カナダ憲法における先住民の「土地権(aboriginal title)」に関する一考察(一) : 「権原(title)」を めぐる先住民の法廷闘争と学説の応答
その他のタイトル Aboriginal Title in Constitutional Law of Canada (1)
著者 守谷 賢輔
雑誌名 關西大學法學論集
巻 57
号 5
ページ 755‑789
発行年 2008‑02‑15
URL http://hdl.handle.net/10112/12224
カナダ憲法における先住民の
は じ め に 第一章﹁土地権﹂と非先住民の権原
議論の前提として
l
第一節カナダにおける英法の受容 第二節﹁土地権﹂と非先住民の権原の違い 第 一
1
節
小 括 第一︱章﹁土地権﹂をめぐるカナダ最高裁判決
第一節
D e l g a m u u k w
判決以前
第二節
D e l g a m u u k w
判決
第三節
D e l g a m u u k
w 判決以後
第 四 節 小
︵ 以 上
︑ 本 号
︶
﹁ 権 原
﹁ 土 地 権
括
( a b o r i g i n a l t i t l e )
﹂
カナダ憲法における先住民の
六 五
第三章﹁土地権﹂をめぐる学説 第一節﹁土地権﹂とコモン・ローの近似竹 に依拠するアプローチ 第二節﹁土地権﹂とコモン・ローの近似竹 に依拠しないアプローチ 第 一
1
一
節 小 括 第四章﹁土地権﹂の検討 第一節﹁特殊な﹂性質と﹁土地権﹂
第二節判例における﹁先住民﹂観 第 三 節 小 括 お わ り に
﹁ 土
地 権
( a b o r i g i n a l t i t l
e ) ﹂に関する一考察(‑)
守
谷
(t it le
)
﹂をめぐる先住民の法廷闘争と学説の応答
に関する一考察
︵ 七
五 五
︶
臣又 只 ^ ヽ
輔
( a b o
r i g i
l n a
t i t l
e )
J
と
周知のとおり︑
カナダの先住民は︑政治的フォーラムと裁判というフォーラム双方において︑自らの存在とその
(1 )
﹁独自性﹂を主張してぎた︒たとえばその例として︑﹁インディアン法
( I
d n
i a
n A
c t
﹂の廃止を提案した一九六九年 ) かわらず︑彼らがそれを擁護したのは︑
それが﹁他と異なる者﹂であること︑すなわち彼らがカナダにおいて 自﹂の存在であることを法的に認めていたからに他ならない︒先住民の裁判闘争の例としては︑世界的に知られてお
(3 )
り︑本稿でも後にとりあげる
C a
l d
e r
判決がある︒この判決は︑連邦政府の従来の先住民問題への取り組みのあり方 に変更を迫る影響力をもつものであった︒スチュアート・ヘンリが︑カナダの先住民︑そして先住民の権利は︑裁判
(4 )
︵
5
)
闘争によって成立していると指摘するのは︑かかる判決を含む諸判例から導き出された成果を見てのことでもある︒
6 ( )
一九八一一年憲法に︑先住民の権利が こうしたカナダにおける先住民の闘争のもっとも大ぎな成果のひとつとして︑
(7 )
明記されたことが挙げられる︒
一九八︱一年憲法第三五条について︑初めてカナダ最高裁が判断を下した
S p
a r
r o
判 w
決の次の一節は︑このことを瑞的に表明している︒﹁一九八一一年憲法第三五条一項は︑先住民の権利が憲法上承認さ
) ( 8
れるための︑政治的フォーラムと裁判の両者における長く困難な闘争の最高点を表している﹂︒
ところで︑先住民たち自身は︑憲法典に盛り込まれることになった﹁先住民の権利﹂について︑そしてそれをめぐ る 法 廷 闘 争 に つ い て ど の よ う な 評 価 を 与 え て い る の で あ ろ う か
︒
﹁先住民としての権利﹂との区別が︑﹁土地権﹂に由来する﹁先住民としての権利﹂という主張
白書への反対を挙げることができる︒彼らにとって
関法
は じ め に
第五七巻五号
﹁インディアン法﹂は決して望ましいものではなかった︒にもか
たとえば︑
D a
i v
d A
h e
n a
e k
w は ︑
六 六
︵ 七 五 六
︶
﹁ 土
地 権 ﹁ 独
にとって本質的であるとし︑﹁権原
( t i t l e )
﹂をめぐる先住民の概念と酉欧的な概念は異なっている︑
( 9 )
と 主
張 す
る ︒
( 1 0 )
D e l i
a O
p e k o k e
w は︑西欧的な裁判制度の下で︑先住民の主張が理解されてこなかったことを批判する︒また︑
F r a n k
C
a s s i d y
は︑法学者などからの批判があることを承知の上で︑裁判においてあえて勝訴の可能性の薄い主張を
行ったことの意味を論じている︒
例に挙げたこれらの見解は︑
ダ憲法に先住民の権利が明記されたとはいえ︑入植者が制定したその憲法には︑先住民の﹁権利﹂概念が反映されて
いないというもの︑第二に︑
カナダにおける先住民のジレンマを表明している︒そのジレンマとは︑第一に︑
カナダにおける裁判はかかる憲法に基づくものであるため︑自分たちの まその中で主張することがでぎるわけてはなく︑またそれゆえに︑最初から不利な立場に立たざるをえないというも
ことが求められるため︑勝訴を勝ち取ろうとすると限定的な主張しかなしえないというもの︑ の︑第三に︑政治的フォーラムと異なり裁判においては︑特定の事件の特定の個別の争点をめぐって主張・立証する
で あ
る ︒
しかしながら︑そうであっても先に述べたように︑先住民にとって裁判は︑重要な﹁場﹂であり︑今なおその重要
︵認
︶
性を持ち続けている︒
本稿の目的は︑こうしたジレンマにある中での先住民の主張を念頭におき︑先住民の法廷闘争の意義と問題点を探
( 1 4 )
ることにある︒
ここで考察対象とするのは︑﹁土地権﹂に関するものである︒先に見たとおり︑先住民指導者は︑先住民と非先住
民の間には﹁土地権﹂
の概念に関する﹁ズレ﹂があることを問題としていた︒そうであるなら︑ジレンマにある中で の先住民の法廷闘争の意義および問題点を探るという本稿の目的からすると︑﹁土地権﹂
カ ナ
ダ 憲
法 に
お け
る 先
住 民
の ﹁
土 地
権
( a b o r i g i n a l t i t l e ) ﹂
に 関
す る
一 考
察 (
‑ )
六 七 の論議を見ていくことは︑
︵ 七 五 七
︶
カ ナ
﹁ 声
﹂ を
そ の
ま
判例が先住民の権利を﹁特殊な と
第五七巻五号 目的にかなっているだろう︒﹁土地権﹂を考察する第二の理由として︑土地をめぐる争いの性質にある︒
B r u c e
Z i f f
によると︑プロパティをめぐる論争は︑西欧の政治理論の主要なテーマのひとつであり︑プロパティは︑人類史にお
( 1 5 )
けるほとんどの社会的大変動の核心であった︒それゆえに︑土地をめぐる争いは非常に先鋭的なものとなる︒実際に︑
非先住民から︑﹁土地権﹂がカナダの政治的経済的文化的安定性を脅かすものとしばしば考えられるのも︑こうした 現われのひとつであろう︒
このような激しい対立の契機を有し︑
かつ︑そこには﹁土地権﹂の概念に関する問題が内在することを考えると︑
カナダ最高裁判所が﹁土地権﹂に関してどのような見解を述べてきたのかは興味深い︒そして︑判例に対する学説の
( 1 6 )
応答は︑裁判における﹁土地権﹂をめぐる争いの意義および問題点をより明らかにしてくれるように思われる︒
さて︑上に述べたように﹁土地権﹂をめぐる争いは︑政治的経済的文化的側面が関連しているため︑激しい対立を 呼び起こず︒これら諸側面には︑さらに二つの側面が交差しているように思われる︒ひとつは︑連邦および州の土地
﹁土地権﹂が関係する側面である︒もうひとつは︑非先住民︵私人︶
ある︒これら二つの側面がそれぞれ交差し︑さらには︑政治的経済的文化的諸側面にも交差しているという︑複雑な 状況を呈していると言えるだろう︒もとより︑筆者には︑この論争の全体を整理し検討する能力はない︒したがって︑
かかる論争のごく一部の側面だけを取り上げ︑検討するにとどまらざるをえない︒
本 稿
︑ は
そこで本稿は︑さしたあたり︑連邦および州の土地と﹁土地権﹂
閃法
︵ 七
五 八
︶ の関係をめぐる争いを中心に見ていく︒そして︑
( s u i g e n e r i s )
﹂性質をもつものとしてきたことに注目し︑考察の視座におきたい︒
Pe te r
H
g o
g によると︑﹁特殊﹂という文言は先住民の権利が﹁英法あるいはフランス法から導かれるカテゴリーに適
の権原と﹁土地権﹂が関係するという側面で
六 八
第一章
﹁ 土
地 権
﹂ と 非 先 住 民 の 権 原 │ : 議
論 の
前 提 と し て
家の将来像を考える上で︑多くの示唆を与えてくれるように思われる︒
六 九
﹁ お
わ り
に ﹂
で︑本
( 2 0 )
合しえないこと﹂を示している︒そうであるなら︑本稿の目的からすると︑かかる視座からの検討は適合的であるよ うに思われる︒そして︑こうした考察は︑先住民の法的地位および権利の位置づけとその意義︑さらには﹁国民﹂国 本稿の構成は次のとおりてある︒第一章では︑﹁土地権﹂と非先住民の権原について概観する︒﹁土地権﹂と非先住
民の権原の関係は︑先に述べたように本稿の射程外ではあるが︑﹁土地権﹂を論じる上で必要な作業であると思われ るので︑紹介しておきたい︒第二章では︑﹁土地権﹂をめぐるカナダ最高裁判決を︑第三章では︑第二章の諸判例に 対する学説の応答を見ていく︒これらを踏まえて第四章では︑﹁土地権﹂
( 2 1 )
稿の結論と今後の課題を述ぺることにする︒
かじめ確認にしておくことは︑﹁土地権﹂
の検討を行う︒そして
( 2 2 )
本章では︑﹁上地権﹂を論じるにあたり必要と思われる前提を説明していく︒第一節では︑
P e t e r H
o g
g の叙述に依
( 2 3 )
拠しながら︑カナダが英法を受容
( r e c e p t i o n )
していく過程およびそのルールについて︑本稿のテーマに関連する
( 2 4 )
限りで紹介していきたい︒第二節ては︑﹁土地権﹂と非先住民の権原の違いについて︑いくつかの概説書を参照しな
( 2 5 )
がら論述していくことにずる︒そこで紹介するいくつかの部分は︑本稿第二章の叙述と重なり合うが︑これらをあら
( 2 6 )
の論議を見ていく上で有用であると思われる︒
カ ナ
ダ 憲
法 に
お け
る 先
住 民
の ﹁
土 地
権
( a b o r i g i n a l t i t l
e ) ﹂に関する一考察二︶
︵ 七 五 九
︶
ン・ローという神話は︑ うのは︑植民地時代には︑
た だ
し ︑
H o g g によると︑法令は別として︑
しかしながら︑
第 一 節 カ ナ ダ に お け る 英 法 の 受 容
関法
かかるルールは︑英領北アメリカ
第 五 七 巻 五 号
い︒ヨーロッパ人が到着する以前に︑英領北アメリカのほとんどを所有
( p o s s e s s i o n )
( 3 0 )
され︑受容のルールが適用されてきたし︑
ド・アイランド州といった沿岸諸州は︑歴史的事実の問題としては︑
( 3 1 )
わらず︑裁判所は︑﹁人植﹂に分類する傾向がある︒
コ モ
カナダにおける英法の受容の過程を見るためには︑まず︑植民地化に関する英国のコモン・ローに目を向ける必要
( 2 8 )
がある︒英国のコモン・ローは︑﹁入植
( s e t t l e m e n t )
﹂によって獲得した植民地と︑﹁征服
( c o n q u e s ) t
﹂によって獲
得した植民地とを区別していた︒前者においては︑英法が植民地の最初の法となる一方て︑後者の場合には︑英国の 植民地ルールに関する統治機構を確立し機能させるのに必要な範囲を除いて︑被征服者の法は依然として︑効力を有
( 2 9 )
し て
い た
︒
していた先住民の存在は無視
ところで︑入植の場合には︑英法は入植した最初の日に受容されるように思われるが︑入植は実際には段階的なプ
( 3 2 )
ロセスを経てなされるため︑最初の日は不明であるか︑あるいは論争の的であった︒
コモン・ローに関する限りでは︑受容の日は重要ではなかった︒とい コモン・ローは他括的な理論だと考えられており︑英領北アメリカだけでなく大英帝国を
( 3 3 )
通じて︑枢密院がコモン・ローの統一性を保持していたからである︒しかしながら︑画一的な
( m o n l o i t h i c )
アメリカ合衆国では主張しえなかった︑と
o H g g は指摘する︒さらには︑多くの法域が枢
フランスからの割譲により獲得されたにもかか
..ヽ
ニュー・ブランズウィック朴
‑.ヽヽ‑
J
ヽ••ノヴァ・スコシア
( B r i t i s h o N rt Ah me ri ca )
プリンス・エドワー で厳密に適用されてきたわけではな 七 0
七 ︵ 六
0 )
本節では︑まず
H o g g
の議論を概観し︑
第二節
﹁土地権﹂と非先住民の権原の違い
れらのシステム間での相互作用を統合する
( c o o r d i n a t e )
しない︒土地権の概念は︑先住民の慣習法︑英国コモン・ロー︑
七
︵ 七
六 一
︶
フランス大陸法の一部を形成することなく︑こ
フランス大陸法に由来
密院への上訴を廃止しており︑加えて枢密院は︑枢密院への上訴がまだ存在する法域でさえも︑
( 3 4 )
のコモン・ローと同一である必要はないことを受け入れているのである︒
コモン・ローと枢密院への上訴をめぐる論議についての
H o g g
の
言 及
は ︑
B r i a n S l a t t e r y
の論述と併せて読むと興味深い︒
S l a t t e r y
は︑次のように述べている︒
﹁土地権の概念は︑先住民の土地システムと輸入されたヨーロッパの土地システムとの溝を橋渡しする︑
ダのコモン・ローの自律的概念である︒土地権は︑先住民の慣習法︑英国コモン・ロー︑
の で
あ る
﹂ ︒
H o g g
および
S l a t t e r y
の論述は︑彼らの言う﹁コモン・ロー﹂が︑英米法圏すべてに妥当するという意味でのコモ
ン・ローではない︑
ということを示唆している︒おそらく︑彼らがこの文脈で用いている﹁コモン・ロー﹂とは︑
ナダの裁判所が判決を積み重ね︑蓄積していく中で形成してきた︑﹁カナダにおけるコモン・ロー﹂を意味している のだろう︒それゆえに︑本稿では︑
( 3 6 ) こ ヽ
o
f l
﹁コモン・ロー﹂を﹁カナダにおけるコモン・ロー﹂を意味するものとして用い 一般的に論じられている﹁士地権﹂と非先住民の権原の違いを確認する︒
カナダ憲法における先住民の﹁土地権
( a b o r i g i n a l t i t l
e ) ﹂に関する一考察二︶ 力
先住民の土地問題を論じることを避けつつも︑
カ ナ
コモン・ローは英国
第 五 七 巻 五 号 Ho gg
は︑先住民としての権利については別の項を設けて論じることはしていない一方で︑﹁先住民の自治政府﹂
および﹁土地権﹂については︑それぞれ別の項で扱い解説を加えている︒
︵ 翌
Ho ggは︑﹁土地権﹂と非先住民の権原との五つの違いを指摘する︒要約すると︑次のようなものである︒第一に︑
﹁ 土
地 権
﹂ の根拠は︑国王が主権を獲得ずる以前からの占有
( p r i o o r c c u p a t i o ) n
国王の付与
( g a r n t )
に由来する︒第二に︑﹁土地権﹂に基づき士地を使用する範囲は︑独自の
不可欠な
( i n t e g r a l )
活動に限定されないが︑土地の愛着
a ( t t a c h m e n t )
内在的制約に服する︒対照的に︑単純不動産権の権原
e e ( f s i m p l e t i t l e )
存在するだろうが︑﹁土地権﹂の内在的制約に匹敵する制約は存在しない︒第三に︑﹁土地権﹂には国王以外には譲渡
( 4 0 )
できないという不可譲性
( i n a l i e n a b i l i t y )
の理論が存在するけれども︑非先住民の権原には︑それは存在しない︒こ
( 4 1 )
の不可譲性の理論は︑国王に信託義務
( f i d u c i a r y d u t y )
を課しており︑さらに︑非先住民の権原に関する唯一の妥 当な根拠が国王の付与であることを明らかにしている︒第四に︑﹁土地権﹂は共同で に関する決定はコミュニティが行う︒それに対し︑非先住民の権原においては︑個々人が決定を行う︒第五に︑﹁土 地権﹂は憲法上保障されており︑﹁土地権﹂を制約する場合には︑
Sp ra ro w
テストを満たすことが必要とされる︒こ のテストは︑﹁土地権﹂を制約する前に︑先住民と協議
( c n o s u l t a t i o n )
すること︑さらには制約に対して公正な補償
( 4 2 )
( f a i
r compensation)~+,,
ることを最低限の要請としている︒
Th mo as Is a a c
は
︑ 判
E
伽りが示してきた先住民としての権利と﹁土地権﹂
関法
の性質に矛盾する使用は許されないという
︑ ︑
︑ ︑
ゾーニングのような法令上の制限は
こま
,1̲
( d i s t i n c t i v e )
文化に
に由来するが︑非先住民の権原は︑
(c om mu na
=
y )
保持され︑土地
一方︑単純不動産権や非先住民のその他の土地におけ
( 4 3 )
る利益は︑憲法上の保障がなく︑また︑協議や補償は憲法上要請されていない︒
( 4 4 )
の区別に対する先住民の批判に触れつつ︑
七
︵ 七 六 ︱
‑ ︶
﹁土地に対する国王の基底的な権原
( u nd er ly in g t i t l e ) Br ad fo r d
W .
Mor se
は︑﹁先住民の土地領有態様
( a b o r i g i n a l t e n u r e )
一九八二年憲法第三五条一項で承認され確定された先住民の権
( 4 6 )
バリエーションである﹂と述べた
De lg am uu kw
判決を引用し︑﹁土地権﹂が
( 4 7 )
に結びついたひとつの﹃利益﹄である﹂と述べる︒
( 4 8 )
と土地権の区別﹂を論じる︒
Mo rs e
の言う
﹁土地権﹂とは︑判例が形成してきた﹁土地権﹂を指している︒ここで注目したいのは︑﹁先住民の土地領有態様﹂
に関する彼の論及である︒
Mo rs
e
によると︑先住民が土地を共有する
先住民は︑ある場所に居住するというより︑むしろある空間
( s p a c e )
または領土 さらには﹁自己
( s e l
f )
﹂
の観念に土地が含まれることから︑土地は先住民の一部である︒したがって︑先住民の土
コミュニティ全体に帰属するという全体論的
( h o l i s t i c )
なものである︒
このことからすると︑単純不動産権のような不動産権に関するコモン・ローの概念は︑先住民の土地領有態様には存 在しない︒先住民の土地領有態様は︑プロパティの観念ではなく︑むしろ﹁帰属﹂
Da vi d
W .
E l l i o t
は︑﹁土地権﹂および先住民としての権利の核心は︑先住性︑すなわち先住民が最初にそこに住ん ていたことにあるとし︑﹁論理的には﹃土地権﹄は︑先住民としての権利が由来する基本的利益である﹂と主張する︒
( 4 9 )
したがって︑彼は︑﹁土地権﹂と先住民としての権利という文言が互換的に用いられることに批判的である︒
E l l i o t
は︑先住民自身によって書かれたいくつかの著作を引用し︑﹁土地権﹂
の概念を説明する︒そこで挙げられたほとん どの論者が︑先住民の伝統的な生活様式にとっての土地およびその資源の重要性を強調し︑所有権
(o wn er sh ip )
あ
るいは権原というヨーロッパの標準的な概念とは異なる土地との関係を描いている︒土地に対するその関係とは︑
カナダ憲法における先住民の﹁土地権
( a b o r i g i n a l t i t l
e )
﹂に関する一考察(‑)
地領有態様は︑土地が一人の個人ではなく︑ 利
の 中
の ︑
﹁ 土
地 権
﹂ ひとつの異なる
( d i s t i n c t )
( 4 5 )
について論じている︒
彼 は
︑
﹁ 土
地 権
は ︑
七三︵七六三︶
の観念に関連するからである︒
( te r r i t o r y )
へ の
﹁ 帰
属 ﹂
を 語
る ︒
( s h a r e )
関係は︑非常に神聖なものである︒
見解に触れた︒ 第三節
( 5 0 )
コミュナルで全体論的な特徴を有するものとされている︒
第一節では︑英国のコモン・ローは︑﹁人植﹂﹁征服﹂といった分類をし︑植民地を区別していたけれども︑
においてこれらが形式どおりに適用されてきたわけではないことを確認した︒そして︑
の文脈において用いられる﹁コモン・ロー﹂の意味は︑基本的には︑
てきた﹁カナダにおけるコモン・ロー﹂と解されることを指摘した︒
第二節では︑﹁土地権﹂と非先住民の権原の違いを確認した︒その中で︑先住民の土地に対する観念は︑非先住民 と異なり︑土地に﹁帰属﹂するというものであることや︑それが﹁土地権﹂の概念に含まれることを示唆する論者の
( 5 1 )
本章では︑﹁土地権﹂に関するリーディング・ケースである
D e
l g
a m
u u
w k
判決を時間軸の中心に置き︑
高裁が﹁土地権﹂
の根拠•内容・性質などを徐々に明らかにしていく経緯をたどりながら、「土地権」をめぐるカナ
( 5 2 )
ダ最高裁判決の展開を見ていく︒ 支
こ り
︑
舟Hi小
関法
第二章
括
﹁士地権﹂をめぐるカナダ最高裁判決
第五七巻五号
カナダ カナダにおける先住民の権利 カナダという特定の地域において判例が形成し
七四︵七六四︶
カナダ最
﹁インディアンの土地保有条件
( t e n u r e )
( 5 4 ) ( 5 5 )
u s u f r u c t u a r y r i g h t )
である﹂と述べた︒
は︑主権者の恩恵
( g o o d w i l l ) ブリティッシュ・コロンビア州における﹁土地権﹂
る︑と明確に述べた︒彼は︑﹁入植者が到来したとき︑インディアンがそこに存在し︑
七 五
︵ 七 六 五
︶
先住民が譲渡した土地の権原をめぐって︑オンタリオ州政府と連邦政府の間で争われた
S t .
C a t h e r i n e ' s M i l l i n g
事
( 5 3 )
件において︑枢密院は︑先住民の所有の根拠を一七六三年国王布告
( R o y a l P r o c l a m a t i o n ) に基づく人的用益的権利
( p e r s o n a l a n d
( 5 7 )
この判決から一
0
年近く経って出されたのが︑ 0
C a l d e r 判決であった︒相対多数意見を書いた
J u d s o n
裁 判
官 は
︑ の根拠が一七六三年国王布告にあるのではないことは明らかであ
インディアンの祖先が数世紀 にわたって行っていたように︑社会の中で組織化され︑土地を占有しているという事実﹂にその根拠を求めた︒そし て ︑
J u d s o n 裁判官は︑﹁土地権﹂を﹁人的または用益的権利﹂と称することは問題の解決に役立たないとし︑訴訟当 事者である先住民が︑祖先が居住してきたようにその土地で生活し続ける権利とその権利が消滅していないことを主
( 5 8 )
したということは問題となりえない﹂と述べた︒
張していることに鑑みると︑﹁この権利が﹃主権者の恩恵に依拠﹄
国王に譲渡した保留地をめぐり︑
M u s q u e
インディアン・バンドが侶託財産 m
( t r u s t ) を侵害されたと主張し損害 賠償を求めた
G u e r i n 事件において︑多数意見を書いた
D i c k s o n 裁
判 官
は ︑
C a l d e r 判決における
J u d s o n
裁判官の
相対多数意見と
H a l l 裁判官の反対意見を引用し︑同判決が﹁トライブの土地をインディアンが歴史的に占有および
( 5 9 )
所有してきたことに由来する法的権利としての土地権を承認した﹂ものと見なした︒このように
G u e r i n
判決は︑カ
ナダ最高裁の多数意見として初めて︑﹁土地権﹂が一七六三年国王布告や法令により創設されたものではないと判示
て カナダ憲法における先住民の工土地権
( a b o r i g i n a l t i t l e )
﹂に関する一考察(‑)
第一節
D e l g a m u u k w 判決以前
の一般規定に求め︑続い
権 地
﹂
第 五 七 巻 五 号
の義務は信託
( t r u ) s t
として定義されえないが︑裁判所により実現可能 王と先住民との信託関係は︑﹁土地権﹂
の概念にそのルーツがある︑
と対等な
Gu er in
判決によると︑国王には先住民の利益になるように土地を扱う﹁信託義務
f ( i d u c i a r y d u t y
﹂があり︑こ
)( e n f r o c e a b l e )
なものである︒こうした国
とされる︒しかし︑先住民が土地において一定 の利益を有することそれ自体が信託関係を生じさせるのではなく︑その利益を国王以外に譲渡しえないという不可譲
( 6 0 )
性に依拠するのである︒
Gu er n i
判決は︑これら諸特徴の関連を次のように述べる︒先住民は︑国王の究極的な権原の下に︑特定の土地を
そ の 利 益 は
︑ 厳 密 に 言 う と
︑ 受 益 的 所 有 権
( b e n e f c i i a l
( 6 1 )
と等しいわけではない︒かといって︑その性質を人的権利の概念で完全に説明てきるわけでもない︒こ うした先住民の土地における利益は︑国王以外に不可譲であるという意味で特殊である︒この不可譲性のそもそもの
で︑インディアンを代表する国王の能力を促進することにあった﹂
の で
︑ ﹁
土 の不可譲性と倍託義務という二つの側面は︑協働している︒このように考えると︑先住民の利益の性質は︑国 王の信託義務と一体となった不可譲性というものであり︑この二つの特徴を超えた説明は︑不必要なだけでなくミス
( 6 2 )
リーディングである可能性がある︒
oW od st oc
k
インディアンの保留地を横切る鉄道路線をめぐって争われた
Pa ul
事件で︑多数意見を書いた
Di kc so n
裁判官は︑﹁人的用益的権利﹂という性質は﹁インディアン権原は他の財産的利益
( p r o p r i e t a r y i n t e s t r e )
足場
( e q u a l f o o t i n g )
﹂になく︑かかる地位には高められえない︑
目的は︑﹁第三者との取引
( d e a l i n g s )
ow ne rs hi p)
占 有 し 所 有 す る コ モ ン
し た
︒
関法
ロー上の権利を有するが︑
という意味として解釈されてきたこともあったが︑
七 六
七 ︵ 六 六
︶
f こ °
カナダ憲法における先住民の﹁土地権
( a b o
r i g i
n a l
t i t l e )
﹂に関する一考察(‑) コモン・ローとインディアン法は︑
見 は
︑
﹁ 土
地 権
﹂
の ﹁不可譲性のルールの背後にある政策﹂を検討する必要性を説き︑それについて次のように述べ
行権 ( r i g
h t ,
0 f
' w
a y
)
その取引の真の目的を達成するために︑
( 6 5 )
判 示
し た
︒ 国王が
O p
e t
c h
e s
a h
t バンド評議会の同意を得て水力発電所に付与した︑
の期間が問題とされた
O p
e t
c h
e s
a h
I t
n d
i a
n B a n
d 事件において︑
M a
j o
r 裁判官が書いた多数意
B a n d
判 決
は ︑
譲渡した保留地の鉱物権
︶
手段
( p
r o
t e
c t
i v
e m
e a
s u
r e
七七︵七六七︶
バンドの保留地を横切る電力送電線の通
の専門用語でより多くのも
この性質は︑国王以外には譲渡できないという不可譲性を意味するものであると判示した︒
P a
u l
判決によると︑こ の不可譲性は︑先住民が無思慮な取引
( i
m p
r o
v i
d e
n t
t r
a n
s a c t i
o n
s )
を行うことを促されないようにするための保護的
( 6 3 )
として採用された︒このような﹁インディアンの土地における利益は本当に特殊であ﹂
り ︑
﹁
G u
e r
i n
判決で
D i
c k
s o
n 裁判官が指摘したように︑伝統的な財産法
( p
r o
p e
r t
y l
a w
)
のを描写するのは困難であるけれども︑インディアンの土地における利益は︑土地の享有
( e
n j
o y
m e
n t
) および占有
( 6 4 )
への権利を超えるものである﹂︒
裁判官が書いた多数意見は︑
( m
i n
e r a
l r
i g h t s ) が争点となった
B l
u e
b e
r r
R y
i v
e r
I n
d i
a n
B a
n d
事件において︑
G o
n t
h i
e r
﹁コモン・ロー上のプロパティに関する諸原理はこの事件の文脈では役に立たない﹂と 判示した︒なぜなら︑﹁インディアン権原は特殊であるので﹂︑もしコモン・ローに依拠することで当事者である先住 民︑特にバンドの意図を挫くことがあるならば︑もっとも不幸なことであろうからである︒
B l
u e
b e
r r
y
R i
v e
r I
n d
i a
n
﹁保留地の土地に関して先住民と国王との取引の法的効果を決定する際に︑土地権の特殊な性質は︑
コモン・ローが課した通常の制限を超えることを裁判所に要請している﹂と バンドの個々の構成員または構成員の何らかの集団が譲渡
( c
o n
v e
y a
n c
e )
一九八二年憲法制定以後︑初めて す る こ と に よ っ て 先 住 民 の 土 地 基 盤
( l a n d b a s e )を 侵 食 す る こ と か ら 保 護 し て お り
︑ 政 府 の 承 認
( a p p r o v a l )開発から保護するために必要とされている︒他方で︑インディアン法は︑
6 ) ( 6
一定程度の自律を認めようともしている︒
先住民が譲渡した土地に課税したことをめぐって︑保留地の
るか否かが争われた
t S .
Ma ry s ' n I d i n a Ba nd事件において︑
aL me r
裁判官が書いた多数意見は︑﹁先住民の土地の権
されるべきではない﹂と述べた︒そして
S t .
Ma ry 's n I di an Ba nd判決は︑﹁コモン・ロー上の不動産
( r e a l p r p o e r t y )
に関する概念が先住民の士地に適用されないと最高裁が述べた理由は︑先住民の意図が︑形式的
( f o r m a l i s t i c )
そ し て 議 論 の 余 地 は あ る が 異 質 な
( a l i e n )( 6 7 )
にある﹂と判かした︒
益に関するものであった︒したがって︑
コモン・ローのルールが適用されることにより挫かれることを防ぐこと 一九八二年憲法制定以後︑﹁土地権﹂をめぐってカナダ最高裁が判決を下してきたのは︑保留地における土地の利
カナダ最高裁は︑基本的には法令解釈の中で︑﹁土地権﹂
に言及してきた︒しかし︑本節で紹介する
eD lg am uu kw
判決は︑相対多数意見であった
a C ld er
判決以来︑そして
﹁伝統的な領土
根拠・性質や︑それが認められるための要件などを明らかにした︒それゆえに︑
( t r a d i t i o n a l t e r t o r i r y )
﹂
第 二 節
De lg am uu kw判 決
利
( n a t i v l e an d r i g h t s )
は特殊であり︑この判決は︑ 関法
第 五 七 巻 五 号
の
この判決は︑ ﹁土地権﹂に関する
﹁ 土 地 権
﹂
について判断を下し︑その
いかなる方法においてもその特別な地位を変更するものと解釈
﹁ 指 定 地
( d e s i g n a t e d l n a d s)
﹂
七 八
の根拠・性質など
で ︑
のカテゴリーに該当す
バンドが土地および資源に関して決定する
︵ 七 六 八
︶
は
ヽ占有が法的所有
( p
o s
s e
s s
i o
i n n
l a
w )
( 7 2 )
あ る
︒
( n
o r
m a
l e
s t a t
e )
地 権
﹂
のもうひとつの根拠である︑﹁コモン・ローと以前から存在する
( 7 4 )
を示している︒
D e
l g
a m
u u
k w
判決によると︑こうした﹁土地権﹂は︑﹁現在において︑以前からの占有に法的保障を与えようと
し﹂ており︑このことは︑﹁先住民コミュニティが︑時を経て
カナダ憲法における先住民の﹁土地権
( a b o
r i g i
n a l
t i t l e )
﹂に関する一考察(‑)
この占有という物理的事実が
このように
D e
l g
a m
u u
k w
判 決
は ︑
﹁ 土
地 権
﹂
の根拠・性質などと特殊という観念を関連づけながら論じている︒
( 7 0 )
さらに︑こうした観念は︑事実認定にも及ぼされている︒以下で︑
D e
l g
a m
u u
k w
判決をより詳しく見ていきたい︒
同判決は︑﹁土地権﹂
占有﹂には異なる二つの方法に関連し︑その双方が﹁士地権﹂
の根拠であり︑単純不動産権のような通常の不動産権
︑ ︑
ヽ ヽ
( 7 3 )
とは異なり︑﹁土地権﹂は﹁国王が主権を主張する以前からの所有﹂から生じる︒このことは︑﹁士
権﹂の根拠︑﹁土地権﹂
の根拠が先住民の以前からの占有にあることは︑今や明らかであるとし︑この﹁以前からの
( 7 1 )
の特殊な性質を例証している︑と指摘する︒ひとつは︑
の証明であるというコモン・ローの原理に由来する︑占有という物理的事実で
﹁ 土
地 権
﹂
の 第
一
の不可譲性という性質︑そして
( d
i m
e n
s i
o n
s )
この事件は︑すべての
G i
t k
s a
n または
W e
t '
s u
w e
t '
e n
を代表する世襲の首長
( h
e r
e d
i t
a r
y
c h i e
f s )
が ︑
﹁土地権﹂が彼らにあることの宣言判決
( d e c l a r a t i o n )
を求めたものである︒
L a
m e
r 長官が書いた多数意見は︑﹁土地権﹂が特殊であるという観念は﹁土地権の多様な特質
の根底にある︑統一的原理
( u
n i
£ y
i n
g
p r i n
c i p l
e )
( 6 8 )
リーディング・ケースと評されている︒
七 九
︵ 七 六 九
︶
( o
v e
r t
i m
e )
その土地との関係を継続していることの
( p r e , e x i s t i n g )
先住民法のシステムの関係﹂ ブリティッ
である﹂と解した︒そして︑これらの特質が﹁土地
( 6 9 )
﹁土地権﹂が共同で保持されることに関連すると説く︒ シュ・コロンビア州の五八
000平方キロメートルの土地の
判決が
第五七巻五号 o c
c u p a n c y )
が認められるなら︑当該集団とその土地には特別な絆
( b o n d )
があるとされ︑そうした特別な絆を保障
( 7 5 )
するために︑先住民と土地との将来の関係を脅かすような土地の使用を禁止する﹁内在的制約﹂が導き出される︒
( 7 6 )
ところで︑かかる﹁占有﹂はいかにして証明されるのだろうか︒
D e l g a m u u k w
判決は︑こう答える︒ある集団の
( 7 7 )
︵7 8
)
当該土地での活動などを参照ずることで決定され︑そこでは︑コモン・ローの視点と先住民の視点の双方が考慮され
( 7 9 )
ヽ ヽ ヽ
なければならない︒そして︑この占有は︑排他的でなければならない︒なぜなら︑﹁排他的使用および占有﹂の観点 から﹁土地権﹂を定義したからである︒ただし︑排他的占有の証明の際には︑﹁それぞれの視点に等しい重みをおき︑
コモン・ローの視点と先住民の視点両者に依拠しなければならない﹂︒排他性は︑単純不動産権の所有権の観念に由
( 8 0 )
来するコモン・ロー上の原理であることから︑﹁注意深く︑土地権の概念に導入されるべき﹂なのである︒
D e l g a m u u k w
判 決
は ︑
﹁ 土
地 権
﹂
﹁ 土
地 権
﹂
関法
﹁ 土
地 権
﹂
﹁人的﹂性質は︑他の財産的利益に劣るこ
︵ 七 七
0 )
の 根 拠 と な る 土 地 の 占 有 の 事 実 ( m a t t e r o f t h e
の性質についても詳細に論じている︒同判決は︑
S t . C a t h e r i n e ' s M i l l i n g 枢密院 の性質を﹁人的用益的権利﹂とした意図は︑﹁土地権﹂が﹁通常の﹂財産的利益とは異なる土地に おける特殊な利益であることを把握することにあったと指摘した上で︑さらに踏み込んだ言及を行った︒すなわち︑
﹁土地権の特徴は︑不動産に関するコモン・ロー上のルール︑あるいは先住民の法システムに見出されるプロパティ に関するルールのどちらか一方だけを参照することによっては︑完全には説明されえない︑
殊﹂なのである︒そして︑先住民としての権利と同様に︑﹁コモン・ローと先住民の視点両者を参照することにより︑
( 8 1 )
理解されなければならない﹂︒
D e l g a m u u k w 判決によると︑
P a u l 判決が述べたように︑﹁士地権﹂
重要性を承認﹂ずることを示している︒
そ し
て ︑
の
八〇
という意味においても特
八
一九八二年憲法第三五条一項の目的は﹁先住民
( 8 2 )
とを意味するわけではなく︑不可譲性を意味する︒そして︑この不可譲性は︑先述した内在的制約に由来するとされ る︒すなわち︑譲渡することは︑先住民が土地を占有する資格を失い︑土地との関係が消滅することを意味するため︑
不可譲性は︑土地が﹁単なる代替可能な商品
( f
u n g i
b l
e c
o m
m o
d i
t y
)
を超えるものである﹂こと︑
汎であることの根拠を
G l
a d
s t
o n
e 判決に求めた︒
G l
a d
s t
o n
e 判
決 は
︑
つまり︑﹁先住民
コミュニティと︑当該コミュニティが土地権を有している土地との関係は︑重要な非経済的要素を有して﹂おり︑
( 8 3 )
﹁その土地は︑それ自体で固有で独特な
( i
n h
e r
e n
a t
n d
u n
i q
u e
) 価伯を有する﹂ことを示しているとされるのである︒
そして︑こうした特徴を﹁土地権﹂が単純不動産権と異なる一側面であるとし︑また︑﹁土地権﹂は先住民個人が
︑ ︑
︑ 保持するのではなく︑すべての構成員が共同で保持する︑集団的権利
( c o l
l e c t
i v e
r i g h
t ) であることも︑通常の財産
( 8 4 )
的利益と異なる側面てあるとする︒
D e
l g
a m
u u
k w
判決は︑このように﹁土地権﹂の根拠や性質を明らかにした上で︑﹁土地権﹂の侵害の正当性を評価
( 8 5 )