人間工学に配慮した自動車用シート素材の開発(1)
-シート着座時の圧力分布特性について-
石川 弘之*1 本 明子*1 西村 博之*1
The Development of the Seat Material for the Car in Consideration of the Ergonomic Technique
- The Characteristics of the Pressure Distribution while Sitting - Hiroyuki Ishikawa, Akiko Moto and Hiroyuki Nishimura
本研究は,シート着座時の圧力分布の特性を検証し,優れた座り心地を有するパッドの設計条件を抽出することを 目的とした。座り心地の人間工学的手法の確立を目的とし,3種類のシートを用いた安静状態でのシートの座り心地 評価実験を行った。主観評価項目の因子分析の結果,大腿部や臀部のフィット感やサポート性,軟らかさといった 項目が,シートを評価する上での評価項目として有効であることが分かり,それを裏付ける体圧データを確認した。
また,ドライビングシミュレータで実験を行い運転操作時のシートの体圧分布を測定した結果,大腿部接触部位に おける荷重の左右差と,坐骨結節部における荷重の集中が認められた。
1 はじめに コストが高くなるため高価格帯の車種のシートにのみ
用いられている。より幅広い車種のシートの座り心地 を向上させるためには,極力シンプルな構造でそれを 実現するのが望ましい。また,シートは座と背の両サ イドの部位が走行時の揺れや振動に対して身体をサポ ートする役割を持ち,座と背が接触する面積が最も大 きい中央部位が身体の荷重の集中を防ぐ役割を担って いる。しかし,両サイドの部位と中央部位は各々の部 位において,ウレタンフォームは全面が均一な圧縮特 性であるのが一般的である。そこで本研究では,シー トを構成するパッド(座面)に着目し,運転操作時に おける身体の動きを検証することで,パッド内の身体 が接触する部位毎に最適な圧縮特性を見出し, 優れた 座り心地を有するパッドの設計条件を抽出することを 目的とした。ここでは,安静状態でのシートの座り心 地評価実験(実験Ⅰ)と,簡易的なドライビングシミ ュレータ(以下シミュレータ)を用いた座り心地評価 実験(実験Ⅱ)の結果を報告する。
各自動車メーカーから多種多様な車が開発される中,
車内の快適性はどの車においても普遍的に求められる 基本的性能であり,シートに関しては長時間のドライ ブでも疲れの少ないシートの開発が要求されている。
上篠1)は,シートの断面構造が,3つの層(上層:表皮 布層,中間層:パッド層,下層:フレーム層)から構成 されることに着目し,パッド層の性能は体圧分布試験 を用いて評価されると報告している。八田ら2)は,シ ートの性能を決める最重要要因はクッション性能であ るとして,パッド層とフレーム層の組み合わせによっ て生じるクッション性能の嗜好調査を行った。これら のクッション性能やサポート性能は,いずれもシート の良し悪しを決定する性能であるとともに座り心地に 関わる重要な要因である。一方,シートの開発現場に おいては従来,シートの評価は座り心地の評価に長け た熟練パネルの官能評価によって行われていたため,
客観的な評価指標や設計指針が整備されていないのが 現状であり3),これはシートを構成するウレタンフォ ームのメーカーにおいても同様であると考えられる。
よって,ウレタンフォームの物理的特性と座り心地と の関連を人間工学的手法を用いて検証する。
2 研究,実験方法 2-1 方法(実験Ⅰ)
被験者はシートに30分間安静状態で着座した。測定 項目は,主観評価と体圧分布とした。体圧分布測定は 30分間の着座中に連続して30秒毎に行い,測定箇所は 背の接触するバックレスト部とパッド部とした。主観 評価は, シートの座り心地に関する23項目について着 現在,座り心地を向上させる手法として,圧縮特性
の異なる素材を積層する方法が一般的であるが,製造
*1 インテリア研究所
座終了後に評価した。実験に用いたシートは,市販さ れている自動車の前席シート3種類とした(図1)。被験 者は主観評価の測定は男性9名,女性1名の計10名とし, 体圧分布の測定は男性4名,女性1名の計5名とした。こ れらの測定項目をもとに,シートの座り心地への寄与 の大きい評価項目と,客観的な裏づけとなる体圧デー タとの関連を検証した。
アクセル・ブレーキペダル
(ロジテック製GT3用)
ハンドル
(ロジテック製GT3用)
シートの垂直方向、水平方向位置 背もたれ角度は、
被験者の好みの位置に設定 アクセル・ブレーキペダル
(ロジテック製GT3用)
ハンドル
(ロジテック製GT3用)
シートの垂直方向、水平方向位置 背もたれ角度は、
被験者の好みの位置に設定
シートL シートG シートR
シートL シートG シートR
図3 自動車運転シミュレータ概要
3 結果と考察
3-1 座り心地を評価する主観項目について(実験Ⅰ) 座り心地を評価する項目について,因子分析による 項目間の関連を検証した。その結果, 大腿部や臀部の フィット感やサポート性,軟らかさといった項目が,シ ートを評価する上での評価項目として有効であること が判明した(表1)。解析結果の詳細は,別報「人間工学 に配慮した自動車用シート素材の開発-自動車シート のイメージ評価-」にて報告する。
図1 実験に用いたシート
2-2 方法(実験Ⅱ)
被験者はシートに30分間着座した状態で,シミュレ ータでの運転操作をおこなった(図2)。シミュレータ は, SONY製PlayStation2を用いて,ゲームソフトウェ アのGranTurismo3をロジテック製ハンドル及びアクセ ルペダル,ブレーキペダル(以下ペダル)で,被験者 前方に位置するスクリーンに投影される走行路を模擬 的に運転するものである。ハンドルとペダルの位置は 固 定 し , バ ッ ク レ ス ト 角 度 ,シ ー ト 高 さ 及 び ,ハ ン ド ル・ペダルとの前後方向の位置は被験者の好みの位置 に設定した(図3)。実験に用いたシートは,実験Ⅰと同 じ3種類とした。測定項目は体圧分布とし,測定方法は 実験Ⅰと同様とした。被験者は男性4名,女性8名の計 12名とした。体圧分布の測定データをもとに,ハンド ルとペダルの操作に伴う身体の動きの,体圧分布デー タへの影響を検証した。
表1 因子分析結果(因子1) 因子1 臀部のフィット感 0.869 臀部のサポート性 0.810 大腿部のサポート性 0.807
ホールド感 0.776
フィット感 0.774
スポーティー感 0.732
軟らかさ -0.582
固有値 7.336
寄与率 (%) 32.0
累積寄与率 (%) 32.0
3-2 主観項目と体圧分布の関連について(実験Ⅰ) 因子分析の結果を裏付ける客観的なデータを抽出す るべく,大腿部外側が接触するパッドのサイド部の体 圧分布を解析した。その結果,大腿部のサポート性が 高く,フィット感があると評価されたシートRの荷重値 が他の2種と比して大きい傾向がみられた(図4)。大腿 部外側がパッドのサイド部に接触することで,その存 在を認識することは,シートのサポート性とフィット 感への評価に関与すると考えられる。また,着座直後 と着座30分後の臀部が接触する部位の体圧分布の荷重 値の差を算出した結果,軟らかいと評価されたシート Lが,他の2種と比して差が大きい傾向がみられた(図 5)。
スクリーン
ハンドル
アクセル・
ブレーキペダル シート スクリーン
ハンドル
アクセル・
ブレーキペダル シート
図2 自動車運転シミュレータ実験の様子
図4 パッドのサイド部の荷重値の比較
図5 着座直後と着座30分後の荷重値の差の比較
反発性の低いウレタンフォームは,ゆっくりと時間 をかけて沈み込む特性を持つ。よって,体圧分布の荷 重値の差の結果は,反発性の低いシート素材の物理的 特性を裏付けるものであると考えられる。これらより, 主観評価項目の有効性を裏付けることができたと考え られる。
3-3 身体の動きと体圧分布の関連について(実験Ⅱ) シミュレータでのハンドルやペダル操作に伴う身体 の動きが体圧分布の荷重値にどのように影響するかを 検証した。その結果,左大腿部が接触する部位の荷重 値は変動が小さく,右大腿部のそれは変動が大きかっ
た(図6)。また,一般的に身体の動きが少ない着座時 において荷重が集中する坐骨結節部において,荷重の 集中が認められた(図7)。
被験者A シートL 被験者A シートR
パッドのサイド部
被験者A シートL 被験者A シートR
パッドのサイド部
左大腿部接触部位 荷重変化小 被験者C 7分00秒時 被験者C 7分30秒時
被験者C 7分40秒時 被験者C 8分10秒時
右大腿部接触部位 荷重変化大 左大腿部接触部位
荷重変化小 被験者C 7分00秒時 被験者C 7分30秒時
被験者C 7分40秒時 被験者C 8分10秒時
右大腿部接触部位 荷重変化大
1000 1500 2000 2500 3000 3500 4000 4500 5000
ラグナ ゴルフ レカロ
荷重値(g)
シートL シートG シートR
1000 1500 2000 2500 3000 3500 4000 4500 5000
ラグナ ゴルフ レカロ
荷重値(g)
シートL シートG シートR 図6 被験者CのシートG着座時の体圧分布の特徴
実験Ⅰの荷重集中箇所
実験Ⅱの荷重集中箇所 被験者A シートG着座時
被験者D シートG着座時
実験Ⅰの荷重集中箇所
実験Ⅱの荷重集中箇所 被験者A シートG着座時
被験者D シートG着座時 被験者B シートL着座直後 被験者B シートL着座30分後
被験者B シートL着座直後 被験者B シートL着座30分後
4 6 8 10
ラグナ ゴルフ レカロ
荷重値(g/cm2)
シートL シートG シートR
4 6 8 10
ラグナ ゴルフ レカロ
荷重値(g/cm2)
シートL シートG シートR
図7 被験者A,DのシートG着座時の体圧分布の特徴
被験者には,実験中左足は動かさず,右足のみでペ ダル操作するよう指示していた。これにより,左右大 腿部接触部位での差がみられたと考えられる。また,
坐骨結節部においては,運転操作に伴う身体の動きの 荷重変化への影響が少ないと思われる。このことより,
パッドにおいて坐骨結節部と左大腿部が接触する部位 は荷重の集中を低減させる機能を持たせることが,座 り心地の向上へ寄与する設計条件の一つとなると考え られる。
4 まとめ
本年度の研究では,運転操作に伴う身体の動きの体 圧分布への影響の検証を行い,人間工学的に座り心地 に優れたパッドの設計条件を抽出することを目的とし
た。実施した実験により得られた知見は以下の通りで ある。
1)臀部や大腿部のフィット感,ホールド感,シートの 軟らかさといった主観評価項目が,シートの特性を 評価する上で寄与が大きい項目であることが分かっ た。また,これらの主観評価項目に関連性が高いと 思われる体圧分布のデータを確認することができ,
評価項目の客観的な裏づけを確認することができた。
2)右足でのペダル操作に伴う右大腿部接触箇所と,左 大腿部接触箇所の荷重値の経時変化において,両者 の差を確認した。
3)運転操作による身体の動きがある場合においても,
坐骨結節部の荷重値は安静状態と同様に,荷重が臀 部の他の部位よりも高く荷重が集中する特徴を持つ ことを確認した。
4)パッドにおいて坐骨結節部と左大腿部が接触する部 位には荷重の集中を低減させる機能を持たせること が,座り心地の向上へ寄与する設計条件の一つとな ると考えられる。
今後は,様々な圧縮特性を持つパッド着座時の体圧 等の計測を実施し,データを蓄積していく予定である。
5 参考文献
1) 上 篠 健 : 自 動 車 技 術 36 巻 (12 号 ) , pp.1305- 1310(1982)
2)八田一利,上野由雪,長島淑行:人間工学23巻(3号 ) , pp.173-180(1987)
3)金 井 博 幸 ら : 自 動 車 技 術 会 学 術 講 演 会 前 刷 集 2003 83巻(3号),pp.11-14(2003)