共同著作物と共同訴訟
その他のタイトル Joint Work and Joinder of Parties
著者 栗田 隆
雑誌名 關西大學法學論集
巻 51
号 1
ページ 1‑25
発行年 2001‑06‑28
URL http://hdl.handle.net/10112/00023571
ー著作行為は︑多くの場合に︑ 共同著作物人間の生存にとって食料・燃料︑住宅︑衣類等の有体物が重要であることは︑昔も今も変わらない︒しかし︑それらの有体物の生産性が高まり︑市場に滋れるようになるとともに︑市場における有体物の重要性は相対的に低下し︑これとともに情報の重要性が増大する︒情報は︑さまざまに分類することができるが︑人間の思想.感情・認識を創作的に表現したものは︑著作物として保護される︒著作者には︑著作物が彼の人格の発露であることに基づき著作者人格権が認められ︵著作権法一八条以下︶︑また︑著作物の利用により経済的利益を得ることができるようにするために︑他人による利用を一定範囲で禁止する権利として︑著作権が与えられている︵ニー条以下︶︒
後者の著作物うちで︑各人の寄与を分離して個別的に利用することができないものは︑共同著作物と呼ばれる︵著作
共同
著作
物と
共同
訴訟
一人の者によりなされる︒しかし︑複数の者により共同してなされる場合も多々ある︒
は じ め に
共 同 著 作 物 と 共 同 訴 訟
栗 田隆
著作権法の関係規定
い六四条著作権法六四条は︑﹁共同著作物の著作者人格権は︑著作者全員の合意によらなければ︑行使する
ことができない﹂と規定している︒例えば︑公表するか否か︑著作者の氏名を表示するか否か︑表示するとしてどの
(1 )
ように表示するか︑著作物の内容をどのように変更するかなどは︑全員の合意をもってなすことが必要である︒
共同著作物については︑共同著作者が著作権を共有する︒共有著作権も︑共有者全員の合意によら
9 9
b
,1 ,
なければ︑行使することができない
で決することができると規定されていることと比較すると︵民法二五二条本文︶︑強い制約が課せられている︒
(2 )
的利用を確保すべき文化的所産の利用に関する事項だからであると説明されている︒敷術して言えば︑次のようにな
ろう︒有体物の利用であれば︑多数決に従い共有者の一人が使用収益した場合でも︑その者と使用収益に与れなかっ
(3 )
た者との利害の調整は︑使用収益による利得を共有者に配分するという形で比較的容易になすことができる︒これに
対し︑著作権の行使は︑著作者自身が著作物を使用するというより︑他人に著作物全体の利用を許諾し︑可能であれ 2 権法二条一項︱二号︶︒共同著作物については︑著作者人格権の行使を合理的に規律するために︑六四条︑に特別の規定が置かれている︒共同著作物の著作権は著作者が共有する︒この場合を含めて共有に係る著作権につい
著作権法と民事訴訟法の双方にかかわるので︑本論に入る前に︑簡単に双方の関係規定を説明しておこう︒ た
い︒
六五条
て︑
六五
条︑ 関法
第五一巻第一号
一体
︱一七条に特別の規定が置かれている︒本稿では︑これらの権利行使のための訴訟を考察することにし
︵六五条二項︶︒民法では︑共有物の管理について︑持分の価格に従って過半数
︱︱
七条
3
(c)
項 ︶ ︒
︱︱
七条
ばその対価を徴収するという形でなされるのが通常である︒共有著作権者の一人が他人に無償で利用を許諾してしま
うと︑他の共有者は利得の配分を要求したくても︑許諾者に現実に利得がない以上︑容易ではない︒対価が徴収され
る場合でも︑それが低すぎる場合に同様な結果となる︒そうであれば︑無償で利用を許諾するか否か︑有償で許諾す
るとして︑その対価をいくらに設定するかを含めて︑全員の合意で決定しておく方が紛争の予防になる︒
共有に係る著作物の利用について全員一致主義がとられているので︑各共有者にとって他の共有者が誰であるかは
重要な関心事である︒これに対応して︑共有持分の譲渡・質入れには︑他の共有者の同意が必要である︵六五条一
以上の規定が共同著作者人格権ならびに共有著作権の行使に関する原則規定であるが︑これらの
権利を侵害された場合に︑その侵害行為の差止めあるいは損害賠償・不当利得返還を請求をする場合まで︑全員一致
主義を貫徹すると︑迅速に救済を得ることができないので︑各共有者が単独で権利行使をすることができる(‑︱七
条︶︒次のようにも説明できる︒全員一致主義は︑各人に拒否権を与えたことを意味し︑その拒否権の実効性を担保
するためにも︑侵害行為に対して︑各人が単独で差止請求あるいは損害賠償請求をすることができるとする必要があ
(4 )
る ︒
民事訴訟法の関係規定
通常共同訴訟と必要的共同訴訟
が生ずる場合がある︒共同著作者であると主張する者が三人以上であれば︑その紛争を解決するための訴訟は︑三人
共同
著作
物と
共同
訴訟
共同著作者人格権あるいは共有著作権をめぐって共同著作者の内部で紛争
︵三
束される︒そこで︑その訴訟が複数の株主によって提起されると︑それらは判決の合一確定のために併合して審理さ れる︒これら二種類の共同訴訟は︑訴訟の目的の合一確定の必要性の点で共通し︑必要的共同訴訟と呼ばれ︑民訴四
0条の適用を受ける︒
合一確定の必要のない場合でも一定の範囲で複数の原告が共同して訴えを提起し︑あるいは複数の被告に対して訴
えを提起することが許される︒それは通常共同訴訟と呼ばれ︑三九条の適用を受け︑各共同訴訟人は独立して訴訟を と
がで
きる
が︑
とすることである︒三面訴訟ないし多面訴訟と呼ばれるものであり︑四七条の独立当事者参加訴訟がこれにあたる︒
もう︱つは︑三番目以降の当事者を原告または被告のいずれかに位置づけることである︒この場合には︑
訟において複数の原告または複数の被告が登場し︑複数の者は共同訴訟人と言われ︑その訴訟は共同訴訟と呼ばれる︒
共同訴訟は︑共同訴訟人間で判決内容が予盾しないように合一的に確定する必要があるものと︑そうでないものとに 分かれる︒前者は︑さらに二つに分かれる︒第三者が提起する婚姻取消訴訟のように︑
矛盾のない判決を下すことが要求される訴訟類型は︑固有必要的共同訴訟と呼ばれる︒これに類似するものとして︑
類似必要的共同訴訟がある︒例えば︑株主総会決議取消の訴えは︑各株主が他の株主から独立して訴えを提起するこ
一旦判決が下されると︑法律関係の画一的処理のためにその判決は対世的効力を有し︑他の株主も拘
付けの仕方には︑大きく分けて︑二つの方法がある︒ 民事訴訟法は︑
一人の原告と一人の被告とが相対立する訴訟を基本モデルとしている︒三人目以降の当事者の位置
が当事者として登場する︒ 関法第五一巻第一号
一定の者全員が当事者となり︑
︱つ
の訴
以上の者が当事者となる︒第三者が共有著作権あるいは共同著作者人格権を侵害した場合にも同様に︑三人以上の者
︱つは︑原告でも被告でもない一一一番目あるいは四番目の当事者 四
四
しいことは格別ない︒ 本稿の目的は︑共同著作物をめぐるさまざまな紛争がどの共同訴訟の類型により処理されるぺきかを検討することである︒訴訟法の領域で承認された原則を適用して︑その結果を確認することが中心となり︑訴訟法の理論として新
最初に︑誰が著作者であるかに関する訴訟を取り扱う︒ある者がある著作物の単独著作者であると主張し︑それを
争う者に対して訴えを提起する場合には︑争う者のみを被告とすればよく︑そのことは︑その被告が当該著作物を他
の者と共同で著作したと主張する場合でも同じである︒他方︑ある著作物についてある者が共同著作者の一人である
と主張して︑そのことを争う者に対して訴えを提起する場合には︑他の共同著作者をも当事者とすべきである︒また︑
誰が著作者かという問題は︑重要な問題であるので︑原告が単独著作者である旨の確認の訴えを提起しているときに︑
裁判所が請求の一部認容として︑原告と被告が共同著作者である旨の判決をすることはできない︒
共同
著作
物と
共同
訴訟
4
五
五
追行
する
︒
⑯ 参 加 命 令
債権を差し押さえた債権者が第三債務者に対して取立訴訟を提起するとき︑ほかにも差押債権者がいれば︑ 本稿との関係では︑民執法一五七条一項の訴訟参加命令も重要である︒これは︑債務者が有する
訟で決着を付けたいと思う第三債務者の申立てに基づき︑他の差押債権者にも取立訴訟に参加すべきことを命じ︑そ
れにもかかわらず参加しなかった差押債権者にも判決の効力が及ぶとするものである(‑五七条三項︶︒複数の者か
ら訴えられる虞のある被告は︑これにより多重応訴の負担から免れることができる︒
本稿の目的と結論の概要
一度
の訴
第 五 一 巻 第 一 号 次に︑侵害行為に対する損害賠償請求︑差止請求︑名誉回復措置請求について論ずる︒著作者人格権および共有著 作権に基づく差止請求権︑共有著作権に基づく損害賠償請求権は︑各権利者が単独で行使できる旨が規定されている が︑それ以外の場合︑すなわち︑著作者人格権に基づく損害賠償請求権並びに名誉回復措置請求権も単独行使に親し むとの結論を得る︒これにより相手方に多重応訴の負担が生ずる場合︵相手方が全員に勝訴しないと意味がない場 合︶には︑民執法一五七条を類推適用して︑裁判所は︑他の共同著作者人格権者に対して参加を命ずることができる︒
最後に︑共同著作物については︑共同著作者の著作者人格権が融合して︱つの抽象的な著作者人格権になるとの見 解︵単一人格権説︶を批判する︒また︑訴訟参加命令の制度の類推適用の範囲を整理し︑原則として︑被告に多重応 なお︑本論に入る前に言葉の説明を補足しておきたい︒ある者がある著作物の著作者であるということは︑法律関
係と言うより事実関係である︒この事実関係に基づき︑その者に著作者の権利として著作者人格権および著作権が原 始的に発生する︒民事訴訟法は︑法律関係に関する争いを解決する事を目的としているのであるから︑ある著作物に ついて誰が著作者人格権を有するかが問題となるのであり︑誰が著作者かは問題にならないとは言いつつも︑それで も︑紛争の実体を表す表現として︑﹁誰が著作者か﹂という表現はわかりやすい︒本稿では︑この表現を使うことに する︒もちろん︑この点に関する紛争を解決するために原告が求める判決内容︵請求の趣旨︶は︑﹁原告が別紙目録
(5 )
記載の著作物について著作者人格権を有することを確認する﹂である︒以下では︑これを著作者人格権確認請求とい 5
補 足
訴の負担が生ずる場合に限り類推適用されると説く︒ 関法六六
ある
︒ 992 `ー︑
の確認の訴えを提起しようとする場合 うことにする︒共同著作物については︑﹁共同著作者人格権確認請求﹂となる︒ある著作物についてAとBとが共同
著作者であるとの主張は︑﹁ある著作物についてAとBとが共同著作者人格権を有することを確認する﹂との判決を
求める請求となる︒ただ︑論述の都合で︑﹁ある著作物について︑
A.B
が共同著作者である旨の確認の訴え﹂とい
う表現も用いることにする︒誤解の生じやすい表現であるが︑ご容赦いただきたい︒なお諸般の事情により文献・判
例の引用が不十分であるが︑この点もご海容を賜りたい︒
で考えることにしたい︒さまざまな場合が考えられる︒多少煩雑とはなるが︑主要な場合を順次取り上げていくこと
が
A.B
の共同著作物であると主張する場合には︑BはAに対して共同著作者人格権確認請求の訴えを提起できる
︵利害関係人は二人だけであるので︑共同訴訟にならない︶︒
Aが単独で著作したと考えている著作物について
B.C
がA.B.Cの共同著作物であると主張して︑その旨
きで
ある
︒
BとCが別々に訴訟をして︑例えば︑BはA
に勝
訴し
たが
︑
Cは敗訴すると︑法律関係が混乱するからで
共同
著作
物と
共同
訴訟
(A)
にし
よう
︒
七
七
この
場合
には
︑
A.B.C全員が当事者になる固有必要的共同訴訟とすべ 単独著作者であると主張する者が被告である場合 ある著作物の著作者が誰であるかをめぐる紛争は︑
誰が著作者であるかに関する訴訟
Aが単独で著作したと考えている著作物についてB ︱︱四条の対象外である︒その訴訟をどのように扱うかを以下
第五一巻第一号
Cが自分も共同著作者の一人であると主張するが︑訴えの提起に同調しない場合にはどうすべきであろうか︒
B.
Cの共同訴訟追行を厳格に要求すると︑Bの救済が図られない︒B
は ︑
A.Cを被告にして︑確認の訴えを提起する
ことができるとすべきである︒法律関係を三者間で合一的に確定する必要があり︑そのためには︑全員が当事者にな
れば足り︑原告になるか被告になるかは重要ではないからある︒
なお
︑
Cを被告にすることについては︑若干の違和感があるかもしれないが︑境界確定訴訟において一方の土地が
共有地である場合に︑共有者の一部の者が提起しようとする訴えに他の者が同調しない場合に︑同調しない者を被告
︵第二次的被告︶として訴えを提起することが許されている︵最判平成︱一年︱一月九日・民集五三巻八号一四ニ︱
( 6)
頁︶︒この法理を何処まで拡張することができるかは確かに問題であるが︑この場合にも拡張してよいであろう︒
確認の訴えを提起しようとするが︑Cが自己は共同著作者ではないと主張する場合はどうであろうか︒この場合にB Aが単独で著作したと考えている著作物について︑BがA.B・Cの共同著作物であると主張して︑その旨の
がCを被告にして訴えることに意味があるかが問題になるが︑次の理由により肯定してよい︒り著作者人格権は放棄
することのできない権利であり︵著作権法五九条︶︑後になってCが共同著作者の一人であることあるいは単独著作
者であることを主張すると︑法律関係が混乱する︒Cが前言を翻して自分も共同著作者の一人であると主張すること
が信義則に反して許されないという場合は︑もちろんあろう︒しかし︑前言が法律の誤解に基づくものであった場合
などには︑前言を翻すことが直ちに信義則違反とはいえないであろう︒また︑著作者人格権が放棄できない権利とさ
れている以上︑信義則に反するとの評価をすることには慎重であるべきである︒⑱著作者は︑著作物について権利を
有するのみならず︑同時に︑名誉毀損やプライバシー侵害の場合には︑著作者として責任も負う︒誰と共に責任を負
関法
八 八
藤井正雄裁判官の補足意見参照︶︒
九
︵ 九
うかは︑共同著作者にとって重要な問題である︒現実には︑そのような責任が常に顕在化するわけではないが︑危険
性としては存在するのであるから︑BがCを被告の一人として訴えを提起する利益は認めてよい︒
もち
ろん
︑
Bは ︑
Cの﹁自分は共同著作者ではない﹂との言明を信頼して︑当該著作物がA.Bの共同著作物であ
ると考えるようになれば︑BはAのみを被告にして︑その旨の確認の訴えを提起することもできる︒
ここで︑請求の一部認容の問題を考えてみよう︒ある著作物について︑AとBとが互いに単独著作者であると
一方が他方に対して著作者人格権確認請求の訴えを提起した場合に︑裁判所は︑当該著作物は
A.B
の共
同
著作
物で
あり
︑ A.B
がともに共同著作者人格権を有する旨の判決をすることができるであろうか︒
有体物の所有権を巡る紛争に関しては︑最判平成九年三月一四日・判夕九三七号一0四頁が︑所有権確認請求訴訟
において請求棄却の判決が確定したときは︑原告が同訴訟の事実審の口頭弁論終結の時点において目的物の所有権を 有していない旨の判断につき既判力が生じ︑原告が右時点以前に生じた所有権の一部たる共有持分の取得原因事実を 後の訴訟において主張することは︑右確定判決の既判力により遮断されるとしている︒したがって︑単独所有権の確 認請求に対して共有持分しか認められない場合には︑共有持分を有する旨の一部認容判決をすることが原則となる︒
但し︑共有持分権は︑所有権等の割合的一部ではあるけれども︑共有物の利用管理等については︑単一の所有権等と は異なる種々の制約があり︑単純な分量的一部とはいえない﹂ので︑単独所有権の確認請求に対して共有持分権の限
度で請求を認容する場合には︑原告の意思を確認すべきである︵最判平成九年七月一七日・判夕九五0号︱一三頁の
しかし︑著作者人格権は︑これと同列に扱うわけにはいかない︒著作物は人格の発露であり︑当該著作物がある者
共同
著作
物と
共同
訴訟
主張
し︑ (4)
第 五 一 巻 第 一 号
の単独著作物であるか︑それとも他の者との共同著作物であるかは︑訴訟物の相違をもたらすほどに重要な差異であ
ると考えるべきであろう︒したがって︑裁判所は︑当該著作物が
A.B
の共同著作物であると判断する場合には︑原
告の単独著作物である旨の請求を棄却すべきであり︑その判決の既判力は︑後訴において︑
A.B
の共同著作物であ
る旨の確認請求を妨げないとすべきである︵もちろん原告は︑
A.B
が共同著作者である旨の確認請求を予備的に追
以上のことは︑著作者人格権のみならず︑著者権法六五条を考慮すれば︑著作権についても妥当すると考えてよい︒
とりわけ︑共有著作権の発生原因が共同で著作したことにある場合には︑共同著作者人格権と共有著作権の帰属を同
5
訟を
提起
し︑
Bは
A.B
が共同著作者であり︑C
は ︑ A.C
が共同著作者であると主張して︑いずれの請求も認容さ 次に判決の効力の問題を考えてみよう︒Aが単独で著作したと考えている著作物ついて︑BとCとが別々に訴
そのような矛盾した判決が生じないように︑補助参加の制度や独立当事者参加の制度があり︑後から訴えを提起し
ようとする者は︑先に係属している訴訟に適当な方法で参加すべきである︒しかし︑今は︑その参加がなされないま
ま︑前記のような判決が確定したとする︒この場合には︑その著作物を出版しようとする者は︑誰を著作者として表
示すべきかに迷う︒この問題を解決する訴訟が必要であり︑その訴訟においては︑何よりもBとCとを当事者にする
必要がある︒その訴訟で︑例えば︑
A.B
が著作者であると判断されれば︑
A.C
間での判決にかかわらず︑C
は ︑
Aに対しても著作者の一人であることを主張できないとしなければならない︒この関係がある以上︑
B.C
間の訴訟 れた場合には︑どのように処理すべきであろうか︒ じにしておく必要があるからである︒ 加して︑全面敗訴を免れることができる︶︒
関法
10
(10
これを通常共同訴訟とすると︑判決が区々になった場合に面倒な問題が生ずる︒例えば︑第一審でCの請求を認容
する判決が下され︑これに対してAのみが控訴するとともに︑当該著作物についてA.Bが共同著作者としての権利
を有する旨の確認の反訴が提起され︑控訴審では︑原判決が取り消されてC
の請
求が
棄却
され
︑
Aの請求が認容され
て確
定し
た場
合に
は︑
C.A
間では
A.B
が著
作者
であ
り︑
Cは著作者ではないことが確定し︑
C.B
間ではC
が著
作者であるということが確定し︑法律関係の矛盾が三者間で生ずる︒出版社は︑誰と契約をして︑誰の著作物として
出版すべきかに迷い︑結局当該著作物が利用できない状態に置かれよう︒
この問題を考える上で︑共有著作権の持分の譲渡には他の共有者の同意が必要であるとする著作権法六五条一項の
規定は参考になる︒この規定の趣旨を尊重すれば︑
C.B
間で
︑
Cが著作者と確定されても︑その効果はA
に及
ばず
︑
Aは
なお
︑ A.B
が共同著作者と主張することができ︑そして︑そのことがA.C
間で
確定
され
ると
︑
Bもそのこと
をCに対して主張できるとすべきである︒つまり︑Cは︑共同著作者と主張する者全員との訴訟に勝訴しなければ︑
自己の著作者としての地位を安定させることができないとすべきである︒このような場合を︑﹁全員に対する勝訴が
必要な場合﹂と呼ぶことにしよう︒これは︑法律関係の部分的処分を否定したことから生ずる結果である︒
共同
著作
物と
共同
訴訟
同訴訟とすべきか︑それとも必要的共同訴訟とすべきか︒
(
‑
︱ )
⑱単独著作者であると主張する者が原告である場合
A.B
が共同名義で公表した著作物について︑Cが自己 にAも加え︑三者間の三面訴訟とするのがよいであろう︒Aとしては︑自分の共同著作者が誰であるかについて関心
を抱かない場合もあろうが︑その場合には︑彼は︑訴訟手続から離脱することが認められてよい︒
の単独著作物であるとして︑AとBを共同被告にして著作者人格権確認請求の訴えを提起する場合に︑これは通常共
第五一巻第一号
~
このことを前提にして︑この類型の訴訟を固有必要的共同訴訟とすべきかが問題となる︒固有必要的共同訴訟とす
るこ
とは
︑
Cの主張を争わない者がいても︑その者を被告に加えなければならないということを意味し︑また︑共同
訴訟人の一人が死亡すれば︑手続は中断されることになるというデメリットがある︒固有必要的共同訴訟としない場 合には︑判決が区々に確定し︑法律関係が混乱する可能性があるが︑しかし︑当面の問題については︑前述の﹁全員 に対する勝訴が必要な場合﹂に当たるとすることにより︑おおむね解決されよう︒これを前提にした上で︑この類型
通常共同訴訟とすると︑例えば︑日AとC
との
間で
︑
Cが紛争解決金を支払うのと引換に︑Cのみが著作者である
ことをAが認める旨の訴訟上の和解が成立したが︑他方︑Bとの間ではCの請求を棄却する判決が出た場合に︑どう
なるかが問題となる︒著作者の地位については︑前述の﹁全員に対する勝訴が必要な場合﹂に該当することには変わ りはない︒その結果︑訴訟上の和解が外部的要因により目的を達成することができなくなったのであるから︑和解は
効力
を失
い︑
Cは紛争解決金の返還を請求できるとする余地はある︒むしろ︑その趣旨の条件付の解決金の支払いで
あることを和解条項の中で明示しておくべきであろう︒⑱AとC
との
間で
︑
Cのみが著作者であることをA
が認
め︑
損害賠償金を支払う旨の訴訟上の和解が成立していた場合も︑著作者の地位ついては︑やはり﹁全員に対する勝訴が 必要な場合﹂に該当する︒他方︑損害賠償金については︑﹁全員に対する勝訴が必要な場合﹂に直接該当するわけで
はないが︑和解の趣旨としては︑B勝訴の場合には賠償金は支払わなくてもよいという趣旨と理解するのがすなおで
あろうか︒いずれにせよ︑この点も和解条項の中で明確にしておくべきである︒
Cが著作者人格権確認請求と共に︑著作者人格権侵害を理由とする損害賠償請求も併合し︑Aが敗訴した後でBが の訴訟は通常共同訴訟としてよいと思われる︒ 関法
ー 勝訴したときには︑損害賠償請求権についても﹁全員に対する勝訴が必要な場合﹂に該当すると考えてよいかが問題となる︒この処理は︑直接には︑誰が著作者であるかの問題に混乱が生じないようにするために設けられたものであり︑損害賠償義務の存否を巡る問題には直接の適用はないとしてよいであろう︒もっとも︑過去の出版部数のみならず将来の出版部数に応じて一定金額を支払えといった形の請求が認容された場合には︑CがBとの訴訟に敗けて著作
者でないことが確定した後でも︑CがなおAに対して賠償金を請求できるとすることは︑著作物の利用を阻害するこ
とになるので︑その時点
(B
との訴訟でCが著作者でないことが確定した時点︶以降は︑賠償金請求権は消滅すると
( 7)
すべきであろう︒また︑そうした重要な不確定要素がある以上︑将来の賠償請求は︑この場合には許されないとして
(8 )
おく
方が
よい
︒
以上をまとめて言えば︑ある著作物について︑自己が単独の著作者であると主張する者Xは︑その主張を争う者の
みを被告にして訴えを提起すれば足りる。当該著作物について、複数の者(Yi•YZ•Yg等)を著作者として表示する
複製物が発行されている場合でも︑Xの主張を現在争っているのが
のY i
みで
あれ
ば︑
のみを被告にして著作者の権Y I
利を確認する訴訟を提起すれば足りる︒Xの主張を複数の者が争う場合には︑可能な限り同一の訴訟手続で審理すべ
( 9)
きであるが︑しかし︑判決効の拡張がないので︑類似必要的共同訴訟にはならない︒
著作権法︱︱四条の適用を受ける紛争
共有著作権の侵害を理由とする損害賠償請求権
︒この場合には︑損害賠償請求権は不可分債権ではなく︑
今 ︑
とAA t
が共
同著
作者
で︑
Tが侵害者であるとしよう
共同著作物と共同訴訟
︵一
三︶
各共有者は︑全体の損害額と自己の持分割合との積に相当する金額を請求することができる︵︱‑七条一項︶︒権利 行使を容易にするために︑分割債権としたのであるから︑当然︑各共同著作者が単独で当事者適格を有し︑共同訴訟
となった場合でも︑通常共同訴訟となる︒
が提起した訴訟では︑侵害行為は認められないとの理由で請求が棄却されたのに対し︑A l
の提起した訴訟では侵A z
害行為が認められ︑賠償が命じられる場合もありうる︒これも︑個別紛争解決の原則が予想する範囲内のことであり︑
法律関係が特に混乱するわけではなく︑
がA l
の判決を援用して改めて賠償請求することはできない︒従って︑A z
Tか
ら見
ると
︑
第五一巻第一号
一人に敗訴する場合と全員に敗訴する場合とで︑失う利益の大きさに差異があり︑負けた訴訟の数に応じ て失う利益が定まる︒これを︑﹁一人に敗訴すると部分的損失が生ずる場合﹂と呼んでおくことにしよう︒これは︑
訴訟の目的たる法律関係が可分的なものとされたことから生ずる結果である︒
の訴訟とんの訴訟とが併合審理されない場合︵別訴で提起された場合︑あるいは︑A l
A l の訴訟終了後にんの訴訟が
提起された場合︶に︑
が全体の損害額は一A l
0
0万円︑持分は半分であるとして賠償請求し︑五0
万円
認容
され
たが
︑
は全体の損害額は二A z
0
0万円︑持分は半分であるとして請求し︑これも認容されることもありうる︒これにより特
に法律関係が混乱するわけではなく︑各人の自由な権利行使︑訴訟追行の結果として承認される︵民訴法︱一五条一
項参
照︶
︒
とAの主張する全体の損害額は等しA i
‑v
lO
万円であっても︑各自の持分について︑O
A i は八割︑んも八割と主張
し︑被告であるT
の防御がまずければ︑いずれの請求も認容される可能性がある︒こうした事態を避けるために︑
T
は︑訴訟が同時に係属する場合には弁論の併合を求め︑また︑同時に係属していない場合には︑持分割合について矛
関法
一 四
︵一
四
2共同著作者人格権に基づく差止請求訴訟
一 五
︵一
五︶
盾した判断がなされないように︑最初に提起された訴訟の原告となっていない共同著作者に訴訟告知をしておくこと
が望ましい。民訴法五三条•四六条により生ずる参加的効力として、被告知者は、前訴の原告の持分割合を争うこと
( 10 )
ができず︑自己の持分はその残余に限定されるという拘束力を受ける︒
議論を単純にするために︑共同著作者人格権が侵害されたことを理由に侵害者に対して差止めを請求する場合につ
いて述べよう︒この場合にも︑各共同著作者は単独で訴えを提起することができる︒共有物の保存行為は各共有者が
単独ですることができることに相当する︵民法二五二条但書参照︶
0A
lとんが共同著作者であるとして︑
が最初にA l
差止訴訟を提起したが棄却され︑その後に
が差止請求の訴えを提起した場合に︑A z
A l に対する判決の既判力はんに及
ばず︑んの請求が認容されることはありうる︒その判決の執行により︑
は︑反射的に利益を受けることになるが︑A l
侵害者T
は ︑
に対する勝訴判決A l
( A l
の請求を棄却する判決︶を援用して︑
が受ける反射的利益は不当利得であるA i
( 11 )
と主張することはできない︒T
から
見る
と︑
重に訴えられる危険性を負い︑全ての訴えに勝たないと全てを失うことになるになるので︑﹁全員に対する勝訴が必
要な場合﹂の︱つである︒このような負担を負うTの負担を軽減するために︑民執法一五七条を類推適用して︑
にA z
訴訟参加を命ずることを申し立てる権利をTに認めるべきである︒それが無理であるならば︑
けたいと思うT
のた
めに
︑
Tがんに対して差止請求権不存在確認の訴えを提起して︑弁論の併合を求めた場合に︑そ
( 12 )
れをできる限り認めるべきである︒
共同
著作
物と
共同
訴訟
一人に敗訴すると全員に敗訴したのと同じ結果になる︒侵害者T
は︑
ニ
一度の訴訟で決着を付
第五一巻第一号
とA i
とが共同して訴える場合に︑訴え提起の手数料の計算の基礎となる﹁訴訟の目的の価額﹂の算定に際して︑A z
訴えで主張する利益を共通と見て︑民訴法九条一項但書きを適用すべきかが問題となる︒最決平成︱二年一0
月一
三
日・判時一七三一号三頁は︑い︿共同原告がその訴えで主張する利益が共通であると認められる場合には合算が不要
となり︑共同原告が何名であっても全員で一名分の手数料のみを負担すればよい﹀としつつも︑⑯︿林地開発行為に
より自己の水利権︑人格権︑不動産所有権等が害されるおそれがあることを主張して︑開発区域周辺の複数の住民が
開発許可処分の取消しを求める訴えを提起した場合には︑訴えにより主張する利益は全員に共通であるとはいえない
から︑訴訟の目的の価額は各原告の主張する利益によって算定される額の合算額とすべきである﹀とした︒この事件
では︑各原告が開発行為により侵害されると主張する権利が︑水利権であったり︑人格権であったり︑不動産所有権
などさまざまであったため︑⑯の判旨になったのであろう︒全員が等しく人格権を主張した場合にどのように判断さ
れるかは微妙であるが︑各人が別個独立の人格権を有することを理由に︑やはり同じ判断がなされる可能性もある︒
では︑当面する問題の場合はどうであろうか︒前掲最決の事件において侵害されるのは︑周辺住民という以上には格
別のつながりのない各人の人格的利益である︒これに対して︑当面する問題の場合に侵害されているのは︑
同著作物について共同著作者が有する人格的利益︑すなわち共同著作者人格権である︒この共同著作者人格権を単一
( 1 3 )
の著作者人格権とみる立場に立てばもちろんのこと︑共同著作者各人の人格的利益が一っの著作物の中に複合されて
いるにすぎず︑侵害されるのは各人の人格権であると考える立場に立っても︑それらの関連性の強さを考慮すれば︑
訴えで主張する利益は共通していると考えてよいであろう︒ 関法
一 六
︵一
六︶
︱つ
の共
(2)
一 七
︵一
七
共同著作者人格権の侵害を理由とする損害賠償請求訴訟および名誉回復措置請求
①単一人格説および共同行使の原則共同著作者人格権について︑加一戸守行氏は︑﹁共同著作物における著作
者の人格といいましても︑共同執筆者が三人ならば一二個の人格が著作物の中に混然融合しているわけで︑あくまでも 著作物における著作者の人格は一っと観念すべきものであり﹂︵単一人格説︶︑そうだとすれば︑﹁侵害行為の停止・
予防を目的とする差止請求はともかくとして︑著作者人格の対外的意思表示とも考えられる損害賠償請求とか名誉回 復等措置請求については︑原則として共同著作者全員によることが必要であ﹂るとする︵共同行使説︶︒単独行使を
許した場合の問題点として︑﹁例えば︑損害賠償請求における精神的損害額についてA
は二
0 0万
円だ
と思
い︑
Bは
10 0万
円だ
と思
い︑
Cは︑二0万円だと思う場合に︑個別的に請求権が行使されたのでは︑裁判所も判断に困る﹂
であろうし︑﹁名誉回復等措置請求においても︑例えばAが謝罪広告によることを主張し︑Bが訂正措置によること
を主張することも考えられますし︑また︑同じ謝罪広告にしても︑その文章表現について共同著作者三人なら三人が
( 15 )
それぞれ異なる文案を要求するようになっても困﹂るとする︒そして︑以上のことを考慮して︑著作者人格権の侵害 を理由とする損害賠償請求権あるいは名誉回復等措置請求権は全員の合意により行使すべきものと規定することも考 えられるが︑共同著作者の一人が侵害者である場合には︑その侵害者を除いた全員の合意で足りるし︑また︑共同著 作者の一名の氏名が削除された場合には︑全員一致によらなければ名誉回復等措置請求ができないとするまでの必要 はなく︑さまざまな例外が生じうるので︑明文の規定を置くことはやめ︑個々の事件に応じた解決を裁判所に委ねる
( 16 )
ことにしたと述べる︒ 3
単独行使説
( 17 )
加戸守行氏の右の見解に対しては︑田村善之教授らから強い異論が出されている︒すなわち︑
共同著作物と共同訴訟
場合と同様に︑個別的権利行使を認める方がよい︒
第五一巻第一号 謝罪広告の点については︑そもそもそれを認めるのが問題であり︑各人ができるのは訂正広告の請求であり︑これで あれば事件が別々に係属したために判決がばらばらに下されたとしても︑処理に窮するわけではなく︑各債権者のう ちだれかの文案の訂正広告が最初に執行されたとすると︑場合によっては損害が回復し二番手以降の執行が認められ
( 18 )
なくなることがありうるにすぎないとする︒損害賠償請求についても︑各人が受けた精神的損害の賠償を請求すれば
足りるとする︒
第三者が共同著作者全員の氏名をまったく表示することなく 共同著作物を公衆に提供または提示した場合に︑単一人格説に従うと︑単一の人格権が侵害されたのであるから︑そ れに対する慰謝料額が算定され︑その上でそれを共同著作者間で分配すべきことになろう︒しかし︑各著作者の受け る人格的損害ないし精神的損害はそれぞれ異なり︑損害回復に必要な慰謝料額も異なってよいはずである︒それを無 理に︱つの人格にまとめる必要があるとは思えない︒著作権侵害の場合の損害賠償請求の場合にも︑前述のように各 共同著作者に単独の権利行使が許されており︑その結果︑全体の損害額は個々の訴訟ごとに認定されるのであり︑そ の結果不統一が生ずることはやむを得ないとされている︒そのことを考慮すると︑各著作者の人格との結びつきが強 い人格権侵害を理由とする損害額は︑各共同著作者ごとに異なって審理・判断されてよいと思われる︒そうだとすれ ば︑その権利行使のための訴訟も︑共同でする必要はなく︑権利行使をできるだけ容易にするために︑著作権侵害の なお︑たとえ共同行使説をとっても︑共同著作者の一人が共同著作物を自己の単独名義で公衆に提供または提示し
(a) (3)
損害賠償請求権の共同行使の要否について 私見 関法
可能な限り単独の権利行使を認めるのが適当と思われる︒
一八
︵一
八
名誉回復措置請求 合意︵六四条︶に加わえる必要がないことは︑すでに承認されている︒
b
,1 ,
一 九
︵一
九︶
たことを理由に︑その者に対して他の共同著作者が損害賠償請求する場合には︑侵害行為をした共同著作者を提訴の
裁判所が謝罪広告を命ずることが許されるか否かについては︑議論はあるが︑
定しておこう︵最判昭和︱︳二年七月四日・民集一0巻七号七八五頁︶︒謝罪広告を求める請求権は︑本来一身専属性
の強い権利であり︑被害者各自が行使するか否かを決定すべきである︒共同著作者人格権が侵害された場合も︑この
各人の意思決定の自由は尊重すべきであり︑その点からすれば︑共同行使説より単独行使説のほうが妥当と思われる︒
各人が請求できる謝罪内容は︑個々の事件により異なろうが︑基本的には︑原告となって請求している各共同著作者
に謝罪の意を表する広告を請求する権利と考えるべきである︒例えば︑共同著作者
A t とんのうちで︑んはすでに侵害
者と裁判外の和解により紛争を解決しているが︑
は侵害者の提示する和解内容に満足せず︑謝罪広告を求めて訴えA l
を提起した場合には︑
が求めることができる謝罪広告はA l
に謝罪する意思の広告である︒謝罪する至った経緯の説A l
明の中で他の共同著作者の存在にも言及しなければならない場合もあろうが︑その場合に︑
の氏名を表示するかそA z
れとも︑﹁他一名﹂と記すだけにするかは︑事案に応じて適切に対処すればよいことであろう︒
とはいえ︑もともと︱つの共同著作物についてなされた侵害行為から生ずる名誉回復措置請求であり︑共同著作者
が共同して請求権を行使することに親しみ︑共同して行使されれば︑全員に対して︱つの謝罪広告ですんだものであ
る︒各権利者の権利行使の自由を尊重して個別的権利行使を認めるとしても︑やはり侵害者と主張されている者の負
担軽減措置はとるべきであろう︒例えば︑
が謝罪広告を訴求した後でさらにA l
も謝罪広告を別途訴求し︑いずれもA z
認容され︑執行されると︑被告たる侵害者の負担が重くなる︒民執法一五七条を類推適用して︑被告は︑原告に加
共同
著作
物と
共同
訴訟
一応
肯
一種の比喩的説明であり︑その当否を争うことにそれほど意味がある
わけではないが︑それでも︑こうした比喩的説明は法律関係をイメージする上で有用であり︑検討に値しよう︒
単一人格説の出発点は︑﹁二人以上の者が共同して創作した著作物であって︑その各人の寄与を分離して個別的に
利用することができないもの﹂という共同著作物の定義にあると思われる︒利用の分離不能が人格的利益の分離不能
となり︑単一の人格を擬制することになるのであろう︒しかし︑著作物が人格の発露であり︑利用上分離不能である
としても︑著作物は著作者から離れた客観的存在であり︑その共同著作者自身も互いに独立の人格であることには変
わりはない︒各共同著作者は分離して攻撃され︑独立して人格的利益を侵害されうる︒典型的には︑共同著作者の一
部の者の氏名を著作者として表示しない場合に︑人格的利益を直接に侵害されたのは︑氏名を表示されなかった共同
著作者である︒もちろん他の共同著作者がその共同著作者と連名で氏名を表示されることに誇りを感じている場合も 共同行使説が前提にしている単一人格説は︑ 1単一人格説の批判とそれに代わる複合人格説 最後に若干の補足的説明をしておきたい︒
四 お わ り に
はなく︑別訴の禁止となる︒
関法
第五一巻第一号
わっていない&に対して訴訟参加を命ずることを裁判所に申し立てることができるとすべきであろう︒判決効の拡張
は予定されていないので︑この訴訟は通常共同訴訟である︒参加命令に従わなかったことの効力は︑判決効の拡張で 二0
︵二
0)
的利益は︑他から区別可能であるが︑ あろうが︑その場合でも侵害の程度は異なろう︒また︑公表の時期を巡って共同著作者間に意見の対立がある場合に
一方の共同著作者にとっては公表権侵害になることも︑他方にとっては公表権侵害にならないことがある︒その
ような場合に︑共同著作者人格権を単一に擬制すると︑具体的な人間から離れた抽象的な人格権侵害を議論すること
になる︒法は︑人間が幸福になるために存在するのであるから︑法が取り扱う人格はできるだけ生きている人間︑す
なわち個々の人間に近い方がよい︒共同著作者人格権が侵害された場合には︑単一なものに擬制された抽象的人格権
の保護を目標とするよりも︑個々の共同著作者の人格的利益の保護を目標にする方が妥当な解決が得られよう︒
この視点から単一人格説に代わる比喩的説明をすれば︑次のようになろう︵加戸守行氏が単一人格説の反対説とし
て想定していた見解を敷術したにすぎないことは言うまでもない︶︒共同著作物について各共同著作者が有する人格
︱つの紐で結び付けられた形で存在し︑その結びつきは︑公表︑氏名の表示等
については全員の合意によらなければならないほどに強く︑しかし︑各人の人格利益に対する侵害に対しては︑各人
が他の共同著作者の同意を得ることなく自己の判断で防衛することができる程度には緩やかである︒この見方を複合
人格説と呼ぶことにしよう︒もちろん︑複合人格説の前述の説明は︑共同著作者各人の権利行使の自由を単一人格説
よりは広く認めようという程度の帰結が出るだけである︒種々の具体的問題は︑各共同著作者の権利行使の自由の尊
重のみならず︑個別に権利行使がなされた場合に相手方に生ずる負担︑矛盾した判決が確定した場合に法律関係が混
乱する可能性の有無︑混乱するとしてその度合等を考慮して解決すべきである︒
共同
著作
物と
共同
訴訟
ま ︑ . ︐
︵ ニ
︱ )
3 あると考えておきたい︒ 物の著作者は︑共同著作者人格権を代表して行使する者を定めることができる﹂と規定している︒実質は代理であるが︑利益を共通する関係にあるので︑特に代表の語が使用されたと考えてよいであろう︒この代表者は︑実体法上の行為について代理権を有するが︑民訴法五四条一項の法令による訴訟代理人になるわけではない︒彼は︑民訴法三〇
問題は︑代表者を定めた時点で︑具体的な訴訟を離れて︑共同著作者人格権にかかわる訴訟一般について選定行為
があり︑それが訴訟法上も有効であると考えてよいかである︒それが許されるとすれば︑共同著作者人格権の一体的
行使の可能性が格段に高まる︒しかし︑民訴法三0条の解釈としては︑具体的な訴訟について選定行為をなすべきで
( 19 )
あると解されている︒迷うところであるが︑確定判決により権利関係が確定されるという重要性に鑑みれば︑迅速性
よりも確実性を重視すべきであり︑著作権法六四条三項の代表者も︑個別訴訟ごとに選定当事者に選定される必要が
民執法一五七条の類推適用
本稿では︑幾つかの箇所で民執法一五七条の類推適用を説いた︒それを整理しておこう︒民執法一五七条の訴訟参
加制度は︑多重応訴の負担を負う虞のある被告の負担を軽減するために︑すでに係属中の訴訟に将来原告となりうる
者を参加させ︑命令に従わなかった場合に︑判決の効力を拡張する制度である︒どの範囲で類推適用を認めるのかが 条の選定当事者になることが期待されている︒ 2
共同著作者人格権の一体的な行使が広範囲な事項について可能になるように︑著作権法六四条三項は︑﹁共同著作 六四条三項の代表者と選定当事者 関法
第 五 一 巻 第 一 号
︵二
ニ︶