第3章 「長い20世紀」論に基づく「帝国主義」の授業開発
本章では,「長い20世紀」論の観点から,「帝国主義」に関する高校世界史の授業モデ ルを開発する。
第1節 単元構成の原理
「長い20世紀」論に基づく「帝国主義」の学習について,年間カリキュラムの位置づ けを提示し,単元構成の視点と方法を明らかにする。
1,高校世界史カリキュラムにおける「帝国主義」の位置づけ
本研究において開発をおこなう「帝国主義1の単元を,どのように世界史のカリキュラ ムに位置づければよいだろうか。
本単元では,平成20年に公示された新高等学校学習指導要領に示された世界史Aと世 界史Bの両科目の内容を参考にしながら,世界史のカリキュラムを検討することとする。
新学習指導要領を参考にした理由は次の通りである。
第1章で述べたように,従前は現代の始まりを第一次世界大戦としていたが,新学習指 導要領では帝国主義を現代の画期と捉えており,近現代史が「長い20世紀」論にもとづ いた構成になっていること,また帝国主義の時代にあらわれる企業の巨大化や国民統合の 進展,人やモノの大規模な移動など社会史的な現象を取り扱っていることである。
ここでは,開発する単元を「帝国主義の時代」(6時間配当)として,世界史A・世界史B それぞれの年間カリキュラムに位置づけた(表1・2)。
表1世界史Aの年間カリキュラムにおける「帝国主義」の単元(筆者作成)
大項目 時代区分 中項目 時間 小計
(1)世界史へ
@のいざない 導入
ア 自然環境と歴史
C 日本列島の中の世界の歴史
豆1
2
前近代
(2)世界の一
@体化と日本
近代
ア ユーラシアの諸文明 C 結び付く世界と近世の日本
E ヨーロッパ・アメリカの工業化と国民形
@ 成
G アジア諸国の変貌と近代の日本
10
28 ア 急変する人類社会
(3)地球社会
@と日本 イ 世界戦争と平和
現代 ウ 三つの世界と日本の動向 H 地球社会への歩みと課題 I 持続可能な社会への展望
41010106
40 総計 70
世界史Aでは,大項目「(1)世界史へのいざない」が導入的な性格であることを考え て,世界史B「世界史への扉」の中項目と同様の配当時間を当てた。
世界史Aでは従前,前近代には20時間程度が当てられていたが,前近代の大項目を廃 止した今回の改訂の主旨をふまえ,前近代を扱う大項目(2)の「ア ユーラシアの諸文明」
を10時間とした。また日清・日露戦争は,従前は大項目「アジア諸国の変貌と近代の日本」
で扱われていたが,今回の改訂で大項目(3)の「イ 世界戦争と平和」に変更されたため,
大項目(2)「エ」を4時間とした。大項目(3)「オ 持続可能な社会への展望」は,従前 の「オ 地域紛争と国際社会」及び「力 科学技術と現代文明」に代えて生徒が主題を設 定し,探究する学習をおこなう主旨であることを考慮して6時間とした。
帝国主義の時代を扱っているのは大項目(3)の「ア 急変する社会」及び「イ 世界戦 争と人類社会」である。(ア)で社会面を概観し,(イ)で世界の動きを国際政治を中心に 把握することになる。このため,(ア)の4時間と(イ)の10時間中2時間を帝国主義の 授業に当てることにする。
一 100 一
表2 世界史Bの年間カリキュラムにおける「帝国主義」の単元(筆者作成)
大項目 時代区分 中項目 時間 小計
(1)世界史 ア 自然環境と人類のかかわり 2 一
ヨの扉
導入 イ 日本の歴史と世界の歴史のつながり 2ウ 日常生活にみる世界の歴史 2 6
(2)諸地域 ア 西アジア世界・地中海世界 6 世界の形成 古代 イ 南アジア世界・東南アジア世界 6 ウ 東アジア世界・内陸アジア世界 6 工 時間軸からみる諸地域世界 2 20
(3)諸地域 ア イスラーム世界の形成と拡大 6 世界の交流 中世 イ ヨーロッパ世界の形成と展開 6
と再編 ウ 内陸アジアの動向と諸地域世界 6
工 空間軸からみる諸地域世界 2 20
(4)諸地域 ア アジア諸地域の繁栄と日本 8
世界の結合 イ ヨーロッパの拡大と大西洋世界 8
と変容 近代 ウ 産業社会と国民国家の形成 8
工 世界市場の形成と日本 8
オ 資料からよみとく歴史の世界 2 34
(5)地球世 エ 帝国主義と社会の変容 14 界の到来 イ ニつの世界大戦と大衆社会の出現 12
現代 ウ 米ソ冷戦と第三世界 12
エ グローバル化した世界と日本 12 オ 資料を活用して探究する地球世界の課題 10 60
総計 140
世界史Bでは,基本的に現行学習指導要領の時間配当と同じであるが,大項目ごとに主 題学習が設定されている中項目については,各2時間をあてた。また,より近現代史,特 に現代史を重視するという観点から大項目(5)の配当時間を多くした。また大項目(5)の
「オ 資料を活用して探究する地球世界の課題」は,従前の大項目(5)の「工 国際対立
で,生徒が主体的に主題を設定して学習することとなっているため,10時間を当てた。
帝国主義を扱っているのは,大項目(5)の「ア 帝国主義と世界の変容」である。この なかで現代社会の諸相を概観し,帝国主義の抗争とそれに対するアジア・アフリカの対応 を把握する。今回の過程の主旨をふまえて社会史的な内容から現代世界を歴史的に捉えさ せる第一歩となるこの中項目には14時間を当てた。開発単元には,このなかの6時間を
当てることにする。
2.単元構成の視点と方法
(1)単元構成の視点
単元の構成にあたっては,第1章の新旧学習指導要領及び授業実践の分析と考察,第2 章の歴史学における帝国論及び帝国主義研究の分析と考察をもとに,「現代史としての視 点」と「社会史の視点」を導入して,次の表2に示した視点でおこなう。
表2 単元構成の視点
視点 説明
①「長い20世紀」論 ノ基づいた近現代史
¥成
現代世界の基本的要素が出現し始めた19世 I後期の帝国主義時代を現代史の始まりと
オて構成する。
現代史としての
挙̲
②帝国主義の理論の鰹o
視点①の構成に基づいて「長い20世紀」論 ノ基づく帝国主義の理論を抽出する。
社会史の視点 ③主要な教材の選定
視点①の時代構成に対応し,視点②の理論 ェ具体的に明確となる世界の動向と社会の チ質を教材として選定する。
以上の①〜③の視点に基づいて,「長い20世紀」論に基づく「帝国主義」の理論を以下 のように命題化した。
102 一
A 帝国主義の時代には,現代世界の特質があらわれはじめた。
A−1 19世紀後期の科学技術の発達が,欧米諸国において重化学工業部門を中心とし た工業化の進展を促し,人々の生活を急速に変容させた。
A−2 欧米諸国では,公教育や軍隊制度を通じて国民意識が醸成されると同時に,大 量生産・大量消費による消費生活と趣味の平準化,マス・メディアの発達によ る情報の普及と画一化などを特徴とする大衆社会が出現した。
B 帝国主義の時代には,列強による世界の分割・再分割がおこなわれた。
B−1欧米諸国では,第二次産業革命の進展によって,企業による寡占化と資本の集 中・集積が進んだ。
B−2 その結果,欧米諸国が工業製品や資本の輸出先を求めて世界各地に進出し,同 時に国家の予算規模を拡大し軍事力を強化するとともに植民地や勢力圏の獲得 競争を繰り広げた。
C 帝国主義の時代には,アジア・アフリカのほとんどは植民地化された。
C−1 帝国主義諸国の支配を受けたアジア・アフリカでは,次第に民族意識が覚醒し,
各地で民族の解放・独立を目指すナショナリズムの運動が展開されていった。
c−2 日清戦争,日露戦争に勝利した日本では,この時期に近代産業が成立し,不平 等条約の改正に成功した。
D 帝国主義の時代には,人やモノが大規模に移動した。
D−1世界的な労働力の必要性が,交通・運輸・通信の急速な発達とあいまって,人 々の国際的な移動を急速に拡大した。
D−2 19世紀後半にはヨーロソバからアメリカやオセアニアへの大規模な移住が見ら れ,アジアの移民労働者が大量に世界の労働力市場に供給された。また,この 時期,日本でも,ハワイやアメリカへの移民が始まった。
(2)単元構成の方法と留意点
前述した視点に基づき,単元構成を以下の方法で行う。
○本単元は現代史の学習を対象とし,6時間の配当とする。
○人々の生活や社会の動きを教材に,「長い20世紀」論を中核とした教育内容で構成
する。
○帝国主義を社会や科学技術,文化,人々の生活など社会史の面を中心に授業を構成 する。経済面や政治面を扱う場合も,できるだけ観念的な説明にならないように配
慮する。
○生徒の理解を助けるためにICTなどを活用して図や写真教材を開発し,授業全体 で活用する。
○興味関心を高めるために,著名な事件や出来事などを教材として活かす。
以上,単元構成の視点と方法を示した。次節では,選定した教材の解釈をおこなう。
一 104 一
第2節 教材解釈
ここでは前節で設定した単元構成の視点と方法に従って,教材の解釈をおこなう。
1.帝国主義の時代の移民
帝国主義の理論は流動的だが,どのように捉えるかによって世界の認識は変わってくる。
帝国主義を社会のレベルで捉え,その時代に生きた人々や社会の姿を具体的に描き出すこ とによって世界をより深く理解し認識するために「ヒトやモノの移動」など社会の基底的 条件の変化,生活スタイルや人々の意識の変化などに着目した。ここでは帝国主義時代に おける人の大規模な移動,すなわち移民について述べる。
(1)帝国主義時代における移民を扱う意義
帝国主義時代の移民に着目した理由は二つある。まず一つ目は歴史学者による帝国主義 研究から,大量の人間の移動,特に白人のヨーロッパからの移民が現代世界形成の大きな 要素の一つとなったことが明らかとなり,その実態を検証することによって帝国主義時代 に生きた人々や社会の姿を具体的に描き出すことが可能であると考えられることである。
二つ目は今後我が国は大量の移民を国家の政策として受け入れる可能性があることである
*12
Bこうした政策が実現するかどうかは別にして,移民問題は我が国の少子化問題や中国 の人口問題などと関連して,今後日本が考えていかなければならない問題であることは間 違いない。こうした問題意識の上に立ち,帝国主義時代の移民が現代とどうっながってい
るのかがわかる授業を開発する。そこで,多くの移民を運ぶ大陸間客船に着目し,そのな かで悲劇の豪華客船として最も有名なタイタニック号を教材に取り入れることにした。
(2)移民を教材化する視点 ①18世紀以前の移民
ヨーロッパとアジアや新大陸との間に新たな経済的つながりが形成された大航海時代以 降の移動は,ヨーロッパという「中心」からアジア・アメリカという「周辺」へ,あるい は「周辺」から「周辺」へという方向で流れた。前者はヨーロッパの自由・半自由の白人
テーション経営者となって商品生産を世界に広げる尖兵の役割を果たした掌 が,19世紀の 移民と較べるとさほど規模の大きいものではなかった。後者は大西洋奴隷貿易で商品とし て扱われた黒人奴隷が中心で,その数は研究者によって大きな差があり1000万人とも3000 万人とも言われる。強制移民ともいえる奴隷貿易が約400年もの間続いた背景には,「大 西洋システム」と呼ばれる貿易・生産システムの発展と,奴隷を供給する側のアフリカ社 会における絶え間ない戦争による捕虜と「家内奴隷」の伝統という供給側の問題があった 4。
②19世紀の白人移民
移民が本格的となるのは資本主義が拡大し鉄道
・汽船による交通革命がおこった19世紀におい てである。表ゴにあるように,19世紀中にヨー ロッパから非ヨーロッパ世界への移民の総数は概 算で5500万人〜6000万人に達したといわれ+f),
1870年代から1914年までの帝国主義時代には年
表2 ヨーロッパ人の海外移住 年次 海外への
レ民総数
アメリカ
ヨの移民
1801−50 500 246*
1851−60 300 260
1861−70 300 232
董87韮一80 400 281
蓋881−90 700 525
189董一茎900 700 369
蓋901−10 1,200 880
1911−20 900 574
1921−30 700 411
1931−40 100 1941.50 0
*1820−50年 (単位):万人
※網掛けは藤澤による
3000万人もの白人が海外に移住した。このうち約2000万人が向かった合衆国では1850年 に2300万人であった人口が1910年には9200万人に急増した。現在の合衆国の人口は2000 年の国勢調査によればヨーロッパ系(ヒスパニック含む)が総人口の83.4%,アフリカ系が
12.4%,アメリカ先住民が0.8%,アジア・太平洋系が3.4%となっている。コロンブスの到 達時には北米に1000万人いたと言われるアメリカ先住民は100万人に減少した(現在では 200万人に回復)。
この時期のヨーロッパからの移民先には,それまでの南北アメリカ以外にヨーロッパの 植民地や自治領(例えばブリテン諸島からオーストラリアやニュージーランド,南アフリ カ)が加わった。オーストラリアではイギリスによる本格的な植民が18世紀末からおこな われ,羊毛産業の発展やゴールド=ラッシュを通して植民地人口は1850年の40.5万人から 1900年には370万に増加している。一方でイギリスの入植開始当時30〜100万人いたとい われるアボリジニ(アポリジナル・オーストラリア先住民)は1920年には推計6万人にま で減少した(1996年の調査で35万人まで回復)。
このようにヨーロッパからの移民は「ヨーロッパの断片」を北米・ラテンアメリカ・オ ーストラリア・ニュージーランドに形成し,その断片は新しい国家となつで7世界の一体 化は一層進行していった。その一方では多くの先住民がマイノリティに転落し,過酷な歴
一 106 一
史を歩むことになった。このように移民は20世紀世界形成の基礎的現象と言うことがで
きる。
③「周辺」からの移民
大航海時代以降,中南米のインディオ人口減少を補うために始まった黒人奴隷貿易は19 世紀前半にイギリスで奴隷制度が廃止され,19世紀後半には奴隷労働は衰退に向かった。
しかし黒人奴隷供給が途絶えた19世紀後半には,「中心」諸国の工業化は一層進み,原料
・食料の需要はむしろ急増していった。それは「周辺」における鉱山開発やプランテーシ ョンの拡張を促し,さらに世界各地で大規模な鉄道敷設や運河開削工事などがおこなわれ,
新たに安価な労働力の需要がうみだされていった。これに応えたのが「クーリ・一 ]と呼ば れる中国やインド出身の移民労働者であった。
インド人クーリーはカリブ海のプランターが解放奴隷の賃金高騰を防ぐ目的で導入し,
解放奴隷のクレオール黒人の下におかれて社会の最底辺を形成した。黒人とインド人クー リーの対立はプランターに利用され,南アフリカでインド人移民の弁護にあたったガンデ ィーは反帝国主義・民族主義運動に目覚めていった。帝国主義時代に海外に渡ったインド 人クーリーは約1600万人で,そのうちl190万人が帰国した。
中国人クーリーは1842年の南京条約以来,清朝政府の海禁政策のなか非合法な手段で 中国南部の海港から東南アジア・オセアニア・南ア・北米・中南米など様々な地域に渡っ ていった。ゴールド=ラッシュのカリフォルニアや大陸横断鉄道,パナマ鉄道などはほと んどが中国人クーリーによって建設されたという。合衆国に移住した中国人クーリーは約 36万人で,そのうち約28万人が帰国した。しかし中国人の圧倒的多数が向かった東南ア
ジアではその多くがとどまり,現在でも中国人はマレーシアで23.7%,タイ14%,ミャン マー3%,シンガポール76.8%と各国で高い割合を占めている 8。帝国主義時代に「中心」
と「周辺」を往来し,辛酸をなめたインド人・中国人らが世界の一体化を支えたと言うこ
ともできる V。
④帝国主義諸国の移民政策
イギリスは19世紀以降急増した人口のはけ口として,また大英帝国拡大戦略の一環と
ランスは人口の伸びが緩慢で,アルジェリアへの移民はおこなわれたが,世紀末になると ベルギー,イタリア,スペインなど近隣諸国からの移民を労働力として導入している。ス ペイン・ポルトガルは積極的ではなく,イタリア・ベルギー・オランダ・スカンジナヴィ ア諸国はフランスと同様中立的であった。このように,ヨーロッパの移民政策は国や地域 あるいは年代によって大きな差があるものの,移民の移動条件の改善や安全確保,関連す る犯罪防止には共通して注意を払っている 1 。
⑤現代の移民問題
帝国主義時代には「中心」から「周辺」あるいは「周辺」間における労働力の移動が大 規模におこなわれたが,第二次大戦後は経済的な富を求めて「周辺」である後発諸国全体 から「中心」のアメリカおよび西欧諸国へ向かう労働移民が,合法的・非合法的な形態を とって拡大した。20世紀末以後は,移民の向かう先は多極化し,アメリカや西欧諸国の みならず,日本,オーストラリア,アラブ産油国などへの移民,あるいはヨーロッパやア フリカといった地域内での移民が展開され,移民はまさにグローバル化しっっある。また 移民の性格も,多国籍企業の発展に伴うキャリア型の移動や頭脳流出といわれるような移
民へと多様化している*11。
2.タイタニック号を教材化する視点
イギリスの豪華客船タイタニック号は初航海途中の19i2年4月14日午後11時40分、
ニューファンドランド島〔カナダのニューファンドランド=ラブラドル州)沖の北大西洋上 で氷山に衝突し、翌15日午前2時20分沈没した。犠牲者の数については諸説あるが、確 認されただけでも1502人が死亡するという史上最大の海難事故(当時)となった。遭難か
ら百年が過ぎようとする現在においても数えきれないほどの事故を題材にした詩,小説,
舞台,映画などがっくられ,事件の続W 12 13すら伝えられている。タイタニック号の悲劇 は多くの人々の胸を打つヒロイックな伝説を産みだし,今なお多くの人々の心をとらえ続
けている。
そうした叙情的な挿話の一方で,タイタニック号には所有者である巨大資本家,高度な 科学技術が凝縮された船体,多くの移民を含む多様な身分・階層の船客など,帝国主義時 代の象徴とも言える要素が散見される 14。タイタニック号の悲劇的魅力は生徒の興味関心
一 108 一
を高めるだけでなく,その関連から帝国主義の具体的かっ多様なイメージを得るのに有効 であると考える。
①諸大陸への移民輸送
タイタニック号を所有したホワイト・スター汽船は19世紀前半に創業。もともとオー ストラリア移民の輸送で利を上げていた。当時オーストラリア及びニュジーランドへの移 民は19世紀半ばに起きたゴールド±ラッシュを契機に,イギリスからの全移民の20%を 超えるほどに増加した。オーストラリアはその後1901年にオーストラリア連邦を形成し てイギリス帝国内の一自治領となったが,金鉱山の労働者として多数の中国人が流入,こ れに対してヨーロッパ人以外の労働者を制限する白豪主義政策がとられることになる。一 方ホワイト・スター汽船はさらなる利益を得るため大西洋を横断する豪華な定期船を運行 するようになった。
②タイタニック号航海前後の世界情勢
タイタニック号の建造から遭難前麦の歴史事象を挙}ずると次の表3のようになる。
表3タイタニック号三下の世界囎兄
1907年置建造言L画撒台 第2回万国平不[会議・ハーグ密使事件三国瞭商成立
1908年 青年トルコ人革命ブラジ1レ\の日本人移民開始清朝,憲法大綱宣布博儀即立 1909年(起工) イラン立憲革命 f囎如音殺 ピアリ,北極・頴11達
1910年 韓国併合南ア連邦発足メキシコ革命
1911年(進水劫 第二次モロッコ事件(アガディー1麟),伊土戦争,辛亥革命
1912年(遭難・海芋
中華民匡成立(㈱,清朝滅亡G町立),ヴェトナム:光復会(フ穿叔・チャウ),三世凱が臨時大
酷摶m,仏がモロッコを保護国化中国司三会が国民党に改組サレカットイスラー
?巨ャ第一次・珈カン戦争,ウィルソン米大統瞬誕生匪胎から大正へ
(筆者作成)
この期間は第一次世界大戦直前であり,特にタイタニック号が沈没した1912年は世界 的にも大きな事件が多く,第一次大戦に直接つながる出来事もおこっている。
③帝国主義時代の列強問対立
タイタニック号沈没の原因の一つとしてよく取り上げられるのが「ブルーリボン賞」の 存在である。これは大西洋を最も早く横断した東行きあるいは西行きの船に与えられる名 誉ある賞で,19世紀末には愛国主義的な意味合いが強まり,単に船会社間の競争ではな
くなっていた。特に新参のドイツは政府の保護により海運大国イギリスと激しく争った。
④タイタニック号め真の持ち主
タイタニック号を建造したホワイト・スター汽船(WhiteStarLine)は1902年に鉄道王ジョ ン=:モルガンの経営するインターナショナル=マーカンタイル=マリン(IMM)社の子会社と なった。ジョン;モルガンは1900年までに、アメリカの6大鉄道会社のひとつを支配下に おき,1901年にはUSスチール社を創設、鉄鋼をはじめ、鉄道、石炭、機械など多くのア
メリカ企業への支配権を獲得し、ファースト=ナショナル;バンクと共同で金融支配を強め た。モルガン財閥は粗鋼生産の53%、鉄道路線の34%、機械生産の60%を支配するアメリ カ屈指の巨大金融資本であった*lf。
帝国主義の時代には,一産業部門を独占する大企業や,モルガンのように銀行と癒着し ていくつもの部門に広がる大企業が形成された。シンディケート,トラスト,コンツェル ンなどと呼ばれる独占資本は国家や政府に強い影響力を持ち,対外的な活動を積極的に行 った。これに対して独占を規制しようとする動ぎ1 はアメリカ合衆国でいち早く見られた。
現代における巨大企業は多国籍企業と呼ばれ,複数の国々で大規模な資本投資を行って 事業活動を展開している。その意志決定も世界的視野で行われ,国際社会に絶大な影響を
及ぼしている 17。
⑤技術の革新
コロンブスは大西洋の横断に2ヶ月かかったが,19世紀半ばにアメリカで開発された クリッパーと呼ばれる大型高速帆船は12日という記録を出した。しかし帆船は風向きや 乗組員の技量に左右され,一般的な帆船では半月かかるのが当たり前だった。1807年,
アメリカの発明家ロバート=フルトンが改良型外輪式蒸気船「クラーモント号」の試運転 に成功して以降,蒸気船は木製から鉄製,鋼製へと変わるにつれて大型化・高速化が進ん だ。クラーモント号はハドソン川を時速4ノット(約7.4km/h)で240キロを進んだが,そ の後の技術改良によって徐々に蒸気船の速度は上がり,19世紀末から20世紀の初めにか
一 lIO 一
けて蒸気タービンを装備した巨大旅客船が登場すると帆船の時代は終わりを迎えた。大西 洋横断は1週間を切り,スピード競争が過熱して1909年には26ノット(約48.3km/h)の速 度で4日と11時間弱で横断したという記録が残っている(ブルーリボン賞)。タイタニッ クも22ノットの巡航速度でイギリスのサザンプトンからニューヨークまで6日間で到着 する予定であっk*is。
17世紀から続く科学の革新によって帝国主義の時代には大規模に工業化がおこなわれ,
大きな成果が現れた。地球は急速に,相対的に狭くなっていっだ【9。また船の大型化は人
・モノの大量輸送を可能にしたが,一方で海難事故における被害の大規模化という事態も 引き起こすことになつだ]O。
⑥タイタニック号の設備からみえるヨーロッパ文化
タイタニック号には巨大な船体やエンジン以外にも,例えばエレベーターや電話・無線 通信室など現代でも驚くほどの科学的設備が備わっていた。そのt方,一等船室やスイー
トルームなどの部屋の装飾はウィリアム・アンド・メアリー様式やルイ様式などヨーロッ パを代表する芸術・文化の宝庫であっだ2}。
⑦タイタニック号の乗客
タイタニック号の船室は他の旅客船と同様,莫大な費用がかかる贅を尽くした一等から 中流階級の乗る二等,下層労働者階級が乗る三等に分けられていた。一等の客が乗船する 目的は主に旅行・レジャーであり,二等・三等の客は移民が目的である。またタイタニッ ク号の建造にもあらゆる階層の人々が関わっており,当時の社会がそのままタイタニック 号の船内に再現されていた。帝国主義時代の社会構造・階級社会の縮図がタイタニックに
存在しだ2]。
⑧移民制限法
1924年のアメリカの移民制限法によって,旅客会社は大量の移民を運ぶことでは利益 を得ることができなくなり,金持ちの旅行を目当てにするほかなくなって,移民そのもの の規模は縮小していった。これは世界の一体化に大きな制限を加えるもので,その後の歴 史に大きな影響を及ぼしだユ3。
⑨時代の象徴としての豪華客船
帝国主義時代の汽船は,建造した社会や国家にとって大きな誇りであり,中世の時代に おける大聖堂のような役割を担っていた。当時の人々にとって巨大な汽船は卓越した技術 に対する人間の夢と希望の表れであった。
⑩沈没の報道
タイタニック号沈没のニュースは世界中に大きな衝撃を与えた。世界各国のマスメディ アによる無数の報道によって世界中が同時に深い悲しみを味わう一方で,救命ボートの数 や3等船客の犠牲者の多さなどの事実から人命に対する価値観に対する反省(有色人種は 除外して)がうながされた。また報道によって世界中から数十億円にも上る被害者への寄 付金も集められるなどの現象も見られた。
(3)タイタニック号を教材化した授業の構造図
以上のように,タイタニック号を扱うことによって移民をはじめとする帝国主義時代の 諸相を連結しつつ丁目敢していく授業の構造を図で表すと次のようになる。
本義 資主
へ。
移民の 世紀
国義 帝国
ぐ﹈
嘆讐舞纂
H一ロツパ 中心主義
匙aり
沈没の背景 ◇
代界 現世
列強間 対立
︒ 衆会 大社
高論
革新
図1タイタニック号を共在した授業の構造図
一 112 一
第3節 授業モデルの開発
本節では,これまでの研究をふまえ,タイタニック号を教材化した単元「帝国主義時代 のタイタニック号」(6時間)の授業を開発する。
1.単元「帝国主義時代のタイタニック号」の授業モデルの開発
ここでは「帝国主義時代のタイタニック号」の授業モデルを作成する。まず,授業にお ける問いの構造化を行い,それに基づいて指導計画及び授業の展開を作成する。
(1)主要な問いの構造
〔SS.Ql〕タイタニック号はどこに 行こうとしていたのだろう。
(MQ)
タイタニック号
の事件はなぜ帝 国主義時代を象 徴しているとい
えるのだろう。/\
[S.Ql]タイタニック号 が造られたのは
どんな時代だっ
たのだろう。
[S.Q2]
なぜタイタニッ ク号の沈没事件 は起きたのだろ
う。
〔SS.Q2〕タイタニック号の船主は どんな人だったのだろう。
〔SS.Q3〕タイタニック号にはどん な人々が乗っていたのだろう。
〔SS.Q4〕なぜタイタニック号のよ うな巨大船が造られたのだろう。
〔SS.Q5コタイタニック号はどんな 技術で造られていたのだろう。
〔SS.Q6〕タイタニック号の事件は 世界にどう伝えられたのだろう。
Main Questionを様々な角度から検証していくことによって,タイタニック号が帝国主義 の時代を象徴する存在であり,帝国主義時代が現代世界と直接に繋がっていることに気づ かせる。具体的には,まずタイタニック号が建造された時代背景を理解する(Sub Question 1)
ために,タイタニック号の出港地・目的地から大規模な移民の動きとその背景にある列強 の海外進出を(SS.Ql),タイタニック号の持ち主から帝国主義時代における巨大資本家の 実態と経済面の特徴を(SS.Q2),タイタニック号の乗組員や乗船客など人々の生活の視点 から当時の社会構造を(SS.Q3)追究する。さらに,タイタニック号が沈没した原因と背景 を考察する(Sub Question2)ためにタイタニック号建造の経緯や当時の時代背景から帝国主 義列強間の対立と抗争の動きを(SS.Q4),タイタニック号に注ぎ込まれた科学技術から現 代の科学文明につらなる技術革新の系譜を(SS.Q5),マスメディアによるタイタニック号 沈没の報道から当時の大衆社:会の様子を(SS.Q6)可能な限り空間軸・時間軸の両面から概 観する。やや強引な面もあるが今後さらに吟味しつつ生徒の興味関心をうまく引き出しな
がら帝国主義時代の全体をとらえ,現代との関連を認識させるように工夫する。
114一
(2)指導計画
問いの構造に基づいて6時間の指導計画を作成する。 ※畠中の【】は授業の題目。
〔SS.Ql〕タイタニック号はどこに行こうとしていたのだろう。
1
【タイタニック号と移民】タイタニック号の主な航海目的の一つが移民であっ スという事実から,帝国主義時代には移民が大規模に展開されたことを理解す 驕Bまた,現代の移民問題と比較することによって,帝国主義の時代が現代の nまりであったことを理解する。
〔SS.Q2〕タイタニック号の船主はどんな人だったのだろう。
Mρ^イ タラ ク号の事件はなぜ帝国主義時代を象徴 してし︑る といえるのだろ 発 SQ1
^イタラク号が造られたのはどんな時代だつたのだろ乞
2
【タイタニック号とモルガン財閥】タイタニック号を建造した船会社やそれを ヮ福オた親会社の経歴から,帝国主義の時代には巨大資本家が欧米に登場し,
驪ニの買収を盛んにおこなったことを理解する。また現代の多国籍企業との比 rして企業という存在そのものについて考察する。
〔SS.Q3〕タイタニック号にはどんな人々が乗っていたのだろう。
3
【タイタニック号の乗船客】タイタニック号の各階層の船客や,建造に関わっ ス人々など,当時の社会階層がそのままタイタニック号の船内に再現されてい スことから帝国主義時代の社会構造・階級社会を現代と対比しつつ理解する。
〔ss.Q4〕なぜタイタニック号のような巨大船が造られたのだろう。
4
【タイタニック号の時代の国際社会】.19世紀末の建艦競争など帝国主義時代の 痩ニ間対立の原因や経過を理解する。また科学や文化に見られる愛国主義的な X向を読み取り,現代の宇宙開発競争やサッカーの国際大会におけるナショナ
潟Yムなど,象徴としての国家間対立を考察する。
〔SS.Q5〕タイタニック号はどんな技術で造られていたのだろう。
SQ2
ネぜタイタラク号の沈没事件は起きたのだろ究
5
【タイタニック号の科学技術】タイタニック号の船体や設備に使われた科学技 pが現代文明の基礎をなすものであり,これらの技術は世界の一体化に大きく v献したことを理解する。19世紀末の科学技術がどのように現代に発展してい チたのかを考察する。
〔SS.Q6〕タイタニック号の事件は世界にどう伝えられたのだろう。
6
【タイタニック号沈没の報道】世界中に大きな衝撃を与えたタイタニック号沈 vのニュースがどのように報道されたのかを追究することにより,マス・メデ
Bアの発達による情報の普及と画一化という面から大衆社会について考察する。
(3)授業の展開
●Main Question ◎sub Question ◇sub−sub Question OQuestion
発 問
資料
教授=学習過程 生徒に吟味・習得させたい知識〔1時間目〕
○(これまでに見た映画を振り 資料q) T 資料を提示する ・20世紀初頭に建造された当時世 返って)なぜタイタニック 資料(2) S 予想する 界最大級の豪華客船の沈没は史 号は100年を経た現在に 上最悪の海難事故であった。100
おいても人々の興味関心 向後の現在でも沈没の原因につい
をかき立てる力を持って ての新証言が出るほど人々の関心
いるのだろう。 を集め続けている。
◎タイタニック号が造られ T 問題提起 ・19世紀末から20世紀初頭の世
たのはどんな時代だった 界は列強が植民地の争奪をめぐ
のだろう。 って争い合う帝国主義の時代と
して知られている。
●タイタニック号事件はな T 発問する ぜ帝国主義時代の象徴で T 主題説明
あるといえるのだろう。
◇タイ干瓢ック号はどこに 資料(3) T 発問する ・タイ耳触ック号全乗客1320人中 行こうとしていたのだろ T 資料を提示する 半数以上が三等客室の移民であ
う。 S 資料から確認す り,そのほとんどが英から北米
る への移民を目的としていた。
0タイタニック号の時代の移民 資料(4) T 資料を提示する ・「移民の世紀」と呼ばれる19世 はどんな特徴があったのだ S 資料から特徴を 紀は人類史上かつてないほど大
ろう。 読み解く 規模に人・モノが移動した時代
であった。
○帝国主義時代の移民の動 白地図 T 発問する ・資本主義の拡大と交通手段の発 きをまとめよう S 白地図上で表現 達をみた19世紀にはヨーロッパ
する 各国からその植民地への移民,
T 確認する ヨーロッパやアジア各国からア メリカ合衆国・カナダへの移民 が見られた。
・1924年アメリカの移民制限法に より世界の移民の動きは大幅に 制限されることになった。
○移民は当時と現在でどの 資料(5) T 発問する ・現代の移民はグローバル化し,
ような違いがあるだろう。 T 資料を提示する その目的も移民の送出国・受入
S答える 国も多様化している。また一般 に規制は厳しく,近年は先進国 で反移民の傾向が強い。
一 116 一
e Main Question @ Sub Question O Sub−Sub Question O Question
発 問
資料
教授=学習過程 生徒に吟味・習得させたい知識〔2時間目〕
◇タイタニック号の船主は 資料(6) T 発問する ・アメリカの巨大資本家モルガン
どんな人だっただろう。 T 資料を提示する はタイタニック号を建造したホ
ワイト=スター汽船を支配下にお き,実質的な船主であった。
○モルガンとはどんな人物 資料(7) T 発問する ・モルガンはアメリカの鉄鋼業・
だったのだろう。 資料(8) S 予想する 鉄道など様々な分野の産業を独
T 資料を提示する 占的に支配し,大統領すら屈服 する巨大なカを持っていた。
・モルガン家に嫁いだ明治時代の 日本人女性お雪は波瀾万丈の人 生を送った。
○帝国主義の時代の資本主 資料(9) T 発問する ・19世紀末には一産業部門を独占 義はどんな特徴があった T 資料を提示し説 する大企業や銀行と癒着して複
のだろう。 明する 数の分野に広がる大企業が形成
された。独占資本は国家・政府 に強い影響力を持ち,対外的な 活動を積極的に行う,帝国主義 時代の隠れた主役であった。
○独占資本の問題点とは何 資料qO) T 発問する ・現在は多くの国で独占禁止法が
だろう。 S 考える 導入され「経済法の憲法」とし
T 資料を提示し説 て運用されている。
明する
○帝国主義時代の巨大企業 資料(ll) T 発問する ・多国籍企業の活動は資本だけで と現代の企業との違いは S 答える なく技術や経営資源の移転とい 何だろう。身近な企業を T 資料を提示し説 う側面を持ち,受け入れ国の政
例に考えてみよう。 明する 治・経済への影響や本国産業の
空洞化など様々な問題と関連し
ている。
e Main Question @ Sub Question O Sub−Sub Question O Question
発 問
資料
教授=学習過程 生徒に吟味・習得させたい知識〔3時問目〕
◇タイタニック号にはどん 資料(2) T 発問する ・船客総数1320名のうち約半数が な人々が乗っていたのだ S 考える 移民であった。
ろう。
○各等級はどれくらいの船 資料(12) T 発問する ・三等は約2〜3万円ほどの船賃だ
賃だったのだろう。 S 予想する つたのに対し一等は180〜575万
円と数百倍の差があった。
○タイタニック号の船内は 資料(13) T 資料を提示し説 ・一凾ニ二等・三等との間には厳 どんな構造になっていた 明する。 格な区別があり,設備や食事な
のだろう。 どに歴然とした格差があった。
○タイタニック号の犠牲者 資料(14) T 資料を提示し説 ・タイタニック号には限られた数 に等級による違いはあっ 明する。 の救命ボートしかなく,三等船
たのだろうか。 S 予想する 客の多くが犠牲になった。
○タイタニック号の船内は 資料(15) T 資料を提示し説 ・船内にはアングロサクソンを頂 どんな社会を反映してい 明する。 点とする階級が存在し,白人間
たのだろうか。 S 考える にもラテン系やアジア系への差
別が存在した。
・日本人や中国人のなかには救助 を後回しにされたり沈没後に濡 れ衣を着せられた人もいた。
○タイタニック号の船内と T 発問する ・我が国でも貧富の差は拡大し,
現代の社会が違っている S 答える ヒルズ族などの富裕層が豪奢な
ところや,同じ所はどこ 生活を喧伝する一方面,非正規
だろうか。 雇用やワーキングプアといった
社会層が問題視されている。
◎タイタニック号が造られ T 発問する ・タイタニック号が造られ,そし たのはどんな時代だった S 考える て沈没した帝国主義時代は現代
のだろう。 の始まりであった。
一 118 一
e Main Question @ Sub Question O Sub−Sub Question O Question
発 問
資料
教授=学習過程 生徒に吟味・習得させたい知識〔4時間目〕
◎なぜタイタニック号沈没 T 問題提起 ・タイタニック号事件の背景には
事件は起きたのだろう。 帝国主義時代の様々な現象を読
み取ることができる。
◇なぜタイ平鋼ック号のよ 資料(15) T 発問する ・タイタニック号の巨大さの背景 うな巨大船が造られたの S 考える には,移民輸送の目的の他に国
だろう。 T 資料を提示する 家間競争・対立があった。
○タイタニソク号の時代の 資料(16) T 発問する ・イギリスは圧倒的な海軍力の優 イギリスはどんな状況だ S 答える 越を背景に,世界各地に自由貿
つたのだろう。 T 資料を提示する 易をおしすすめ,植民地帝国の
維持につとめた。ボーア戦争は もっとも露骨な帝国主義戦争で
あった。
○当時イギリスと対立して 資料(17) T 発問する ・ドイツ資本主義の急速な発展を いたドイツはどんな状況 S 答える 背景に,ヴィルヘルム2世は「世
だったのだろう。 T 資料を提示する 界政策」と呼ばれる帝国主義政
策を追求し,海軍の大拡張を計 ってイギリスをおびやかした。
○タイタニック号が造られ 資料q8) T 説明する ・帝国主義列強によるアジア・ア
た当時,帝国主義列強間 フリカの植民地化が進展し,世
対立にはどんな対立があ 界分割が完了するとともに,購
ったのだろう。 分割を巡る対立が始まっていた。
○タイタニック号沈没の原 資料(19) T 発問する ・タイタニック号が危険な海域で 因は帝国主義時代にあっ S 考える スピードを落とさなかったのは,
たといえるだろうか。 会社や国家の威信がかかってい
たからという主張もあり,帝国 主義間の対立が引き起こした事 故と見ることも出来る。
e Main Question @ Sub Question O Sub−Sub Question O Question
発 問 資 料 教授=学習過程 生徒に吟味・習得させたい知識
〔5時間目〕
◇タイタニック号はどんな 資料(20) T 問題提起 ・タイタニック号は贅を尽くした
技術で造られていたのだ 豪華な装飾の他にも当時最新の
ろう。 科学技術が詰め込まれていた。
○タイタニック号はどれく 資料(21) T 発問する ・蒸気機関と製鉄技術の発展によ らいの人が乗り,何日で S 予想する りタイタニック号には巨大な船 アメリカに着く予定だっ T 資料(21)を提示 体や強力なエンジンが積み込ま
たのだろう。 し説明する れた。
○タイタニック号と現代の 資料(22) T 資料(22)を提示 ・タイタニック号の性能は日本を
豪華客船を較べるとどん する 代表する豪華客船「飛鳥H」と
な違いがあるだろう。 S 比較する さほど変わらない。(あるいは身
近なカーフェリー等と比較する)
○タイタニック号にはどん 資料(23) T 資料(23)を提示 ・タイタニック号にはエレベータ な科学技術が使われてい し説明する 一や電話・無線通信室など科学
たのだろう。 的設備が備わっていた。
017世紀の「科学革命」は T まとめ教材を提 ・17世紀から続く科学の革新によ その後どのように発展し 示する。 って帝国主義の時代には大規模
たのだろう。 S 既習事項を整理 な工業化が進んだ。船舶の大型
する 化は人・モノの大量輸送を可能 にし,地球は急速に,相対的に 狭くなっていった。
○タイタニック号に使われ 資料(24) T 発問する ・現代の携帯電話やインターネッ ていた科学技術は現在ま S考える トなどの基礎であるタイタニッ
でにどのように進化した ク号の通信技術や当時張り巡ら
のだろう。 された海底ケーブルによって世
界は物理的に一体化した。
120 一
eMain Question @Sub Question 〈〉 Sub−Sub Question O Question
発 問 資 料 教授=学習過程 生徒に吟味・習得させたい知識
〔6時間目〕
◎なぜタイタニック号の沈 T 発問する ・科学技術への盲信や企業・国家の
没事件は起きたのだろう。 S 考える 名誉のための行動は現在でもみ
られる。
◇タイタニック号の事件は 資料(25) T 発問する ・タイタニック号遭難は世界的な 世界にどう伝えられたの S 予想する ニュースとなり,事故翌日には
だろう。 世界中の新聞が一面で報じた。
○マスメディアは何を伝え 資料(26) T 発問する ・事故の事実の他,有色人種への
たのだろう S 予想する 偏見に満ちた報道が溢れた。
○なぜ日本人や中国人が非 資料(27) T 発問する ・唯一の日本人旅客,細野正文氏
難されたのだろう。 S 答える の名誉は最近回復された。
○白人はなぜアジアやアブ 資料(28) T 発問する ・西洋は工業化が進むに従って東 リカの人々に対して差別 S 考える 洋やアフリカを蔑視し,「文明化の
したのだろうか。 使命」や「白人の重荷」といった
人種観がうまれた。
Oタイタニック号の事件を 資料(29) T 発問する ・人命に対する価値観が変わるき 知った人々はどんな行動 S 予想する つかけとなったが,有色人種は
を取ったのだろう。 除外された。
○事故によって法律など様 資料(30) T 発問する ・船舶の安全のための法や規則の
々なことが変わったが, S 考える 改正が世界中でおこなわれた背
それを変えたのは誰だろ 景にはマスコミ報道のほか世論
う。 の力など大衆社会の力があった。
●タイタニック号の事件は T これまでの授業 ・タイタニック号の事件が起こつ なぜ帝国主義時代を象徴 を振り返る た帝国主義時代は,現代社会の回
しているといえるだろう。 S 発表する まりを告げる現象が数多く起こつ
*15
*16
*17
年
*18
*19
*1 自民党国家戦略本部日本型移民国家への道PT
http://www.kouenkai.orgiist/pdff/iminseisakuO80612.pdt
*21000万人移民受け入れ構想日本を「憧れの国」にしたい。〜民主党若手の共同提案〜
http:ffwww.matsui21.com/media,XO3/08−10voice.htm
*3 木谷勤『帝国主義と世界の一体化』世界史リブレット40山川出版社,1997年,pp.42−53
*4 室井義雄「強制移民としての大西洋奴隷貿易」(『岩波講座世界歴史19 移動と移 民』)1999年
*5J.クチンスキー『世界経済』有斐閣,1966年, p.141
*6 福井憲彦「ヨーnッパの世紀」(『岩波講座世界歴18工業化と国民形成』)1998年
*7 マイロン=ウェイナー『移民と難民の国際政治学』明石書店,1999年,pp.49−51
8 CIA The World Fact Book 2009 https://www.cia.gov/library/publications/the−world−factbook/
*9 木谷『帝国主義と世界の一体化』,pp.42−53
*10 杉原薫「近代世界システムと人間の移動」(『岩波講座世界歴史19移動と移民』),
1999年
*11伊豫谷登士翁『グローバリゼーションと移民』有信堂高文社,2001年
*12 「タイタニック沈没は『操舵ミス』,航海士の孫が明らかに」ロイター平成22年9
月22日 http:ffj p.reuters.com/article/oddlyEnoughNews/ldJPJAPAN−17355620100924
*13 「タイタニック沈没100年記念クルーズ,悲劇便乗と批判もjCNN平成22年9月27
日 http://www.cnn.co.jp/business/30000347.html
*14 ダニエル=アレン=バトラー『不沈タイタニックー悲劇までの全記録』実業二日本社,
1998年
ロン=チャーナウ『モルガン家 金融帝国の盛衰』日本経済新聞社,1993年 正田彬・実方謙二『独占禁止法を学ぶ一経済憲法入門』有斐閣,1999年
新保博彦『世界経済システムの展開と多国籍企業』MINERVA現代経済学叢書,1998
アティリオ=クカーリ・エンツォ=アンジェルッチ『船の歴史事典』原書房,1985年 飯島幸人『航海技術の歴史物語一帆船から人工衛星まで』成山堂書店,2002年
一 122 一
*20 大内建二『海難の世界史』交通研究協会,2001年
*21 宮下規久朗『バロック美術の成立(世界史リブレット)』山川出版社,2003年
*22 カービー=ミラー・ポール=ワーグナー『アイルランドからアメリカへ700万アイル ランド人移民の物語』東京創元社,1998年
*23 ナンシー=グリーン『多民族の国アメリカー移民たちの歴史』創元社,1998年
資料(お「大規模海難封牛」
〔a〕古代地中海の沈没船一覧
No 船名 発見場所 水深噌 推定年代 船の大きさ 積み荷 歴年
1 Dokos ギリシア 25 BC2200 不明 陶磁器,アンフォラ 1975
2 Ulu Burn トルコ南岸 40 BC1300 不明 青銅のインゴット,ガラス材料 1983
3 Cape Gelidonya トルコ南岸 45 BCI200 全長iOm 青銅のインゴソト 1954
4 Giglio イタリア 50 BC600 不明 武器,陶磁器 ig61
5 Bon Porte 一tフンス 50 BC550 全長10m アンフォラ 1971
6 Porticello シチリア島 35 BC400 全長14m全幅4m
25ト.
アンフォラ 且969
7 Kyrenia キプロス島 27 BC350 全長16m約30㌧ アンフォラ 1967
8 Punic シチリア島 10 BC241 全長34m全幅5m カルタゴの軍船 1969
9 Athlit イスラエル 3 BC100 船首飾りのみ発見 不明 1980
10 Mahdie チュニジア 40 BC100 全長41m,全幅14m
100トン
大理石の彫刻類 1907
11 Galilee イスラエル 200 BC100 全長9m,全幅3m 海上生活用品 ig86
韮2 Albenga ジェノヴァ 41 BC90 約300㌧ 15,000個日アンフォラ 1930
13 Antikythera クレタ島 55 BC85 不明 ガラス製品,各種装飾品 1900
14 Madrague de Giens 一tフンス 20 BC75 約300㌧ 8,000個以上のアンフォラ 1967
15 SLPau1 マルタ島 一 BC60 約300㌧ 工芸品 1958
16 Yassi Ada(A) トルコ南岸 40 AD300 全長19m,全幅7m 工芸品 1967
17 Pantano longarini シチリア島 一 AD600 約250㌧ 不明 1973
18 Yassi Ada(B) トルコ 37 AD600 全長21m,全幅5m,
260㌧
陶磁器多数 1958
19 Agay 一tフンス 45 AD900 全長24m,全幅7m,
300㌧
陶磁器多数 1968
〔大内建二『海難の世界史』成山堂,2002年,p」4〕
〔b〕中世ヨーロッパの沈没船一覧
No 船名 年代 国籍 澱姻 沈没場所
匡 アール・ハーコンの船 1029 ノルウェー王国 暴風雨 ブリテン東北端ベントランド海峡
2 スモールズの難破船 llOO イングランド王国 暴風雨 ブリテン島・ウェールズ西方スモールズ沖
3 ブランシュ・ネフ号 1120 フランス王国 暴風雨 ノルマンディー北西端・バルフルール岬沖
4 アーンビョンの船 l125 ノルウェー王国 暴風雨 グリーンランド島東南岸
5 ペラゴス・ニソスの難破船 1150 ビザンティン王国 暴風雨 ギリシア・スポラデス 6 スタンガルフォリ号 1189 ノルウェー王国 暴風雨 グリーンランド島東南岸
7 キング・リチャード号 1192 イングランド王国 暴風雨 アドリア海・イストラ半島沖
8 セシリアの船 1248 ノルウェー王国 暴風雨 シェトランド諸島メーンランド島サンバラ岬沖
9 オラフ僧の船 1266 ノルウェー王国 暴風雨 アイスランド・ヒタルネス岬沖
10 ゴットムント・オールソンの船 1266 ノルウェー王国 暴風雨 ノルウェー海・フェロー諸島沖
11 シルキ岩礁の難破船 1270 不明 座礁 シチリア島西岸・シルキ岩礁
12 チャールズ・オブ・サレルノ号 1284 イングランド王国 暴風雨 イタリア・ナポリ湾
B
エレクト主教の船 1323 ノルウェー王国 暴風雨 ノルウェー西岸沖14 バイビのコグ船 1380 不明 不明 デンマーク・カテガント海峡沿岸 15 ピエロ・キリノ号 1431 ノルウェー王国 暴風雨 北海・ドッカーバンク
16 ビスーの難破船 1450 不明 暴風雨 デンマーク半島西岸・ビスー浜
〔大内建二,前掲書,p.35〕
一124一