I L O に お け る 公 務 員 争 議 権 論 の 展 開
32
0
0
全文
(2) 論説︵中山︶. 一二六. った︒憲法・行政法と労働法とでは専門領域に大きなちがいがあり︑また︑学問の方法の上でも︑大きなちがいがあ. った︒私が直接の指導をうけた野村平爾先生の方法論とは全く異なっていたし︑同時代の和田小次郎︑戒能通孝︑江. 家義男といった先生たちとも大きく異なっていた︒ある弔辞によれば︑有倉先生は法実証主義者であったという︒そ. して大須賀明有倉門下生の追悼座談会における発言では︑法実証主義という言葉を実定法の領域内での形式論理操作. の意味にとって︑有倉先生は歴史の流れを洞察する力をもち︑そこから一つの方向を選択し︑それを精緻な論理でま. とめていく学門的な手法があるので︑単なる法実証主義者ではなかったという︵季刊教育法三三・互五四−五頁︶︒そし. てさらに︑有倉先生の教育法を全面的に検討し直したうえで︑有倉法学は法解釈学であるが︑その基底にほの見える. 価値判断が﹁歴史の進歩の方向を柔軟に洞察しその方向に開かれた進歩的な自由主義なのであった﹂とする兼子仁発. 言がある︵﹁有倉教育法学の歴史的意義﹂同誌工ハ三頁︶︒私はここで有倉法学の位置づけを論ずるのを主題とするつもり. はないが︑こうした三様の評価のいずれにも共通する︑有倉法解釈学の論理的精密さこそ︑私が先生の﹁胸﹂を借り た理由の一つであった︒. 労働法学は戦後一挙に開花した学問であったから︑歴史をかけてみがきあげられた概念もなければ︑機械のように. 精密な法規も存在しない︒わずか二ヵ条の憲法規定を根拠にして︑労働三法とよばれる比較的単純な︑そして政策的. 要素を強くふくむ実定法しかない世界からすべてを構築する︒したがって労働法学は法実証主義を生み出す条件をも. たなかったし︑法社会学的考察を欠く法解釈学で割り切れる部分もまた乏しかった︒戦後三十余年を経た今日でこ. そ︑労働法学の中に法実証主義を主張する者もあらわれているけれども︵しかし決して大須賀流に定義する法実証主.
(3) 義ではあり得ない︶︑私が研究者として歩きはじめた頃には有倉法学の方法は︑労働法学にとっては全く異別なもの. であった︒したがって︑なんらかのきっかけがなければ︑私は先生の﹁胸﹂を借りることは決してなかったろうと思 うo. そのきっかけは︑私が官公労働法の分野に関心をもち︑研究をはじめたことにあった︒公共企業体等労働関係法︑. そして国家公務員法︑地方公務員法と研究の対象をひろげればひろげるだけ︑行政法の分野とオーバー・ラップする. ようになり︑行政法学が歴史をかけて築き上げてきた方法を知ることがどうしても必要になってぎた︒一九六三年に. はじめて国際会議に出席し︑外国の行政︑行政法学者と討議する機会をもったときに︑私は何人もの有倉先生を相手. にしているような気がした︒在欧中に書き送った手紙の数は︑野村先生にあてたものよりも︑有倉先生にあてたもの. の方が多かったはずである︒そして帰国後︑比較法研究所主催の報告会での私のテーマは︑﹁労働法による行政法の. 浸触﹂であった︒有倉先生はこの乱暴な挑戦を軽々とうけ流し︑しかしそれでも私は﹁胸﹂を借りたことの満足感を 十分に味わった︒. こうして私は機会あるたびに先生の﹁胸﹂を借りた︒そしてその過程で︑実践の場における先生とご一緒する機会. をも得ることができたのは︑望外の幸せというべきであったろう︒いわゆる勤評反対闘争が全国各地で燃え上り︑多. くの裁判が進行する過程で︑先生が反対闘争の正当性を論証することになる鑑定書を書かれたのも︑また︑猿仏事件. とよばれた郵便労働者の政治活動を理由とする刑事罰の合憲性が争われた事件の控訴審で︑札幌高裁に鑑定的証人と. 二一七. して立たれたのも︑私が目のあたりにすることのできた先生の実践活動であった︒それは先生の護憲運動の一環とし ILOにお け る 公 務 員 争 議 権 論 の 展 開.
(4) 論説︵中山︶. 二一八. て位置づけられるものであるけれども︑先生の通常の行動様式を一歩出るものであったと考えられる︒そしてそれら. の実践活動の中では︑先生とともに同じ方向で︑同じ目的をもって︑分野は異なりながらも︑私も歩むことができ た︒. 一九六〇年代からはじまったこの長い関係は︑先生が亡くなられるまで続いた︒先生は﹁胸﹂をかりて突っかかっ. てくることを承知の上で︑時には挑発し︑時には肩すかしをくわせ︑時には真剣に組みふせようとされた︒先生には. 何でも︑言いたいことを遠慮なく言え︑ぎわどいじょうだんをも平気でやりとりできたのも︑こうした長いあいだ. ﹁胸﹂を借りることができたおかげであった︒私が労働法と行政法の交錯する領域の中で︵教育法をふくめて︶少し. でも学問的な仕事をすることができてきたとするなら︑そのすべては有倉先生のおかげであった︒. しかし︑野村先生を奪い去ったのと同じガンが︑有倉先生をも奪い去った︒労働法と行政法の交錯する領域での研. 究は︑未だ︑はじまったばかりといっていいほど未開拓である︒先生には︑もっともっと長生ぎをし︑もっともっと. ﹁胸﹂を借りたかったと切実に考える︒しかしそれもかなわないものとなった今は︑ただ先生の安らかなご冥福を祈 るのみである︒. 本稿は︑目教組の一九七四年春闘における争議行為にたいして刑事責任を追及する︑いわゆる四・一一事件の東京. 地裁公判において︑一九七九年六月二〇目に鑑定的証言を求められたさいの覚え書ぎを土台とするものである︒教育. 地方公務員の争議行為を地方公務員法は全面一律に禁止し︑その﹁あおり﹂行為等について三年以下の懲役または一. 〇万円以下の罰金を予定している︒勤評事件当時︑この刑罰の合憲性をめぐって大論争が展開された︒私が生れては.
(5) じめて鑑定的証人として証言に立ったのも︑東京地裁における東京都教組勤評刑事事件の公判廷においてであった︒. 勤評事件が昭和四四年四月二目の大法廷判決によって完全無罪となって終ったこと︑その後の逆転最高裁が昭和五一. 年五月二一日の岩手県教組事件大法廷判決によって学力テスト反対のための団体行動を有罪としたことなどについ. て︑ここで詳しく述べることはしない︒昭和四四年判決を獲得するについても︑昭和五一年判決に反対するについて. も︑有倉先生は常に同じ隊列にあったし︑同じ目的にむけて実践してこられた︒それを考えれば︑この論文をささげ. ることが︑最適の追悼の意をあらわすことになろうと私は確信している︒憲法による基本的人権の保障を理不尽に踏. みにじる最高裁判所の現在の判例理論を打ちくだくことは︑有倉先生の︑為残された課題の一つであるから︑私のこ. の論文は︑先生のご遺志をつぐものと考えている︒もっとも︑超近眼の先生が︑紙に鼻をつけるほど近付けて︑﹁﹃為. 残された﹄というのは上手くないね︒中山君︒なんとか代えてもらえないかね﹂と言われる声が聞えるような気がし ているが︒. 論. ILOにおける公務員争議権論の展開. 跡をたどることを目的とする︒もちろんILOは国際政治のうえに成り立っており. 二一九. その活動は高度に政治的であっ. 達したILOの公務員争議権論の内容を正確に測定するため︑第二次大戦後のILOのこの問題についての活動の足. それは各国政府の思惑が十重二十重にからんでいて︑単純に理解できるようなものではない︒本論はこの新段階に到. ①ILOにおける公務員の争議権のとりあつかいは一九七八年の公務条約の採択によって︑一つの段階に到達した︒. 序.
(6) 論説︵中山︶. 二二〇. て理論的一貫性を必ずしも常に保持しているわけではない︒したがってILOの活動の断片をとり出し︑それのみに. この判決は先例をみない綿密なILO文書への言及をおこなった︒しかしそこで引用されている文書は︑旧時代のものであ. 依拠してILOを評価することは誤りであって︑ILOの総体における流れを的確に把握することに努めなければな 注 らず︑さもなければ昭和四八年四月二五日の最高裁大法廷判決︵全農林警職法事件判決︶の轍をふむことになろう︒ 注. であった︒最高裁はその後の判例では再度言及することをしていないが︑この判決のこの点についての批判として中山﹁争議. ったり︑断片的で文脈を無視する恣意的なものであったり︑およそ好ましからぬILOへの言及の典型例といえるようなもの. 一. 期. 権裁判例の軌跡﹂一粒社︑三三二頁以下を参照︒. 第. ②この問題についてのILOの展開は戦後一九六〇年までの第一期と︑その後七〇年までの第二期そして七〇年以降. の第三期に区分することが便宜であるように思われる︒もちろんこの区分は便宜的なものであって︑以下にみるよう. にそれぞれの中でおよそ五年きざみに小区分できる現象を見出すことができるので︑戦後から一九五五年ごろまでを. 第一期︑五六年ごろから六五年までを第二期︑そして六六年から七五年までを第三期とし七六年以降を第四期とす. る︑別の時代区分を並行して採用することも可能であろう︒ここではとりあえず前者の区分により︑戦後から一九六 〇年までを第一期として検討する︒. ③ILOの戦後は一九四四年のフィラデルフィア宣言︵現在の国際労働機関憲章の附属文書︶にはじまる︒その中で. は﹁結社の自由﹂の確立が優先順位をもってILOの根本原則として確認され︑そのための立法措置が開始されるこ.
(7) ととなった︒その第一歩が一九四八年の八七号﹁結社の自由及び団結権の保護に関する条約﹂の採択であり︑第二歩. が一九四九年の﹁団結権及び団体交渉権についての原則の適用に関する条約﹂九八号の採択であった︒. ④この二つの条約はともに﹁結社の自由﹂にかんする条約であって︑労使団体の国家権力にたいする関係での自由結. 成︑自由運営︵八七号条約第一部﹁結社の自由﹂︶と︑労使団体相互の関係での干渉をうけない権利︵八七号条約第二部﹁団. 結権﹂︶が保障の対象となっており︑団体交渉権︵九八号条約第四条︶は右の意味での団結権のコ・ラリーと考えられて. いる︒そしてこれらすべてを包括する広い意味での﹁結社の自由﹂にストライキ権をふくまないことは十分注意され. るべぎことである︒たとえば九八号条約一条二項b号と目本の労組法七条一号の規定の差をみれば前者が保護される. 組合活動を﹁労働時間外に若し︽は使用者の同意を得て労働時間内に組合活動に参加したという理由で﹂と規定し︑. 後者が単に﹁労働組合の正当な行為をしたことの故をもって﹂と規定して︑明白な差異が知れる︒前者はストライキ. をふくまず︑後者はストライキをふくむ︒この差は︑八七号︑九八号条約が採択された一九四八︑四九年当時の世界. の水準が︑民間労働者一般についてすら︑ストライキ権を保障する水準に達していなかったことを反映している︒八. 七号条約の作成にあたっての事務局原案が﹁この条約は公務員のストライキ権をふくむものではない﹂という趣旨の. 条項の要否について各国の政府の意向を間うたのに︑回答はいずれも︑八七号条約はストライキ権をとりあつかう条. 約ではないので︑そのような条項を必要としない︑というものであり︑その結果条約案から削られたこと︵詳しくは中 山﹁I﹂0と労働基本権﹂日評︑二一貢参照︶は︑この時代をもっとも良く示すものである︒. 二一二. ⑤一九五〇年以降︑右の﹁結社の自由﹂の原則を世界中へいきわたらせる目的で結社の自由にかんする事実調査調停委 ILOにおける公務員争議権論の展開.
(8) 論説︵中山︶. 二二二. 員会﹂と︑その予審としての﹁結社の自由委員会﹂とが設けられた︒これらの委員会は右の二条約の批准の有無︑二条. 約の文言に必ずしも拘束されることなく︑﹁結社の自由﹂の原則の確立のための努力を積み重ねることになるが︑常. に︑右二条約にストライキ権がふくまれていないことを再確認せざるを得なかった︒ストライキが組合活動の中心的. な︑かつ不可欠の部分であることを考えれば︑結社の自由委員会の活動展開上︑多大の困難があったことは想像以上. である︒結社の自由委員会はストライキ権が労働者とその団体にとって彼等の職業的利益を維持改善するための不可. 欠な手段の一つであること︵第二次報告六八項涯一九五二年公表︶をいちはやく承認し︑ストライキ権にかんする申立は. 一九六〇年公表︶︒﹁労働組合の諸権利﹂という概念と﹁結社の自由﹂の原則との異同について︑結社の自由委. それが﹁労働組合の諸権利の行使﹂にかかわるものであるかぎり︑管轄権の中にふくまれると判断した︵三〇次報告 七六項. 員会は説明を加えていないが︑それは一九四八︑四九年段階におけるストライキ・アレルギーが次第に消滅していく 過程ととらえることができそうである︒. ⑥一般労働者についてすらこのような状況下にあったので︑公務員のストライキ権についてはほとんど無関心の状態. にあったことも︑いわば必然的であったろう︒日本の総評︑世界労連が国公法︑地公法︑公労法︑地公労法による. ﹁結社の自由﹂の原則侵害について訴えた結社の自由委員会六〇号事件において︑結社の自由委員会はコ雇用条件が. 法令によって定められる公務員については︑多数の国において︑その雇用を規制する法制中においてストライキ権は. 正規の条件としては否定されており︑この問題のこの部分に対しこれ以上の考慮を加える理由はない﹂と判断した. ︵第一二次報告五二項n一九五四年︶︒その後問題となる代償措置の原則が公労法︑地公労法適用職員︵つまり法令によ.
(9) る雇用条件をもたない職員︶についてのみ抽象的に語られているにすぎない︒つまりこの段階では︑特権的地位にあ. った戦前の公務員像がILOを支配しており︑厳密な考察の対象としてとりあげられなかったことを意味する︵ちなみ. に結社の自由委員会の判例集等8&目9︾霧o息蝕O昌︶i瓢蒔①警亀号息忽O霧亀導Φ写8&営亀餌ω8息甲. ぎ昌Oo馨且簿89跨①○○<Φ導冒αq国o身亀9①Fρ一〇認︸ー二六三項で引用されている右の見解は二一次報. 告に言及されているだけで累次の見解となりえなかったことを示している︒また同書第二版︑一九七六年でも全く同. 様である︶︒それにもかかわらず最高裁の前述全農林警職法事件判決が︑この見解をいまなお生ぎているものとして. 引用し︑その論拠に利用しているのは︑ILOの見解を全体の流れの中でとらえず︑部分のみをぬき出すものとして 批判されなければならない︵中山前掲﹁争議権裁判例の軌跡﹂三三二頁以下参照︶︒. ⑦ILOのストライキ・アレルギーを消去したのは一九五七年の一〇五号条約︵強制労働廃止︶の採択であった︒この. 条約は裁判所の有罪判決の結果科される強制労働であっても︑政治的意見の表明に対する制裁や︑ストライキに関与. したことに対する制裁としては許されないことを明らかにし︑ILOの人権条約の一つとして高い価値を獲得した︒. ILO条約の中ではじめて登場する﹁ストライキ﹂という言葉をふくむこの条約一条d号の規定は︑しかしながら︑. 結社の自由委員会の結論に影響を与えなかった︒結社の自由委員会にとっては﹁結社の自由﹂の原則が問題であって︑ ヤ 強制労働はその管轄外にあるからである︒しかし︑ストライキヘの科罰を禁ずるこの条約がストライキ権と無縁であ. 一三三. りうるはずはなく︑やがて一九六八年の条約および勧告の適用にかんする専門家委員会の一般調査によって︑目本法 との関係も明らかにされることになるのである︵後述⑮参照︶︒ ILOにおけ る 公 務 員 争 議 権 論 の 展 開.
(10) 論. 説︵中山︶. ニニ四. ⑧この時期の最後に登場する﹁条約および勧告の適用にかんする専門家委員会﹂の一九五九年に発表した八七︑九八. 号条約についての一般調査報告は︑第二の時期への移行をしるしづける重要なものであった︒この報告はストライキ. 権を八七号条約の条文に明白に関係づけることによって新時代の夜明けをつげた︒それは﹁官吏以外の者で︑公権力. の名のもとに職務に従事する労働者によるストライキの禁止間題は︑しばしばこみいった微妙な問題を提起してい. る︒このような禁止が︑ときに︑労働組合の活動可能性にたいする相当な制限を構成することはたしかである︒⁝⁝. それがどうあろうとも︑この禁止は八七号条約⁝⁝第八条二項に⁝⁝そして特に︑その職業的な利益を守るための労. 働組合団体の活動の自由︵三条一項ー中山︶に抵触する可能性がある︒したがって︑特定の労働者がストライキを禁. 止されるばあい︑常に︑それらの労働者の利益を完全に守るために適当な保障が与えられることが必要である﹂とした. ︵中山︑前掲﹁I﹂Oと労働基本権﹂二七一頁参照︶︒ストライキ権が八七号条約三条一項︑八条二項に直接関係づけられ. 一九六六年︑において結社の自由委員会は︑連合体がス. る解釈は︑こうして専門家委員会によって確立され︑その後の結社の自由委員会の活動をより容易にすることになっ. たのである︵たとえば第九二次報告四五四号事件一九三項. トライキ指令をおこなうことを禁止することが八七号条約の右の二つの条項に違反する旨指摘している︶︒この専門. 家委員会の報告は日本の公労法四条三項︵昭四〇削除︶が九八号条約に抵触することを指摘した最初のものでもある. が︑右の文言によって﹁公務員﹂のなかでも一部の者をのぞきストライキ権の保障があり︑制限には代償措置をとも. なわなければならないことが明示されて︑六〇号事件当時の考え方とは大幅に異なってきたことが知れるのである︒.
(11) 二 第 二 期. ⑨こうして一九六〇年代へと進んだILOのストライキ権論は︑まず一九六一年のヨー冒ヅパ社会憲章の洗礼をうけ. た︒ヨーβッパ審議会によって採択された社会的基本権についてのこの憲章は︑一九五〇年のヨー・ッパ人権条約と. ともにやがて世界の人権条約である国際人権規約︵一九六六年︶へと展開していくことになるが︑一九六一年の社会. 憲章は基本的人権としてストライキ権を明文で保障する最初の国際条約であった︒この憲章については加盟国政府は. 二年毎の報告書の提出を義務づけられており︑それを審査する独立の専門家委員会の報告書︵一九七六年までに第四. 結論までが公表されている︶はヨーβッパ諸国におけるストライキ権尊重状態をあますところなく明らかにしてい. ヨー富ッパ社会憲章は︑ヨ:ロッパ人権条約がいわゆる市民的自由を規定し︑社会権的基本権についての定めをおいていな. 二二五. 必要があり︑適切なばあいには︑労働協約という方法によって雇用条件等を規律する目的で︑使用者団体と労働者団体と. I﹂Oにおける公務員争議権論の展開. 3 労働争議の解決のための調停および任意的仲裁のための適切な機構の設立と活用を促進すること︒. の間の任意的な交渉機構を促進すること︒. 2. 1 労働者と使用者の間の合同協議を促進すること. ﹁団体交渉権の効果的な行使を奨励する目的をもって︑締約国は以下のことを約束する︑. なる条項は﹁団体交渉権﹂という表題を付された第六条の規定である︒以下のように規定する︒. 条にわたって規定し︑この基本権についての世界で最初の︑かつもっとも綿密なカタ冒グを作成した︒本稿との関係で間題と. かった︵一九五二年の議定書で﹁教育を受ける権利﹂が追加されたのを例外とする︶のにたいして︑社会権的基本権を一九ヵ. 注. る︒. 注.
(12) 説︵中山︶. 二呈ハ. 利益争議のばあいの︑ストライキ権をふくむ労働者及び使用者の団体行動をする権利︒ただし事前に締結された労働協約. じ. も. この憲章の第一部で定められた権利と原則が実効的に実現されて︑それらの権利と原則が第二部で定めるように実効. ヤ. む. む. セ. ヤ. ち. ち. も. ち. ヤ. ぬ. ち. ヤ. め. も. ヤ. ち. も. ち. も. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ち. ヤ. も. ち. ヤ. む. む. セ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. ヤ. む. ヤ. ヤ. ち. む. ヤ. ち. む. ヤ. む. ヤ. ヤ. ヤ. 労働基本権の一項︑@︑◎をみよ︶︒そして︑労働者が公務員であることを理由とするストライキ権の否認は︑三一条の﹁制. ヤ. ヤ. 条の条件に適合するような︑一部の公務員のストライキ権の否認が認められることがあっても︑官吏について一律に否認する ことは許されないとする結論を採用したのである︵同書二三一頁以下参照︶︒これは︑目本の最高裁判所が名古屋中郵事件判. ヤ. の一に達しない︒しかしそれにもかかわらず︑右に引用した専門家委員会の討議は︑少数意見者の主張をきいたうえで︑三一. あることを示している﹂︿ただし一名の少数意見あり﹀とする︶︒西ドイッにおける官吏は︑公共部門の全被用者のうちの二分. すべての任官している官吏にたいして完全に否認することが︑第三一条にてらして正当と考えられることは︑明白に不可能で. ωoo凶鎮Oげ蝉昌oコOO8ξωδ5Hざω葺器げOβ茜︸一零㎝︸ラ窃も検討の結果は︑第六条第四項に定められているストライキ権を︑. 条四項に適合しないむねを指摘し続けているのである︵たとえば︑Oo目ヨ一暮89ぎ幽8窪8馨国図唱o淳のo昌さ①国弩8①§. ば︑この憲章の適用を監視する専門家委員会の報告書は︑くりかえし︑たとえば西ドイッにおける官吏のストライキ禁止が六. 限﹂の中にふくまれないことに注意すべきである︒それは民主的社会において必要なものの中にふくまれない︒そうであれ. も. この規定の表現方法が︑のちにふれる国際人権規約にも強い影響をあたえていることは明らかである︵たとえばA規約八条. 主的社会において必要であるものをのぞいて︑いかなる欄限または制約をも課し得ない﹂︒. のであって︑他人の権利と自由の保護のために︑もしくは公共の利益︑国の安全︑公共の健康または道徳の保護のために︑民. 的に行使されるばあい︑第一部および第二部で特別に定められている制限または制約のほかには︑法律によって定められたも. ﹁1. この憲章で定める社会的基本権全体に共通する制限条項をおいている︒その規定は以下の通りである︒. お︑この憲章六条の規定は︑労働協約による平和義務のみを条件とするが︑社会憲章の三一条は︑﹁制限﹂という表題の下に︑. る︒国際人権規約︵A規約︶が一九六六年にストライキ権についての規定をおくのは︑この憲章によるところが大きい︒な. こうしてヨー・ッパ社会憲章はILO条約が達成し得なかった︑ストライキ権を規定する最初の国際条約となったのであ. から生じることのある義務にしたがうことを条件とする﹂︒. 4. そして以下のことを承認する︒. 論.
(13) なるものが︑民主主義を口にしながらも︑世界に適用する﹁民主的社会において必要なもの﹂ではないことを︑なによりも雄. 決で示した︑議会制民主主義ないしは財政民主主義を理由とする︑すべての公共部門被用者のストライキ権の完全否認の法理 弁に論証するものといえよう︒. ⑩他方ILOは︑五九年専門家委員会報告でも明示された﹁公務員﹂問題について︑ようやく正面からこれをとりあ. げるようになってぎた︒ユネスコと協力しておこなっていた教員︵その殆んどすべては公務員である︶についての検. 討にならんで︑公務員についての専門家会議を一九六三年に開催し︑問題の所在︑解決の方法︑ILOのとるべき措. 置についての検討をゆだねた︒この会議は九八号条約第六条が公務員間題の解決を困難にしていることを認めたうえ. で︑公務員が労働条件の決定について参加すべきこと︑労働条件について発生した争議は九二号勧告︵任意調停︑仲. 裁勧告︑一九五一年︶によるべきこと︑公務員問題の集中的検討のために公務合同委員会を早期に開催すべきこと等. を確認した︵中山﹁公務員の労働基本権﹂労働旬報社︑二二頁以下参照︑結論の全文は同書九一頁以下︶︒. ⑪公務員のスト権問題がとりわけILOと日本との間でどのように展開したかをみる前に︑ユネスコ・ILOの協力. による﹁教員の地位勧告﹂が一九六六年に特別政府間会議によって採択され︑その第八四項が疑問の余地なく教員の. ストライキ権を保障したこと︑また︑同じ年に国連では国際人権規約が採択され︑そのうち経済的社会的文化的権利. についてのA規約第八条がストライキ権を明文で保障する二番目の国際条約となったことをあげておかなければなら. ない︒教員の地位勧告八四項について目本政府は全力をあげてその阻止に努力し︑成功しないとみるや同条項でいう. 一三七. ﹁他の団体﹂とは﹁他の同種の団体﹂を意味し︑教育地方公務員の団体にとって他の同種の団体とは公務員の団体を ILOにおける公務員争議権論の展開.
(14) 論. 説︵中山︶. コニ八. 意味するから︑その団体がとることのできる方法と同一の方法は︑ストライキではなくて人事院︑人事委員会にたい. する措置要求である︑という独自の解釈をとった︒しかし︑この解釈はひとりよがりのものでしかなく︑ユネスコ・. ILOの専門家委員会の報告はくりかえし八四項がストライキ権を意味すること︑目本の国公法︑地公法はこの条頂. に抵触することを明らかにしている︵中山﹁教育労働者のストライキ権と世界の動向﹂季刊教育法三一号一七頁︑労働法律旬報 九六七・八号八八頁など参照︶︒. ⑫人権規約については︑次の点が重視されなければならない︒A規約八条一項d号は﹁同盟罷業をする権利︒ただし. この権利は︑各国の法律に従って行使されることを条件とする﹂と規定する︒この条項について目本政府は国内法と. 必ずしも一致しないことを理由に留保宣言の対象とした︵一九七九年八月四日条約六︑七号︶︒この規定にいう﹁法. 律﹂は︑同項c号のいう﹁法律で定めた制限であって国の安全若しくは公の秩序のため又は他の者の権利及び自由の. 保護のため民主的社会において必要なもの以外のいかなる制限もうけることなく︑自由に活動する権利﹂H労働組合. 活動権をいうばあいの﹁法律﹂と同一のものと考えられ︑ストライキの全面一律禁止はふくまれえないと解される︒. 日本政府の留保宣言もそのような解釈を前提とするものといってよかろう︒しかし問題をより複雑にしているのは︑. 八条が第二項で軍隊︑警察︑﹁公務員﹂について特別規定をおいていることに関連している︒これらのカテゴリーの. 労働者にたいする労働基本権の制約は︑一項c︑d号の定めるものの他に﹁合法的な制約を課すること﹂を認められ. ている︒ここで﹁合法的な﹂ということの意味が単に法律で定めたということでは足りないことはd号の規定との関. 係からも明らかであって︑たとえば正義の観念に適合する︑という意味にでも説明されうるものであろう︒だがそれ.
(15) よりも日本政府訳が単に﹁公務員﹂とする者目①ヨびRω9夢⑦銭昌巳ω嘗呂自亀爵①馨舞oの範囲が問題となる︒. この言葉はすでに九八号条約第六条においてほぼ同じものが用いられ︑ここでも政府訳が﹁公務員﹂となっていたも. のである︒政府は当時九八号条約のフランス文8糞賦自霊跨①を用いたと称しており︑人権規約についてもおそら く同じ抗弁を用いるにちがいない︒. ⑬この問題については以下のように要約しておくことが必要であろう︒九八号条約六条が﹁国の行政に従事する公務. 員﹂と規定したのは︑六条のカバーする公務員の範囲を狭くする目的であったことは明らかであり︑また︑人権規約. についても同様にいうことがでぎる︒だがそのフランス語文は︑同一の限定的意味に解すこともできるけれども︑そ. れよりもやや広い範囲の公務員をカバーする言葉が用いられた︒そこから解釈上の困難を生じたが︑ILO事務局の. 説明では﹁基本的に︑一方において︑政府の諸省またはこれに対比できる機関のいろんな権能に雇用されている公務. 員︑すなわち︑その機能からみて直接に国の行政に従事している公務員と︑それらの活動を支える活動をする下級官. 吏﹂が九八号条約六条で指す者であって︑﹁政府︑公共企業または自治的な公機関に雇用されるその他の者﹂はふく. まれないのである︵中山︑前掲﹁公務員の労働基本権﹂二一七頁︶︒地方公務員であって教育公務員である者がこのカテゴ. リーにふくまれないこと︑また︑国家公務員ではあっても郵便労働者がこのカテゴリーにふくまれないことは明らか. である︵前述⑧で引用した専門家委員会の結論は︑郵便労働者にたいする公労法四条三項の適用が九八号条約に違反するとしたこ. 二二九. とを参照︶︒そうだとすれば︑九八号条約の解釈上も︑国際人権規約の解釈上も︑これらの﹁国の行政に従事する公務. 員﹂以外の公務員がストライキ権をふくめて団結権保障をうけることは明らかである︒ ILOにおける公務員争議権論の展開.
(16) 論. 説︵中山︶. 一四〇. ⑭国際レベルでのこのような発展は︑日本にたいする関係でのILOの活動の中にも顕著にみられた︒一九五八年以. 降の結社の自由委員会一七九号事件にかんする度重なる報告の中で︑そのことはしだいに明かにされてきていたが︑. それらを集約したものが︑一九六五年八月一三日にまず結論部分のみ公表された︑いわゆるドライヤー報告であっ. た︒一九五〇年創立以来︑はじめて活動の場を得た結社の自由事実調査調停委員会︵前出⑤参照︶の︑事実調査の結果. が︑この大部の報告書に収められた︒そこでは日本による八七号条約の批准が八年ごしの抗争の末達成されたことを. 慶賀したうえで︑条約を批准しただけでは問題の解決にはならず︑批准にともなって成立した国公法改正によって創. 設された公務員制度審議会︵公制審︶が︑八七号条約の内容︑したがって結社の自由の原則の十分な適用を日本にお. いて確保するために︑どの法律のどの条項をどのように改善すれば良いかについての勧告をおこなう︑という性質の. ものであった︒そしてストライキ権について︑結社の自由委員会のそれまで積み重ねてきた判例原則をあげて︑スト. ライキの制限が︑国民生活に重大な困苦をもたらすが故に必要であるものとそうでないものとを区分すべきこと︑制. 限がおこなわれるものについては完全な代償措置がおかれなければならないこと︑地公法上の人事委員会制度は代償. 措置とはいえないことを明らかにした︵同報告二一三六︑二一四〇〜一二四二︑一二五二〜一二五五項参照︶︒この見解と六. 〇号事件において結社の自由委員会が示した見解︵前掲⑥参照︶との大きな差は︑両者をへだてる約一〇年の問の進歩. を示すものであった︒このドライヤー報告の指摘は公制審の最終答申︵一九七三・九・三︶でもほとんど生かされ. ず︑今日にいたるまで実現されていない︵後述︑結社の自由委員会一八七次報告はそのことを強調している︶︒. ⑮この時期の最後は一九六八年の条約および勧告の適用にかんする専門家委員会の︑一〇五号条約についての一般報.
(17) 告にあてなければならない︒この条約について右委員会は一九六二年にすでに調査し報告していたが︑それはあくま. で中間報告でしかなかった︒一〇五号条約の適用状況を明らかにするには︑未だ資料が決定的に不足していた︒しか. し一九六六年の人権規約の採択が︑B規約の八条︑A規約の六条一項で強制労働をさせられない権利を基本的人権と. して確立したことにかんがみ︑ILOの側でも人権関係条約の批准促進︑実効性確保のための措置をとることとな. り︑その第一歩がこの専門家委員会による一〇五号条約についての一般調査と報告であった︒この報告は日本にたい. する関係で︑国公法上の政治活動制限についての罰則と︑国公法・地公法上の争議行為﹁あおり﹂罪等についての科. 罰とを︑それぞれ一条a号︑d号との関係で問題とした︒︵この報告の大部分は中山訳︑労働法律旬報六九四号三頁. 以下︑最高裁事務総局編﹁I﹂O関係資料集﹂二九七頁以下に掲載されている︶︒地公法六一条四号について言及す. る部分は﹁多数の国において︑この点について定められた禁止は︑その適用範囲において余りにも一般的であるた. め︑同条約と適合するようには思われない︒これは例えば︑これらの禁止が仕事の性質を間わず︑公務に従事するす. べての者に適用される場合⁝⁝﹂としている︵同報告一二六項︶︒また﹁同盟罷業が必要不可欠な役務において禁止さ. れる若干の場合において︑争議の解決のための代替的な手続は必ずしも設けられていないように思われる﹂︵同項︶と する記述も見落すわけにはいくまい︒. 三第三期. 一四一. ⑯七〇年代を象徴するのは七八年の公務条約︵一五一号︶ の採択である︒以下︑ ストライキ権を中心としながらこの ILOにおける公務員争議権論の展開.
(18) 論. 説︵中山︶. 一四二. 条約の意味内容を検討することとする︒一九六三年の公務専門家会議の決議にもとづぎ︑ILOは第一回公務合同委. 員会の開催へと努力したが︑結局八年かかった一九七一年に第一回公務合同委員会を開催することとなり︑その議題は. 公務における結社の自由と労働条件決定への参加と定められ︑事務局は討議素材となる報告書を一九七〇年に提出し. た︒この報告書はストライキをめぐる世界の状況を分析し︑一九六〇年代に入ってから公務員の関係するストライキ. の増加が全世界的な状況であることを明らかにした︒そして﹁公務員の職場放棄は︑ストライキが禁止されている国. でしばしばおきており︑ストライキ権がはっきりとあたえられている国においては比較的稀である﹂︵中山前掲﹁公務. 員の労働基本権﹂一八一頁︶﹁要求貫徹のための公務員のストライキ行動が違法と考えられなくなってきた事例や︑この. ようなストライキが法のもとでは違法であっても︑単なる禁止によって阻止することのできない社会的事実として︑. 政府によってうけいれられている事例がますます増加している︒調停︑事実調査︑そして仲裁というさまざまな方法. が︑これらの最高の行動形態にたいする代替物として利用されるようになっている﹂︵同一九三頁︶としていた︒. ⑰一九七一年第一回公務合同委員会は一六ヵ国の政︑労代表にオブザーバーを加えて開催され︑右の報告を土台とし. ながら一〇目間にわたる会議をひらいた︒そしてストライキ権についていえば︑ストライキに対する﹁制限的な性質. の法規は必要でもなければ効果的でもないことを認めた﹂︵同壬⁝頁︶︒そしてその決議の中でこの問題について﹁公. 務員団体が︑他の労働者の団体がその正当な利益をまもるために通常認められている他の手段にうったえることを不. 必要とするために︑雇用条件等から生ずる労働争議の解決をはかるあっせん︑調停︑および任意的仲裁のような︑適. 当な合同機構を設けることの重要性を強調し﹂と述べた︵同⁝三頁︶︒そしてILO総会の早い機会に︑適当な国際.
(19) 文書を採択するために︑公務における結社の自由と雇用条件の決定についての職員参加の手続きを議題とするよう要 請した︒. ⑱ILO理事会はこの決議をうけて︑国際労働総会の議題とするに先立って︑一九七五年︑公務にかんする技術総会. ↓①9艮8一〇〇珠R窪8を開催した︒加盟国すべての政・労代表によびかけ︑これに理事会の使用者代表と多数のオ. その文書は雇用条件等から生ずる争議の解決は︑他の労働団体がその正当な利益を守るために通常用いること. ブザーバーが参加したこの会議は採択されるべき国際文書の﹁骨子﹂を全会一致で決定した︒この骨子の中には︑ ﹁13. のでぎる他の諸手段を行使することを公務員団体にとって不必要とするために︑国内的諸条件に適切な方法におい. て︑当事者間の交渉を通じ︑もしくはあっせん︑調停︑および任意的仲裁などの両者が合意した独立かつ公平な機関. を通じて図ることを規定すべきである﹂︵この翻訳の一つとしては総評﹁I﹂0と労働基本権﹂二七ー八頁参照︶とした︒. この項目については西ドイツ︑目本政府から強い抵抗があったが︑総会の意向をかえることはできなかった︒そして. この文言は︑一九六六年の教員の地位勧告八四項と同様に︑ストライキ権を暗黙にふくみ︑かつILOの年来の主張. である公務の領域へのあっせん︑調停︑仲裁方式の導入を主張するものであって︑労働者側代表にとっても満足すべ ぎものであった︒. ⑲右の﹁骨子﹂を土台として︑ILO総会はようやく一九七七年︑七八年の議題として公務における結社の自由と雇. 用条件決定への参加をかかげ︑そのための各国政府の意見を求め︑報告書を立案する作業に入った︒一九六三年以来. 一四三. 一五年目にして国際文書の作成にこぎつけたわけである︒七七年総会での結論に入るまえに︑この文書が対象とする ILOにお け る 公 務 員 争 議 権 論 の 展 開.
(20) 論. 説︵中山︶. 一四四. ﹁公務員﹂の範囲がでぎる限りひろくとらえられていることをあげておかなければならない︒つまり九八号条約第六. 条については﹁公務員﹂の範囲をいかに狭く規定するかが間題であったのに︑この国際文書では︑いかに広くふくめ. るかが間題であった︒その理由は以下の点にあった︒九八号条約は﹁公務員﹂について一般労働者に比較して劣っ. た︑あるいは制約された結社の自由の取扱いを認めようとするものであるから︑いわばマイナスαを規定する︒そう. である限りはその対象となる﹁公務員﹂はでぎるかぎり狭く限定されなければならない︒これにたいしてここでとり. あげる国際文書は︑﹁公務員﹂にたいしてこれまで制約されている自由を回復し︑可能であればプラスαを与えよう ヤ ヤ とするもの︵たとえば出来上った条約の第六条が規定する便宜供与が︑勤務時間の内外となっているように︶である. から︑その適用対象はでぎる限り広くとらえられることが望まれるわけである︒一九六六年の教員の地位勧告︑一九. 七七年の看護職員条約も︑すべてこれと同じ発想に出発する︒したがって九八号条約第六条の狭い﹁公務員﹂と︑こ. の国際文書での広い﹁公務員﹂とは矛盾しないばかりか︑むしろこの国際文書の存在価値そのものを証明するもので. ある︒日本政府がこの文書について﹁公務員﹂の範囲を限定するよう主張し︑総意をうるにいたらなかったのは象徴 的な意義をもっていたといってよかろう︒. ⑳七七年総会は右の骨子の大綱をうけいれたが︑国際文書を﹁条約﹂とする旨の重大決定をおこなった︒この総会で. 看護職員についての﹁条約﹂が採択されたことにもみられるように︑教員の地位勧告が法的拘束力のない﹁勧告﹂で. あることについての労働者側の不満が強かったから︑これを﹁条約﹂とする旨決定したことは大きな前進だというこ. とができた︵日本政府は一貫して﹁勧告﹂にすべきだと主張した︶︒そして条約案とするにともなって︑ストライキ.
(21) 権についての条項についても部分的修正が加えられた︒翌七八年総会へ提出された結論はつぎのように定めた︒﹁B. 雇用条件の決定に関連して生ずる争議の解決は︑当事者間の交渉を通じ︑もしくは当事者の信頼を確保するような方. 法で設置された︑あっせん︑調停および任意仲裁などの独立かつ公平な制度を通じて︑国内的諸条件に適するよう求. められるべきである﹂︒この文書と七五年骨子との差は︑﹁不必要にするために﹂で終る冒頭の節が削られたこと︑調. 整機構が﹁両者が合意した﹂から﹁当事者の信頼を確保するような方法で設置された﹂に修正されたことの二点であ. る︒前者は﹁不必要とする﹂までの言葉がストライキ権の黙示の承認を意味する旨解釈されることをおそれた政府代. 表等から強︽主張されたものであって︑表現上は教員の地位勧告にくらべれば︑はるかに緩和されたものであったに. かかわらず︑削除されることとなった︒その討議の過程で︑この条約がストライキ権を承認するとも︑承認しないと. も規定するものではないことが確認された︒なおこの七七年総会で採択された看護職員条約五条三項は削除後の文章. を︑そして看護職員勧告一九項二号cは削除前の文章を採用していることに注意︒後者の﹁合意した﹂の修正は事務. 局原案の段階で技術的問題を配慮して削除されていたものに労働側の要望によって﹁信頼を確保するような方法で設. 置された﹂という文章を付加したものである︒﹁合意した﹂という表現ではあらかじめ調整制度を設けること自体困. 難になりうるので︑事務局修正は適切であったと考えられる︵右の看護職員条約︑勧告はともに事務局修正文の形態. になっている︶が︑同時に日本の公労委や人事院︑人事委員会の中立性にたいする歴史をかけた不信感を前提におい. 一四五. てみれば労働側の要求した再修正も十分理由があり︑結社の自由委員会のいう代償措置としての不可欠な要件の一つ を成文化するという意味をもっていた︒ ILOにおける公務員争議権論の展開.
(22) 論説︵中山︶. 一四六. ⑳七八年総会では︑右の文言のうちの﹁任意仲裁﹂を﹁仲裁﹂に修正することが決議された︵看護職員条約︑勧告は. いずれも﹁任意﹂をのこしている︶︒﹁任意﹂の字句を削除することは七七年総会でも使用者側から提案されていたも. のであるが︑この総会では労働側の抵抗にもかかわらず削除されることとなった︒この修正は﹁強制﹂仲裁を排除す. るものではない︑という意味に理解され︑労働側はストライキを禁止しておこなわれる強制仲裁への嫌悪を示したの. であろう︒しかし︑七七総会での合意のようにこの条項がストライキ権を承認するものでもなければ︑否認するもの. でもないとすれば︑﹁任意﹂の字句の存否はほとんど意味を失なっていた︒むしろ﹁強制﹂を排除することによって. 使用者たる国や地方公共団体が︑争議の仲裁による解決を拒否し︑使用者の意思の貫徹をはかることもできるという. 意昧では︑政府側に有利に解釈されうるものでありえた︒したがって﹁任意﹂の削除をもって︑労働側に不利な修正 だと断定するには︑なお疑問がのこされている︒. ⑳こうして修正された条約案を七八年総会は︑日本政府をふくむ若干の棄権があっただけで反対なしに採択した︒公. 務員組合の二〇年ちかいストライキ権承認の要求は︑こうして明文のストライキ権条項を獲得することなしに︑一五. 一号条約とよばれるこの条約をもって満足しなければならなかった︒しかし︑民間労働者についてもストライキ権を. 保障したILO条約がいまなお存在しないこと︑ヨーロッパ社会憲章や国際人権規約はストライキ権を保障している. ものの︑とくに後者は﹁国の行政に従事する公務員﹂についての合法的制約を認めていることを考えあわせれば︑一五. 一号条約がスト権について右にみてきたようなとりあつかいに止まったことをもって︑労働側の敗北に終ったと評価. することは誤っていると考えられよう︒とりわけこの条約がストライキ権以外の領域では︑市民的政治的権利の保障.
(23) をふくめて︑さぎに述べたようにプラスαの規定をもち︑国の行政に従事する公務員からその他の広汎な公務員まで. をヵバーする︵第一条﹁公の機関によって雇用されるすべての者に適用される﹂︶ものであり︑かつ﹁他の国際労働 注. 条約において一層有利な規定がこれらの者に適用されるばあいを除﹂く︵一条一項︶補完的性格のものであることを 考えれば︑むしろ労働側の評価する︑大幅な前進を達成した︑と考えることがでぎよう︒. 以下︵七九・六・二五︶にかんして︑以下のことを注記しておくことが必要であろう︒この論文は︑一五一号条約の翻訳につ. 注 この一五一号条約について最近発表された戸田義男﹁I﹂O公務員条約︵一五一号︶の理解のために﹂労旬九七八号五〇頁. いてまず二点をあげて批判し︑ついでこの条約の内容の理解のしかたについて数点をあげて解明している︒まず翻訳について. いえば︑この条約の正訳と主張するものが発表されていない現段階で︑各種の批判が有益であると考えるが︑ここに指摘され. 解のしかたにあって︑戸田教授はまず︑この条約がストライキ権を保障も否定もしないものだとする私の指摘を﹁正しい指. ている翻訳上の問題点については︑条約の意味を変えてしまうほどの重要なものとも考えられない︒間題は︑条約の意味の理. 摘﹂だとする︒しかしながら︑この条約の批准が︑他の問題と﹁相結んで﹂スト権奪還闘争の将来に﹁大いに役立っていくで ち. ヤ. も. め. ヤ. ヤ. あろうことを期待し﹂ている私の発言を︑この条約の﹁批准がストライキ権の回復になにか寄与する規定をふくんでいるかの. 一五一号条約の批准を政府に強要することによって︑. ような印象を与える﹂︵傍点中山︶としたうえで︑この条約がストライキ権を保障するものでないことを詳説し︑﹁むすび﹂の. スト権回復という多年の課題を実現しようとするのは︑空しい幻想である﹂と断定される︒﹁印象﹂で作り出された﹁幻想﹂. 項でくりかえしてスト権との無関係性を指摘したのちに﹁したがって︑. 解説しておぎたい︒この条約が労働側の要望にもかかわらずスト権に無関係なものとして採択されたことは︑誰もが指摘して. を論断することは︑社会科学の方法としては初歩的な誤ちに他ならないことを指摘するだけでは礼を失しようので︑問題点を. た︒そしてまた︑それにもかかわらずこれらの二条約が結社の自由委員会等の活動を通じてスト権とかかわりをもつにいたる. いる疑問の余地のない事実である︒その意味では八七号条約や九八号条約のばあいと異ならない︵そのことは本稿でも再述し. 一四七. プロセスをも述べてきた︒一五一号条約がそのプロセスをたどらないと断定する理由はあるまい︶︒しかし︑それにもかかわ. ILOにおける公務員争議権論の展開.
(24) 説︵中山︶. ち. む. ヤ. 一四八. 制することに主眼を置いているとすれば︵前文五項参照︶︑その適用対象は非現業の公務員と解すべきである︒このような適 用対象を表現するために︑﹃公的被用者﹄﹃公務職員﹄のいずれを選ぶかは︑便宜の間題と思われるが︑後者を選ぶ場合には︑. て﹁公務職員﹂とされている︒戸田教授はこれにたいして︑﹁もし一五一号条約が九八号条約の適用を除外される公務員を規. れとが︑どの場合にもっとも近似しているかにかかっている︒そして前掲労働旬報の資料に掲載された訳は︑私の希望もあっ. 題である︒これを﹁公務員﹂﹁公的被用者﹂﹁公務職員﹂のいずれに訳すかは︑それぞれの目本語のカバーする領域と原語のそ. 戸田教授の次の指摘については再考を求めたいと思う︒それは一五一号条約の適用対象℃qぴ一8①臼豆o嘱8の訳語をめぐる問. したがって︑この点にかんしては私の主張にたいする誤解を解消していただければ問題の残る余地はないと考えられるが︑. うとも考えられない︒. 回復という歴史的な大闘争の意義を︑ダイナミックに把えることなしには︑如何なる批判もこの運動に寄与することはでぎよ. 准が︑かつその批准のみによってスト権が回復されるとする﹁幻想﹂と無縁であることはくりかえすまでもあるまい︒スト権. ヤ. いるのではなかろうか︒しかも私の発言は︑戸田教授が適切に引用しておられるように結社の自由委一八七次報告︑国際人権 ヤ ヤ 規約の無条件批准などとこの条約の批准要求が﹁相結んで﹂果しうる効用について論じているのであって︑この条約のみの批. 止のように︑スト権回復という中心的目標に接近していくための︑有効で適切な道程であることを︑ILO闘争史は証明して. た否定するところではなかろう︒そうした労働基本権制約の一つ一つからの解放は︑八七号批准における公労法四条三項の廃. らない︒一五一号条約の批准が︑公務員の労働基本権のあれこれの回復にとって多大な影響をもちうることは︑戸田教授もま. であって︑それが﹁スト権回復﹂とよばれるのは︑労働基本権制限のかなめにあるのがスト権の制限・否認にあるからに他な. ヤ. は︑全く関係がない︒スト権回復運動という名でょぽれる労働緯合の権利闘争は︑労働基本権の確立を要求する幅広い大運動. に大いに役立つことを期待する︑とする私の発言は︑この条約の批准によって直ちにスト権が回復されるという﹁幻想﹂と. に反するものとして誰一人支持することはできまい︒一五一号条約の批准要求が︑他の諸要求と﹁相結んで﹂スト権回復運動. ー報告をみちびき出したのである︒この闘争の意義を︑公労法四条三項の存廃をめぐる争いに局限する見解は︑おそらく事実. 構成される︑労働基本権否認法制への全面的批判であったし︑そうであればこそ︑スト禁止法の再検討要求をふくむドライヤ. ちず八七号条約批准要求運動は︑公労法四条三項の廃止を求める運動であったのではなくて︑ストラィキ権否認を中核として. 論.
(25) 現業公務員たる公労法及び地公労法上の職員に一五一号条約の適用があるごとき印象を与えかねないであろう﹂とされる︒こ. にもとづくものとして避けなければなるまい︒しかし︑この条約の意義をとらえるうえで︑適用対象を広義にとらえるか︑狭. の文章から戸田教授が︑この条約の適用対象を非現業公務員に限定する解釈を採用しておられると断定することは︑﹁印象﹂. 義にとらえるかは決定的な重要性をもっているので︑﹁内容の正確な理解とそれに基づく正確な翻訳が行なわれた上で︑その. 謬りなき解釈の展開することが希望される﹂︵原文のまま︶と主張しながら︑この点について仮定構文のままで放置すること. いると否とにかかわりなしに︑﹁公務職員﹂のすべてに適用になるものであることは︑すでに本文中で述べた通りである︒す. は許されることではあるまい︒この条約は︑現業であると非現業であると︑さらには公務員としての特別の﹁身分﹂をもって. くなくとも︑プラスα条約としてのこの条約の基本的性格はそのことを要求し︑そうであればこの条約の第一条の定義づけは. 最広義の﹁公務職員﹂を定めたのだと私は解釈している︒もちろん︑この条約の定める最低基準以上のものをすでに享受して. いる者に適用にならないことは同条一項の定めるところであるが︑戸田教授は公労法︑地公労法職員がこの条約の定める保障. を上まわるものをすでに享受しているが故に適用対象とならないと解しておられるわけではあるまい︒便宜供与の問題にして. も︑市民的自由の間題にしても︑上まわっていると断定するには論証しなければならない問題が残されているからである︒そ とができないのである︒この点についての教授の論証が望まれる︒. うであれば︑右に引用した戸田教授の文章は︑この条約の適用対象についての不明確な解釈を前提とするものとしか考えるこ. ⑳この条約を採択した総会のあとの︑七八年一一月のILO理事会は︑結社の自由委員会一八七次報告を承認した︒. この報告に七九二号事件︵日本︶がふくまれており︑その評価のしかたをめぐって政府側と申立者である目教組の側. に著しい対立があったことは周知の通りである︒その対立は第一に︑結社の自由の原則に公務員のストライキ権がふ. くまれていないとする点の評価にあった︒﹁結社の自由の原則﹂が︑すでに検討してきたように第一期において確立. 一四九. された原則であって︑この中にはストライキ権が直接には保障の対象としてふくまれていないことを考えれば︑この ILOにおける公務員争議権論の展開.
(26) 論. 説︵中山︶. 一五〇. 点は格別︑目新しいものではなかった︒一五一号条約の新しい規定も結社の自由委員会の管轄下に直接ふくまれるわ. けでもなければ︑未発効であって︑この報告から条約内容を限定することはできない︒また︑﹁教員の地位勧告﹂八. 四項による明文のストライキ権保障もこの委員会でとりあげる﹁結社の自由の原則﹂の範囲外であり︑まして一〇五. 条約の強制労働をうけない権利も︑管轄の下にはない︒つまり︑結社の自由委員会はILOの設定する規範のすべて. をとりあつかうものではなくて﹁結社の自由の原則﹂をとりあつかうにすぎないのである︒. ⑳このことは第二の対立点である逮捕︑起訴が結社の自由の原則を侵害しないとする見解についても全く同様にあて. はまる︒結社の自由委員会は︑軍事政権などによる︑臨時立法によって軍事法廷で労働者の刑事責任を追及する事例. については︑結社の自由を侵害すると判断してきた︒しかし︑通常の手続きによって成立した法律によって︑通常の. 司法裁判所で労働者の刑事責任を追及することは︑それ自体では︑未だ結社の自由の侵害にならないと考えてきたの. である︒したがってこの見解が︑ILOの設立する規範すべてにてらして刑事責任の追及を肯定する性質のものでは. ないことは︑たとえば一〇五号条約についての専門家委員会の報告が当該の地公法六一条四号をあげていることをみ. るだけでも明らかである︒したがって報告のこの部分もまた︑目新しいものではなかった︒. ⑳この報告の注目されるべき部分は︑七四年春闘における日教組への刑事︑懲戒の処分が苛酷な処分であると指摘し. た第三の部分と地方公務員法に代償措置が欠落しているとする第四の部分︑そして︑ドライヤー報告をできるだけす. みやかに具体化する措置をとるよう希望する第五の部分とである︒これら三点の評価のしかたについては他の機会に. も詳論したので︑ここで再述することはひかえたい︵中山﹁教育公務員のストライキと制裁﹂ジュリスト六八三号参照︶︒.
(27) ⑳最後に︑最も新しいILOの動ぎとして一九七九年の条約および勧告の適用にかんする専門家委員会報告書をあげ. なければならない︒すでに第二期において述べたように︵⑮参照︶ILOは一〇五号︵強制労働廃止︑一九五七年︶条約. について︑ILO憲章第一九条にもとづく一斉調査を一九六二年と一九六八年の二回にわたっておこなってきた︒六. ︾びo一置睾亀問霞8自ピ魯o畦℃O象霞巴ω畦く亀. 八年報告が︑第二期の特徴を示すものの一つであることはすでに述べた通りである︒これに加えて第三期では︑一九 七九年にこの条約についての第三回目の報告が発表された︒目O. び鴫9000旨旨捧89国図需昌ω9夢①︾窓田簿一8909︿窪叶δ房彗α閑①8旨営窪壼試9ρおお●この報告. 書は︑一一年問に世界の人権状況がどう進展したかを一〇五号条約の既批准国︑未批准国の状況を全世界的に調査し. て明らかにしようというものであって︑人権擁護に積極姿勢を示すようになってきているILOの今目の方針を明ら. かにしている︒六八年報告当時一〇五号条約は八○ヵ国によって批准され三二領域に適用されていたが︑七九年報告. 時では二二四ヵ国で批准されるにいたっている︒もはや未批准国を発見することが困難であるほど︑広く高い批准率. を獲得しているが︑それにもかかわらず目本は︑この条約の内容に不明確なところがあるとして︑なお批准していな. い︒その不明確なところというのは︑主として国公法︑地公法上の﹁あおり﹂罪および国公法の政治活動処罰規定が. この条約に抵触するか否かを確定できない︑という点にある︒しかし︑六八年報告でもすでに︑これらの規定の抵触. 可能性はあきらかであって︑問題はむしろ条約の内容にあるのではなくて︑目本の政府の︑これらの規定を無修正で. 維持しようとする態度そのものにあることは明らかである︒この報告では︑一一年のあいだに多くの国で進歩があっ. 一五一. たこと︑批准国でも法改正へむけて審議中のものがあることが示されており︑たとえばポルトガル︑ギリシァのよう ILOにおける公務員争議権論の展開.
(28) 論. 説︵中山︶. 一五二. に民主化が展開していくありさまを典型的に画き出している︒しかし︑日本のばあい︑六八年報告︵昭和四三年︶の. 翌年の最高裁東京都教組事件判決が︑合理的限定解釈によって問題の規定の実質的改正へむけて大きく前進したにも. かかわらず︑現在はふたたび旧に復し︑世界の状況にまったく逆行していることが知れる︒. ⑳七九年報告書の直接の関連箇所のみをあげると︑第三章﹁制裁としての強制労働﹂第二節﹁労働者にたいする制裁. としての強制労働の廃止﹂a項﹁ストライキに関与したことにたいする制裁﹂がそれにあたる︒まず一二〇項におい. て一〇五号条約一条d号がストライキに関与したことにたいする制裁としての強制労働を禁止していることをあげ︑. 同時に﹁違法なストライキに関与したことにたいして特定の状況の下では制裁を課しうること︑またその制裁のなか. には通常の監獄労働をふくみうること﹂についての合意があったことをあげ︑さらにこうした制裁が特に﹁特定の部. 門について国内法がストライキを禁止しているばあい︑または調停手続中の禁止﹂もしくは﹁労働組合が特定の状況. の下でのストライキ権の放棄を任意に合意しているばあい﹂に課されうることについての合意があったことをあげて. いる︒この起草過程における合意については︑最高裁全農林警職法事件判決においても言及されていたものである. が︑最高裁はそこから︑﹁あおり﹂罪規定の正当性をみちびぎ出したけれども︑六八年報告書でも︑七九年報告書で. も︑問題はその先に存在する︒つまり︑次の一二一項でストライキを全面的に禁止し労働の遂行をふくむ制裁を課す. る国が僅かな数になったこと︑とりわけ一つの国︵ポルトガル︶でストライキ権の回復が達成されたことをあげ︑つ. いで一二二項からはストライキ権についての﹁特別の制限﹂にふれている︒﹁不可欠業務その他の特定の雇用のばあ. いの制限﹂と題する一壬二項は︑次のように述べる︒﹁本委員会は公務9邑ω興48またはその他の不可欠業務.
(29) oωωo旨巨のRξ8において︑ストライキヘの参加に刑罰︵労働を遂行する義務をふくむものであるばあいでも︶を. 科することは︑次の条件のもとで︑この条約に抵触するものではないと考えている︒その条件とは︑かかる条項が言. 葉の厳格な意味において不可欠な業務︵つまり︑その中断が国民の全部または一部の生存または福祉を危うくする業. 務︶にのみ適用されることと︑適切な代替手続の形式による代償的保障が存在することである︒同様な制限は︑安全. の見地から不可欠であるような一定のポストについている者については︑他の事業または業務のばあいでも課すこと. ができる﹂︒﹁不可欠業務﹂の説明の部分の脚注ではドライヤー委員会報告二一三九項が︑また︑代償的保障の部分の. 脚注では他の例と並んで結社の自由委員会五四次報告六〇項︵いずれも日本にかかわる︶が引用され︑結社の自由委員会. が代償的保障として﹁適切︑中立かつ迅速な調停︑仲裁手続であって︑両当事者がすべての段階で参加することがで. き︑かつ裁定がすべてのばあいにおいて両当事者を拘束するものであること﹂を強調していることが付記されている︒. ⑱さらに一二四項では﹁本委員会は一つの国の政府が︑ストライキに参加したすべての公務職員陰呂oo2巳昌8. ︵官吏9義ω震轟暮であるか︑筋肉労働者であるか非筋肉労働者であるかを間わず︶に強制労働をふくむ投獄を課. する立法を廃止したことをノートする︒しかしながら︑いくつかの国では投獄の刑罰をもって︑言葉の厳密な意味で. の不可欠業務だけでなく︑その中断が国民経済の一般的利益をより一般的に侵害しうる産業または業務についてま. で︑ストライキを禁止している︒いくつかの国では︑同様な禁止が国の行政官吏o窪9巴ω冒浮oω冨8餌α讐ぎ冨堂. 轟け一8のみでなく︑その労働の性質にかかわりなしに︑公務または公企業の労働者≦o蒔窪ω冒讐びぎω段誕o霧a. 一五三. 霧冨菖冨げ目①暮のについてもおこなわれている︒しかしながら︑これらの国のうちのいくつかでは︑これらの規定の I﹂0における公務員争議権論の展開.
(30) 論. 説︵中山︶. 一五四. 改正または廃止が検討されている﹂とする︒最初の︑ストライキ権を回復した国としてはギリシァがあげられ︑一九. 七七年法によって調停手続が設けられ司法︑保安官︑港湾警察︑地方警察および中央情報局の官吏のみがストライキ. を禁止されていることを注記している︒また︑禁止の範囲が不可欠業務より広い国として︑既批准国でエジプト︑イ. ラク︑ソマリア︑の三つが︑未批准国で日本とソビエト連邦の二つがあげられ︑日本については国公法九八条二〇. 条一七号︑地公法三七条︑六一条四号があげられて︑ドライヤー報告二一三四︑二一三九項が注記されている︒この. び. 項の最後の︑改正または廃止を考慮中の国としては︑エジプト︑オランダ︑ソマリアの三つが注記された︒. す. た結社の自由委員会一八七次報告によってもなお公務員のストライキ権は﹁結社の自由の原則﹂にふくまれていな. ⑳たしかに現在の到達点を示す一五一号条約は公務員のストライキ権を保障もしていなければ否定もしていない︒ま. り︑その逆ではない︒. ており︑その痕跡は明瞭である︒そしてそれは常に公務員の争議権をふくむ労働基本権の確立へむけて展開してお. 高裁昭和四八年四月二五日判決のような︑はなばなしい逆転はない︒それはゆるやかに︑しかしきわめて確実に流れ. えている︒その展開はきわめてゆるやかなものであって︑決してはなやかなものではない︒目本の政令二〇一号や最. すべてではないが︑大筋における展開が右のようなものであることは︑資料によって裏づけることができるものと考. ⑳以上︑私はILOにおける公務員の争議権問題の展開を跡づけてきた︒それはあくまで大筋における展開であって︑. む.
(31) い︒しかしそれにもかかわらず地公法とその運用は結社の自由委員会の支持をうけられず︑一〇五号条約によっても. 肯定されず︑また国際人権規約の無条件批准によっても肯定されえないものである︒なぜならそれは︑労働条件の決. 定について労働者の参加を拒否し︑労働者がそれに抗議したとぎに苛酷な制裁をもたらして基本的人権を侵害してい. るからである︒結社の自由委員会にたいして目本政府は地方公務員の賃金が人事院勧告に準じて決定されるから︑春. 闘でのストライキは無意味であると主張していた︒しかし事実は逆に労働条件が人事院勧告に準じて︑つまり︑労働. 者の参加を経ずに決定されるからこそ︑労働者はストライキをおこなう必要性があったことを証明していた︒地公法. があっせん︑調停︑仲裁の制度をもっていれば︑あるいは交渉によって争議を解決する方法をもっていれば︑ストラ. イキは本当に必要がなかったかもしれないけれども︑労働条件が一方的に決定される仕組みが存在するという事実. は︑ストライキが必要であったことをこそ証明するのである︒そうであれば結社の自由委員会は︑刑事および懲戒処. 分が︑この事件についてみて苛酷であり︑必然的なものでなく︑調和のとれた労使関係にとって建設的でないとした. のである︒一五一号条約の右に検討してきた条項にてらしてみても︑これと同一の結論に到達することが知れよう︒. しかも地公法六一条四号が懲役刑をふくむ点では︑疑問の余地なく一〇五号条約に抵触しており︑この条約が具体化. 一五五. する強制労働禁止の法理を規定する国際人権規約の批准をおえた現段階では︑この規約に抵触する可能性すら︵A規 約八条一項d号の留保にもかかわらず︶生じていることに注意すべきであると考える︒. ILOにおける公務員争議権論の展開.
(32) 略 第一期. 年. 表. 1948年 87号条約 1949年 98号条約. 論. 1950年. 結社の自由事実調査調停委員会. 1951年. 92号勧告(任意調停・仲裁). 1953年. 結社の自由委員会60号事件. 1957年 105号条約 第二期. 第三期. 1959年. 条約勧告適用専門家委員会報告(87・98号条約). 1961年. ヨー・ッパ社会憲章. 1963年. 公務専門家会議. 1965年. ドライヤー報告. 1966年. ユネスコ・I. 1966年. 国際人権規約. L. 説 ( 中 山 ). O教員の地位勧告. 1966年. 東京中郵事件判決. 1968年. 条約勧告適用専門家委員会報告(105号条約). 1971年. 第1回公務合同委員会. 1975年. 公務技術総会. 1976年. 第2回公務合同委員会. 1977年. 年62回国際労働総会(看護職員条約・勧告). 1978年. 第63回国際労働総会(公務条約・勧告). 1978年. 結社の自由委員会187次報告(792号事件). 1979年. 条約勧告適用専門家委員会報告(105号条約). 五山ハ.
(33)
関連したドキュメント
一一 Z吾 垂五 七七〇 舞〇 七七〇 八OO 六八O 八六血
マニフェスト義務違反: 1 年以下の懲役又は 100 万円以下の罰金(法第 27 条の2第 1 号~第 8
〔追記〕 校正の段階で、山﨑俊恵「刑事訴訟法判例研究」
第1条
〔付記〕
第2 この指導指針が対象とする開発行為は、東京における自然の保護と回復に関する条例(平成12年東 京都条例第 216 号。以下「条例」という。)第 47
2 学校法人は、前項の書類及び第三十七条第三項第三号の監査報告書(第六十六条第四号において「財
第 4 四半期は、2015 年度第 2 回コンペを開催する予定。応募件数が伸び悩んで いるため、2015 年度第