目次
一︑はじめに
二︑希望表現を表す漢字
三︑各漢字の訓法
四︑おわりに
本稿は︑別稿
(l
を受け︑興福寺本大慈恩寺三蔵法師伝古点︵以下︑三)
蔵法師伝古点と略称する︶における希望表現
( 2)
を解明しようとするもの
であ
る︒
大慈恩寺三蔵法師伝は三蔵法師玄契の伝記である︒南都興福寺所蔵の
古写本は十巻十軸で︑巻第一の奥に延久三年
(1
0七一︶書写の奥書が
あり︑この書の古写本の中で現存最古である︒全巻に詳密な古訓点が施
され︑国語史料として非常に有益なものである︒.
テキストには︑築島裕博士﹁興福寺本大慈恩寺三蔵法師偲の國語學的
研究・謁文篇﹂︵東京大学出版会一九六五年︶を用い︑訓読文もそれ
興福寺本大慈恩寺三蔵法師伝古点における希望表現について 一︑はじめに
欲︵八0)
庶(
‑七
︶
乞(
‑四
︶
願︵
八六
︶
翼(
‑三
︶
祈(‑)
惟︵
一︶
欽︵
五︶
尚︵
二︶
希︵
六︶
慕︵
四︶
渇︵
一︶
望︵
八︶
楽︵
四︶
興福寺本大慈恩寺三蔵法師伝古点における希望表現について
二︑希望表現を表す漢字
言うまでもなく︑三蔵法師伝は漢字を用いて漢文法に則って製作され
た古典中国文である︒従って︑如何に日本語に訓読されているかを考え
る前に︑まず︑漢文法の視点より︑原漢文において希望表現が如何に表
れているかを見る必要があろう︒そこで︑希望表現を表す漢字を抽出す
ると︑以下の十四種が確認できた︵括弧内の数字は用例数である︶︒
即ち︑三蔵法師伝においては︑希望表現を表す漢字の種類は非常に豊
富で︑表現形式はバラエティに富んでいることが言える︒これは︑伝記
という文体と関係があろう︒しかし︑それぞれの用例数を見ると︑ に
従う
︒
連
仲 友
柴
田
昭
﹁オモフ﹂という訓法の用例数が最も多く︑
一例
ずっ
見ら
れる
b
︒( 1 )
法師報云欲向西国求法︵巻一
法師報︵へ︶テ云︵ハ︶ク︑ ーヽ
﹁オ
モフ
﹂
ヨク ス オボ オモフ 訓法
ス
オボ
ユ
ホス
﹁オ
ボス
﹂
一六
五行
︶
﹁西國二法ヲ求︵メムト︶釦オ﹂ ﹁オボユ﹂の訓法 全用例数
一 一
四 一二
三二
三 ﹁欲﹂﹁願﹂は八十例以上見られるが︑他の諸漢字の用例数は遥かに少ない︒言い換えれば︑﹁欲﹂﹁願﹂が希望表現の中心であり︑他の諸漢字は周辺的な存在なのである︒
三︑各漢字の訓法
ここから︑実例を通して各漢字が如何に日本語に訓読されているか︑
その訓読の実態を検討する︒
﹁オ
ボス
﹂
確実例数
二五
一 一
二七
三 ﹁欲﹂の訓法の種類及び各訓法の用例数は次の通りである︒ (
‑
︶
﹁欲
﹂の
訓法
﹁オ
ボユ
﹂は
2 ヽ
﹁ホス﹂の訓法
ーレ
( 2 )
帝因問日欲樹功徳何最饒益︵巻七
帝因︵リ︶テ問︵ヒ︶テ日︵ハク︶
何ニカ最モ饒益スル﹂
例
( l )
︵2
)
から見られるように︑﹁オモフ﹂と訓読される場合は
﹁ームトオモフ﹂の形をとっている︒これは︑話者が﹁仏法を求めた
い﹂﹁功徳を立てたい﹂という﹁願望﹂を直接に﹁表出﹂する用法であ
る ︒
オホスラム
( 3 ) 言久疲勒欲眠︵巻︱二九五行︶
言︵ハ︶ク︑﹁久︵シ︶ク疲勧シテ眠︵ラム︶卜甜刈ラム﹂
オホユ
( 4 )
法師又云玄芙一生以来所脩福恵准斯相貌.欲似功不唐捐信知佛教
因果並不虚也︵巻十九一行︶
法師又云︵ハク︶︑﹁玄笑一生ヨリ以来所脩ノ福恵︒斯ノ相貌二
准︵スル︶二功︑唐捐二︵アラ︶不ルニ似タリト欲ユ︑信二知
︵リ︶ヌ︑佛教ノ因果並︵ヒ︶二虚︵ナラ︶不︵ルコトヲ︶
[也
]﹂
例
( 3 )
の﹁オボス﹂と例︵4︶の﹁オボユ﹂は︑訓読法としては基
本的には﹁オモフ﹂と同質なものである︒ただし︑敬語形式をとり一定
の待遇の差を表している︒
三蔵法師伝古点に﹁ホス﹂の訓法は二例見られ︑量的には少数である︒
'. ,
,
!
;
:
:
,
!
︱二
八行
︶
﹁功
徳ヲ
樹︵
テ︶
ムト
釦オ
︑
3 ヽ
﹁ス
﹂の
訓法
ぃk
( 5 ) 法師是小乗僧意復不欲居大乗寺︵巻二二
0
0行 ︶
r 法師是小乗ノ僧ナリ︑意復︵夕︶︑大乗ノ寺二居マクト欲セ不
ーし
い
( 6 ) 方堪称福田意並欲之︵巻七︱︱四行︶
方二福田卜称スル︵二︶堪︵へ︶タリ︑﹂意並︵ヒ︶二之升甜刃'
例
( 5 )
は﹁ーマクトホセズ﹂の形で﹁Iしたくない﹂﹁ーしないで
ほしい﹂という否定的希望を表し︑例
( 6 )
は﹁ーヲホス﹂の形で﹁I
︵事物︶を欲する﹂という意を表す︒
三蔵法師伝古点において﹁ス﹂の訓法は多数見られる︒
ー
( 7 )
有人報亮云有僧従長安来欲向西国不知何意︵巻︱一六四行︶
有︵ル︶人亮二報シテ云︵ハク︶僧有︵リ︶︑長安従︵リ︶来
︵リ︶テ西國二向︵ハムト︶糾︑何ノ意トイフコトヲ知︵ラ︶
不 ﹂
'
( 8 ) 帝書碑並匠嬌屹脆欲送寺︑︵巻九八
0行 ︶
︑帝︑碑ヲ書シ並匠嬌シ詑︵リ︶テ将二寺二送︵ラムト︶欲
例
( 7 )
︵8
)
は︑﹁ームトス﹂の形で﹁西国に行こうとするとこ
ろ﹂﹁寺に送ろうとするところ﹂の意を表し︑いわゆる有情物の﹁将
然﹂を表す用法である︒
以上の考察から分かるように︑三蔵法師伝古点における﹁欲﹂に対応
する訓法は︑表す意味によって一二つのグループに分けられる︒即ち︑
興福
寺本
大慈
恩寺
三蔵
法師
伝古
点に
おけ
る希
望表
現に
つい
て
﹁ーしたい﹂という﹁願望﹂の意を表す場合は﹁ームトオモフ﹂で訓
﹁オ
ボユ
﹂で
訓読
する
︒
読し︑同じ意で待遇の差を表す場合は﹁オボス﹂
ー ク ト
﹁ーしたくない﹂という否定的願望を表す場合は﹁マホセズ﹂
﹁ー︵事物︶を欲する﹂の意を表す場合は﹁Iヲホス﹂で訓読する︒更
に︑﹁ーしようとするところ﹂という﹁将然﹂の意を表す場合は﹁ーム
トス﹂で訓読するのである︒
﹁願
﹂の
訓法
三蔵法師伝古点における﹁ネガフ﹂という訓法は︑文末における動詞
的用法と︑文頭に置いて文末の特定な結び語︵助動詞ム又は用言の命令
形︶と呼応して用いる副詞的用法とに分けられる︒
( 9 )
時迦畢試國所送使人貪其速還利馴滝留︵巻二二五七行︶
時二迦畢試國ヨリ送︵ル︶所ノ使ノ人其ノ速二還︵ラム︶
貪
︵ リ
︶ テ 滝 留 ヲ 願
︵ ハ
︶ 不
ーヽ
﹁ネガフ﹂の訓法 訓法
ネガフ
ネガハクハ
コフ
グワンス
グワン ﹁願﹂の訓法の種類及び各訓法の用例数は次の通りである︒ ︵ 二 ︶
用例数一
一 一
六七 三四
コト
ヲ
:
'
' '
2 ヽ
( 1 0 )
亦不
願師
辛苦
︵巻
七二
六︱
︱︱
行︶
亦︑師ノ辛苦︵セム︶コトヲ願︵ハ︶不
例
( 9 )
︵1 0
)
における﹁ーヲネガハズ﹂は動詞的用法で︑漢文の「不願」に対応する訓読語として、「—を希望しない」
を表
す︒
( 1 1 )
荊馴照其誠懇生其福田︵巻七二五五行︶
願︵フ︶所︵ハ︶其ノ誠懇ヲ照シテ其ノ福田ヲ生 何れも原という意
︵シ
︶タ
マへ
( 1 2 )
荊卿佛光王千佛摩頂百福凝駆徳音日茂曾規胚相︵巻九三一四行︶
願︵フ︶所︵ハ︶佛光王︑千佛摩頂百福駆ヲ凝︵シ︶テ徳音日ニ
茂︵ク︶シテ曾テ胚相ヲ規トセ
A l l
例
( 1 1 ) ( 1 2 )
の原漢文の構文はすべて﹁所願﹂である︒この﹁所
願﹂に対応する﹁ネガフ所ハ﹂は副詞的な働きを持つ︒例
( 1 1 )
は﹁ネ
ガフ所ハータマヘ﹂の形で﹁希求﹂を直接に﹁表出﹂し︑例
( 1 2 )
は
﹁ネガフ所ハーム﹂の形で﹁願望﹂を直接に﹁表出﹂する︒
﹁ネガハクハ﹂という訓法は量的に最も多いが︑その用法は極めて規
則性が強い︒即ち︑副詞として文頭に置き︑文末の特定な結び語と呼応
して﹁願望﹂又は﹁希求﹂を直接に﹁表出﹂する︒例
( 1 1 )
︵1 2
)
にお
ける﹁ネガフ所ハ﹂と同じ用法である︒
( 1 3 )
天下依蹄如適父母馴輿兄投也︵巻一九
0行 ︶
天下依帰すること父母に適クか如︵シ︶願︵ハク︶は兄輿投せ村・ ﹁ネガハクハ﹂の訓法
4 ヽ 例 ( 1 7 )
( 1 4 )
馴輿法師長為春属︵巻一三三四行︶
願︵ハクハ︶法師︵卜︶輿二長ク脊属卜為
( 1 5 ) 馴 自 掛 量 勿 軽 身 命
︵ 巻
︱
︱ 九 六 行
︶
︑
願︵クハ︶自︵ラ︶掛量︵シ︶テ身命ヲ軽︵ムスル︶
( 1 6 )
例
( 1 3 )
︵1 4 )
は﹁ネガハクハ\ム﹂で﹁願望﹂を直接に﹁表出﹂し︑
例
( 1 5 ) ( 1 6 )
は﹁ネガハクハ\用言命令形﹂で﹁希求﹂を直接に﹁表
出﹂する用例と解される︒
( 1 7 )
﹁グワンス﹂も以下の一例のみである︒ 3 ヽ
﹁グワンス﹂の訓法
は副
詞的
用法
で︑
コ︵ フ︸
奉願皇太后逍遥六度神遊丹朗之前︵巻八三九七行︶
コ︵ フ一
奉リ願皇太后︑六度二逍遥シ︑神丹朗ノ前二遊ヒ
﹁コフ﹂という訓法は以下の一例のみである︒
﹁コフ﹂の訓法 願師暫往観證︵巻ニ︱四
0行 ︶
願︵ハク︶ハ師暫︵ク︶往︵キ︶
[也
]
﹁希
求﹂
を表
す︒
^
ヽフム
I I
テ観幡吋卦
匹
コト
研叶
﹂
ーヽ
ス
( 1 8 )
願乞衆聖冥加使往還無梗︵巻︱一四三行︶
[願]衆聖ノ冥加ヲ乞︵ヒ︶テ往還梗無︵カラ︶使ス
︵ 三 ︶
﹁欲﹂﹁願﹂以外の諸漢字の訓法は﹁︵コヒ︶ネガフ一
ガハクハ﹂﹁ノゾム﹂﹁イノル﹂﹁コフ﹂が見られる︒
﹁︵
コヒ
︶ネ
ガフ
﹂
ネカ
ヒ・
﹃
( 2 0 ) 亦猶古人之欽李郭突︵巻︱
10
四行
︶
亦古人︵ノ︶李郭ヲ鉗日ジか猶し[突] 例
( 1 8 )
﹁ 欲 ﹂ は
ヽ
﹁︵
コヒ
︶
﹁ネガハクハ﹂と訓読されるもの ﹁願﹂以外の諸漢字の訓法
︵ メ ︶
の形で実動詞的用法である︒
﹁ー
トグ
ワン
ス﹂
以上の考察から分かるように︑三蔵法師伝古点における﹁願﹂に対応
する訓法は主に﹁ネガフ﹂と﹁ネガハクハ﹂である︒原漢文に﹁不願﹂
﹁所願﹂の場合は﹁ネガハズ﹂﹁ネガフ所ハ﹂と訓読するが︑それ以外
の﹁願﹂はすべて﹁ネガハクハ﹂で訓読する︒﹁コフ﹂﹁グワンス﹂は一例ずつのみで補助的なものといえる︒
﹁︵
コヒ
︶ネ
まず︑﹁︵コヒ︶ネガフ﹂と訓読されるものを見よう︒
希望を表す漠字形式﹁希﹂﹁欽﹂﹁慕﹂﹁楽﹂﹁尚﹂﹁渇﹂﹁翼﹂は
﹁ネガフ﹂と訓読され︑﹁庶幾﹂は﹁コヒネガフ﹂と訓読される︒
ネカフ
1 9 ) 故乃冒犯威厳敢希題目︵巻六一九二行︶
︵
ネヵ故︵二︶乃︵シ︶威厳ヲ冒シテ犯シテ敢︵へ︶テ題目ヲ希フ
興福寺本大慈恩寺三蔵法師伝古点における希望表現について ヨト願
( 2 1 ) ( 2 2 )
ネヵハル︑
其 為 朝 賢 所 慕 如 是
︵ 巻 七 二 五 八 行
︶
ネカ其ノ朝賢ノ為二[所]慕ハルヽ︵コト)是
̲L V
有支那国僧築通大法︵巻三二六四行︶
支那国ノ僧有︵リ︶︑大法ヲ通︵セム︶
ネカフ
( 2 4 ) 高山斯仰清流是渇︵巻十二七三行︶
ネカ高山斯二清流仰ク︑是ヲ渇フ
ヨ
︵ノ
︶如
︵シ
︶
ト剣オ
L
( 2 3 ) 法皇立教義尚流通︵巻五ニニ行︶
﹁法皇︵ノ︶教ヲ立︵ツル︶コト義[尚]流通セムコトヲ削引[
( 2 5 )
玄契此行不求財利無劇名誉但為無上正法来耳︵巻︱二六九行︶
﹁玄芙此ノ行財利︵ヲ︶求︵メ︶不︑名誉︵ヲ︶翼︵フ︶コト無
シ︑但︵シ︶無上︵ノ︶正法ノ為二来︵ラク︶耳
( 2 6 )
コヒ
・ネ カフ
童子見佛奉土諏敢庶幾謹送片物表心具如別疏︵巻七二五四行︶
童子佛ヲ見テ土ヲ奉ル︑諏ク敢︵へ︶テ庶幾フ︑謹︵ミ︶テ片物
ヲ送︵リ︶テ心ヲ表ス︵ルコト︶具二別疏ノ如シ
右の例から見られるように︑漢文においてこれらの漢字の間に微細な意味の差が認められるが︑それに対応する訓読語はすべて﹁︵コヒ︶ネ
ガフ﹂である︒なお︑﹁︵コヒ︶ネガフ﹂と訓読される用例は動詞的用
法で
ある
︒
次に
︑
﹁ 惟 ﹂
﹁ネガハクハ﹂﹁コヒネガハクハ﹂と訓読されるものを見よう︒
﹁翼﹂は﹁ネガハクハ﹂︑﹁庶・庶幾﹂は﹁ネガハクハ﹂と訓読
( 3 1 )
k ,
一国人皆為師弟子望師講授︵巻︱︱︱
10
七行
︶
一国ノ人ヲシテ皆師卜為令ム︑弟子︑師ノ講授︵シタマハム︶トヲ劉叫 これらの訓法で訓読される漢字は﹁望﹂のみである︒
2 ヽ
﹁ノ
ゾム
﹂
﹁ノゾマクハ﹂と訓読されるもの
ハク
"
( 2 8 ) 翼保安眉壽︵巻七三二四行︶
翼ハクハ︑眉壽ヲ保安シテ
( 2 7 )
仰
f
l
菩薩慈念群生以救苦為務︵巻︱二七
0行 ︶
仰︵キ︶テ惟︵願也︶︵ハク︶ハ菩薩群生ヲ慈念︵シ︶テ救苦︵ヲ︶
以︵テ︶務︵卜︶為
ネカハクハ
( 2 9 ) 庶延景福式資冥助︵巻八三九六行︶
庶ハクハ景福ヲ延︵へ︶テ式テ冥助ヲ資セ
A l l
じ ネ カ ハ ク ハ
( 3 0 ) 庶後之覧者無或喘焉︵巻一五三行︶
コヒネカ庶ハクハ後の[之]覧ム者ヽ或ク(ハ)
[ 焉 ]
右の例から見られるように︑これらの﹁ネガハクハ﹂﹁コヒネガハク
ハ﹂と訓読される用例は副詞的用法であり︑何れも相手に対する﹁希
求﹂を直接に﹁表出﹂する用例である︒ さ
れる
以外
に︑
喘ルコト無︵力︶レ
﹁コヒネガハクハ﹂とも訓読される︒
コ
右の﹁コフ﹂は動詞的用法である︒ ﹁コフ﹂と訓読されるのは﹁乞﹂の一字のみである︒ 4
ヽ
﹁コフ﹂と訓読されるもの 右の﹁イノル﹂は動詞的用法である︒ ﹁イノル﹂と訓読されるのは﹁祈﹂の一字のみである︒ 3 ヽ
﹁イノル﹂と訓読されるもの
( 3 2 )
亦劉典垂神翰林題製一序讚揚宗極︵巻六一四五行︶
亦望︵マク︶ハ典ケテ神翰ヲ垂︵リ︶テ題︵二︶一序ヲ製シテ宗
極ヲ讃揚︵シ︶タマへ
右の例から見られように︑﹁ノゾム﹂と訓読される用例は動詞的用法
である︒﹁ノゾマクハ﹂と訓読される用例は副詞的用法であり︑相手に
対する﹁希求﹂を直接に﹁表出﹂する用例である︒
( 3 3 )
ー
敢縁斯義冒用子祈︵巻九三八行︶
敢︵へ︶テ斯ノ義二縁リテ冒シ︵テ︶用て子キ棚叫
b
( 3 4 )
'願乞平安︵巻九二二三行︶願︵ヒ︶テ平安︵ナラム︶コトヲ包オ
以上の例から見られるように︑原漢文における多彩な漢字形式に対し
て︑対応する訓読語が案外に種類が少ない︒﹁望﹂﹁祈﹂﹁乞﹂を除け
六
ば︑他の漢字はすべて﹁︵コヒ︶ネガフ﹂﹁︵コヒ︶ネガハクハ﹂
読されている︒この訓読語の簡略化現象は注目すべきことである︒
三蔵法師伝古点においては︑希望表現を表す漢字の種類は非常に豊か
である︒しかし︑用例数から見ても意味から見ても︑その中心的なもの
は﹁欲﹂と﹁願﹂である︒
﹁欲﹂の訓法は︑﹁オモフ﹂﹁オボス﹂﹁オボユ﹂﹁ホス﹂﹁ス﹂
﹁ヨク﹂が見られるが︑﹁オモフ﹂と﹁ス﹂が中心である︒.
﹁願﹂の訓法は︑﹁ネガフ﹂﹁ネガハクハ﹂﹁コフ﹂﹁グワンス﹂
﹁グワン﹂が見られるが︑﹁ネガフ﹂と﹁ネガハクハ﹂が中心である︒
﹁欲﹂﹁願﹂以外の諸漢字の種類は多いが︑対応する訓読語は単純で
ある
︻ 注 ︒ ( ︼ 1 ) 柴田昭二︑連仲友﹁希望表現の通史的研究序説﹂︵﹁香川大 学教育学部研究報告﹂第
I部第
1 0 9 号 平 成
年31 2
月︶
︒ ( 2 )
ここでいう希望表現とは︑人の願い望みに関する︑一種の心情的
表現形式である︒また︑その下位分類として︑話者自身の動作・
状態に対して向けられるものを﹁願望表現﹂︑他者の動作・状態
に対して向けられるものを﹁希求表現﹂と称する︒さらに︑希望
を直接発する場合を希望の﹁表出﹂︑それ以外の問い質しや過去
などの場合を希望の.﹁説明﹂と称する︒現代日本語においては︑
﹁願望﹂は﹁ーたい﹂の形で︑﹁希求﹂は﹁\てほしい﹂の形で
表現するのが最も一般的である︒したがって︑一人称現在形式
﹁一人称\たい﹂﹁一人称ーてほしい﹂はそれぞれ﹁願望﹂︑
﹁希求﹂の﹁表出﹂であり︑一人称の過去﹁一人称\たかった﹂
興福
寺本
大慈
恩寺
三蔵
法師
伝古
点に
おけ
る希
望表
現に
つい
て一
四︑おわりに
で訓
七
︵ 二 0
0三年十一月二十八日受理︶ 式は︑﹁説明﹂にあたる︒ ﹁二人称\てほしいか﹂︑三人称の﹁三人称\たがる﹂などの形 ﹁一人称\てほしかった﹂︑二人称の疑問﹁二人称\たいか﹂
︵しばたしょうじ香川大学教育学部教授︶
︵れんちゅうゅう香川大学外国人研究者︶