律文献の人類学的分析による頭陀行の再検討
ウイットコスキ・ニコラス
1.序論
これまで仏教学者たちは,概して,仏教は「中道」の宗教であり,苦行と快楽 の両極端を否定するのだから,仏教は苦行の宗教ではないと主張してきた.この 見解について時間をかけて批判的に吟味することなく,仏教は中道の宗教である という陳腐な文句を繰り返してきたのである.苦行が初期インド仏教僧院の生活 の中で役割を果たしたと認める場合でも,研究者たちは僧伽が制度化される前の 実践であると説明する傾向がある. この論文では,いわゆる中期(middle-period)インドの制度化された仏教僧院に 苦行の下位文化(subculture)が存在したことを論じるために,「塚間(*śmaśāna)の 苦行」に分類される 2 種類の修行を取り上げる.第一に pāṃśukūlika,いわゆる 「糞掃衣」であり,第二に aśubha-bhāvanā,いわゆる「不浄観」である. 全般的に,これまでの仏教学者は,「塚間の苦行」を全く無視するか,あるいは 僧伽の主流から周縁に押しやられた出家者たちだけがこれらの苦行を実践したと 主張した.塚間は,バラモン教の儀礼にとって不純な腐敗した屍体が存在すると いう理由で,古代インド社会では危険を孕んだ場所として見なされていたと長ら く論じられてきた.古代インド社会において,不浄は感染度が高く,塚間に入っ た人は不浄に汚されやすいため,出家者たちが不浄な場所に居住した場合,また は屍体の体液に触れた場合,彼らが出入りする空間を汚すこととなる.Gregory Schopen によれば,仏教僧院は,もし僧伽の構成員たちが不浄だと考えられたら, 在家者は仏教僧伽を嫌悪するだろうという恐れに促されて,塚間の苦行を仏教修 行の周縁に位置づけたという1). これに対して,私は,以下のように,古代インド仏教の伝承の中に,塚間の苦 行により儀式的な不浄に汚されることについての不安を表す声が存在したにもか かわらず,塚間の苦行は仏教僧院の中心にあり続けていたことを示したいと思う. 勝って高い次元の者となって絶望的な状況から蘇った者,凡夫には手が届かない 真理を戦利品として,人々の住む日常の世界にもたらした者の物語である. 代表的な捨身ジャータカの多くも,基本的に同じ聖人譚の構造をもつ.捨身 ジャータカと Lal 型仏伝は,同じ 3 幕構成の「英雄的な聖者(聖なるヒーロー)の 物語」の語りの構造を根底に有している.その構成は次の様なものである. 1.主人公は日常の世界から真理の世界に近づく. 2.真理の世界で,真理をめぐる大きな試練を受け,それを乗り越える. 3.真理の世界から日常世界に戻り,戦利品として真理を日常にもたらし,以前 より高い次元の存在(聖者)として人々に真理の偉大さを伝える. このような聖者譚として仏伝や仏教説話は,困難な生における英雄的で利他的 な生き方を示す,自己啓発的な物語として,民衆の無数の人生を励ましてきた. 1)Lal の原形と付加の区別については岡野潔「普曜経の研究」上(『論集』14 (1987): 93–108 頁)と中(『論集』15 (1988): 91–104 頁)の論文を参照. 2)プロップによれば,登場人物の「行動領域」(行動のカテゴリー)は七つあるが,そ れらを Lal と対応させると,次の様になろう:敵対者(マーラ),贈与者(神々),援 助者(神々),派遣者(三十三天での勧発の声,神々),王女(明・悟り),主人公(菩 薩),偽主人公(五比丘).――問題は「王女」の行動領域である.釈尊という英雄が 悟りを得るという行為は,神話のレベルでは敵対者であるマーラと対決して勝利する こと,そして明・悟りという王女を獲得することを意味する.菩薩の探索の対象とし て,その王女にあたるのが女性名詞の明(vidyā)や「悟り」(bodhi)であるが,当然 ながらそれは抽象語として明確な人格化が避けられる.しかし「王女」の人格化とし ての女性原理が,大乗において般若(prajñā)や般若波羅蜜や明の名で顕在化すること は歴史的に避けられないものであったし,密教の時代になると,仏伝の成道記事の中 に隠されていた女性原理の擬人化が明確化して,『秘密集会タントラ』の冒頭のように 釈尊と女性原理との交合が,一種の譬喩的ヴィジョンとして説かれることになる. 〈参考文献〉 ジョーゼフ・キャンベル 2015『千の顔をもつ英雄』(新訳版),上下,ハヤカワ・ノンフィ クション文庫. クリストファー・ボグラー 2002『神話の法則――ライターズ・ジャーニー』ストーリー アーツ&サイエンス研究所.〈キーワード〉 Vladimir Propp,Joseph Campbell,Christopher Vogler,英雄神話,説話学 (九州大学教授,PhD)
この事例では,この二人の比丘の間の約束は正式なものであり,彼らの意図は 誓いの言葉の中で明示された.この約束によって,この比丘たちはそれぞれが得 る衣を二人で分けなければならず,私の知る限り,この約束に期限はない.以上 の事例は糞掃衣派という概念がじつに広いことを示している.この事例は,比丘 たちがお互いに話し合うことによって,塚間から糞掃衣を得ることを標準的な衣 の取得方法としていることを示し,僧院内に少なくとも二つの別個の社会的集団 があることが分かる. その時,在家の大集団が死骸を搬送し,塚間に置いていった.糞掃衣比丘たちはこれを 見て,他の比丘たちに「今,糞掃衣を取りに行ったら,たくさん取得できると思います」 と伝えた.その比丘たちは「ご自身でお行きなさい.私たちは行きません」と言った. 糞掃衣比丘たちはすぐに塚間に行って,糞掃衣をたくさん得た.彼らは(糞掃衣)を持っ てきた後,僧院で衣を洗って,縫い始めた.その一人が他の比丘を見て,その比丘に「な ぜ 私たちと一緒に塚間へ衣を取りに行かなかったのですか? 私たちは塚間に行って衣 をたくさん持って帰りましたよ」と言った.その僧は「ここにそれを持ってきて,私た ちで共有しなさい」と言いました.彼は「あなたは私たちと行かなかった.なぜあなた 達と分割しなければならないのか?」と返事した.その二つの僧たちはお互いに言い争 いました.比丘たちはこの件を仏に話し出した.仏は「その衣は取りに行った者に属す る」と言った3). この事例は,塚間へ糞掃衣を取りに行くことが通常の行為だったことを示すだ けではなく,糞掃衣を取りに行く点でも,その衣を分配する点でも,この糞掃衣 集団が十分に組織されていたことを示唆している. 次に分析したい律の物語は,塚間で糞掃衣〔を作るための弊衣〕をあさること (従って,遺骸と身体的に接触すること)は僧院の中で規範的な実践だったことを裏付 ける.これから見ていくように,この物語は修行者が遺骸を観察する律の一節と 文学的類似点を共有する.この物語は商人と旅している時に,衣を泥棒に盗まれ たある比丘に始まる.この比丘は道中で,裸で立っている.律の編纂者がここで 解決しようとしているのは,裸の比丘を覆う新たな衣を見つける方法を規定する ことによって,如何にしてその比丘の尊厳を保つかである.この比丘は旅行中の ため,律の編纂者は,比丘が初めて出会う旅行者に衣を乞うように勧告する.こ の方法がうまくいかなければ,衣を得られる最も近い場所と想定される阿蘭若比 丘の住む場所を尋ねるよう勧められる.この方法もうまくいかなければ,彼は塚 間を尋ねるよう勧められる.この箇所で極めて興味深いのは,塚間は衣〔の材料〕 を得るのに全く問題のない場所と考えられることだけではなく,律の編纂者が袈
2.方法論
本論文では,今日支配的な学説に反して,塚間の苦行が下位文化としてインド 仏教の僧院の中で盛んだったことを実証したい.その論拠は,律(vinaya)文献に 見出される.一般的に,研究者たちは,出家者たちの理想的な生活方法を規定し た規範的な文書として律文献を扱ってきた.しかし,私は,律文献にある様々な 物語は出家者たちが従うべき一連の規則よりもはるかに豊かなものであることを 実証したい.律に取り上げられる物語には,出家者たちの行動にかんする記述が 含まれており,インド仏教僧院の人類学に利用できる.そこで,私は,出家者た ちの事件にかんする律の記述に注意を払った入念な調査により,初期仏教の僧院 において塚間に住む実践は基本的な修行と見なされていたことを示したい.私が 「基本的な実践」あるいは「ありふれた実践」という言葉で意味しているのは,僧 院の持律者たちが偶然にこれらの実践に言及し,彼らの聞き手にそれらの実践に 精通していることを期待できるほど十分にありふれ,重要であると彼らに認識さ れた修行である.3.Pāṃśukūlika
まず,律から糞掃衣を着るという修行を取り扱う代表的な箇所をいくつか精査 しよう.以下の事例は,『摩訶僧祇律』経分別の波羅夷罪(pārājika)の中の偸盗に かんする一節に現れる.この事例は塚間で起こったわけではないが,出家者たち は,私が糞掃衣派と呼ぶ集団で修行していたことを例証している.この物語は, 苦行者は僧院の周縁にいる,社会規範に欠け,孤独な人物であるという仏教学で 広まっているイメージを変更するものである.それに対して,以下の数箇所が示 すのは,糞掃衣比丘たちは,彼らの修行を制度化するために正式な律に準じた法 体系が必要なほど十分に大きな規模で存在したことである. 二人の糞掃衣比丘がいた.二人は「今日より糞掃衣を得たら二人で分けます」とともに 誓った.一人の比丘は,良い糞掃衣を得て,「この衣はとてもいい.今後衣を得たとして も,これほど良い衣を得ることはなかなかない」と考えた.そして,彼は仲間〔である もう一人の比丘〕に「長老,今後,私たちは自ら得たものを手に入れることにしましょ う.あなたは何であれ自ら得たものを手に入れればよいし,私も何であれ自ら得たもの を手に入れることとしましょう」と言った.この件は,自分の約束を破ったので,波羅 夷罪である2).この事例では,この二人の比丘の間の約束は正式なものであり,彼らの意図は 誓いの言葉の中で明示された.この約束によって,この比丘たちはそれぞれが得 る衣を二人で分けなければならず,私の知る限り,この約束に期限はない.以上 の事例は糞掃衣派という概念がじつに広いことを示している.この事例は,比丘 たちがお互いに話し合うことによって,塚間から糞掃衣を得ることを標準的な衣 の取得方法としていることを示し,僧院内に少なくとも二つの別個の社会的集団 があることが分かる. その時,在家の大集団が死骸を搬送し,塚間に置いていった.糞掃衣比丘たちはこれを 見て,他の比丘たちに「今,糞掃衣を取りに行ったら,たくさん取得できると思います」 と伝えた.その比丘たちは「ご自身でお行きなさい.私たちは行きません」と言った. 糞掃衣比丘たちはすぐに塚間に行って,糞掃衣をたくさん得た.彼らは(糞掃衣)を持っ てきた後,僧院で衣を洗って,縫い始めた.その一人が他の比丘を見て,その比丘に「な ぜ 私たちと一緒に塚間へ衣を取りに行かなかったのですか? 私たちは塚間に行って衣 をたくさん持って帰りましたよ」と言った.その僧は「ここにそれを持ってきて,私た ちで共有しなさい」と言いました.彼は「あなたは私たちと行かなかった.なぜあなた 達と分割しなければならないのか?」と返事した.その二つの僧たちはお互いに言い争 いました.比丘たちはこの件を仏に話し出した.仏は「その衣は取りに行った者に属す る」と言った3). この事例は,塚間へ糞掃衣を取りに行くことが通常の行為だったことを示すだ けではなく,糞掃衣を取りに行く点でも,その衣を分配する点でも,この糞掃衣 集団が十分に組織されていたことを示唆している. 次に分析したい律の物語は,塚間で糞掃衣〔を作るための弊衣〕をあさること (従って,遺骸と身体的に接触すること)は僧院の中で規範的な実践だったことを裏付 ける.これから見ていくように,この物語は修行者が遺骸を観察する律の一節と 文学的類似点を共有する.この物語は商人と旅している時に,衣を泥棒に盗まれ たある比丘に始まる.この比丘は道中で,裸で立っている.律の編纂者がここで 解決しようとしているのは,裸の比丘を覆う新たな衣を見つける方法を規定する ことによって,如何にしてその比丘の尊厳を保つかである.この比丘は旅行中の ため,律の編纂者は,比丘が初めて出会う旅行者に衣を乞うように勧告する.こ の方法がうまくいかなければ,衣を得られる最も近い場所と想定される阿蘭若比 丘の住む場所を尋ねるよう勧められる.この方法もうまくいかなければ,彼は塚 間を尋ねるよう勧められる.この箇所で極めて興味深いのは,塚間は衣〔の材料〕 を得るのに全く問題のない場所と考えられることだけではなく,律の編纂者が袈
2.方法論
本論文では,今日支配的な学説に反して,塚間の苦行が下位文化としてインド 仏教の僧院の中で盛んだったことを実証したい.その論拠は,律(vinaya)文献に 見出される.一般的に,研究者たちは,出家者たちの理想的な生活方法を規定し た規範的な文書として律文献を扱ってきた.しかし,私は,律文献にある様々な 物語は出家者たちが従うべき一連の規則よりもはるかに豊かなものであることを 実証したい.律に取り上げられる物語には,出家者たちの行動にかんする記述が 含まれており,インド仏教僧院の人類学に利用できる.そこで,私は,出家者た ちの事件にかんする律の記述に注意を払った入念な調査により,初期仏教の僧院 において塚間に住む実践は基本的な修行と見なされていたことを示したい.私が 「基本的な実践」あるいは「ありふれた実践」という言葉で意味しているのは,僧 院の持律者たちが偶然にこれらの実践に言及し,彼らの聞き手にそれらの実践に 精通していることを期待できるほど十分にありふれ,重要であると彼らに認識さ れた修行である.3.Pāṃśukūlika
まず,律から糞掃衣を着るという修行を取り扱う代表的な箇所をいくつか精査 しよう.以下の事例は,『摩訶僧祇律』経分別の波羅夷罪(pārājika)の中の偸盗に かんする一節に現れる.この事例は塚間で起こったわけではないが,出家者たち は,私が糞掃衣派と呼ぶ集団で修行していたことを例証している.この物語は, 苦行者は僧院の周縁にいる,社会規範に欠け,孤独な人物であるという仏教学で 広まっているイメージを変更するものである.それに対して,以下の数箇所が示 すのは,糞掃衣比丘たちは,彼らの修行を制度化するために正式な律に準じた法 体系が必要なほど十分に大きな規模で存在したことである. 二人の糞掃衣比丘がいた.二人は「今日より糞掃衣を得たら二人で分けます」とともに 誓った.一人の比丘は,良い糞掃衣を得て,「この衣はとてもいい.今後衣を得たとして も,これほど良い衣を得ることはなかなかない」と考えた.そして,彼は仲間〔である もう一人の比丘〕に「長老,今後,私たちは自ら得たものを手に入れることにしましょ う.あなたは何であれ自ら得たものを手に入れればよいし,私も何であれ自ら得たもの を手に入れることとしましょう」と言った.この件は,自分の約束を破ったので,波羅 夷罪である2).ている.両文献は,比丘が膣を見,それに触れることによって射精する可能性が あることを認めた上で,性的な間違いを避けるため,どのように自らを位置づけ るかについて指示を与えている. 以上の二つの物語で見た指針は,糞掃衣と不浄観の修行者の生活様式が,塚間 の苦行者というインド文化の範疇に属することを示している.しかし,以下の事 例が具体的に示すように,塚間(多くの仏教学者により,僧院の生活とは真逆だと考え られている空間)は糞掃衣の着用を実践するその同じ比丘が,不浄観も行う場所な のである. Kośala 国に塚間の近くに,幾つかの祠があった.祠を守る者は衣を洗って,絞った.そ れを曝すと,彼が取り込まないうちに,衣が風に吹き飛ばされて塚間に落ちた.塚間に いて,不浄観をしていた比丘がいた.彼は,その衣を見ると,周りを見渡し,誰も見当 たらなかったので,衣を持って行った.祠を守る者はその比丘を見て,「長老! 私の衣 を取らないでくれ!」と言った.僧は「私は塚間で得たのだ.貴方に関係あるのか?」 と言った6). この箇所の編纂者が前提としているのは,僧院の中で不浄観を行う集団は糞掃 衣も着るということである.本論文の要約として,この律の箇所について,幾つ かの要点を示したい.第一に,他の事例からも明らかなように,律の編纂者にとっ て,仏教の比丘が塚間にいることは驚くことではなく,通常の事態である.第二 に,律の編纂者は比丘が塚間の中にいることを禁じようとはしない.第三に,こ の比丘は,施主より衣を得ることなく,塚間で自ら衣を探し出した.最後に,比 丘が〔ブラフマニズムの〕儀礼にとって不浄な衣に触れることに対して,律の編 纂者はまったく批判しない. 1)Schopen 2007. 2)『摩訶僧祇律』T22, 252a17–22:「有二糞掃衣,比丘共要:「従今日始,若得糞掃衣当 共分.」 時一比丘得好糞掃衣,便作是念:「是衣甚好,設後更得不必及是.」 便語伴言: 「長老! 自今日始各任相録,若汝得者汝自取,若我得者我自取.」 是比丘違本要故, 是中半満者,波羅夷.」 3)『四分律』 T22, 850b25–c5:「爾時有衆多居士,載死人置塚間.糞掃衣比丘見,即語 余比丘言:「我曹今往取糞掃衣,可多得.」 彼比丘言:「汝等自去,我不往.」 比丘即疾 往,大得糞掃衣,持来至僧伽藍中浄浣治.彼比丘見,語此比丘言:「汝作何事而不共我 往取衣? 我往取衣大得来.」 此比丘言:「持来共汝分.」 答言:「汝不共我取,云何共 分?」 二人共諍.比丘白仏,仏言:「属彼往取者.」」 4)『摩訶僧祇律』T22, 303c29–304a11:「若無阿練若住処,応至塚間.若有守墓人,応語 裟を作るためにどのように衣をあさるか,墓守りとどう交渉するかについて詳細 に指示していることである. 女性の死骸の衣を取る場合,もし屍体がまだ腐っていなかったら,頭から取り始めるほ うがいい.もし屍体がすでに腐っていたら,思い通りに取ってもよい.男性の死骸の衣 を取る場合,思い通りに取ってもいい4).
4.Aśubha-bhāvanā
ここでは,初期仏教僧院において塚間に基づく修行が中心であることを示すた め,不浄観を取り上げたい.第一に分析する箇所は,すでに取り上げた箇所と重 要な共通点がある『五分律』の Cīvaravastu である.両事件において,律の編纂者 は,比丘が女性の死骸に触れることにより修行者の性的純潔(brahmavihāra)が脅 かされるという憂慮を表明している. また,ある僧が塚間に行き,足のほうから頭まで,死んだばかりの女性によって不浄観 をしていた.それで,欲情を催しきて,射精した5). この律の編纂者は,瞑想する比丘が欲情に駆られる状況を避けようとしている. 観察する方法は頭からではなくて,足からだったからこそ,比丘は射精してしまっ たと説かれる.律の他の箇所は,膣の露出部を見ることで僧の欲情が起こること を記す.したがって,比丘は「足のほうから」女性の屍体を観する間,欲情を催 す誘因は膣の露出部を見る瞬間である. どのように女性の死骸から剝ぎ取るかについての以上の箇所における比丘に対 する指示は,この事例における不浄観の適切な方法に関する方針と同一である. 不浄観の事例と同様,糞掃衣の事例は膣の露出部を見ないように促す.この糞掃 衣の事例では,まだ腐っていない女性屍体から剝ぎ取る場合は頭から始めるとい う規則に従う場合のみ不浄観が許される. 以上の二つの物語は,律の所属部派も,扱っている法の規則も異なっているけ れども,いずれも,塚間は仏教僧が苦行を行う場所だと考えられているという古 代インド文化独特の概念を共有している.律の他の箇所では,仏教の比丘は塚間 に現れるが,苦行の詳細は記されていない.しかしながら,この二箇所では,古 代インドの物語が,〔たとえ物語そのものが想像に基づくものだとしても,〕塚間 で苦行を行う仏教僧の姿を正確に表している.両文献は,女性の死骸による誘惑 に直面し,打ち勝たなければならない苦行者としての比丘の役割を的確に表現している.両文献は,比丘が膣を見,それに触れることによって射精する可能性が あることを認めた上で,性的な間違いを避けるため,どのように自らを位置づけ るかについて指示を与えている. 以上の二つの物語で見た指針は,糞掃衣と不浄観の修行者の生活様式が,塚間 の苦行者というインド文化の範疇に属することを示している.しかし,以下の事 例が具体的に示すように,塚間(多くの仏教学者により,僧院の生活とは真逆だと考え られている空間)は糞掃衣の着用を実践するその同じ比丘が,不浄観も行う場所な のである. Kośala 国に塚間の近くに,幾つかの祠があった.祠を守る者は衣を洗って,絞った.そ れを曝すと,彼が取り込まないうちに,衣が風に吹き飛ばされて塚間に落ちた.塚間に いて,不浄観をしていた比丘がいた.彼は,その衣を見ると,周りを見渡し,誰も見当 たらなかったので,衣を持って行った.祠を守る者はその比丘を見て,「長老! 私の衣 を取らないでくれ!」と言った.僧は「私は塚間で得たのだ.貴方に関係あるのか?」 と言った6). この箇所の編纂者が前提としているのは,僧院の中で不浄観を行う集団は糞掃 衣も着るということである.本論文の要約として,この律の箇所について,幾つ かの要点を示したい.第一に,他の事例からも明らかなように,律の編纂者にとっ て,仏教の比丘が塚間にいることは驚くことではなく,通常の事態である.第二 に,律の編纂者は比丘が塚間の中にいることを禁じようとはしない.第三に,こ の比丘は,施主より衣を得ることなく,塚間で自ら衣を探し出した.最後に,比 丘が〔ブラフマニズムの〕儀礼にとって不浄な衣に触れることに対して,律の編 纂者はまったく批判しない. 1)Schopen 2007. 2)『摩訶僧祇律』T22, 252a17–22:「有二糞掃衣,比丘共要:「従今日始,若得糞掃衣当 共分.」 時一比丘得好糞掃衣,便作是念:「是衣甚好,設後更得不必及是.」 便語伴言: 「長老! 自今日始各任相録,若汝得者汝自取,若我得者我自取.」 是比丘違本要故, 是中半満者,波羅夷.」 3)『四分律』 T22, 850b25–c5:「爾時有衆多居士,載死人置塚間.糞掃衣比丘見,即語 余比丘言:「我曹今往取糞掃衣,可多得.」 彼比丘言:「汝等自去,我不往.」 比丘即疾 往,大得糞掃衣,持来至僧伽藍中浄浣治.彼比丘見,語此比丘言:「汝作何事而不共我 往取衣? 我往取衣大得来.」 此比丘言:「持来共汝分.」 答言:「汝不共我取,云何共 分?」 二人共諍.比丘白仏,仏言:「属彼往取者.」」 4)『摩訶僧祇律』T22, 303c29–304a11:「若無阿練若住処,応至塚間.若有守墓人,応語 裟を作るためにどのように衣をあさるか,墓守りとどう交渉するかについて詳細 に指示していることである. 女性の死骸の衣を取る場合,もし屍体がまだ腐っていなかったら,頭から取り始めるほ うがいい.もし屍体がすでに腐っていたら,思い通りに取ってもよい.男性の死骸の衣 を取る場合,思い通りに取ってもいい4).
4.Aśubha-bhāvanā
ここでは,初期仏教僧院において塚間に基づく修行が中心であることを示すた め,不浄観を取り上げたい.第一に分析する箇所は,すでに取り上げた箇所と重 要な共通点がある『五分律』の Cīvaravastu である.両事件において,律の編纂者 は,比丘が女性の死骸に触れることにより修行者の性的純潔(brahmavihāra)が脅 かされるという憂慮を表明している. また,ある僧が塚間に行き,足のほうから頭まで,死んだばかりの女性によって不浄観 をしていた.それで,欲情を催しきて,射精した5). この律の編纂者は,瞑想する比丘が欲情に駆られる状況を避けようとしている. 観察する方法は頭からではなくて,足からだったからこそ,比丘は射精してしまっ たと説かれる.律の他の箇所は,膣の露出部を見ることで僧の欲情が起こること を記す.したがって,比丘は「足のほうから」女性の屍体を観する間,欲情を催 す誘因は膣の露出部を見る瞬間である. どのように女性の死骸から剝ぎ取るかについての以上の箇所における比丘に対 する指示は,この事例における不浄観の適切な方法に関する方針と同一である. 不浄観の事例と同様,糞掃衣の事例は膣の露出部を見ないように促す.この糞掃 衣の事例では,まだ腐っていない女性屍体から剝ぎ取る場合は頭から始めるとい う規則に従う場合のみ不浄観が許される. 以上の二つの物語は,律の所属部派も,扱っている法の規則も異なっているけ れども,いずれも,塚間は仏教僧が苦行を行う場所だと考えられているという古 代インド文化独特の概念を共有している.律の他の箇所では,仏教の比丘は塚間 に現れるが,苦行の詳細は記されていない.しかしながら,この二箇所では,古 代インドの物語が,〔たとえ物語そのものが想像に基づくものだとしても,〕塚間 で苦行を行う仏教僧の姿を正確に表している.両文献は,女性の死骸による誘惑 に直面し,打ち勝たなければならない苦行者としての比丘の役割を的確に表現し日常語としての
papañca-坂 英 世
0.はじめに
パーリ及びジャイナの古層経典より用例が確認される1)男性名詞 papañca-(Amg.
pavañca-, etc., BHS, Cl. prapañca-)は,当時の自由思想家たちの間で術語の一つとし て使用され始めたものと見られる.ニカーヤに見られるこの術語としての papañca-が教義的問題意識の下で扱われてきた一方2),教義的文脈を離れ,広範に papañca-の基本的語義を検討したものは見当たらない.本稿では,一旦術語としての用法 を脇に置き,パーリ註釈文献3)に見られる papañca- の日常的用法を手がかりとし て,語義及び用法の検討から papañca- に新たな視点を与えたい.
1.papañca- の日常的用法
lokiyā pana “amhākaṃ tumhehi saddhiṃ kathentānaṃ papañco hotī”ti ādīni vadantā kālassa cirabhāvaṃ “papañco”ti vadanti. (Sadd 529, 1) 他方,世間の人々は「君たちと話している
と,私たちには時間の無駄だ」などと言っているので,時間が長いことを「papañca だ」 と言うのである. 以上に言及されるような用法は(時間的意味に限らず)実際に註釈文献以降確認 される.ここでは,註釈文献における術語としての papañca- に対する註釈部分と それに準じた用例を除き,註釈の著者たち自身の言葉として,あるいは説話等の 登場人物たちに語らせる言葉として用いられる例を日常的用法と見做す.派生動 詞や複合語を含め,この種の用例を検索すると 130 例程が得られる.
2.日常語としての papañca- の語義と用法
2.1. 用例調査の結果,日常的用法の範囲において,papañca-は「余計な物事・さ ま」を基本的語義とすると見られる.denom. papañceti/papañcayati,その言い換え papañcaṃ karoti4)についても,「余計なことをする,余計なものを加える」を基本 言:「我欲拾弊衣.」 若守墓人教取,取已示我,当取示之.若取死女人衣時,女身未壊 者,応往頭辺而取.若身已壊,得随意取;若死男子衣亦随意取.若死人衣有宝者,応 足躡却宝,持衣而去.若不覚有宝,持衣還乃知有宝者,応付浄人持作湯薬.若守墓者 語比丘言:「聴汝取不好衣,好者勿取.」 是比丘到塚間,不見弊者,多有好衣,即持還 語守墓人言:「正有是好衣耳.」 守墓人聴取便取,若言:「是好,不聴汝取.」 比丘応還, 更求余者.」 5)『弥沙塞部和醯五分律』T22, 134b18–20:「復有一比丘至塚間,従足至頭観新死女人, 生欲心,便行不浄.以是白仏,仏言:「不応先従足観.」」 6)『十誦律』T23, 429b7–17:「憍薩羅国近死人処,有諸天祠舎,守祠舎人浣衣絞捩,曬 已不收撿,風吹堕死人処.有一比丘死人処住,観死屍見是衣,四顧不見人便持去,守 祠人見語言:「長老! 莫奪我衣去.」 比丘言:「我死人処得,何預汝事?」」 〈参考文献〉Schopen, Gregory. 2007. “Cross-Dressing with the Dead: Asceticism, Ambivalence, and Institutional Values in an Indian Monastic Code.” In The Buddhist Dead: Practices,
Discourses, Representations, ed. Bryan J. Cuevas and Jacqueline Stone, 60–104. Honolulu:
University of Hawai’i Press.
〈キーワード〉 vinaya,苦行,塚間(śmaśāna),糞掃衣(pāṃśukūlika),不浄観(aśubha-bhāvanā) (東京大学東洋文化研究所特別研究員) 堀内俊郎 著