[研究ノート]対人援助における自立支援の手法 主観的次元へのかかわりに関する考察
中澤秀一
(東京基督教大学教授)
1. はじめに
マスコミ報道やインターネットから流れてくる介護福祉業界に関しての情報は、
「サービス残業」「ストレス」「低賃金」「休みが少ない」「拘束時間が長い」「万年人 員不足」など明るいものはほとんど聞こえない。この傾向は、「平成 26 年度介護労 働実態調査」による、介護保険サービス事業所の離職者中約 75%が勤務年数 3 年 未満という結果からも感じ取ることができる。しかし、目立ちはしないが、同調査 には労働者の半数(53.5%)が仕事の内容ややりがいに満足しており、介護福祉業 務が自分自身の学びや成長に貢献していることも明らかにされている。このように、
介護福祉業界の良さややりがいが伝わらず、負の情報のみが大きくクローズアップ される現状を考えると、介護問題からこの国の将来は立ち行かなってしまうおそれ がでてくるといえよう。
定義から述べると、介護福祉業務は肉体労働ではなく感情労働
1に該当するから、
3K(きつい、きたない、危険)で離職したというのは表向きの言い訳といえる。
しかし、それよりも問題なのは、このような情報以上に、やりがいや満足感を感じ ている事実にスポットライトがあたらない点であろう。そこで、本小論では何が介 護福祉業務におけるやりがいや満足感、学びや成長の鍵となるのかを明らかにした い。特に、介護福祉の理念である個人の尊厳や自立支援を意識したかかわりが、福 祉従事者個人にとってどのような影響を及ぼすのかについて検討していきたい。
このようなことから、本小論の構成は、2 節で介護を含む福祉サービスの基本的 理念である「個人の尊厳の保持と自立した日常生活を営む」
2支援を検討するツール である ICF の問題点について論じていく。次に、3 節では ICF の問題点である主 1 アリー・R・ホックシールド『管理される心 ― 感情が商品になるとき』(石川准訳、世界思想社、
2000 年)に詳しい。
2 社会福祉法第三条
観的次元への援助理論、4 節では具体的なケア方法、そして 5 節では利用者への関 わり(アセスメント、基本的ケア、段階別ケア)による効果について述べてゆく。
2. 個人の尊厳および自立した日常生活と ICF の問題点
日本国憲法の目的は、第 13 条に「すべて国民は、個人として尊重される」と述 べられているように、個人の尊厳を達成することにある。すなわち、人は生れなが らにして平等で、国家権力をもってしても侵すことのできない固有の権利と価値を 有していることを表している。したがって、この考えは当然ながら福祉サービス利 用者(以下「利用者」)にも適用され、介護保険法第一章第一条では介護等を要す る者の「尊厳の保持」を謳い、障害者総合支援法第一章第一条においても「基本的 人権を享有する個人としての尊厳にふさわしい日常生活又は社会生活……」を達成 することを法律の目的としている。このように、「個人の尊厳」は近代以降におけ る立憲主義の基本原理であり、福祉関係法にも規定されていることから、福祉 ・ 介 護サービスに携わる者はこれを尊重し、支えていくことが責務となる。
また、人間は社会的な存在でありひとりでは生きていけない存在である。そこで は、生涯を通じて社会の構成員となり、その社会に働きかけると同時に、その社会 からも働きかけられながら生きていく。したがって、利用者に対しては、前述の 介護保険法第一章第一条に「これらの者が尊厳を保持し、その有する能力に応じ自 立した日常生活を営むことができるよう……」と自立へ向けた支援の方向性を示し ている。さらに、障害者総合支援法には、「障害者及び障害児が基本的人権を享有 する個人としての尊厳にふさわしい日常生活又は社会生活を営むことができるよう
……」と述べられていることから、専門職は個人の尊厳を守り、支えながら自立生 活を目指す支援を行っていく必要がある。
このような、対人援助を考えるときに用いられている枠組みが図 1 の国際生活 機能分類(International Classification of Functioning, Disability and Health;
ICF:以下「ICF」)である。
図 1 「国際生活機能分類-国際障害分類改訂版」(日本語版より筆者作成)
ICF は、 そ の 前 身 で あ る ICIDH( 図 2 の 国 際 障 害 分 類、International Classification of Impairments, Disabilities and Handicaps, 1980)が「疾病の帰 結(結果)に関する分類」であったのに対し、「健康の構成要素に関する分類」と なり、新しい健康観を提起するものとなった。したがって、特定の人々を援助する ための分類ではなく、全ての人の健康に関する分類となっている。同様に、わが国 でも ICF を共通の考え方として、さまざまな専門分野や異なった立場の人々との 間の共通理解に役立つことを目指している
3。
ᝈ
ኚㄪ ᶵ⬟䞉ᙧែ㞀ᐖ ⬟ຊ㞀ᐖ ♫ⓗ
図 2「ICIDH(国際障害分類)モデル(1980)」
(上田敏『ICF の理解と活用』)より筆者作成
ICF の「生活機能(Functioning:心身機能 ・ 身体構造、活動、参加)」は、
ICIDH(国際障害分類)の「機能障害」「能力低下」「社会的不利」というマイナ スの包括概念に対応して「心身機能 ・ 構造」 「活動」 「参加」の 3 レベルを、人間が「生 3 厚生労働省「第 1 回社会保障審議会統計分科会資料 3」2006 年
⎔ቃᅉᏊ 䠄㻱㼚㼢㼕㼞㼛㼚㼙㼑㼚㼠㼍㼘
㻲㼍㼏㼠㼛㼞㼟䠅
㻌㻌ཧ㻌ຍ
ಶேᅉᏊ 䠄㻼㼑㼞㼟㼛㼚㼍㼘 㻲㼍㼏㼠㼛㼞㼟䠅
㻌㻌䠄㻼㼍㼞㼠㼕㼏㼕㼜㼍㼠㼕㼛㼚䠅
ᗣ≧ែ
䠄䠤䡁䠽䡈䡐䡄䚷㼏㼛㼚㼐㼕㼠㼕㼛㼚䠅
ᚰ㌟ᶵ⬟䞉㌟యᵓ㐀 ά㻌ື
䠄㻮㼛㼐㼥㻌㻲㼡㼚㼏㼠㼕㼛㼚㼟
䠃䚷㻮㼛㼐㼥㻌㻿㼠㼞㼡㼏㼠㼡㼞㼑㼟䠅 䠄㻭㼏㼠㼕㼢㼕㼠㼕㼑㼟䠅
きる」ことのプラス面の包括用語として加えられた。つまり、ICF は病者 ・ 障害 者のマイナス面のみに注目するのではなく、プラス面(健常な機能 ・ 能力 ・ 参加 状況、さらにはプラスの環境因子)に重点を置いて見ていくことを示しているので ある
4。
このようなことから、「2015 年の高齢者介護―高齢者の尊厳を支えるケアの確立 に向けて」
5でも、ICF を踏まえた日常生活の自立度向上を重視した個別プログラム が提供されており、障害者自立支援法(現障害者総合支援法)
6のケアマネジメント も ICF を用いることをひとつの要素としている。
ただし、ICF は人の生きることを客観的に分類する重要なツールだが、利用者 の主観的次元、すなわち、 「障害のある人の心の中に存在する悩み ・ 苦しみ ・ 絶望感、
利用者の想いや考えなどの要素が不十分」との指摘がある。たとえば、上田
7は以 前の ICIDH では障害のある人の「機能障害」「能力障害」「社会的不利」の部分に のみ注目していたが、これらの人の心のなかには「無用な人間」「社会の厄介もの」
「生きる価値のない」「死んだほうがいい」という気持ちに悩まされ続け、客観的な 障害の克服に向けた工夫や努力が困難になる場合が多いと述べている。つまり、客 観的次元のみで判断してしまうと、そういう状態を、「意欲がない」と決めつけて、
あたかも怠けているかのように非難してしまうことになるのだという。
換言すれば、主観的次元が欠けた客観的世界だけの障害の捉え方は一面的である ということになる。そして、このことは ICF 成立後においても残された緊急課題 として、「生活機能と障害の主観的次元」「第三者の障害(家族、親族、友人、利害 関係者などに及び、本人にもはね返る障害)」の視点が必要なことを挙げている
8。 したがって、対人援助者は ICF における健康状態の分類とともに主観的部分をも 念頭に置きながら支援することが重要となるのである。
4 上田敏「《特別講演》新しい障害概念と 21 世紀のリハビリテーション医学―ICIDH から ICF へ」
(『リハビリテーション医学会誌』社団法人日本リハビリテーション医学会、2002 年、123 頁)
5 厚生労働省 ・ 高齢者介護研究会「2015 年の高齢者介護―高齢者の尊厳を支えるケアの確立に向 けて Ⅲ 尊厳を支えるケアの確立への方策」2003 年
6 厚生労働省社会 ・ 援護局障害保健福祉部「障害保健福祉関係主管課長会議 ・ 資料 4-2 相談支援 の手引き」2005 年
7 上田敏「ICF:国際生活機能分類と 21 世紀のリハビリテーション―広島大学医学部保健学科創 立 10 周年記念講演」(『広大保健ジャーナル』Vol.2、広島大学、2002 年、8 頁)
8 上田、前掲講演、127 頁
3. 主観的次元の要素と援助理論
それでは、利用者にとっての主観的次元についてみていきたい。この鍵概念とな るのが「喪失と分離、悲嘆」という心理学的概念である。これらの主な種類を表 1 に示す。
表 1 喪失と分離、悲嘆
①死別など重要な他者の喪失
②母子分離など依存対象との一時的離別
③引っ越しうつ病などを生起させるなじんだ生活環境の喪失
④夢や希望、期待、生きがいなど内面的な支えの喪失
⑤失明など身体機能の喪失
⑥手術や自己による身体器官の喪失
⑦成熟や加齢に伴う喪失
⑧自己の死という全面的 ・ 究極的な喪失
⑨その他
山本力「展望:欧米における『喪失と分離、悲嘆』理論の展開」
9より筆者作成
筆者は、先行研究より「喪失と分離、悲嘆」に該当する死や障害、また終末期や 離別、迫害など人生の危機に陥った時には、類似した苦痛の過程があることを明ら かにした
10。それは表 2 に示したとおりだが、キューブラー=ロス(Kubler-Ross)
の死の受容過程では、否認[ショックから否認]―怒り―取引―抑うつ―受容に分 類され
11、スティーブン ・ フィンク(Fink SL)の障害のステージ理論では、ショッ
9 山本力「展望:欧米における『喪失と分離、悲嘆』理論の展開―保健福祉領域における心理学 的貢献の可能性」(『岡山県立大学保健福祉学部紀要』第 1 巻 1 号、岡山県立大学、1994 年、1 頁)
10 中澤秀一「介護福祉の専門性とスピリチュアルケア」 (『介護福祉教育』第19巻第2号・通巻37号、
日本介護福祉教育学会、2014 年、18-20 頁
11 詳細は、E・ キューブラー = ロス『死ぬ瞬間―死にゆく人々との対話』(川口正吉訳、読売新聞
社、1997 年、65-169 頁)を参照のこと。
ク―防御的退行―承認―適応
12。また、上田敏の障害受容の諸段階は、ショック期
―否認期―混乱期―解決への努力期―受容期となっている
13。さらに、エリカ ・ シ ューハート(Erika Schuchardt)
14では対象が広がり、病気や障害、終末期、離別 や迫害を受けた人までもが同様の過程(曖昧―確信―攻撃―交渉―うつ―受容―行 動―連帯)を辿るとしている。
したがって、これらから上田のいう主観的次元とは、一時的なものでなく永続的 に元に戻らない(不可逆的)原因に対して絶望した苦痛の過程といえるのである。
そこで、筆者はこれら過程の状況、援助者への注意点 ・ 対応の指標としてⅠ~Ⅳに ステージ分類した。(表 2)
まず、これらのステージ分類で特に重要なことを述べると、キューブラー=ロス 理論では受容や適応、受容期、連帯などの最終ステージまで到達している例は全体 数からみるとほんの少数でしかないということである。また、エリカ ・ シューハー トでは、それに加えステージⅡを経験しない事例は誰もステージⅣや最終ステージ
Ⅴに到達しておらず、ステージⅠ~ステージⅢをさまよい続けるとしている。
ただし、いずれにしても、すべての事例がこの過程を一人で歩むことは考えられ ず、専門職などのケアを受けているはずだが、大多数が最終ステージまで到達しな いということはケアする側の大多数も人生の危機に対する痛みへのケアの能力が欠 けていることの表れといえる。
次に、各ステージにおける状況と注意点を述べていく。まずステージⅠ(ショッ ク)~Ⅱ(感情の嵐)にかけては、ショックからパニックとなり、認知構造の崩壊 や感情の鈍麻、離人症的状態にもなる。そして、障害者と同一視されることへの強 い反発や、健常者への嫉妬 ・ 羨望をもつなど他者との関係性が崩れ、また、計画や 思考能力、状況理解力の低下、退行的、依存症など自律性を狭めている。この段階 での支援は、危機という極限状態で如何に精神的安定を保つかが課題となる。しか し、対象者が真実を理性的に受け入れるか、心情的に耐えられる状態かは不明なの で、説得などにより現実と対決させることは破局に追い込んでしまうことになる。
12 山勢博彰「ICU・CCU におけるメンタルケア―看護にいかす危機理論 ・ 第 7 回フィンクの危機 モデル」(『HEART nursing 2001』Vol.14,No.11 [1037]、メディカ出版、2001 年、13-16 頁)
13 上田敏「障害の受容―その本質と諸段階について(『総合リハビリテーション』8 巻 7 号、医学 書院、1980 年、517-520 頁)
14 エリカ ・ シューハート『なぜ わたしが?』山城順訳、長崎ウエスレヤン大学、2011 年、202
頁
表 2 ステージ分類と状況 ・ 注意点 ステ ー ジ 研究 者 シ ョッ ク
(ステージⅠ)感 情 の嵐
(ステージⅡ)喪 失感
(ステージⅢ)受容
(ステージⅣ)構造 改革
(ステージⅤ)F i n k S L シ ョッ ク 防 御 的 退行 承認 適応 マズ ロ ー の 動 機 づ け 理 論 が 土 台。 外 傷 性 脊 髄 損 傷 から 機 能 不 全 、 シ ョッ ク 性 危 機 の ケ ース に 対す る 臨床 研 究 や 喪 失 に 関 す る文 献 研 究 よ り 障 害 受 容 に い た る プ ロ セ スモ デ ル 。 実 証 的 研 究や 幅 広い 領 域か ら の 検 証 は 受 け て いな い。
状 況
シ ョッ ク は 、 心 理 的 な 警 鐘 とし て 引 き 起 こ さ れ る も の で 、現 実の 危 険 を 察 知 し 、 自己 保 存 へ の 驚 異 を 体 験 する 段 階 。 現 実 は 対 処 で き な い ほ ど 急 激 で、 結 果 的 に 生 ず る 無 気 力と 不 安 の た め に パ ニッ ク に な る 場 合 も あ る。 認 知 構 造 の 崩壊 が 起 こ り 、 計画 と 思 考 能 力、 状 況 理 解 力 の 低 下 を 示 す。
シ ョ ッ ク に 伴 っ て 経 験 して い る圧 倒 的 な 状 況 に 耐 え る こ と がで き な い 段階 。「 私 は 依 然 と し て 私 で あ る 」「 実 際 に は 変 わ っ てい な い 、 こ れ は ち ょ っ とし た 一 時 的 な も の だ 」 など と 自 分 を 安 心 さ せ よう と す る 。 現 実 を 避 け 、 否 定し 、 希 望 的 思 い に ふ け る よう に な る 。 無 関 心 や 非 現 実 的 な 多 幸 感 を 抱 く場 合 も あ り 、 あ る 意味 で は 情緒 的 に 安 定 し て い る よう に み え る 。 逃 避 の メカ ニ ズ ム は 生 じ た不 安 の 削 減に よ っ て 実 際 に 強 化 され る 。
も は や 以 前 に は 戻 れ ず、 期 待 する 身 体 的 変 化 も な い こ とを 知 り 、 他 者 は 非 現 実 的 な 信 念 の 支 持 を や め る。 改 めてス ト レ ス フ ル な 状 況 に さ ら さ れ 、 好 む と 好 まざ る と に か か わ ら ず、 現 実 か ら 逃 避 で き な い こ と を 知 る 。「 も は や 以 前 の 私 で は な い」 と 感じ 、 今 の 自 分 自 身 を 卑 下 す る よう に な る 。 感 情 的 に は 抑 う つ 的 に な り、 喪 失 感 を伴 っ て悲 痛 な 感 覚 を 覚 え る 。無 感 動 や 動 揺 、苦 し み、 悲 哀 、 強 い 不 安 など の 感 情 を 示 す 。 失 っ た も の はあ る が 、 な お残 存 す る 機能 が あ る こ とを 認 知 し 、 変 化 し た 現 実 に 対 し 再 認 識 し な が ら 再 構 築 が 促 され る 。
新 し い 自 己 イメ ー ジ と 価 値 観 を 築 く段 階 。 自 分 自 身 を 試 し、 己 の 資 源 を 追求 し 、現 実の 限 界 と 可 能 性 とを 対 比 さ せ 新 し い 適 応 を 企 て る。 満 足 感 を 経 験 し、 不 安 や 抑 う つ は 徐 々 に 減 少。 思 考と 計 画 が 現 実 の 資 源 と将 来 の 可 能 性 に よ り 再 構 築 され 、 未 来 に 向 け た 展 望 を 抱 くよ う に な る。 危 機 を 肯 定 的 に と ら え、 積 極 的 に 価 値 が あ る と 認 識 す る。 危 機 が 人 生 を より 深 く 理 解 す る た め の イ ベ ント だ っ たと 認 識 し 、 今 後 の 危 機 に 対 処 する 準 備 だ と 思 う よう に な る 。
注 意 点
障 害 が 一 時 的 な の か 永 久 的 な の か は まだ わ か ら な い 状 態 に あ る。 治 療 の 焦 点 は 障 害 へ 向 く。 生 体 の 正 常 な 機 能 が 冒 され る か 否 か は そ の人 の 生 命 力 次 第 。
こ の 段 階 で 力 の バ ラン ス を 崩 す よ う な も のは、 脅 威 と し て 認 知 さ れ 、 怒 りを 伴 っ た 反 応 を 示 す。 思 考 は 固 定 し 、 自己 の 生 活 様 式 や 価 値 、 目 標 を 変 え る こ と に 抵 抗 する 。 こ の よう な 防 衛 的 な 反 応 は 、 身 体 的 に 回 復 して い る と い う実 感 が あ る た め に 助 長 さ れ る 。極 度 な 動 揺 と 無意 味 な 感 情 に とら わ れ 、 そ の 状 況 に 圧 倒 さ れ る と自 殺 を 企 て る こ とも あ る 。
こ の段 階 で は 、あ え て 冒 険 を 冒 す こ とも あ る か もし れ な い が 、 こ れ は 、 より 満 足 の い く 成 長 志 向的 な 生活 を 脅 か す と い う1 つ の 挑 戦 的 手 段 か もし れ な い 。
el is ab et h K ub ler -R os s 否認 (シ ョ ッ ク か ら 否認 ) 怒り 取引 抑 うつ 受容
200人もの末期癌 患者へのインタビ ューを通し、死を 告知された人間が どのような精神状 態を経て自らの死 に向き合っていく 「死の受容のプロ セス」を提唱状 況
予期しない衝撃的なニュ ースを聞かされた時の緩 衝装置・普通一時的な自 己防衛(患者が生につい てつじつまのあったことを 話す、死や死後の話をし たり、突然話題を変えた り、前とは矛盾したことを 話す)。
怒り、憤り、 羨望、恨み などの諸感 情。「なぜ私 を?」怒りが あらゆる方 向へ向けら れ(転位)、 ときとしてほ とんどデタラ メに周囲環 境へ投射さ れる。
患者は過去 の経験から して、良い振 る舞いをす ればそれだ け報奨があ り、特別サ ービス(延命) への願望を 叶えてもらえ るかすかな チャンスがあ ることを知っ ている。人々 ないし神に 対して何か の申し出を し、不可避 の出来事を もう少し伸ば せるかもしれ ない等、何 らかの約束 を結ぶことを 思いつく。
①身体の一部など、 自分の大切なものを 失くした場合等に起 こる喪失感(反応抑 鬱)②末期患者が世 界との訣別を覚悟す るため経験しなけれ ばならない準備的悲 嘆。(準備抑鬱)準備 抑鬱は反応抑うつに 比べ静かな抑鬱。眼 前に迫る物事に関心 を集中しはじめる。患 者の願望と準備とが 一方にあり、他方には 周囲の万一の期待と 努力がある。その食 い違いが、多くの場 合、患者の心の中に 深刻な悲しみと動揺 をきたす。
自分の運命につい て抑鬱もなく怒り も覚えない段階。 嘆きや悲しみも終 え、静かな期待を 持ち自分の終焉を 見つめることがで きる。疲れきり、 多くは衰弱しきっ ている。ほとんど の感情もなく、そ っと一人きりにさ れたいと望む。少 なくとも外部世界 のニュースや問題 で心をかき乱され ないことを願う。 訪問者の数を制限 して欲しいと訴え、 かつ訪問時間の短 いことを望む。
注 意 点
死についての対話は、患 者の心の準備が出来た時 に患者側の申し出で可能 だが、否認態度を取り始 めると直ちに止めなけれ ばならない。
患者の立場 になって考 え、この怒 りがどこから 来るかを考 えようとする 人が極めて 少ない。し たがって、怒 りの対象と は何の関係 もないのに、 個人的に感 情的に受け 取ってしまう ことが悲劇。 援助者側の 個人的な反 応は 自分 の立場を擁 護するため 患者の怒り に油を注ぐ。
取引は本当 は延期する ためのあが き。良い振 る舞いへの 報償としての 延期を得よう とする。患 者は自らに 期限(一度 だけ…など) を付け加え るがこの約 束は守られ ない。たい ていの取引 は神との間 にされ、普 通は秘密と されるか、 言外に述べ られるか、 牧師に持ち 込まれる。
①と②の抑鬱は性質 が異なり、全く違う対 応が必要。①抑鬱の 原因を探り出すと、し ばしば伴う非現実的 な罪責感や羞恥感を 幾分軽くすることも可 能。②では①の励ま しも力づけもあまり役 に立たない。過度の 干渉は患者の情動的 準備を妨げる場合が 多い。明るく、元気を 出そう等の言葉は禁 忌。悲しみの表現を 許すことこそ必要。苦 悩と不安とを苦しみ耐 えた患者だけが、受 容と平和の段階へ到 ることができる。
受容を幸福の段 階と誤認してはな らない。死を回避 したいと闘い否認 するほど受容に達 するのは困難。延 命のチャンスがあ るからという私た ちの願いより、平 安のうちに死にた いと患者が希望す るとき、早すぎる 放棄をどのように 受容と識別するの か?識別できない なら、患者に害を 与え、努力は挫折 となり、死を苦痛 に満ちた最後の経 験にさせてしまう。
ステ ー ジ 研究 者 シ ョッ ク
(ステージⅠ)感 情 の嵐
(ステージⅡ)喪 失感
(ステージⅢ)受容
(ステージⅣ)構造 改革
(ステージⅤ)上田 敏 シ ョッ ク 期 否認 期 混乱 期 解 決 へ の 努 力 期 受容 期 リ ハ ビ リテ ー シ ョン 医 師 の立 場 か ら身 体 障 害 を も つ 患 者・ 障 害 者 に 対 する 臨 床 研 究 お よび 文 献 的 考察
状 況
障害の発生 (発病 ・
受傷)直後に集中 的な医療とケアを 受けている時の心 理状態
。非常に強
い苦痛を感じるか のように想像しが ちだが
、肉体的な
苦痛はありうると しても心理的には 逆に平穏で感情が 鈍麻した無関心な 状態にあることが 多い
。これは一種
の生物学的な保護 反応であり
、現実
とは一枚皮膜を隔 てて接した感じと なり
、しばしば現
実に起こっている ことが自分につい てではないような 離人症的な状態に もなる。
左片麻痺 (右頭
頂葉病変)には 病態失認が多い が 、否認は極端
な例として失認 を含みながらも より多数の
、必
ずしも脳病変を もたない患者に も起こりうる普 遍的な現象であ る 。 ま た 、 否 認
には顕在性およ び潜在性があ り 、後者はよほ
ど注意深く観察 しないと見落と すが
、患者の行
動には大きな影 響を及ぼす
。潜 在性の患者は 、 奇跡を待望し 、
ある朝目覚める と忽然と元の体 に戻っているの では
?という夢
のような期待に すがり
、特に障
害部位の治療で ない残存機能開 発の訓練には熱 心でなく
、しば しば拒否的であ る 。生活目標や
欲求はまだ健常 時とは変わら ず 、障害者と自
分を同一視され ることに強い反 発をもち
、反面
健常者に対し嫉 妬 ・ 羨望をもつ。
また退行的にな りケアを与える 人に依存的にも なりやすい。 圧倒的な現実を到底有効 に否認しきることができ ず 、障害が完治すること
の不可能性を否定しきれ なくなった結果起こって くる時期である
。若い未
熟な障害者ほどなりやす いともいわれる
。この
時期の患者は攻撃性が高 く 、それが外向的 ・他罰 的になって現れると 、自 分の障害が治らないのは 治療が間違っているから だ 、もっと回数や時間を
多くやってくれないから だ 、そもそも発病の最初 の時の治療が失敗したか らこうなったのだ
、等々
とすべてをほかの責任に し 、怒り 、うらみの感情 をぶつける 。逆にそれが 内向的 ・自罰的なかたち で現れると 、今度は自分 を責め 、すべては自分が
悪いのだと考え悲嘆にく れ、
また抑うつ的になり、
時には自殺企図にはし る。
前 向 きの 建 設 的 な 努 力 が 主 に な る時 期。 外 向 的 な 攻 撃 で は 問 題 が 解 決し な い こ と を 悟 り、 一 方 内 向 き の 自 責 は、 自 己 の 責 任 の 自 覚 と し て 、結 局 、自 己 で 努 力し な け れ ば な ら な い こ と を 悟る よ う にな る が 、 そ の 前 提 条 件 とし て 、 A DL の 向 上 、 復 職 の 見 込 み 、 社 会 的 不 利 軽 減の 見 通 し が た つ な ど、 現 実 的 な 明 るい 展 望 が あ る 程 度 必 要 と 思 わ れ る 。
やがて価値の 転換が完成 し 、患者は社 会 (家庭)の
中に何らかの 新しい役割や 仕事を得て
、
活動をはじ め 、その生活
に生きがいを 感ずるように なる。
注 意 点 否認は弱い自我 が圧倒的な現実 に直面してとる 防衛反応
(抑 制)であり 、自
我が弱い間はあ る程度必要であ る。
したがって、
ショック期も含 め 、説得を通じ
て患者を否認の 隠れ家から引っ 張り出し
、現実
に対決させよう とすることは無 益であるばかり でなく
、患者を
破局反応に追い 込むだけに終わ りがちである。 この外向 ・内向のどちら の形をとるかは 、病前の
性格によるところが大き いが
、本質的には表裏一 体のものであり 、1人の 人の中でこの 2 つの傾向 が共存し 、交代して表面 に現れることもある 。ま
た否認期とこの混乱期と の関係も固定的ではな く 、両者の間を往復する こともある 。たとえば 、 治療 (訓練)により少し
でも機能の回復がみられ ると
、それを過大評価し
て完全回復への機能が再 び急に燃え上がり
、一見 明るく 、平静な状態とな る 。これは障害の受容で はなく 、むしろ否認期へ の逆行 、すなわち 、現実 否認 (幻想による)の力
が一時的に盛り返した状 態に過ぎない。
リ ハ ビ リ テ ー シ ョン ・ ス タ ッフ の 責 任 は 価 値 の 転 換 の 過 程 を 援 助し 、 促 進 し て い く こ と に あ る 。 そ のた め には 現 実 的 に 能 力 障 害 と 社 会 的 不 利 を 減 ら し て、 本 人 の 「資 産 価 値 」を 実 質 的 に 高 め る こ と が 重 要 で 、 他 方 で は 援 助( 家 族 を含 む ) 側 が 、 積 極 的 に 本 人 の 中 に 価 値 を 発 見す る こ と が 必 要 と な る。 即 ち 、「 価 値 の 範 囲 の 拡 大 」 「内 的 な 価 値 の 発 見 」「資 産 価 値 の 重 視 」 を本 人 に だ け 要 求 す る の で は な く、 まず 援 助 側 が 本 人 の 価 値 ( 美 点 ) を 発 見し 、 そ れ を 本 人と 家 族 に 伝 え 確 認 さ せ る こ と で あ る。 本 人 が 障害 を 受 容 す る に は 、 ま ず 社 会 や 援 助 側 が その 障 が い 者 を 受 容し な け れ ば なら な い 。
ステ ー ジ 研究 者 シ ョッ ク
(ステージⅠ)感 情 の嵐
(ステージⅡ)喪 失感
(ステージⅢ)受容
(ステージⅣ)構造 改革
(ステージⅤ)上田 敏 シ ョッ ク 期 否認 期 混乱 期 解 決 へ の 努 力 期 受容 期 リ ハ ビ リテ ー シ ョン 医 師 の立 場 か ら身 体 障 害 を も つ 患 者・ 障 害 者 に 対 する 臨 床 研 究 お よび 文 献 的 考察
状 況
障害の発生 (発病 ・
受傷)直後に集中 的な医療とケアを 受けている時の心 理状態
。非常に強
い苦痛を感じるか のように想像しが ちだが
、肉体的な
苦痛はありうると しても心理的には 逆に平穏で感情が 鈍麻した無関心な 状態にあることが 多い
。これは一種
の生物学的な保護 反応であり
、現実
とは一枚皮膜を隔 てて接した感じと なり
、しばしば現
実に起こっている ことが自分につい てではないような 離人症的な状態に もなる。
左片麻痺 (右頭
頂葉病変)には 病態失認が多い が 、否認は極端
な例として失認 を含みながらも より多数の
、必
ずしも脳病変を もたない患者に も起こりうる普 遍的な現象であ る 。 ま た 、 否 認
には顕在性およ び潜在性があ り 、後者はよほ
ど注意深く観察 しないと見落と すが
、患者の行
動には大きな影 響を及ぼす
。潜 在性の患者は 、 奇跡を待望し 、
ある朝目覚める と忽然と元の体 に戻っているの では
?という夢
のような期待に すがり
、特に障
害部位の治療で ない残存機能開 発の訓練には熱 心でなく
、しば しば拒否的であ る 。生活目標や
欲求はまだ健常 時とは変わら ず 、障害者と自
分を同一視され ることに強い反 発をもち
、反面
健常者に対し嫉 妬 ・ 羨望をもつ。
また退行的にな りケアを与える 人に依存的にも なりやすい。
圧倒的な現実を到底有効 に否認しきることができ ず 、障害が完治すること の不可能性を否定しきれ なくなった結果起こって くる時期である
。若い未
熟な障害者ほどなりやす いともいわれる
。この
時期の患者は攻撃性が高 く 、それが外向的 ・他罰 的になって現れると 、自 分の障害が治らないのは 治療が間違っているから だ 、もっと回数や時間を
多くやってくれないから だ 、そもそも発病の最初 の時の治療が失敗したか らこうなったのだ
、等々
とすべてをほかの責任に し 、怒り 、うらみの感情 をぶつける 。逆にそれが 内向的 ・自罰的なかたち で現れると 、今度は自分 を責め 、すべては自分が
悪いのだと考え悲嘆にく れ、
また抑うつ的になり、
時には自殺企図にはし る。
前 向 きの 建 設 的 な 努 力 が 主 に な る時 期。 外 向 的 な 攻 撃 で は 問 題 が 解 決し な い こ と を 悟 り、 一 方 内 向 き の 自 責 は、 自 己 の 責 任 の 自 覚 と し て 、結 局 、自 己 で 努 力し な け れ ば な ら な い こ と を 悟る よ う にな る が 、 そ の 前 提 条 件 とし て 、 A DL の 向 上 、 復 職 の 見 込 み 、 社 会 的 不 利 軽 減の 見 通 し が た つ な ど、 現 実 的 な 明 るい 展 望 が あ る 程 度 必 要 と 思 わ れ る 。
やがて価値の 転換が完成 し 、患者は社 会 (家庭)の
中に何らかの 新しい役割や 仕事を得て
、
活動をはじ め 、その生活
に生きがいを 感ずるように なる。
注 意 点 否認は弱い自我 が圧倒的な現実 に直面してとる 防衛反応
(抑 制)であり 、自
我が弱い間はあ る程度必要であ る。
したがって、
ショック期も含 め 、説得を通じ
て患者を否認の 隠れ家から引っ 張り出し
、現実
に対決させよう とすることは無 益であるばかり でなく
、患者を
破局反応に追い 込むだけに終わ りがちである。
この外向 ・内向のどちら の形をとるかは 、病前の 性格によるところが大き いが
、本質的には表裏一 体のものであり 、1人の 人の中でこの 2 つの傾向 が共存し 、交代して表面 に現れることもある 。ま
た否認期とこの混乱期と の関係も固定的ではな く 、両者の間を往復する こともある 。たとえば 、 治療 (訓練)により少し
でも機能の回復がみられ ると
、それを過大評価し
て完全回復への機能が再 び急に燃え上がり
、一見 明るく 、平静な状態とな る 。これは障害の受容で はなく 、むしろ否認期へ の逆行 、すなわち 、現実 否認 (幻想による)の力
が一時的に盛り返した状 態に過ぎない。
リ ハ ビ リ テ ー シ ョン ・ ス タ ッフ の 責 任 は 価 値 の 転 換 の 過 程 を 援 助し 、 促 進 し て い く こ と に あ る 。 そ のた め には 現 実 的 に 能 力 障 害 と 社 会 的 不 利 を 減 ら し て、 本 人 の 「資 産 価 値 」を 実 質 的 に 高 め る こ と が 重 要 で 、 他 方 で は 援 助( 家 族 を含 む ) 側 が 、 積 極 的 に 本 人 の 中 に 価 値 を 発 見す る こ と が 必 要 と な る。 即 ち 、「 価 値 の 範 囲 の 拡 大 」 「内 的 な 価 値 の 発 見 」「資 産 価 値 の 重 視 」 を本 人 に だ け 要 求 す る の で は な く、 まず 援 助 側 が 本 人 の 価 値 ( 美 点 ) を 発 見し 、 そ れ を 本 人と 家 族 に 伝 え 確 認 さ せ る こ と で あ る。 本 人 が 障害 を 受 容 す る に は 、 ま ず 社 会 や 援 助 側 が その 障 が い 者 を 受 容し な け れ ば なら な い 。
ステ ー ジ 研究 者 シ ョッ ク
(ステージⅠ)感 情 の嵐
(ステージⅡ)喪 失感
(ステージⅢ)受容
(ステージⅣ)構造 改革
(ステージⅤ)Er ik a Sch uch ar dt 曖昧 確信 攻 撃 交渉 うつ 受容 行動 連帯 過去 1 世紀 に わ た る世 界 各 地 の 2000 冊 を 越 える 伝 記 的 に まと め ら れた 生 活史 と 6000 の 推 定 さ れた 生 活史 の 分 析 か ら、 人 生 の 危 機 に見 舞 わ れ た 人 々 の 心 が たど る 過 程 に は 8つ の 段 階 が ある と いう普 遍 的 事 実 を 螺 旋 で 象 徴的 に 表現
状 況
ショック状態。思い がけない苦しみに直 面し、激しい不安に 襲われる。無意識 に経験者の対応事 例に助けを求め、身 を守り、避難所を作 り、合理的な儀式 を行い、危機の原 因を駆逐するため、 あらゆることを休み なく行おうとする。 そのようなことがあ ってはならない、あ るはずがないと考え る。危機に向き合え ず、さまざまな防衛 メカニズムを作り続 けることにより避難 所を設けようと苦闘 する。曖昧状態が、 キューブラー=ロスの 「事実を認めようとせ ず孤立すること」と いう意識的にではな く、半意識的な状 態や未だ認識でき ないまま危機を否認 し続けている状態。 更に詳しく分類する と、この局面は、並 行する、一緒になる、 交差する等、様々に 絡みあう。(これら の局面の継続時間 は一様ではない) (1)無知「それは たいした問題ではな い」事を大げさに否 定的に捉えることは なかろうと考え、疑 念が湧いても軽視。 しかしこの状態はす ぐに変化する。(2) 不安「やはり問題か もしれない」疑念を 否定できない→安心 できる事例を探し解 釈し不安を解消しよ うとする。(3)拒絶 「まちがいではなか ろうか」確実に迫っ てくるものを拒む→ 安心できるものだけ を見て全ての疑念を 無視。
人生の可能性 喪失が不可 避に確実とな る。しかし、 以前と同じよ うに生活を続 けるために、 真実を受け入 れる体制では あるものの、 あり得ないこ とは承知の上 で、あらゆる 兆候が何かの 間違えであっ たと判明する のではないか という希望を 持って日々を 過ごす。
苦しみには限 りがない。こ のような意識 化の作業は荒 れ狂う感情の 嵐に翻弄され る。そして、 自己の感情に 押しつぶされ そうになる。 その感情を周 囲の人間にた たきつける場 合も少なくな い。このよう な攻撃の真の 対象は、危機 の原因である が、それに対 して手出しを することはで きない。その ため、攻撃を 向けるべきか わりになる対 象が求められ ることとなり、 手近にあるす べてのものが 標的とされる。
攻撃の中で 解放された 感情的な力 は行動へと 向かう。= 立ち直るた めに考えら れる限りのさ まざまな対 策が手当た り次第にと られることと なる。 ①医療機関 を転々とする 「医者のデパ ート」めぐり。 大勢の医者、 外国の専門 家、民間療 法など誰に でも治療を 求める→高 額なお金を 費やしても一 縷の望みに かける→家 庭崩壊さえ 導く。 ②「奇跡の 道」の探究。 ルルドへの 巡礼、礼拝 での按手、 誓約、教会 や人道施設 へのすべて の資産の寄 付、修道院 入会の誓願、 徹底的な回 心の誓い。
「医者のデパー ト」巡りや「奇 跡の道」で行 ったすべては、 遅かれ早かれ そのいずれも が徒労であっ たことが明ら かになる。失 われてしまった ものが、理性 的にだけでだ けではなく心 情的にも理解 されるようにな り絶望と断念 の深みに沈み 込む。 2つの鬱 ①喪失体験の 受け入れ もう歩くことが できない。待 ちこがれてい る健康な子を もつことはな い。などの喪 失、人生の目 標の崩壊に悲 嘆する鬱。 ②将来の人生 の制約の予見。 もう行くことは ない仕事場の こと。社会階 層を落下するこ と。夫や妻とし ての意味の喪 失などを悲嘆 する鬱。 自分が見捨て られるのでは ないかという 不安とあきら めのなかで、 とりもどすこと のできない損 失を否定しよ うとするあらゆ る試みは、最 終的に放棄さ れることにな る。
この段階 は、極限の 体験の意 識化。余 力は残され ておらず、 茫然自失 状態であり 終局にたど り着いた。 しかし、開 放されたよ うに新しい 展望を開く 準備がで きている。 何物にもと らわれず 自己を振り 返りながら も、自分自 身を捨て去 ることで、 何かが育 ち始める。 自身が今 なお存在し ていること に気づき、 自分一人で はないこと、 自分の能力 を利用でき ることに感 動し、自分 の思考能 力や感情な ど人間とし ての十分な 能力を忘れ ていたこと に気づく。 わたしは私 を受け入 れ、私個 人の独自 性と共に生 きる。
被害者は 何を持って いるかが 大切では なく、持っ ているもの で何をする かが重要 なことを理 解する。 独自性をも って生きよ うとするこ とは、独 自性に逆ら い戦ってき た力を解 放すること であり、そ れによって 行動が促 される。こ れまでの 経験をも とに、自 分のなか で直接的・ 間接的に、 価値と規 範の再編 と構造改 革が行わ れる。
被害者は、そ れぞれの局面 において、適 切なケアを受 ければ時と共 に社会のなか で責任ある行 動をしようと思 うようになる。 活動領域や、 本人の独自性 はより広い生 活圏との関わ りのなかで認 知されるよう になる。 障害となるも のは背後に退 き、社会的な 活動領域が意 識され、共同 での行動に目 が向けられる。
注 意 点
(2)不安:この局面 には、当人の周囲に、 医師や隣人、他の 患者など、既に事態 を理解した人がいる ことが少なくない。 事態を理解している 人の態度は将来に おける信頼関係の 成否を左右する。増 幅する不安から真実 を受け入れる能力が 生まれると考えられ るが、実際は危機 に直面したことから 自己防衛力を高める ことになる。(3)拒 絶:少しずつ真実を 伝えられても無意識 の了解事項を言語 化することが生じな い。ケアのプロセス が欠けている場合 は真実を発見するま でに長い時間を要す る。適切なケアがあ れば、危機対処は 中断され、社会的 な孤立に至る危機 を回避するための転 換点が設けられるこ ととなる。
理性的な認識 と感情的な理 解に生じた齟 齬の解消をは かる上で重要 な役割を果た す時期。その ためには、被 害者自身が本 当のことを話 したいという 合図を出さな ければならな い。自己防衛 に働く感情が 抑え込まれる ことで、真実 を理性的に受 け入れるか、 あるいは心情 的にも十分耐 えられる状態 かどうかは不 明。どのよう に向き合うか は援助者の 許容力、コミ ュニケーショ ン能力、癒し の能力や、極 限状態でも揺 るがず精神的 安定を保てる のかという問 題でもある。 本人が真実を 耳にしても、 動揺すること なく対処しよ うとする状態 にあれば、あ りのままの真 実を知ること は当然の権利 である。
曖昧状態で、 早期から問題 を認識してい た周囲の同情 から誤った対 応をし、その ために被害者 の事態に対す る否認を助長 したのと同様 に、攻撃の局 面では被害者 の抗議を導く。 その抗議が、 自分の押しつ ぶされそうな 感情への抵抗 と周りの人に 受けとめられ なければ、被 害者はさらに 攻撃性を強め、 それによって 周りの人たち を苦しめるこ とになる。適 切なケアが欠 けている場合 =感情に押し つぶされ自己 破壊に向かう。 周りの人のとげ とげしい表現 によって孤立 を余儀なくさ れる。否定的 な感情は自分 自身に向き無 感動なあきら めの状態に落 ち込む。攻撃 の局面が危機 対処の学習プ ロセス全体の 中できわめて 重要な意味を 持っている。
被害者の最 後の抵抗と して理解さ れるべき。 被害者が一 人きりでその 人生を歩ま ねばならな いとしたら… 物質的にも 精神的にも すべてが失 われる「一 掃セール」 に終わるこ とも少なく ない。逆に、 周りからこの 反射的行動 が理解され、 それに対す る対応法が 習得されて いる場合は、 失望の多く を回避する ことが可能。
この作業は運 命を受け入れ るための準備 であり、方向 を転換し、自 身の内面へと 向かい、自分 自身と出会う ための転機。 このような自分 自身の発見か ら苦しみの経 験に距離をお き、それに対 する新たな行 動を自ら構想 するための余 裕が生じる。
受容は単 なるあきら めでではな く、同意さ れた容認 でもない。
これまで の視点が 変更され た。
この最後の局 面まで到達す る人は限られ ており、まだ 被害にあって いない人に至 ってはこの局 面にまで達す る人は希であ る。
ステ ー ジ 研究 者 シ ョッ ク
(ステージⅠ)感 情 の嵐
(ステージⅡ)喪 失感
(ステージⅢ)受容
(ステージⅣ)構造 改革
(ステージⅤ)Er ik a Sch uch ar dt 曖昧 確信 攻 撃 交渉 うつ 受容 行動 連帯 過去 1 世紀 に わ た る世 界 各 地 の 2000 冊 を 越 える 伝 記 的 に まと め ら れた 生 活史 と 6000 の 推 定 さ れた 生 活史 の 分 析 か ら、 人 生 の 危 機 に見 舞 わ れ た 人 々 の 心 が たど る 過 程 に は 8つ の 段 階 が ある と いう普 遍 的 事 実 を 螺 旋 で 象 徴的 に 表現
状 況
ショック状態。思い がけない苦しみに直 面し、激しい不安に 襲われる。無意識 に経験者の対応事 例に助けを求め、身 を守り、避難所を作 り、合理的な儀式 を行い、危機の原 因を駆逐するため、 あらゆることを休み なく行おうとする。 そのようなことがあ ってはならない、あ るはずがないと考え る。危機に向き合え ず、さまざまな防衛 メカニズムを作り続 けることにより避難 所を設けようと苦闘 する。曖昧状態が、 キューブラー=ロスの 「事実を認めようとせ ず孤立すること」と いう意識的にではな く、半意識的な状 態や未だ認識でき ないまま危機を否認 し続けている状態。 更に詳しく分類する と、この局面は、並 行する、一緒になる、 交差する等、様々に 絡みあう。(これら の局面の継続時間 は一様ではない) (1)無知「それは たいした問題ではな い」事を大げさに否 定的に捉えることは なかろうと考え、疑 念が湧いても軽視。 しかしこの状態はす ぐに変化する。(2) 不安「やはり問題か もしれない」疑念を 否定できない→安心 できる事例を探し解 釈し不安を解消しよ うとする。(3)拒絶 「まちがいではなか ろうか」確実に迫っ てくるものを拒む→ 安心できるものだけ を見て全ての疑念を 無視。
人生の可能性 喪失が不可 避に確実とな る。しかし、 以前と同じよ うに生活を続 けるために、 真実を受け入 れる体制では あるものの、 あり得ないこ とは承知の上 で、あらゆる 兆候が何かの 間違えであっ たと判明する のではないか という希望を 持って日々を 過ごす。
苦しみには限 りがない。こ のような意識 化の作業は荒 れ狂う感情の 嵐に翻弄され る。そして、 自己の感情に 押しつぶされ そうになる。 その感情を周 囲の人間にた たきつける場 合も少なくな い。このよう な攻撃の真の 対象は、危機 の原因である が、それに対 して手出しを することはで きない。その ため、攻撃を 向けるべきか わりになる対 象が求められ ることとなり、 手近にあるす べてのものが 標的とされる。
攻撃の中で 解放された 感情的な力 は行動へと 向かう。= 立ち直るた めに考えら れる限りのさ まざまな対 策が手当た り次第にと られることと なる。 ①医療機関 を転々とする 「医者のデパ ート」めぐり。 大勢の医者、 外国の専門 家、民間療 法など誰に でも治療を 求める→高 額なお金を 費やしても一 縷の望みに かける→家 庭崩壊さえ 導く。 ②「奇跡の 道」の探究。 ルルドへの 巡礼、礼拝 での按手、 誓約、教会 や人道施設 へのすべて の資産の寄 付、修道院 入会の誓願、 徹底的な回 心の誓い。
「医者のデパー ト」巡りや「奇 跡の道」で行 ったすべては、 遅かれ早かれ そのいずれも が徒労であっ たことが明ら かになる。失 われてしまった ものが、理性 的にだけでだ けではなく心 情的にも理解 されるようにな り絶望と断念 の深みに沈み 込む。 2つの鬱 ①喪失体験の 受け入れ もう歩くことが できない。待 ちこがれてい る健康な子を もつことはな い。などの喪 失、人生の目 標の崩壊に悲 嘆する鬱。 ②将来の人生 の制約の予見。 もう行くことは ない仕事場の こと。社会階 層を落下するこ と。夫や妻とし ての意味の喪 失などを悲嘆 する鬱。 自分が見捨て られるのでは ないかという 不安とあきら めのなかで、 とりもどすこと のできない損 失を否定しよ うとするあらゆ る試みは、最 終的に放棄さ れることにな る。
この段階 は、極限の 体験の意 識化。余 力は残され ておらず、 茫然自失 状態であり 終局にたど り着いた。 しかし、開 放されたよ うに新しい 展望を開く 準備がで きている。 何物にもと らわれず 自己を振り 返りながら も、自分自 身を捨て去 ることで、 何かが育 ち始める。 自身が今 なお存在し ていること に気づき、 自分一人で はないこと、 自分の能力 を利用でき ることに感 動し、自分 の思考能 力や感情な ど人間とし ての十分な 能力を忘れ ていたこと に気づく。 わたしは私 を受け入 れ、私個 人の独自 性と共に生 きる。
被害者は 何を持って いるかが 大切では なく、持っ ているもの で何をする かが重要 なことを理 解する。 独自性をも って生きよ うとするこ とは、独 自性に逆ら い戦ってき た力を解 放すること であり、そ れによって 行動が促 される。こ れまでの 経験をも とに、自 分のなか で直接的・ 間接的に、 価値と規 範の再編 と構造改 革が行わ れる。
被害者は、そ れぞれの局面 において、適 切なケアを受 ければ時と共 に社会のなか で責任ある行 動をしようと思 うようになる。 活動領域や、 本人の独自性 はより広い生 活圏との関わ りのなかで認 知されるよう になる。 障害となるも のは背後に退 き、社会的な 活動領域が意 識され、共同 での行動に目 が向けられる。
注 意 点
(2)不安:この局面 には、当人の周囲に、 医師や隣人、他の 患者など、既に事態 を理解した人がいる ことが少なくない。 事態を理解している 人の態度は将来に おける信頼関係の 成否を左右する。増 幅する不安から真実 を受け入れる能力が 生まれると考えられ るが、実際は危機 に直面したことから 自己防衛力を高める ことになる。(3)拒 絶:少しずつ真実を 伝えられても無意識 の了解事項を言語 化することが生じな い。ケアのプロセス が欠けている場合 は真実を発見するま でに長い時間を要す る。適切なケアがあ れば、危機対処は 中断され、社会的 な孤立に至る危機 を回避するための転 換点が設けられるこ ととなる。
理性的な認識 と感情的な理 解に生じた齟 齬の解消をは かる上で重要 な役割を果た す時期。その ためには、被 害者自身が本 当のことを話 したいという 合図を出さな ければならな い。自己防衛 に働く感情が 抑え込まれる ことで、真実 を理性的に受 け入れるか、 あるいは心情 的にも十分耐 えられる状態 かどうかは不 明。どのよう に向き合うか は援助者の 許容力、コミ ュニケーショ ン能力、癒し の能力や、極 限状態でも揺 るがず精神的 安定を保てる のかという問 題でもある。 本人が真実を 耳にしても、 動揺すること なく対処しよ うとする状態 にあれば、あ りのままの真 実を知ること は当然の権利 である。
曖昧状態で、 早期から問題 を認識してい た周囲の同情 から誤った対 応をし、その ために被害者 の事態に対す る否認を助長 したのと同様 に、攻撃の局 面では被害者 の抗議を導く。 その抗議が、 自分の押しつ ぶされそうな 感情への抵抗 と周りの人に 受けとめられ なければ、被 害者はさらに 攻撃性を強め、 それによって 周りの人たち を苦しめるこ とになる。適 切なケアが欠 けている場合 =感情に押し つぶされ自己 破壊に向かう。 周りの人のとげ とげしい表現 によって孤立 を余儀なくさ れる。否定的 な感情は自分 自身に向き無 感動なあきら めの状態に落 ち込む。攻撃 の局面が危機 対処の学習プ ロセス全体の 中できわめて 重要な意味を 持っている。
被害者の最 後の抵抗と して理解さ れるべき。 被害者が一 人きりでその 人生を歩ま ねばならな いとしたら… 物質的にも 精神的にも すべてが失 われる「一 掃セール」 に終わるこ とも少なく ない。逆に、 周りからこの 反射的行動 が理解され、 それに対す る対応法が 習得されて いる場合は、 失望の多く を回避する ことが可能。
この作業は運 命を受け入れ るための準備 であり、方向 を転換し、自 身の内面へと 向かい、自分 自身と出会う ための転機。 このような自分 自身の発見か ら苦しみの経 験に距離をお き、それに対 する新たな行 動を自ら構想 するための余 裕が生じる。
受容は単 なるあきら めでではな く、同意さ れた容認 でもない。
これまで の視点が 変更され た。
この最後の局 面まで到達す る人は限られ ており、まだ 被害にあって いない人に至 ってはこの局 面にまで達す る人は希であ る。