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第1回(4月26日)

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Academic year: 2021

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2007年度総合ゼミの日程と記録

日 程

第1回(4月26日)

 ガイダンス

第2回(5月24日)

 修士論文検討 前期①  報告者:坂元・丸山

第3回(6月14日)

 修士論文検討 前期②  報告者:董・上妻・巴

第4回(6月28日)

修士論文検討 前期③  報告者:安達・トヤー・岡本

第5回(7月12日)

文献購読(1)

 文献:堀尾輝久「現代における子どもの発達と教育学     の課題」(岩波講座 子どもの発達と教育1     1979年 所収)

基調報告:藤井  コメント(教員):乾

 コメント(院生):齊藤・高木・金  記録:安達

第6回(10月4日)

 修士論文検討 後期①  報告者:坂元・丸山

第7回(10月11日)

 修士論文検討 後期②  報告者:安達・上妻

第9回(11月8日)

 文献購読(2)

 文献:堀尾輝久・波多野誼余夫「発達と教育の関係に     ついての理論」『岩波講座子どもの発達と教育3     一発達と教育の基礎理論一』岩波書店、

    1979年

教員基調報告(教員):岩崎

 コメント(院生):有川・畠山・ツェリン 記録:叶田

第10回(11月22日)

 修士論文構想検討(M1)

 報告者・金・ツェリン・畠山

第11回(12月7日)

 研究室スタッフの著書の検討

 荒井文昭r教育管理職人事と教育政治一だれが校長人      事を決めてきたのか』

 コメント:深見・叶田

第12回(12月13日)

 文献購読(3)

 文献:鈴木正気「支えあう子どもたち』、新日本新書、

    1986年。

 コメント(教員):野元  コメント(院生):中村・児島

記録:斉藤

第13回(1月24日)

 研究室スタッフの著書の検討

 小国喜弘『戦後教育のなかの〈国民〉一乱反射するナ      ショナリズム』

 コメント:大串・藤井 第8回(11月1日)

 修士論文検討 後期③

 報告者:董・トヤー・巴・岡本

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年間テーマ「発達」

文献講読の記録

「教育科学研究」第23号 2008年3月

 今日でこそ教育学研究室の履修科目として位置づけら れている総合ゼミだが、その原点は院生同士で草の根的 に行なわれていた自主研究会に求められる。昨年以来院 生間で交わされた総合ゼミのあり方についての議論を踏 まえて、今年度の総合ゼミは開始当初からそのことが参 加者に繰り返し強調されていた。

 互いが互いへ学びをフィードバックできる場とするた めに、教育学という学問分野に立ちながらもその先端部 分においてそれぞれ独自の研究を展開している参加者同 士が共有しあえるように、昨年に引き続き共通のテーマ が設定された。2006年度は「対話」をテーマとして文 献を選び検討を進めていったが、年度終了時点の反省と して「テv−・・一マ選択の理由を明確にしてきたかどうか、そ れにそって文献の選択・検討が十分なされたか」という 意見が出された。すなわち、「このテーマが院生の気ま ぐれで設定されたのではなく、現在の教育学研究に意義 があるものとされ、かつそれを教員を含めた参加者で共 有できていたのか」、が次年度の課題として引き継がれ

た。

 今年度はその反省から、年度初めの段階でテーマ設定 の理由つまり総合ゼミにおいてなされるべき議論の軸 を明確にしこれを共有することが目指された。院生会で 数回にわたり議論がもたれ、今年度のテーマを「発達/

development」とし、初回のオリエンテーション(4月 26日)で議論され、「「発達」概念が教育学を学ならし めている固有の価値である」という歴史的なテーゼを検 討することが共有された。

第5回 文献購読(1)7月12日

文献:堀尾輝久「現代における子どもの発達と教育学の 課題」(岩波講座 子どもの発達と教育1 1979年 所

収)

 年間テーマを受けて基調報告者(藤井)が選択した文 献は、戦後教育学を牽引してきた堀尾輝久のものであっ た。戦後教育学の中心テーマとして、また戦後教育学を 学として他の分野から独立させる固有の価値として、「発 達」概念が議論されてきたというのが理由である。文献

によれば、戦後教育学の展開の中で70年代に人間形成 の課題を「発達と教育の相」において捉え、子どもの発 達研究を教育学の中心として位置づけようとする課題意 識が大きく前進したという。講読にあたって藤井は、「発 達を把握する主体は誰か」という問いを設定している。

この問いは、主体の置かれた状況によって、すなわち社 会的規定によって発達の内実が左右されることを、例え ば教師などはどれほど把握しうるのか、という問題とし てあらわれてくる。

 これに対し、教員コメンテーターの乾からむしろ教育 的価値の問題を引き取るべき、また今堀尾を読む意義が なんであるのかを問うべきとのコメントが出された。

 報告を受けての議論は、教育学の「価値」に焦点があ てられた。すなわち、「教育的価値」≒「発達」として よいのか、ということである。子どもの成長のものさし とされべきなんらかの「教育的価値」に照らして子ども を判断・把握するような視点に対して疑問がだされ、堀 尾のいう「発達」概念はそれぞれの子どもに応じた「発達」

のしかたを許容するような視点がやや弱く、前者の捉え かたの走りとなったのではないか、それが「戦後教育学」

の産物であったのではないか、という主張が聞かれた。

第9回 文献講読(2)11月8日

文献:堀尾輝久・波多野誼余夫「発達と教育の関係につ いての理論」『岩波講座子どもの発達と教育3一発達と 教育の基礎理論一』岩波書店、1979年

 第二回文献講読会は年間テーマ「発達」への理解を深 めるために教員側がふさわしい文献を選定する形をとっ た。基調報告者(岩崎)は堀尾・波多野の著作をもとに、

前回の藤井が投げかけた論点である「発達把握の主体」

の問題を引きついで報告した。

 すなわち今回の論点は、人間形成の課題を「発達と教 育の相」において捉えるときに、発達と教育の関係はど のようにとらえられるのか、という点にある。報告・コ メントを受けて議論となった点は次の三点にまとめられ る。まず①ヴィゴツキーの生活的概念と科学的概念の関 係及びネオ・ヴィゴツキアンたちの解釈をめぐる問題。

次に、②精神間的機能でつくられる共同律(この言葉は 乾による)。そして、③はたして人間形成がパターンや 転化という言葉で説明できるのかどうか、すなわち法則 化できるものなのかどうか、という点である。

 特に①について、ヴィゴツキアンの人々の議論では、

人が集団で共同して活動しているとき各人の「最近接発

達領域」に当たる部分が伸びていき、一般的に人間形成

に資すると思われる「何か」が生まれるという。しかし

その生まれる「何か」が生活していく上での最低限必要

な知識であったり認識であったりしたとしても、たとえ

ば数学の虚数のような、生活からはかけ離れた抽象的な

科学的概念のようなものへの萌芽は見込めるのか、むし

ろそれらは分けてみるべきではないかとの議論が生まれ

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2007年度 大学院総合ゼミ記録 る。この点について、特に議論を呼んだのは、「人と共

同して何かができるようになること」は「発達」の観 点ではどのようにとらえられるのかという、コメンテー ターの有川の問いから発した、自律と共同律の問題であ る。精神間的機能から生まれる関係性において、社会・

文化といった外でつくられたものを内面化(論理として 受け止める)し、再び外へ開いていく際に個別的ではな く共同のなかへひらいていく・ひらかれる(逆のことも 考えられる)ということを教育の課題としてとらえるべ き、として議論は引き取られた。

第12回 文献購読(3)12月13日

文献:鈴木正気『支えあう子どもたち』、新日本新書、

1986年

 第一回、第二回の議論は「発達」概念と教育をめぐる 理論についてのものであった。今回基調報告者が取り 上げたのは、「発達」の概念を念頭に置きながら行われ た教育実践の記録である。すなわち、「教科の基本を構 成している科学的知識の体系が、学校教育システムの中 で全年齢をとおして総体として子どもに習得される過程 で、総体としての科学的概念の体系がどのように子ども に発達していくか」という科学的概念を構成する社会認 識や科学認識を取り上げ、そして、共同体内での労働や 遊びを通じて、自立した大人になり、また共同体を構成 する大人になっていくという人間形成の場として存在し た(している)「地域」に着目した教育実践から共同律 の問題を考えるヒントとしたいという観点からの文献選 択である。

 叶田の報告は、そもそも子どもたちが「科学的な知識 を使って日常的な問題を解く」際、いかにして「身の回

りのことを科学的に測定」しているのかという点、また これとは反対に日常的な概念から科学的概念へという観 点から子どもたちの知識の発達をとらえることの可能性 を提起したもので、前回検討会でも議論となった科学的 概念と生活的概念との間のつながり(今回は「わたり」

と表現された)について、鈴木の実践がその実例を示す ものであると位置付けている。

 それに対し中村から、その「わたり」が子どもたちの 現実の生活をどれほどかかわりをもつものであったのか との疑問が提出され、児島からは学校教育・教育実践が 子どもたちの「発達」のためにどのように定位されるか という問題があることを指摘、野元からは鈴木の実践が 戦後日本の授業実践研究の80年代半ばまでの到達点と 限界を示すものであること、劇的な社会の変化と連動す るなかで子どもたちの生活現実が大きく変化し、同時に

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学校の位置や新しい授業の展開が模索された時期と重な りを見せるものであったと指摘がなされた。

このような背景から鈴木実践を理解していく時、「擬似 的生産労働」を媒介として社会の成り立ちあるいは枠組 みの一部をとらえていくという試みは、子どもたちの科 学的知識の発達のために有効なものであったかと疑問が 挙げられた。

中村・児島・野元のコメントを受け、時代ごとの「地域」

というものの在り方およびその変遷という問題と、「科 学」というもののとらえかたについて議論された。まず

「地域」に関しては、今日に至って鈴木が提唱したよう な生活的知識から科学的知識への「わたり」が、生活的 知識自体の変容により、具体的・現実的なものから抽象 性の高いものへと推移したという指摘がなされた。「科 学(的知識)」については、鈴木の実践で焦点化されて いる「科学」の概念が、社会科学を意味するものとして 使用され、その際、果たして社会科学を(自然科学のよ うに)客観的な知識や概念として定義することは可能で あるかという意見が出された。

また、社会科学の価値(位置づけ)そのものがより抽象 度を高めるなかで、鈴木が示したような子どもたちが自 らの生活の延長線上に「科学」という体系化された価値 や概念を獲得していく試みは、子どもたちの実生活のレ ベルにおいて、すでに何かの体系の構成要素であり一部 を成す「モノ」として立ち現れることになるという指摘 がなされた。この時、新たに問題となってくるのが、「モ ノ」との関係(広い意味での「コミュニケーション」)

であり、そこでは「地域」という概念の範囲は拡張され、

間接的なコミュニケーションにおける均質化(遠隔化の 実現)が進む一方で、直接的な関係性における差異化(細 分化)の傾向が強まることを意味している。ある水準の 価値としての社会科学を、子どもたちの成長・発達の過 程における獲得していくべき「科学」ととらえた上で、

現在、いかなる方法の教育実践が可能であり、またこれ を実現していくべきであるのかという発展的な問題が本 時のまとめとして提起された。

文責:総合ゼミ係

(中村/畠山 各回の記録を援用)

参照