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平成24年度 青森県埋蔵文化財発掘調査報告会

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Academic year: 2021

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表紙:土器内出土のヒスイ製大珠 ( 水上 (2) 遺跡 )

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平成24年度 青森県埋蔵文化財発掘調査報告会 日程

日 時 : 1 2 月 8 日(土)   受 付 開 始 (1)ス ラ イ ド 等 に よ る 発 掘 調 査 報 告 (大 研 修 室)     開 催 挨 拶 (青 森 県 公 立 発 掘 調 査 機 関 連 絡 協 議 会 会 長)   1   水 上(2)遺 跡      (県 埋 蔵 文 化 財 調 査 セ ン タ ー)   2   大 川 添(3)遺 跡    (県 埋 蔵 文 化 財 調 査 セ ン タ ー)   3   大 川 添(4)遺 跡    (県 埋 蔵 文 化 財 調 査 セ ン タ ー)              質 疑 応 答 ・ 休 憩   4   芦 沢(2)遺 跡 ・ 川 原 平(6)遺 跡            (県 埋 蔵 文 化 財 調 査 セ ン タ ー)   5   薬 師 遺 跡      (県 埋 蔵 文 化 財 調 査 セ ン タ ー)   6   十 三 盛 遺 跡        (県 埋 蔵 文 化 財 調 査 セ ン タ ー)     質 疑 応 答     休 憩 ・ 遺 物 展 示   7   田 小 屋 野 貝 塚      (つ が る 市 教 育 委 員 会)   8   五 月 女 萢 遺 跡      (五 所 川 原 市 教 育 委 員 会)   9   田 代 遺 跡      (八 戸 市 教 育 委 員 会)  10  安 部 遺 跡 (尻 労 安 部 洞 窟)      (慶 應 義 塾 大 学)     質 疑 応 答 ・ 休 憩  11  土 人 長 根 遺 跡   (鰺 ヶ 沢 町 教 育 委 員 会)  12  堀 越 城 跡      (弘 前 市 教 育 委 員 会)  13  蔵 主 町 遺 跡   (県 文 化 財 保 護 課)     質 疑 応 答   (2) 出 土 品 と パ ネ ル 展 示 (第 1 研 修 室)   ・ 報 告 遺 跡 か ら 出 土 し た 遺 物 を パ ネ ル 展 示 と 併 せ て ご 覧 い た だ け ま す。     ※ 本 報 告 会 は 県 民 カ レ ッ ジ 単 位 認 定 講 座 で す。     単 位 認 定 希 望 の 方 は、 受 付 ま で お 知 ら せ 下 さ い。 9:30 10:00 ~ 10:05( 5 分) 10:05 ~ 10:25(20 分) 10:25 ~ 10:40(15 分) 10:40 ~ 10:55(15 分) 10:55 ~ 11:05(10 分) 11:05 ~ 11:20(15 分) 11:20 ~ 11:35(15 分) 11:35 ~ 11:50(15 分) 11:50 ~ 12:00(10 分) 12:00 ~ 13:00(60 分) 13:00 ~ 13:20(20 分) 13:20 ~ 13:40(20 分) 13:40 ~ 14:00(20 分) 14:00 ~ 14:20(20 分) 14:20 ~ 14:30(10 分) 14:30 ~ 14:50(20 分) 14:50 ~ 15:10(20 分) 15:10 ~ 15:30(20 分) 15:30 ~ 15:40(10 分) 10:00 ~ 16:30   編       集       青 森 県 埋 蔵 文 化 財 調 査 セ ン タ ー       〒038-0042 青 森 県 青 森 市 新 城 字 天 田 内 152-15       ℡ :017-788-5701 FAX:017-788-5702   ホ ー ム ペ ー ジ ア ド レ ス http://www.ao-maibun.jp/ 表紙.indd 2 2012/12/05 15:25:18

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目   次

日 程

目 次

平成24年度発表遺跡一覧

 1 水上(2)遺跡………1

 2 大川添(3)遺跡………2

 3 大川添(4)遺跡………3

 4 芦沢(2)遺跡・川原平(6)遺跡………4

 5 薬師遺跡………6

 6 十三盛遺跡………7

 7 田小屋野貝塚………8

 8 五月女萢遺跡………10

 9 田代遺跡………12

 10 安部遺跡 ( 尻労安部洞窟 ) ………13

 11 土人長根遺跡………14

 12 堀越城跡………15

 13 蔵主町遺跡………16

 14 川原平(4)遺跡E区(紙上報告のみ) ………17

用語解説………18

年 表………22

学習情報サービス室 機械室 トイレ 食 堂 出入口 受 付 展 示 ホ | ル ロビー 大研修室 トイレ エレベーター エレベーター ト イ レ スライド 発表会場 テラス

1F

2F

会場のご案内

遺物展示・スライド発表は2階で行います。

第 1研 修 室 遺物展示 会 場 

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番号 遺 跡 名 所 在 地 調査担当機関 調査原因 1 水上(2)遺跡 中津軽郡西目屋村大字砂子瀬字水上 県埋文センター 津軽ダム建設事業 2 大川添 (3)遺跡 中津軽郡西目屋村大字川原平字大川添 県埋文センター 津軽ダム建設事業 3 大川添 (4) 遺跡 中津軽郡西目屋村大字川原平字大川添 県埋文センター 津軽ダム建設事業 4 芦沢(2)遺跡・川原平(6)遺跡 中津軽郡西目屋村大字砂子瀬字芦沢外 県埋文センター 津軽ダム建設事業 5 薬師遺跡 弘前市大字新岡字薬師 県埋文センター 県営一般農道整備事業(山村振興) 6 十三盛遺跡 五所川原市大字新宮字稲村外 県埋文センター 一般国道 101 号五所川原西バイパス建設事業 7 田小屋野貝塚 つがる市木造館岡田小屋野 つがる市教委 史跡整備に伴う内容確認調査 8 五月女萢遺跡 五所川原市相内 五所川原市教委 土砂採取 9 田代遺跡 八戸市南郷区大字島守字番屋 八戸市埋文センター 個人農地造成 10 安部遺跡(尻労安部洞窟) 東通村大字尻労字安部 慶應義塾大学 学術調査 11 土人長根遺跡 西津軽郡鰺ヶ沢町大字明石町 鰺ヶ沢町教委 一般廃棄物最終処分場建設事業 12 13 14 堀越城跡 蔵主町遺跡 川原平 (4) 遺跡E区 弘前市大字堀越字川合・大字川合字岡本 弘前市大字蔵主町 中津軽郡西目屋村大字川原平字福岡 弘前市教委 県文化財保護課 県埋文センター 史跡整備に伴う内容確認調査 県立弘前中央高等学校校舎等改築事業   津軽ダム建設事業 0 50km

平成24年度

発表遺跡一覧

10 安部遺跡 (尻労安部洞窟) 9 田代遺跡 12 堀越城跡 13 蔵主町遺跡 7 田小屋野貝塚 6 十三盛遺跡 8 五月女萢遺跡 11 土人長根遺跡 5 薬師遺跡 14 川原平(4)遺跡E区 1 水上(2)遺跡 2 大川添(3)遺跡 3 大川添(4)遺跡 4 芦沢(2)遺跡・川原平(6)遺跡

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み ず か み

上(2)遺跡

所 在 地 : 中 津 軽 郡 西 目 屋 村 大 字 砂 子 瀬 字 水 上 調 査 機 関 : 青 森 県 埋 蔵 文 化 財 調 査 セ ン タ ー 調 査 期 間 : 平 成 24 年 5 月 8 日 ~ 11 月 20 日 調 査 原 因 : 津 軽 ダ ム 建 設 事 業   - 縄 文 時 代 前 期 ~ 中 期 の 大 規 模 集 落 跡 -   遺 跡 の 概 要   水 上(2)遺 跡 は、 岩 木 川 ( 現 美 山 湖 ) 右 岸 の 標 高 171 ~ 182 m の 段 丘 上、 岩 木 川 と 湯 ノ 沢 川 の 合 流 点 付 近 に 位 置 し ま す。 平 成 18 年 度 か ら 発 掘 調 査 を 実 施 し て お り、 段 丘 の 平 坦 部 お よ び 縁 辺 部 で は、 縄 文 時 代 前 期 末 葉 か ら 後 期 初 頭 ま で の 竪 穴 住 居 跡 や 土 器 埋 設 遺 構、 石 棺 墓、 捨 て 場 な ど が 確 認 さ れ て い ま す。   遺 構 の 種 類   今 年 度 は、 段 丘 の 平 坦 部 と 縁 辺 部 の 調 査 を 実 施 し、 竪 穴 住 居 跡 87 軒、 掘 立 柱 建 物 跡 4 軒、焼 土 遺 構 47 基、土 器 埋 設 遺 構 82 基、石 棺 墓 2 基 の ほ か、多 数 の 土 坑・ピ ッ ト を 検 出 し ま し た。   そ れ ら の 他、 遺 跡 北 端 部 の 標 高 171 ~ 177 m 程 度 の 斜 面 部 に、 東 西 方 向 に 約 120 m の 範 囲 で 捨 て 場 が 広 が っ て い る こ と が 判 明 し ま し た。 土 器 や 石 器 が 多 量 の 土 や 自 然 礫 と と も に 細 か い 単 位 で く り か え し 廃 棄 が 行 わ れ た 結 果、 厚 さ 5 ㎝ か ら 20 ㎝ 程 度 の 層 が 何 層 も 重 な り、 厚 い 地 点 で 1.4 m ほ ど の 堆 積 が 確 認 さ れ ま し た。 時 期 は、 縄 文 時 代 前 期 末 葉 か ら 中 期 後 葉 ( 円 筒 下 層 d 式 ~ 大 木 10 式 併 行 ) に か け て の も の で あ る こ と が わ か り ま し た。 ま た 捨 て 場 の 土 層 中 か ら、 縄 文 時 代 前 期 末 葉 か ら 中 期 前 葉 (円 筒 下 層 d 式 ~ 円 筒 上 層 a 式) の 土 器 埋 設 遺 構 や、 中 期 前 葉 か ら 末 葉 (円 筒 上 層 a 式 ~ 大 木 10 式 併 行) の 竪 穴 住 居 跡、 焼 土 遺 構、 土 坑・ピ ッ ト な ど も 見 つ か っ て い ま す。 捨 て 場 が 遺 物 を 廃 棄 す る 場 と い う だ け で な く、 生 活 の 場 と し て も 利 用 さ れ て い た こ と が 明 ら か に な り ま し た。   遺 物 の 説 明   遺 物 は 段 ボ ー ル 箱 で 約2500箱 出 土 し ま し た。縄 文 時 代 前 期 か ら 中 期 の 土 器 や 石 器 を 主 体 と し て、土 偶、耳 飾 り、ミ ニ チ ュ ア 土 器、石 棒、石 冠、垂 飾 品 な ど が 出 土 し て い ま す。な か で も 特 筆 さ れ る 遺 物 と し て、四 脚 を も つ 土 偶、表 裏 に 線 刻 の あ る 垂 飾 品、ヒ ス イ 製 大 珠 が あ げ ら れ ま す。ヒ ス イ 製 大 珠 は 中 期 後 半 の 小 型 の 土 器 内 に 納 め ら れ た 状 態 で 見 つ か り ま し た。   遺 跡 の 特 徴 及 び 注 目 さ れ る 遺 物 等   竪 穴 住 居 跡 や 石 棺 墓、 捨 て 場 の 調 査 で、 集 落 に お け る 場 の 使 わ れ 方 や そ の 変 遷 を 考 え る 上 で の 重 要 な 手 が か り が 得 ら れ ま し た。 調 査 は 来 年 度 以 降 も 継 続 し て 行 わ れ る た め、 集 落 の 全 体 像 が さ ら に 明 ら か に な る も の と 考 え ら れ ま す。    (加 藤   隆 則) 捨 て 場 の 調 査 風 景 - 1 -

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お お か わ ぞ え

川添(3)遺跡

所 在 地 : 中 津 軽 郡 西 目 屋 村 大 字 川 原 平 字 大 川 添 調 査 機 関 : 青 森 県 埋 蔵 文 化 財 調 査 セ ン タ ー 調 査 期 間 : 平 成 24 年 5 月 8 日 ~ 11 月 20 日 調 査 原 因 : 津 軽 ダ ム 建 設 事 業   - 蓋 に 用 い ら れ た キ ノ コ 形 土 製 品 の 発 見 -   遺 跡 の 概 要   大 川 添(3)遺 跡 は、岩 木 川(現 美 山 湖)左 岸 の 標 高188~192m の 河 岸 段 丘 上 に 立 地 し て い ま す。   本 遺 跡 は、平 成22年 度 か ら 発 掘 調 査 が 行 わ れ て お り、こ れ ま で の 調 査 に よ り 縄 文 時 代 早 期 か ら 晩 期、平 安 時 代 の 遺 構 や 遺 物 が 確 認 さ れ て い ま す が、そ の 中 で も 主 体 と な る の は 縄 文 時 代 中 期 か ら 後 期 で あ る こ と が 判 明 し ま し た。   遺 構 の 種 類   今 年 度 の 発 掘 調 査 で は、 縄 文 時 代 の 竪 穴 住 居 跡 9 軒、 土 坑 56 基、 土 器 埋 設 遺 構 2 基、 焼 土 遺 構 36 基、 配 石 遺 構 15 基 等 の ほ か、 平 安 時 代 の 竪 穴 住 居 跡 2 軒 を 検 出 し ま し た。   遺 物 の 説 明   遺 構 の 内 外 か ら 土 器 や 石 器 等 が 段 ボ ー ル 箱 で170箱 出 土 し ま し た。土 器 は 縄 文 時 代 早 期 か ら 晩 期、平 安 時 代 の も の が 出 土 し ま し た が、縄 文 時 代 中 期 か ら 後 期 が 中 心 で す。石 器 は 石 鏃・石 匙・石 槍・石 篦・ス ク レ イ パ ー・磨 り 石・敲 石・凹 石・石 皿・半 円 状 扁 平 打 製 石 器・磨 製 石 斧・石 錘 等 が 出 土 し ま し た。   遺 跡 の 特 徴 及 び 注 目 さ れ る 遺 物 等   縄 文 時 代 の 遺 構 は 上 ・ 中 面 の 段 丘 か ら 検 出 さ れ、 竪 穴 住 居 跡 や 土 坑 は 段 丘 端 に 並 ぶ よ う に 構 築 さ れ て い ま す。 調 査 区 中 央 付 近 か ら は 平 面 形 が 隅 丸 長 方 形 の 配 石 遺 構 が 検 出 さ れ ま し た。 そ れ と は 別 に 調 査 区 北 東 端 で は 複 数 の 配 石 遺 構 が 並 ん だ 状 態 で 検 出 さ れ ま し た。   平 安 時 代 の 遺 構 は 上 面 の 段 丘 か ら 検 出 さ れ て い ま す。 縄 文 時 代 と 平 安 時 代 で は、 段 丘 の 利 用 に 違 い が あ っ た も の と 考 え ら れ ま す。   注 目 さ れ る 土 器 と し て は、 赤 色 顔 料 入 り の 土 器 が 出 土 し て い ま す。 一 部 剥 落 し て い る 痕 跡 が 見 ら れ る も の の、 そ れ 以 外 は 欠 損 が な い ほ ぼ 完 形 品 の 土 器 で、 キ ノ コ 形 土 製 品 を 蓋 に 用 い て い る の が 特 徴 的 で す。        (齋 藤   正) 赤 色 顔 料 入 り 土 器 の 出 土 状 況 - 2 -

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お お か わ ぞ え

川添(4)遺跡

所 在 地 : 中 津 軽 郡 西 目 屋 村 大 字 川 原 平 字 大 川 添 調 査 機 関 : 青 森 県 埋 蔵 文 化 財 調 査 セ ン タ ー 調 査 期 間 : 平 成 24 年 5 月 8 日 ~ 11 月 20 日 調 査 原 因 : 津 軽 ダ ム 建 設 事 業   -アスファルト入 土 器 が 出 土 し た 縄 文 時 代 後 期 集 落 -   遺 跡 の 概 要   大 川 添(4)遺 跡 は、 岩 木 川 ( 現 美 山 湖 ) 右 岸 の 河 岸 段 丘 上 に あ り、 標 高 は 約 200 m で す。 対 岸 に は 大 川 添(3)遺 跡 が あ り ま す。 調 査 の 結 果、 縄 文 時 代 後 期 前 葉 を 中 心 と し た 集 落 跡 で あ る こ と が 判 明 し ま し た。   遺 構 の 種 類   調 査 の 結 果、 縄 文 時 代 後 期 の 竪 穴 住 居 跡 10 軒、 掘 立 柱 建 物 跡 2 軒、 土 坑 181 基、 土 器 埋 設 遺 構 5 基、 環 状 配 石 遺 構 1 基、 ピ ッ ト 80 基 な ど を 検 出 し ま し た。 ま た、 近 世 の も の と 思 わ れ る 炭 窯 跡 も 検 出 し て い ま す。   遺 物 の 説 明   遺 物 は 段 ボ ー ル 箱 で60箱 出 土 し ま し た。土 器 は 縄 文 時 代 後 期 前 葉 の も の が 多 数 を 占 め て い ま す が、縄 文 時 代 後 期 後 葉 の 十 腰 内 Ⅴ 式 の 完 形 の 注 口 土 器 も 出 土 し て い ま す。ま た、調 査 区 南 側 の 土 坑 か ら は 土 偶・石 棒 な ど の 遺 物 が 出 土 し ま し た。そ の 他、石 鏃、石 匙、石 錐、ス ク レ イ パ ー、石 錘、敲 磨 器 類、有 孔 石 製 品、円 盤 状 土 製 品、切 断 蓋 付 土 器 な ど が 出 土 し ま し た。   遺 跡 の 特 徴 及 び 注 目 さ れ る 遺 物 等   調 査 の 結 果、竪 穴 住 居 跡 及 び 環 状 配 石 遺 構 は 岩 木 川 に 面 し た 西 側 の 縁 辺 部 か ら 検 出 さ れ ま し た。   ま た、中 央 部 付 近 で は 6 本 の 柱 穴 跡 を 伴 う 掘 立 柱 建 物 跡、北 側 で は 亀 甲 形 の 掘 立 柱 建 物 跡、南 側 の 土 坑 か ら は 土 製 品、石 製 品 が 多 く 出 土 し て い ま す。   注 目 さ れ る 遺 物 と し て、竪 穴 住 居 跡 の 床 面 か ら ア ス フ ァ ル ト が 入 っ た 鉢 形 土 器(縄 文 時 代 後 期 前 葉)や 赤 色 顔 料 が 付 着 し た 礫 が あ り ま す。特 に、ア ス フ ァ ル ト は 当 時 の 交 流・交 易 を 知 る 上 で 貴 重 な 資 料 に な る と 思 わ れ ま す。      (大 平   哲 世) ア ス フ ァ ル ト が 入 っ た 土 器 - 3 -

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あ し ざ わ

沢(2)遺跡

所 在 地 : 中 津 軽 郡 西 目 屋 村 大 字 砂 子 瀬 字 芦 沢 調 査 機 関 : 青 森 県 埋 蔵 文 化 財 調 査 セ ン タ ー 調 査 期 間 : 平 成 24 年 5 月 8 日 ~ 9 月 7 日 調 査 原 因 : 津 軽 ダ ム 建 設 事 業   - 土 器 を 埋 設 し た フ ラ ス コ 形 土 坑 群 -   遺 跡 の 概 要   芦 沢(2)遺 跡 は、 岩 木 川 ( 現 美 山 湖 ) 右 岸 の 河 岸 段 丘 上 に 立 地 し ま す。 標 高 は 約 185 m で あ り、 遺 跡 東 側 に 所 在 す る 芦 沢(1)遺 跡 よ り 一 段 低 い 段 丘 面 に 所 在 す る 遺 跡 で す。 本 格 的 な 調 査 は 今 年 度 が 初 め て と な り ま す。   遺 構 の 種 類   竪 穴 住 居 跡 4 軒、 土 坑 49 基、 小 ピ ッ ト ( 柱 穴 )51 基、 焼 土 跡 3 基 が 検 出 さ れ ま し た。 竪 穴 住 居 跡 は 縄 文 時 代 後 期 後 葉 か ら 後 期 末 に か け て、 土 坑 を は じ め と す る そ の 他 の 遺 構 は 縄 文 時 代 中 期 か ら 後 期 に か け て の も の と 思 わ れ ま す。 竪 穴 住 居 跡 の 中 に は、 3 回 建 て 直 し を し て い る も の や、 埋 ま り き ら な い フ ラ ス コ 形 土 坑 を 利 用 し て い る も の な ど が あ り ま す。   遺 物 の 説 明   縄 文 時 代 前 期 か ら 晩 期 に か け て の 土 器・石 器 な ど が、段 ボ ー ル 箱 で25箱 分 出 土 し ま し た。時 期 の 中 心 と な る 遺 物 は 縄 文 時 代 後 期 後 葉 か ら 後 期 末 に か け て の も の で あ り、竪 穴 住 居 跡 や 土 坑 か ら は、ほ ぼ 完 形 に な る 深 鉢 形 土 器 が 数 個 体 見 つ か っ て い ま す。石 器 は、石 鏃・石 匙・石 錐・磨 製 石 斧・磨 り 石・敲 き 石・石 皿・台 石 な ど が 見 つ か っ て い ま す。   遺 跡 の 特 徴 及 び 注 目 さ れ る 遺 物 等   調 査 の 結 果、 小 規 模 で は あ り ま す が、 縄 文 時 代 後 期 後 葉 か ら 後 期 末 に か け て の 集 落 跡 で あ る こ と が わ か り ま し た。 集 落 の 特 徴 と し て、 竪 穴 住 居 跡 は 遺 跡 北 側 の 川 沿 い に 並 ぶ よ う に 建 て ら れ、 土 坑 は フ ラ ス コ 形 の 土 坑 が 30 基 ほ ど、 遺 跡 東 側 に 集 中 し て つ く ら れ て い る と い う こ と が あ げ ら れ ま す。 特 に、 フ ラ ス コ 形 土 坑 群 の 中 に は、 縄 文 時 代 後 期 後 葉 か ら 後 期 末 に か け て の 深 鉢 形 土 器 を、 底 面 に 倒 立 さ せ た 状 態 で 埋 設 し た と 思 わ れ る 土 坑 が 数 基 見 つ か っ て い ま す。 当 時 の 風 習 な ど を 知 る 手 が か り と し て、 貴 重 な 発 見 で あ る と 言 え る で し ょ う。              (新 山   隆 男) フ ラ ス コ 形 土 坑 遺 物 出 土 状 況 (東 か ら) - 4 -

(9)

か わ ら た い

原平(6)遺跡

所 在 地 : 中 津 軽 郡 西 目 屋 村 大 字 川 原 平 字 宮 元 調 査 機 関 : 青 森 県 埋 蔵 文 化 財 調 査 セ ン タ ー 調 査 期 間 : 平 成 24 年 9 月 11 日 ~ 10 月 26 日 調 査 原 因 : 津 軽 ダ ム 建 設 事 業   - 縄 文 時 代 中 期 末 葉 の 大 型 竪 穴 住 居 跡 -   遺 跡 の 概 要   川 原 平(6)遺 跡 は、 岩 木 川 ( 現 美 山 湖 ) 右 岸 の 河 岸 段 丘 上 に 立 地 し ま す。 標 高 は 約 197 m で あ り、 遺 跡 西 側 に 所 在 す る 川 原 平(4)遺 跡 ( A ・ B 区 ) や 川 原 平(1) 遺 跡 な ど と ほ ぼ 同 じ 高 さ の 段 丘 面 と い う こ と に な り ま す。 今 年 度 は 遺 跡 の 南 東 側 部 分 の 調 査 を 実 施 し ま し た。   遺 構 の 種 類   大 型 竪 穴 住 居 跡 1 軒、竪 穴 住 居 跡 2 軒、土 坑 2 基、配 石 遺 構 1 基、小 ピ ッ ト (柱 穴) 31 基 が 検 出 さ れ ま し た。 大 型 も 含 め 竪 穴 住 居 跡 は 全 て 縄 文 時 代 中 期 末 葉 の も の で あ り、土 坑 を は じ め と す る そ の 他 の 遺 構 も 同 時 期 の も の で あ る と 思 わ れ ま す。 ま た、 特 殊 な 遺 構 と し て、 粘 土 を 採 掘 し た と 思 わ れ る 遺 構 も 見 つ か っ て い ま す が、 詳 細 な 時 期 な ど は わ か っ て い ま せ ん。   遺 物 の 説 明   縄 文 時 代 中 期 を 中 心 と し た 土 器・石 器 な ど が、段 ボ ー ル 箱 で21箱 分 出 土 し ま し た。 遺 物 の 多 く は 竪 穴 住 居 跡 内 か ら 出 土 し た も の で す が、土 器 の 中 に は 住 居 床 面 に 埋 設 さ れ て い た ほ ぼ 完 形 に な る 深 鉢 形 土 器 も 数 点 あ り ま す。石 器 は、石 鏃・石 匙・石 錐・磨 製 石 斧・磨 り 石・敲 き 石・石 皿・台 石 な ど が 見 つ か っ て い ま す。石 皿 の 中 に は、4 つ の 脚 部 を 有 す る ほ ぼ 完 形 品 も あ り ま す。   遺 跡 の 特 徴 及 び 注 目 さ れ る 遺 物 等   調 査 の 結 果、縄 文 時 代 中 期 末 葉 の 集 落 跡 で あ る こ と が わ か り ま し た。集 落 の 中 で も、大 型 竪 穴 住 居 跡(第 1 号 竪 穴 住 居 跡)が 特 徴 的 な 遺 構 と 言 え る で し ょ う。規 模 は 長 軸14m、短 軸11m で、ほ ぼ 楕 円 形 に 近 い 形 状 と な り ま す。炉 と 思 わ れ る 施 設 は 2 つ あ り、い ず れ も 石 囲 炉 で す。東 側 で 見 つ か っ た 石 囲 炉 は 長 軸 1.5m、短 軸1.1m と か な り 大 型 な も の で す。主 と な る 柱 穴 が U 字 状 に 巡 る と い う 点 も 特 徴 的 だ と 言 え る で し ょ う。   今 後 の 調 査 で 集 落 が ど の よ う な 広 が り を 見 せ る の か が 楽 し み で す。        (新 山   隆 男) 大 型 竪 穴 住 居 跡 の 様 子 (東 か ら) - 5 -

(10)

や く し

師遺跡

所 在 地 : 弘 前 市 大 字 新 岡 字 薬 師 調 査 機 関 : 青 森 県 埋 蔵 文 化 財 調 査 セ ン タ ー 調 査 期 間 : 平 成 24 年 4 月 24 日 ~ 7 月 27 日 調 査 原 因 : 県 営 一 般 農 道 整 備 事 業 ( 山 村 振 興 )   - 盛 土 遺 構 と 縄 文 時 代 晩 期 の 捨 て 場 - - 6 -   遺 跡 の 概 要   薬 師 遺 跡 は 岩 木 山 東 南 斜 面 上 に あ り、 調 査 地 点 の 標 高 は 約 160 m で す。 本 遺 跡 で は 昭 和 33 年 ・35 年 に 岩 木 山 麓 古 代 遺 跡 発 掘 調 査 事 業 が 行 わ れ、 集 石 遺 構 の 検 出 や 縄 文 時 代 前 期 末 か ら 晩 期 ま で の 遺 物 が 多 量 に 出 土 し た こ と で、 そ の 重 要 性 が 知 ら れ て い ま し た。県 埋 蔵 文 化 財 調 査 セ ン タ ー で は 平 成 22 年 度 か ら 平 成 24 年 度 ま で の 3 ヶ 年 に わ た っ て、 本 発 掘 調 査 を 実 施 し ま し た。     遺 構 の 種 類   今 年 度 の 調 査 で は、竪 穴 住 居 跡 1 軒、土 坑 16 基、埋 設 土 器 9 基、焼 土 遺 構 17 基、 ピ ッ ト 45 基、 捨 て 場 1 ヶ 所、 盛 土 遺 構 2 ヶ 所 な ど が 検 出 さ れ ま し た。 遺 構 の 多 く は 縄 文 時 代 晩 期 の も の と 思 わ れ ま す が、 竪 穴 住 居 跡 や い く つ か の 土 坑 ・ 埋 設 土 器 な ど は 縄 文 時 代 前 期 の も の で す。     遺 物 の 説 明   遺 物 は 段 ボ ー ル 箱 で246箱 分 出 土 し ま し た。縄 文 時 代 前 期 の も の が 少 量 あ り ま す が 大 半 は 縄 文 時 代 晩 期 の 土 器・石 器 類 が 主 体 で、土 偶・耳 飾 り・土 版 な ど の 土 製 品 や、玉 類・石 冠・石 棒・石 刀・岩 版・円 盤 状 石 製 品 な ど の 石 製 品 も 出 土 し ま し た。   遺 跡 の 特 徴 及 び 注 目 さ れ る 遺 物 等   今 年 度 の 特 筆 す べ き 調 査 成 果 と し て、 縄 文 時 代 晩 期 か ら 弥 生 時 代 に か け て 形 成 さ れ た と 推 定 さ れ る 大 規 模 な 盛 土 遺 構 と、 縄 文 時 代 晩 期 の 捨 て 場 が 挙 げ ら れ ま す。   今 年 度 調 査 を 行 っ た 盛 土 遺 構 は、 縄 文 時 代 晩 期 終 わ り 頃 か ら 弥 生 時 代 の も の と 推 定 さ れ、 青 森 県 内 に は 類 例 が な く 貴 重 で す。 台 地 上 の 起 伏 部 分 を 削 っ て 緩 斜 面 地 に 土 を 盛 っ て 平 坦 面 を 造 り 出 す 造 成 工 事 が 行 わ れ た も の と 考 え ら れ ま す。 そ し て 盛 土 遺 構 が 形 成 さ れ る 以 前 に は、 晩 期 の 捨 て 場 が 広 が っ て い る こ と が 確 認 で き ま し た。 完 形 遺 物 が 潰 れ た 状 態 で 数 多 く 出 土 し て い ま す。 盛 土 南 西 側 の 斜 面 地 で は 完 形 の 壺 が 2 個 体 並 ん で 出 土 し た も の が 数 例 あ り、 意 図 的 に 置 か れ た 可 能 性 が 考 え ら れ ま す。              (神   康 夫)   盛 土 遺 構 の 下 層 に 広 が る 縄 文 時 代 晩 期 の 捨 て 場

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じ ゅ う さ ん も り

三盛遺跡

所 在 地 : 五 所 川 原 市 大 字 新 宮 字 稲 村 ほ か 調 査 機 関 : 青 森 県 埋 蔵 文 化 財 調 査 セ ン タ ー 調 査 期 間 : 平 成 23 年 5 月 10 日 ~ 6 月 29 日 調 査 原 因 :一 般 国 道 101 号 五 所 川 原 西 バ イ パ ス 建 設 事 業   - 4000 点 を 超 え る 10 ~ 11 世 紀 の 木 製 品 -   遺 跡 の 概 要   十 三 盛 遺 跡 は、 五 所 川 原 市 街 地 の 北 部 に 位 置 し、 岩 木 川 と 十 川 に 挟 ま れ た 標 高 5 m ほ ど の 沖 積 地 に 立 地 し ま す。 現 在 は 平 坦 な 水 田 地 帯 と な っ て い ま す が、 微 高 地 上 に 営 ま れ た 遺 跡 と 考 え る こ と が で き ま す。   同 時 代 の 周 辺 遺 跡 と し て は、 つ が る 市 石 上 神 社 遺 跡 や 懸 河 遺 跡、 久 米 川 遺 跡 な ど の 遺 跡 が あ り、 い ず れ も 沖 積 地 の 自 然 堤 防 上 や 微 高 地 上 に 立 地 し て い ま す。   な お、平 成 20 ~ 22 年 度 に も 本 遺 跡 の 発 掘 調 査 が、青 森 県 埋 蔵 文 化 財 調 査 セ ン タ ー と 五 所 川 原 市 教 育 委 員 会 で 実 施 さ れ て お り、 今 年 度 の 調 査 区 は 前 回 調 査 区 の 隣 接 地 に あ た り ま す。   遺 構 の 種 類   今 年 度 の 発 掘 調 査 で は、10 世 紀 後 半 か ら 11 世 紀 代 を 主 体 と す る 大 溝 4 条、 そ の 他 の 溝 51 条、 土 坑 4 基、 井 戸 1 基、 柱 穴 81 基 の ほ か、 自 然 流 路 1 条 を 検 出 し て い ま す。 大 溝 は 集 落 の 外 縁 を 囲 む 溝 と 考 え ら れ、 大 き く 3 回 の 作 り 替 え が 行 わ れ て お り、 集 落 が 徐 々 に 大 き く な っ た 様 子 が 分 か り ま す。 そ の 他 の 溝 の 多 く は、 住 居 の 外 周 溝 と 考 え ら れ ま す。   遺 物 の 説 明   土 師 器 や 須 恵 器15箱、石 器・金 属 製 品 4 箱、木 製 品 約300点 が 出 土 し ま し た。ま た、種 実・貝・獣 骨・昆 虫 な ど の 動 植 物 遺 体 も 多 く 出 土 し て い ま す。   遺 跡 の 特 徴 及 び 注 目 さ れ る 遺 物 等   こ れ ま で の 発 掘 調 査 成 果 か ら、 十 三 盛 遺 跡 は 10 世 紀 後 半 か ら 11 世 紀 に か け て の 集 落 跡 で あ る こ と が 確 認 で き ま し た。 集 落 は、 外 縁 を 大 溝 で 囲 み、 そ の 内 側 に 周 溝 を 伴 っ た 建 物 跡 を 配 置 す る 構 造 で あ っ た こ と が わ か り ま し た。 建 物 跡 の 外 周 溝 は 整 然 と 並 ん で い ま す。 集 落 の 長 軸 は 最 大 約 400 m 以 上 と な り、 大 規 模 で 計 画 的 な 集 落 で あ っ た と 考 え る こ と が で き ま す。   ま た、 十 三 盛 遺 跡 で は こ れ ま で に 4000 点 を 超 え る 木 製 品 が 出 土 し て い ま す。 こ れ ら の 木 製 品 は、農 工 具、 紡 織 具、 漁 労 具、 服 飾 具、 祭 祀 具 な ど 多 様 で、 古 代 の 生 産 活 動 や 生 活 の 様 子 を 考 え る 上 で 非 常 に 重 要 な 資 料 と し て 注 目 で き ま す。 (鈴 木 和 子)   木 製 鍬 出 土 状 況 - 7 -

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史跡田

小屋野貝塚

ご や の 所 在 地 : つ が る 市 木 造 館 岡 田 小 屋 野 調 査 機 関 : つ が る 市 教 育 委 員 会 調 査 期 間 : 平 成 24 年 7 月 2 日 ~ 11 月 30 日 調 査 原 因 : 史 跡 整 備 に 伴 う 内 容 確 認 調 査   -類 例 少 な い 日 本 海 側 の 縄 文 時 代 貝 塚 で 人 骨 発 見-   遺 跡 の 概 要     青 森 県 西 部 の 日 本 海 岸 に あ る つ が る 市 の 西 部 で、 日 本 海 と 平 行 し て 南 北 に 展 開 す る 屏 風 山 砂 丘 の 丘 陵 の 東 端 部 が、 津 軽 平 野 の 西 縁 と 接 す る 部 分 の、 標 高 10m ~ 15m の 丘 陵 の 平 坦 面 ~ 南 向 き の 緩 斜 面 上 に 位 置 す る。 年 代 的 に は、 縄 文 前 期 ~ 中 期 の 主 に 円 筒 土 器 文 化 の 時 代、 約 5500 ~ 4500 年 前 の 遺 跡 で、 日 本 海 側 に 少 な い、 し か も 内 陸 部 に 位 置 す る 縄 文 前 期 の 貝 塚 を 伴 う 集 落 遺 跡 と し て 貴 重 な 遺 跡 で あ る。1944(昭 和 19) 年 6 月 26 日 に 田 小 屋 野 貝 塚 の 南 約 200 m の と こ ろ に 隣 接 す る 亀 ヶ 岡 石 器 時 代 遺 跡 と と も に 国 史 跡 に 指 定 さ れ た。 現 在、 世 界 文 化 遺 産 登 録 を 目 指 す 「 北 海 道 ・ 北 東 北 を 中 心 と し た 縄 文 遺 跡 群」 の 構 成 資 産 の 1 つ と な っ て い る。   今 回 は、 情 報 が 少 な か っ た 田 小 屋 野 貝 塚 の 史 跡 指 定 地 内 の 内 容 確 認 調 査 を 行 っ た。 主 な 成 果 と し て は、 ① 地 点 よ り、 縄 文 前 期 の 竪 穴 住 居 2 棟、 土 坑 墓 2 基、 竪 穴 住 居 覆 土 内 の 貝 層 (ヤ マ ト シ ジ ミ 主 体) と そ の 貝 層 下 に 人 骨 1 体 が 発 見 さ れ た 点 が あ げ ら れ る。 人 骨 は、 縄 文 前 期 の も の と 考 え ら れ、 頭 部 か ら 脚 部 に か け、 ほ ぼ 全 身 が 発 見 さ れ た。 右 側 側 面 を 下 に し た 側 臥 屈 葬 状 態 で 発 見 さ れ、 頭 部 が 東 に 位 置 し、 顔 は 北 を 向 く。 日 本 歯 科 大 学 の 奈 良 貴 史 准 教 授 に よ る と、 骨 盤 (寛 骨) の 観 察 所 見 か ら、 出 産 歴 の あ る 成 人 女 性 で あ る と の こ と で あ る。   ま た、 今 回 の 調 査 に よ っ て、 以 下 の 点 が 明 ら か と な っ た。 (1) 史 跡 指 定 地 内 に は、 円 筒 土 器 文 化 期 の 貝 層 や 遺 構 が 良 好 な 状 態 で 遺 存 し て い る こ と。 (2) 県 立 郷 土 館 に よ る ② 地 点 の 調 査 成 果 か ら、「 田 小 屋 野 貝 塚 」 = 「 地 点 貝 塚 」 と の 見 解 が あ る が、 今 回 の 同 一 地 点 の 調 査 で、 遺 構 が な い と こ ろ に も 貝 層 が 分 布 す る 可 能 性 が 窺 え た た め、 単 純 に 「地 点 貝 塚」 で は な い 可 能 性 が 考 え ら れ る こ と。 (3) 史 跡 指 定 地 内 の ほ か、 史 跡 南 西 部 隣 接 地 ( ② 地 点) に も 貝 層 が 分 布 し て い る こ と。 (4) 他 に も、 地 表 面 に 貝 層 が 確 認 で き な い 部 分 に も 良 好 な 状 況 で 貝 層 が 遺 存 し て い る 可 能 性 が 高 い。 総 じ て 史 跡 指 定 地 内 や そ の 付 近 で は、 貝 層 や 遺 構 の 保 存 状 態 も 良 好 で あ る 可 能 性 が 高 い と い え る こ と。 (佐 野   忠 史) - 8 - 縄 文 前 期 人 骨 検 出 作 業

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(平成

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年度調

査による史跡

田小屋

野貝塚

1

0

0

m

■ :地表 に貝が 分布 ■ :ボー リング ステッ キで貝 層を確 認 ■ :かつ て貝層 が分布 (現在 は土に 覆われ 目視で きない ) □ :史跡 範囲 竪 穴住居 跡(縄 文前期 ) 住 居内貝 塚(縄 文前期 ) 骨 盤の骨 に出産 痕のあ る成人 女性人 骨と貝 層 ( 縄文前 期) 住 居内貝 層 ( 縄文前 期・中 期) 遺 構内外 の貝層 (縄文 前期) ② ③ ①

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月女萢遺跡

と め や ち 所 在 地 : 五 所 川 原 市 相 内 調 査 機 関 : 五 所 川 原 市 教 育 委 員 会 調 査 期 間 : 平 成 24 年 5 月 8 日 ~ 10 月 31 日 調 査 原 因 : 土 砂 採 取   -マウンドを 伴 う 縄 文 後 期 末 葉 ~ 晩 期 後 葉 の 環 状 集 団 墓 地- 遺 跡 の 概 要 五 月 女 萢 遺 跡 は 津 軽 平 野 を 流 れ る 岩 木 川 の 河 口、 十 三 湖 北 岸 の 砂 丘 上 で、 日 本 海 ま で の 距 離 が 1.1 ㎞ と 近 接 し た 場 所 に 位 置 し て い ま す。 季 節 風 の 影 響 を 受 け や す い 立 地 環 境 に あ る た め、 一 帯 は 標 高 6.5 ~ 11 m の 起 伏 が あ る 海 岸 線 に 直 交 し た 縦 列 砂 丘 の 高 ま り が 連 続 す る 地 形 と な っ て お り、 そ こ に は 最 大 で 3 m 近 く も 及 ぶ ほ ど 厚 く 堆 積 し た 新 期 砂 丘 砂 に よ っ て、 遺 跡 が 被 覆 さ れ て い ま し た。 調 査 は 平 成 22 年 度 か ら 始 ま り、 今 年 で 3 年 目 と な っ て い ま す。 今 年 度 の 発 掘 調 査 で は、 昨 年 度 ま で に 検 出 ・ 確 認 さ れ た 土 壙 墓 の 内 部 調 査 を 中 心 に 実 施 し ま し た。   土 壙 墓 群 に つ い て   こ れ ま で の 調 査 で 検 出 し た 土 壙 194 基 の う ち、 墓 と 判 定 し た も の ( 土 壙 墓 ) が 130 基 あ り ま す。 そ の 分 布 は 大 き く 2 ヶ 所 に 分 か れ て い ま す。 土 壙 墓 ① 群 は、 丘 陵 頂 部 を 囲 む よ う に 環 状 に 巡 る こ と が 判 明 し ま し た。 一 方、 土 壙 墓 ② 群 は 丘 陵 西 端 部 で 検 出 さ れ た 集 石 遺 構 (SX01) 周 辺 に 土 壙 墓 が 確 認 さ れ て い ま す。   さ ら に、 土 壙 墓 は 上 部 構 造 が 残 っ て い る も の が 多 く、 黄 褐 色 粘 土 を 盛 っ て マ ウ ン ド を 作 り、 墓 を 造 成 し て い る こ と が 判 明 し ま し た (19 基 )。 な か に は 石 を 立 て 墓 標 と し て い る 例 も あ り ま し た (SK53・59・67・69)。 ま た、 埋 設 土 器 (土 器 棺 墓) が 4 基 検 出 さ れ て い ま す (SK29・32・48・49)。   平 面 の 形 態 は 楕 円 形 (隅 丸 方 形 も 含 む) の も の が ほ と ん ど で、 わ ず か に 円 形 が 認 め ら れ ま す。 ま た、 マ ウ ン ド を 伴 う 楕 円 形 の 墓 は、 長 さ 70cm ~ 280cm、 幅 50cm ~ 150cm、 深 さ 30cm ~ 110cm の 規 模 に お さ ま り ま す。 な お、 楕 円 形 の 墓 に は 土 壙 の 底 面 に 周 溝 を 巡 ら す も の が 現 在 ま で に 6 基 ほ ど 確 認 さ れ て い ま す が、 そ の 性 格 は 不 明 で す (SK44・64・66 な ど)。   ま た、 土 壙 墓 内 か ら 赤 色 顔 料 ( 酸 化 第 二 鉄 ・ ベ ン ガ ラ ) が 確 認 さ れ た 例 が 29 基 も あ り ま し た。 特 に 土 壙 の 内 部 が す べ て 赤 色 顔 料 で 覆 わ れ て い た も の が 2 基 あ り ま し た (SK06・153)。   副 葬 品 と み ら れ る ヒ ス イ や 緑 色 凝 灰 岩 の 勾 玉 や 丸 玉 を 出 土 し た 土 壙 墓 は、 今 の と こ ろ 11 基 確 認 さ れ て い ま す (SK06・20・60・63・120・122・131・136・153・156・ 157)。   特 に ヒ ス イ 玉 類 を 多 く 出 土 し た 遺 構 に は、SK06(40 点 )、SK153(28 点 )、 緑 色 凝 灰 岩 の 玉 類 を 多 く 出 土 し た 遺 構 に は SK131(173 点) が あ り ま す。 土 器 の 副 葬 品 と み ら れ る も の は、 小 型 の 壺 形 土 器 1 点 を 伴 う も の が そ れ ぞ れ 3 基 あ り ま し た (SK67・110-1・120) が、 土 器 の 副 葬 品 は 以 外 と 少 な い よ う で す。 そ し て、 土 製 の 耳 飾 り を 伴 う も の 2 基 (SK06・67)、 石 鏃 を 副 葬 し た も の 2 基 (SK156・162)、 珍 し い も の で は サ メ の 歯 8 点 を 副 葬 し た も の が 1 基 見 つ か っ て い ま す (SK136)。 今 後 の 分 析 調 査 で さ ら に 詳 細 が 明 ら か に な る も の と 思 わ れ ま す。 -10-

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-11-   ま と め と 意 義 に つ い て a) こ れ ま で の 調 査 で、 縄 文 時 代 後 期 末 葉 ~ 晩 期 後 葉 (十 腰 内 V 式 ~ 大 洞 A 式 ま で の 土 器 型 式 ) ま で の 土 壙 墓 が 130 基 確 認 さ れ、 今 後 の 調 査 で さ ら に 増 加 す る と み ら れ ま す。 ま た、 こ れ ら の 土 壙 墓 が 環 状 に 巡 る 縄 文 時 代 晩 期 (亀 ヶ 岡 文 化 期) を 中 心 と し た 集 団 墓 地 と し て は 規 模 が 非 常 に 大 き い こ と が 挙 げ ら れ ま す。 今 後、 土 壙 墓 と 副 葬 品 を 分 析 す る こ と で 亀 ヶ 岡 文 化 期 の 社 会 構 造 の 解 明 に つ な が る こ と が 期 待 で き ま す。 b) 土 壙 墓 に 上 部 構 造 が 分 か る マ ウ ン ド を 伴 う 事 例 が 多 く 確 認 さ れ て お り、 従 来 の 縄 文 の 墓 地 景 観 を 大 き く 塗 り 替 え る 発 見 と 言 え ま す。 c) こ れ ま で の 調 査 に よ っ て、 縄 文 時 代 晩 期 (亀 ヶ 岡 文 化 期) を 中 心 と し た 集 団 墓 地、 掘 立 柱 建 物 跡、 柵 木 列、 道 路 状 遺 構、 土 偶 が 多 く 伴 う 集 石 遺 構、 貝 塚 を 含 む 捨 て 場 遺 構 な ど、 祭 祀 施 設 を 構 成 す る さ ま ざ ま な 要 素 が 発 見 さ れ て い ま す。 d ) ま た、 今 回 初 め て 平 安 時 代 の 畑 跡 が 検 出 さ れ ま し た ( 約 1000 ㎡ )。 畑 跡 は 10 世 紀 前 半 に 降 下 し た と さ れ る 白 頭 山 - 苫 小 牧 火 山 灰 (B - T m) の 上 層 で 確 認 さ れ て い ま す。 そ の 後、 飛 砂 で 遺 跡 が 被 覆 さ れ て し ま っ た こ と が 分 か り ま し た。    ( 榊 原 滋 高 ) マ ウ ン ド を 伴 う 土 壙 墓 の 調 査 風 景

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た し ろ

代遺跡

所 在 地 : 八 戸 市 南 郷 区 大 字 島 守 字 番 屋 調 査 機 関 : 八 戸 市 埋 蔵 文 化 財 セ ン タ ー 是 川 縄 文 館 調 査 期 間 : 平 成 24 年 4 月 25 日 ~ 6 月 30 日 調 査 原 因 : 個 人 農 地 造 成   - 縄 文 時 代 中 期 末 か ら 後 期 前 葉 の 集 落 跡 - -12-   遺 跡 の 概 要   田 代 遺 跡 は、 八 戸 市 南 郷 区 大 字 島 守 字 番 屋 に 所 在 し、 階 上 岳 か ら 連 な る 標 高 約 215 ~ 225 m の 丘 陵 地 に 立 地 し ま す。 平 成 16・17・21 年 度 に、 青 森 県 埋 蔵 文 化 財 調 査 セ ン タ ー に よ っ て 道 路 改 良 工 事 に 伴 う 発 掘 調 査 が 行 わ れ て お り、 縄 文 時 代、 弥 生 時 代、 近 世 の 遺 構 ・ 遺 物 が み つ か っ て い ま す。 そ の な か で も、 縄 文 時 代 中 期 末 か ら 後 期 初 頭 の 竪 穴 住 居 跡 が 多 く 確 認 さ れ て い ま す。 八 戸 市 で は、 平 成 23 年 度 に 試 掘 調 査 を 行 い、 多 数 の 遺 構 ・ 遺 物 が み つ か っ た た め、 同 年 本 調 査 を 実 施 し ま し た。 今 年 度 は、 昨 年 度 に 引 き 続 き 同 じ 地 点 の 調 査 を 行 い ま し た。       遺 構 の 種 類   今 年 度 は、2700 ㎡ を 調 査 し ま し た。 調 査 の 結 果、 縄 文 時 代 中 期 末 ~ 後 期 前 葉 の 竪 穴 住 居 跡 12 棟、 土 坑 30 基、 屋 外 炉 1 基、 弥 生 時 代 前 期・中 期 の 竪 穴 住 居 跡 各 1 棟、 近 世 と 考 え ら れ る ピ ッ ト が 多 数 検 出 さ れ て い ま す。   縄 文 時 代 の 竪 穴 住 居 跡 の 多 く に は、 複 式 炉 と 呼 ば れ る 炉 が み つ か り ま し た。 複 式 炉 は、 縄 文 時 代 中 期 末 頃 に 東 北 地 方 や 北 陸 地 方 で さ か ん に つ く ら れ ま し た。   弥 生 時 代 中 期 の 竪 穴 住 居 跡 は、 青 森 県 内 で も 発 見 例 が 少 な く、 今 回 み つ か っ た 竪 穴 住 居 跡 の よ う に 全 体 の 規 模 ・ 構 造 が 明 確 に 分 か る も の は 珍 し い た め、 弥 生 時 代 中 期 の 人 々 の 生 活 の よ う す を 考 え る う え で 貴 重 な 発 見 と な り ま し た。     遺 物 の 説 明   遺 物 は、縄 文 土 器、弥 生 土 器、石 鏃・石 皿 な ど の 石 器 の ほ か、キ ノ コ 形 土 製 品・土 製 耳 飾 り な ど が 出 土 し て い ま す。   遺 跡 の 特 徴 及 び 注 目 さ れ る 遺 物 等   昨 年 度 の 調 査 に 引 き 続 き、 沢 に 面 し た 南 向 き の 緩 や か な 斜 面 に、 縄 文 時 代 中 期 末 ~ 後 期 前 葉 の 集 落 の 広 が り を 確 認 し ま し た。 田 代 の ム ラ は こ の 時 期 に 最 盛 期 を 迎 え た よ う で す。 そ の 後、 し ば ら く 人 々 の 生 活 の 痕 跡 は み ら れ ま せ ん が、 弥 生 時 代 に な る と、 再 び 少 人 数 な が ら 生 活 し て い た こ と が 分 か り ま し た。       ( 田 中   美 穂 ) 弥 生 時 代 中 期 の 竪 穴 住 居 跡

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  遺 跡 の 概 要   安 部 遺 跡 は、 下 北 半 島 北 東 部 の 桑 畑 山 の 麓 で 太 平 洋 に 面 し、 標 高 約 33m に 位 置 す る 旧 石 器 時 代 か ら 縄 文 時 代 に か け て の 複 合 遺 跡 で す。 慶 應 義 塾 大 学 を 中 心 と す る 調 査 団 は、 旧 石 器 時 代 の 石 器 と と も に 人 骨 や 動 物 骨 の 保 存 が 期 待 さ れ る 当 石 灰 岩 洞 窟 で、 よ り 総 合 的 に 旧 石 器 時 代 を 研 究 す る こ と を 目 指 し て 2002 年 よ り 毎 年 発 掘 調 査 を 行 っ て い ま す。 こ れ ま で の 調 査 で は、 旧 石 器 と 動 物 骨 が 同 一 層 準 で 発 見 さ れ る 成 果 が 得 ら れ ま し た。       遺 物 の 説 明  2011年 度 ま で に 発 見 さ れ て い る 旧 石 器 は 3 点 で す(図 2)。内 2 点 は ナ イ フ 形 石 器、 1 点 は ト ラ ピ ー ズ(台 形 石 器)で す。ト ラ ピ ー ズ は、現 在、石 材 を 明 ら か に す る た め に 理 化 学 分 析 も 行 っ て い ま す。ナ イ フ 形 石 器 周 辺 で は、ウ サ ギ の 歯 を 中 心 に 小 型 動 物 骨 や 大 型 動 物 骨 が ま と ま っ て 出 土 し て い ま す。   本 年 度 の 調 査 成 果   今 年 は、洞 奥 部 へ 調 査 区 を 広 げ(図 1)、新 た に 旧 石 器 の 破 片 1 点(図 2 - 4)、 石 器 や ウ サ ギ の 歯 の 集 中 部 付 近 か ら 大 型 陸 獣 の 歯 を 数 点、 原 位 置 で 発 見 し ま し た。ま た、掘 削 土 の 水 洗 選 別 に よ っ て も ク マ の 歯 牙(図 3)を 始 め 多 く の 動 物 骨 が 見 つ か っ て い ま す。       (金 井 紋 子) * 金 井 紋 子、竹 内 俊 吾、澤 浦 亮 平、千 葉 毅、澤 田 純 明、   渡 辺 丈 彦、 佐 藤 孝 雄、 奈 良 貴 史、 阿 部 祥 人 ほ か

部遺跡(尻

べ し つ か り あ べ ど う く つ

労安部洞窟)

所 在 地 : 下 北 郡 東 通 村 大 字 尻 労 字 安 部 調 査 機 関 : 慶 應 義 塾 大 学 * 調 査 期 間 : 平 成 24 年 7 月 29 日 ~ 8 月 11 日 調 査 原 因 : 学 術 調 査   - 旧 石 器 時 代 の 洞 窟 遺 跡 - -13- 図 1. 過 年 度 調 査 区 と 旧 石 器 出 土 グ リ ッ ド (番 号 は 図 2 に 対 応) 4 1 2 3 図 2. 出 土 旧 石 器 2 ㎝ 1 2 3 4 図 3. 出 土 哺 乳 動 物 歯 牙 1. ク マ 科 ( ヒ グ マ ?) 犬 歯 2. ク マ 科 ( ヒ グ マ ?) 右 下 顎 第 1 後 臼 歯 3. ク マ 科 ( ヒ グ マ ?) 左 下 顎 第 2 切 歯 4. 大 型 の 可 能 性 の あ る 偶 蹄 目 臼 歯 破 片 2 ㎝ 1 2 3 4

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ど じ ん な が ね

人長根遺跡

所 在 地 : 西 津 軽 郡 鰺 ヶ 沢 町 大 字 明 石 町 調 査 機 関 : 鰺 ヶ 沢 町 教 育 委 員 会 調 査 期 間 : 平 成 24 年 5 月 1 日 ~ 9 月 21 日 調 査 原 因 : 一 般 廃 棄 物 最 終 処 分 場 建 設 事 業   - 西 海 岸 地 方 に お け る 大 規 模 な 製 鉄 遺 跡 -   遺 跡 の 概 要   土 人 長 根 遺 跡 は、大 和 田 川 の 河 口 か ら 約2.5㎞ 上 流 の 丘 陵 地 帯 に あ り ま す。遺 跡 は 早 く か ら 発 見 さ れ て お り、昭 和36年 の 寺 田 元 統 氏(松 源 寺 先 代 住 職)に よ る 踏 査 で は、 「洞 穴 住 居 跡」と し て「入 口 約1.5m、深 さ 2 m、洞 内 高 さ1.8m、煙 突 穴 あ り 周 囲 は 焼 化」し た 洞 窟 が あ る と 報 告 さ れ て い ま す。ま た 付 近 に は、製 鉄 に 関 連 し そ う な「金 イ ソ 平」の 地 名 が あ り、鉄 滓 も 分 布 し て い た と 述 べ て い ま す。た だ し 当 時 は、洞 窟 の 性 格 も 時 代 も ま っ た く 分 か ら な い 遺 跡 だ っ た よ う で す。   地 下 式 大 型 炭 窯 の 調 査(平 成22・23年 度)   沢 に 面 し た 南 向 き 斜 面 の 岩 盤 を、下 か ら ト ン ネ ル 式 に 掘 っ た 炭 窯 が 2 基 並 ん で 確 認 さ れ ま し た。1 号 炭 窯 は 天 井 部 分 が 崩 落 し て い ま し た が、2 号 炭 窯 は 天 井 が そ の ま ま 残 っ た 状 態 で 発 掘 さ れ て い ま す。2 号 炭 窯 の 焚 口 下 に は 溝 状 の 前 庭 部 と 前 道 が あ り、そ れ ら が 1 号 炭 窯 の 前 に 盛 ら れ た 盛 土 の 一 部 を 壊 し て 構 築 し て い る こ と か ら、1 号 炭 窯 → 2 号 炭 窯 の 構 築 順 序 が 推 定 さ れ ま す。   ま た 焼 成 室 の 入 口 部 に は、石 な ど に 混 じ っ て、製 鉄 炉 用 の フ イ ゴ 羽 口・鉄 滓・炉 壁 な ど が 積 み 重 な っ て 出 土 し て お り、窯 内 消 火 の た め の 閉 塞 材 に 転 用 さ れ た も の と み ら れ ま す。     製 鉄 炉 跡 の 調 査(平 成24年 度)   炭 窯 の 発 見 に 続 き、谷 川 の 川 岸 で は、鉄 づ く り を 行 っ た 製 鉄 炉 が 2 ヶ 所 見 つ か り ま し た。製 鉄 炉 内 に 砂 鉄 と 木 炭 を 入 れ、ふ い ご の 送 風 で 高 温 に し、砂 鉄 を 溶 か し て 鉄 を 取 り 出 し た と 推 定 さ れ ま す。炉 の 地 上 部 分 は 生 成 さ れ た 鉄 塊 を と り 出 す 際 に 壊 さ れ て お り、地 下 の 基 礎 構 造 だ け が 残 っ て い る 状 態 で 発 掘 さ れ ま し た。こ の 他、炉 の 付 属 施 設 と し て、掘 立 柱 建 物 の 上 屋 や、排 水 溝 な ど が 見 つ か っ て い ま す。   製 鉄 の 過 程 で 出 来 る 鉄 滓(不 純 物 が 混 じ っ た 鉄 か す)、壊 さ れ た 製 鉄 炉 の 壁、捨 て ら れ た 羽 口 な ど は、川 岸 に 大 量 に 廃 棄 さ れ て い ま し た。鉄 滓 等 は、土 の う 袋500以 上、重 量2.8ト ン も 出 土 し て い ま す。   ま と め   土 人 長 根 遺 跡 で 見 つ か っ た 製 鉄 炉 や 炭 窯 に つ い て は、北 陸 地 方 な ど で 発 見 さ れ て い る 同 構 造 の 遺 構 と の 類 似 性、木 炭 の 年 代 測 定 の 結 果 か ら、鎌 倉 時 代 中 期(13世 紀 中 頃)の 操 業 年 代 が 推 定 さ れ ま す。   今 回 の 調 査 で は 炭 生 産 か ら 鉄 生 産 ま で 一 連 の 工 程 を 明 ら か に で き ま し た が、さ ら に 周 辺 に も 地 下 式 炭 窯 を 思 わ せ る 洞 窟 穴 や 鉄 滓 の 確 認 情 報 が あ る こ と か ら、か な り 広 範 囲 に わ た る 大 規 模 製 鉄 遺 跡 で あ る 可 能 性 が 考 え ら れ ま す。   鎌 倉 時 代、津 軽 の 西 海 岸 地 方 は 安 藤 氏 の 勢 力 下 に あ る こ と か ら、安 藤 氏 が こ う し た 大 規 模 な 鉄 生 産 に 関 わ っ て い た も の と 考 え ら れ ま す。       (中 田   書 矢) -14-

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し せ き つ が る し し ろ あ と

跡津軽氏城跡 堀

ほりこしじょうあと

越城跡

所 在 地 : 弘 前 市 大 字 堀 越 字 川 合 ・ 大 字 川 合 字 岡 本 調 査 機 関 : 弘 前 市 教 育 委 員 会 調 査 期 間 : 平 成 24 年 5 月 21 日 ~ 9 月 28 日 調 査 原 因 : 史 跡 整 備 に 伴 う 内 容 確 認 調 査   - 大 型 の 門 跡 と 本 丸 御 殿 へ つ な が る 掘 立 柱 建 物 - -15-   遺 跡 の 概 要   堀 越 城 跡 は 平 川 と そ の 支 流 の 河 川 に 囲 ま れ た 平 城 で、 津 軽 平 野 南 部 に 位 置 し ま す。 弘 前 藩 初 代 藩 主、 津 軽 為 信 が 大 浦 城 か ら 移 転 し た 文 禄 3 年 (1594) か ら、 二 代 信 枚 が 弘 前 城 へ と 移 転 す る 慶 長 16 年 (1611) ま で の 17 年 間、 津 軽 氏 の 居 城 と し て 使 用 さ れ ま し た。 昭 和 60 年 (1985) に は 津 軽 氏 に 関 わ る 重 要 な 城 跡 と し て 国 指 定 史 跡 と な っ て お り、 弘 前 市 教 育 委 員 会 で は 平 成 10 年 (1998) か ら 継 続 し て 調 査 を 実 施 し て い ま す。15 年 目 と な る 今 年 度 は、本 丸 東 側 と 二 之 丸 西 端、北 の 曲 輪 (仮 称) で 約 1200 ㎡ を 調 査 し ま し た。       本 丸 調 査 の 概 要   本 丸 で は 東 側 の 虎 口 (出 入 口) を 中 心 に 調 査 を 行 い ま し た。 調 査 の 結 果、 本 丸 の 東 側 に は 幅 約 28 m、 奥 行 き 約 6 m で、 石 の 基 礎 を も つ 大 型 の 門 跡 が 建 て ら れ て い た こ と が 判 明 し ま し た。 ま た、 門 の 内 側 に は 掘 立 柱 建 物 跡 も 見 つ か り ま し た。 こ の 建 物 は、 過 去 の 調 査 で 見 つ か っ て い る 本 丸 御 殿 へ と つ な が り、 御 殿 の 出 入 口 と し て 機 能 し て い た よ う で す。   な お、 こ れ ら の 建 物 は、 為 信 が 堀 越 城 を 本 拠 と し た 文 禄 3 年 (1594) 頃 に 建 て ら れ た も の と 考 え ら れ ま す。   二 之 丸 調 査 の 概 要   二 之 丸 で は 西 端 で 調 査 を 行 い ま し た。 調 査 の 結 果、 現 在 の 道 路 ( 熊 野 宮 参 道 ) の 下 か ら、 外 堀 を 渡 る た め の 土 橋 の 跡 が 見 つ か り ま し た。 ま た、 二 之 丸 を 囲 む 土 塁 の 外 側 に 平 坦 面 (犬 走 り) が 作 り 出 さ れ て い る こ と と、 こ の 平 坦 面 が 現 在、 土 塁 の 途 切 れ て い る 地 点 (開 口 部) に 連 結 す る こ と も 判 明 し ま し た。   こ れ ら の こ と か ら、 二 之 丸 に 入 る 道 は、 外 堀 を 土 橋 で 渡 っ た あ と、 土 塁 横 の 犬 走 り を 通 り、 さ ら に 土 塁 開 口 部 を 抜 け て い く ル ー ト と な る 可 能 性 が 出 て き て い ま す。       (岩 井   浩 介) 二 之 丸 西 端 本 丸 東 側 の 門 跡

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く ら ぬ し ち ょ う

主町遺跡

所 在 地 : 弘 前 市 大 字 蔵 主 町 調 査 機 関 : 青 森 県 教 育 庁 文 化 財 保 護 課 調 査 期 間 : 平 成 24 年 8 月 20 日 ~ 11 月 2 日 調 査 原 因 : 県 立 弘 前 中 央 高 等 学 校 校 舎 等 改 築 事 業   - 姿 を あ ら わ し た 弘 前 城 下 の 町 割 - 遺 跡 の 概 要   蔵 主 町 遺 跡 は、 弘 前 城 跡 東 側 隣 接 地、 岩 木 川 と そ の 支 流 の 土 淵 川 に 挟 ま れ た 標 高 約 35 m の 台 地 上 に 位 置 す る 縄 文 時 代 か ら 江 戸 時 代 の 遺 跡 で す。 江 戸 時 代 に 弘 前 藩 が 作 成 し た 絵 図 に よ る と、 今 回 の 調 査 区 は、 城 下 町 が 建 設 さ れ た 当 初 は 町 人 地、 弘 前 城 内 に 居 住 し て い た 家 臣 団 の 郭 外 移 転 が 行 わ れ る 元 禄 9 年 (1695) 以 降 に は 上 級 藩 士 の 武 家 地 と し て 利 用 さ れ た こ と が 知 ら れ て い ま す。 遺 構 の 種 類   今 回 の 調 査 区 は、弘 前 城 跡 東 門 の 北 東 約 200m に 位 置 し、調 査 面 積 は 約 1500 ㎡ で す。 発 掘 調 査 の 結 果、 平 安 時 代 の 溝 跡、 江 戸 時 代 の 竪 穴 遺 構、 井 戸 跡、 溝 跡、 土 坑、 柱 穴 跡、 整 地 層 な ど を 検 出 し ま し た。 特 に、 今 回 の 調 査 で は、 絵 図 に 描 か れ た 町 割 を 裏 付 け る 区 画 遺 構 や 区 画 溝 を 確 認 し た ほ か、 弘 前 城 下 を 建 設 す る 際 に 大 規 模 な 土 木 工 事 (土 地 造 成) を 行 っ た う え で 町 割 を し た こ と も 明 ら か に な り ま し た。 遺 物 の 説 明 江 戸 時 代 の 陶 磁 器 (碗 ・ 皿 ・ 香 炉 ・ す り 鉢 ・ 壺 ・ 瓶 ・ 甕 な ど) を 主 体 と し、 瓦 類、石 製 品 (砥 石・硯)、銭 貨 (寛 永 通 寶)、 玩 具 ( サ イ コ ロ ・ 碁 石 ・ 土 人 形 )、 金 属 製 品 (鉄 釘・キ セ ル)、木 製 品 (曲 物・箸)、 漆 器、 建 築 部 材、 動 物 骨、 種 子 な ど が 出 土 し ま し た。 陶 磁 器 は、肥 前 産 (伊 万 里・ 唐 津) を 中 心 に、 京 焼 や 志 野、 瀬 戸 な ど の 製 品 も あ り ま す。 そ の 年 代 は 16 世 紀 末 ~ 19 世 紀 代 で す。 こ の ほ か、 縄 文 時 代 後 期 の 土 器 ・ 石 器、 土 偶、 平 安 時 代 の 土 師 器 ( は じ き ) や 須 恵 器 ( す え き ) な ど も 出 土 し ま し た。   遺 跡 の 特 徴 及 び 注 目 さ れ る 遺 物 等   今 回 の 発 掘 調 査 は、 江 戸 時 代 の 弘 前 城 下 の 人 び と の く ら し を 知 る う え で、 貴 重 な 成 果 を 収 め ま し た。 ま た、 現 存 す る 文 献 史 料 で は 不 明 瞭 で あ っ た 弘 前 城 下 の 整 備 過 程 の 様 子 も 明 ら か に な り ま し た。       (中 澤   寛 将) 江 戸 時 代 の 地 割・整 地 層 (北 西 か ら) 蔵 主 町 遺 跡 遠 景 (南 東 か ら) -16-

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か わ ら た い

原平(4)遺跡E区

所 在 地 : 中 津 軽 郡 西 目 屋 村 大 字 川 原 平 字 福 岡 調 査 機 関 : 青 森 県 埋 蔵 文 化 財 調 査 セ ン タ ー 調 査 期 間 : 平 成 24 年 5 月 8 日 ~ 9 月 28 日 調 査 原 因 : 津 軽 ダ ム 建 設 事 業   - 津 軽 地 域 で 数 少 な い 縄 文 時 代 早 期 遺 跡 -   遺 跡 の 概 要   川 原 平(4)遺 跡 E 区 は、岩 木 川(現 美 山 湖)右 岸 の 河 岸 段 丘 上 に 立 地 し ま す。標 高 は 約185m で A・B 区 よ り20m 程 低 く、段 丘 の 中 で も 低 位 面 に 位 置 し て い ま す。   遺 構 の 種 類   縄 文 時 代 の 竪 穴 住 居 跡 1 軒、土 坑13基、焼 土 跡 7 基 な ど が 検 出 さ れ ま し た。竪 穴 住 居 跡 は、出 土 し た 土 器 か ら 縄 文 時 代 後 期 末 葉 の も の と 思 わ れ ま す。土 坑 の 中 に は、縄 文 時 代 晩 期 の 土 器 が 出 土 し た も の が あ り ま し た。 遺 物 の 説 明   縄 文 時 代 早 期 か ら 晩 期 に か け て の 土 器・石 器 な ど が、段 ボ ー ル 箱 で50箱 分 出 土 し ま し た。特 に、貝 殻 文 系 土 器 や ト ラ ン シ ェ 様 石 器 な ど、縄 文 時 代 早 期 を 特 徴 づ け る 遺 物 が ま と ま っ た 範 囲 か ら 出 土 し ま し た。 遺 跡 の 特 徴 及 び 注 目 さ れ る 遺 物 等   調 査 の 結 果、岩 木 川 右 岸 の 低 位 面 で あ る 当 調 査 区 に お い て も、縄 文 時 代 早 期 か ら 晩 期 の 複 数 の 時 期 に わ た り 生 活 の 場 と し て 利 用 さ れ て い た こ と が わ か り ま し た。ま た、出 土 し た 縄 文 時 代 早 期 の 遺 物 は、津 軽 ダ ム 関 連 遺 跡 の こ れ ま で の 調 査 で 確 認 さ れ た 中 で は 最 も 古 い 時 期 の も の で あ る と と も に、津 軽 地 域 で も 出 土 例 が 少 な く、重 要 な も の で す。       (平 山   明 寿) -17- 調 査 風 景

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【ア ス フ ァ ル ト】 あ す ふ ぁ る と   主 成 分 は 炭 化 水 素。 粘 性 が 高 い こ と か ら、 石 鏃 の 装 着 や 土 器 ・ 土 偶 な ど の 補 修 の さ い に 接 着 剤 と し て 利 用 さ れ た。 【伊 万 里 焼】 い ま り や き   佐 賀 県 有 田 地 方 を 中 心 と し た 肥 前 国 で 焼 か れ た 磁 器。 伊 万 里 の 名 は 製 品 の ほ と ん ど が 近 く の 伊 万 里 港 か ら 出 荷 さ れ た こ と に 由 来 す る。 寛 永 ~ 元 禄 年 間 (1624 ~ 1704) に 生 産 が も っ と も 盛 ん に な っ た。 【円 筒 式 土 器】 え ん と う し き ど き   東 北 地 方 の 縄 文 時 代 前 期 か ら 中 期 に わ た る 土 器 型 式。 円 筒 下 層 式 と 円 筒 上 層 式 に 分 か れ、 下 層 式 は 前 期 に、 上 層 式 は 中 期 に 編 年 さ れ る。 【円 筒 土 器 文 化】 え ん と う ど き ぶ ん か   縄 文 時 代 前 期 か ら 中 期 に か け て 北 海 道 南 部 と 東 北 地 方 北 部 に 分 布 し た 文 化。 バ ケ ツ 状 の 円 筒 式 土 器 を 特 徴 と す る。 【貝 殻 文 系 土 器】 か い が ら も ん け い ど き   縄 文 時 代 早 期 の 土 器。 東 日 本 一 帯 に 分 布 す る。 東 北 地 方 北 部 で は サ ル ボ ウ や ア カ ガ イ の 腹 縁 で 様 々 な 文 様 を 施 し た も の が み ら れ る。 【貝 塚】 か い づ か   食 料 と さ れ た 貝 の 殻 が 堆 積 し た 跡。 貝 殻 の カ ル シ ウ ム に よ り 土 壌 が 中 和 さ れ る た め、 通 常 の 遺 跡 で は 残 り に く い 動 物 ・ 魚 の 骨 な ど が 残 存 す る。 土 器 や 石 器 の 出 土 を は じ め、 人 や 犬 が 埋 葬 さ れ る 場 合 も あ り、 単 な る ゴ ミ 捨 て 場 で は な く モ ノ を 送 る 場 で も あ っ た と も 考 え ら れ て い る。 【唐 津 焼】 か ら つ や き   唐 津 を 中 心 に 肥 前 (佐 賀 県 と 長 崎 県 の 一 部) で 焼 か れ た 陶 器。 慶 長 ~ 元 和 ・ 寛 永 年 間 (1596 ~ 1644) に か け て 生 産 が 盛 ん に な っ た。 【京 焼】 き ょ う や き   京 都 か ら 産 出 す る 陶 磁 器 の 総 称。 【キ ノ コ 形 土 製 品】 き の こ が た ど せ い ひ ん   き の こ の 形 を し た 土 製 品。 東 北 地 方 の 縄 文 時 代 後 期 に 多 く 認 め ら れ、 祭 祀 に 関 わ る も の と さ れ る。 【旧 石 器 時 代】 き ゅ う せ っ き じ だ い   人 類 が 打 製 石 器 を 主 要 な 利 器 と し て 使 用 し て い た 時 代。 こ の う ち、 更 新 世 後 期 終 末 の 3 万 5000 年 ~ 1 万 3000 年 く ら い 前 の 時 期 を 後 期 旧 石 器 時 代 と い う。 新 人 の 段 階 に 対 応 す る。 日 本 の 旧 石 器 時 代 の 遺 跡 の 多 く は こ れ に 属 す る。 【曲 輪】 く る わ   土 塁 や 堀 で 囲 ま れ て い る 区 域。 【自 然 堤 防】 し ぜ ん て い ぼ う     河 川 の 流 れ の 両 側 に 自 然 形 成 さ れ た 堤 防 状 の 高 ま り。 河 川 の 下 流 に み ら れ、 こ の 上 に 集 落 が 営 ま れ る 場 合 が 多 い。 【集 石 遺 構】 し ゅ う せ き い こ う   大 小 様 々 の 礫 が 多 数 集 ま っ て み ら れ る 遺 構。 集 石 の 下 に 土 坑 が 見 ら れ る も の、 火 を 受 け て 焼 け 石 と な っ て い る も の な ど 様 々 な も の が あ る。 【縦 列 砂 丘】 じ ゅ う れ つ さ き ゅ う   卓 越 風 (青 森 県 で は 西 よ り の 風) に 平 行 し た や せ 尾 根 筋 が 連 続 す る 砂 丘。 【新 期 砂 丘】 し ん き さ き ゅ う   弥 生 時 代 の 小 海 退 の 後 に 形 成 さ れ た 砂

用 語 解 説

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丘。 旧 期 ク ロ ス ナ 層 を 覆 っ て い る。 ク ロ ス ナ 層 は 砂 丘 の 砂 を 主 な 材 料 に し て で き た、 砂 質 で、 植 物 な ど の 腐 食 を 多 く 含 む 層。 形 成 時 期 が 異 な る 複 数 の 層 が あ る。 そ の 中 で 縄 文 時 代 中 期 の 小 海 退 と 弥 生 時 代 の 小 海 退 の 間 に 形 成 さ れ た も の を 旧 期 ク ロ ス ナ 層 と 呼 ぶ。 【 捨 て 場 ・ 捨 て 場 遺 構 】 す て ば ・ す て ば い こ う   一 定 の ま と ま っ た 範 囲 に 遺 物 が 人 為 的 に 廃 棄 ・ 集 積 さ れ た 場 所。 【炭 窯】 す み が ま   薪 を 蒸 し 焼 き に し て 炭 化 し、 炭 に 加 工 す る 窯。 【世 界 文 化 遺 産】 せ か い ぶ ん か い さ ん   世 界 遺 産 は ユ ネ ス コ (国 連 教 育 科 学 文 化 機 関) の 世 界 遺 産 条 約 に 基 づ き 「世 界 遺 産 リ ス ト」 に 登 録 さ れ る。 世 界 遺 産 は 「 自 然 遺 産 」、「 複 合 遺 産 」、 そ し て 優 れ た 普 遍 的 価 値 を も つ 建 築 物 や 遺 跡 な ど の 「文 化 遺 産」 に 分 類 さ れ て い る。 【赤 色 顔 料】 せ き し ょ く が ん り ょ う   土 器 な ど に 塗 布 し た り、 墓 な ど に 散 布 す る こ と で、 装 飾 的 あ る い は 呪 術 的 な 効 果 を あ げ る 赤 色 の 素 材。 縄 文 時 代 に は 水 銀 成 分 を 含 む 朱 (水 銀 朱) や 酸 化 第 二 鉄 を 発 色 成 分 と す る ベ ン ガ ラ が 使 わ れ た。 【石 刀】 せ き と う   石 製 品 の 一 種。 日 本 刀 に 似 て 一 側 辺 が 薄 く、 刃 を つ け た よ う な 形 状 の も の。 縄 文 時 代 晩 期 に 多 い。   【石 棒】 せ き ぼ う   棒 状 に 加 工 さ れ た 石 製 品 で、 断 面 形 は 円 形 ま た そ れ に 近 い 形 の も の。 一 端 ま た は 両 端 に ふ く ら み を 持 つ も の と 持 た な い も の が あ る。 【石 冠】 せ っ か ん   冠 に 似 た 形 の 縄 文 時 代 の 石 製 品。 正 確 な 用 途 は 不 明 で 祭 祀 の 道 具 と 考 え ら れ て い る。 北 海 道 か ら 東 北 北 部 に は、 石 冠 に 似 た 形 の 北 海 道 式 石 冠 が あ り、 磨 石 の 一 種 と 考 え ら れ て い る。 【石 棺 墓】 せ っ か ん ぼ   長 方 形 の 土 坑 の 内 壁 に 石 を 配 し た 墓。 石 で 蓋 を し た 例 も あ る。 時 期 的 に は 縄 文 時 代 後 期 前 半 を 中 心 と す る。 【切 断 蓋 付 土 器】 せ つ だ ん ふ た つ き ど き   壷 形 土 器 の 胴 部 を 焼 き 上 げ る 前 に 工 具 を 使 い 上 下 に 切 り 分 け た 土 器。 縄 文 時 代 中 期 末 ~ 縄 文 時 代 前 期 に 東 北 地 方 北 部 を 中 心 に み ら れ る 土 器 で あ る。 【志 野】 し の   桃 山 時 代 に 美 濃 (岐 阜 県) で 焼 か れ た 白 釉 陶 器。 作 品 は 茶 陶 で 占 め ら れ る。 【瀬 戸 焼】 せ と や き   現 在 の 愛 知 県 瀬 戸 市 を 中 心 に し た 地 域 で 焼 成 さ れ た 陶 磁 器。 近 世 の 瀬 戸 焼 に 対 し て 鎌 倉 ~ 室 町 時 代 の 製 品 は 古 瀬 戸 と 呼 ぶ の が 一 般 で あ る。 【側 臥 屈 葬】 そ く が く っ そ う   縄 文 時 代 の 埋 葬 方 法 の 一 つ。 死 者 は 四 肢 を 屈 折 し、 体 を 横 に 向 け た 姿 勢 を と っ て 埋 葬 さ れ る。 【大 木 式 土 器】 だ い ぎ し き ど き   宮 城 県 七 ヶ 浜 町 大 木 囲 貝 塚 出 土 の 土 器 を 標 識 と し て 設 定 さ れ た 縄 文 時 代 前 期 か ら 中 期 に わ た る 土 器 型 式。 大 木 1 ~ 6 式 ま で が 前 期、 7 a 式 か ら 10 式 ま で が 中 期 に 大 別 さ れ る。 【竪 穴 遺 構】 た て あ な い こ う   地 面 を 掘 り く ぼ め て 床 と し、 そ の 上 に -19-

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上 屋 を か け た 建 物 で、 居 住 の 痕 跡 に 乏 し い も の を さ す。 【竪 穴 住 居】 た て あ な じ ゅ う き ょ   地 面 を 掘 り 下 げ て 床 と し、 そ の 上 に 屋 根 を ふ い た 住 居。 本 県 で は 縄 文 時 代 か ら 平 安 時 代 ま で の 一 般 的 な 家 屋 で あ る。 煮 炊 き の 施 設 と し て 炉 が 伴 い、 古 墳 時 代 以 降 は 炉 に 代 わ り カ マ ド が 壁 際 に つ く ら れ る よ う に な る。 【注 口 土 器】 ち ゅ う こ う ど き   筒 状 の 注 ぎ 口 が つ い た 土 器。 縄 文 時 中 期 末 葉 に 現 れ、 後 期・晩 期 に 多 い。 な お、 器 の 口 の 部 分 を ゆ が め た 注 ぎ 口 が つ い た も の は 「片 口 付 き 土 器」 と 呼 ば れ る。 【 土 器 埋 設 遺 構 ・ 埋 設 土 器 】 ど き ま い せ つ い こ う ・ ま い せ つ ど き   地 面 に 穴 を 掘 り、 土 器 を 埋 設 し た 施 設。 縄 文 時 代 に 多 く、 乳 児 な ど の 墓 と 考 え ら れ て い る。 【土 偶】 ど ぐ う   土 で つ く ら れ た 人 形。 縄 文 時 代 の 重 要 な 信 仰 的 遺 物 で、 草 創 期 か ら 晩 期 に わ た っ て つ く ら れ た。 用 途 に つ い て は、 護 符、 豊 穣 祈 願 な ど 諸 説 が あ る。 【土 坑 ・ 土 坑 墓】 ど こ う ・ ど こ う ぼ   土 坑 (土 壙) は 地 面 に 掘 ら れ た 穴 の 総 称。 貯 蔵 施 設 と 考 え ら れ る フ ラ ス コ 状 土 坑(断 面 の 形 が フ ラ ス コ に 似 て い る)や、 落 と し 穴 と 考 え ら れ る 溝 状 土 坑 (T ピ ッ ト) と よ ば れ る も の な ど が あ り、 墓 と し て 用 い ら れ た も の は 土 坑 墓 (土 壙 墓) と よ ば れ る。 柱 穴 な ど の 小 さ な 穴 を ピ ッ ト と 呼 ん で 区 別 す る こ と も あ る。 【土 橋】 ど ば し   堀 を 横 断 す る 通 路 と し て 設 け ら れ る 土 の 堤 を さ す。 【土 版 ・ 岩 版】 ど ば ん ・ が ん ば ん     縄 文 時 代 晩 期 に 多 く み ら れ る 祭 祀 遺 物。 形 状 は 長 方 形 な い し は 楕 円 形 で、 扁 平 な も の が 多 い。 土 製 の も の は 土 版、 石 製 の も の は 岩 版 と 呼 ぶ。 土 偶 と 同 じ よ う な 性 格 を も つ も の と 考 え ら れ て い る。 【ト ラ ピ ー ズ】 と ら ぴ ー ず   台 形 石 器 と も。 1 辺 か 2 辺 に 素 材 の 縁 辺 を 残 し、 台 形 ま た は 四 角 形、 三 角 形 に 仕 上 げ ら れ た 小 形 の 石 器。 ナ イ フ 形 石 器 に 含 め て 考 え る 場 合 が 多 い。 【ト ラ ン シ ェ 様 石 器】 と ら ん し ぇ よ う せ っ き   左 右 対 称 の 撥 形 で、 直 線 的 な 片 刃 の 刃 部 を 持 つ 小 形 の 打 製 石 器。 刃 部 の 表 側 は 細 部 調 整 が ほ と ん ど さ れ て お ら ず、 剥 離 面 な い し は 礫 表 皮 の ま ま で あ る。 縄 文 時 代 早 期 末 に み ら れ、 北 海 道 ~ 東 北 地 方 に 分 布 し て い る。 【土 塁】 ど る い   外 敵 の 侵 入 を 防 ぐ た め に 城 な ど の 周 囲 に 築 か れ た 連 続 し た 土 盛 り。 【ナ イ フ 形 石 器】 な い ふ が た せ っ き   剥 片 の 鋭 い 縁 辺 を 刃 部 と し、 他 の 辺 に 剥 離 も し く は 刃 つ ぶ し の 加 工 を 施 し た 石 器。 旧 石 器 時 代 に 特 徴 的 に み ら れ る。 【配 石 遺 構】 は い せ き い こ う   環 状 列 石、 組 石 遺 構 な ど、 石 を 配 置 し て 構 築 し た 遺 構 の 総 称。 新 石 器 時 代 以 降、 世 界 各 地 で 見 ら れ る。 日 本 で は 主 に 縄 文 時 代 に み ら れ、 中 で も 後 ・ 晩 期 の も の が 多 い。 墓、 あ る い は 祭 祀 に 関 わ る 施 設 と 見 ら れ る 場 合 が 多 い。 【羽 口】 は ぐ ち     ラ ッ パ 状 の 土 製 の 送 風 管。 ふ い ご か ら 出 た 風 は 羽 口 を 通 っ て 炉 内 に 送 ら れ る。 炉 壁 に 固 定 さ れ て 使 用 さ れ る。 -20-

参照

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