§5-2.
顔の性別認知のメカニズム
1. 性別判断と性別印象分析
既述 のように 、顔の性 別判断と 性別の 印象評定 との間に は肌色の 作用条件 にお ける 差異が確 認された 。では、 両者は同 一の処理 過程とし て捉える べきなの であ ろうか。それとも、異なる処理過程として考えるべきなのであろうか。
実験 D における瞬間提示下の性別印象の評定傾向を説明するには、両過程を区 別し て捉える 方が妥当 であると 思われる 。何故な ら、性別 判断にお いては提 示時 間に よる差異 が然程顕 著でない 一方、印 象評定で は提示時 間による 差が生じ たか らで ある。具 体的には 、瞬間提 示下の性 別評定は 非常に曖 昧であり 、中庸を 示す 評定値 50 付近に集中したといえる。これより、10msec という観察時間は性別の 印象 評定には 不十分で あり、同 評定は完 遂されて いないの ではない かと推察 され る。 少なくと も、性別 評定の結 果を受け て性別判 断が行わ れるとい う順番は 考え にく いもので あり、逆 に性別判 断→性別 評定で処 理が進む 、或いは 両処理が 同時 進行すると解釈すべきであると思われる。また、実験 D では男女各パタンの合成 率が高 い顔に対する 判断が他に比 べて早いとい う結果を得た が(第 4 章参 照)、
これ は性別判 断と性別 の印象評 定の処理 過程を区 別して捉 える有効 性を示唆 する ものと捉えられる。
性別 判断と性 別の印象 評定が並 行して 進められ ていると すれば、 プロトタ イプ との 照合によ って効率 的に性別 を判断し 、そこで 解を得ら れなかっ た場合に は抽 出さ れた特徴 量から得 られた印 象を参照 するとい う一連の 流れを想 定するこ とも でき る。この ような同 時並行的 な処理が なされて いるとす れば、処 理が滞る こと もなく、最も効率的に性別に対する情報を得ることができると考えられる。
2. 顔の性別認知における形態認知過程と肌色の作用
白黒画像を用いた実験 B-1 の結果からも分かるように、肌色という情報が欠落 して いたとし ても我々 には相手 の顔の性 別判断が 可能であ る。ここ からは、 性別
を判 断におい ては形態 に基づい て行なわ れる経路 が確立さ れている ことが推 測さ れる 。では、 その形態 に対する 分析はど のように なされて いると解 釈すべき なの であろうか。
Sergent( 1986)は 、 空 間 周 波数 と 顔 に 対 する 種 々 の 判 断と の 関 係 を 検討 し 、 性別 の判断に は低周波 数成分が 利用され ているこ とを示唆 した。ま た、低周 波数 チャ ンネルは 高周波数 チャンネ ルに比べ て処理時 間が速い ため、即 座に利用 され るの は顔の全 体的布置 に関する 情報であ り、局所 的特徴の 詳細の識 別にはよ り時 間がかかるとも述べている。このような Sergent の指摘を踏まえた場合、実験 D にお いて得ら れた傾向 は非常に 理解し易 くなる。 本実験で は男女の パタンが 拮抗 する 顔パタン において 判断が遅 延する傾 向が捉え られたが 、これら の顔パタ ンで は低 空間周波 数帯が持 つ特徴量 によって 性別の判 断が困難 な顔であ ると考え るこ とも できよう 。より短 時間で行 なわれる 低空間周 波数に基 づく判断 が安定せ ず、
より 長時間を 要する特 徴の分析 を経由し て判断が なされて いたとの 推論も可 能で あると思われる。
Figure 5-2-1 はこれらの考えをもとに、顔画像に対する一連の処理の流れをモ デル化した図である。
Figure 5-2-1 顔画像の処理と出力としての性別の判断/印象 形態に対する処理
性別判断
性別印象 色彩に対する処理
ここ で可能性 として指 摘してお きたい ことは、 性別とい う単一の 属性に関 して も複 数の処理 が同時に 進行して いるとい うことで ある。よ り効率的 かつ安定 的に 判断 がなされ るために は、相補 的に複数 の処理が 進行して いる必要 があると 思わ れる 。形態と いう情報 の中から それぞれ に必要な 情報が抽 出され、 早期に性 別判 断が成立し、それよりも遅く性別の印象が掴みとられることを推測する。
モデ ル中に点 線で示さ れた部分 は補助 的な分析 ルートで あり、全 体的な布 置情 報の 処理から 性別判断 が不可能 である場 合にはよ り処理に 時間がか かる局所 的特 徴に 対する分 析結果か ら判断が もたらさ れること が考えら れる。色 彩の作用 も同 様に 点線で示 されてい るが、形 態の情報 による分 析が円滑 に進まな い場合に は、
肌色 のステレ オタイプ 的な作用 が強く現 れること が予想さ れる。観 察時間が 著し く短 い場合や 男女のパ タンが拮 抗する場 合は、本 研究から 得られた その具体 例で ある。
また 、判断さ れた性別 が局所的 特徴の 処理に影 響するこ とも考え ておくべ きで ある と思われ る。いわ ばトップ ダウン的 処理とも いえるが 、これら の相互的 な作 用を 経て、総 合的に性 別の印象 が形成さ れるので はないか と推測す る。人間 の認 知の柔軟性はそうした種々の処理によって支えられているとも考えられる。
3. 顔の性別認知における各要素の影響
§5-1 におい て指摘 した肌 色に関 するジ ェンダ ースキ ーマの 存在、 前項に おい て指 摘した性 別判断と 印象分析 の区別を 踏まえ、 本研究に おいて得 られた種 々の 要素の作用を Figure 5-2-2 としてまとめた。
実験 より抽出 された作 用は主に 肌色と 形態に関 するもの であるが 、まず顔 に付 随す る情報は 形態と色 彩に分け られ、そ れぞれに 処理され ることが 推測され る。
この発想は脳内処理の初期過程におけるモジュール性に基づく(Zeki, 1978)。
形態 と色彩に 対する各 処理によ って性 別判断が なされる ことを本 図では想 定し てい るが、初 期段階の 処理にお いて解が 得られな いカテゴ リを「曖 昧」とし た。
この ような場 合には肌 色におけ るジェン ダーステ レオタイ プ的なス ケールが 参照
更に 、男女ど ちらかの 性別に判 断され た場合に は該当す るジェン ダーのス キー マが 活性化さ れ、肌色 によるス テレオタ イプ的な 印象が付 加される 。ここで は、
性別 判断と性 別印象分 析の階層 性を前提 としない が、形態 のパタン がスイッ チと なっ て肌色が 持つ印象 のコード が適用さ れるもの と考える 。男性と 女性に関 して は肌 色におけ るステレ オタイプ 的な軸が 確立され ており、 その結果 、男性と いう カテ ゴリ内で より男性 的、女性 的といっ た印象が 付加され 、女性に 関しても その カテ ゴリ内で より女性 的、男性 的といた 印象が加 えられる ものと考 えられる 。一 方の 「曖昧」 カテゴリ について は、肌色 の作用の 方向性が 一定でな いことを ここ では想定している。
Figure 5-2-2 顔の性別認知における各要素の影響
色彩情報
判断されたジェンダースキーマの活性
顔画像の入力 形態に
対する 処理
肌色に 対する 処理 性別判断
性別印象
男性カテゴリ +
ステレオタイプ的な 肌色の作用
女性カテゴリ +
ステレオタイプ的な 肌色の作用
曖昧カテゴリ + 曖昧な肌色の作用
男性 女性 曖昧
肌 色 に 基 づ く 性 別 判 断
形態情報
. . -
˜ ˜
‘
ジェンダースキーマ
また 、判断に 至る以前 の形態と 色彩相 互の影響 について も考えて みる必要 があ る。実験 B-2 からは、形態の丸みの印象に対する肌色の影響が示唆された(第 2 章参照)。明るい肌色、つまり膨張色によって顔はより丸く感知され、明度の高い 肌色 に比べて 収縮色で ある色黒 の肌によ って顔は より引き 締まって 感知され る可 能性がある。また実験 A-2 や実験 D からは、形態によって感知される明るさにも 違いが生じる傾向が得られた(第 1 章、第 4 章参照)。具体的には、丸い形態は より明るく、角張った形態はより暗く感知される可能性があるといえる。
この ような知 覚レベル の処理と 要素間 の相互作 用を経、 ジェンダ ースキー マを 通じた性別判断、性別印象の感受がなされると考えられる。
最後 に、性別 判断や印 象からの フィー ドバック について もその可 能性を指 摘し てお きたい。 本研究の みから結 論するこ とはでき ないが、 判断され た性別に よっ て顔 の見え方 、捉え方 が変化す る可能性 はある。 少なくと も本実験 において その 可能 性は否定 されなか ったとい える。い わばトッ プダウン 的処理と もいえる が、
顔か ら性別を 判断した り印象を 評定した りする場 面におい てはこの 影響が非 常に 大き いと考え られる。 顔の性別 によって 肌色の明 るさが変 化して感 じられる こと もその一つである。対象が男性、或いは男性的であると判断された場合と、女性、
或い は女性的 であると 判断され た場合と では、同 じ明度の 肌色であ っても異 なっ て感知される可能性があるといえる。