他者理解の発達における「theory of mind」形成の意味 ―社会環境学的検討― 83
要旨
ヒトの発達過程における行動形成とそのための環境的要因は,発達段階に応じて理解され ることが望ましい。他者理解研究の一つでもある「theory of mind(ToM):心の理論」研 究は,Premack & Woodruff(1978)の霊長類を対象にした研究に端を発している。そして Wimmer & Perner(1983) が,Dennet(1978) の 提 起 を 受 け, 幼 児 に 実 施 し た「false belief task」は大変良く知られている。その後,Baron-Cohen(1995)は,「theory of mind」 の形成の過程について,「注意共有機構のモジュール」を論じ,三者関係が社会環境におけ るさまざまな情報の認識,また,社会適応の基盤となるとした。そのため一者関係的認識に 基づく「false belief task」の通過は,「theory of mind」の形成とは同義とは捉えられにくい。 たとえば,成人期における「theory of mind」研究では,対象者自身が,「theory of mind」 課題の回答の際,すでに前提としていることを把握することが欠かせないと考えられている。 したがって,今後の「theory of mind」の発達的検討でも,自己―他者―対象との間の関係 発達を捉えた社会的環境適応との関連で検討されることが重要になるだろう。
Abstract
Behavioral development in humans and its environmental variables should be understood according to the stage of development. Research on “theory of mind”, a theory on understanding in others, began with the study by Premack and Woodruff in 1978(Study on primates research). Then, following the study by Dennet in 1978, the well-known “false belief task” was conducted by Wimmer and Perner in 1983 on young children. After, Baron-Cohen in 1995 discussed Seared-Attention Mechanism in the process of forming “theory of mind”. This triadic relations serves as the basis for recognizing different
尚絅大学研究紀要 人文・社会科学編 第50号:(83~93)(2018)
他者理解の発達における「theory of mind」形成の意味
―社会環境学的検討―
小 沢 日美子
Meaning of “theory of mind” formation in the development of other
people’s understanding
– Social and environmental studies –
Himiko Ozawa
小 沢 日美子 84
information in the social environment, as well as social adaptation. Therefore, it is difficult to perceive the “false belief task,” which is based on one-person relationships as being synonymous with forming “theory of mind”. For example, adult research on “theory of mind” considers it indispensable for subjects themselves to grasp what they are assuming in answering “theory of mind” issues. In the developmental studies of “theory of mind”, it is considered important to consider in the future in relation to social environment adaptation that captures the relationship between self - others - subjects.
キーワード:心の理論,誤信念課題,三者関係,社会環境適応
Keywords:theory of mind, false belief task, triadic relations, social environment adaptation
1.問題
ヒトは自分の心を直接知ることができるのに対して,他者の心は,他者の行動を介してし か知ることができない。しかし,遺伝と環境それぞれの諸要因との関連によって考えられて いるヒトの心の発達を考えるとき,社会適応上の課題では,他者の心の存在の想定を前提と している心理社会的な基本的信頼感,自己肯定感,未来への肯定的認知などが重要な要因と なってくる。ヒトは,これらの要因が充分に満たされないとき,心理社会的な生涯発達の過 程では特定の発達期に関わらず,生きづらさなど対人関係上の困難を感じるといった自己認 識上の課題が顕在化しうる。何よりヒトの生涯で自己において形成されるべき発達的課題は, 絶えず他者の心の存在の認識において発生する心の社会的発達のもつ本質的な意味と関連し ている。とくに,子どもの場合の発達過程では,行動形成とそのための社会環境的要因は発 達段階に応じて理解されることが望ましい。乳幼児期に安心できる保護的環境が重要である ことは,Erikson(1959/1973)の基本的信頼感の獲得と関連している。また,それは,生涯 発達の観点からも,その後の人生においての自己概念の形成という課題認識と相互に密接に 関連しており,幼児期以降の社会適応上のさまざまな課題を生み出している。たとえば,人 生早期の家庭環境における親子関係,学校環境における仲間関係,対人・対集団との関係の ほか,青年期以降の社会集団における自己の同定,アイデンティティの確立と混乱の課題と して認識される。こうした子どもの発達段階ごとの特徴と重視すべき課題(文科省,2009) については,その発達段階に応じた支援の重要性が挙げられている。そこでは,都の公立小 学校の23.9%が,授業が成立しない状況があることを報告している。現代の子どもたちをめ ぐる社会的環境も考慮すると子どもの豊かな心身の育成には,発達段階ごとの成長の特徴を より一層踏まえて,適切な対応と支援を行っていくことが求められている。そのため保・ 幼・小の三者連携が小学校の新学習指導要領(2011)に明記され,教員の指導法に連続性を他者理解の発達における「theory of mind」形成の意味 ―社会環境学的検討― 85 持たせたカリキュラム編成が進められてきている。 このように子どもの心理社会的発達の重要さが,より一層慮られる社会的変動の時期に, 発達心理学領域では,子どもは何ができるようになるのかについてばかりでなく,それがど のように変化・成長していくかという子どもの行動上の発達研究が進展されて来ている。そ のような流れの中で,心とはどのように発達していくのかの文脈において「theory of mind」研究も展開されて来ている。「theory of mind」研究は,心理社会的発達の観点から 考えると,心の本態の発達において人の心的状態を理解する心をどのように発達させるかと いう問題を提唱していると考えられる。そこで,ここでは,近年の「theory of mind」の研 究から明らかにされていることと,また,自身の臨床経験からの社会適応の観点も併せて, 他者理解の発達における「theory of mind」形成の意味を検討したい。
2.「theory of mind」研究とは
Premack & Woodruff(1978)は,ある個体が別の他個体に目的,意図,知識などの心的 状態を帰属できるとき,その個体は「theory of mind」をもつと定義した。Premack & Woodruff は,人間がある行動をするが上手くいかない場面をビデオで見せ,その後で正し い解決を示す写真を含む2枚の写真から1枚を選択させるというメスのチンパンジーを被験 体とした実験を行い,概ね正答という結果を得ている。そして,本当に人物の「心」を理解 した反応かどうかについては,embedded videotape(入れ子構造ビデオ)を用いた実験の 提案をしている。「theory of mind」研究は,その後,霊長類だけでなく,人間の多様な発達, および多様な在り方を対象にする幅広い研究領域に渡るテーマとして発展した。なお 「theory of mind」といい,“theory”という言葉を用いたのにはつぎの二点の理由があると されている。(1)「心」の状態は直接的な観察ができない現象であり,科学理論のように推 論に基づいて構成される性質のものである。(2)いったん「心」についての理論を構成す れば,科学理論と同様にその理論に基づいてある程度他の個体の行動予測が可能になる。そ して,この「theory of mind」という考え方に関して,数多くの研究が行われるようになっ ている。この Premack & Woodruff の提唱した考え方を検証するために,Dennett(1978) は,つぎのフォーマットを用いた研究を提案している。 (1)Cは,Eがpであると信じていることを信じている。 (2)Cは,Eがqであると願っていることを信じている。 (3)Cは(1)(2)の信念から,Eが行為xを行うことを推測し,Eがxを行うことを予 測する。 (4)Cは行為yを行う。その理由は次による。 (5)もしEが行為 x を行い,C が行為 y を行わないなら,C は自分が望むものを得られな いか,避けたいと思っている何かを得ることになるだろう,とCは信じている。小 沢 日美子 86
この Dennet(1978)の提起を受け,発達心理学領域において,Wimmer & Perner(1983) は,「false belief task(誤信念課題)」を用いた幼児の「theory of mind」の発達についての 研究を行い,その後,多くの追試的変更研究がなされるようになった。こうして,1980年代 以降,Premack & Woodruff(1978)にもとづき,「theory of mind」 とは,他者の行動を見て, その背後に 「信念(―と思っている・考えている)」,「意図(―をしようとしている)」,「知 識(―を知っている / 知らない)」 といった心の状態(mental states)を想定して理解しよ うとする心を理解する枠組みのこととして,数多くの検討がなされてきた。
3.乳幼児期の認知的発達と「theory of mind」
乳児期は,養育者との関係性を築くことで基本的信頼感を形成し,外的環境に適応し,幼 児期から児童期は,さらに多様な環境との関係性を築き,自己認識を発達させ,他者・社会 との関係を発達させること-自他認識の芽生えと育成が発達課題となる。そこでは,自己と 異なる他者の存在や視点に気づき,自己を制御しながら,自己を発揮し,他者を受容する経 験を積み重ね,道徳性や社会性の基盤を形成する。近年,子どものより人生早期からの外界 認知の発達に関しての研究が進んでいるが,この時期の社会的認知発達を理解するキーワー ドは,つぎのように概ね整理される(表1参照)。 表1に記したように,9ヶ月頃からの三項関係の成立,共同注意の発達など,それまでの 養育者による保護的な関係において育まれてきた社会環境的関係性が,自己―他者―自己周 囲といった広義の社会的環境との関係へと移行する。この社会的環境の質的な変化に伴いさ まざまな情報の認識が展開され,そこでの情報の理解が環境適応の基盤となってくる。 表1 乳幼児期における他者理解の発達 発達期 他者理解の発達 機能的発達 0歳~ 社会的知覚,新生児微笑,顔偏好 初期社会的認知 3ヶ月頃~ 二項関係,社会的随伴性 9ヶ月頃~ 三項関係,共同注意,目標・志向性 18ヶ月頃~ 意図の理解,ふり遊び,自己認知 2歳頃~ 欲求の理解 3, 4歳頃~ 意図の理解(顕在的) 「theory of mind 4歳頃~ 視点取得(トポロジー的) (ToM)」の形成 4歳頃-5, 6歳頃 false belief(誤信念)理解 false belief 以降 (5歳後半頃~) 比喩・皮肉・二重の嘘の理解 (因果推論) 7歳頃以降 視点取得(ユークリッド的) ※注:Baron-Cohen(1995):「心を読む認知モジュールの発達」,及び 板倉(2007):「メンタライジングの発達モデル」を参考に作成。他者理解の発達における「theory of mind」形成の意味 ―社会環境学的検討― 87
4.「心を読む認知モジュールの発達」
Baron-Cohen(1995)は,「theory of mind(心の理論)」の仕組み(ToMM:theory of mind mechanism)の形成に先行するものとして,注意共有の仕組み(SAM:shearing attention mechanism)の形成を位置づけた発達モデルを,心を読む認知モジュールの発達 として提案している。4
表に記したように,
9 ヶ月頃からの三項関係の成立,共同注意の発達など,それまでの養育者
との保護的な関係において育まれてきた環境的関係性が,自己
―他者―自己周囲の広義の環境と
の関係へと移行する。この社会的環境の変化において,さまざまな情報の認識が展開され,そこ
での情報理解が環境適応の基盤となってくる。
4.
「心を読む認知モジュールの発達」
Baron-Cohen (1995)は,「theory of mind(心の理論)」の仕組み(ToMM:theory of mind
mechanism)の形成に先行するものとして,注意共有の仕組み(SAM:shearing attention
mechanism)の形成を位置づけた発達モデルを,心を読む認知モジュールの発達として提案して
いる。
「心を読む認知モジュール(
Baron-cohen,1995)」は,4つの成分―ID(intentionality
detector:意図検出器),EED(eye-direction detector:視線検出器),SAM(shared-
attention mechanism:注意共有のメカニズム),ToMM(theory of mind mechanism:心の理
論メカニズム)から成り立ち,その仕組みは世界の
4 つの特性-意志,知覚,共有された注意,
認識状態を反映している(図
1 参照)。そして,生後 1 歳頃,三者関係に関するモジュールであ
る共有注意のメカニズム(
SAM)が形成されるようになる。その後,他者の心の推測のメカニ
ズムとなる心の理論モジュール(
ToMM)が 4 歳頃に形成するとされる。しばしば論じられるの
は,この
1 歳頃から 4 歳頃にかけての認知的な発達が,どのようにして構成されるのかである。
その後において,
Piaget(1948/1954)の三山問題(three-mountain-problem)を概ね通過する
年齢において,一定の発達障害児が「
theory of mind」の課題を通過できないことを考えると,
「心を読む認知モジュール」は,ユークリッド的な空間的関係の理解とは質的に異なる空間関係
の理解も求めていると考えられる。また,
5 歳半過ぎ頃からは,因果推論が可能になる(内田,
1985)。5,6 歳前後には認知発達的特徴があるのだが,「theory of mind」の代表的課題である
「
false belief task」を通過するのは,4 歳頃からであり,因果推論が求めている時系列的操作概
念とは異なる時間的関係であることが考えられる。したがって,
「
theory of mind」課題では,
時空間の関係理解も含まれるが,そこに他者の存在を認識できるかどうかが前提にあると考えら
図 1 心を読む認知モジュールの発達(Baron-Cohen,1995)ID
意図検出 モジュールEED
視線検知 モジュールSAM
注意共有 モジュールToMM
心の理論 モジュール目に
類似し
た
形の
刺
激
自
律的な動きの
刺
激
9ヶ月までに発達
18ヶ月までに発達
4歳までに発達
他者の
心の
推測
自閉症児の一部には 自閉症児の多くは 両方に障害がある ここに障害がある二者関係に関する
モジュール
三者関係に関するモジュール
自分のほうに向かって きているかどうか 自分のほうを向いて いるかどうか 同一の対象に 同一に視線を送る 他者の目的・意図・知識・信 念などの内容を理解できる図1 心を読む認知モジュールの発達(Baron-Cohen, 1995)
4
表に記したように,
9 ヶ月頃からの三項関係の成立,共同注意の発達など,それまでの養育者
との保護的な関係において育まれてきた環境的関係性が,自己
―他者―自己周囲の広義の環境と
の関係へと移行する。この社会的環境の変化において,さまざまな情報の認識が展開され,そこ
での情報理解が環境適応の基盤となってくる。
4.
「心を読む認知モジュールの発達」
Baron-Cohen (1995)は,「theory of mind(心の理論)」の仕組み(ToMM:theory of mind
mechanism)の形成に先行するものとして,注意共有の仕組み(SAM:shearing attention
mechanism)の形成を位置づけた発達モデルを,心を読む認知モジュールの発達として提案して
いる。
「心を読む認知モジュール(
Baron-cohen,1995)」は,4つの成分―ID(intentionality
detector:意図検出器),EED(eye-direction detector:視線検出器),SAM(shared-
attention mechanism:注意共有のメカニズム),ToMM(theory of mind mechanism:心の理
論メカニズム)から成り立ち,その仕組みは世界の
4 つの特性-意志,知覚,共有された注意,
認識状態を反映している(図
1 参照)。そして,生後 1 歳頃,三者関係に関するモジュールであ
る共有注意のメカニズム(
SAM)が形成されるようになる。その後,他者の心の推測のメカニ
ズムとなる心の理論モジュール(
ToMM)が 4 歳頃に形成するとされる。しばしば論じられるの
は,この
1 歳頃から 4 歳頃にかけての認知的な発達が,どのようにして構成されるのかである。
その後において,
Piaget(1948/1954)の三山問題(three-mountain-problem)を概ね通過する
年齢において,一定の発達障害児が「
theory of mind」の課題を通過できないことを考えると,
「心を読む認知モジュール」は,ユークリッド的な空間的関係の理解とは質的に異なる空間関係
の理解も求めていると考えられる。また,
5 歳半過ぎ頃からは,因果推論が可能になる(内田,
1985)。5,6 歳前後には認知発達的特徴があるのだが,「theory of mind」の代表的課題である
「
false belief task」を通過するのは,4 歳頃からであり,因果推論が求めている時系列的操作概
念とは異なる時間的関係であることが考えられる。したがって,
「
theory of mind」課題では,
時空間の関係理解も含まれるが,そこに他者の存在を認識できるかどうかが前提にあると考えら
図 1 心を読む認知モジュールの発達(Baron-Cohen,1995)ID
意図検出 モジュールEED
視線検知 モジュールSAM
注意共有 モジュールToMM
心の理論 モジュール目に
類似し
た
形の
刺
激
自
律的な動きの
刺
激
9ヶ月までに発達
18ヶ月までに発達
4歳までに発達
他者の
心の
推測
自閉症児の一部には 自閉症児の多くは 両方に障害がある ここに障害がある二者関係に関する
モジュール
三者関係に関するモジュール
自分のほうに向かって きているかどうか 自分のほうを向いて いるかどうか 同一の対象に 同一に視線を送る 他者の目的・意図・知識・信 念などの内容を理解できる「心を読む認知モジュール(Baron-Cohen, 1995)」は,4つの成分―ID(intentionality detector: 意 図 検 出 器 ),EDD(eye-direction detector: 視 線 検 出 器 ),SAM(shared- attention mechanism:注意共有のメカニズム),ToMM(theory of mind mechanism:心の 理論メカニズム)から成り立ち,その仕組みは世界の4つの特性-意志,知覚,共有された 注意,認識状態を反映している(図1参照)。そして,生後1歳頃,三者関係に関するモ ジュールである共有注意のメカニズム(SAM)が形成されるようになる。その後,他者の 心の推測のメカニズムとなる心の理論モジュール(ToMM)が4歳頃に形成するとされる。 しばしば論じられるのは,この1歳頃から4歳頃にかけての認知的な発達が,どのようにし て構成されるのかである。その後の年齢において,Piaget(1948/1954)の三つの山問題 (three-mountain-problem)を概ね通過する年齢において,一定の発達障害児が「theory of mind」の課題を通過できないことを考えると,「心を読む認知モジュール」は,ユークリッ ド的な空間的関係の理解とは質的に異なる空間関係の理解も求めていると考えられる。また,
小 沢 日美子 88
5,6歳頃の認知的枠組の質的転換では,因果推論が5歳半過ぎ頃から可能になり始める (内田,1985)。5,6歳前後にはこうした認知発達的特徴が見られるのだが,「theory of
mind」の代表的課題である「false belief task」を通過するのは,4歳頃からであり,因果 推論が求めている時系列的操作概念とは質的に異なる時間的関係であることが考えられる。 したがって,「theory of mind」課題では,時空間の関係理解も含まれるが,そこに他者と いう存在を認識できるかどうかが前提にあると考えられる。したがって,他者の存在の認識 が可能かどうかが,「theory of mind」の自己と他者を含んだ―三者関係の基軸になること が考察される。
5
れる。したがって,他者の存在の認識か可能かどうかが,
「
theory of mind」が自己と他者を含
んだ―三者関係が基盤となっていることを示唆する。
5.
「心を読む認知モジュールの発達」と社会適応
20 世紀終盤から 21 世紀初頭を経ての今日まで,「theory of mind」着目した研究が広く知ら
れるようになった。発達心理学領域において当初着目されたことは,
Piaget(1948/1954)は,
三つの山問題の教示が理解できないとされた
4 歳児が,心の理論課題では正答したこと,また,
Baron-Cohen(1985)では,自閉症児の通過率が,定型発達児,その他の発達障害児に比べ
て,顕著に低いことであった。前者については,その後,三山問題との課題の性質の相違なども
論じられる一方,課題を工夫してより早期の子ども達における「
theory of mind」研究が進展さ
れている。後者については,当初の自閉症の認知的枠組みを描き出すものという仮説をもって,
「
theory of mind」の課題と自閉症と実行機能との関連性を問う研究が数多くなされてきている
(小川,
2011)。しかし,また,「theory of mind」の欠損が自閉症児固有の特徴ではないことが
論じられる(
Gernsbacher, M.A., & Frymiare, J.,2005)ようになり,その後も,「theory of
mind」の課題が,自閉症の発達様相を解き明かす中核的症状を軸とした課題であることは示さ
れてきてはいない。むしろ,
2000 年代以降では,親子関係による影響,文化による発達差,心
の理論と感情理解との関連,また,事前の活動の影響などに関する研究が進展してきている
(
e.g,東山,2007,2011;古見,2013)。こうした「theory of mind」研究の展開からは,自閉
症児等の社会適応上における相互コミュニケーション上の課題となっているが,
「心を読むモジ
ュール」が前提としている他者の存在を中心化した状態像であるというよりも,中枢神経に関わ
る実行機能と関連した発達上の特性があるものと考えることができる。社会適応上の課題とは,
二者関係からなる言語獲得以前の段階を基礎とした三者関係に端を発していると考えることがで
きる。そのため「
false belief task」の通過が,言語発達と正の相関を示すことはすでに知られ
ている(
e.g.,Astington,&,Jenkins,1999)。また,社会適応上の課題を抱える一方で,標準化さ
れた知能検査では,平均以上の結果を出したり,発達検査で平均的ともいいえる結果を出したり
するが,
「
false belief task」の通過が困難な幼児がいることも研究課題となっている(e.g.,小
沢,
2014)。また,標準化された知能検査,発達検査であれば,課題通過には個人差がある。し
たがって,
「
theory of mind」では,三者関係を基盤とした言語発達を介したコミュニケーショ
ン能力の標準的発達を観察することができる課題であると考えることができうる。そのため,小
沢(
2017)は,言語応答による課題(「理解課題」,「反対類推課題」,「物の定義課題」,「語彙課
題」
,
「数唱課題」
,
「記憶課題」
)を行った。そこでは,誤信念課題の通過と関連が示唆されたの
は,
「理解課題」
,
「反対類推課題」
,
「物の定義課題」
、これらの特定の言語的応答能力が「
false
belief task」の通過を促進することが示唆されている。
【モデル適合性】
χ
2=
1.68,GFI =0.989 AGFI=0.945
CFI=0.99、RMSEA=0
誤信念課題 反対類推 物の定義 理 解 .40 .41 .37 .30 .68 .62 .45 言語応答課題 e1 e2図 2 false belief task と言語応答能力(小沢,2017)
図2 false belief task と言語応答能力(小沢,2017)
5.「心を読む認知モジュールの発達」と社会適応
20世紀終盤から21世紀初頭を経ての今日まで,「theory of mind」に着目した研究が広く 知られるようになった。発達心理学領域において当初着目されたことは,Piaget(1948/1954) は三つの山問題(three of mountain problem)の教示が理解できないとした4歳児が, 「theory of mind」の課題では正答し課題を通過したこと,また,Baron-Cohen(1985)では 自閉症児の通過率が,定型発達児およびその他の発達障害児に比べて顕著に低いことであっ た。前者については,その後,三つの山問題との課題の性質の相違なども論じられている。 一方,課題を工夫してより早期の子ども達における「theory of mind」研究も進展されてい る。後者については,当初の自閉症の認知的枠組みを課題の通過/不通過が描き出すものと いう仮説をもって,「theory of mind」の課題と自閉症と実行機能との関連性を問う研究が 数多くなされてきている(小川,2011)。しかし,その後,「theory of mind」の欠損が自閉 症児固有の特徴ではないことも論じられる(Gernsbacher, M.A., & Frymiare, J., 2005)。そ して,その後も,「theory of mind」の課題が,自閉症の発達様相を解き明かす中核的症状 を軸とした課題であることは示されてきてはいない。むしろ,2000年代以降では,課題の通
他者理解の発達における「theory of mind」形成の意味 ―社会環境学的検討― 89
過/不通過における親子関係の影響,文化による発達差,「theory of mind」と感情理解と の関連,また,事前の活動の影響などに関する研究が進展してきている(e.g, 東山,2007, 2011;古見,2013)。こうした「theory of mind」研究の展開からは,「theory of mind」形 成が自閉症児等ばかりでなく,社会適応上における相互コミュニケーションを課題とした研 究的視点が大きなものとなってきている。これまで「心を読むモジュール」が前提としてい る他者の存在の認識には,中枢神経に関わる実行機能と関連した発達上の特性があるものと 考えられてきている。そのため社会適応上の課題とは,二者関係からなる言語獲得以前の段 階を基礎とした三者関係に端を発していると考えられている。これまでも「false belief task」の通過が,言語発達と正の相関を示すことはよく知られてきている(e.g., Astington, &, Jenkins, 1999)。また,標準化された知能検査では平均以上の結果を出したり,発達検査 で平均的ともいいえる結果を出したりするが,「false belief task」の通過が困難な幼児がい ることも研究課題となっている(e.g., 小沢, 2014)。つまり,「theory of mind」課題では, 自己-他者関係を基軸とした三者関係を基盤とするコミュニケーション能力の遅速を知るこ とができる課題であると考えられる。そのため,小沢(2017)は,「theory of mind」の課 題と言語応答による課題(「理解課題」,「反対類推課題」,「物の定義課題」,「語彙課題」, 「数唱課題」,「記憶課題」)を幼児(3~6歳児)に行った。そこでは,「false belief task」
の通過との関連が示されたのは,「理解課題」,「反対類推課題」,「物の定義課題」だった。 したがって,これらの特定された言語能力は「false belief task」の通過と,「theory of mind」形成と密接に関連し,また,他者との相互的な作用を前提とした社会環境適応を促 す要因であることが考えられる。
6.生涯発達における「theory of mind」
当初,「theory of mind」研究の枠組みを用いた他者理解を測定する方法についての検討は, 幼い年齢の子どもたち,また,自閉症等の発達障害を有している子どもたちを対象として数 多くの研究が行われた。しかし,その後現在まで,成人の「theory of mind」形成の検討が 多くなされるようになって来ている。たとえば,Baron-Cohen(2003)は,「theory of mind」形成の個人差測定のために,「Mind in the eye test」,EQ 尺度を開発している。青 年期前期の10代を対象としては,Bosacki(2000)が,「theory of mind」形成の個人差を測 定して自己概念の発達との関連性について検討している。そのための手続きはつぎのようで あった。「theory of mind」の課題ストーリーを聞いた後,曖昧な場面における登場人物の 内的状態について自己の解釈を求め,その回答内容を評価するため,いずれも非言語的コ ミュニケーションを交えた後,他者に対して働きかける2つの独立したテーマからなる課題 を用いた。東山(2013)は,これまで幼児でも実施されている Wellman, &, Lui(2004)の 課題を大人に行い,その回答に至った理由を尋ねている。小沢(2015)では,「theory of小 沢 日美子 90 mind」の課題を大学生男女に聞かせ,回答用紙に課題の質問項目に関する回答の記入を求 めると共に,対象者が前提としている心の理解や他者理解に関する自由記述を求めた。その 結果,大学生男女であっても「theory of mind」形成には,ある程度の個人差が見られるこ と,また,男女差があることが示された。今後の成人を対象とした研究では,「theory of mind」形成についての社会適応との関係では,他者の存在の認識と自己概念の形成との関 連性についての検討が課題の欠かせない課題の一つになると考えられる。
7.まとめ
ここでは,「theory of mind」の形成の意味について,筆者の発達臨床体験を背景に置く ことで,社会環境学的視点を踏まえ,近年の知見とともに検討してきた。ヒトの発達過程に おいて他者の存在を他者として認識し,成長とともに開かれていく外界の中では,自己と他 者と対象との関係を多様に構成していく関係構成力が発達的に形成されている。そして,他 者の行動の意図を語るためのある程度の説明をする頃になると,「theory of mind」の代表 的な課題(たとえば「false belief task」)を通過する時期を迎えることができる。自己と他 者と対象を単位とする関係構成力が,「theory of mind」の形成と深く関連するならば,自 己と自己周囲との関係が一者的な関係に固執しがちな場合(たとえば,高機能自閉症児), 「theory of mind」の課題に遅れて通過することになる。すでに,高機能自閉症児等が,社 会適応上の課題が顕在化するかどうかと,社会的環境構成とは密接に関連していることはよ く知られている。多くの定型発達児が,「theory of mind」の課題に通過する時期において, 特定の課題を通過できるかどうかは,その発達期における社会認知的発達課題を達成したこ との意味をもたらすが,一方,当該年齢の発達期を越えた生活年齢にも対応する堅牢な課題 とは捉え難いこともこれまでの研究は示している。それは,自己と課題(対象)との関係が 顕在化した一者的関係認識に基づく「false belief task」の通過が,必ずしも,定型発達児の 「theory of mind」の成立とは同義とは捉え難いことも意味してきた。したがって,今後の 成人期における「theory of mind」研究では,対象者自身が,「theory of mind」の課題への 反応(回答)の際,個々が前提としている認知的枠組みや心理的葛藤が社会的環境構成力と 関連するかどうかの吟味とその前提条件の影響の程度と社会的環境構成力の強度との関係の 把握が求められるものと考える。そのため,今後の「theory of mind」の発達的検討では, 自己―他者―対象との間の関係発達を捉えた社会的環境適応との関連の視点がより重要であ ると考える。引用・参考文献
・Ainsworth, M.D.S., & Bowlby, J. (1991). An Ethological Approach to Personality Development. American Psychologist, 46, 333-341.
他者理解の発達における「theory of mind」形成の意味 ―社会環境学的検討― 91
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