【学位論文審査の要旨】
1 研究の目的
生物科学分野では、免疫で作られる抗体を使った分析法が非常に重要な位置を占めてい る。しかし、この抗体は動物を用いて作る必要がある。そこで、1990 年代から動物を使わ ず試験管内だけで探索でき、配列から有機合成も可能なアプタマーを用いる方法が徐々に 使われるようになってきた。しかし、これら抗体やアプタマーを蛍光標識して標的分子を 定量する方法は今や生化学分析になっているものの手間がかかり、バイオイメージングな どには適さない。そこで、標的分子と結合すると同時に蛍光を発生するような分子が調製 できるようになれば、これらの難点を一気に解消できる。そこで、本研究では、アプタマ ー配列を探索する際に、環境応答性の蛍光基 7-ニトロ-2,1,3-ベンゾキシアジアゾール (NBD)を導入し、試験管内進化法により、ベロ毒素に結合して蛍光を変化させるペプチドア プタマーの調製と、カルモヂュリンに結合して蛍光変化するペプチドアプタマーの標的分 子との相互作用について検討した。
2 研究の方法と結果
ペプチドアプタマーの選別には、リボソーム・ディスプレイを用いた試験管内進化法を用 いた。ランダム配列DNA から転写したRNA をリボソームで翻訳の際に、環境応答性蛍光基 NBDをアミノ酸に結合してtRNAに担持してランダム配列ペプチドライブラリーに導入した。
調製したリボソーム-RNA-ペプチドライブラリー複合体をベロ毒素固定化ビーズに作用さ せ、結合した複合体を分離し、そこからRNAを取り出し、RT-PCRで増幅した。この増幅し た配列を再度、アフィニティ選択に用いるというサイクルを繰り返すことにより、ベロ毒 素に結合すると思われる配列を得た。この配列情報に基づきペプチドを固相合成法で合成 した。合成したペプチド7種類の中の 1 つが、蛍光基だけや他のペプチドが水中で蛍光を 殆どなかったにも拘わらず、蛍光を発した。このペプチドをベロ毒素と混合すると濃度が 増すにつれ蛍光は減少した。これは、非結合状態では、蛍光基がペプチドにより疎水性環 境にあり、ベロ毒素に結合すると、親水性環境に置かれるようになることによると考えら れた。また、蛍光の減衰から解離定数を求めたところ、2.62 ± 0.53 µMであった。そして、
ベロ毒素をブロットした膜上でも濃度に応じて蛍光の減少が観測され、他の標的にならな いタンパク質では全く蛍光の変化はなかった。
次に、以前報告されたカルモヂュリンに結合する蛍光発生アプタマーについての詳細な 相互作用を調べた。試験管内進化法で選別されたペプチド配列のなかで高頻出のもの 4 種 類を、リボソーム・ディスプレイのアミノ基末端の配列も含めて合成した。1種類のペプチ
ドは5%ジメチルスルホキシド存在下でも水溶性にはならなかったが、他の3種類は水溶性
となり、カルモヂュリンとの相互作用実験に用いることができた。表面プラズモン共鳴で、
チップ上に固定化したカルモヂュリンとの相互作用を検討すると、3種ともサブマイクロモ ル濃度からマイクロモル濃度の解離定数の範囲で相互作用することが確認できた。また同
程度の相互作用が蛍光スペクトルでも観測された。さらに NMR による観測では、相互作用 により 3 種のペプチドは、類似のケミカルシフトをカルモヂュリンに与えることがわかっ た。
3 審査の結果
環境応答性蛍光基を結合したアミノ酸をtRNAに担持し、リボソーム・ディスプレイによる 試験管内進化法により、ベロ毒素に結合して蛍光が変化する初めてのペプチド・アプタマ ーを合成することに成功した。これは、この方法で任意の標的分子に対して結合して蛍光 が変化する分子を探し、それを合成できることを示しており、高い応用の可能性がある。
カルモヂュリンと相互作用するペプチドの相互作用解析によっても、このことは裏付けら れた。今後、生物科学の一般的な分析、イメージングのためのツールとして期待できると ともに、医学診断分野でのバイオマーカー検出に大きな可能性を提供するものと考えられ る。よって、本論文は博士(理学)の学位に十分値すると判定した。
4 最終試験の結果
本学の学位規則に従って最終試験を行った。公開の席上で論文内容を発表し、生命科学専 攻教員による質疑応答をもって論文および関連分野についての最終試験とし、合格と判定 した。