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台湾現代文学のなかの く日本 ・文学)

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東京外国語大学 『日本研究教育年報17』 (2013.3)

く特集 〈日本〉への 多様な眼差 し)

台湾現代文学のなかの く日本 ・文学)

一頼昔時の 『其後 それか ら』における太宰治、そ して村上春樹I 斉 幸 君

また して も、 「日本」 inTaiwan。

多元文化 が声高に叫ばれ るなかで、台湾 は 自ら多文化環境 である と自己測 定 してい るい ま となっては、なにを 目に して もおそ らく驚 くに能 わないだろ う。 しか しなにをもって、

それが どこの 「文化」だ と判断す るか、「多文化 」とい うことばが普遍的になれ ばなるほ ど、

わた しは困惑す るばか りである。だいたい、 「日本」 とはなにか、逆 に 「台湾」 とはなにか とい う質 問に代 えて もよい。 どの よ うな状況 において、それ が 「日本」 あるいは 「台湾」

と読み替 え られ るか、その判断にいつ も戸惑い を禁 じ得 ない。 だが奇妙 な こ とに、台湾 で はただひ らがな一文字 で、た とえばそれ が 「のの一文字 で も十分、人 々を 「日本」‑ と 連れ込む こ とがで きる。街 の風景 に溶 け込んでい るひ らがな文字の入 った看板や 、 コンビ ニエ ンス ・ス トアで販売 され る 「超の油切」 1といった飲み物 に象徴 され るよ うに、 「日本」

は正体不明に も 日々 こ うして、台湾で召還 され続 けるのである。 こ うした文脈 において、

私 はひ らがなを見かけるたび に、また して も 「日本」、 とまず思 って しま うのだ、 「日本

とはなにか をはっき りとわか らず に、であ る。 あるいは、わか らないか らこそ商業的 に歓 迎 され るのか も しれ ない。 で きるだけ情報 を少 な く、で きれ ば一文字が よい、一文字 で十 分、その方 が人々が 自由に、 自分の想像 の世界 で よ り理想 的ななにかを作 り出す こ とがで きるか らだ。海外 で販売 されている T シャツに、あるいは腕 の入れ墨に漢文字 が出て くる の も、 も しか して これ と似 てい るか も しれ ない。 だが、今回、私 が遭遇 した 出版物 は、 こ れ に似 て非 なる、いや 、似 て も似つかない状況 である、おそ らく。 なぜ な ら、台湾 にお け

る 「日本」状況はす こ しずつではあるが、変わってきてい るのだ。

老舗 の郎永漢書店 を横 目に、紀伊 国屋 をは じめ、ジュンク堂のネ ッ トシ ョップ、あるい は 日本 のアマ ゾンか ら直接取 り寄せ るな ど、今 日、台湾 か ら日本 の書物 を手 にす る道 はい くらもある。 それでな くて も、人文の香 り高い誠 晶書店 に一歩足 を踏み入れれ ば、世界文 学 コーナーに翻訳 された 日本文学がず ら りと並べ られ てあって、 ジャンル が入 り交 じった 形 でではあるが、台湾 の人 々に豊富な話題 を提供す るのに十分な くらい、あ りとあ らゆる ものが揃いっつ あるよ うになって きた。世界的 に人気 の村上春樹 は もちろんの こと、 日本 近代 の作家 たちの作品や随筆 も、 日に 日にその顔ぶれ が増 え、ひ と昔前 の荒涼 た る様相 に

1 超の油切」は台湾の食品会社 「裏 口味」が20069月に打ち出 したダイエ ッ ト効果のある清涼飲料 シリーズの一つで、人気 タレン トの小 Sを起用 し、ダイエ ッ ト効果を訴えるのに 日本語の 「の」

油切」 (カロリーを減 らす意味を持つ造語)を商品名 として使用する。

‑ 97‑

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の作家による創作に、 日本文学では長 く親 しまれてきた淑石の 『それか ら』 と思 しき文字 がタイ トルに付 されているとい うことが、おか しくはないが、 しか しなん とも奇妙に思え た。考えてみれば、書籍に英文表記のものがふんだんに使用 されて も討 しげに思 う者はそ れ ほ どないのに、なぜ 日本語表記の文字が入った とたん、このよ うにも人の 目を惹きつけ るのだろ うか。だが、私はあ くまで も日本近代文学に関心を持つ一人の人間 として、それ にこころを捉 えられたのか もしれ ない。 とはいえ、台湾の読者 を対象に してい る作品であ る以上、やは りこの 日本語表記のタイ トルはなん らかの意味をな さないだろ うか。そのよ

うに考えを巡 らせて、このテクス トと向き合 うことに したのである。

一見、淑石 との関連性 を思わせ るこの小説のタイ トルだが、実際読んでみると、章タイ トルにも淑石の作品を連想するものが散見する。たとえば 「門

「其後

「夢」、あるいは 『こ ころ』 にな じみ深い 「先生 せんせい」 とい うのがあ り、いざ内容に入ってみ ると、「活動 セ ンター」なる短い序章で太宰のことばに遭遇する。『其後 それか ら』には、深い深い孤 独の刻印が施 されているのである。

正確 に言えば、 この作品で言及 され る文学作品は 日本のものに限 らない。いや、文学だ けでなく、映画、哲学、心理学などもところどころ巧妙に散 りばめ られている。全編は、「活 動セ ンター

「門

「消息

」「 DoY b u

Remenber."

「春暖か く花開 く

「あの目

「ベティブ ルー

「其後 その‑

「其後 その二

「椅子

「先生 せんせい

「十年前後

「父親達

「夢」 か らなる、十四の記憶の断片によって構成 されている。序章である 「活動センター」、「門」

は二人の友人‑ 五月、樹人 との出会いを記述 したものであ り、簡潔で、 しか し展開が早 く、その うえ膨大な情報量を駆使 して、人物の性格か らその後の関係性までがま とめられ ている。続 く 「消息」は、逆に非常にス トイ ックに、友人の五月か ら送 られてきた三通の 手紙だけで終えられ、そのまま回想語 りの

「 DoY o u

Remenber…」‑ と滑 り込むO「春暖か く花開 く

「あの目

「べテ ィブルーには、三つの記憶の断片が時間の渦を作 り出 し、語 り手の思いが静かに狂騒す る。 ここに至って、よ うや く病 める語 り手 自身に話がシフ トさ れてゆく。 「其後 その‑

「其後 その二

「椅子」では、精神科医 と対話す ることで、そ れまで封印された五月の記憶が、溶 け出す。

いったい、このように東西古今の文学 を堆積 し、哲学を語 り、時に心理学を引き合いに 出す この作品はなにを語 り出そ うとしているのか。そ こで扱われている精神 を病む者の孤 独、そ してタブー視 された女性 同士の恋愛感情 と異性間の友情 を維持 してい くことの難 し

さは、果た してなにをもた らして くれるのだろ うか。 この一冊は、語 り手の 自己治癒的な 様相 を呈 しつつ も、読む者 を暗闇に引きず り込むほど力強き苦悩の深淵 を据 え置きに し、

その苦悩 となぶ り合い、それ を我が身の一部 として受 け入れ、やがて抱擁す るにいたる。

2 頼香吟 『其後 それか ら』、INK印刻文筆、2012年0

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台湾現代文学のなかの (日本 ・文学)

も し、 この作 品は死 を見つ め、それ を生の対置 としてではな く、生の一部 として認識 す る プ ロセスを記録す るものであると捉 えて もよいのであれば、 ここで村上春樹 の 「蛍」、ひい ては 『ノル ウェイの森』 を想起 して もよいであろ う。 現 に、 この作品では語 り手の私 が、

村上の 『ノル ウェイの森』 と う作品に幾度 とな く言及 はす るものの、 ぎ りぎ りまで直接 的にその内容 に触れ るこ とを避 けるよ うな扱 いを され てい るのは、そ こに描 かれた死 との 関係性 に類似性 があったか らではないだ ろ うか。 だが、 ここです ぐに話 を村上春樹 に もっ てい くのは早急す ぎる。少 な くとも、その前 に しき りに顔 を出す太宰が ここで、 どの よ う な役割 を果た しているのか をみてお く必要がある。

仔細 に読んでい くと、 この作品では太宰 は実に多 くの こ とと重ね られ てい る。 ほ とん ど 作 品の血 と肉 となってい る太宰 を、果 た して どこか ら語れ ば よいだろ うか。 まず、太宰 に お けるその悲劇性 か ら説 き起 こすべ きだろ うか。 きっ とこれ も正 しくはないだ ろ う。 太宰 がは じめて引用 されたのは、『人間失格』で菓蔵 と堀木 が言葉遊びで始 めたゲームに出て き た言葉 である。

「汽船 と汽車はいずれ も悲劇名詞で、市電 とバスは、いずれ も喜劇名詞、なぜそ うなのか、

それのわか らぬ者は芸術を談ずるに足 らん」 3

これ に対 して、語 り手は言 う。

原文 :

這是覇倣。難道不是覇倣 ?孤濁者,束弱者,籍以依皐、籍以措持的嘱倣。這個騎倣不 等量於知識,亦無間世俗所謂優等生的形象,不過是玩著一個只有封方才可以陪著‑起玩的 遊戯,棋逢封手,放心初探彼此的直覚輿天賦。五月形容 自己像一隻食費的知識怪獣 :我僧 的求知欲可能譲我潤一輩子受苦。 4

釈 :

これは騎 りだ。腐 りではないとでも言 うのか ?孤独な者、気弱な者、この騎 りが頼 りで、

支えなのだO この騎 りは知識 を意味 しない.世間で言 う優等生のイメージとも無関係 で、

ただ自分 と互角にわた りあえる相手 としか遊べない遊戯、そ うであれば、安心 してお互い の直感 と天成の才能を探 り当てることができる。五月は、 自分のことを一頭の食欲な知識 の怪獣だ と言 った :私たちの、知‑の欲求が 自分たちを一生苦 しめることになるだろ う、

と。

「それのわか らぬ者 は芸術 を談ず るに足 らん」 と う太宰 の放言 を、 「騎 り」だ と言い、 こ

3 『太宰治全集 9』474頁。

4 『其後 それか ら』10頁。

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入 り込む ことができる。葉蔵 と堀木 との関係 に投射 した語 り手 と五月 との関係。彼 らに と って、 この嘱 りは知識 ではかれ るものではな く、また世間で言 う優 等生のイ メー ジ とも関 係 がない、ただ 自分 と互角 にわた りあ うこ とのできる相手に安心 しきって遊べ る遊戯 なの だ。『其後 それか ら』の主人公たちは こ うして、太宰 との共通点 を 自ら兄いだ したのだっ た。彼 らは、 「それのわか らぬ者 は芸術 を談ず るに足 らん と放言 した太宰のその騎 り、時 には幸福 にさえ怯 えを感 じる孤独 な弱 虫、文学 の世界 に 自分 の居場所 を兄いだ した 目蔭者 の悲哀 さえも共有 した。序章か ら登場 した太宰 は思いのほか、多 くの共感 が寄せ られ てい るのは、 このよ うな ところか らなのである。太宰の作品、そ して太宰 とい う人物が持つイ メー ジを通 して、『其後 それ か ら』 の登場人物の輪郭がにわかに鮮明な ものになる。 これ は太宰 を好んで読む五月にかぎって言 えることではない。語 り手である私、樹人、いや、

あの時代 を生 きた若者 たち、 「自己」 を探 しに永遠 の迷宮回路に迷い込んだ者 の姿は、太宰 と重ね ることでその晦渋かつ ジ レンマに満 ちた心 中を、少 しで も映 し出す ことがで きるも の と思われ る。

こ うして、八〇年代 の台湾の大学 を舞 台に、いわゆる文学青年 た ちが、社会人文科学の 知識 をむ さぼ り、哲学 をた しなんでは 「自己」 を確 立す る道 を模 索 し苦悩す る姿 を、語 り 手である私、五月、樹人三人 を通 して描 き出 してい る本作に とって、太宰の苦悩 は多少の ずれ をもつ ものの、や は りある種 の有効性 を見せ てい る。特 に、文学の創作 と関わってい る語 り手 と五月 に とって、 自己内省 的に見 える太宰の苦悩は、 もはや血族 のそれ以外 のな に もので もない。太宰 における地下活動 の無意 味性 は、作品に出てきた大学 の 「活動セ ン ター」のそれ とは異質 な ものではあるが、 しか し、多 くの学生がそ うしてい るよ うに、こ の作 品の主人公 たち も大学の 「活動セ ンター」で出会い、そ こで 自分たちの大学生活 をひ とか け ら、またひ とか け らと集積 してい くのである。過去の栄光の面影 を残す この 「活動 セ ンター」は赤門 を持 ってお り、それ がかつての帝 国の記憶、そ して海 を隔てた東大の赤 門のイ メージ と重 な ることは、あえて強調す るまで もないだ ろ う。輝 か しい過去 を象徴す る 「活動セ ンター」の赤門を押 し開け、出て行 った主人公た ちは、つ ぎの道 に歩み 出そ う とした、一人はパ リ‑、一人 は、東大だ。序章 の冒頭 に出て きた赤 門のイ メー ジは、それ に続 く章のタイ トル 、 「門」によって さらに延長 され ることにな る。小説のタイ トル か ら淑 石 、序章 における太宰 の言及及び引用、そ して赤 門か ら東大‑ の一連 のイメー ジの連想。

この よ うな 日本 との関連性 は、一方、安部公房 、三島、八〇年代 の頃、よ うや く出始 めた 村上春樹 、そ して太宰治 な どの 日本文学 の作品を好んで読む五月、また、語 り手の ことば に しき りに出て くる太宰の引用 とともに、 よ り強化 された ものになる。小説 を読み進 めて い くと、語 り手である私が台湾 の大学 を出た後 、東大 に進学す ることがわか り、 これ によ ってまたひ とつ、 日本 との距離 が縮む。 こ うしてみ る と、地縁的 にも人物的 に も、実は こ

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台湾現代文学のなかの (日本 ・文学)

の 『其後 それか ら』はかな り 「日本」を意識 した形で書かれたのだ とい うことがわか る。

「活動セ ンター」で活発 に営まれた生 にせ よ、あるいは静 かに 自己を触発 して行 く生 に せ よ、そ こが多 くの若い命 を育む始点 となってい るのは確 かである。 だが皮 肉な こ とに、

そ こで育 まれたすべての命 はみな輝 か しい未来 に向かって羽 ばたいてい くもの とはかぎ ら なかった。 た とえその未来がいかに肱 しく輝 か しい ものであるとして も、半 ば羽が折れ 、 そ こにた ど り着 くまで もな く、挫折に遭 うたび に命 を燃や し、尽 きるまで。五月 とい う人 物のイ メー ジ と重なる太宰治は、ある意味で、 「自己」を見極 めよ うと して、命 を燃や し尽 くした よ うな人ではなかったか。誠実に 自分の創作 に 自分 の生 を捧 げた太宰 の創 作態度 、 そ してそ の 自殺 までが、創作 とい う広大な海 に身 を投 げ出 した流木 た ちの、光 の塔 に さえ 見 えた。

自分 の人生 と対面 した記録 をひ とつひ とつ丹念 に、作品にその痕跡 を残 し、出 し惜 しみ な く世 の人 に残 した太宰の背 中を、五月 ははか らず も追いか けるこ ととなった、その よ う に この作 品では措 かれ てい る。手記や創作 に記 され た五月 の、 自分 が何者 で あ るか を模 索 す る記録 、女性 を愛す る自分 がなにものであるかの痕跡 、 さらに彼女 の 自死 で さえ、痛烈 なる生の メ ッセー ジ として、語 り手 に よって語 られ 、また読 まれ る こ とによって、その生 が再臨す る。 その語 り手 自身 もまた、太宰 と同 じよ うに、 自分の生 を辿 って、その記憶 を ひ とつひ とつ記録 してい くのである。

特に 「DoYouRemember."」では、東京 に留学 した語 り手は、太宰の 『東京 八景』 をな ぞ るで もな く、 自分の 「東京八景」 を書 きは じめる。 この時か ら、村上春樹 の存在 が少 し ずつではあるが、静かに膨 らんで 語 り手が この小説 のなかで 「私」 とい う人称 を使 いは じめ るの もここか らである。思えば、 この作品には 『斜 陽』『人間失格』 な どか ら、太 宰のことばが幾度 とな く、引用 されてい る。自伝 めいた雰囲気 を持つ この作 品は しか し、「私」

とい う一人称 の使用 は禁欲的なほ どに抑 え られ てい る。少 な くとも最初 の三つ の断章まで は、語 り手 自身 の ことを措いてい る時で も 「彼女」 とい う語 が使 われ 、まるでその 「私

が、忌謹 され ることばであるかのよ うに。太宰、私小説 の手法 を用い ることで高名 な この 作家 となれ合 い しつつ、「私」は回避 され る。その代わ り、用い られた代名詞 である 「彼女」、

つま り、他 人事 、あるいは距離 を開 く形で語 られ る 「過去が、 こ うして さらなる遠 く隔 たれ た過 去 として、読者 の 目に映 るO いや 、む しろそれが、語 り手が欲す る臣巨離 として映 ったので あるO 「私 と 「彼女」とを使 い分 けて、遠景化 された もの、す ぐに 目の前 にや っ てきた もの、その距離感 は しか し、読者 に実態 を把握 させ るほ ど明瞭 な もの にはなってい なかった。 なぜ な ら、それ は語 り手に所有 され た ものであ り、読者 のそれ ではなかったか らだ。

序章の 「活動セ ンター」に続 き、「門」に措 かれ た内容 は、憂密その ものであ る。 も う一 人 の主人公 、樹人 との出会いは ここで語 られ るのだが、相変わ らず三人称で淡 々 と、ま る で他人の話 を語 り出す かの よ うな 口調 に徹 して、 この物語 は終始 してい る。語 り手 と樹人 との関係 、そ して五月 との関係 が絡み合 うなか、語 り手が樹人 を拒否 し続 けた ことで、彼

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友情 か ら恋‑ と発展 し、恋人 として樹人 を受 け入れ よ うとす る 日はや って くることはなか った。 あ くまで も友情関係 を保 と うとす る語 り手の態度 を、 どの よ うに受 け止 めたかわか らないが、ある 日、樹人は 自殺 を図 り、未遂 に終わ る。その ことが二人 の間にた えず微妙 な雰 囲気 を持 ち込む。 それ で も二人 は友人 としての関係 は決 してや めない。一方、時間を かけ、 自分が同性 を愛す ることを確認 し、それ を行動 に表す ことを選択 した五月 に も、語 り手 は同 じ態度 を取 ってい る。何度 も拒否 され た五月は友人 として、時 には訪 ねて きて、

時 には姿 を消す。語 り手が友人二人 の愛 を拒否 し、そのの ち、樹人 が 自殺 を図 り、太宰 と 同 じく常 に 自死の衝動 に駆 られてい る五月 は、第六の断章 「あの 日に書かれた よ うに、

と うとう、パ リでその命 を絶つ。 二人の 自死 とい う行為 は、語 り手 に起 因 してい るもので はないにせ よ、一度 な らず、二度 まで も友人の 自殺 を経験 しなけれ ばな らなかった語 り手 は、 自分 の冷淡 な態度‑の反省 を余儀 な くさせ られ る。 もしや 、太宰 の 『人間失格』 にあ るよ うに、 自分 は 「友達」とい う立場 を倣慢 にも利用 し、二人の感情 を無視 し続 けて きた のでは、 と。 この よ うな態度 を取 り続 けた語 り手は、そ うい う自分 が、太宰が恐れ てい る 世人 となん ら違いはなかった と思 うに至 る 愛で相手 を動かす ことがで きなけれ ば、愛 し 続 けることは 自己への軽蔑、そ して恥辱 で しかない と、友人 にそ う思 わせ たのであろ うと 語 り手は考 えたo このよ うに、二人 の友人の 自死、一人は未遂に終わ り、一人は衝撃的に もその 自殺 を知 っていて ど うす るこ ともできなかった状況 においてであ るが、 この ことが 小説 『其後 それか ら』 を問題 の核 心‑ と導 く。

ここにいたって太宰の出現は、八〇年代の台湾 を生 きた若者 たちに共通 した生 きづ らさ、

苦悩、憂欝、そ して孤独 といった ものか ら、文学の創作に手 を染 める文学青年、た とえば、

五月、語 り手 自身 、樹人のその絶望 に満 ち、脆 く、純粋 な心まで も共振す る力 を持つ。 さ らに、五月の死はま るで 『人間失格』 の筋書 きにあるよ うな、 と語 り手 は言 うが、実は、

この語 り手の手記 もまた、太宰の 『人間失格』 と重なる。た とえば、手記 を綴 った狂人 (辛 記 の主人公葉蔵) の ノー トと写真 が十年後 に、ある喫茶店 のマダム (も とは京橋 のスタン ド ・バーのママ) の ところに出て きた こ と、手記 は葉蔵 が二七歳 の ときまでで終わってい ること、そ して、なにか小説 の材料 に と、 「私」の手 にその ノー トと写真 が渡 った こと、そ れが小説 になっていること、そ して太宰治 とい う作家が六月 に亡 くなった ことな どが、『其 後 それ か ら』 の断章 とも微妙 に重 なる。語 り手が語 った友人、五月はある 『手記』 を出 版 してい る。五月がな くなった時は二六であること、その時期は太宰治 と同 じく六月であ るこ と、また、五月の死後 に、その 日記や思い出のある品々が語 り手 に渡 されてい ること、

それ を語 り手が整理編集 し、出版 した こと、 さらに この作品では、五月が 自殺 したほぼ十 年後 の ことに触れ、作品のなかには 「十年前後」 とい う断章が存在 してい ることな ど、『人 間失格』 と多少 のずれ はあるものの、二つの作品にはい くつ もの共通点があるのは確 かな

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台湾現代文学のなかの (日本 ・文学)

のである。作品のなかには多 くの言及 、あるいは引用 され た文学作 品や映画が あるが、太 宰の存在 ほ ど大 きい ものはない よ うに思われ る。太宰のそれ とほぼ似 た重み を持つ作 品が あるとすれ ば、それは村上春樹 をおいてほかにない。

村上 には 「蛍」 とい う短編 がある。 そ こにはあ る友人 の死 が語 られている。友人 の死 に 直面 し、その衝撃 か ら脱 けきれ ないでいる女性 の友人 と二人 で、その死 につ いて語れず 、 まるで常 に喪 に服 しているかの よ うに、陰轡 な 日々を送 るO 主人公 の僕 は、友人 を 自殺 で な くした後 、なに ごとも深刻 に考 えない よ うに して きたが、 しか し、上手 くいった よ うに み えたそれが、 「何 か しらぼんや りとした空気 の よ うな ものが残」 り、「そ して時が経つ に つれてその空気 ははっき りと した単純 な形 を とりは じめたのだ。主人公 の僕 は、そ の形 を言葉 に置 きかえてい る :

死は生の対極 としてではなく、その一部 として存在 している。

言葉に して しま うと嫌になって しま うくらい平凡だOまった くの一般論だ。 しか し僕は その時それをことばとしてではなくひ とつの空気 として身の うちに感 じたのだ。文鎮の中 にもビリヤー ド台に並んだ四個のボールの中にも死は存在 していた。そ して我々はそれを まるで細かいち りみたいに肺の中に吸い込みなが ら生きてきたのだ。 5

「言葉 に して しま うと嫌 にな るくらい平凡だ と主人公 の僕 に一蹴 され てい るが、それ は主人公 が身の うちに感 じた もの として存在 していた ものである。掃香吟 の 『其後 それ か ら』の大 きなテーマ として掲 げ られ てい るのは、 この よ うな友人 の 自死 に直面す るひ と りの、残 された人間、 あるいは生 き残 った人間の、や りきれ ないなにかであ るよ うに思わ れ る。それ まではす ぐそ こに生 きてい る者 がある 日、突然 、いな くな る。 どこか遠 く‑節 立つので はな く、姿を消 したので もな く、ま るでその身 が千々の思いにな り代 わ り、 どこ かの風景 に、 日常のなにかに、書物のなかに潜む よ うにな り、それ がひ とたび 目につ くと 姿 を幻化 して出て くる。 「蛍」の主人公 に とって、文鎮や ビリヤー ド台に並んだボール がそ うであるよ うに、『其後 それ か ら』の語 り手 に とって、それ は五月 と一緒 に観 た映画 であ り、 ともに語 り合 った書物 で あ り、 「日本」である。思 えば、 「蛍」の友人がな くなったの は五月であるo『其後 それか ら』の友人 の名 を五月 に してい るのは、単なる偶然 だろ うかO あるいは友人 は村 上春樹 が好 きなので、意 図的 にそれ を取 り入れ たのだ ろ うか。いずれ に せ よ、村上 の 『ノル ウェイの森』が この作品においてかな り大 きな存在 であ る ことは否 め ないのである。 なぜ な ら、 この作品のなかでは 『ノル ウェイ の森』 の存在 について言及 し なが らも、それ に触れ ることがなぜか、最後 まで遅延 され続 けてい る。村上の他 の著作 に ついて も同 じである。例 えば、語 り手は 日本 の本屋 で 『国境 の南 太陽の西』 6を見か けた

5 『蛍 ・納屋 を焼 く ・その他の短編』新潮文庫、平成19、29頁。

6 『其後 それか ら』48貢。

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と どのつ ま り、五月 との関係 を しば らくの間で あ るにせ よ、凍結 してお きたか ったのでは なか ったか。や が て、それ まで読む気 にな らなか った 『ノル ウェイ の森 』 を播 いた時 は、

す で に五月 の死後 、一 九九五年十一 月三十一 日の こ とで あ る。 なぜ 、そ こまで村 上 を読む こ とを拒否 し続 けたのか。

原文 :

(略)村上春樹後索徹徹底底暢紳了,我御始終没讃 《榔威 的森林》。我在拒絶什麿 ?‑整個 時代的流行 ?還是僅僅関於C的愛情 ? (略)7

釈 :

(略)村上春樹はあれか ら徹底的に売れ っ子作家 になった、私はだけ ど結局 『ノル ウェイ の森』 を読まなかった。私はなにを拒んでいるのか ? 一つの時代の流れ を ? それ とも ただCの愛 を ? (略)

語 り手 は 『ノル ウェイ の森 』 を読 ま なか った 自分 の こ とを この よ うに推 しはか ったので あ る。 だが、 もち ろん答 えは明確 に呈示 され ない。 こ こで 出て くる村 上 の作 品 は、常 に何 か しら謎 めいてい て、 め くっては な らない秘蔵 の書 で あ るか の よ うです らあ る。 実 際 、友 人 を失 った経験 を持 つ語 り手 は果 た して 、 この 『ノル ウェイ の森 』 を読 め るのか。 私 は考 え るだ けで も恐 ろ しか った。 死 と向 き合 い 、抱擁す る永 い孤独 な道程 しか なか ったそ の作 品に、絶 望以外 の何 もので もないo『ノル ウェイ の森』の第 ‑章 を読 んで、語 り手 は思 った。

原文 :

打開従来也捜真正讃過的 《柵威 的森林》。第一章就 叫我墜落,遺忘,一分一秒的遺忘, 無法一刻之間就想起直子的腺,這次経過三秒鐘想起,下次就経過五秒鐘 才想起,然後十秒 鍾,一分鐘,像 夕陽的影子愈粒愈長,終至隠投在完全的黒暗中…...

我也合這棟忘記五月咽 ?人間短暫的分離並不可伯,即使我m随著分離的時間漸漸記不 清那個人的腺,但是,絶還有一個新的,甚至永遠不撃的腺等在前方,只要件還有機骨 ,還 願意去看他,他就在那裡,即使分離三年,五年,或是更多,多到記不清楚那人的臆,但那 個人的記憶槽案繰還是在的,即使分離,那是一種新的記憶。然而,死去是不一様的把 ?記 憶不骨再埠新,只是現有記憶不断地重複,不断地更改,甚或不断地遺忘,而遺忘是再一次 的失去……8

7 『其後 それか ら』102頁。

8 『其後 それか ら』94頁。

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台湾現代文学のなかの (日本 ・文学)

釈 :

まともに読んだことのない 『ノル ウェイの森』 を開いた。第一章か ら私を墜落 させ、忘 れ させ、一分一秒の忘却、一瞬に直子の顔 を思い出せず、今度は三秒かかった、次は五秒 を経過 してやっと思い出した、それか ら十秒、一分、夕 日の影が長引いてい くように、や がて完全に暗闇の中に.…‥

私 もこのよ うに五月の顔 を忘れて しま うのか ?しば しの別れは畏れ るに足 りない、た と え別れ る時間によってその人の顔が徐々に鹿げなものになってきた としても、 しか し、必 ず新 しい、あるいは永遠に変わ らない顔が待って くれている、機会 さえあれば、見る意思 さえあれば、そこにいてくれる、た とえ三年、五年、あるいは更に長 く別れて、別れた時 間が長過 ぎてその人の顔 をはっき りと覚えていなくても、その人の記憶ファイルは存在 し ている、た とえ別れても、それはある種の新 しい記憶。だけど、死ぬのは違 うで しょ?記 憶は刷新 され ることなく、ただ絶えず、いま所有 している記憶 を繰 り返 し刷 り込み、それ

を変更 し、あるいは絶えず忘却 してゆき、忘却 とはつま り再度の喪失……

直子 の顔 を思い出せ ない主人公 と同 じよ うに、彼女 は五月の顔 を忘れ て しま うのだ ろ う か。 死 とい うのは、 しば しの別れ とは違 って、新 たな記憶 は形成 され ない。 「ただ絶 えず、

いま所有 してい る記憶 を繰 り返 し刷 り込み、それ を変更 し、あるいは絶 えず忘却 してゆき、

忘却 とはつま り再度の喪失……」。語 り手 は喪失の痛み に引 き戻 され 、『ノル ウェイの森』

のス トー リー にではな く、そ こで語 られ る友人や恋人 の死 に よって、五月の記憶 が呼び戻 され て しまったのだ。 同 じく 『ノル ウェイの森』の第一章。肩か ら力 を抜 くよ うに とワタ ナべ が直子 に言 った場面に語 り手の 目は止 まった9。 首を振 って頑 として聞き入れ なか った 直子 の姿に、語 り手 は 目を捉 え られたのである。恋人 を失 った直子 が、恋人‑ の記憶 を固 持す る と同 じよ うに、語 り手は、五月 を忘れた くなかった。それ だけではない。『ノル ウェ イ の森』 の直子が療養所 に入 ってい るの と同 じよ うに、彼 女 は生 き残 った者 に相応 しくひ っそ りと療養所 でその余生を終 えるべ き10だ と、考 える。語 り手は、『ノル ウェイの森』 の 直子の姿に 自分 を重ねたのだ。ここまでみ ると、『其後 それ か ら』に とって、太宰治 の 『人 間失格』 は苦悩 に満 ちた青春そのもので あ り、村上春樹 の 『ノル ウェイの森』 は苦渋 な青 春 が死に よって打 ち切 られ た、その後 である。前者 は五月の、そ して後者 は語 り手の物語

として。

思 うに、軟石か ら採 った よ うにみ える 「それ か ら」 とい うことばは、 この小説 のタイ ト ル には とて もふ さわ しい ものにみ える。友人 の衝撃 的な死、ひ とこ とで言い尽 くせ ない境 遇 、そ してその死 と向き合い、 自分の生の一部 として受 け入れ るまでのすべ てを、確 かに

「それか ら」とい うことばは、痛みのある部分 に触れず に多 くの ことを語 ることがで きる。

9 『其後 それか ら』103貢。

10 『其後 それ か ら』191頁。

(10)

台湾 の現代文学 『其後 それか ら』 に 日本文学が出現 したのは、八〇年代 か ら育 まれた 翻訳文学があったか らであ る。 また、そ こで描 かれた 日本 は、 こ うした文学 とのつ なが り によって初 めて意味をなす。 タイ トル に付 され た 日本語 は、かつての 日本 ブー ム とは無関 係 に、また商業的な狙 いか ら付 け加 え られ た 「日本 とい う付加価値 ではな く、五月 との 思い出 と して、傷心の地であるはずの 日本 を表す ものをあえて表面 に出す こ とで、五月の 死 と対面す る。軟石の作品か ら採 った と思われ る 「それか ら」をタイ トル に付 けることは、

この小説 を作家 の実生活 に実際あったある出来事の補完 と してではな く、歴 とした創 作 と して位置づ けること‑ の強い主張 も込 め られ ている と思われ る。作者 と親交 があ り、 自ら も文学創 作者 として活躍す る評論家、周芥伶 はこの よ うに評 してい る :「文学 の命題 は、文 学の領域 に戻そ う」、 と。 この作品はかつての衝撃的な事件 の真相解 明 として読 まれ るべき ではな く、ひ とつの創作 として向き合 うべ きだ とい う。真撃 なが ら、的を射 た言葉である。

参照

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