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わが国の国際教育協力の理念及 び政策の 歴史 的系譜 に関す る研究

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Academic year: 2021

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科 学 研 究 費 補 助 金 平 成20年 〜22年 度 基 盤 研 究(C)

研 究 課 題 番 号20530790

わが国の国際教育協力の理念及 び政策の 歴史 的系譜 に関す る研究

(研究成果報告書)

平 成23年3月

研究代表者 斉 藤 泰 雄

(国立教育政策研究所 国際研究 ・協力部 総括研究官)

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は し が き

本 報 告 書 は 、 科 学 研 究 費 補 助 金(基 盤 研 究C)「 わ が 国 の 国 際 教 育 協 力 の 理 念 及 び 政 策 の 歴 史 的 系 譜 に 関 す る研 究 」(平成20〜22年 度 、課 題 番 号20530790)の 最 終 研 究 成 果 で あ

る。

2002年6月 、 カ ナ ダ の カ ナ ナ ス キ ス に お い て 主 要 国 首 脳 会 議(サ ミ ッ ト)が開 催 され た 。 こ こ で は 、 開発 途 上 国 向 け の 教 育 支 援 が そ の 主 要 議 題 の 一 つ と して 取 り上 げ られ た 。 日本 国 政 府 は 、 小 泉 首 相 が そ れ に 出 席 す る の を 機 会 に 、 教 育 分 野 に 対 す る わ が 国 の 支 援 の 基 本 理 念 とそ れ を 実 施 す る 際 の 重 点 項 目 を ま と め た 政 策 文 書 「成 長 の た め の 基 礎 教 育 イ ニ シ ア テ ィ ブ 」(BEGIN:Basic  Education  for Growth  Initiative)を 国 内 外 に公 表 した 。 こ の 文 書 は 、 わ が 国 に お け る 国 際 教 育 協 力 の理 念 と 政 策 の 歴 史 的 変 遷 とい う視 点 か ら み る な らば 、 画 期 的 な 意 義 を 有 す る も の で あ り、 わ が 国 の 国 際 教 育 協 力 事 業 が ま ぎれ も な く一 つ の 到 達 点 に至 っ た こ と を意 味 して い る。 ま た 、Education  for All(EFA)事 業 、 お よ び 国 連 ミ レニ ア ム 開 発 目標(MDGs)の 達 成 目標 年 次 で あ る2015年 が 迫 り、 そ の 最 終 局 面 に 入 っ た こ と を 見 据 え て 、 日本 政 府 は 、2010年9月 に 、 新 た に包 括 的 な 国 際 教 育 協 力 の 理 念 と政 策 を提 示 す

る 「日本 の 教 育 協 力 政 策2011‑2015」 を 発 表 した 。

わ が 国 の 国 際 教 育 協 力 の 歴 史 は 、 日本 が コ ロ ン ボ ・プ ラ ン へ の 加 盟 を 認 め られ 、 ア ジ ア 諸 国 向 け の 技 術 協 力 を 開 始 した1954(昭 和29)年 に さか の ぼ る。 ま た 、 同 年 、 文 部 省 も、

開 発 途 上 国 へ の 技 術 協 力 を 主 眼 に 、国 費 留 学 生 招 致 プ ロ グ ラ ム を 開 始 した 。 さ ら に1960年 代 の ユ ネ ス コ 主 導 の 「カ ラ チ ・プ ラ ン 」 へ の 支 援 を 通 じて 、 国 際 教 育 協 力 へ の 取 り組 み に 拍 車 が か か っ た 。 そ れ か ら約 半 世 紀 が 過 ぎ た 。 こ の 間 、 わ が 国 の 国 際 教 育 協 力 の 理 念 と政 策 は 時 代 と と も に か な りの 変 遷 を経 験 して き た 。 そ の 歩 み は 、 お お よ そ 次 の5つ の 時 期 に

区 分 す る こ とが で き よ う。

(1)開 発 途 上 国 向 け の 技 術 協 力 事 業 開 始 の 時 期(1954〜1964年)

(2)教 育 協 力 へ の使 命 感 の 自覚 と体 系 的 取 り組 み 模 索 の 時 期(1965〜1973年) (3)国 際 協 力 事 業 団(JICA)創 設 と二 元 的 教 育 協 力 実 施 体 制 の 時 期(1974〜1989年) (4)EFA世 界 会 議 以 降 の 政 策 見 直 し と関係 機 関 の 連 携 強 化 推 進 の 時 期(1990〜1995年) (5)文 部 省 国 際 教 育 協 力 懇 談 会 に よ る 具 体 的 政 策 提 言 と実 施 の 時 期(1996年 〜)

時 期 に よ っ て は 、 関係 者 の 関 心 や 意 欲 に も変 遷 と浮 沈 が 見 られ た 。 教 育 協 力 の 意 義 そ の も の へ の 疑 念 が 生 じ、 と りわ け 基 礎 教 育 へ の 介 入 に は 消 極 論 が 優 位 の 時 期 も あ っ た 。 しか し、 こ の 間 の 歴 史 的 経 緯 に つ い て は 、 政 策 担 当者 、 研 究 者 、 協 力 事 業 実 践 者 の 間 で も よ く 知 られ て い な い の が 実 情 で あ る 。 本 報 告 書 は 、 わ が 国 の 国 際 教 育 協 力 の軌 跡 を た ど りな が

らそ の 理 念 と政 策 の 歴 史 的 系 譜 を 明 らか に す る こ と を 目的 とす る。 国 際 教 育 協 力 を め ぐ っ

(3)

て 急 速 に 事 業 が 拡 大 し、 ま た これ に 関 与 す る 関係 者 が 多 彩 に な っ て い る 今 日、 そ の 将 来 像 を 見 据 え る た め に も、 歴 史 的 経 験 に 裏 付 け され た 認 識 と知 識 を 国 際 教 育 協 力 関係 者 の 間 で 共 有 す る こ とが 不 可 欠 で あ る と考 え る か らで あ る。

本 報 告 書 で は 、 第 一 部 と して 、 わ が 国 の 国 際 教 育 協 力 事 業 に 関 す る 通 史 的 な 記 述 を試 み た 。 第 一 章 は 、 上 記 の 時 期 区 分 で は(1)の 部 分 に あ た る 時 期 、 す な わ ち 、 戦 後 復 興 と と も に 開 始 され る わ が 国 の 教 育 協 力 事 業 の 草創 期 か ら、 文 部 省 関係 者 の 間 で も国 際 教 育 協 力 へ の 関 心 が 高 ま りを み せ た1960年 代 末 ま で の 時 期 を 検 討 の対 象 とす る。第 二 章 で は 、(2)の時 期 、 す わ な ち 、1970年 代 初 頭 に 、 わ が 国 で 国 際 教 育 協 力 論 議 が 急 速 な 高 ま りを み せ た 背 景 とそ の 議 論 の 方 向 性 を 分 析 して い る。 この た め 、 本 来 、 第 三 章 は 、(3)の 時 期 、 す な わ ち 、 開 発 途 上 国 向 け の 国 際 教 育 協 力 の 主 体 が 、 文 部 省 サ イ ドか ら外 務 省 ・JICA側 へ と実 質 的 に移 行 して ゆ く時 期 に あ て られ るは ず で あ る。 しか し な が ら、本 研 究 に お い て は 、JICA側 に 事 業 に 関 す る資 料 収 集 が 充 分 に で き な か っ た と い う限 界 も あ り、 こ の 時 期 に つ い て 、 独 立 した 章 を 設 け る こ と は で き な か っ た。 そ の た め 、 第 三 章 は 、 す こ し時 期 を先 送 り して 、(4)と(5) の 時 期 、 す な わ ち1990年 のEFA世 界 会 議 以 降 に お け る文 部 科 学 省 サ イ ドに お け る 国 際 教 育 協 力 へ の 関 心 の復 活 と取 り組 み の 活 発 化 に つ い て の 記 述 に あ て た 。 第 四 章 と第 五 章 は 、 そ れ ぞ れ 、 文 部 科 学 省 が か か わ る 個 別 的 な 事 業 と して 注 目 され る 、 外 国 人 教 員 研 修 留 学 生 制 度 に よ る 現 職 教 員 の 受 入 れ に つ い て の 歴 史 と現 状 、 お よ び 、 青 年 海 外 協 力 隊 「現 職 教 員 特 別 参 加 制 度 」 を 分 析 して い る。

第 二 部 は 、 資 料 編 と して 、 わ が 国 の 国 際 教 育 協 力 政 策 に か か わ る 主 要 政 策 文 書 を合 計14 点 を収 集 し、 そ の 要 点 を抄 録 と して 、 あ るい は 、 ドキ ュ メ ン ト全 文 を 再 録 して い る 。 と り わ け 、1970年 代 以 前 の 資 料 に 関 し て は 、従 来 、ほ とん ど紹 介 され た こ との な い もの で あ り、

わ が 国 に お け る 国 際 教 育 協 力 論 議 の ル ー ツ を 知 る う え で 貴 重 な歴 史 的 文 献 で あ る と考 え ら れ るか らで あ る。

<研 究 組 織 >

研 究 代 表 者 斉 藤 泰 雄(国 立 教 育 政 策 研 究 所 国 際 研 究 ・協 力 部 総 括 研 究 官)

<研 究 経 費 >

平 成20年 度900千

平 成21年 度800千

平 成22年 度600千

計2,300千

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<研 究 発 表 >

(1)学 会 誌 等

斉 藤 泰 雄 「わ が 国 の 国 際 教 育 協 力 の 理 念 及 び 政 策 の歴 史 的 系 譜:草 創 期 か ら70年 初 頭 ま で 」

『国 立 教 育 政 策 研 究 所 紀 要 』 第137集2008年3月149‑166頁

わ が 国 の 基 礎 教 育 援 助 タ ブ ー 論 の 歴 史 的 ル ー ツ 」

『国 際 教 育 協 力 論 集 』(広島 大 学 教 育 開 発 国 際 協 力 研 究 セ ン タ ー)第11巻 第2号 2008年10月113‑127頁

青 年 海 外 協 力 隊 「現 職 教 員 特 別 参 加 制 度 」 の 成 立 経 緯 と制 度 的 特 色 」

佐 藤 真 久 編 『青 年 海 外 協 力 隊 「現 職 教 員 特 別 参 加 制 度 」 に よ る 派 遣 教 員 の 社 会 貢 献 と組 織 的 支 援 ・活 用 の 可 能 性 』2010年3月19‑31頁

(2)口 頭 発 表

斉 藤 泰 雄 基 礎 教 育 援 助 タ ブ ー 論 の 歴 史 的 ル ー ツ 」

日本 比 較 教 育 学 会 第44回 大 会 東 北 大 学2008年6月

わ が 国 の 教 育 援 助 論 の 歴 史 的 系 譜 ― 基 礎 教 育 介 入 の 是 非 論 争 を 中 心 に 」 日本 教 育 制 度 学 会 第16回 大 会 琉 球 大 学2008年11月

「開 発 途 上 国 へ の現 職 教 員 派 遣 事 業 の 実 績 と評 価 」 日本 教 育 制 度 学 会 第18回 大 会 山梨 県 立 大 学2010年11月

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わ が 国 の 国 際 教 育 協 力 の 理 念 及 び 政 策 の 歴 史 的 系 譜 に 関 す る研 究

目 次

は しが き

第 一部 <論稿 > わが 国 の国際教育 協 力の理念及 び政策 の歴 史的 系譜

第一章 草創期 か ら1960年 代 まで………1

第二章1970年 代初頭 にお ける国際教育協 力論 の高揚 と論議………23

第 三章1990年 代 以降文部科学省 の国際教育協 力事業へ の取み………39

第 四章 外 国人教 員研修 留学生制度 による現職教 員の受入れ………63

第五 章 青年海外 協 力隊 「現職教員特別参 加制度」の創設 と実 績…………77

第二 部 <資料編 > わが国の国際教育協力政策 にかかわ る主要政策 文書………97

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第一章 わが 国の国際教育 協力 の理念及 び政策 の歴 史的系 譜:

草創 期 か ら1960年 代 まで

は じめ に

本 章 で は 、 戦 後 復 興 と と も に 開 始 され る わ が 国 の 教 育 協 力 事 業 の 草 創 期 か ら、 文 部 省 関 係 者 の 間 で も ア ジ ア 地 域 を 中心 と した 開 発 途 上 国 向 け の 国 際 教 育 協 力 へ の 関 心 と論 議 が し だ い に 高 ま っ て く る1960年 代 末 ま で の 時 期 を 検 討 の対 象 とす る。

Ⅰ.戦 後 に お け る 教 育 文 化 の 国 際 交 流 ・協 力 事 業 の 開 始

1951(昭 和26)年6月21日 、 第 六 回 ユ ネ ス コ総 会 に お い て 、 わ が 国 の ユ ネ ス コ加 盟 が 正 式 に承 認 され た 。 こ れ は 、 サ ン フ ラ ン シ ス コ平 和 条 約 締 結 と 国 連 加 盟 以 前 の こ と で あ り、

戦 後 わ が 国 が 国 際機 関 に 加 盟 を 認 め られ た も の と して は 最 初 の も の で あ っ た 。 当 時 ま だ 終 戦 の 混 乱 を 引 きず っ て い た 外 務 省 に 代 わ り、 ユ ネ ス コ加 盟 を推 進 した 文 部 省 関 係 者 に と っ て 、 ユ ネ ス コ加 盟 に か け た 期 待 や 思 い 入 れ は 、今 日か ら は想 像 しが た い ほ どの 大 き な も の で あ っ た 。 後 に 日本 ユ ネ ス コ 国 内 委 員 会 事 務 総 長 を つ と め た 西 田 亀 久 夫 は 、 当 時 、 官 民 一 体 とな っ て 推 進 され た ユ ネ ス コ 運 動 の 状 況 を 次 の よ うに ふ りか え る。「わ が 国 の ユ ネ ス コ活 動 は 、 日本 の 国 際 社 会 へ の 復 帰 を め ざ して 、 ま ず 、 民 間 運 動 と して 発 足 し た こ と を 第 一 の 特 徴 と して あ げ た い 。 こ の こ とは 、 ま さに 日本 の 敗 戦 とい う特 異 な 事 情 の 反 映 で あ る。 戦 争 に 対 す る痛 烈 な 悔 悟 の 情 と、 国 際 社 会 にお け る禁 治 産 状 態 の 無 念 さ を 正 当 に 克 服 す る唯 一 の道 は、1946年 に発 足 した 国 際 連 合 教 育 科 学 文 化 機 関(ユ ネ ス コ)の 掲 げ る恒 久 平 和 運 動 へ 全 面 的 に帰 依 す る こ と で あ っ た 。 そ れ は 、 あ る意 味 で は純粋 に精神 的 な 平和 運動 とい え る。 き わ め て 内 省 的 に 日本 人 の 心 の 中 に 平 和 の 信 念 を 築 き あ げ る と と も に 、 み ず か ら を き び し く鍛 練 して 世 界 の 問 題 を 見 る 目を 養 お う とす る も の で あ っ た 。 世 界 の 中 で 、 ユ ネ ス コ 運 動 を これ ほ ど人 間 の 心 の 問題 と して 受 け止 め た 国 は ま れ で あ ろ う」(西 田 昭 和47年29

頁)。

翌1952年 に は 、 国 内 法 と して 「ユ ネ ス コ活 動 に 関 す る 法 律 」 を成 立 させ た。 これ を 根 拠 に 教 育 ・文 化 ・科 学 分 野 の 代 表 者 、 学 識 経 験 者 、 政 界 等 を代 表 す る合 計60人 の 委 員 か らな る 日本 ユ ネ ス コ国 内 委 員 会 が 発 足 す る。 ま た そ の事 務 を担 当 す る た め に 事 務 総 長 以 下 専 任 ス タ ッ フ60人 を こ え る 規 模 の 国 内 委 員 会 事 務 局 が 設 置 され た 。 事 務 局 は 、 文 部 省 の 所 轄 機 関 と して 文 部 省 庁 舎 内 に 置 か れ る こ と に な っ た 。 か つ て 事 務 局 次 長 を経 験 した こ と の あ る 木 田 宏 に よ れ ば 、 四 つ の課(企 画 、 連 絡 、 調 査 、 普 及)か ら構 成 され 一 つ の 局 に も相 当す る規 模 を 誇 るそ れ は 「世 界 一 立 派 な 事 務 局 」(木 田 オ ー ラル ヒ ス トリー 下 巻2003年 76頁)で あ っ た と い う。

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ユ ネ ス コ の 事 業 は 、 学 術 交 流 、 国 際 的 な 科 学 的 調 査 研 究 の 推 進 、 東 西 文 化 価 値 相 互 理 解 事 業 計 画 な ど多 岐 に わ た っ た が 、教 育 の 分 野 に お い て わ が 国 の 活 動 の 中 心 と され た もの は 、 ユ ネ ス コ が 国 際 理 解 教 育 を 推 進 す る た め に 開 始 し て い た 協 同 学 校 プ ロ ジ ェ ク ト (Associated  School  Project)へ の 参 加 で あ っ た 。文 部 省 は 、 こ の プ ロジ ェ ク トに 参 加 す る 実 験 校 を 指 定 し支 援 す る 活 動 を積 極 的 に展 開 した 。 当時 は 、 協 同 学 校 に よ る 国 際 理 解 教 育 の 推 進 は 知 的 交 流 活 動 と して の 色 彩 が 強 く、 必 ず し も 開 発 途 上 国 へ の 教 育 協 力 を 意 識 した も

の で は な か っ た 。

わ が 国 に お い て 、明確 に 教 育 の 国 際 協 力 を 意 図 し て 提 案 され 、最 初 に 導 入 され た 事 業 は 、 国 費 外 国 人 留 学 生 招 致 制 度 で あ っ た 。これ は 、1954(昭 和29)年 に 開 始 され た 。文 部 省 の 『学 制 九 十 年 史 』 は 、 当 時 の 様 子 を 次 の よ うに 記 述 し て い る。 「平 和 条 約 の発 効 後 、欧 米 諸 国 か らわ が 国 に 留 学 を希 望 す る者 が 多 く な っ た 。 一 方 、 こ の こ ろ か ら 、 東 南 ア ジ ア ・中近 東 諸 国 へ の 経 済 協 力 、 技 術 協 力 に 対 す る 国 民 の 関 心 が とみ に 高 ま り、 そ の 一 環 と して 、 こ の 地 域 か ら留 学 生 を招 致 す る こ と の 緊 要 性 が 識 者 の 間 に 強 く叫 ば れ る に 至 っ た 」(文部 省 昭 和 39年567頁)。 日本 ユ ネ ス コ 国 内 委 員 会 は 、1953年 に2回 に わ た っ て 、外 国 人 留 学 生(技 術 留 学 生 、技 術 実 習 生 を 含 む)の 受 入 れ 体 制 の 強 化 、奨 学 資 金 の提 供 を 関 係 大 臣 に 対 し て 建 議 して い た(国 立 教 育 研 究 所1971年15頁)。 お そ ら く、 こ う し た 留 学 生 受 入 れ 体 制 の整 備 を 主 張 した 関係 者 の 中 に は 、 戦 前 期 に お け る 中 国(清 朝)や 戦 中期 の ア ジ ア 地 域 か ら の 外 国 人 留 学 生(南 方 特 別 留 学 生)の 受 入 れ の 経 験 注)、侵 略 や 植 民 地 支 配 の た め の 「文 化 工 作 」

「文 化 宣 伝 」(石 附1989年63頁)と して の 色 彩 が 濃 か っ た わ が 国 の 留 学 生 政 策 の 反 省 に 立 ち な が ら、 新 しい 留 学 生 制 度 を構 築 し よ う とす る意 志 が あ っ た と推 測 され る。

1954年 、 「国 費 外 国 人 留 学 生 実 施 要 項 」 が 作 成 され 、 そ の 制 度 が 開 始 され た 。招 致 す る 留 学 生 は 、外 国 の 大 学 を 卒 業 して か らわ が 国 の 大 学 学 部 、大 学 院 等 に お い て 研 究 を 行 う 「 究 留 学 生 」 と 、高 校 卒 業 後 わ が 国 の 大 学 学 部 に 留 学 す る 「学 部 留 学 生 」の 二 種 類 と され た 。 研 究 留 学 生 は 、 一 部 は 、 欧 米 諸 国 か ら も 招 致 され る が 、 学 部 留 学 生 の 場 合 、 そ の 対 象 は ア ジ ア 諸 国 の み に 限 定 され て い た 。1962年 、当 時 の 文 部 省 で 、留 学 生 関 係 の 事 務 を所 掌 して い た 調 査 局 国 際 文 化 課 長 で あ っ た 佐 藤 薫 は 、 国 費 留 学 生 招 致 プ ロ グ ラ ム の 特 色 を次 の よ う に 説 明 して い る。 「わ が 国 は ア ジ ア の 一 員 で あ る こ との 自覚 と 責任 感 か ら 、 昭 和27、28年 か ら 、 そ れ ぞ れ の 要 請 に応 じ、 経 済 援 助 、 技 術 援 助 を は じ め る に 至 っ た。 この 経 済 援 助 、 技 術 援 助 の 一 環 と し て 、あ るい は経 済 援 助 に さ き が け る人 づ く りの 一 つ の 協 力 方 策 と して 、

と り あ げ られ た の が 留 学 生 招 致 で あ る。… こ の 学 部 留 学 生 招 致 制 度 は 、 わ が 国 が 、世 界 諸 国 に さ き が け て 実 施 した 独 自 の もの で あ る が 、 そ の 狙 い とす る 所 は 、 大 学 等 の数 が 少 な い ア ジ ア 諸 国 の 、 国 づ く りの 指 導 者 養 成 に 協 力 し よ う とす る と こ ろ に あ る 」(佐藤 昭 和37 年233頁)。1954年 、 最 初 の 留 学 生23人 を受 け 入 れ た の を 皮 切 りに 、 国 費 留 学 生 は 、 し だ い に そ の 数 を 増 して い っ た 。1956年7月 、 文 部 省 の 中 央 教 育 審 議 会 も 『教 育 ・学 術 ・ 文 化 に 関 す る 国 際 交 流 の 促 進 に つ い て 』 を答 申 し、 こ う した 動 き を促 進 す る こ と を 提 言 し

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た 。

1954年 に は ま た 、わ が 国 の 技 術 協 力 の 歴 史 に お い て 重 要 な 出発 点 とな る事 態 が 生 じた 。 そ れ は 、 同 年10月 、 日本 の 「コ ロ ン ボ ・プ ラ ン 」 へ の加 盟 が 正 式 に 承 認 され た こ とで あ る。 コ ロ ン ボ ・プ ラ ン とは 、1950年 、 セ イ ロ ン の 首 都 コ ロ ン ボ で 開 催 され た 英 連 邦 の 外 相 会 議 に お い て 発 足 した ア ジ ア の 旧 英 領 植 民 地 の 経 済 開 発 を 支 援 す る た め の 国 際 的 技 術 援 助 プ ロ グ ラ ム で あ っ た 。 後 に 、米 国 や そ の 他 の 先 進 国 も援 助 国 と して こ れ に 加 盟 し、 ま た 援 助 対 象 国 も ア ジ ア 地 域 全 体 に 拡 大 され た 。 こ の コ ロ ン ボ ・プ ラ ン へ の 加 盟 は 、敗 戦 、 戦 後 混 乱 期 に お い て 、 米 国 そ の 他 の 国 際 機 関 か ら の 救 済 ・援 助 を 受 け な が ら経 済 復 興 を 遂 げ つ つ あ っ た わ が 国 が 、 一 転 し て 、 国 際 社 会 に お い て 、 援 助 国 側 の 仲 間 入 りを 認 め られ た こ と を意 味 して い た 。 技 術 協 関係 者 は 、 そ の 意 義 を 次 の よ うに 述 べ る 。 「この コ ロ ン ボ ・ プ ラ ンへ の 加 盟 に よ り、 わ が 国 の 援 助 国 と して の 地 位 が 初 め て 国 際 的 に 名 実 と も に認 め ら れ た わ け で 、 こ れ は 国 際 的 地 位 が 低 か っ た 当 時 の わ が 国 に と っ て 画 期 的 な こ と で あ っ た 」 (海外 技 術 協 力 事 業 団 昭 和48年7頁)。

コ ロ ン ボ ・プ ラ ンへ の 加 盟 に よ り、 わ が 国 は 、 被 援 助 国 と 二 国 間 協 定 を結 び 、 ア ジ ア 地 域 か ら研 修 員 受 入 れ と専 門 家 派 遣 の 事 業 を 開 始 し た 。 こ う した 技 術 協 力 事 業 を 運 営 す る た め に 、社 団 法 人 「ア ジ ア 協 会 」が 設 立 され 、同 協 会 に 政 府 か ら事 業 実 施 の 委 託 が な され た 。 1957年 に は 、 わ が 国 独 自で 、 中 近 東 、 ア フ リカ を 対 象 と した 「中 近 東 ア フ リカ 技 術 協 力 計 画 」 が 策 定 され る。1960年 に は 、 ラ テ ン ア メ リカ を 対 象 と した 「中 南 米 技 術 協 力 計 画 」 が 実 施 に 移 され た 。 ま た 、 この 頃 か ら、 技 術 協 力 は 、 研 修 生 受 入 れ 、 専 門 家 派 遣 に 加 え て 、 途 上 国 の 開 発 計 画 作 成 を 支 援 す る 「開 発 調 査 事 業 」、相 手 国 と の 共 同 で 技 術 訓 練 の た め の 施 設 を設 置 ・運 営 す る 「海 外 技 術 訓 練 セ ン ター 事 業 」、 「機 材 供 与 事 業 」 へ と活 動 を拡 大 して い っ た 。こ の よ うな 援 助 地 域 の 拡 大 、事 業 の 多 様 化 を うけ て 、しだ い に 技 術 協 力 を 総 合 的 、 効 率 的 に 実 施 す る体 制 の 一 元 化 を 求 め る 声 が 高 ま り、1962(昭 和37)年 、 これ らの 事 業 を 統 合 す る 形 で 、 特 殊 法 人 「海 外 技 術 協 力 事 業 団 」(OTCA)が 設 立 され る に い た る。

こ う した 二 国 間 協 定 に 基 づ く開 発 途 上 国 へ の 技 術 協 力 の 中 に は 、 教 育 分 野 に 関係 す る も の が 含 ま れ て い た 。 研 修 生 受 入 れ を 主 要 業 種 分 野 別 で 見 る と、 農 水 産 関 係 が 最 多 で 、 これ に続 い て 、 軽 工 業 、 行 政 、 運 輸 、 郵 政 な どの 分 野 が 多 い 。 しか し、 昭 和30年 代 ま で の 実 績 を 見 る と、 教 育 分 野 と され る も の が 軽 工 業 と行 政 と ほ ぼ 肩 を並 べ る程 の順 位 で 出 現 して い る。こ の 教 育 分 野 の 研 修 生 の 多 く は 、「日米 合 同 計 画 」に よ る も の と され て い る。こ れ は 、 当 時 、 米 国 が ア ジ ア 諸 国 向 け に 行 う援 助 事 業 に対 して 日本 が 第 三 国研 修 と して 研 修 員 受 入 れ の 便 宜 供 与 を行 っ て い た 事 業 で あ る。 研 修 内 容 は 不 明 で あ る が 、 お そ ら く英 語 教 育 で は な い か と推 測 され る。 こ の 日米 合 同 計 画 は1964年 を も っ て 終 了 し、 こ の 後 は 、 教 育 分 野 の 研 修 員 の 数 は 少 な く な り、研 修 員 全 体 の2〜3%と い う レベ ル と な る(海外 技 術 協 力 事 業 団 昭 和48年pp.176‑179)。 ま た 、 専 門 家 派 遣 の 実 績 で み る と、1957年 以 降 、 毎 年1〜5 人 が 「教 育 分 野 」 と して 分 類 さ れ て い る。 そ の 業 務 内 容 は 明 ら か で は な い が 、 そ の ほ とん

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ど が 「日本 語 教 育 」 の 専 門 家 で あ っ た と見 な され る 。

1965年 に は 、米 国 の 「平 和 部 隊 」活 動 に 着 想 を 得 て 、「日本 青 年 海 外 協 力 隊 」が発 足 し、

海 外 技 術 協 力 事 業 団 に そ の 事 務 局 が 置 か れ る。 この 年 、 最 初 の 隊 員48名 を ア ジ ア と ア フ リカ の 国 に 送 り出 した 。 協 力 隊 は 数 年 後 に そ の 規 模 を 毎 年100〜200人 台 に ま で 拡 大 して い っ た 。 こ の 協 力 隊 の 業 種 の 中 に も 、農 業 、水 産 業 、建 設 、軽 工 業 な ど と並 ん で 、 「教 育 訓 練 分 野 」 が 含 ま れ て い る。 そ の 内 実 を み る と 、 そ の 大 多 数 は 、 ス ポ ー ツ 隊 員 で あ り、 そ の 他 に 日本 語 教 育 、 そ して 、 ア フ リカ の タ ン ザ ニ ア で の 数 学 教 育 と理 科 教 育 隊 員 が 見 られ た (海外 技 術 協 力 事 業 団 昭 和48年152‑153頁)。

Ⅱ.カ ラ チ ・プ ラ ン の 発 足 と教 育 協 力 へ の 意 識 の 高 ま り

1950年 代 後 半 に な る と、しだ い に ユ ネ ス コ の 組 織 的 性 格 や 活 動 の優 先 課 題 に 変 化 が 生 じ は じめ た 。 第 二次 世 界 大 戦 後 に相 次 い で 独 立 した ア ジ ア や ア フ リカ の 多 く の 国 が ユ ネ ス コ に加 盟 す る よ うに な るか らで あ る。 新 興 国 と して 国 民 国 家 の 樹 立 を め ざす これ ら の 国 は 、 国 づ く りの 基 礎 と して 教 育 に 強 い 期 待 を 寄 せ て い た 。 こ れ ら の 国 の 指 導 者 た ち は 、 ナ シ ョ ナ リズ ム形 成 や 国 民 統 合 の推 進 な ど の観 点 か ら基 礎 的 な初 等 教 育 の 普 及 に 意 欲 を もや した 。 人 的 、 技 術 的 な 資 源 を欠 く これ ら の 国 は 、 教 育 問 題 を あ つ か う唯 一 の 国 際 機 関 で あ る ユ ネ

ス コ に 支 援 を 求 め る こ と に な る。 こ う し て 、 開 発 途 上 地 域 の 教 育 問 題 へ の 取 り組 み が ユ ネ ス コ の最 優 先 課 題 の 一 つ と して 浮 上 す る よ うに な る。

国 連 が 、1960年 代 を 「国 連 開 発 の 十 年 」 と名 付 け 、開 発 途 上 国 の支 援 に本 格 的 に り出 し た の に 呼 応 して 、 ユ ネ ス コは 、 ア ジ ア 、 ア フ リカ 、 ア ラ ブ 諸 国 、 ラ テ ンア メ リ カ の 各 地 域 ご と に 、 地 域 教 育 発 展 計 画 を構 想 し提 唱 した。 ア ジ ア で も 、 ユ ネ ス コの 主 導 の 下 で 、1960 年1月 に 、 パ キ ス タ ン の カ ラ チ に 、日本 を 含 む ア ジ ア17か 国 の 政 府 代 表 が 集 ま り、 こ の 地 域 の 教 育 問題 を討 議 し、 大 規 模 な 地 域 教 育 発 展 計 画 を 作 成 す る た め の 会 議 が 開 催 され た 。 こ こで 採 択 され た の が 、 「ア ジ ア 地 域 初 等 教 育 発 展 計 画」、 通 称 「カ ラ チ ・プ ラ ン 」 と呼 ば れ る も の で あ る。 そ れ は 、1980年 ま で の20年 間 を か け て 、 この 地 域 に 、 少 な く と も 七 年 間 の 普 遍 的 な 無 償 義 務 教 育 制 度 を確 立 す る こ と を 目指 す と い うも の で あ っ た 。 当 時 の ア ジ ア 諸 国 の 教 育 発 展 状 況 か ら見 れ ば 、き わ め て 野 心 的 な 長 期 教 育 発 展 計 画 で あ っ た(UNESCO

1960)。 翌1961年 、ユ ネ ス コ は 、 こ う した活 動 の 連 絡 、 調 整 を 行 うた め に 、 タ イ の バ ン コ ク に ユ ネ ス コ ・ア ジ ア 地 域 事 務 所 を 開 設 した。

日本 は 、 当 時 す で に 九 年 間 の 義 務 教 育 を 完 成 させ て お り、 カ ラ チ ・プ ラ ン の 対 象 国 で は な か っ た 。 ユ ネ ス コや ア ジ ア 各 国 は 、 わ が 国 に 対 して カ ラチ ・プ ラ ン の 遂 行 へ の協 力 と支 援 を 要 請 した 。 前 述 の よ うに 、 ユ ネ ス コ活 動 を 高 く評 価 し、 そ の 政 策 に き わ め て 忠 実 で あ っ た 当時 の 政 府 、 文 部 省 は 、 こ の 要 請 に 真 剣 に 対 応 す る姿 勢 を み せ た 。 文 部 省 は 、 た だ ち に 、 二つ の 行 動 を 開 始 した 。 一 つ は 、 東 南 ア ジ ア 、 中 近 東 地 域 各 国 の 教 育 事 情 を調 査 す る

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調 査 団 の派 遣 で あ り、 も う一 つ は 、 予 定 され て い た 第 一 回 の 「ア ジ ア 地 域 ユ ネ ス コ加 盟 国 文 部 大 臣 会 議 」 を東 京 に 招 致 す る こ とで あ っ た。

教 育 事 情 調 査 団 は 、1960(昭 和35)年11月 か ら翌61年4月 に か け て 、 四 班 に 分 か れ て 東 南 ア ジ ア 、 中近 東 に 派 遣 され た 。 各 班 の 派 遣 先 は 、 東 南 ア ジ ア 第 一 班(カ ン ボ ジ ア 、 マ ラ ヤ 、 イ ン ドネ シ ア 、 タ イ)、 第 二 班(ビ ル マ 、 イ ン ド)、第 三 班(フ ィ リ ピン 、 ベ トナ ム 、 パ キ ス タ ン 、 セ イ ロ ン)中 近 東 班(ア フ ガ ニ ス タ ン 、 イ ラ ン 、 イ ラ ク 、 トル コ 、 エ ジ プ ト)で あ っ た 。 各 班 は 、 学 者 、 文 部 省 職 員(課 長 、課 長 補 佐 ク ラ ス)な ど5〜6人 で 構 成 され、35〜40日 間 の 日程 で 各 班 が 四 か 国 ほ どの 調 査 に あ た っ た 。 調 査 団 の 目的 は 、(1)そ れ ぞ れ の 国 の 一 般 事 情 、 教 育 事 情 、 諸 外 国 と の 経 済 協 力 お よび 教 育 協 力 の 実 情 に つ い て 、 (2)そ の 実 態 に応 じて 、 当該 国 に対 して わ が 国 と して どの よ うな 教 育 協 力 を す べ き か 、 を 調 査 報 告 す る と され た 。 開 発 途 上 国 の 教 育 事 情 を 調 査 し、 さ らに わ が 国 の 教 育 協 力 の 可 能 性 を さ ぐ る とい う趣 旨 の 調 査 団 の 派 遣 は 、 文 部 省 と して もお そ ら く これ が 初 め て の こ と で あ っ た 。1961年4月 に 東 南 ア ジ ア 調 査 団 第 一 班(カ ン ボ ジ ア 、マ ラ ヤ 、イ ン ドネ シ ア 、 タイ) の 報 告 書 が ま ず 提 出 され た 。 こ の 報 告 が 他 班 の 報 告 の ひ な 型 に な っ た 。

こ こ に は 、 わ が 国 で は最 初 の も の とい え る 国 際 教 育 協 力 論 が 披 瀝 され て い る。 い く つ か の 印 象 的 な フ レー ズ を 紹 介 し よ う。 「私 た ち は 、今 回 の 旅 行 で 、現 代 文 明 の 恩 恵 を 殆 ど受 け ず 、 しか も 、 そ れ を 不 幸 と も思 っ て い な い の で は な い か と思 わ れ る数 多 く の 民 衆 に接 して き た の で あ るが 、 そ の 際 、 私 た ち の胸 に こ た え た こ とは 、 日本 民 族 は 真 に 幸 福 な 民 族 で あ る とい うこ と と 同 時 に 、 同 じ く ア ジ ア の 民 族 で あ りな が ら こ の 不 幸 を 不 幸 と も思 っ て い な い の で は な い か と思 わ れ る 人 た ち に 、 真 の 幸 福 と い う も の 味 わ せ て あ げ 、 そ して 、 と も ど も に 人 類 文 化 の 向 上 に つ と め た い とい うこ と で あ っ た 。 こ の よ うな 気 持 ち と態 度 が 、 教 育 協 力 の バ ッ ク ボ ー ン に な っ て こそ 、は じめ て 教 育 協 力 は 大 な る 実 を 結 ぶ の で は な か ろ うか 」、

施 策 は 、 そ れ ぞ れ の 民 族 の 魂 を つ か む も の で な け れ ば な らな い と思 う。 東 南 ア ジ ア 地 域 諸 国 家 に 対 して 、 自 由 ・共 産 両 陣 営 は 、 と も に 経 済 協 力 、 教 育 協 力 面 で 莫 大 な 財 力 を つ ぎ 込 ん で い る の で あ る が 、 そ れ に も拘 らず 、 若 干 の 例 外 を除 い て は 、 そ れ ら は 、 必 ず し も 当 該 民 族 の 心 を つ か ん で い る とは 思 わ れ な か っ た 。 従 っ て 、 わ が 国 の 経 済 協 力 な り教 育 協 力 な りを真 に 成 功 させ る た め に は 、 あ く ま で誠 実 に 、 そ して 相 手 国 の 立 場 とプ ラ イ ドを 十 分 に 尊 重 し、若 し く もそ れ を傷 つ け る こ と の な い よ うに 努 め な けれ ば な らな い と思 う。 か く て こそ 両 民 族 の 魂 の 琴 線 が 触 れ 合 う協 力 が 可 能 に な る の で は な か ろ うか 」(教育 事 情 調 査 団 報 告 書 昭 和36年1‑3頁)。 や が て わ が 国 の 国 際 教 育 協 力 論 の き わ だ っ た 特 色 の 一 つ とな る 、 素 朴 な ま で の 理 想 主 義 的 な 態 度 、 も う一 方 で の 相 手 国 に対 す る謙 虚 な 姿 勢 が 、 そ の 草 創 期 に お い て す で に 姿 を 現 し て い る こ とが 注 目 され る。

さ らに 、 方 策 を推 進 す る た め に は 、 ま ず 国 内 体 制 を整 備 す る こ と が 先 決 条 件 で あ る と し て 、 次 の よ うな 点 を 指 摘 す る 。 ① 対 外 教 育 協 力 審 議 会 の 設 置 、 ② 低 開 発 国 関係 教 育 資 料 室 の 設 置 、 ③ 短 期 視 察 者 招 致 体 制 の整 備 、 ④ 国 費 留 学 生 の 受 入 れ 体 制 の整 備 、 ⑤ イ ン ドネ シ

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ア 賠 償 留 学 生 等 の 教 育 補 導 体 制 の 整 備 、⑥ 私 費 留 学 生 教 育 補 導 体 制 の 整 備 、 ⑦ 留 学 生 世 話 団 体 の 強 化 、 育 成 、⑧ 学 者 ・技 術 者 等 招 致 体 制 の 整 備 、 ⑨ 学 者 ・技 術 者 等 現 地 派 遣 体 制 の 整 備 、 ⑩ 中 級 技 能 者 研 修 方 式 の 検 討 、 ⑪ 教 材 教 具 提 供 方 式 の 検 討 、 ⑫ 学 術 文 献 資 料 提 供 方 式 の 検 討 、 ⑬ 対 外 教 育 協 力 関係 文 部 省 機 構 の 整 備 。 特 に 、 ③ ④ ⑩ ⑪ に 関 し て は 先 方 の 要 望 が 強 い とす る。 ま た 、 関 連 す る国 外 体 制 の 整 備 と して 、 ① 文 化 ア タ ッ シ ェ の 設 置 、 ② 日本 文 化 セ ン タ ー の 設 置 、 ③ 日本 語 学 校 の 整 備 、 ④ 日本 人 学 校 の 整 備 を あ げ る。 後 に議 論 され

る こ とに な る政 策 メ ニ ュ ー の ア イ デ ィ ア もす で に こ こ に ほ とん ど 出揃 っ て い る。

文 部 大 臣 会 議 は 、1962(昭 和37)年4月2日 か ら11日 ま で 、東 京(上 野 、 文 化 会 館)に お い て 、 ア ジ ア18か 国 か ら文 部 大 臣 お よび 経 済 企 画 担 当 大 臣 が 参 加 し て 開 催 され た 。 こ の 会 議 の 目的 は 、(1)カ ラ チ ・プ ラ ン の 各 国 で の進 展 状 況 の チ ェ ッ ク 、(2)当面 の 事 業 計 画 案 の 検 討 、(3)そ の た め の 外 部 援 助 の 状 況 とそ の 調 整 の 討 議 、 さ ら に 、(4)初等 教 育 の 拡 充 普 及 計 画 と し て ス タ ー トした カ ラ チ ・プ ラ ン を総 含 的 教 育 計 画 お よ び 社 会 ・経 済 発 達 の た め の 総 合 的 国 内 計 画 とい う よ り包 括 的 な 枠 組 み と の 関 連 の 中 で 再 検 討 す る こ と に あ る と され た 。 最 後 の 項 目は 、こ の 頃 か ら経 済 成 長 に お け る教 育 の 役 割 の 重 要 性 が 認 識 され る よ うに な り、

い わ ゆ る 教 育 計 画 論 、 教 育 投 資 論 が 台 頭 して き た こ と に 関 連 して い る 。 こ の会 議 が 、 最 終 的 に は 、 ユ ネ ス コ とECAFE(国 連 ア ジ ア 極 東 経 済 委 員 会)の 共 同 開 催 と な り、 文 部 大 臣 の み で な く経 済 企 画 担 当 閣 僚 が 参 加 した の も こ う した 理 由 に よ る 。 日本 か ら は 、 荒 木 文 相 以 下 、 内 藤 事 務 次 官 、 経 済 企 画 庁 の 大 来 佐 武 郎 ら8入 の 代 表 団 が 参 加 した 。

当 時 、 文 部 省 調 査 局 長 と して 、 こ の 文 部 大 臣 会 議 を実 質 的 に 切 り回 し た 天 城 勲 は 、 会 議 の 報 告 に 関 連 して ア ジ ア の 教 育 発 展 に対 す る 日本 の 立 場 と役 割 に 関 して 、 当 時 次 の よ うな 発 言 を お こ な っ て い る。 「そ の 種 教 育 に 関 す る 国 際 会 議 が 日本 で 開 催 され た の は 、戦 前 戦 後 を通 じて も ち ろ ん 初 め て の こ とで あ り、 今 後 の ア ジ ア の 教 育 発 展 とわ が 国 の 使 命 を 考 え あ わせ る とき 、そ の 意 義 は き わ め て 大 き く深 い も の が あ る と考 え られ る」、「会 議 に お い て は 、 しば しば 日本 の 事 情 が 討 議 の 資 と され 、 日本 の 代 表 も 進 ん で 今 日 ま で の 教 育 発 展 の 経 験 と 成 果 を 述 べ て 協 力 し た 。 ア ジ ア 各 国 に と っ て こ の カ ラ チ 計 画 の 発 展 は 容 易 な ら ざ る 難 事 業 で あ る。 た とえ 外 部 援 助 を え て 発 展 の速 度 を 早 め る ご とが で き て も 、 お よ そ 一 国 の 教 育 発 展 は そ の 国 家 と 国 民 の 教 育 へ の 熱 意 と努 力 な し に は と うて い 実 現 す る こ と は で き な い 。… 今 日の 日本 の 教 育 発 展 と、そ れ を さ さ え て い る諸 条 件 は た しか に他 の ア ジ ア 諸 国 に比 して 恵 ま れ て い る 。 経 験 、 知 識 、 技 術 は も と よ り、 物 的 に も 財 政 的 に も援 助 を 期 待 さ れ る 立 場 に あ る とい え よ う。 た だ こ の 場 合 、 援 助 を 求 め る側 に お い て は た ん な る 要 求 で あ っ て は な らず 、 援 助 を 提 供 す る 日本 の 態 度 も じ ゅ うぶ ん 先 方 の 事 情 と意 向 を くん で 謙 虚 な も の で な け れ ば な ら な い 。 戦 後 の 教 育 再 建 に わ れ わ れ は 貴 重 な 経 験 を得 て い る。 一 国 の 教 育 は 根 本 的 に は 国 民 精 神 の 基 底 に連 な る国 民 自身 の も の で あ る。 こ の こ と を じ ゅ うぶ ん 自 覚 し た 上 で 、 わ れ わ れ は 可 能 な か ぎ り、 援 助 の 努 力 を い た す べ き も の と考 え る 」(天 城 昭 和37年30頁)。

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当時 、 先 進 諸 国 に 追 い つ く こ とを 最 大 の 目標 に して 、 も っ ぱ ら欧 米 の 教 育 動 向 に 関 心 を 集 中 させ て き た わ が 国 は 、 カ ラチ ・プ ラ ン へ の 関 与 に よ り 、 お そ ら く は じ めて ア ジ ア 諸 国 の 教 育 に 目 を 向 け 、 そ の 問 題 の深 刻 さ を 認 識 し た の で は な い だ ろ うか 。 同 時 に 、 ア ジ ア に お い て 唯 一 例 外 的 と もい え る発 展 を み せ て い た わ が 国 の 教 育 の発 展 を振 り返 り、 明 治 維 新 以 来 の 教 育 政 策 の 歩 み を 肯 定 的 に 再 認 識 す る契 機 と な っ た の で は な い か 。 こ の こ と は 、 わ が 国 の 文 教 関係 者 に あ る種 の 自覚 と 、 教 育 協 力 に た い す る 素 朴 な使 命 感 を 生 み 出 す こ と に な っ た と考 え られ る。 同 じ1962年11月 に は 、 文 部 省 は 、 前 例 の な い 型 破 りの 白書 『日本 の成 長 と教 育 』 を発 表 し、 わ が 国 に お け る経 済 成 長 と教 育 との 関連 を 歴 史 的 な 視 点 か ら解 明 し よ う とす る試 み を 行 っ た 。 英 語 版 の 作 成 も あ り、 こ の 白書 は 国 内 外 で も大 き な 反 響 を 生 み 出 す も の と な っ た 。1962年 の 文 部 省 の 『学 制 九 十 年 史 』 に は 、す で に わ が 国 の 国 際 教

育 協 力 へ の 関 与 に 対 す る気 運 の 盛 り上 が りを 示 す 次 の よ うな 積 極 的 な 記 述 が 見 られ て い る 。

明 治 以 来 の わ が 国 に お け る 急 速 な 教 育 の 普 及 ・発 展 と、 社 会 経 済 の 著 しい 発 達 、 成 長 と い う事 実 は 、 これ らの 諸 国(ア ジ ア)に と っ て 貴 重 な 参 考 とな る も の で あ り、 わ が 国 の 歴 史 的 経 験 と近 代 的 知 識 ・技 術 を生 か して い か に これ らの 諸 国 の 教 育 の 発 展 に 協 力 して い くか は 、現 在 わ が 国 教 育 界 に 課 され た 最 も大 き な 課 題 の 一 つ で あ る とい え よ う」(文部 省 昭 和 39年556頁)

1964年3月 、 文 部 省 の 総 合 広 報 誌 『文 部 時 報 』 の あ る 記 事 は 、 文 部 省 の 遂 行 して い る 国 際 教 育 協 力 活 動 を 次 の よ うに 報 告 して い る。「新 し い 国 つ く りに 懸 命 の 努 力 を続 け つ つ あ る ア ジ ア 諸 国 へ の 各 般 の 協 力 は 、 二 十 世 紀 の世 界 的 使 命 で あ り、 と く に わ が 国 が ア ジ ア の 一 員 で あ る こ と に か ん が み 、国つ く りの基本 た る人つ く りには 、文部 省 と して も、従 来 で き る だ け の 協 力 を して き た 。 昭 和39年 度 に お い て も、 コ ロ ン ボ 計 画 、 中 近 東 ・ア フ リカ 技 術 援 助 計 画 、 北 東 ア ジ ア 技 術 援 助 計 画 、 日米 合 同 第 三 国 技 術 援 助 計 画 に 関 し、 大 学 教 授 等 の 現 地 へ の派 遣 、 研 修 生 、 視 察 団 の受 入 れ 等 で 、 文 部 省 が 協 力 す る こ と は も ち ろ ん で あ

る が 、 昭 和38年 の 教 育 テ レ ビ技 術 者 集 団研 修 に 引 き つ づ き、 外 務 省 、 郵 政 省 、海 外 技 術 協 力 事 業 団 、 日本 放 送 協 会 、 文 部 省 等 の 共 催 で 、 東 京 で 実 施 す る教 育 ラ ジ オ 技 能 者 集 団 研 修 は 、 各 国 よ り多 大 の 期 待 を も っ て 迎 え られ て い る 。 な お 、 文 部 省 と して は 、 本 年 度 か ら 人 つ く りへ の 協 力 施 策 の 基 本 と も い うべ き 、 ア ジ ア 地 域 か らの 留 学 生 の 招 致 に 、 従 前 に 倍

した 努 力 を 傾 け る こ とに な っ た 」(佐 藤 昭 和39年77・78頁)。 文 部 省 は 、 こ の 年 か ら 国 費 留 学 生 招 致 の 人 数 を年 間100人 か ら200人 へ と倍 増 す る と と も に 、新 た に 調 査 局 内 に 留 学 生 課 を 設 置 した 。 そ れ に して も 、 す で に1964年 の 段 階 で 、 文 部 省 関係 者 の 間 で も 「国 つ く り」 「人 つ く り」 とい っ た 当 時 と して は 目新 しい 用 語 が 使 用 され て い る こ とは 興 味 深 い

もの が あ る。

政 府 開 発 援 助 に よ る 技 術 協 力 関 連 事 業 で は 、1962年 に海 外 技 術 協 力 事 業 団(OTCA)が 立 され 、 そ の 事 業 の 拡 充 が 行 わ れ 、ま た1965年 に は 、 日本 青 年 海 外 協 力 隊(JOCV)も 発 足 し、教 育 分 野 で の 活 動 も徐 々 に拡 大 す る傾 向 が み られ た が 、こ の 時 期 、ODA関 係 者 か ら、

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ま とま っ た 形 で教 育 援 助 に 関 連 す る発 言 が 行 わ れ る こ とは な か っ た 。

Ⅲ.新 しい教育協力事業の開始 と国際教 育協力論議の高揚

1965(昭 和40)年11月 に 、タ イ の バ ン コ ク で 第 二 回 の 文 部 大 臣 会 議 が 開催 され た 。わ が 国 は 中村 梅 吉 文 相 を 首席 とす る10人 の代 表 団 を 送 り込 ん だ 。こ の 会 議 で 、日本 代 表 団 は 、 ア ジ ア 諸 国 に 対 す る協 力 と支 援 を積 極 的 に表 明 し た 。 事 務 方 の 代 表 を つ と め た 調 査 局 審 議 官 の 西 田 亀 久 夫 に よれ ば 、 こ の 会 議 に お い て も、 「ア ジ ア に お い て 、独 力 で 近 代 化 を な し と げ 、 世 界 的 水 準 ま で の 教 育 発 展 を成 就 した 日本 の 存 在 は 、 ア ジ ア 各 国 に 自信 と 目標 を与 え て き た こ と は 間 違 い な い と思 わ れ る … 日本 の 業 績 へ の 評 価 は 、 当 然 日本 へ の期 待 に つ な が っ て い る。 ア ジ ア の 国 か ら 日本 の 経 験 に も とつ く協 力 と援 助 を期 待 す る 声 は 、 今 後 ま す ます 高 ま る で あ ろ う」 とい う 日本 側 関 係 者 の 見 解 は 変 わ ら な か っ た と い う。 しか し も う 一 方 で 、 日本 モデ ル 論 を暗黙 の前 提 と した よ うな、経 験 の提 示 だ けで は効 果 に限界 の あ る こ と も しだ い に認 識 され る よ うに な っ た 。す な わ ち 、「ア ジ ア の 教 育 問 題 を 考 え る わ れ わ れ の 立 場 は 、 日本 の歴 史 的 体 験 との 対 比 に お い て 、 政 策 上 適 切 な 助 言 を提 供 す る こ と で あ る

と考 え て き た 。 ま た 、 そ れ 以 上 に わ れ わ れ が 自信 を も っ て な し うる貢 献 も あ る ま い と思 わ れ た 。 と こ ろ が 、 こ の 会 議 で ま す ま す 明 らか に され た ア ジ ア 各 国 の複 雑 な 諸 条 件 を 深 く考 え れ ば 考 え る ほ ど、 単 純 な歴 史 的 経 験 だ け で は ど うに も答 え られ な い 問題 が 多 い こ とに 気 が つ い た 」(西 田 昭 和40年52・53頁)と い う。 政 策 ア ドバ イ ス とい う知 的 な 貢 献 を 主 体 に 教 育 協 力 を構 想 して い た わ が 国 に も 、 途 上 国 の 実 情 に 即 した よ り具 体 的 、 実 践 的 な 協 力 が 求 め られ る こ と が 認 識 され た の で あ る 。

バ ン コ ク会 議 に 前 後 して 、教 育 協力活 動 に 、五つ の新 しい メニ ュー が追加 され た。 す な わ ち 、(1)理科 教 育 協 力 事 業 、(2)教 育 指 導 者 招 致 事 業 、(3)日本 研 究 講 座 の 寄 贈 、(4)ユ ネ ス コ 国 際 大 学 院 コ ー ス の 開 設 、(5)ア ジ ア 地 域 教 育 研 究 調 査 事 業 計 画 の 開 始 、で あ る。 前者 三 つ は 、 二 国 間 協 力 事 業 で あ り、後 者 二 つ は 、 ユ ネ ス コ を通 じた 多 国 間 協 力 事 業 で あ っ た 。

第 一 の 理 科 教 育 事 業 は 、ア ジ ア 諸 国 の 理 科 教 育 振 興 の た め に 、わ が 国 か ら理 科 教 育(物 理 、 化 学 〉の 専 門 家 者 を 派 遣 す る も の で 、1966年 度 か ら、 ア ジ ア 、 ア フ リカ 諸 国 か ら毎 年5か

国 を 選 び 、 そ れ ぞ れ に 専 門 家 一 名 を 半 年 間 派 遣 す る形 で 開 始 され た。 彼 らは 、 各 国 の 中 等 学 校 の 現 職 教 員 、 理 科 教 員 を養 成 して い る 高 等 教 育機 関 等 に 対 して 、 理 科 教 育 に 関 す る指 導 と助 言 を行 っ た。 ま た 、 そ の 指 導 に 必 要 な 器 具 、機 材 の 供 与(各 国300万 円 程 度)を 行 っ た 。 経 費 は 文 部 省 が 負 担 す る が 、 指 導 者 の 派 遣 、機 材 の 調 達 や 発 送 等 の 業 務 は 、海 外 技 術 協 力 事 業 団 に 委 託 さ れ た。1968年 度 か ら は 、 農 業 教 育 専 門 家 も 追 加 され た 。

第 二 は 、ア ジ ア 、ア フ リカ 地 域 か ら 、教 育 政 策 立 案 の 指 導 的 立 場 に あ る人 々 を 招 致 し て 、 日本 教 育 の 現 状 を 実 地 に観 察 し、 調 査 す る 機 会 を 提 供 し よ う とす る事 業 で あ る。 こ の 事 業 も1966年 度 か ら、 と りあ えず 五 か 国 か ら、 一 人 ず つ を 一 カ 月 間 招 致 す る こ とで 開 始 され

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た 。

第 三 は 、 ア ジ ア の 主 要 な 大 学 に 、 わ が 国 か ら 日本 語 研 究 講 座 を寄 贈 し、 わ が 国 か ら教 授 お よび 講 師 数 人 を 派 遣 して 、 日本 語 教 育 、 わ が 国 の 文 化 、 経 済 、 社 会 等 に 関 す る研 究 と教 育 を 行 う事 業 で あ る。 外 務 省 が 予 算 を計 上 し、 派 遣 者 の選 考 と推 薦 を 文 部 省 が 行 う形 で 事 業 が 開 始 され た 。1965年 の タ イ の タ マ サ ー ト大 学 を 皮 切 りに 、1971年 ま で に七 つ の 大 学 に 講 座 が 寄 贈 され た 。 た だ し 、 こ の 事 業 は 、 派 遣 され る講 座 担 当者 の 人 材 不 足 、 選 考 難 な

どに よ り、 は じ め か らか な りの 混 乱 に 直 面 した こ と も否 定 で き な い 。

第 四 は 、 開 発 途 上 国 が 必 要 と して い る高 水 準 の 技 術 者 の 養 成 研 修 を 支 援 す る た め に 、 わ が 国 が ユ ネ ス コ に 協 力 して 開 始 した 事 業 で あ り、1965年 以 降 、東 京 工 業 大 学 に 化 学 ・化 学 工 学 の 大 学 院 コ ー ス を 開 設 し た。 開発 途 上 国 か ら若 手 研 究 者(毎 年14人)を 受 け入 れ 、英 語 に よ り授 業 を行 な い 、 一 年 間 の 高 度 の 学 問 的 研 修 を 提 供 す る も の で あ る。 研 修 生 に 対 して わ が 国 か ら往 復 航 空 費 と滞 在 学 資 金 等 が 提 供 され た 。

第 五 は 、 ア ジ ア 地 域 に お け る 教 育 研 究 活 動 の 強 化 、 地 域 の 教 育 研 究 機 関 間 で の ネ ッ トワ ー ク作 りを め ざ して い た ユ ネ ス コ の 依 頼 を 受 け て 、1967年 度 か ら国立 教育研 究所 におい て 開 始 され た 事 業 で あ る。 この 事 業 計 画 に基 づ き 、 以 後 毎 年 、 国 立 教 育 研 究 所 に お い て 、 ア ジ ア 諸 国 か らの 参 加 者 を 集 め て 、 教 育 研 究 調 査 専 門 家 会 議 、 学 校 カ リ キ ュ ラ ム に 関 す る教 育 研 究 調 査 ワ ー ク シ ョ ッ プ 、 理 科 ・数 学 教 育 等 に 関 す る セ ミナ ー や ワ ー ク シ ョ ッ プ が 定 期 開 催 され る こ と に な る。 ち な み に 、 国 立 教 育 研 究 所 に は 、 こ の 時 期 、 主 と して ア ジ ア 地 域 へ の 教 育 協 力 を研 究 面 か ら支 援 す る こ とを 想 定 して 、教 育 計画研 究室(1965年)、 ア ジ ア 教 育 研 究 室(1966年)、 上 記 の 教 育 研 究 協 力 事 業 を 実 施 運 営 す る 「ア ジ ア 地 域 教 育 研 修 室 」 (1967年)が 相 次 い で 設 置 され て い る(国 立 教 育 研 究 所1999年113頁)注)。

こ の よ うな 事 業 の 開 始 と と も に 、1960年 代 後 半 か ら70年 に か け て 文 部 省 関 係 者 の 間 で も 、 わ が 国 の 国 際 教 育 協 力 へ の 関 心 とそ の 在 り方 を め ぐ る論 議 が 急 速 な 高 ま りを み た 。 こ の 時 期 の 『文 部 時 報 』 を 見 る と 、 国 際 教 育 協 力 に 関 連 す る論 稿 や 座 談 会 が 集 中 的 とい っ て い い く らい 頻 繁 に 掲 載 され て い る。主 な も の を ひ ろ い 出 して み る。年 次 は年 号 表 記 とす る。

・ベ ン ・デ ュー ク(国 際 基 督 教 大 学 助 教 授)「 ア ジ ア の 教 育 に お け る 日本 の 役 割 」 昭 和39 年7月

・〈座 談 会 〉 「日本 の 海 外 技 術 協 力 と教 育 」 昭 和40年7月

・西 田亀 久 夫(調 査 局 審 議 官)「 バ ン コ ソ ク会 議 と 日本 の 立 場 」 昭 和41年2月

・三 角 哲 生(調 査 局 国 際 文 化 課 長)「 教 育 学 術 文 化 の 国 際 交 流 の 推 進 」 昭 和41年3月

・西 田亀 久 夫(大 臣 官 房 審 議 官)「 教 育 ・学 術 の 国 際 交 流 の 問題 点 」 昭 和41年5月

・〈座 談 会 〉 「教 育 ・学 術 ・文 化 の 国 際 交 流 の 現 状 と問 題 点 」 昭 和42年6月

・本 岡 武(京 都 大 学 教 授)「 発 展 途 上 国 に た い す る 教 育 協 力 と 日本 の 役 割 」 昭 和42年6

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・「海 外 に 派 遣 され た 教 師 の 体 験 談 」 昭 和43年12月

・笹 岡 太 一(ユ ネ ス コ国 内 委 員 会 事 務 局 教 育 課 長)「 わ が 国 の 海 外 教 育 協 力 事 業 」 昭 和43 年12月

・大 臣 官 房 調 査 課 「欧 米 諸 国 の 海 外 教 育 協 力 の 概 要 」 昭 和43年12月

・〈座 談 会 〉 「ア ジ ア の 教 育 発 展 と 日本 」 昭 和44年9月

・新 井 郁 夫(国 立 教 育研 究 所)「 ア ジ ア 地 域 教 育 の 現 状 と問 題 点 」 昭 和44年9月

・吉 川 孔 敏(大 学 学 術 局 留 学 生 課 長)「 日本 の 二 国 間 教 育 協 力 の 現 状]昭 和44年9月

・本 岡 武(京 都 大 学 教 授)「 経 済 社 会 の 発 展 と国 際協力 ― ― 教 育 の 国 際 協 力 」 昭 和44年 9月

・林 伝 一 郎(初 中 教 育 局 教 科 調 査 官)「 開 発 途 上 国 に 対 す る 教 育 援 助 に つ い て 」 昭 和45 年6月

・伊 藤 良 二(前 ユ ネ ス コ国 内 委 員 会 事 務 総 長)「 教 育 に お け る 国 際 協 力 」 昭 和47年1月

・〈座 談 会 〉 「ア ジ ア の 教 育 協 力 」 昭 和47年1月

た と え ば 、 最 初 の べ ン ・デ ュ ー ク は 、 お そ ら く、 文 部 省 か らの 依 頼 に よ る 寄 稿 で あ ろ う が 、 米 国 人 の 立 場 か ら 、 近 々 、 日本 が ア ジ ア の 教 育 へ の 支 援 に 乗 りだ す こ とを 期 待 され る 立 場 に あ る こ と を指 摘 す る と と も に 、 文 部 省 関 係 者 に 対 して そ の 自覚 と 心 構 え を 次 の よ う に 求 め て い る。

第 二 次 大 戦 以 降 、極 東 の ほ とん どの 非 共 産 主 義 国 は 、 ア メ リ カ の 援 助 を 求 め て き た 。 い ろい ろ な 援 助 計 画 の 下 に 、米 国 は ア ジ ア 全 体 の 教 育 を 直 接 ・間 接 に援 助 す るた め に 巨 額 の 費 用 を投 じた 。残 念 な こ と に 、この 援 助 は す で に 減 少 を み せ は じ め て い る。

冷 戦 が 継 続 して い る た め に 軍 事 援 助 が 教 育 な ど の よ うな も の へ の 援 助 に対 し て 優 先 権 を も ち 、教 育 援 助 は 必 然 的 に 減 少 して 来 た 。 これ ら の 国 は そ の 教 育 上 の 必 要 を満 た す の に 入 用 な 援 助 を新 し く ど こ に求 め る の こ と が で き るの か 。 日本 は 、 世 界 の 大 工 業 国 の 一 つ で あ り、ア ジ ア に お い て 欧 米 の 生活 水 準 に ま で も近 づ こ う とす る 唯 一 の 工 業 先 進 国 で あ る。 ア ジ ア で は 日本 だ け が 進 ん だ 教 育 制 度 を維 持 して い る。 こ の 日本 こ そ あ き ら か に新 しい 援 助 の源 泉 で あ りそ の 担 い 手 で は な い か 。 日本 は 今 後10年 か20年 の うち に 、 ア ジ ア の他 の諸 国 へ 経 済 的 ・技 術 的 ・専 門 的 な 相 当 の援 助 を 与 え る よ うに と い う国 際 的 な 申 し入 れ を そ の歴 史 上 い ま だ か っ て 経 験 した こ と の な い よ う な 規 模 で 受 け入 れ る こ とに な りそ うで あ る。 そ し て 、 き っ と、 そ の 要 求 の い ち ば ん 強 い の は 教 育 の 分 野 に お い て で あ ろ う」。

「考 え な く て は な らな い だ い じな こ とは 、日本 が ア ジ ア に 教 育 援 助 を与 え る こ と が で き る か ど うか で あ る。 経 験 豊 か な 人 材 、 資 材 、 資 金 を手 に入 れ る こ とが で き る が 、 問 題 は 日本 が 海 外 援 助 を 喜 ん で 行 うや 否 や で あ る 。 現 在 の と こ ろ こ の 国 の 教 育 界 の 指 導 者 た ち は 、 そ の うち に き っ と海 外 か ら教 育 援 助 の 依 頼 が く る よ うに な る とい う こ と に

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じ ゅ うぶ ん に 気 が つ い て い な い ら しい 。 他 の 省 は ア ジ ア の 大 多 数 の 国 に 対 す る 日本 の 対 外 援 助 計 画 に 関 係 し て い る が 、 文 部 省 で は 海 外 教 育 援 助 に つ い て は 具 体 的 に は ま だ

あ ま り話 し合 わ れ て い な い との こ と で あ る 」(デ ュー ク 昭 和39年51‑52頁)。

こ れ ら の 論 稿 は 、 差 し迫 っ た 近 未 来 の 課 題 と し て 、 わ が 国 の 国 際 教 育 協 力(特 に ア ジ ア 諸 国 向 け 〉に 関 連 して 、そ の 本 質 論 、特 色 、特 に 配 慮 す べ き 点 、優 先 的 対 象 分 野 、 技 術 的 ・ 資 金 的 課 題 、援 助 人 材 の 不 足 や 待 遇 の 問 題 な ど さま ざ ま な 角 度 か ら手 探 りで 検 討 して お り、

き わ め て 興 味 深 い も の で あ る。 これ ら初 期 の 教 育 協 力 論 議 の 中か ら特 に 印 象 の 深 い 言 葉 を い くつ か 引 用 し よ う。

効 果 的 に 実 施 され た 教 育 協 力 は 、 国 際 的 な 協 力 事 業 の 中 で も っ と も永 続 的 な 友 好 関 係 を 作 る の に 役 立 つ で あ ろ う。 ど の よ うな恩 恵 的 援 助 も 、 そ れ に 対 す る感 謝 の気 持 と 同 程 度 の 自尊 心 の 痛 み を 引 き 起 こす も の で あ る 。 そ して 、 そ の よ うな 恩 恵 か ら脱 却 を希 求 す る あ ま り、 恩 恵 を与 え る者 へ の 倒 錯 した 恨 み と 自 己軽 侮 を 招 来 す る例 も少 な く な い。 と こ ろ が 、 教 育 協 力 の仕 事 は 、 究 極 に お い て は 、 与 え る の で は な く相 手 の 中 に あ る力 を 引 き だ す こ とで あ る。 い か な る 援 助 も 必 要 で な く な る よ うに 援 助 す る こ と で あ る 。 そ こに は 、 師 表 へ の 尊 敬 と信 頼 は あ っ て も 、 自尊 と独 立 へ の 傷 は 生 じ な い 。 も っ と も純 粋 な 人 間 の性 情 を 通 じて の つ な が りが あ る」、 「教 育 協 力 の も う一 つ の 効 果 は 、 そ の 幾 何 級 数 的 拡 大 力 に よ っ て 、 多 く の 国 民 の 中 に 進 歩 へ の 強 い 指 向 性 を 生 み 出

し、自力 繁 栄 の 活 力 を刺 激 す る こ と で あ る。 こ の こ と は 、他 の す べ て の 援 助 ― ― 経 済 ・ 技 術 ・医 療 ・食 糧 に 関 す る援 助 が 、 そ の 永 続 的 な 効 果 を 収 め る た め 基 礎 条 件 で あ る 。 い か な る環 境 的 条 件 の 改 善 も 、 そ れ に 相 応 す る 主 体 的 条 件 の 改 善 な しに は そ の 効 果 を 生 じな い 。教 育 協 力 は そ の 後 者 に 関 す る 努 力 な の で あ る。」(西田 昭 和41年 ・47頁)。

今 後 、 わ が 国 は 発 展 途 上 国 、 と くに 東 南 ア ジ ア 諸 国 へ の 教 育 協 力 に 全 面 的 に と り か か る べ き で は な か ろ うか 。 そ の 場 合 、 教 育 の 現 場 に と り くむ こ とが な に よ り重 要 で あ る 。 も ち ろ ん そ れ は け っ して 容 易 で は な い 。 と く に わ が 国 に そ れ だ け の 熱 意 の あ る 教 育 者 、 ま た 、 と うぜ ん に現 地 語 を あ や つ れ る こ とが,必 要 で あ る が 、 そ れ だ け の 能 力 を そ な え うる 教 育 者 を え られ る か 問 題 で あ る」、 「技 術 協 力 の 場 合 、 相 手 国 の 要 請 を ま っ て 援 助 す る とい う受 動 的 態 度 で は 、 な か な か うま く ゆ か な い 。 … 相 手 国 の 実 態 を よ く研 究 し 、 『要 請 を 要 請 す る 』 と の 積 極 的 態 度 に で な けれ ば な らな い 。 した が っ て 、 現 在 、 わ が 国 に と っ て な に よ り も必 要 な の は 、発 展 途 上 国 の 教 育 の 実 態 とそ の 問 題 を 正 し く究 明 す る こ とに あ る。 しか し、・残 念 な が ら 、 こ うい っ た 調 査 研 究 が ひ じ ょ うに お く れ て お り、 そ の た め教 育 協 力 に積 極 的 大 規 模 に の りだ しえ な い と の 事 実 を じ ゅ うぶ ん に反 省 しな けれ ば な らな い 」(本 岡 昭 和42年47頁)。

『発 展 途 上 国 へ の 教 育 協 力 』 の 機 が 十 分 に 熟 して い る 現 段 階 に 思 い を い た し、 以

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