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「平成21年土壌汚染対策法改正が大規模な土地の取引件数に与えた影響に関する研究」

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平成 21 年土壌汚染対策法改正が大規模な土地の

取引件数に与えた影響に関する研究

<要旨> 平成 21 年 4 月の土壌汚染対策法改正により, 3,000 ㎡以上の土地の形質変更の際の都道府県知 事に対する届出制度等並びに要措置区域及び形質変更時要届出区域制度が導入された. 当該制 度は, 必要となる土壌汚染対策の程度に関する情報の非対称を解消し, これまで過剰であった 土壌汚染対策費用を引き下げ, 土地取引を活発化させる効果が主として期待される一方で, 当 該情報の非対称がそもそも存在するのか, また, 行政の審査に伴うコストのため, 期待される効 果が実現できるのかについては疑問が残る. そこで, 本稿では, 平成 21 年土壌汚染対策法改正 が大規模な土地の取引件数に与えた影響について, 平成 18 年 1 月から平成 22 年 12 月までの都 道府県別パネルデータを用いて実証的に検証を行っている. 検証の結果, 改正法の施行によって, 大規模な土地の取引件数が減尐していたことが示され た. 取引件数の減尐は, 法改正による市場介入を正当化し得るだけの情報の非対称が存在して いなかったか, 又は, 当該情報の非対称自体は存在していたが, 市場介入による是正効果を上回 る「政府の失敗」が生じていたことを示すと考えられる. よって, 平成 21 年土壌汚染対策法改 正は, 情報の非対称の解消という観点からは妥当でない可能性がある. 2012 年(平成 24 年)2 月 政策研究大学院大学 まちづくりプログラム MJU11001 石引康裕

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- 2 - 目次 1. はじめに --- 3 2. 平成 21 年土壌汚染対策法改正の経緯及び概要等 --- 4 2.1 平成 21 年土壌汚染対策法改正の経緯及び概要 --- 4 2.2 平成 21 年土壌汚染対策法改正以前の土壌汚染状況調査及び土壌汚染対策の実施状況- 7 3. 平成 21 年土壌汚染対策法改正が大規模な土地の取引件数に与えた影響の理論分析(情報の 非対称関係) --- 9 4. 平成 21 年土壌汚染対策法改正が大規模な土地の取引件数に与えた影響の実証分析(情報の 非対称関係) --- 12 4.1 分析方法と推定モデル --- 12 4.2 推定結果 --- 15 4.3 推定結果を踏まえた考察 --- 18 5. 平成 21 年土壌汚染対策法改正が大規模な土地の取引件数に与えた影響の理論分析(外部性 関係) --- 18 6. まとめと政策提言 --- 20 謝辞 --- 21 参考文献 --- 22

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- 3 - 1. はじめに 平成 14 年 5 月に土壌汚染対策法が制定され, これを契機に, 土地の取引の際などに土壌汚染 状況調査や土壌汚染対策が数多く実施されてきた. しかし, 法律の施行を通じて様々な課題が 浮かび上がり, 特に, 法律の枠外で行われる自主的な土壌汚染状況調査や土壌汚染対策の割合 が多いことや, 土地の安全性に係る買い手の不信感から, 軽度な汚染であっても費用が高額な 掘削除去1等の汚染除去措置が選択される場合が多いことなどが指摘された. 平成 21 年 4 月に行われた法改正では, 一定規模(3,000 ㎡)以上の土地の形質変更について都 道府県知事への届出を義務付け, 必要に応じて都道府県知事が土壌汚染状況調査を命じること で, 法律に基づく調査契機を拡大するとともに, 掘削除去等への偏重を解消すること等を目的 として, 土壌汚染の程度に応じて都道府県知事が汚染除去等の措置を指示する区域(要措置区域) とそれ以外の区域(形質変更時要届出区域)を指定することとなった. 一定規模(3,000 ㎡)以上の土地の形質変更の際の都道府県知事に対する届出制度及び都道府 県知事による調査命令制度並びに要措置区域及び形質変更時要届出制度の創設については, 主 として, 必要となる土壌汚染対策の程度に関する情報の非対称(買い手が, 健康被害の観点から は軽度な汚染については, 費用が高額な掘削除去等までは不要であることを理解していないこ と)を解消し, これまで過剰となりがちであった土壌汚染対策費用を引き下げ, 土地取引を活発 化させる効果が期待される2一方で, 買い手が, 健康被害がないことを承知の上で掘削除去等を 望んでいたのであれば, そもそも, そのような情報の非対称は存在しないこと, また, それまで あまり土壌汚染問題に携わってこなかった行政が関与することによって, 審査期間が長期化し, 不動産開発に影響を及ぼす可能性があることなどが指摘されている3ところ, 逆に「政府の失敗」 による弊害が大きいため, 期待される効果が実現できない可能性もある. そこで, 本稿では, まず, 情報の非対称の観点から, 平成 21 年土壌汚染対策法改正が大規模な 土地の取引件数に与えた影響について理論分析を行うとともに, 平成 18 年 1 月から平成 22 年 12 月までの都道府県別パネルデータを用いて小規模な土地の取引件数と比較した実証分析(DID 分析)を行っている. その結果, 平成 21 年土壌汚染対策法改正の影響としては, 大規模な土地の 1 「土壌対策工事の現状と課題」(http://www.env.go.jp/water/dojo/sesaku_kondan/02/mat06.pdf#search='土壌対 策工事の現状と課題')によれば, モデルケースによる措置費用の比較において, 工事費用と維持管理費(20 年間分)の合計につき, 掘削除去では, 原位置封じ込めや舗装といったその他の措置の 10 倍以上の費用が かかると算出されている. 2 土壌汚染については、汚染された土壌に含まれる有害物質が地下水に溶出すること等によって周辺の土 地に負の外部性を生じさせる場合があり, 外部性も法改正の根拠の一つとして考えられる. しかし, 今般 の施策は主に形質変更に着目しているところ, 外部性自体は形質変更の有無にかかわらず存在するもので あり, 法改正の主たる根拠ではないと思われる. 3 例えば, 森島・八巻(2009)は, 3,000 ㎡以上の土地の形質変更の際の都道府県知事による土壌汚染状況調 査命令について、「特に市街地に隣接した工場の売買などに時間的不都合な影響を与えるかもしれない」と し, 「かつての建築基準法の厳格化の際の混乱を思い起こさせる」としている. また, 田中・藤田(2010) は, 「これまで土壌汚染に携わった…経験のない担当者が, 調査の必要性の有無を迅速に判断するのは難し い. 自治体によって審査期間にばらつきが生じるようであれば, 不動産開発などにかかる時間が読めなく なり, ビジネスの足を引っ張りかねない」とし, 佐藤(2010)も, 「土壌汚染対策に関する手続きの長期化 が, 開発の遅れなどとして不動産取引に影響を及ぼすことは容易に想像できる」としている.

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- 4 - 取引件数を減尐させていたことが示された. 当該法改正は, 主として必要となる土壌汚染対策 の程度に関する情報の非対称を解消して取引件数を増加させる目的を有すると解されるところ, 取引件数が減尐していたということは, 法改正による市場介入を正当化し得るだけの情報の非 対称が存在していなかったか, 又は, 当該情報の非対称自体は存在していたが, 市場介入による 是正効果を上回る「政府の失敗」が生じていた可能性があり, 情報の非対称の観点からは当該法 改正は妥当でない可能性があることを示している. また, 本稿では, 法改正の根拠の一つと考えられる外部性の観点からも理論分析を行ってお り, その結果, 当該法改正は主に土地の形質変更に着目しており, 外部性への対応としては不十 分であるため, 別途外部性に係る施策が講ぜられるべきであることを示している. 土壌汚染対策法改正に関する先行研究として, 例えば, 菅(2009)は, 我が国の土壌汚染問題 と政策の経緯や法改正に関する整理を行い, 我が国における市街地の有効活用を推進する観点 から, 今後の土壌汚染対策の在り方に関する方策を提案している. また, 大塚(2009)は, 制定 時の土壌汚染対策法の問題点や法改正の特色について整理し, 掘削除去の割合があまりに多い ことの防止という点について, 行政の目標としての望ましい基準である環境基準とは別に, 対 策や措置を発動するための基準を立てることなどを今後の課題として挙げている. このような先行研究はあるものの, 土壌汚染対策法改正に関する実証分析は今までのところ 十分に行われていないと思われる. 改正土壌汚染対策法の施行から 2 年近くの期間が経過した 現在において, 法改正が大規模な土地の取引件数に与えた影響について分析を加えることは, 法改正の根拠を見つめ直し, 今後の行政の法運用等を考える上で意義のあることではないかと 考えられる. 本稿の構成は以下のとおりである. まず, 第 2 章において, 平成 21 年土壌汚染対策法改正の経 緯とその概要等について概観する. 続いて, 第 3 章において, 情報の非対称の観点から平成 21 年 土壌汚染対策法改正が大規模な土地の取引件数に与えた影響について理論分析を行う. これを 踏まえ, 第 4 章においては, 情報の非対称の観点から平成 21 年土壌汚染対策法改正が大規模な 土地の取引件数に与えた影響について実証分析を行い, 結果を考察する. さらに, 第 5 章におい て平成 21 年土壌汚染対策法改正が大規模な土地の取引件数に与えた影響について外部性の観点 から理論分析を行い, その上で第 6 章において本稿のまとめと政策提言を行う. 2. 平成 21 年土壌汚染対策法改正の経緯及び概要等 研究の背景として, まず, 平成 21 年土壌汚染対策法改正の経緯と概要について概観する. 2.1 平成 21 年土壌汚染対策法改正の経緯及び概要 土壌が有害物質により汚染されると, その汚染された土壌を直接摂取することや, 汚染され た土壌から有害物質が溶け出した地下水を飲用すること等により人の健康に影響を及ぼすおそ れがある. 土壌汚染については, その存在が明らかになることは多くなかったが, 近年, 企業の 工場跡地等の再開発や事業者による自主的な汚染調査の実施等に伴い, 重金属, 揮発性有機化 合物等による土壌汚染が顕在化してきた. これらの有害物質による土壌汚染は, 放置すれば人

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- 5 - の健康に影響が及ぶことが懸念されることから, これらの土壌汚染による人の健康への影響の 懸念や対策確立への社会的要請が強まっており4, 国民の安全と安心を確保するため, こうした 土壌汚染の状況の把握, 土壌汚染による人の健康被害の防止に関する措置等の土壌汚染対策を 実施することを内容とする土壌汚染対策法が, 平成 14 年 5 月に国会における審議等を経て公布 され, 平成 15 年 2 月に施行された. その後, 同法の施行から 5 年目を迎え, 法制定時に指摘された課題や法律の施行を通じて浮か んできた課題について, 整理・検討を行うことが求められたことから, 平成 19 年 6 月に設置さ れた「土壌環境施策に関するあり方懇談会」において取りまとめられた「土壌環境施策に関する あり方懇談会報告」を受け, 環境省は, 平成 20 年 5 月, 中央環境審議会に「今後の土壌汚染対策 の在り方について」を諮問し, 同年 12 月に答申がされた5. 当該答申において, 土壌汚染対策に関する現状と課題として, ①法律に基づかない自主的な 調査による土壌汚染の発見が増加していること, ②法律では「盛土」や「舗装」, 「封じ込め」 等, 摂取経路を遮断する措置を基本としている6が, 実際の土壌汚染対策としては, 健康被害の おそれの有無にかかわらず掘削除去が選択されていること, ③搬出された汚染土壌の処理に関 する不適正事例等が顕在化していることなどが指摘された7. 環境省は, 当該答申を踏まえ, 「土壌汚染対策法の一部を改正する法律案」(第 171 回国会閣 法第 59 号)を作成し, 同改正案は, 平成 21 年 3 月, 第 171 回国会に提出された. 同改正案は, 同 年 4 月 17 日に可決成立し, 4 月 24 日に公布され, 平成 22 年 4 月 1 日から施行することとされた. 成立した「土壌汚染対策法の一部を改正する法律」の内容は多岐にわたるが, その主な内容は, ①土壌の汚染の状況の把握のための制度の拡充(一定規模(3,000 ㎡)以上の土地の形質変更の 際の都道府県知事に対する届出制度及び都道府県知事による調査命令制度の創設等), ②規制対 象区域の分類等による講ずべき措置の内容の明確化等(要措置区域及び形質変更時要届出区域制 度の創設), ③搬出土壌の適正処理の確保(規制対象区域内の土壌搬出規制, 搬出土壌に関する 管理票の交付, 搬出土壌の処理業についての許可制度の創設等)である8. ここでは, 本稿の主たる研究対象である一定規模(3,000 ㎡)以上の土地の形質変更の際の都 道府県知事に対する届出制度及び都道府県知事による調査命令制度並びに要措置区域及び形質 変更時要届出区域制度についてのみ概説することとする9. 4 第 154 回国会衆議院環境委員会議録第 4 号(平成 14 年 3 月 26 日)1 頁. 大木浩環境大臣(当時)の提案 理由説明 5 今野(2010)6 頁 6 土壌汚染対策法施行規則別表第 5 7 詳細については http://www.env.go.jp/press/file_view.php?serial=12442&hou_id=10415 8 改正法の概要については http://www.env.go.jp/water/dojo/law/kaisei2009/ref02.pdf 9 以下の制度の概説については, 今野(2010)11~16 頁の記述を参考にしている.

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- 6 - ⑴ 一定規模(3,000 ㎡)以上の土地の形質変更の際の都道府県知事に対する届出制度及び都道 府県知事による調査命令制度 法改正により, 一定規模(3,000 ㎡)以上の土地の形質の変更をしようとする者は, 当該土地 の形質の変更に着手する日の 30 日前までに, 当該土地の形質の変更の場所, 着手予定日等を都 道府県知事に届け出なければならないこととし, 都道府県知事は, 当該届出を受けた場合にお いて, その土地が特定有害物質10によって汚染されているおそれがあるものとして環境省令で定 める基準11に該当すると認めるときは, その土地の所有者等に対し, 土壌汚染状況調査・報告を 命ずることとした(土壌汚染対策法第 4 条及び土壌汚染対策法施行規則第 22 条). ⑵ 要措置区域及び形質変更時要届出区域制度 法改正以前においては, 土壌汚染による健康被害が生ずるおそれの有無にかかわらず, 一定 の基準11に適合しない汚染状態にある土地を一律に指定区域に指定していたが, 法改正後は, 当 該一定の基準に適合しない汚染状態にある土地について, 当該汚染により健康被害が生じ, 又 は生ずるおそれがある場合には要措置区域に, 当該汚染により健康被害が生じ, 又は生ずるお それがあるとはいえない場合には形質変更時要届出区域に, それぞれ区分して指定するととも に, 前者については, 都道府県知事が健康被害の防止のために必要な措置を講ずべきことを指 示することとした. 表 1 要措置区域と形質変更時要届出区域の比較 要措置区域 形質変更時要届出区域 指定基準 土壌の特定有害物質による汚染状態 が環境省令で定める基準11に適合せ ず, かつ, 当該土壌汚染により健康 被害が生ずるおそれがあるものとし て政令で定める基準12に該当する場 合(土壌汚染対策法第 6 条第 1 項) 土壌の特定有害物質による汚染状態 が環境省令で定める基準 11に適合し ないが, 当該土壌汚染により健康被 害が生ずるおそれがあるものとして 政令で定める基準 12に該当しない場 合(土壌汚染対策法第 11 条第 1 項) 汚染の除 去等の 措置 都道府県知事に指示された措置又は これと同等以上の効果を有する措置 を講ずる義務(土壌汚染対策法第 7 条) 都道府県知事による措置の指示はな い 土地の形質変更 原則禁止(土壌汚染対策法第 9 条) 形質変更時に都道府県知事に届出を 行う必要(土壌汚染対策法第 12 条) 10 土壌に含まれることに起因して健康被害を生ずるおそれがあるものとして, 鉛, 砒素, トリクロロエチ レン等の 25 物質が指定されている(土壌汚染対策法施行令第 1 条). 11 土壌溶出量基準(土壌に水を加えた場合に溶出する特定有害物質の量による基準)及び土壌含有量基準 (土壌に含まれる特定有害物質の量による基準)(土壌汚染対策法施行規則第 30 条) 12 基準不適合土壌に対する人の暴露の可能性があることを要し, かつ, 汚染の除去等の措置が講じられて いないこととされている(土壌汚染対策法施行令第 5 条第 1 号及び第 2 号).

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- 7 - ⑴による法律の範囲拡大と, ⑵による行政の審査を通じた土壌汚染対策の内容に対するいわ ゆる「お墨付き」は, 法律に基づかない自主的な調査による土壌汚染の発見の増加への対応や掘 削除去への偏重の解消という目的を有していたと考えられる一方で, 法改正時の国会における 審議などを見ても, 法改正による市場介入の根拠となり得る「市場の失敗」の有無や 3,000 ㎡以 上の土地が形質変更される場合と 3,000 ㎡未満の土地が形質変更される場合の土壌汚染リスクの 差異などについては必ずしも十分な議論がなされていたとはいえなかったと思われる. 2.2 平成 21 年土壌汚染対策法改正以前の土壌汚染状況調査及び土壌汚染対策の実施状況 ここで, 平成 21 年の土壌汚染対策法改正以前の土壌汚染状況調査及び土壌汚染対策の実施状 況について概観する。 まず, 土壌汚染状況調査の契機については, 図 113のとおりである. 環境省の調査によれば, 法 改正以前において年間 1 万 5 千件程度の土壌汚染状況調査が指定調査機関によって行われていた が, 法律でカバーされるのは 2%程度に過ぎなかった. 残りの約 11%は地方公共団体の条例や要 綱に基づくもので, さらに約 87%が土地取引当事者等による自主的な調査であった. 次に, 土壌汚染状況調査及び土壌汚染対策の契機については, 図 214のとおりである. 土壌汚 染状況調査と同様に, 土壌汚染対策についても法律でカバーされるのは全体の 2%程度であった. 一方, 条例や要綱でカバーされるのが約 13%であり, また, 自主的な対策によって全体の約 85%がカバーされていた. 以上から, 平成 21 年土壌汚染対策法改正以前において, 法律の枠外で, 土地取引当事者等の 自主的な取り組みにより, 数多くの土壌汚染状況調査や土壌汚染対策が行われていたことが分 かる. これらのデータをもとに, 一定規模(3,000 ㎡)以上の土地の形質変更の際の都道府県知 事に対する届出制度等によって法律の範囲を拡大するための法改正が行われたと考えられる. 図 1 土壌汚染状況調査の契機 13 環境省(2010)13 頁を基に作成. 環境省が指定調査機関1662 機関を対象に, 平成 18 年度の受注調査(元 請調査で土壌採取によるもの)について調査(1614 機関が回答) 14 環境省(2010)14 頁を基に作成. 土壌環境センターが会員企業 166 社を対象に, 平成 19 年度の受注調査 (元請の調査・対策で土壌採取によるもの)について, 調査(123 社が回答) 2% 11% 87% 法律 条例・要綱 その他(自主) 調査件数:15,208件

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- 8 - 図 2 土壌汚染状況調査及び土壌汚染対策の契機 続いて, これまで実施されてきた土壌汚染対策の内容について概観する. 平成 3 年度から平成 19 年度までの 17 年間で講じられてきた土壌汚染対策の内容は図 315のとおりである. これは, 自 主的な対策を含め, 都道府県及び政令指定都市が把握している土壌汚染対策について取りまと めたものであるが, 掘削除去と原位置浄化を合わせた汚染の除去が土壌汚染対策全体の 7 割近 くを占めていることが分かる. これに対し, 法律に基づく対策の内容と実際の対策の内容の乖離について見ると, 表 216のと おりである. 環境省の調査によれば, 平成 15 年 2 月 15 日から平成 20 年 8 月 31 日までの間に指 定区域に指定された事例について, 法律に基づくと, 土壌汚染の除去を行う必要があるサイト は 18 サイトであったのに対し, 実際の対策としては, 土壌溶出量基準超過サイトの 194 サイト, 土壌含有量基準超過サイトの 88 サイトにおいて, 土壌汚染の除去が行われていた. このように, 法律に基づく対策と比較して, 実際の対策では, 土壌汚染対策の中でも掘削除去 等の汚染の除去が多く選択されている. これらのデータをもとに, 要措置区域及び形質変更時 要届出区域制度によって掘削除去等への偏重を解消するための法改正が行われたと考えられる. 図 3 土壌汚染対策の実施状況 15 環境省(2011)「表 37 措置の実施内容(超過事例)」を基に作成 16 環境省(2010)18 頁を基に作成 2% 2% 2% 13% 10% 7% 85% 88% 91% 対策 2,498件 うち汚染あり 3,206件 調査 7,039件 法律 条例・要綱 その他(自主) 0 500 1000 1500 2000 2500 3000 その他 立入禁止 地下水の水質測定 盛土、舗装、土壌入替え 封じ込め、不溶化 原位置浄化 掘削除去 VOC 重金属等 農薬等 複合汚染 2,407 909 296 483 262 97 475

汚染の除去

対策累計:4,929件

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- 9 - 表 2 法律に基づく対策と実際の対策の内容の乖離 対策内容 法律に基づく対策 実際の対策 土壌溶出量基準不適合 汚染の除去 18 サイト 194 サイト 汚染の除去以外 257 サイト 81 サイト 土壌含有量基準不適合 汚染の除去 0 サイト 88 サイト 汚染の除去以外 114 サイト 26 サイト 3. 平成 21 年土壌汚染対策法改正が大規模な土地の取引件数に与えた影響の理論分析(情報の 非対称関係) 法と経済学の理論によれば, 資源配分の効率性の観点から, 法などによる市場介入が正当化 されるのは, いわゆる「市場の失敗」がある場合に限られる17. また, 仮に「市場の失敗」があっ たとしても, これに対する「政府の失敗」というべき事態にも十分留意を払うことが必要であり, 「市場の失敗」を是正するという建前が正当化されるからといって, それに対応した政府の介入 が, 常に効果的な手段として発動されるという保証はない18. したがって, 平成 21 年に行われた土壌汚染対策法の改正について, 法改正による市場介入を 正当化し得るだけの「市場の失敗」が存在していたか, また, 仮に「市場の失敗」が存在してい たとしても, 法改正による市場介入に伴う「政府の失敗」が存在していないか検証する必要があ り, この点について, まず, 情報の非対称の観点から理論分析を行う. 2.2 で概観したとおり, 土壌汚染対策法改正以前から, 土壌汚染が疑われる土地については, 法律が求める以上の対策が広く行われてきたが, これは, 必要となる土壌汚染対策の程度に関 する情報の非対称が買い手に存在していたことによるものであり, このことが土地取引を阻害 していると考えられた. このように, 必要となる土壌汚染対策の程度に関する情報の非対称が仮に大きかったのだと すれば, 政府による市場介入が正当化される余地が生じることになるが, そもそも, このような 情報の非対称が小さく, たとえ, 行政が土壌汚染対策の内容に「お墨付き」を与えたとしても, 買 い手は軽度の汚染土地に対して掘削除去等の汚染除去措置を求めるのだとするならば, 市場介 入を行う前提となる「市場の失敗」は存在していなかったことになる. そこで, まず, 大規模な土地の取引市場において, 必要となる土壌汚染対策の程度に関する情 報の非対称が小さかったにもかかわらず政府による市場介入が行われた場合について検討する. 【仮説①:必要となる土壌汚染対策の程度に関する情報の非対称が小さかった場合】 必要となる土壌汚染対策の程度に関する情報の非対称が小さい場合の大規模な土地の取引市 場に関し, 土壌汚染の程度の低い土地と汚染の程度の高い土地の各々について図 4, 図 4’のよう に仮定する. なお, 各々の図の S0 と S0’ は供給曲線を, D0 と D0’ は情報の非対称がなかった場 17 福井(2007)6 頁 18 福井(2007)10 頁

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- 10 - 合の需要曲線を, D1 と D1’は法改正前の情報の非対称が小さい場合の需要曲線を, D2 と D2’は法 改正後の需要曲線をそれぞれ示している. 情報の非対称が買い手と売り手の間で小さかったにもかかわらず, 法改正による市場介入が 行われた場合, 土壌汚染のおそれに係る行政の審査が長期化し, 不動産開発に係る先行きが不 透明となり需要が減尐するなど, 法改正に伴う「政府の失敗」によって需要曲線が下方シフトす る(図 4 D1→D2, 図 4’ D1’→D2’)結果, 土壌汚染の程度の低い土地と汚染の程度の高い土地の いずれも取引件数が減尐すると考えられる(図 4 X1→X2, 図 4’ X1’→X2’). したがって, この場合, 全体の取引件数は減尐するものと考えられる. 次に, 必要となる土壌汚染対策の程度に関する情報の非対称が大きかった場合であって法改 正に伴う「政府の失敗」がこれよりも小さかったときについて検討する. 【仮説②-1:必要となる土壌汚染対策の程度に関する情報の非対称が大きかった場合(「政府の 失敗」がこれよりも小さかったとき)】 必要となる土壌汚染対策の程度に関する情報の非対称が大きい場合の大規模な土地の取引市 場に関し, 土壌汚染の程度の低い土地と汚染の程度の高い土地の各々について図 5, 図 5’のよう に仮定する. なお, 各々の図の S0 と S0’ は供給曲線を, D0 と D0’ は情報の非対称がなかった場 合の需要曲線を, D3 と D3’は法改正前の情報の非対称が大きい場合の需要曲線を, D4 と D4’は法 改正後の需要曲線(「政府の失敗」が小さいとき)をそれぞれ示している. 情報の非対称が大きい場合, まず, 汚染の程度の低い土地については, 買い手は過剰な対策費 用を見込み, 付け値を下げるため情報の非対称がない場合に比べて取引件数は減尐しているこ とになる(図 5 X0→X3). このような情報の非対称が存在する場合に法改正による市場介入が 正当化され得るが, 市場介入は情報の非対称を緩和することにより買い手の付け値を上昇させ, 取引件数を増加させることを目指すものである(図 5 X3→X0). 当該市場介入に係る限界便益 の上昇分が市場介入に伴う限界便益の減尐分(図 5 X0→X4)を上回る施策が採られた場合には, 法改正による市場介入は, 取引件数を増加させることになる(図 5 X3→X4). 一方, 汚染の程度の高い土地について, 情報の非対称が存在する場合には, これが存在しない 場合と比べて買い手は過小な対策費用を見込み, 付け値が上がるため取引件数は増加している 価格 取引件数 X1 X2 図 4 汚染の程度の低い土地 価格 取引件数 図 4’ 汚染の程度の高い土地 X2’ X1’ 買い手が調 査対策費用 を負担して いると仮定 買い手が調 査対策費用 を負担して いると仮定 S0 S0’ D0 D0’ D1 D2 D1’ D2’

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- 11 - ことになる(図 5’ X0’→X3’). 市場介入は, 情報の非対称を緩和することにより買い手の付け値 を下げさせ, 取引件数を減尐させることを目指すものである(図 5’ X3’→X0’). これに加え、市 場介入に伴う限界便益の低下によって取引件数は一層減尐することになる(図 5’ X0’→X4’). そして, 必要となる土壌汚染対策の程度に関する情報の非対称が大きかった場合については, 買い手は, 汚染の程度の低い土地と高い土地の間の付け値を付けるので, 汚染の程度の低い土 地は売り手のオファー価格を下回ることになり, 汚染の程度の低い土地は市場に供給されなく なる結果, 汚染の程度の高い土地が, 情報の非対称がない場合に近い価格で市場に供給される こととなる. したがって, 法改正に伴う「政府の失敗」が小さい状況下で, 情報の非対称が解消されると, 汚染の程度の低い土地の供給が大きく増加する一方で, 汚染の程度の高い土地の取引件数はほ とんど減尐しないと考えられることから, 全体としての取引件数は増加するものと考えられる. 最後に, 必要となる土壌汚染対策の程度に関する情報の非対称が大きかった場合であって法 改正に伴う「政府の失敗」がこれよりも大きかったときについて検討する. 【仮説②-2:必要となる土壌汚染対策の程度に関する情報の非対称が大きかった場合(「政府の 失敗」がこれよりも大きかったとき)】 必要となる土壌汚染対策の程度に関する情報の非対称が大きい場合の大規模な土地の取引市 場に関し, 土壌汚染の程度の低い土地と汚染の程度の高い土地の各々について図 6, 図 6’のよう に仮定する. なお, 各々の図の S0 と S0’ は供給曲線を, D0 と D0’ は情報の非対称がなかった場 合の需要曲線を, D5 と D5’は法改正前の情報の非対称が大きい場合の需要曲線を, D6 と D6’は法 改正後の需要曲線(「政府の失敗」が大きいとき)をそれぞれ示している. まず, 土壌汚染の程度の低い土地について, 法改正による市場介入は, 買い手が過剰な対策費 用を見込んでいたことによる付け値の減尐分(図 6 X0→X5)を回復させ, 取引件数を増加させ る効果を有する(図 6 X5→X0)が, 法改正に伴う「政府の失敗」による限界便益の低下がこれ を上回るため, 結果として取引件数は減尐することとなる(図 6 X0→X6). 一方, 汚染の程度の高い土地については, 法改正による市場介入は, 買い手が過小な対策費用 を見込んでいたことによる付け値の増加分(図6’ X0’→X5’)を減尐させ, 取引件数を減尐させ X4 X3 価格 取引件数 図 5 汚染の程度の低い土地 価格 取引件数 図 5’ 汚染の程度の高い土地 X3’ X0’ 売り手のみ必 要となる対策 の程度につい て把握し, 買 い手が調査対 策費用を負担 していると仮 定 売り手のみ必 要となる対策 の程度につい て把握し, 買 い手が調査対 策費用を負担 していると仮 定 X0 X4’ S0 S0’ D0 D0’ D3 D4 D3’ D4’

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- 12 - る効果を有し(図 6’ X5’→X0’), さらに, 法改正に伴う「政府の失敗」による限界便益の低下も あり, 取引件数は一層減尐すると考えられる(図 6’ X0’→X6’). したがって, この場合, 全体の取引件数は減尐するものと考えられる. 4. 平成 21 年土壌汚染対策法改正が大規模な土地の取引件数に与えた影響の実証分析(情報の 非対称関係) 前章の理論分析においては, 3 つの仮説を提示し, 法改正による市場介入によって大規模な土 地の取引件数が増加する場合と減尐する場合が存在することが明らかになったが, 本章におい ては, 平成 21 年土壌汚染対策法改正が実際に大規模な土地の取引件数に与えた影響について検 証するため, 実証分析を行う. 4.1 分析方法と推定モデル 平成 21 年土壌汚染対策法改正によって、 新たに法律の対象となった大規模な土地の取引件数 にどのような影響があったかを検証するため, 都道府県別19・月次別のパネルデータ(平成 18 年 1 月~平成 22 年 12 月)を使用し, 以下の 2 つのモデルに基づいて小規模な土地の取引件数と 比較した DID 分析を行う. なお, 法改正による届出制度の対象は, 環境省令で土地面積 3,000 ㎡以上とされているが, デ ータの制約上, 土地面積が 2,000 ㎡未満, 2,000 ㎡以上 5,000 ㎡未満, 5,000 ㎡以上という 3 区分に しか分類できなかったため, モデル⑴においては, 5,000 ㎡以上の土地を法改正による届出制度 の対象となる大規模な土地(トリートメントグループ)とし, 2,000 ㎡未満の土地を届出制度の 対象とならない小規模な土地(コントロールグループ)として扱っている. また, モデル⑵にお いては, モデル⑴との比較として, 法改正による届出制度の対象となる土地と対象外の土地が 混在する 2,000 ㎡以上 5,000 ㎡未満の土地取引についても分析の対象に含めている. 19 東京都, 埼玉県, 愛知県, 三重県, 大阪府及び広島県の 6 都府県については, 法改正前より, 条例で 3,000 ㎡又は 1,000 ㎡以上の土地の形質変更時に届出義務が課されるなど, 改正土壌汚染対策法と類似の規制が 行われていたため, 本稿の分析対象からは除外することとした. X6’ X5’ 価格 取引件数 図 6’ 汚染の程度の高い土地 X0 X6 価格 取引件数 図 6 汚染の程度の低い土地 売り手のみ必 要となる対策 の程度につい て把握し, 買 い手が調査対 策費用を負担 していると仮 定 売り手のみ必 要となる対策 の程度につい て把握し, 買 い手が調査対 策費用を負担 していると仮 定 X5 X0’ S0 S0’ D0 D0’ D5’ D6’ D5 D6

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⑴ lnY = α0 + α1DT + α2Qpollution + α3D5,000 ㎡+α4DT×Qpollution + α5DT×D5,000 ㎡+

α6DT×Qpollution×D5,000 ㎡+ΣγiXi+ε1

⑵ lnY= β0 + β1DT + β2Qpollution+ β3D5,000 ㎡+β4D2,000 ㎡ -5,000 ㎡+β5DT×Qpollution+

β6DT×D5,000 ㎡+β7DT×D2,000 ㎡-5,000 ㎡+β8DT×Qpollution×D5,000 ㎡+β9 DT×Qpollution×D2,000 ㎡-5,000 ㎡+ΣδiXi+ε2 被説明変数 lnY は, 各都道府県における土地の取引件数20の対数値である. 形質変更と取引は 必ずしも一致するものではないが, 建築物の建設等を行う場合は一般的に形質変更を伴うこと になり, 土地取引当事者は形質変更の際の都道府県知事への届出を見込んで土地取引をするも のと考えられるので, 土地取引件数を被説明変数として用いることとした. 説明変数として, DT は, 改正土壌汚染対策法が施行された平成 22 年 4 月以降の期間について 1 を, 平成 22 年 3 月以前の期間について 0 をとるダミー変数である(改正法施行ダミー). Qpollution は, 法改正以前に都道府県及び指定都市によって把握された土壌汚染数の累積21 ある. 地域ごとにもともと土壌汚染の多い地域と尐ない地域が存在するので, 土壌汚染の多寡 が土地取引に与える影響を勘案するため, これを用いることとした. D5,000 ㎡は, モデル⑴においては, 改正土壌汚染対策法によって設けられた形質変更時の都道 府県知事への届出制度の対象となる 5,000 ㎡以上の大規模な土地の取引について 1 を, 当該制度 の対象外である 2,000 ㎡未満の小規模な土地の取引について 0 をとるダミー変数であり, モデル ⑵においては, 5,000 ㎡以上の大規模な土地の取引について 1 を, 5,000 ㎡未満の土地の取引につ いて 0 をとるダミー変数である(5,000 ㎡以上ダミー). また, D2,000 ㎡-5,000 ㎡は, モデル⑵にお いて, 改正土壌汚染対策法によって設けられた形質変更時の都道府県知事への届出制度の対象 となる 3,000 ㎡以上 5,000 ㎡未満の大規模な土地と 2,000 ㎡以上 3,000 ㎡未満の小規模な土地の混 在する 2,000 ㎡以上 5,000 ㎡未満の土地の取引について 1 を, これ以外の土地の取引について 0 をとるダミー変数である(2,000 ㎡以上 5,000 ㎡未満ダミー). DT×Qpollution は, 改正法施行ダミーと土壌汚染数の交差項であって, 改正土壌汚染対策法が 土壌汚染の多寡に応じて土地の取引件数全体に与えた影響を示す変数である. DT×D5,000 ㎡は, 改正法施行ダミーと 5,000 ㎡以上ダミーの交差項であって, 改正土壌汚染対 策法が大規模な土地の取引件数に与えた影響を示す変数である. また, これに加え, モデル⑵ においては, 改正法施行ダミーと 2,000 ㎡以上 5,000 ㎡未満ダミーの交差項である DT×D2,000 ㎡ -5,000 ㎡を比較のために設けた. DT×Qpollution×D5,000 ㎡は, 改正法施行ダミー, 土壌汚染数及び 5,000 ㎡以上ダミーの交差項で あって, 改正土壌汚染対策法が土壌汚染の多寡に応じて大規模な土地の取引件数に与えた影響 (政策効果)を示す変数である. また, DT×Qpollution×D2,000 ㎡-5,000 ㎡は, 改正法施行ダミー, 土 20 データは, 国土交通省土地・建設産業局不動産市場整備課提供の面積規模別の土地取引件数(月次別・ 都道府県別)を利用した. 21 データは, 環境省(2011)中「表 23 都道府県・政令市別の土壌汚染調査・超過事例件数」の「超過事例 数」を利用した.

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- 14 - 壌 汚 染 数 及 び 2,000 ㎡ 以 上 5,000 ㎡ 未 満 ダ ミ ー の 交 差 項 で あ っ て , モ デ ル ⑵ に お い て , DT×Qpollution×D5,000 ㎡との比較のために設けたものである. Xi はその他のコントロール変数である. 人口の大小による土地の需要量を表す指標として各 都道府県の人口22の対数値を, 景気動向のうち主として企業による経済活動状況を表す指標とし て各都道府県の 1 人当たり県民所得23の対数値を, 地価の大小による土地の需要量を表す指標と して各都道府県の全用途平均地価24の対数値を, 可住地面積の大小による土地の需要量を表す指 標として各都道府県の可住地面積25の対数値を用いるとともに, 月ダミー, 年ダミー及び都道府 県ダミーを含めた. α0 及び β0 は定数項, α1~α6, β1~β9, γi 及び δi は係数, ε1 及び ε2 は誤差項を表す. 各変数の基本統計量は表 3 に掲げるとおりである(月ダミー, 年ダミー及び都道府県ダミーに ついては省略した). 表 3 基本統計量 平均 標準誤差 最小値 最大値 ln(土地取引件数) モデル⑴ モデル⑵ 4.854 5.300 1.696 1.877 1.099 1.099 8.977 8.977 改正法施行ダミー 0.15 0.357 0 1 土壌汚染数 55.753 108.019 2 622 5,000 ㎡以上ダミー モデル⑴ モデル⑵ 0.5 0.333 0.500 0.471 0 0 1 1 2,000 ㎡以上 5,000 ㎡未満ダミー 0.333 0.471 0 1 改正法施行ダミー×土壌汚染数 8.356 46.324 0 622 改正法施行ダミー×5,000 ㎡以上ダミー モデル⑴ モデル⑵ 0.075 0.05 0.263 0.218 0 0 1 1 改正法施行ダミー ×2,000 ㎡以上 5,000 ㎡未満ダミー 0.05 0.218 0 1 改正法施行ダミー×土壌汚染数 ×5,000 ㎡以上ダミー モデル⑴ モデル⑵ 4.178 2.785 33.022 27.033 0 0 622 622 改正法施行ダミー×土壌汚染数 ×2,000 ㎡以上 5,000 ㎡未満ダミー 2.785 27.033 0 622 ln(人口) 14.343 0.623 13.297 16.000 ln(1 人当たり県民所得) 14.784 0.121 14.512 15.045 ln(全用途平均地価) 10.722 0.426 9.845 12.064 ln(可住地面積) 7.629 0.617 6.744 10.056 観測数 モデル⑴=4,920 モデル⑵=7,380 22 データは, 総務省発表の「住民基本台帳に基づく人口・人口動態及び世帯数」中「都道府県の人口及び 世帯数」を利用した. 人口の多い都道府県ほど, 土地の需要量も多いと考えられるため, 正の符号の係数を とることが予想される. 23 データは, 内閣府発表の「県民経済計算」中「総括表」の「1 人当たり県民所得」を用いた. なお, デー タの制約上, それぞれ 2 年度前の県民所得を用いらざるを得なかった. 県民所得の高い, 企業による経済活 動の盛んな地域では土地取引も活発になると考えられるため, 正の符号の係数をとることが予想される. 24 データは, 国土交通省発表の「都道府県地価調査」中「都道府県別・用途別平均価格表」に記載されて いる「住宅地」, 「宅地見込地」, 「商業地」, 「準工業地」, 「工業地」及び「市街化調整区域内宅地」 のそれぞれの平均価格を利用して計算した平均値を用いた. 地価の上昇は, 土地の需要量を低下させると 考えられ, 負の符号の係数をとることが予想される. 25 データは, 総務省発表の「社会生活統計指標」中「B.自然環境」の「総面積」に「可住地面積割合」を 掛けて算出した. 可住地面積が大きいほど, 商業地や工業地, 住宅地などの開発が進むと考えられ、正の符 号の係数をとることが予想される.

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- 15 - 4.2 推定結果 モデル⑴及びモデル⑵の推定結果はそれぞれ表 4 及び表 5 に掲げるとおりである. なお, モデ ル⑴の(a)及びモデル⑵の(c)においては, まず, コントロール変数を利用した推定を行ってい る. しかし, コントロール変数だけで都道府県ごとの違いを捉えきるのは困難であることから, モデル⑴の(b)及びモデル⑵の(d)においては都道府県ダミーを導入することとした26 . 表 4 モデル⑴の推定結果 被説明変数:ln(土地取引件数) (a) (b) 係数 標準誤差 係数 標準誤差 改正法施行ダミー -0.244212 *** 0.68363 -0.243481 *** 0.06260 土壌汚染数 -0.000772 *** 0.00009 -0.000328 0.00244 5,000 ㎡以上ダミー -3.479679 *** 0.01292 -3.479679 *** 0.01183 改正法施行ダミー×土壌汚染数 0.001300 *** 0.00020 0.001287 *** 0.00019 改正法施行ダミー×5,000 ㎡以上ダミー 0.128936 *** 0.03695 0.128936 *** 0.03383 改正法施行ダミー×土壌汚染数 ×5,000 ㎡以上ダミー -0.003390 *** 0.00028 -0.003390 *** 0.00026 ln(人口) 0.677762 *** 0.03107 ─ ln(1 人当たり県民所得) -0.864107 *** 0.05907 ─ ln(全用途平均地価) -0.211980 *** 0.03070 ─ ln(可住地面積) 0.348968 *** 0.02459 ─ 月ダミー yes yes 年ダミー yes yes 都道府県ダミー no yes 自由度調整済決定係数 0.9504 0.9584 観測数 4920 4920 ※ ***、**、*はそれぞれ 1%, 5%, 10%の水準で統計的に有意であることを示す. なお, 月ダミー, 年 ダミー及び都道府県ダミーについては省略した. 26 都道府県ダミーと ln(人口), ln(1 人当たり県民所得), ln(全用途平均地価)及び ln(可住地面積) の相関が強いことから, モデル⑴の(b)及びモデル⑵の(d)においては, これらのコントロール変数を除外し た.

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- 16 - 表 5 モデル⑵の推定結果 被説明変数:ln(土地取引件数) (c) (d) 係数 標準誤差 係数 標準誤差 改正法施行ダミー -0.252999 *** 0.05404 -0.609446 *** 0.04836 土壌汚染数 -0.001093 *** 0.00007 0.000809 0.00182 5,000 ㎡以上ダミー -3.479679 *** 0.01208 -3.479679 *** 0.01081 2,000 ㎡以上 5,000 ㎡未満ダミー -3.069569 *** 0.01208 -3.069569 *** 0.01081 改正法施行ダミー×土壌汚染数 0.001674 *** 0.00019 0.001655 *** 0.00017 改正法施行ダミー×5,000 ㎡以上ダミー 0.128936 *** 0.03453 0.128936 *** 0.03090 改正法施行ダミー ×2,000 ㎡以上 5,000 ㎡未満ダミー 0.059257 * 0.03453 0.059257 * 0.03090 改正法施行ダミー×土壌汚染数 ×5,000 ㎡以上ダミー -0.003390 *** 0.00027 -0.003390 *** 0.00024 改正法施行ダミー×土壌汚染数 ×2,000 ㎡以上 5,000 ㎡未満ダミー -0.002611 *** 0.00027 -0.002611 *** 0.00024 ln(人口) 0.709657 *** 0.02371 ─ ln(1 人当たり県民所得) -0.901964 *** 0.04507 ─ ln(全用途平均地価) -0.273046 *** 0.02343 ─ ln(可住地面積) 0.318128 *** 0.01877 ─ 月ダミー yes yes 年ダミー yes yes 都道府県ダミー no yes 自由度調整済決定係数 0.9470 0.9576 観測数 7380 7380 ※ ***、**、*はそれぞれ 1%, 5%, 10%の水準で統計的に有意であることを示す. なお, 月ダミー, 年 ダミー及び都道府県ダミーについては省略した. 改正法施行ダミーについては, 係数の符号が負であることが, モデル⑴の(a)及び(b)並びに モデル⑵の(c)及び(d)のいずれにおいても, 1%の水準で統計的に有意に示された. 改正土壌汚 染対策法の施行後, 全体的に土地の取引件数が減尐したことを示している. 土壌汚染数については, 係数の符号が負であることが, モデル⑴の(a)及びモデル⑵の(c)に おいて, 1%の水準で統計的に有意に示された. 土壌汚染の多い地域ほど土地の取引件数が尐な いことを示している. また, モデル⑴の(b)においては係数の符号は負であり, モデル⑵の(d) においては係数の符号は正であったものの, 統計的に有意な値は得られなかった. 5,000 ㎡以上ダミーについては, モデル⑴の(a)及び(b)において, 係数の符号が負であること が, 1%の水準で統計的に有意に示された. 5,000 ㎡以上の土地においては, 2,000 ㎡未満の土地 と比べて取引件数が尐ないことを示している. また, モデル⑵の(c)及び(d)においても, 係数 の符号が負であることが, 1%の水準で統計的に有意に示された. 5,000 ㎡以上の土地においては, 5,000 ㎡未満の土地と比べて取引件数が尐ないことを示している. そして, 2,000 ㎡以上 5,000 ㎡ 未満ダミーについては, 係数の符号が負であることが, モデル⑵の(c)及び(d)において 1%の 水準で統計的に有意に示された. 2,000 ㎡以上 5,000 ㎡未満の土地においては, これ以外の土地

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- 17 - と比べて取引件数が尐ないことを示している. 改正法施行ダミー×土壌汚染数については, 係数の符号が正であることが, モデル⑴の(a)及 び(b)並びにモデル⑵の(c)及び(d)のいずれにおいても, 1%の水準で統計的に有意に示された. 改正土壌汚染対策法の施行後, 土壌汚染数の多い地域ほど土地の取引件数が全体的に増加した ことを示している. 本稿の分析対象である一定規模(3,000 ㎡)以上の土地の形質変更の際の都 道府県知事に対する届出制度等以外の改正土壌汚染対策法の内容が, 土地の取引件数にプラス の影響を与えている可能性がある. 改正法施行ダミー×5,000 ㎡以上ダミーについては, 係数の符号が正であることが, モデル⑴ の(a)及び(b)において, 1%の水準で統計的に有意に示された. 改正土壌汚染対策法の施行後, 5,000 ㎡以上の土地について, 2,000 ㎡未満の土地と比べて取引件数が増加したことを示している. また, モデル⑵の(c)及び(d)においても, 係数の符号が正であることが, 1%の水準で統計的に 有意に示された. 改正土壌汚染対策法の施行後, 5,000 ㎡以上の土地においては, 5,000 ㎡未満の 土地と比べて取引件数が増加したことを示している. そして, モデル⑵の(c)及び(d)において は, 改正法施行ダミー×2,000 ㎡以上 5,000 ㎡未満ダミーの係数の符号が正であることが, 10% の水準で統計的に有意に示された. 改正土壌汚染対策法の施行後, 2,000 ㎡以上 5,000 ㎡未満の 土地においては, これ以外の土地と比べて取引件数が増加したことを示している. 改正法施行ダミー×土壌汚染数×5,000 ㎡以上ダミーについては, モデル⑴の(a)及び(b)にお いて, 係数の符号が負であることが, 1%の水準で統計的に有意に示された. 改正土壌汚染対策 法の施行によって土壌汚染数の多い地域ほど, 5,000 ㎡以上の土地の取引件数が, 2,000 ㎡未満の 土地と比べて減尐したことを示している. また, モデル⑵の(c)及び(d)においても,係数の符号 が負であることが, 1%の水準で統計的に有意に示された. 改正土壌汚染対策法の施行によって 土壌汚染数の多い地域ほど, 5,000 ㎡以上の土地の取引件数が, 5,000 ㎡未満の土地と比べて減尐 したことを示している. そして, モデル⑵の(c)及び(d)においては, 改正法施行ダミー×土壌 汚染数×2,000 ㎡以上 5,000 ㎡未満ダミーの係数の符号が負であることが, 1%の水準で統計的に 有意に示された. 改正土壌汚染対策法の施行によって土壌汚染数の多い地域ほど, 2,000 ㎡以上 5,000 ㎡未満の土地の取引件数が, これ以外の土地と比べて減尐したことを示している. なお, 改正法の対象となる土地のみで構成される 5,000 ㎡以上の土地取引件数の減尐幅は, 改正法の対 象となる土地と対象外の土地が混在する 2,000 ㎡以上 5,000 ㎡未満の土地取引件数の減尐幅より も大きくなっており, 前者の方がより改正土壌汚染対策法の影響を受けていると考えられる. その他のコントロール変数については, 予想した係数の符号と概ね整合したが, 1 人当たり県 民所得は, 予想と異なり, 係数の符号が負であることが, モデル⑴の(a)及びモデル⑵の(c)に おいて, 1%の水準で統計的に有意に示された.

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- 18 - 4.3 推定結果を踏まえた考察 前節の推定結果から, 改正土壌汚染対策法の施行後, 土壌汚染数の多い地域ほど改正法の対 象である 5,000 ㎡以上の土地の取引件数が減尐していることが示された. また, 改正法の対象と なる土地と対象外の土地が混在する 2,000 ㎡以上 5,000 ㎡未満の土地についても同様に土壌汚染 数の多い地域ほど土地の取引件数は減尐しており, かつ, その減尐幅は 5,000 ㎡以上の土地の減 尐幅よりも尐ないということが示された. このことは, 2,000 ㎡以上 5,000 ㎡未満の土地では 5,000 ㎡以上の土地と比べて改正法の影響が小さかったことを示していると考えられる. 取引件数の減尐は, 前章の仮説に照らし合わせると, 法改正による市場介入を正当化し得る だけの情報の非対称がなかったか(仮説①), 又は, 当該情報の非対称自体は存在していたが, 市 場介入による是正効果を上回る「政府の失敗」が生じていた(仮説②-2)と考えられる. 5. 平成 21 年土壌汚染対策法改正が大規模な土地の取引件数に与えた影響の理論分析(外部性 関係) 前章より, 平成 21 年土壌汚染対策法改正によって大規模な土地の取引件数が減尐したことが 明らかとなった. 法改正によって行政の関与が強まったことによる土地取引当事者の費用の増 加等が原因として考えられ, 必要となる土壌汚染対策の程度に関する情報の非対称の解消とい う観点からは当該法改正による市場介入が正当化できないことを示している. ただし, 土壌汚染については, 汚染土壌から有害物質が地下水に浸透すること等によって, 汚 染の程度によっては周辺の土地に負の外部性を生じさせる場合があり, このような外部性の観 点からは, 改正土壌汚染対策法は, 形質変更を行う者に土壌汚染に係る調査対策費用を負担さ せ, 外部性の問題を解消させることもあり, 今般の法改正による市場介入が正当化される可能 性はある. しかし, 今般の法改正は主に土地の形質変更に着目するものであるが, 土壌汚染に係る外部 性は形質変更の有無にかかわらず存在するものである. また, 今般の法改正のように, 一定規模 以上の土地の形質変更という契機に着目して都道府県知事に対する届出を義務付け, 法律に基 づく調査及び対策の範囲を拡大する施策は, 土壌汚染の存在する土地の形質変更を伴う取引を 行うインセンティブを低下させるとともに, 負の外部性を解消することなく土地を持ち続ける インセンティブを高める効果を有する可能性もあり, 外部性の問題を解消させる上では不十分 であると思われる. ここで, この問題について理論分析を行う. 負の外部性を有する大規模な土地の取引市場を 図 7 のように仮定し, 供給曲線を S0, 法改正前の需要曲線を D0, 法改正後の需要曲線を D1 とす る. 法改正による市場介入の結果, 強制的な土壌汚染状況調査及び土壌汚染対策が導入された ことに伴い, 需要曲線が D0 から D1 に下方シフトし, 取引件数が X0 から X1 に減尐したとする.

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- 19 - このとき, 当該負の外部性を有する土地の浄化市場に関し, まず, 限界費用曲線, 社会的限界 便益曲線及び私的限界便益曲線を各々図 8 の S1, D2 及び D3 のように仮定し, 取引された土地 (X1)について, 土壌汚染状況調査及び土壌汚染対策が行われたとすると, 土地の浄化市場にお いては①+②+③に相当する社会的余剰が達成されていることになる. この場合, 法改正が行 われなかったとしたときの浄化市場における浄化水準を X2 とすると, ③に相当する分だけ社会 的余剰は増加していることになる. しかし, 社会的に最も望ましい浄化水準は, 図 8 において社 会的限界便益曲線と限界費用曲線が交差する X*であるので, 浄化は過小に行われていることに なり, X*における社会的余剰(①+②+③+④)と比較すると, 法改正後も④に相当する死重の 損失が発生していることになる. 次に, 限界費用曲線, 社会的限界便益曲線及び私的限界便益曲線を各々図 8’の S1’, D2’及び D3’ のように仮定し, 取引された土地(X1)について, 土壌汚染状況調査及び土壌汚染対策が行われ たとすると, 土地の浄化市場においては⑤+⑥+⑦-⑧に相当する社会的余剰が達成されてい ることになる. これは, 社会的に最も望ましい浄化水準(図 8’における X*’)と比べて, 浄化が 過剰に行われることになり, X*’における社会的余剰(⑤+⑥+⑦)と比較すると, ⑧に相当する 死重の損失が発生していることになる. 以上から, 外部性の解消を直接の目的とする施策を検討するのであれば, 土地の形質変更に 着目するのではなく, 例えば, 土地所有者に定期的な土壌汚染状況調査や土壌汚染対策を行う ことを促すために一定額(図 8 の t や図 8’の t’)を行政が補助するピグー補助金制度や, 土壌汚 染状況調査や土壌汚染対策を行わない土地所有者から一定額(図 8 の t や図 8’の t’)の税金を徴 価格 汚染土地量 図 7 負の外部性を有する土地の取引市場 図 8 負の外部性を有する土地の浄化市場 X1 X* ① ② D2 ③ ④ X2 価格 図 8’ 負の外部性を有する土地の浄化市場 汚染土地量 ⑤ ⑥ ⑦ ⑧ X1 X*’ X2’ 価格 S0 D0 D1 X0 X1 買い手が 調査対策 費用を負 担してい ると仮定 取引件数 S1 D3 S1’ D2’ D3’ t t’

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- 20 - 収するピグー税制度を設けるとともに, 行政が不定期に土壌汚染状況に係る監査を行い, 当該 監査によって汚染が発覚した場合に調査対策費用を上回る罰金を課す制度を設けることなどを 検討すべきであると考えられる. 6. まとめと政策提言 本稿は, 平成 21 年土壌汚染対策法改正が大規模な土地の取引件数に与えた影響について, 情 報の非対称の観点から理論分析及び実証分析を行うとともに, 外部性の観点からの理論分析を 行った. その結果, まず, 情報の非対称の観点からは, 平成 21 年土壌汚染対策法改正は, 土壌汚染数の 多い地域ほど大規模な土地の取引件数を減尐させており, 法改正による市場介入を正当化し得 るだけの情報の非対称が存在していなかったか, 又は, 当該情報の非対称自体は存在していた が, 市場介入による是正効果を上回る「政府の失敗」が生じていたことになるとの結論を得た. 以上の分析から導き出されることとして, 政府は, まず, 法改正による市場介入を正当化し得 るだけの「市場の失敗」の存在の有無を確認すべきであると考えられる. 仮に, 土地取引当事者間等で, 必要となる土壌汚染対策の程度に関する情報の非対称が小さ く, 法改正を行うだけの「市場の失敗」が存在していなかったのであれば, 政府が市場介入を行 う根拠はなく, 今般の法改正は不適切であったということになる. 一方, 仮に, 土地取引当事者間等で, 必要となる土壌汚染対策の程度に関する情報の非対称が 大きかったのであれば, 行政が市場介入を行う根拠は存在していたものの, 結果として大規模 な土地の取引件数は減尐してしまったことから, 行政による市場介入の方法に問題があったと いうことになる. この場合, まず考えられるのは, 改正法の制度を前提とした上で, 行政による 審査の在り方を見直すということである. 具体的には, 行政による審査の長期化に伴う土地の 需要の減尐等の問題が指摘されているところ, 土壌汚染に係る行政の審査について, 例えば, 地 域ごとに行政の審査期間にばらつきが生じていないか等調査を行うべきと考えられる. また, 情報の非対称を解消するための施策としては, 今般の法改正のように, 行政が掘削除去等の対 策が必要な土地とそれ以外の土地を分け, 行政が土壌汚染対策の内容に「お墨付き」を与えると いう直接的な市場介入を行う方法のほかに, 例えば, 大塚(2009)などが述べているように, 現 行の土壌汚染の有無に関する行政の環境基準とは別に, 健康被害の観点からの土壌汚染対策や 措置に関する基準を設け, その内容や意義を広く周知徹底させていくことなどが考えられる. 法改正による「政府の失敗」の弊害が大きいのだとすれば, このように行政の直接的な市場介入 を伴わない施策も検討の余地があるのではないか. また, 外部性の観点からは, 改正土壌汚染対策法は, 形質変更を行う者に土壌汚染に係る調査 対策費用を負担させ, 外部性の問題を解消させる場合もあり, 市場介入が正当化される余地は ある. しかし, 今般の施策は, 外部性が形質変更の有無にかかわらず存在するものであるにもか かわらず, 主に土地の形質変更に着目するものであり. また, 当該施策は, 土壌汚染の存在する 土地の形質変更を伴う取引を行うインセンティブを低下させ, 負の外部性を解消することなく

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- 21 - 土地を持ち続けるインセンティブを高める効果を有する可能性もあるため, 外部性の問題を解 消させる上では不十分であるとの結論を得た. 以上の分析から導き出されることとして, まず必要なことは, 土壌汚染に係る外部性が実際 にどの程度発生しているのかを把握することである. その上で, 当該外部性の問題に対処する には, 土地の形質変更ではなく, 土地の浄化市場に着目し, 土壌汚染状況調査や土壌汚染対策を 促進するため, 社会的限界便益曲線と私的限界便益曲線の差分に相当するピグー補助金やピグ ー税などを検討すべきである. この点, 土壌汚染対策法においても, 土壌汚染の除去等の措置を 指示された者であって, 当該者の負担能力が低い場合に助成を行うための土壌汚染対策基金27 設けられているが, これまでほとんど活用されてこなかった28. 現実に生じている土壌汚染に係 る外部性の程度如何によっては, 当該基金の運用を改善することなどが求められることになる のではないかと考えられる. 謝辞 本稿の作成にあたり, 熱心にご指導をいただいた福井秀夫教授(プログラム・ディレクター), 北野泰樹助教授(主査), 黒川剛教授(副査), その他有益なご助言をいただいた教員並びにま ちづくりプログラム及び知財プログラムの学生の皆様に心より感謝申し上げます. なお, 本稿は筆者の個人的な見解を示すものであり, 内容の誤りは全て筆者に帰属すること をお断り致します. 27 土壌汚染対策法第 46 条 28 会計検査院(2009)によれば, 平成 20 年度末において, 土壌汚染対策基金は約 14 億円保有しているが, 平 成 20 年度の基金保有倍率(直近の基金保有額を直近 3 年間の平均事業実績額で除して得た数値であり, こ の数値が 1 倍に近いほど, 単年度当たりの事業実績に対応した基金保有規模となっていると考えられる) は, 135.8 倍であった. 基金が活用されてこなかった理由としては, 汚染原因者が不明・不存在等で対策がで きないときに限られていることなどが考えられる. なお, 助成金交付の条件の詳細については, http://www.jeas.or.jp/dojo/business/grant/term.html 参照

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- 22 - 参考文献 ・ 井出多加子・浅田義久(2010)「土地取引への不動産取得税の影響」, 『季刊住宅土地経済』, 2010 年冬季号 ・ 大塚直(2009)「土壌汚染対策法の改正と今後の課題」, 『日本不動産学会誌』, 第 23 巻第 3 号 ・ 会計検査院(2009)「各府省所管の公益法人に関する会計検査の結果について」 ・ 梶山知唯(2009)「構造計算書偽造問題及び建築基準法等改正が分譲マンション建築着工戸 数に与えた効果に関する実証分析」, 『政策研究大学院大学政策研究科 平成 20 年度まちづ くりプログラム論文集』 ・ 環境省水・大気環境局土壌環境課(2010)「改正土壌汚染対策法の概要と留意点」 ・ 環境省水・大気環境局土壌環境課(2011)「平成 21 年度 土壌汚染対策法の施行状況及び土 壌汚染調査・対策事例等に関する調査結果」 ・ 黒川陽一郎(2003)「土壌汚染の現状を把握し、汚染の除去を図る」,『時の法令』,第 1681 号 ・ 黒坂則子(2004)「アメリカにおける土壌汚染浄化政策の新展開─ブラウンフィールド新法 の意義─」, 『同志社法学』, 56(3) ・ 今野憲太郎(2010)「土壌汚染による健康被害を防止するための施策の充実 汚染状況把握 のための制度拡充、規制対象区域の分類化と対策の明確化、搬出土壌の適正処理の確保等」, 『時の法令』, 第 1858 号 ・ 佐藤泉(2010)「土地開発に遅延などの悪影響も 改正土壌汚染対策法の問題点」『日経エコ ロジー』2010 年 7 月号 ・ 菅正史(2009)「土壌汚染対策法改正とわが国における土壌汚染対策の課題に関する一考察」, 『土地総合研究』, 2009 年秋号 ・ 田中太郎・藤田香(2010)「土壌汚染対策法 規制強化で不動産取引に影響」, 『日経エコ ロジー』, 2010 年 1 月号 ・ 八田達夫(2008)『ミクロ経済学Ⅰ 市場の失敗と政府の失敗への対策』, 東洋経済新報社 ・ 福井秀夫(2007)『ケースからはじめよう 法と経済学』, 日本評論社 ・ 森島義博・八巻淳(2009)『改正土壌汚染対策法と土地取引』, 東洋経済新報社 ・ N.グレゴリー・マンキュー著, 足立英之ほか訳(2004)『マンキュー経済学Ⅰ ミクロ編』, 東洋経済新報社

参照

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