「ヨーロッパにおける素描の歴史と技法」⑶
【翻訳】シャルル・ド・トルナイ訳 森田義之・上月裕子
第四章 ルネサンス と 近代の素描の起源
ルネサンスと近代の素描の起源の問題は完全に解決されてきたわけ
ではない。これまで三つの主要な説が唱えられてきた。近年までの一般的な見解は、中世の手 エクセンプルム本が徐々に近代的な素描に変わっていった というものである (1)。近年これに二つの新たな説が加わった。その一つによれば、ルネサンス期の完成した素描は中世の手 エクセンプルム本に由来するも のではなく、中世の画家たちが直接板や壁に描いた原寸大の準備素描を縮小したものである (2)。もう一つの説によれば、近代の素描の本質は
新しい手法にこそある。すなわちロマネスク期やゴシック期の写本挿絵の閉じた輪郭線による厳格な様式とは対照的に、近代の素描は輪郭
線の解体をおし進めたものと見なされる。その結果、人物像や事物はたがいに孤立するのを止め、虚の空間の象徴と化した背景と融合して
いるように見える。この新しい手法は、おそらく真の近代的素描の様式を特徴づけるもので、その起源は十四世紀後半の線描による写本挿
絵にあると考えられる。この仮説によれば、一四〇〇年頃に登場する近代的素描は﹁無限﹂という近代的な概念と密接に結びついている (3)。
特別な手法としての近代的素描の定義は、その伸びやかな手法 開かれた輪郭、わずかな平行線やハッチングによる肉付け、頭や手、
足を表す際の省略的表現、わずかな開かれた線や点で髪毛を示唆するやり方、そして最後に重要な点として、空間の象徴としての余白の扱
い方 に認めることができる。ただし、こうした手法はすでに古代に、たとえばギリシアのレキュトス壺絵(図2)の図柄に見出される という条件つきでではあるが。この﹁絵画的な﹂手法はまた﹃ユトレヒト詩篇﹄のペン挿絵(図5)、九世紀の﹃テレンティウス﹄の挿絵
(図6)、十世紀ないし十一世紀初頭の﹃プルデンティウス﹄の挿絵に見られるように、初期中世を通じて存続した (4)。
さらに驚くべきことに、この伸びやかで開かれた手法は中世を通じて見出され、ビザンティウムでも見られる。たとえば、十三世紀の作
と考えられるパリで制作された写本(
G r.7 3, fo l.1 74 vo .
)(図4)中の、使徒を表したペン素描がそれである (5)。ここでは輪郭は連続した線ではなく短い筆触の描線から成っており、素描家は、近代的素描の手法を先取りするような短い独立した線によって髪や髭の質感を表している。
しかし、これは古い手本を模写したものに過ぎず、画家の個人的創意を示しているわけではない。これらの描線が、伸びやではあるが、近
代的素描に見出される自由闊達さをもってないのはそのためである。こうして開かれた手法を用いたペン素描のその後の作例として、か
つては写本の一部だったと思われる羊皮紙の素描がある(バッファロー、オルブライト美術館所蔵)(図
20
)。これはあるトスカーナの画家の作品で、一四一七年の年記がある。木の葉を描写する際の自由な手法は、前述の中世の素描、とりわけ﹃ユトレヒト詩篇﹄の手法を想
起させる。この切れ切れの線描の手法は、中世の写本挿絵画家たちが絵画的な
様式によって描かれた手本をペンの線描に置き換える際に用いられたのであろう。それゆえに、この時代の速記的な技法は、画家が自然と
格闘するなかで生み出されたものではないし、また﹁無限﹂を暗示する手段でもない。それは単純に絵画的な様式を素描に転換する方法な
のである。他方、われわれがここで論じている第三の仮説によれば、速記的な
手法こそ近代の素描の最も特徴的な基準ということになるが、すべての近代の素描がこうしたくだけた手法で制作されているわけではな
い。それはむしろ、速描きという、ルネサンスや近代の素描の一つの種類なのである。
中世のペンによる挿絵、たとえば九世紀あるいは十四、十五世紀初頭のそれを、ルーヴル美術館のピサネッロの速描きのスケッチ(図
25
、31
)やアルベルティーナ美術館のギベルティに帰属される紙葉(図21
)と比較すれば、革新の所在が手法ではなく線の個性にあることは一目瞭然としている。中世の受動的で非個性的な描線にかわって、ここには芸術家の気質をはっきり示すダイナミックな線が見られる。近
代的な素描には、ボードレールが﹁奇異﹂と呼んだ要素、すなわち制作者の個性的なタッチが常に存在する (6)。スケッチとは﹁作者の熱情が
⋮⋮ペンを通じて一気呵成に表出されたもの(
D al fu ro r d ell o a rte fic e
⋮in p oc o t em po c on p en na e sp re ss o
)﹂というヴァザーリの定義は、線のこの主観的な特性が十六世紀半ばにはすでに認識されていたことを示している。
それゆえ、速記的な手法そのものにではなく、その手法を用いる精神にこそ近代的素描の特性があると見なすべきだろう。近代の素描と
は、創造的な想像力を直接的に表出したもの、あるいは自然との個人的な苦闘の結果なのである。そして描線に見られる震えは、心の内な
るイメージを外的に転化させる際の主観的緊張の表れである。この自発性ないし生命力こそ、近代の素描の筆触にまったく新しい特性を添 えているものなのである。それゆえ、技法的観点から見れば、近代の速描きスケッチは、古代末期にまで遡る速記的な技法の伝統を用いて
いる、より正確には再び導入している、と言うことができる。しかしこの手法には創作者個人の力強い緊張感が加わっているのである。
以上を要約すると、近代の構 ペンシエーロ想スケッチの起源は 個性的な創造活動に基づいて 新しい精神によって、すでに見たように、古代末
期にまで遡る古い技法を捉え直すことにあった、と言うことができよう。この新しい精神とはイタリア・ルネサンスの精神のことである。
そこでは人間はもはや伝統の権威に従属することをやめ、自然から直接に着想を得た彼自身の創意によって創作するようになったのであ
る。
実物を前にして描く近代的な習作の起源は、中世の見 パターン・ブック本帖の手本画に遡る。前述したように、見本帖は、一種の芸術的要覧として、あら
ゆる状況で利用可能な手本のレパートリーとして中世の工房で用いられていた。一二三五年以前に制作されたヴィラール・ド・オンヌクー
ルの見本帖(図7
かの中世の見本帖が現存する。なかでも最も重要なのは、十三世紀に
11
)については既に述べたが、それ以外にも幾冊ザクセンの画家が制作したヴォルフェンビュッテルの見本帖で、他にもラインの修道院蔵の見本帖、アイスランドの画家の見本帖(コペン
ハーゲン)、イギリス画家の見本帖(ケンブリッジ)、十四世紀末 十五世紀初頭のウィーンの見本帖、同時期のジャック・ダリヴェの見
本帖(ベルリン)、無名のボヘミア画家の見本帖(ブリュンズウィックおよびベルリン)、ローマの見本帖、ジョヴァンニーノ・デ・グラッ