南アジア研究 第29号 013書評・関戸 一平「佐藤隆広(編)『インドの産業発展と日系企業』」
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(2) 書評. 佐藤隆広(編)『インドの産業発展と日系企業』. FDI のスピル・オーバー効果が認められ、より効率的にこの効果を享受 する施策が必要であると結論づける。産業別のスピル・オーバー効果の 違いや最近の動向についても今後分析が進むことを期待したい。この後 の章で論じられる産業別の議論と結びつくことで、これらの推計結果が より現実感を伴って理解できるようになるだろう。 第Ⅱ部 第3章(安保哲夫)は著者が代表を務めた日本多国籍企業研 究グループ(JMNESG)が開発したハイブリッド・モデルを用いて、イ ンド進出日系製造業の活動を分析したものである。日系企業の活動を23 項目に分解し、それぞれに対し日本的要素を持ち込んでいる(適用)か 現地化している(適応)かを評価するというのが基本的な分析手法であ る。著者らの世界中の日系多国籍企業を対象とした膨大な研究蓄積の上 にインド進出日系企業を位置づけることができ、興味深いいくつもの分 析結果が示されている。本章の分析は各評点の平均を主に扱っているが、 分散についても言及されるべきであろう。インド的経営や経営環境にも 多様性はあるだろうし、それに適用・適応するインド進出日系企業にも 多様性があるだろう。中間報告ということで今後の報告に期待したい。 第4章(宇根義己)は地理学の視角から、GIS を用いてインド進出日 系企業の立地特性を論じている。データソースである在インド日本大使 館の「インド進出日系企業リスト」についても詳説されており、業種ご との立地特性を表した多くの地図とともに資料集的な特長がある。分析 としては事業拠点数のみを対象としており、日系企業の立地戦略を分析 するには十分とは言えない。少なくとも著者も言及しているように、資 本や販売額の議論は必要であろう。しかしながら、本章は各業種を扱っ た他章の分析と結合することでその価値を大きく高める可能性をもって いる。本プロジェクトの特長である多様なディシプリンからの分析に とって重要な役割を果たす研究として、他の章との有機的な結合を期待 したい。 第5章(上池あつ子)は最もグローバル化した産業といえる製薬産業 を対象として、日系企業のインド進出について分析している。まずイン ド製薬産業の発展における外資系製薬企業の役割について検討し、次に 日本の製薬産業のグローバル化戦略とインド進出の背景について整理し た上で、個別の企業のインド進出の実態を分析している。比較的規制が 緩やかだった1950-60年代、外資規制・特許法・医薬品政策によって外 215.
(3) 南アジア研究第29号(2017年). 資にとって厳しい環境であった1970-80年代、そして90年代以降の経済 自由化という流れの中で、インドに早くから進出していた欧米の製薬企 業はインド製薬業に常に一定以上の役割を果たしてきたとする。それに 対し、日本製薬企業は国内のビジネス環境の悪化から海外の新興市場に 活路を求めてインドに遅れて進出し始めている段階である。インド進出 の懸念材料として外資規制の強化・知的財産制度・医薬品価格規制を挙 げ近年の動向を整理している。政策や司法判断がビジネス環境に大きな 影響を与える産業であるため、こうした情報のアップデートは非常に有 益である。 第6章(西尾圭一郎)は、インドにおける邦銀の活動実態に焦点を当 てる。多国籍企業の新興国進出に際しては、金融へのアクセスが重要な 問題の一つである。本章では、日系企業のインド進出を支える邦銀の業 務展開を、資産負債の状況や収益構造という具体的な活動に重点を置い て分析している。これまであまり研究対象とされてこなかった分野であ り、各銀行のバランスシート・収益状況・各種基本データなどを掲載し て丁寧に整理・分析している。インド進出邦銀の基礎的研究として今後 多く参照されるだろう貴重な研究である。インド進出企業を支える金融 として、他の業種の研究との結合に期待するとともに、国債投資の増加 などの邦銀自身の資産運用戦略、海外展開戦略の決定メカニズムについ てもさらなる論考を待ちたい。 第7章(下門直人)は、日系家電メーカーのマーケティング戦略と チャネル構築について論じている。新興国の家電市場の概況をまとめた 上で、インドのエアコン市場については、韓国企業の二強体制がローカ ルメーカーの成長と日系メーカーの巻き返しによって崩れつつあること を指摘する。さらに、事例としてインド市場で健闘しているダイキン工 業を取り上げ、富裕層を主なターゲットとしたダイキンのマーケティン グ戦略における、メーカー主導のチャネル構築の重要性を強調している。 インドのマーケティング戦略におけるチャネル政策の重要性や、ター ゲットとするセグメントとチャネル政策の関係といったより一般的な議 論への発展を期待したい。そのためには、ダイキンだけではなく、他の 日系メーカー、外資企業、そして地場企業についてより詳細な調査・分 析が必要となるだろう。 第Ⅲ部 第8章(絵所秀紀)は「需要牽引型経済」の代表として乳業を 216.
(4) 書評. 佐藤隆広(編)『インドの産業発展と日系企業』. 取り上げ、その変化と影響を分析している。まず各種統計を用いて、畜 産業全体を飼養頭数や土地所有との関連から地域別・州別にまとめ、乳 業の変化を生産と需要の変化から分析している。さらに、乳業の自由化 に伴って生まれたミルクビジネスの展開を、事例を紹介しながら詳説し ている。最後にこのような様々な変化がインド農業を支えてきた伝統的 な穀物・畜産混合制度を崩壊させていると指摘する。特に、農業・農村 と切り離された商業用デイリー・ファームの出現は大変興味深い。本章 はインドの産業発展の中の一業種としての位置づけであるが、論じられ ている消費革命を起点とする上流部門への影響という視角は、伝統的に 存在する産業の分析には重要であろう。 第9章(石上悦朗)は ICT サービス産業について、 「米国経済にとっ てインド ICT サービス産業がいかなるポジションか」を論じたもので ある。米国からという本書の他の章と比べても大きく異なった視点を提 供している。まず ICT サービスの産業構造について概説した上で、産業 発展のそれぞれの時期において技術変化・高度化に対応し、企業レベル で安定したビジネスモデルを構築したと評価している。またインフォシ スの事例を、公開情報を元に紹介している。次に、米国との関係をサー ビス取引と人材移動の観点から論じ、最後にインドにおける米国企業の 研究開発について、特許登録数などから分析を行っている。インド ICT サービス産業が米国経済に不可欠の人材プールとなっていると指摘する。 第10章(上池あつ子)は、急成長するインドの医療機器産業が外資系 企業主導で輸入代替工業化を目指す動きに着目している。非常に細かく 分類された貿易統計を元に、消費財・消耗品は輸出期に入る一方、ハイ エンド製品の輸入超過が顕著であることを示した。これに対し、Make in India 政策によって FDI を誘致し外資系企業によるハイエンド医療機 器の輸入代替を目指している。さらに日系企業4社の事例を紹介し、成 長著しい医療機器産業の一角を担う活動状況を描写した。市場規模も大 きくなく、ハイエンド製品に関してはインドでの生産が始まったばかり という限られた情報しか得られない段階で、このような論考が発表され ることは意義深い。 第11章(長田華子)は、縫製産業の中でも、西ベンガル州コルカタを対 象としてその現状と課題を分析したものである。インドの繊維・縫製産 業および西ベンガル州の概況を整理した上で、西ベンガル州の縫製産業 217.
(5) 南アジア研究第29号(2017年). を、コルカタ縫製クラスターの特徴を中心に論じている。さらに、現地 調査に基づいて、コルカタの縫製産業の特徴として、生産工程ごとに工 場が異なり小規模であること・女性労働者が極めて少ないこと・ジョブ ワーキングと呼ばれる下請けの生産関係が存在すること・近代的な縫製 パークは外資ではなく国内企業向けのもので国内市場に特化した企業が 多いことを指摘する。本書の他章が描写する目覚ましく成長するインド の産業の姿と対照的に課題ばかりが目立つ。インドにとって重要な産業 であるだけに、多くの研究蓄積がある分野である。他の縫製クラスター との比較や西ベンガル州の経営環境のより詳細な分析から、これらの課 題が生じる構造の解明に期待したい。 第12章(古田学・佐藤隆広・三嶋恒平)は世界的な生産集積地である インドのオートバイ産業の特徴を、生産性の推定を通じて明らかにした ものである。インドオートバイ産業の概況を踏まえた上で、2000/01年か ら2007/08年まで ASI を利用して労働生産性および TFP を推定してい る。労働生産性・TFP ともに9%以上の高い成長を実現していたことが 示された。非常にシンプルな構成で、読者の理解を進めてくれる。しか し、概況で示された2008年以降の輸出額の大幅な伸びと計量分析で扱っ た ASI の期間のズレは気になる。データの連続性の問題で2008年以降に データ制約があることは理解できるが、2000/01年 07/08年の生産性の 成長とそれ以降の輸出額の増加の関係についても論じて欲しい。今後の 研究では2008年以降の ASI も利用するとのことなので期待したい。 第13章(三嶋恒平)は、前章の定量的な議論を踏まえた上で、旅行記の ような軽快な文章でインドのオートバイ産業へのインタビュー調査をま とめたものである。他の章とは記述方法・分析手法が全く異なり、著者 の調査上の苦労や驚きや喜びと熱意、そしてインフォーマントの日本人 研究者からも学ぼうとする熱意が感じられる熱い研究ノートである。イ ンドのオートバイ産業における日系サプライヤーの苦戦と地場系企業の 強さを、日系企業が後発であったこと、国土の広さ、地場企業の技術 力・優秀なトップ層人材などの観点から議論している。 第14章(佐藤隆広)はインド自動車産業の発展に伴って成長する自動 車部品産業に焦点をあて、その対外経済活動と生産性の関係を論じてい る。対外経済活動には直接投資・外国との技術提携・輸出入・海外への アウトソーシング・人材の移動などが含まれる。インド自動車部品工業 218.
(6) 書評. 佐藤隆広(編)『インドの産業発展と日系企業』. 協会の企業年鑑とインド政府の会社省と中央統計局のデータを結合した 独自のデータから、自動車部品産業の生産性を推定した上で、対外経済 活動と生産性の関係を分析している。企業の異質性に注目する視点 (新々貿易理論)やグローバル生産ネットワークの実態とそれが生産性 に与える影響を分析する試みは、本プロジェクトを発展的に継承した科 研基盤研究 A「南アジアの産業発展と日系企業のグローバル生産ネット ワーク」に引き継がれている。本プロジェクトの方向性を示す研究とい えるだろう。 以上のように本書は様々な視角からインドの産業発展と日系企業の動 向を論じた盛りだくさんの論集である。学術的な貢献はもちろん、イン ド進出を考える企業にとっても実用的に役立つ側面もある。最後に本書 全体に関わる点を指摘しておきたい。第一に、本書が課題として掲げて いた「日系企業が産業発展に果たしてきた独自の役割」に対する論及が 少ないと感じた。分析対象の産業の選択と日系企業が進出していない産 業の本書の中での位置づけに工夫が欲しかった。第二に、多様なディシ ! ! !. プリンからの視点で、個別に多様な産業を分析している点である。一つ の産業に対して、全ての視点から分析するような論考があると混成チー ムの利点がより発揮されるのではないだろうか。これらの点は各章に付 した評者のいくつかの要望とともに期待に変えて、次の論集を待ちたい と思う。 せきど いっぺい ●東京大学 人間文化研究機構. 219.
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