,個人ないしその家族の自立助長を促進すると いう概念である.この概念のもとに活動をしている事 業を仏教福祉事業という.その歴史は名称こそ違うが 釈尊在世の頃より行われてきたものである.

 仏教福祉を考えていく上で釈尊の救済観は必須のも のとなる.まずは仏教福祉の定義および理念を釈尊に 求めていきたい.そのため,本論文では仏教福祉の源 流でもある釈尊にっいて考察していきたい.

第一章 仏教における救済観

第一節 釈尊の救済観

 釈尊とは仏陀のことである.仏陀とはすなわち覚者 のことであり,仏教とは覚者である釈尊の教えである.

この覚者とは,自身が覚るとともに,他の人を覚らし め,覚りの行が円満徹底している人のことをいうので

ある]).

 ここで釈尊の救済観について考察してみたい.まず 仏教福祉を釈尊ぬきに語ることはできないのではない か.そして,仏教福祉という以上,必ず釈尊の福祉精 神をもっていなくてはならない2).かっ,その出発点 は大慈悲心の塊でもある釈尊であるからである.では 釈尊にはどのような救済観があったのであろうか.そ の生涯を誕生・出家・成道・初転法輪・浬磐の五つに 分け,その救済観について考察していきたい.

 まずは釈尊の誕生にっいてであるが,ここでは救済 観は見られないものの伝説ではさまざまな救済観を持 ちこの世に誕生したといわれる.即行七歩からは釈尊 の偉大さを感じると同時に何等かの使命感を持たれて いることを感じることができる.この七歩の歩みは釈 尊が菩提を成就させるための七っの要素(念・択法・

精進・喜・軽安・定・捨)を完成させ誕生したことを 物語るという.そして,天上天下唯我独尊という発言 には神をも超越したという意味がある.また,釈尊は 覚者の相好である三二の相と,それに付随する八〇の 随形好を備えていたという.その偉大さは,これまで

ではない.

 次に出家にいたる過程より考えてみたい.釈尊の出 家の動機は,当時の身分差別への疑問また四門出遊と されている.ここで直接,釈尊出家の動機にっながっ たと断言することはできないが身分差別・制度につい て触れておきたい.それは増壱阿含経の三福業の第一

*立正大学社会福祉学部社会福祉学科4年

(2)

に平等の精神が説かれているからである.平等という ことが第一に説かれているということは差別に対して,

釈尊が批判を持たれていたと解釈することはできない であろうか.そして,この差別を打破していくことを 宗教に求められたとは言えないであろうか.身分の差 別があることに疑問を抱くこと自体,当時のインドで

は考えられなかったのではないかと思う.

 その時の身分制度に四姓差別(四つのカースト,す なわちバラモン・クシャトリヤ・ヴァイシュヤ・シュー ドラ)があった.後の教団成立時のことでもあるが,

釈尊はいわゆる四姓平等という差別撤廃の考えに立ち,

バラモン等の四階級を教団において認めず,また差別 観念をいだくことは不正な見解として批判された3).

このカーストは階級というよりは,身分,職業,種族 を単位とした排他的,蔑視的な制度で今日に至るまで インド社会を特色ずけているほど強烈な拘束力を有し ている.それぞれの身分に生まれて来たことに対して はもはや諦めとして受け止めていた4).

 貧しい身分に生まれて改革を起こそうとするなら理 解はできるが,釈尊のように仮にも小国ではあるが王 子である身分で,なぜ差別に疑問を抱いたのか.国王 が政治を行うには,その徳政によって国の状態も大き く変容してくる.「六度集経』において,釈尊がイン ドに生まれてくる前,和黙という善政を布いた国王に ついて次のように記されている.

  王は仁を行い,民を愛すること,子のごとくであっ   た.正法をもって国を治め,民に怒りの心がなかっ   た.その国は広大で,郡県が多く,はなはだ栄え

  ていた5).

 この文章から国王という存在が慈悲または慈愛を持っ ていたことがわかるが,差別がなかったわけではない.

というより社会的に平等という概念が存在していても 階級という概念がなければ国は成立していくことはで

きない.現代日本社会においても階級意識は政治,企 業,地域等において個々人の意識の中にはっきりと出 ているように思える.

 しかし,釈尊の場合は善政を布くことはもちろん,

さらに差別を無くそうと考えていた,この思想はさま ざまな職業における差別を廃止し個々が平等に,そし て尊重できる社会を築くことといえる.ここに釈尊の 救済観をみることができる.ゆえに仏教において本来,

差別というものは存在していない.バラモンを上位と するカーストの寝ずいているインドで差別や階級を打

破するということはインド史において非常に革命的な ことであったのではないか.また,釈尊が四姓平等を 説かずにいられなかったということは,インドが世界 中でたぐいまれな階級差別観念のはなはだしい国であっ

たことによる6).

 ただ釈尊の教団において修行歴や能力の違いで弟子 の位が区別されていたが,基木的に仏弟子は皆平等で あり,出家以前の階級差が全く消え去っていたといわ

れる了).

 この地上で差別をこえた理想の社会を築くモデルと して,仏教では僧団をきずいたが,たといそれが完全 無欠とは言えなくても,それがめざされていたことは 明了であり,ことに階級差別観は徹底的に打破され,

それぞれの階級から僧団に入りえたし,入れば衆水が 海に入るように平等の扱いを人々はうけたのであって,

この点は理想的であったと言いうるのである8).

 次に四門出遊にっいて考察してみたい.釈尊が二九 歳の時,城の門から出たという.その城には門が四つ あり,東西南北のそれぞれの門では老人,病人,死者,

沙門をみることができたのである.ここで釈尊は生・

老・病・死の苦しみに出会い悩むことになる.これを 四門出遊という.そして,そこで釈尊が出会った生・

老・病・死を四苦という.そして,これらの苦しみか ら逃れる方法を発見するために出家されたのである.

 まず,自己の救済を宗教世界に求められたのが始ま りといってもよい.この四門出遊を体験されなければ 仏陀となられた釈尊の救済観は形成されることはなかっ たのではないか.後にその宗教体験救済を他者へ説 いていくことになる.

 次に釈尊が成道された時点における救済観にっいて 考察してみたい.

 出家の後,釈尊は当時の北インドの自由な宗教的環 境の中で,六年にわたりさまざまな修行に取り組むが,

やがてブッダガヤーのアシュバッタ樹(のちの菩提樹)

の下で瞑想に入り三五歳で覚りを開いた.釈尊の成道 に関しては「降魔成道」の伝説が知られている.

 これは覚りの直前に悪魔を降伏させたというもので あるが,悪魔は煩悩の象徴であり,覚りが煩悩の滅除 によって達成されたことを意味している9).以上のご とく釈尊の成道にはかなりの困難をともなったことが わかる.では,この成道において,どこに救済観があ るのであろうか.「般泥涯経』において以下のような 文章をみることができる.

(3)

  むかし三十五歳のとき釈尊は,ブダガヤの菩提樹   の下で仏陀すなわち覚者となったが,これは自身   で限りない幸福を見出し,単に自分の上に寂静の   心の状態をつくり出したというのみではない.す   なわち仏教でいう善の行為は,自分も他人をも潤   益するものといわれるのであり,煩悩のけがれを   こえた心の平和を自分が得たほかに,他の人びと   を利益する行為が開始されたことが覚者の収穫な   のである.っまりこの地上に仏陀(覚者)が誕生   したことは,すなわち地上のあらゆる人びとの福   祉を増進するためなのである °).

 このことから成道に際しての救済観を伺うことがで

きる.

 次に初転法輪における救済観について考察していき たい.ここで法輪とは真理ということを確認しておき たい.覚りを開いて仏陀となった釈尊は,修行時代に 行動を共にした五人の修行者に初めて教えを説いたと される.これを初転法輪という.そして,ここに仏教 教団が成立したのである.

 初転法輪の内容は釈尊の覚りの内容と同様と考えら れ,現在まで伝えられている経典によれば,慈悲思想・

縁起思想・四諦八正道などであろうi1).ここでは,こ れらの内容は省略したいと思う.

 またこの後,釈尊の優れた教説と,人格を慕って来 投する弟子が著しく増加したので,釈尊は教団を組織 して,これを僧伽と称した.ここでは僧伽について考 察してみたい.もちろんではあるがこの僧伽に参集し

た弟子たちには四姓,またはそれ以下の者たちが平等 に仏道を修行していた.しかし,債権に負担を有する 債務者,主人のある奴隷,または一五歳未満の少年ら

は教団に採用されない.さらに国王に所属する兵±,

刑法に触れている盗賊,答杖処刑者,烙印処刑者,な ども同様である.また悪疾病者,身体障害者,老弱者 なども入団は許されなかった12).

 社会的に犯罪を犯した者が逃げ込むために教団に入 るという行為は許されるべきことではないが,社会的 に弱者の者たちである病人や障害者は,なぜ入団を許 されなかったのであろうか.釈尊の思想でもある,平 等という言葉に疑いが生じてくる.この時の宗教的目 標がいわゆる解脱であり,僧伽における厳しい修行に 病人や障害者たちが耐えることができないと解釈して もよいのではないであろうか.そのため,これらの者 は在家の弟子として,比丘に財施をすることを修行と

していた.また,この時の教団の実践的目標である解 脱は非圧迫層の好みに応ずるものでなく,精神的に貧

しい者の有でもなく,知者の有であったといわれてい る13).これらは小乗的な考えであるが,釈尊とその弟 子は人間尊重の深い心情をもちながら,師主仏陀の悟 得した真理を伝導し,これを社会生活の基本原理とし て布教し,当時の人心に,著しい影響力をもたらした.

これがいわゆる僧伽の法施であった.

 けれども,この財施と法施による交換の根本を貫く ものは,やはり,解脱の実践的究明に外ならなかった.

仏陀はその弟子に対して,常に次のように訓戒してい

る14).

  比丘等よ,汝等に衣と食と住居と薬とを供養する   在家の人々は,汝等にとって大きな助けをなす人   である.汝等もまた初めも終わりも美しい清浄な   る教法を説いて彼等の助けとなるのである.出家   と在家とはこのように相頼り,相助けて,暴流を   超え渡って苦の終わりをなすのである15).

 これらの文章からも釈尊の教団が区別をしていたの ではなく,むしろ慈悲の精神における相互扶助を基調 としていたことがわかる.

 また,僧伽の運営には各国の国王の他,商人たちの 力が絶大なる支援を与えていた.そのため釈尊は彼ら 商人のために,人間相愛,和合共同の教理を説き与え た.かっ,団体管理運営の四方法を教示した.この方 法とはすなわち布施,愛語,利行,同時の四摂事であ

る.

 釈尊の教義は形式的には厭世的,消極的な静寂主義 に徹しておりながら,実質的には新興商業集団の成立 や,その発展に著しい精神的支柱となっていることは 注目されるべき視点である16).もちろん,これらの教 理の他,種々の教理があることはいうまでもない.

 初転法輪を初めとする釈尊の布教伝導活動,遊行は 四五年間に及び,八〇歳の時に,クシナガラで亡くなっ た.釈尊の遺言は「自灯明・法灯明」とされる.

 以上,先行研究を参考として釈尊の救済観を,その 生涯に渡って考察してきた.そこから明らかなものは 釈尊の生涯というものは救済の一言にっきるというこ とであろう.その救済方法というものは事業ではなく 法を説くことだけであるが法を説くこと,また法の存 在こそがすなわち救済への道なのではないか.そして 法こそが釈尊自身であるのではないか.法による救済,

そこに釈尊独自の救済観あるいは,教育が存在してい

(4)

るのではないであろうか.また,釈尊の説法は,実際 に阿含部の中のごく限られたものであったが,のちに 増広された大乗仏教経典も釈尊の説法を伝えたものと され,仏教経典は八万宝蔵を数えるに至ったと言われ ている.次節において,この莫大な数の経典よりほん の一部分ではあるが,経典における救済観について考 察してみたい.

第二節 仏教経典における救済思想

 仏教経典における救済思想を考察していく前に,ま ず菩薩思想にっいて考察しておきたい.

 菩薩とは事典によれば菩提を求める人をいう.三乗 の一であり十界の一でもある.一般には大乗仏教にお ける理想的な人間像を示す人格概念であり,菩提心を 発して仏道にいり,四弘誓願を発し,六波羅蜜を修行

し,上は無上菩提を求め,下は衆生を教化して,五一 位・三祇百劫の行を経て,未来に仏のさとりを開く者 のことを表している.小乗仏教においては釈尊の成道 以前の前世における修行期間のすがたをいうのに対し て大乗仏教においては在家・出家にわたって仏道上求 菩提下化衆生・自利利他の行を修するものをいう.ま た,この地上で最上の性格をもっ徳者を菩薩というこ ともある.ここでは菩薩は,六波羅蜜の行をなす人,

また自己の覚りの前に他者を救済する利他行の実践者 を菩薩といっておきたい.また,その利他行を菩薩行 とするIT).そして,六波羅蜜の方法とは,布施と持戒 と忍辱と精進と禅定と智恵とをいう.その中で布施は,

ものを恵み施し,真理を教え,あるいは安心を与える こと,また持戒は,戒律を守ること,あるいは常に自 己を反省することを意味する.次に忍辱とは,迫害に 耐え忍ぶこと,精進とは,他の徳目五種を,たゆまず に実践することとされている.また禅定は心を安定さ せること,最後の智恵は,真実の智恵をひらきあらわ すことをいう.波羅蜜とは,到彼岸と翻訳される語で,

悟りの彼岸に到達するためには,六種の行が条件であ るとの意から,六波羅蜜という181.この他,基本的に は財物,金品などの生活必需品の提供をする財施,経 済力のない人のための無財の七施という行がある.無 財の七施に関しては財物がなくても,七種の布施がで きるというものである.それらは第一に眼施,第二に 和顔悦色施,第三に言辞施,第四に身施,第五に心施,

第六に床座施,第七に房舎施となっている.菩薩にとっ て恵施は行為の原則ではあるが,それを愚悪の人に与

えても却って真の幸福が生まれないと知る時は施さな

いこともある19).

 また,正しい知識や智恵の提供,人間が人間として 生きていくために必要な知識の提供をする法施.恐怖 からの解放で,人間の基本的な恐怖は五種類あるとい

う無畏施というものがある.以上の他に布施,愛語,

利行,同事の四摂事や三福田,七福凪八福田の福田 思想なども菩薩思想としてあげられる.

 また菩薩に関して日本においては,朝廷から高徳の 僧侶や神明に下贈された称号として表れることがあり,

行基大菩薩とか八幡大菩薩とかがそれである.極楽寺 良観もまた忍性菩薩という.法華系の教団においては 日蓮聖人もまた日蓮大菩薩と称される.日蓮は法華経,

そのものをひろめることこそ,唯一無上の菩薩行だと して,生涯を通じて法華経の流布に全身全霊を打ち込 んだ2°).この菩薩の意味を理解した上で経典における 救済思想を考察してみたい.

 経典といってもその数は前述したように種々に及ん でいる.華厳経,勝蔓経,維摩経など大変に重要かっ 探求を要するものばかりであるが,ここでは取り分け,

古来筆頭に挙げられてきた法華経にっいて,仏教の福 祉理念の展開の可能性を探ってみたい.それは,法華 経が諸経の王として,尊敬されてきたばかりでなく,

仏教教団のなかでもっとも積極的に,現実社会に対し て関心を示し,また,大きな影響力をもっ日連系諸教 団の所依の経典とされてきたからである.

 この法華経は,要約していえば,人間の福祉探求の 場を広く地上の社会生活に求め,それを活動の本来の 場所として,人類の福祉実現のために,聖なる「行」

を展開する人間像を描いたものといえよう21).

 ここで法華経における慈悲にっいて考えてみたい.

慈悲とは事典において,いっくしみあわれむ心とある.

慈とは与楽,悲とは抜苦の義である.まず「大般浬磐 経」第一五に,次のように説かれている.

  諸の衆生の為に無利益を除く,是れを大慈と名ず   け,衆生に無量の利楽を与えんと欲す,是れを大   悲と名ずく

ここでは仏・菩薩が衆生の苦悩を除き福楽を与える抜 苦与楽の徳行をいう.そして「法華経嘱累品』には次 のように説かれている.

  如来は大慈悲あって,諸の樫凛なく,亦畏るる所   なくして,能く衆生に仏の知恵・自然の知恵を与

  ふ22)

(5)

 更に法華経には薬草喩品・化城喩品・法師品・提婆 達多品・安楽行品・妙荘厳王本事品・勧発品に慈悲・

大慈悲の語が見られる.このほか慈哀・慈意・慈恩・

慈心・慈念・慈懲・大慈・大悲等の表現や,「毎自作 是念」等の経意を探るならば法華経全体が慈悲の説法 といえる.慈悲は仏徳であると同時に衆生救済の行法 でもあると記されている.

 この法華経は二八品から形成されており,その中心 とされているものは第一六章にあたる「如来寿量品』

であるが,この章の本旨はいわゆる「久遠実成の本仏」

を開顕することにある.法華経において人間仏陀は

「他身を示し」た姿であって以下のように述べられて

いる.

  われ成仏してよりこのかた甚だ大いに久遠なり.

  寿命無量……常住にして滅せず……衆生を教化

  す23)

 換言すれば,それは,仏陀が危機に直面する人間の 救済を永遠に実践するという宣言であるといえよう21).

またこれを釈尊がいっでもどこでもこの世に現れて教 えを説き,無限に人々を救いっずけるという釈尊の永 遠の生命が説かれているといえば理解しやすくなって

くる.

 非現実的ではあるが,この久遠実成の釈尊は実は,

その前身が常不軽菩薩であったといわれている.また,

仏伝において菩薩とは悟りを開く以前の釈尊を示して いる.そして,その菩薩行が説かれている『常不軽菩 薩品第二〇』というものがある.この章は人間像が,

現実の社会生活における人間関係のなかで,どのよう に現れるかを示している.すなわち,常不軽菩薩の実 践行動のなかにそれが示されているのであるが,この 常不軽菩薩はどのような場所,どのような人を問わず,

会う人ごとに合掌して,

  われ深く汝らを敬う.あえて軽慢せず.所以は如   何.汝らは菩薩道を行じて当に作仏することを得

  べし25).

といって礼拝するのである.心不浄なるものはこれを 怒り,悪言を浴びせ,あるいは杖木瓦石をもって打っ

のであったが,彼は決して怒らず,走り避けて,

  われ,あえて汝らを軽しめず.汝らはみな当に作   仏すべきが故に,われ汝らを敬う26).

 と唱え去ったという.これは,人間尊重を中心とす る仏教の実践的,精神的態度を端的かっ鮮明に説示し ているものであって,仏教のヒューマニズムの根源を

明らかにしているものというべきである27).

 またこれらは,一切衆生悉有仏性の理念を基盤とし て,人間の日常的行動の善悪を超越して,すべての人々 の根底に仏性を見出し,ただひたすら他者を礼拝する 常不軽菩薩の姿を描き出したものといえる.

 但行礼拝の思想は,人間存在が等しく仏性を有して いるがゆえに,本来的に絶対平等であることを示して

いる28).

 常不軽菩薩の精神こそ現代人にとって必要な心構え なのではないか.また常不軽菩薩の本地でもある釈尊 でさえも,この菩薩行をされてきたわけであるから凡 夫である我々はなおさらその精神を実行せねばならな い.また大乗仏教において,あらゆる存在が仏陀にな る可能性を持っているという思想が成立したため,仏 への道を歩もうと発心した者はすべて菩薩であると考 えるようになった.であるからこそ我々凡夫でもその 心を起こせばすべて菩薩なのである.大乗において菩 薩になることが保障されているわけであるからこそ,

それに応える必要がある.

 そして,このような人間像に現れた人類救済の実現 が,三三身に応現して人間の絶対的救済をはかるとい う観世音菩薩に約し『観世音菩薩普門品』において説 かれている29).これは,観世音菩薩が仏身から執金剛 神に至る三三の姿に身を変現し衆生を救済するという

もので,時には神に変現し,時には人に変現するとい うものである.また,ここにおいても現実的な解釈か らすれば,様々な現実の人間存在の様相は菩薩の変現 に過ぎず,すべての人間存在の中に「菩薩」の姿が見

られるのであり,現前の差別相にのみとらわれがちな

「末代凡夫」である我々が,現前の諸相を表面的にみ るという日常性を越えて,現前に存在する困苦せる衆 生,さらにはすべての人間の中に「菩薩」を見いだす

ことが可能となるのである3°).

 また,この章は災厄に充ちた人間社会にあって,聖 なる救済を示現する宗教的慈悲にみちた人間像に対し て,絶対的な信頼を捧げることの必要性を強調してい る章といえる.妙音菩薩品における化身・変現思想に おいても観世音菩薩と同等の救済観をみることができ

る.

 これらの他,法師品,法師功徳品,嘱累品,薬王菩 薩本事品,陀羅尼品,妙荘厳王本事品,などは,こと ごとく法華経こそ仏の本意を示す経典であって,この 経を世に弘めるものに苦難はあるが,仏の加護によっ

(6)

てあらゆるひとびとは福祉の障害を除去しえて,福利 に満ちた社会の実現がみられることを説いている31).

以上のことから,法華経が福祉,特に救済について考 えられていることが理解できよう.

 また,人々を真の幸福に導くという福祉精神に貫か れている点では他の大乗経典と相違するものではない が,その経典の精妙な言葉っかいや,巧みな壁喩は,

人々をひきっけるものを持っていたと考えられ,ここ に独特な救済思想があるといってもよいのではないだ

ろうか32).

 また,諸経の王といわれる法華経にこそ,釈尊の本 懐があり,福祉があるといっても過言ではないであろ うか.本論文では釈尊並びに法華経における探求に尽 きるが,これらは入り口にしかすぎず,さらなる探求 が必要である.

終 章

 上来,仏教福祉の定義および理念に関する一考察と して,釈尊と法華経における救済観について考えてき たわけであるが,その存在はまさに救済と断言するこ

とができると私は思う.釈尊の存在がなければ,もち ろんのこと仏教が存在するはずもなく,仏教福祉も存 在してはいない.それほど釈尊の存在は重要である.

その多彩な教義は北伝(大乗)仏教として日本へ伝わっ てきた.この教義を日本の宗教家が実践することによ

り現在の仏教福祉が誕生することになる.その巧みな 教義には人を引き付けるものがある.そして,その教 義をたゆまず実践する宗教家の努力が仏教福祉という

ものを開花させたといえるのではないか.

 しかし,なぜ仏教福祉なのか.仏教と福祉という言 葉について疑問が残ってしまう.それは,どちらの言 葉も最終的には同じ意味の目的を達成することであり,

仏教に福祉という言葉を結合させる趣旨とは何なのか ということである.時代のニーズに対応していくため の一過程にすぎないのか.であるならば,これからも 変化する可能性は充分にあるといえる.この時代のニー

ズに応じて発展することができる仏教の多様性には驚 かされるものがある.

 また,仏教福祉事業・仏教社会福祉・仏教福祉など の定義使われ方が確立していないためか,その本質 に疑いが生じてくる.

 本論文では釈尊の救済観並びに法華経における救済 観への探求にすぎづ,仏教福祉を研究していく上での 考察でしかない.これを出発点とし,仏教福祉への

さらなる探求が要求されるところである.

      注

1)森永松信著「仏教社会福祉学」誠信書房 1965年 p9 2)福原亮厳 杉本一義共著「仏教福祉学」永田文昌堂 1967年

 P13)同前p36 4)同前(1)p74

5)六度集経三巻,大正蔵経三巻 p11 中段以下参照 6)同前(2)p37

7)同前(1)p79 8)同前(2)p40

9)清水海隆編著「仏教社会福祉講義ノート』 1999年 p4 10)般泥垣経上巻,大正蔵経一七巻 p473参照

11)同前(9)

12)同前(1)p82 13)同前 p83 14)同前 p86

15)巴利中阿含,第八三,摩河提婆経 上 第四三 大方弘経 16)同前(1)p89

17)同前(9)p23 18)同前(2)p15 19)同前 p18

20)藤井正雄総監修『うちのお寺は日蓮宗」双葉社 1997年 p21 2ユ)同前(1)p130

22)坂本幸男 岩本裕訳注「法華経 下』岩波書店 1967年p166 23)同前 p20

24)同前(1)p131 25)同前(22)p132 26)同前 pユ34 27)同前(1)p133

28)原典仏教福祉編集委員会編『原典仏教福祉』北辰堂 1995年   P17

29)同前(1)p134

30)立正大学社会福祉学部紀要「人間の福祉』立止大学社会福祉学   部 清水海隆著『化身・変現思想にっいて』一仏教福祉思想試   論(2)− 1999年 p60

31)同前(1)p134 32)同前(2)p77

(2000年1月31日受理)

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