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(1)

手形の文言性と権利外観理論

その他のタイトル Die Skripturrechtlichkeit des Wechsels und der Rechtsscheinschutz im Wechselrecht

著者 福瀧 博之

雑誌名 關西大學法學論集

巻 45

号 5

ページ 1152‑1200

発行年 1995‑12‑10

URL http://hdl.handle.net/10112/00024578

(2)

‑ I一手形の文言性と権利外観理論

2

手形の文言性と権利外観理論

まとめに代えて

一︑手形は文言証券であり︑手形は文言性を有するといわれる︒文言証券とは︑﹁署名者の義務の範囲が証券の記

( l )  

載によって定まる証券﹂をいう︒﹁債務者が証券の文言通りの債務を負担する﹂証券である︒

文言性は︑手形法における種々の問題との関係において議論されている︒たとえば︑ 手形の文言性と権利外観理論

(

いわゆる手形外観解釈の原則

(3)

論されることがある︒

︵手形行為は︑法定の方式を形式的に具備してさえいれば︑記載が真実に合致していなくても︑その効力を妨げられ

ない︶︑手形客観解釈の原則︵手形行為の解釈は︑手形記載の文言にもとづいて行なうべきであり︑手形外の事実に

( 2 )  

もとづいて行為者の意思を推測して記載を補充変更して解釈することは許されない︶︑手形変造前の署名者および変

( 3)

4

)

5

) 

造後の署名者の責任︵手六九条︶︑手形行為独立の原則︵手七条︶︑人的抗弁の制限︵手一七条︶などとの関係におい

て︑あるいは︑これらの制度の根拠として︑あるいは︑これらの制度と密接な関係を有するものとして︑文言性が議

しかし︑これらの制度は︑いずれも一応︑文言性という概念とは離れて︑それぞれ確立した制度であるともいえる

のであって︑文言性という概念の主たる効用は︑むしろ有価証券の各種の問題に関する知識を統一的・体系的に整序

( 6 )  

するのに役立つことに求められるべきであるともいえるであろう︒

二︑文言性は︑右のような意味において重要な概念であるが︑他方︑多義的で︑その根拠と用語法において︑きわ

( 7)  

めて不透明であると評されている︒

たとえば︑①右においては︑﹁手形の文言性﹂という表現を用いているが︑これは︑手形︵手形証券︶の属性を示

すものである︒しかし︑この他に﹁手形債務の文言性﹂であるとか︑﹁手形行為の文言性﹂というような表現も用い

( 8)  

られており︑文言性が︑何に関する属性を表現することばとして用いられているのかは曖昧である︒次に︑②文言性

の説明にあたっては︑﹁署名者の義務の範囲が証券の記載によって定まる﹂とか﹁債務者は証券の記載︵文言︶通り

の債務を負担する﹂とされるのが一般的であるが︑このことばを︑手形行為の効力の有無に関しても用いることがで

( 9)  

きるのか︑それとも︑手形行為が有効に成立していることを前提にして︑その債務の内容に関してのみ用いるべきな

(4)

第四五巻第五号

( 1 0 )  

のか︑に関しても議論がある︒後者としても︑ここにいう債務の内容には︑債務者が誰かという問題とか︑債権者は

( 1 1 )  

誰かという問題をふくむのかどうか︑ということも争われている︒いわば文言性の属性︵内容︶にも争いがあるので

ある︒さらには︑③やはり︑文言性の内容に関する問題であるが︑ここに﹁債務者は証券の記載通りの債務を負担す

る﹂とは︑﹁証券に記載されている文言によって法律関係が決まる﹂ということか︵いわゆる証券の記載の積極的作

用︶︑それとも︑あるいは︑それだけではなくて﹁証券に記載されていない事実は法律関係に影響を及ぽさない﹂と

︵いわゆる証券の記載の消極的作用︶も︑文言性の内容と理解するのか︑ということも必ずしも明確ではないうこと

( 1 2

い︒また︑④右の文言性の内容にも関連するが︑このことばを用いるべき場面の相違がある︒ある者は︑すでに手形 )  

( 1 3 )  

授受の直接の当事者の間においても︑この語を用いるが︑他の者は︑もっばら手形債務者と第三取得者との間におい

( 1 4 )  

てのみ用いている︒この意味においても︑文言性は多義的である︒また︑⑤文言性の法理論的な根拠に関する説明に

関しても争いがある︒多くは︑手形行為が要式の書面行為であり︑手形行為は手形上の記載をもって意思表示の内容

( 1 5 )

1 6 )

 

とするものであることが理由とされるが︑人的抗弁の制限の制度をその根拠として挙げるものもある︒

三︑このような文言性をめぐる状況に鑑みると︑文言性に関する考察にあたっては︑

義性を考慮した考察を避けられないとともに︑他方では︑文言性と関連があるとされている手形法上の具体的な種々

の制度との関係にも配慮しなければならない︒さらに︑この後者との関係においては︑手形理論とか手形裏書の法律

構成といった問題との関係も視野に入れなければならないであろう︒しかし︑ここでは︑そのような考察を試みる準

備に欠ける︒以下においては︑差し当たり︑次に取り上げるような一︑二の問題点に︑ある視点ー手形法における

( 1 7 )  

権利外観理論という視点ーから多少の考察を加え︑今後の文言性の検討の手掛かりとしたい︒

一方では︑少なくともその多

(5)

手形の文言性と権利外観理論

(1

)

竹田省﹁証券の文言性の限界﹂商法の理論と解釈︵有斐閣昭和一二四年︶四八四頁以下所収︑四八四頁︒さらに︑岩本

慧・商法m︵手形法小切手法︶︵法律文化社昭和四一年︶七頁︑菱田政宏・手形小切手法︵中央経済社昭和六一年︶一六頁、大隅健一郎•新版手形法・小切手法(有斐閣一九八九年)二

0

頁、二七頁、鈴木竹雄・手形法・小切手法(有斐閣

昭和三二年︶︱‑七頁参照︒なお︑本文の説明は債権証券を前提にする︒より一般的には︑有価証券たる文言証券とは︑﹁証

券に表章された権利の内容・範囲が証券上の記載により決定される証券﹂をいう︵鈴木・前掲書ニー頁︶︒また︑旧商法︵明

治三二年法律第四八号︶四三五条には︑﹁手形二署名シタル者ハ其手形上ノ文言二従ヒテ責任ヲ負フ﹂との規定があった︒

(2

)

たとえば︑鈴木・前掲書︱一八頁以下参照︒なお︑この鈴木竹雄・手形法・小切手法︵有斐閣昭和三二年︶は︑最近︑

新版が出版された︒鈴木竹雄・前田庸・手形法・小切手法︹新版︺︵有斐閣平成四年︶である︒ただ︑新版は︑﹁基本的

には︑原文をそのまま維持し︑新しい判例・学説は注記する﹂という方法で旧版を補訂したものである︒以下においては︑

必要に応じて︑鈴木・前掲書︹旧版︺または鈴木・前掲書︹新版︺として引用する︒ただし︑新版において補充・変更された部分の引用にあたっては、鈴木•前田・前掲書と表記する。(3)たとえば、鈴木•前掲書〔旧版〕一六九頁

11

〔新版〕一七五頁参照。

(4

)

たとえば︑大隅・前掲書二八頁︒

(5

)

たとえば︑大隅・前掲書二

0

(6

)

上柳克郎﹁手形の文言性﹂会社法・手形法論集︵有斐閣昭和五五年︶三四四頁以下所収︑三六一頁註2参照︒

(7

)

高窪利一﹁いわゆる文言証券性の法的意義とその妥当領域﹂企業社会と法︵升本喜兵衛先生追悼論文集︶︵学陽書房一

九八七年︶二

0

一頁以下所収︑二

0

(8

)

一般には︑これらのことばは︑ほぽ同義であると説明されるが︑私見の立場からは︵後述︑﹁三手形の文言性と権利外

2手形の文言性と権利外観理論︑②手形の文言性に関する二元的構成﹂参照︶︑このような相違も軽視できない︒なお、上柳•前掲三四六頁註2参照。(9)大隅•前掲書二八頁が手形行為独立の原則との関係で文言性に言及するのは、このような見解を前提とするものであろう。上柳•前掲一_一五三頁註

3

参照。(10)上柳•前掲三六一頁参照。

(6)

一︑文言性ないし文言証券ということばは︑以上のように多義的であるが︑ある有力な見解

( l )  

︵上柳克郎﹁手形の文言性﹂︶によれば︑わが国においては︑このことばは︑事実上︑次のような二つの意味におい

て用いられているとされている︒すなわち︑①﹁人的抗弁の切断と同意義﹂に用いられる場合と︑②﹁手形行為は証

( 1 )  

文言性の用語法

とから始めたい︒

第四五巻第五号

( 1 1 )

前田庸・手形法・小切手法入門︵有斐閣昭和五八年︶九二頁および前田

講義商法

1 1

︵有斐閣一九九五年︶八六頁以下所収︑九

0

(12)上柳•前掲三六一頁註

l

および三六

0

頁註

7

、註

8

参照。

( 1 3 )

( 1 4 )

伊澤孝平・手形法・小切手法︵有斐閣昭和二四年︶五七頁︒

( 1 5 )

たとえば︑鈴木・前掲書︹旧版︺︱‑八頁

1 1

( 1 6 )

竹田・前掲四八五頁以下は︑﹁書面上の意思表示により署名者の文言責任が発生﹂するとしながらも︑文言性の﹁成法上 の根拠﹂は抗弁制限法則に求めている︒竹田・前掲四八五頁参照︒なお︑大隅・前掲害二

0(17)文言性に関する古典的研究ともいうべきものとして、たとえば、竹田・前掲論文、上柳•前掲論文などがある。また、最近の研究としては、高窪•前掲論文および前田・前掲論文などがあり、きわめて示唆に富むが、本稿は、独自の問題意識か

ら多少の考察を加えようとするものである︒

文言性の意義と根拠

文言性をめぐる議論は︑手形法学の取り上げる問題のなかでも︑上述のようにきわめて不透明な問題の一であると

いえよう︒ここでは︑先ず︑従来の一︑二のいわば古典的文献に現われたところを本稿の関心に従って再検討するこ 庸「手形の文言証券性」竹内昭夫絹•特別

0

(7)

券の記載を内容とする意思表示によって構成せられる法律行為であり︑したがって手形行為者は証券の文言通りの債

( 2 )  

務を負担することを意味する﹂とされる場合とである︒

の用語法による文言性は︑手形行為が手形上の記載のみから成立する要式の書面行為であることからす

いわば当然のことである︒﹁手形行為が書面を通じてなされる意思表示であるため︑手形行為者は書面上に記

載された手形上の効果を欲して手形行為をなしたものと認められ︑従って書面上の記載が手形行為者の意思表示の内

( 3)  

容をなしていること﹂になるのである︒

これに対して︑前者の文言性︵①︶は︑人的抗弁の制限と同意義に用いられるものであり︑たとえば︑﹁文言証券

とは︑証券の善意の取得者は其の証券の記載文言によって証券上の権利を取得すると共に︑債務者は証券に記載せら

( 4)  

れて居ない事項を以て抗弁となし得ない効力を有する証券のことである﹂とするものである︒もっとも︑この説明も

また︑﹁手形は︑文言証券であって︑証券上の権利の内容︑範囲は︱つに証券の記載文言に依って定まる﹂とするの

で︑その限りでは︑後者の文言性︵②︶の理解にも似ているが︑この説明においては︑併せて︑﹁なほ文言証券性は

( 5)  

善意者との間に於いてのみ問題となる﹂とされている︒これは後者︵②︶の文言性が︑当然︑手形授受の直接の当事

( 6 )  

者の間および手形行為者と悪意者との関係においても認められると解されているのと対照的である︒

二︑このような︑二つの方向の文言性の用語法のあることは︑なるほど︑現在では︑わが国の多くの学説の認める

( 7 )  

ところであると考えられる︒しかし︑右にみた限りにおいては︑二つの用語法の関連は必ずしも明らかではない︒①

の用語法においては︑﹁人的抗弁の制限﹂と同義とされ︑②においては︑﹁手形行為の書面行為性︵手形行為は証券の

記載を内容とする意思表示によって構成される法律行為であること︶﹂に言及されている︒この二つの問題は︑それ

(8)

第四五巻第五号

はないかと考える︒同じ文言性ということばが︑

文言性の実質的根拠

ぞれ︑わが国の手形法制度における重要な問題ではあるとしても︑両者は︑その法律構成の次元を相当異にするので

一体なぜ︑論者によっては︑このように相異なる場面において用い

仮に︑このように考えてよいとすると︑むしろ問題とすべきは︑このようなその語の用いられる場面を異にす

1

文言性という用語法の対立がなぜ生ずるのか︑という問題であろう︒これは︑文言性の実質的根拠の問題︵な

ぜ︑債務者は証券の文言通りの債務を負担しなければならないのか︶に繋がる問題ではないかと考える︒

一︑このような関係において注目すべきは︑文言性の用語法を分析した右の見解が︑

ーすでにこの点に着目して︑

1

手形の文言性の具体的事例とされている諸問題を﹁手形行為者が手形に記載され

た通りの債務を負担しなければならないとせられることの実質的根拠の差異に着眼して﹂﹁二つの類型に大別﹂して

( 8 )  

検討を加えていることである︒

ここに二つの類型とは︑い﹁手形行為者が証券の記載を内容とする意思表示をしたからには︑善意の第三者である

手形譲受人の保護をとくに重視する理論によらなくても︑手形行為者に証券に記載された通りの債務を負担させるの

が当然であると解せられる場合﹂と閲﹁証券の記載を信頼して手形を譲り受けた者に︑証券に記載された通りの権利

の行使を認めるのが適当であるという考え方にもとづいて︑手形行為者は証券に記載された通りの債務を負担すべき

であると解せられる場合﹂とである︒そして︑いの類型の場合には︑手形所持人が手形授受の直接の相手方であるか︑

第三取得者であるか︵また︑第三取得者が善意であるか悪意であるか︶によって差異を生じないが︑固の類型の場合

には︑手形所持人が手形授受︵または手形外の特約︶

( 2 )  

られるのであろうか︒ 関法

の直接の相手方であるか︑または悪意の手形取得者であるとき

(9)

( 9)  

は︑このような所持人を保護する必要はないから手形債務者は︑人的抗弁を主張することを認められるとされている︒

すなわち︑いの類型においては︑文言性の根拠は︑﹁手形行為者が証券の記載を内容とする意思表示をした﹂ことに

求められており︑佃の類型においては︑それは﹁証券の記載を信頼して手形を譲り受けた手形譲受人の保護﹂に求め

二︑ここにいういの類型の例としては︑たとえば︑手形の変造があった場合に︑変造後の署名者は変造された文言

に従って責任を負い︑変造前の署名者は原文言に従って責任を負う場合︵手六九条︶などが挙げられており︑これは︑

法︵前述②の用語法︶ 文言性の用語法との関係でいえば︑文言性を手形行為︵要式の書面行為である法律行為︶

( 1 0 )  

の場合であることが指摘されている︒ の効果として説明する用語

固の類型に関しては︑先ず︑

1

この問題を議論する前提として︑

1

手形譲受人︵手形取得者︶を保護するため

の法律構成︵手形債務者が︑手形授受または手形外の特約の直接の相手方に対しては手形の支払を拒絶できる場合に︑

証券の記載を信頼して手形を譲受けた者に証券に記載された通りの権利の行使を認めるための法律構成︶には︑大き

く分けて二つの方法があることが強調されている︒その一は︑直接の相手方は権利を有しないが︑第三取得者は権利

を有すると構成する方法︵相対主義的法律構成︶であり︑その二は︑直接の相手方も権利を有するとしたうえ︑しか

し︑債務者は直接の相手方に対しては抗弁を有するからその支払の請求は拒むことができるが︑これに対して手形譲

( 1 1 )  

受人に対してはそのような抗弁を有しないと構成する方法︵画一主義的法律構成︶である︒右の見解は︑このことを

指摘して︑そのいずれの法律構成をするかによって︑文言性の用語法も変わってくるとする︒

( 1 2 )  

画一主義的法律構成による場合の⑯の類型の文言性の具体的事例としては︑﹁手形客観解釈の原則﹂︑﹁無因性﹂︑

(10)

第四五巻第五号

﹁手形に記載された事項に関する特約は手形上の権利関係そのものを変更せず︑人的抗弁にすぎないこと﹂などが挙

げられている︒この場合の文言性の用語法は︑文言性を手形行為︵要式の書面行為である法律行為︶

明する用語法︵前述②の用語法︶に当たるとされている︒画一主義的法律構成をとる場合には︑手形行為者と人的抗

弁の対抗を受ける手形所持人との間においても前述②の用語法の文言性の事例と解することのできる場合が少なくな

いというのである︒他方︑相対主義的法律構成をとる場合には︑人的関係の当事者および悪意の手形譲受人との関係

では︑手形行為︵要式の書面行為である法律行為︶ の効果として説

の効果としての文言性︵前述②の用語法︶は認められず︑善意の

手形譲受人との関係において︑前述①の用語法の文言性︵人的抗弁の制限と同意義の文言性︶が認められるだけであ

( 1 3 )  

るとされている︒

︳二︑なお︑この見解のいう佃の類型の場合には︑証券の記載を信頼して手形を譲受けた者を保護するという要請に

手形文言性の根拠が求められているが︑ここで注意すべきは︑ここにいう固の類型︵証券の記載を信頼した者を保護

するという要請を根拠として説明される文言性の類型︶とされるものは︑私見によれば︑少なくとも次のような二つ

のケースをふくむものと解されるということである︒第一のケースは︑

1

右の見解にいう相対主義的法律構成をと

る場合にみられるように︑ー│'﹁証券の記載によって証券上の法律関係が定まる︵証券の記載の積極的作用︶﹂ので︑

それを信頼して手形を譲受けた者を保護するという考え方︵いわゆる権利外観理論により権利が成立する場合がその

典型例であろう︶により手形取得者が保護されるような場合である︒第二のケースは︑

1

画一主義的法律構成によ

る場合の具体例として挙げられているように︑

1

たとえば︑証券に記載された事項︵満期・支払場所など︶を変更

する手形外の特約は手形上の権利関係を変更するものではなく︑人的抗弁事由にすぎないとされるような場合である︒

(

0 )

(11)

えることができるであろう︒すなわち︑

(

注意すべきは︑第二のケースにおいては︑第一のケースの場合とは違って︑文言性が︑﹁証券に記載されていない事

実は︑証券上の法律関係そのものに影響を及ぽさない

( 1 4 )  

文言性と手形抗弁の制限の制度 ︵証券の記載の消極的作用︶﹂という意味で用いられているこ

一︑右にいう⑯の類型の文言性は︑証券の記載を信頼して手形を譲受けた者

を保護する要請にもとづくものであり︑したがって︑手形債務者が手形に記載された通りの債務を負担するといって

も︑手形債務者は︑悪意の手形取得者に対しては人的抗弁を主張することが認められている︒これは︑私見によれば︑

( 1 5 )  

の問題である︒手形譲受人を保護するための法基本的には︑手形法にいう広義の人的抗弁︵相対的効力のある抗弁︶

律構成に関する画一主義的法律構成か相対主義的法律構成かという議論は︑人的抗弁の制限という制度︵広義︶の法

( 1 6 )  

律構成の問題であるといってもよいであろう︒

( l )  

これによれば︑右に取り上げた見解においては︑文言性と手形抗弁の制限の制度との関係は︑これを次のように捉

一方では︑文言性を人的抗弁の制限と同意義に用いる見解がある︵文言性の

用語法①︶と同時に︑他方では︑文言性が広義の人的抗弁の制限の必要によって根拠付けられることもあるのである

( 1 7 )  

二︑この関係で興味深いのは︑かつて︑ある見解︵竹田﹁証券の文言性の限界﹂︶が手形の文言性の法文上︵成法

上︶の根拠を検討して︑﹁証券の文言的効力の根拠は︑これを抗弁制限法則に求むべきである﹂と説いていることで

( 1 8 )  

ある︒すなわち︑この見解によれば︑証券の文言的効力︵文言性︶は︑その﹁成法上の根拠﹂を抗弁制限の規定︵手

一七条︑七七条一項一号︑民四七二条など参照︶に求めることができる︒手形の文言性は﹁証券に記載のない事項は

(12)

第 四 五 巻 第 五 号

善意の手形取得者に対抗し得ないことから認め得る﹂というのであり︑抗弁制限の規定︵または︑抗弁制限法則︶

認められる場合には︑﹁債務者は証券の記載文言に拘束され︑証書に記載のない所謂人的抗弁は︑善意の取得者に対

し主張するを得ないことになる﹂というのである︒この見地からすると︑抗弁制限の反面が証券の文言的効力であり︑

( 1 9 )  

また︑﹁かかる証券にありては︑第三者は証券の文言に信頼しうる﹂と説明されている︒

しかし︑この見解は︑同時に︑成法上の根拠はともかく︑﹁つきつめて考えれば︑抗弁制限法則は︑文言的効力の

存在を前提︹と︺するにすぎないのであって︑この法則自体が文言的効力を定めたものだとすることは正しくない﹂と

して︑結局︑文言的効力は︑﹁取得者の何人たるかに関係のない証券そのものの効力﹂であり︑﹁証券上の署名行為は

( 2 0 )  

証券の記載を内容とする意思表示であり︑その故に︑署名者は文言通りの義務を負ふことになる﹂と結論付けている︒

︱︱‑︑文言性と手形抗弁の制限の制度との関係はどのように理解すべきであろうか︒右の見解が︑﹁証券の文言的効

カの︹成法上・法文上の︺根拠は︑これを抗弁制限法則に求むべきである﹂としていることの趣旨が問題であるが︑

これを素直に捉えれば︑﹁①手形行為︵意思表示︶の効果としての文言性︵前述②の用語法︶

の前提となっており︑その意味で︑意思表示の効果としての文言性が抗弁の制限の制度の根拠であるが︑この文言性

に関しては︑現行法上︑手形法には規定がない︒しかし︑②抗弁の制限の制度には規定があるから︑法文上は︑抗弁

の制限の規定が文言性の根拠である﹂という意味であろう︒

右のような主張は︑成り立つであろうか︒﹁文言性が抗弁の制限の前提となっているかどうか︵右の①の命題︶﹂が

すでに問題である︒また︑仮に︑これが妥当するとしても︑当然に抗弁の制限から文言性︵﹁手形債務者の債務は手

形記載の通りである﹂ということ︶が言えるであろうか︒人的抗弁の制限に関する規定があるということは文言性の

二 六

は︑抗弁の制限の制度 (

(13)

いるかどうか︵右の①の命題︶ということである︒ 四︑このように考えてよいとすると︑結局︑問題とすべきは︑手形行為︵意思表示︶

上の記載が手形行為者の意思表示の内容となっているという意味の文言性︶から抗弁の制限が導き出せるかどうか︑

文言性によって︑抗弁の制限を根拠付けることができるか︑ということであり︑文言性が抗弁の制限の前提となって

この問題との関係において︑手形の裏書の性質に関して︑通説である債権譲渡説︵債権承継説︶をとる以上︑手形

の効果としての文言性から抗弁の制限を導き出すことはできないことを次のように説く見解がある︒

﹁︹このような意味の︺文言証券性は︑手形債務者がいわゆる人的関係︵手一七条︶

対抗することを妨げないものである︒そして︑債権譲渡の一般原則によれば︑譲受人はこのような人的抗弁によって

制約された債権をその同一性が維持されたままで譲り受けるのであるから︑債務者は譲渡人に対抗できた抗弁を譲受

( 2 1 )  

人にも対抗できるはずである﹂︒したがって︑人的抗弁の制限は︑手形行為が記載文言を意思表示の内容とする法律

行為であることからだけでは説明できないというのである︒この見解に従いたいと考える︒

もちろん︑裏書の法的性質に関していわゆる原始取得説をとれば︑法律行為︵意思表示︶の効果としての文言性を

( 2 2 )  

根拠に抗弁の制限の制度を説明することは可能であろう︒また︑裏書の性質を債権譲渡と解する見解を前提として︑

て理解すべきものではないかとも考えられる︒

根拠になるのであろうか︵右の②の命題︶︒もっとも︑この第二の命題︵②︶は︑必ずしも︑厳密な意味で︑人的抗

弁の制限に関する規定が文言性の根拠になるという趣旨ではなく︑あるいは︑文言性を根拠として導かれる抗弁の制

限に関する規定がある以上︑当然︑その前提として文言性も認められていると解すべきである︑といった意味におい

の効果としての文言性︵証券

の相手方に対し︑人的抗弁を

(14)

ものであるかどうかは疑問である︒

第 四 五 巻 第 五 号

抗弁の制限を権利外観理論で説明する場合にも︑その帰責事由︵手形署名者が権利の外観を作り出したこと︶として︑

手形署名者の手形行為︵あるいは︑手形証券の作成・記載︶を捉えるならば︑手形行為︵手形証券の作成・記載︶が

帰責原因になっているという意味で︑手形行為の効果としての文言性が抗弁の制限の根拠︵前提︶となっているとい

( 2 3 )  

うことはできるであろう︒私見は︑この後者の意味においてのみ︑手形行為︵意思表示︶の効果としての文言性が抗

弁の制限の前提となっているといってよいと考える︒

( 1 7 )  

五︑ここで取り上げている見解は︑抗弁の制限から手形行為の効果としての文言性︵手形債務者の債務は︑手形記

載の通りである︶を導き出す論理として︑﹁債務者は証券の記載文言に拘束され︑証書に記載のない所謂人的抗弁は︑

善意の取得者に対し主張するを得ないことになる﹂ことを指摘する︒なるほど︑﹁抗弁制限の反面﹂として︑﹁証券に

記載されていない事実が証券上の法律関係そのものに影響を及ぼさない﹂ことは確かであり︑抗弁の制限からいわゆ

る﹁証券の記載の消極的作用としての文言性﹂は導き出せるかも知れない︒しかし︑この消極的な意味の文言性が︑

手形行為︵意思表示︶

なるほど︑手形行為︵意思表示︶

の積極的作用としての文言性︶が認められる場合には︑その結果として︑手形債務者は︑証券に記載のない事項を

もって︑手形の譲受人︵第三取得者︶に対抗することはできないことになる︵その限りにおいて︑証券に記載のない

事実が証券上の法律関係に影響を及ぼさないことになるという意味において︑証券の記載の消極的作用としての文言

( 2 4 )  

性が認められる︶という趣旨の説明が行なわれることはある︒そのようにいえるのであれば︑その限りでは︑証券の

関法

の効果としての文言性︵証券の記載の積極的作用としての文言性︶

の効果としての文言性︵法律関係が証券の記載によって決まるという証券の記載

ニ 八

の存在を窺わせるに充分な

ハ 四 ︶

( ‑ ︱ ' ‑

(15)

(

消極的作用としての文言性は︑証券の積極的作用としての文言性を前提とするものであるということになる︒

しかし︑私見によれば︑証券の積極的作用としての文言性から当然に消極的作用としての文言性がいえるのではな

く︑いわゆる消極的作用としての文言性︵﹁証券に記載されていない事実は︑証券上の法律関係そのものに影響を及

ぽさない﹂︶は︑たとえば︑権利外観理論のような別の根拠で生ずるにすぎないものであると考えるべきである︒な

ぜならば︑すでに右において述べたように︑文言性︵手形行為の効果としての文言性︶は︑直接の当事者間において

は︑当然に﹁証券の記載文言が債務者の債務の内容は︹を︺決定する﹂という効果は伴うが︑しかし︑﹁証券に記載さ

れていない事実が証券上の法律関係そのものに影響を及ぼさない﹂という効果を伴うものではないと考えるからであ

る︒前述のように︑﹁︹手形行為の効果としての︺文言証券性は︑手形債務者がいわゆる人的関係︵手一七条︶の相手

方に対し︑人的抗弁︵証券に記載のない事項である︶を対抗することを妨げないもの﹂なのであり︑その意味におい

( 2 4 a )  

て︑﹁証券に記載されていない事実が証券上の法律関係そのものに影響を及ぽす﹂のである︒そして︑このことは︑

債権譲渡たる裏書が行なわれた場合の被裏書人と署名者︵債務者︶との間においても基本的には同じである︵被裏書

人は︑自己と署名者の間に直接の抗弁があれば︑﹁手形に記載されていなくても﹂その対抗を受けるはずである︶︒

また︑このように裏書を債権譲渡と捉える場合には︑被裏書人は︑債権譲渡によって裏書人の有していた権利を同

一方では︑その権利内容は︑基本的には︑債務者が記載した文言の通りであるが︑し

かし︑他方では︑被裏書人は裏書人の地位を承継するから︑債務者の裏書人に対する抗弁も承継するはずである︒た

だ︑その抗弁は︑抗弁の制限により切断されるから︑手形債務者は裏書人に対する抗弁をもって被裏書人には対抗す

ることはできないのである︒手形抗弁の制限の結果として︑被裏書人は︑債務者の裏書人に対する抗弁の対抗を受け 一性を失わずに承継するから︑

(16)

2 1 

ることはなく︑その限りでは︑証券に記載されていない事実は手形上の法律関係に影響を与えないことになる︒しか

し︑これは︑証券の記載が手形行為者の意思表示の内容となっているという意味の文言性から必然的に出てくること

( 2 5 )  

ではなく︑たとえば︑権利外観理論のような別の法理に拠って初めて説明することができるものなのである︒

( 1 7 )  

これを要するに︑右の見解が手形抗弁の制限と文言性の関係に関して説くところは︑手形の文言性は︑手形行為の

効果として認められるものであり︑手形抗弁の制限の制度は︑この文言性を一種の前提として

れるものであるという趣旨において理解すべきであり︑また︑この限りにおいて︑これを支持すべきであると考える︒

上柳克郎﹁手形の文言性﹂会社法・手形法論集︵有斐閣上柳•前掲三四七頁。

従来︑ドイツにおいても︑文言性に関するこのような二つの方向の理解のあることは知られていた︒たとえば︑

U l m e r , D a s   R e c h t   d e r   W e r t p a p i e r e ,   1 9 3 8 ,   S .

  57 

f .  

は︑文言責任と人的抗弁の排除の概念

( d i e B e g r i f f e   s c h r i f t r e c h t l i c h e   H a f t u n g n   u d  

EinwendungsausschluB)を峻別すべきことを説いている。上柳•前掲三四五頁以下参照。わが国においては、上柳•前掲三四七頁以下が、このことを明確に指摘するとともに、さらに、この二つの用語法の関連

1

各種の問題︵たとえば︑手形理論とか裏書など︶についてどのような法律構成をとるかによって

は、ー~両者が必ずしも排斥しあわないと考える余地のあることをも併せて指摘している。上柳•前掲三四九頁参照。

(3

)

鈴木竹雄・手形法・小切手法︵有斐閣昭和三二年︶︱‑八頁︒

なお︑本稿︑一︑註

(2

)

(4

)

伊澤孝平・手形法・小切手法︵有斐閣昭和二四年︶五五頁以下︒(5)伊澤•前掲書五七頁。(6)大隅健一郎・新版手形法・小切手法(有斐閣一九八九年)二七頁、上柳•前掲三五六頁、竹田・後掲四八六頁など参照。

もっとも︑竹田・後掲四八五頁は︑﹁文言的効力︹文言性︺は︑証券の記載への信頼の保護であり︑従て直接当事者間並

に悪意の第三者に対しては︑斯る効力を認むべき実際的利益は殆ど存在しないといってよい﹂とも述べている︒

第四五巻第五号

︵右︑四参照︶認めら

(17)

手形の文言性と権利外観理論

︵ 学 陽 害 房

(7

)

高窪利一﹁いわゆる文言証券性の法的意義とその妥当領域﹂企業社会と法︵升本喜兵衛先生追悼論文集︶

九八七年︶二

0

一頁以下所収︑二

0

(8

)

上柳・前掲三五0

(9

)

上柳・前掲三五

0

(10)上柳•前掲―――五一頁。なお、さらに、手形外観解釈の原則、手形行為独立の原則、手形法六五条二項などにも言及されて

( 1 1 )

したがって︑手形授受︵または手形外の特約︶の直接の相手方も︑手形の譲受人も手形上の権利を有することになるが︑

手形の譲受人の裏書による手形上の権利の取得を承継取得︵債権譲渡︶と捉えるか︑原始取得と解するかによって︑さらに

議論が分かれる︒また︑この場合︑手形債務者は︑直接の相手方に対しては抗弁を有するが︑手形譲受人に対しては抗弁を

有しないことになるのであり︑これをどう説明するかに関しても議論は分かれている︒

( 1 2 )

ここで無因性に言及されているのは︑竹田省・手形法・小切手法︵有斐閣昭和三

0

年︶七頁が︑無因性を説明して︑

それは︑﹁法律に直接の規定があるわけではないが︑一方に於て手形に於ける支払の委託若くは約束は単純なるを要し︵手

‑2︑七五

2)

︑原因に関係せしめることが許されないと同時に︑他方に於て手形の文言性の故に︑手形上の権利の内容は

専ら手形の記載により定まる結果として︑手形上の権利は必然的に無因たらざるを得ないのである﹂とするのと同様の意味においてである。上柳•前掲――一五九頁註

6

参照。なお、右においては、支払の約束または支払の委託の単純性と文言証券性

︵文言性︶によって無因性が説明されているが︑これに対して︑鈴木︹旧版︺二三頁註一七

11

[新版︺二四頁註一七におい

ては︑逆に︑無因証券︵無因性︶から文言性が導き出されている︒﹁無因証券に表章される権利が実質関係上の権利自体で

はなく︑証券の作成により創造された権利である以上︑このような権利の内容・範囲は当然証券の記載により決定されざる

をえないから︑無因証券であって文言証券でないものを考えることはできない﹂というのである︒

なお︑手形行為の無因性に関する見解は区々であり︑無因性ということばの意味に関してさえも争いがある︒拙稿﹁手形

行為とその原因関係﹂竹内昭夫編・特別講義商法

I I

︵有斐閣一九九五︶︱‑七頁以下所収参照︒(13)上柳•前掲三五六頁。なお、これは、たとえば、ドイツ新抗弁理論にいう「有効性の抗弁」のような場合を考えているの

ではないかと考える︵本稿三︑1︑註

( 1 8 )

(18)

上柳•前掲三五六頁、三五九頁註

7

、および一二六一頁註

1

参照。

なお︑このように第一のケースと第二のケースに分類するのは︑右に引用した見解の私見による理解であり︑右に引用し

た文献自体がそのような分類をしているのでも︑そのような表現を用いているものでもない︒(15)上柳•前掲三五七頁註

4

は、いわゆる人的抗弁(広義)には、「権利の存在を認めながらその行使を阻止する可能性の意

味における抗弁﹂と︑﹁権利の不存在の主張﹂という意味の抗弁とがありうることを指摘している︒これは︑最近のいわゆ

る新抗弁理論にいう﹁人的抗弁﹂と﹁有効性の抗弁﹂という分類にほぽ対応するものではないかと考える︒もっとも︑上柳•前掲三五六頁が、佃の類型の場合を、すべて広義の人的抗弁の問題に解消していると見るのは正確でないであろう。たとえば、上柳•前掲三五六頁、三五七頁註

7

においては、いわゆる手形客観解釈の原則が、固の類型の問題として取り上げ

られているが︑この場合には︑手形客観解釈の原則は︑﹁手形の記載を信頼して手形を譲受けた譲受人を保護する必要があ

ること﹂との関係において捉えられているのである︒この見解においては︑手形客観解釈の原則のような問題も﹁手形譲受

人の保護﹂という要請から捉えることのできる限りでは︑⑯の類型の問題として位置付けられているが︑このような問題

︵手形客観解釈の原則︶を抗弁の制限との関係において取扱うことは︑必ずしも一般的ではないであろうからである︒

( 1 6 )

本文における画一主義的法律構成の説明のように︑抗弁ということばを﹁権利の存在を認めながらその行使を阻止する可

能性の意味における抗弁﹂と理解するのであれば︑抗弁の制限は︑もっばら画一主義的法律構成をする場合に問題となる︒

しかし︑本文にいう相対主義的法律構成との関係において問題とされることの多い﹁権利の不存在の主張﹂をも抗弁と呼ぶ

のが普通である︒たとえば︑ーー・いわゆる新抗弁理論のように︑

1

権利外観理論を根拠に権利の成立・存在を認めるので

あれば︑これは︑右の﹁権利の不存在の主張﹂という意味の抗弁の﹁抗弁の制限﹂を意味することになる︒本文に抗弁の制

限というのは︑この両者をふくむ広い意味においてである︒

( 1 7 )

竹田省﹁証券の文言性の限界﹂商法の理論と解釈︵有斐閣昭和︳︱‑四年︶四八四頁以下所収︒

( 1 8 ) 竹田・前掲四八五頁︑竹田省・手形法・小切手法︵有斐閣昭和三

0

( 1 9 )

竹田・前掲書六頁および竹田・前掲四八五頁︒

( 2 0 )

竹田・前掲四八五頁以下︒証券そのものの効力であるから︑﹁記名証券についてもこれを認めるのが正当で﹂あるとする︒(21)上柳•前掲三四八頁。

( 1 4  

関法

第四五巻第五号

(19)

手形の文言性と権利外観理論

一 六

九 ︶

(22)上柳•前掲三四七頁。なお、後註(25)参照。(23)上柳•前掲三四九頁参照。なお、本稿=l

2

、②、二、固⑤参照。(24)上柳•前掲三五六頁において、文言性の「第二の用語法」による「第二類型」(本稿では、それぞれ、②の用語法および

固の類型として引用している︶とされる場合の一部本稿二︑②︑三にいう第二のケースの場合││'は︑このような見解

によるものではないかと考える。なお、上柳•前掲三五七頁註

5

参照。

(2

4a

)

このような法律構成に対して︑手形抗弁の問題を手形上の権利の問題とは切り離して理解する見解もある︒抗弁は︑手

形上の権利または証券上の法律関係とは別個の問題である︵または︑少なくとも︑ある種類の手形抗弁は手形上の権利とは

別個の問題である︶とする見解である︒このような見解によれば︑直接の当事者の間において人的抗弁事由があり︑手形債

務者が相手方に対して抗弁をもって対抗できるということは︑﹁証券上の法律関係に影響を与えている﹂ことにはならない

のである︒このような見解の評価は︑別の機会に譲るが︑本稿においては︑このような見解はとらない︒通説的見解に従っ

て︑本稿二︑③︑四︑註

( 2 1 )

を伴う本文のように考えるのである︒

( 2 5 )

これに対して︑裏書による被裏書人の手形上の権利の取得を原始取得と捉える場合は︑どうであろうか︒この場合にも︑

手形行為の効果としての文言性を前提とするのであれば︑文言証券であるということは︑手形債務者がいわゆる人的関係

︵手一七条︶の相手方に対し︑人的抗弁︵証券に記載のない事項である︶を対抗することができるということと矛盾しない︒

このことは︑第三取得者︵手形譲受人・被裏書人︶と手形債務者との間に直接の抗弁がある場合においても同様である︒

原始取得説︵裏書による被裏書人の権利の取得を原始取得と法律構成する説︶による場合には︑裏書に伴う抗弁の承継は

ないから︑債務者は︑裏書人に対して有していた抗弁をもって被裏書人に対抗することはできない︒被裏書人は︑裏書人に

対する抗弁の対抗を受けないのであり︑その限りでは︑証券に記載のない事項の影響は受けない︒しかし︑これを︑手形行

為の効果としての文言性の結果として説明するかどうかは︑議論の分かれるところである︵本稿一︑二②参照︶︒前註

( 2 2 )

を伴う本文において︑このように﹁説明することは可能であろう﹂としたように︑このような場合を文言性ということばで

表わす見解はありうる︒しかし︑より正確にいえば︑これは︑ 1 裏害による被裏書人の権利の取得を原始取得と解する場

合 に

は ︑

1 手形債務者と裏書人の間の法律関係と手形債務者と被裏書人の間の法律関係とが別個のものとされていること

から説明すべきであろう︒いずれにせよ︑この場合にも︑いわゆる証券の記載の消極的作用という意味の文言性は︑手形行

(20)

①わが国の手形法学における権利外観理論

第四五巻第五号

以上においては︑従来の文献に現れた文言性の意義と根拠に関する議論のごく一端を取り上げたが︑問題となるそ

れぞれの場面において議論に関係する視点が余りにも多いことに改めて驚かざるを得ない︒そこで︑以下においては︑

このような多様な視点のうち︑ある一の視点に絞って多少の考察を試みたい︒

それは︑文言性と権利外観理論との関係である︒いわゆる手形の文言性は︑

う用語法からも明らかなように︑しばしば︑法律行為︵手形行為︶に関する問題として取扱われている︒しかし︑そ

れにもかかわらず︑他方では︑権利外観理論との関係が強調されることも少なくない︒たとえば︑権利外観理論を背

景とする手形法︵または有価証券法︶制度の典型例として︑

1

善意取得とともに

1

各種の有価証券の文言性が挙

( 1)  

げられることも少なくないが︑この場合には︑文言性は権利外観理論との関係において理解されているのである︒

以下においては︑手形の文言性を権利外観理論という視点から捉え直したいと考えるが︑先ず︑その前提として︑

手形法と権利外観理論

(2

手形の文言性と権利外観理論︶に及ぶことにする︒ 手形法における権利外観理論一般を概観し

( 1

(

0 )

手形法と権利外観理論︶︑次いで︑文言性と権利外観理論の関係

一︑近時︑わが国においては︑

いわゆる手形理論との関係において︑ 一方では︑﹁手形行為の文言性﹂とい

(21)

一般的には︑権利外観理論に求められているのであ

( 2)  

権利外観理論に批判的・否定的な見解が有力に唱えられており︑これらの見解は︑一見︑およそ権利外観理論一般を

否定するものであるとの印象を与えがちである︒しかし︑これらの見解にあっても︑必ずしも︑権利外観理論を手形

法のあらゆる問題との関係で排除するものではない︒たとえば︑鈴木竹雄・手形法・小切手法︵有斐閣

( 3)

4

)  

年︶は︑手形理論との関係では︑権利外観理論によることを否定するが︑他方︑有価証券の定義との関係においては︑

( 5)  

証券が権利の外観であることを強調し︑さらに︑個々の問題との関係においても︑たとえば︑﹁偽造であっても︑第

三者がその者に権限ありと信ずるのがもっともであって︑しかも︑それにつき本人に責ありと認められる場合には

︹たとえば︑印章を預けておいた場合に︑それが冒用されたとき︺︑表見代理の場合と同様︑本人に手形上の責任を

( 6)

7

) 

認めるべきである﹂というように︑必要に応じて権利外観理論を援用している︒

二︑手形理論の争いにもかかわらず︑わが国の多くの見解においては︑手形・小切手のようにいわゆる有価証券の

( 8)  

積極的作用が認められている有価証券にあっては︑権利の所属との関係では︑明らかに権利外観理論に重要な役割が

与えられているといってよいであろう︒そのような典型例の一は︑善意取得の制度︵手一六条二項︑小ニ一条︶

る︒これは︑権利の譲渡の場面において︑権利の所属︵誰が権利者か︶に関する外観の信頼を保護するものである︒

およそ︑権利︵財産的価値のある私権︶の譲渡は︑当事者である譲渡人と譲受人との間の意思表示︵意思の合致︶に

( 9)  

より行なわれるのを原則とするが︵民一七六条以下および民四六六条以下参照︑ここでは︑対抗要件などの問題には

言及しない︶︑法は︑このような意思にもとづく承継取得の他︑それに加えて︑動産や有価証券︵指図証券および無

記名証券など︶との関係では︑善意取得︵即時取得︶をも認めている︵民一九二条︑商ニニ九条︑五一九条︑手一六

条二項︑小ニ︱条など︶︒そして︑この善意取得の法的根拠は︑

(

昭和

参照

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