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米国の財務諸表監査における監査人の注意義務の研 究

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Academic year: 2022

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米国の財務諸表監査における監査人の注意義務の研

著者 川端 千暁

URL http://hdl.handle.net/10236/00029099

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論 文 内 容 の 要 旨

1.本論文のテーマと問題意識

 本論文「米国の財務諸表監査における監査人の注意義務の研究」は、職業的専門家による財務諸表監査を 念頭に置き、監査人が職業的専門家としての正当な注意(Due Professional Care)を行使してさえいれば法 的な注意義務違反を認定されることはないのか、という問題を論じている。この問題を敷衍すると、監査理 論上の概念である職業的専門家としての正当な注意義務と法的注意義務との関係、及び正当な注意義務の内 包が論点として浮かび上がる。

 「職業的専門家としての正当な注意を行使してさえいれば監査人は免責されるか」という問題は、これま でほとんど議論されてこなかった。一般に公正妥当と認められる監査基準(以下、監査基準という。)に準 拠すれば正当な注意義務を果たしたこととなり、そのことをもって法的注意義務が履行されると解するのが 通説であり、監査基準に準拠すれば監査人の責任は完全に免責されると信じられているからである。

 正当な注意と監査人の法的責任に関する先行研究の見解は分かれている。弥永(2018)は、監査基準に言 及があった日本における19の判例を分析し、職業的専門家としての正当な注意を超える法的な注意義務は要 求されないという立場を消極的に支持している。鳥羽他(2015)も、限られた範囲の文献と米国連邦証券諸 法の枠内という限定付きながら同様の見解を示している。

 一方で、裁判所及び陪審が示す法的な注意義務の水準と職業的専門家としての正当な注意の水準が異なる 可能性があることは、Spalding and Epstein (1993)及び Porter (2014)によって説明されている。ただし、

正当な注意義務と法的注意義務の水準が異なり、裁判所及び陪審が監査人の法的な注意義務を実際に認定し たことを示す判例は、調査した限りでは存在しない。

 本論文では、上記の問題意識と先行研究の成果に基づいて以下の3つの課題が導出され、それぞれの課題 について議論が展開されている。

① 史的調査によって監査人の正当な注意義務の変遷を追跡し、正当注意義務の意義を確認すること。

② 「職業的専門家としての正当な注意に準拠しても監査人が責任を負うことがあるという立場」 が英米法 に基づく判例において採用されたことがあるかを確認すること。

③ 過失責任と無過失責任のどちらが監査人の責任基準として優れているかをモデル分析によって明らかに すること。

学 位 の 専 攻 分 野 の 名 称 学 位 記 番 号 学位授与の要件 学位授与年月日 学 位 論 文 題 目

論 文 審 査 委 員 (主査)

(副査)

川 端 千 暁

米国の財務諸表監査における監査人の注意義務の研究 博 士(商 学)

甲商第33号(文部科学省への報告番号甲第715号)

学位規則第4条第1項該当 2020年1月29日

林   隆 敏 井 上 達 男

教 授 教 授

教 授 水 野 敬 三

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2.本論文の構成と内容

 本論文は、以下のように3編10章で構成されている。第1編では上記課題①が、第2編では課題②が、そ して第3編では課題③が、それぞれ論じられている。

第1章 日本における監査人の注意義務

第1編 米国における監査人の注意義務の歴史的変遷  第2章 財務諸表監査における監査人の注意義務の萌芽期  第3章 財務諸表監査における監査人の注意義務の発展期  第4章 財務諸表監査における監査人の注意義務の確立期  第5章 財務諸表監査における監査人の注意義務の成熟期 第2編 逸脱事例検出のための判例分析

 第6章 Pacific Acceptance 社事件の判例分析  第7章 Robert Wooler 社事件の判例分析  第8章 Maduff Mortgage 社事件の判例分析 第3編 監査人の責任のモデル分析

 第9章 監査人の責任のモデル分析

第10章 米国の財務諸表監査における監査人の注意義務

 第1章「日本における監査人の注意義務」では、本論文で展開する議論の基礎として、日本における監査 人の注意義務の基礎概念、財務諸表監査に関する法的な注意義務、及び法的な注意義務と職業的専門家とし ての正当な注意との関係が整理、検討され、最後に本論文の研究課題が導出されている。監査人の法的責任 について、民法及び刑法における故意と過失の意味合いや、監査における正当な注意(due care)と英米法 における合理的な注意(reasonable care)との関係など、法の視点からの考察が織り込まれている点に本論 文の独自性が認められる。

 第1編「米国における監査人の注意義務の変遷」は、米国における監査人の正当注意義務概念及び正当注 意義務に関する制度の歴史的変遷を確認し、正当注意義務の意味内容について理解することが目的とされて いる。米国を研究対象とするのは、公認会計士による財務諸表監査の制度及び理論研究を先導してきたのは 米国であり、日本の制度及び理論研究は米国から多大なる影響を受けてきたからである。研究対象期間は19 世紀末から現在までであり、転換点となる3つの出来事によって4つの時代に区分され、第2章から第5章 で論じられている。

 第2章の萌芽期(19世紀末~ 1961年)は、職業的専門家としての正当な注意概念が誕生した時代である。

McKesson and Robbins 社の粉飾決算事件(1938年)を契機として監査基準が設定され、監査基準に準拠す ることで監査人が法的注意義務を果たしたこととなるように、英米法における法概念である合理的な注意概 念から派生した職業的専門家としての正当な注意概念が、監査基準の一般基準として採用されたことが論証 されている。

 第3章の発展期(1961年~ 1978年)は、財務諸表利用者と監査人の期待ギャップ問題の顕在化を受けて、

監査人の不正発見に対する責任が議論され、監査基準の規定に導入された時代である。監査研究における古 典である Mautz and Sharaf (1961)が監査基準の欠陥を厳しく批判し、米国公認会計士協会は期待ギャッ プを解消するさまざまな施策を実施したことが確認されている。

 第4章は確立期(1978年~ 1997年)である。この時代区分では、不正な財務報告への対応を勧告した Treadway 委員会報告書(1987)を受けて公表された監査基準書第82号により、合理的保証概念及び職業的 懐疑心概念が職業的専門家としての正当な注意の下位概念として規定され、これをもって職業的専門家とし ての正当な注意概念が確立されたと解されている。

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 最後に、第5章の成熟期(1997年~現在)には、監査基準書第99号が公表され、現在の不正に対する監査 人の責任のフレームワークが完成するとともに、注意義務を規定する監査基準の設定権限が民間組織から米 国証券取引委員会が大きな影響力を持つ公開会社会計監督委員会に移管されたことが注目されている。

 第2編は、逸脱事例の検出を目的とした判例分析である。逸脱事例とは、「監査基準に欠陥がある場合に、

職業的専門家としての正当な注意を行使してもなお監査人が法的責任を負う事例」をいう。本編では、監査 基準が示す職業的専門家としての正当な注意を行使していたにもかかわらず、裁判所が監査人の注意義務違 反を認定した3つの判例が検討されている。

 第6章では、豪州における1970年の判例であり、後に米国で参照される Pacific Acceptance 社事件が分析 されている。この判例では、監査人はたとえ監査基準に準拠していたとしても責任を問われることがあると 裁判官が考えていることが明らかとなった。監査人が発見した不正や不審な事実を適切な者に報告すること を社会は合理的に期待していたにもかかわらず、当時の監査基準はそのような報告を規定していなかったが、

裁判所は、監査基準にそのような欠陥があったことが監査人の免責事由とはならないことを判示した。

 第7章では、米国における1980年代の判例である Robert Wooler 社事件が分析されている。本事案は、

同社の財務諸表を監査していた監査人に対して投資家が訴訟を起こしたものではなく、Robert Wooler 社と Touche Ross 会計事務所とのレビュー業務契約に関して、Touche Ross 会計事務所による同社の内部統制の 調査及び評価の責任が問われた事案である。この判例分析では、「監査基準の準拠は正当な注意の行使の必 要条件にすぎない」という立場が支持された。

 第8章では、米国における1980年代から1990年代にかけての判例である Maduff Mortgage 社事件が分析 されている。本事案の判決では、横領を見逃した監査人に対して注意義務違反が認められたが、控訴審では、

監査基準への準拠は裁判上の有力な証拠にはなるが、それは注意義務違反がないことを裏付けるものではな いことが明確に指摘された。

 第2編で示された3つの判決は、監査基準に準拠してもなお監査人が注意義務違反を問われる可能性を示 唆している。ただし筆者は、判例分析から得られた経験的な証拠は、監査基準が監査人の責任基準として意 味のないものであることを示したのではなく、「監査人の責任の範囲の明確化」と「期待ギャップへの対応」

という監査基準の機能を再確認させるものであると解釈している。

 第3編「監査人の責任のモデル分析」の目的は、監査人の損害賠償についてどのような制度が投資家にとっ て最適かという問題に検証可能な仮説を提示することであり、第9章でのモデル分析により、損害賠償制度 が期待損害賠償額の構造に与える影響が明らかにされている。監査人は、無過失責任制度の場合は、努力す ることにより増加するコストと努力することにより減少する期待損害賠償額を比較して意思決定を行う。こ れに対して、過失責任制度の場合は、努力することにより減少する期待損害賠償額が努力を怠った場合の期 待損害賠償額となる。以上の分析結果から、損害賠償責任が少ない場合でも監査人は努力するため、過失責 任制度の方が無過失責任制度と比べて優れた制度であることが示されている。

 第10章では、終章として、本論文の問題意識と研究課題、ならびに第1編、第2編及び第3編の概要が記 述されている。

論 文 審 査 結 果 の 要 旨

1.本論文の意義、貢献及び残された課題

 本論文の意義は、まず、研究テーマ設定の適切性に求められる。職業的専門家としての正当な注意は、財 務諸表監査の基礎概念の一つである。監査人は、財務諸表監査の実施にあたって正当な注意を払うことを求 められるとともに、正当な注意を払って監査を実施していれば過失により重要な虚偽の表示を看過したとし

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ても免責されると考えられている。また、正当な注意を払って監査を実施するとは、監査基準に準拠して監 査を実施することであると理解されている。本論文は、これまで当然と考えられてきたこのような解釈の妥 当性に疑問を投げかけ、考察したものである。大規模な粉飾決算を見逃す監査の失敗事例が後を絶たず、監 査人に対する批判が高まっている今日、監査人が果たすべき責任に関する研究は時宜に叶ったものといえる。

 本論文では、正当な注意の概念とその適用について3つの研究課題を設定し、それを解明するために、史 的考察、判例分析及びモデル分析の手法が用いられているが、とくに判例とモデルを用いて議論を展開して いる点は、大いに評価できる。アーカイバル・データを用いた仮説検定型の研究が主流の海外では、監査人 の正当な注意義務に関する先行研究はほとんど見られない。規範研究が多く見られる日本においても状況は 同じである。本論文は、このような研究課題についての解明に複数の研究アプローチを用いて取り組んだ意 欲作である。

 本論文の監査研究への貢献は、以下を明らかにした点に認められる。それは、①歴史的に見て、正当な注 意概念は法律上の合理的な注意概念を監査基準に取り込んだものであること、②監査基準は、それに準拠す れば正当な注意を払ったと見なされるように、継続的に見直しが行われてきたこと、③これを裏返せば、監 査基準に準拠して監査を実施したからといって必ずしも正当な注意を払ったことにはならないと考えられ ること、である。

 なお、本論文には上述のような意義と貢献が認められるが、あえて難を言えば、研究の総括が提示されて いないことであろう。第10章において、本論文の問題意識と研究課題、ならびに第1編、第2編及び第3編 の概要を記述するだけでなく、3つの研究課題に関する結論を述べ、本論文全体としての結論――筆者なり の正当な注意概念の意義とその適用に関する見解を示せば、本論文における課題設定、研究方法及び導き出 された結論の適切さがより明確になったと思われる。

2.審査委員会の結論

 職業的専門家としての正当な注意概念と監査人の法的責任の関係について、歴史研究、判例研究及びモデ ル分析により多面的に接近した本論文は、博士課程における研究成果として十分な水準に達しており、今後 の研究の発展が大いに期待されるものである。

 審査委員会は、論文審査及び口頭試問の結果を踏まえ、本論文は、博士学位申請論文として高く評価でき るものであり、本論文提出者が博士(商学)の学位を受けるのに値するものと判断する。

参照