加藤薫著
『キューバ★現代美術 の流 れ』
(スカイ ドア,2002年,本体2,858円+梶)
神奈川大学経営学部 鳥 居 徳 敏
本書 は rメキ シコ美術紀行 」 (新潮社) や rラテ ンアメリア美術史j (現代企画室) などの著者 として知 られる加藤氏の最近作 の1つである。本書か ら4か月遅れの本年 5月, もう 1冊 r21世紀の アメ リカ美術 , チ カノ ・アー ト (抹消 された<魂 >の復 宿)J(明石書店)が出版 されているか ら, 正式 には著者の最新作ではない。 この よう にアメ リカを含む中南米諸国美術 に関する 労作 を精力的に発表 し続けているのが本書 の著者であ り,その加藤氏は 日本 における 同地域の美術史研究 を独 占 しているといっ ても決 して言い過 ぎではない。ただ し, こ こでの 「独 占」 は批判 を伴 うものでな く, ただ単 に他の研究者が出現 していない とい う意味での使用 にす ぎない。
1人の研究者が ラテ ンアメリカとい う広 大な地域 をカバーするには,有無 を言わせ ぬエネルギーが要求 され よう。少 な くとも, 多様 で広範 な側面 に好杏心 を持 ち続ける必 要があろう。本書はこの ように持 ち続けた 好奇心の1つが実 った もので,20年の歳月 を要 している。 したが って,最近のキュー バ美術への関心か ら急 ご しらえであ しらっ たにわか仕込 みのエ ッセ イ類 とは相 違す る。
本書の最大特長の1つは 「現代美術」 と タイ トルで限定 していなが らも,キューバ 美術の通史 になっている側面である。著者 によれば,この側面で本書は 日本のみなら ず世界で もその類書 を見ない とい う。その
特長は下記 に示す本書の5章構成 に如実に 反映 している。
Ⅰ.先住民時代 の美術 (12)
Ⅱ.植民地時代の美術 (66)
Ⅲ.20世紀 キューバ美術の流れ (68)
Ⅳ.革命期のキューバ美術 (72)
V.
キューバ美術 の国際化 (70) ( ) 内の数字 は各章 に割 かれ た頁数 , 総頁数 は344頁 であ る。分量 的 に見 る と, 19世紀 までが全体 の27%,残 りの100年 に 73%が費や されていることになる。 この比 率は一般的な歴史書の通史では珍 しい現象 であろう。同時代人の歴史的評価 は難 しく, 客観性の獲得 には時間を必要 とす る し, ま た各時代 の時間スパ ンか ら現代 だけを特別 に扱 えないか らである。 したがって,本書 は通史の側面 を持 ちなが らも,通史ではな く, また現代史 とい うには余 りに最近の内 容 を含んでいるか ら,正確 には現代史で も な く,それ故,本書の タイ トルに 「現代美 術の流れ」 を採用 した もの と推測 される。しか し,著者 の 「あ とが き」 による と, 19世紀以前 を取 り込 むため,1990年代以降 活躍する現代美術作家たちの記述 を割愛 し た とい う。 これは発行元の希望 と著者の希 望 とのずれをどう処理す るかの問題で もあ った。発行元 は市場 に出回っているキュー バの現代美術作品 を解説す るカタログとい うか,美術作家事典 的な もの を必要 とし, 著者は現代 キューバ美術 の最大特徴が先住 民文化の 「非在」 にある との持論か ら,過 257
史の記述がすべての前提条件 になっていた のである。その結果生 まれたのが本書であ り,その最大特長は前記 した 「通史」 とい う側面,そ して もう1つが現代 キューバの
「美術作家事典」 とい う側面である。
文章量 か ら見 る と
,
「美術作家事典」 と い う特長がすべてに勝 る。基本的には第1 章 を除 く各章の各時代 に対応する 「作家事 典」があ り,その前 に 「まえが き」風の各 時代 の歴史的解説が挿入 され,全体で通史 の形式 を整 える。「作家事典」の作成は第一次資料の収集 を基礎 とす る作業であ り,その性質上,現 地研究者の仕事 となるのが一般である。 し たがって,外 国人である著者の作業は出版 されている第二資料 の収集 を基礎 とせ ざる を得 ない。 もちろん収集資料の邦訳 とい う 厄介な作業 もこなさなければな らない。内 容が唆味で不正確 な場合 には,本来 ならば, 一次資料の調査が必要 となるのだが,本書 ではその形跡が余 り認め られず,それ より ち,不明なものは不明,暖味な ものは暖味 と明記する道が選ばれた。外 国人研究者の 限界 といえば,それ までだが,少 な くとも, 知 らないことを知 らない と明記す ることに は賛同が得 られようし,第二次資料 の収集 整理 とはいえ,膨大 な量 をこな している点 で十分 に評価 され よう。
キューバ美術史 とい う 「通史」の側面か ら本書 を眺めた場合,先 に もふれたように, 著者はキューバ現代美術 の特長 を先住民文 化の 「非在」の歴史に求め ようとした。す なわち,キューバの現代美術 には特徴があ る。 しか し,その特長はそこに住み続けて きた先住民の歴史に負 うのではない。なぜ なら,そ うした先住民がマヤやインカの よ うに存在 しないか らである。では どうする か。著者はそれをアフロ ・キューバ文化 に 求める.アフロ ・キューバ とはアフリカ系
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キューバ人, もしくはアフリカ出身のキュ ーバ人,すなわちキューバ黒人のことであ る。
キューバはコロンブスが1492年の最初の 航海で到達 した島であった。その後,原住 民は過酷 な肉体労働 でほぼ絶滅 し,それに 替わる労働力が必要 となったが,最初は人 道的な理由で禁止 されていた黒人奴隷制が 1524年以来解禁 され,1886年 まで継続 した。
著者 はこの歴史的事実 に着 目し,アフリカ 黒人芸術 とキューバ現代芸術 との類縁性 を 示唆 しているようであ り,著者の言葉 を借 りれば トランスカルチュラルな状況,つ ま り 「アフリカ文化の移植」 によ り西欧 ・非 西欧の両者 に属す芸術 を生んだ と見ている ようである。少 な くとも,現代のキューバ 美術の成立 にはアフロ ・キューバ文化が不 可欠であることを主張す る。
この持論 に関連する著者の もう1つの強 烈なメッセージはキューバ革命 と現代美術 との関係 についてである。革命 は芸術の革 命 にも導 くと思 うのが一般であ り,キュー バ革命 について もそ う考 えられて きた。 こ の一般 に対 し,著者は革命前後のキューバ 芸術 に断続 はな く継続 していたことを強調 する。すなわち,政治の革命 は美術の動向 に直 に影響 を与 えるものでなかった とい う 主張である。
政治や経済の研究者 には不愉快 な主張で あるか もしれないが,芸術 の世界ではこれ は常識 といって も過言ではなかろう。産業 革命 は芸術の革命 に直結 してお らず,フラ ンス革命 も同様である。建築の分野で革命 の建築家 といえば,フランス18世紀後半の ル ド‑やプ レーなどを指すが,旧体制の中 で教育 を受けた建築家たちであ り, しか も 革命以前 に,現代建築 に直結する純幾何学 の革新的なデザ インを多数の計画案 に発表 しているのである。
もし政治が芸術 に反映することを主張 し たいのであれば,革命の ときではな く,絶 対王政 とか帝国時代,あるいは独裁政権の 時代 を対象にすべ きであ り,こうした時代 には芸術 に対 す る強権 的 な圧力が見 られ る。 しか し,革命 とい う場合,弱い立場の 社会層が開放 されるのが一般であ り,芸術 界 に圧力がかかるようなことはない。また, 美術 などの造形言語は 日常言語 と相違する ことも忘れてはならない。革命の思想や理 念 を直裁的には美術では表現で きないので ある。
著者 による今 までのラテ ンアメリカ美術 に関する著作同様,本書 もキューバ美術研 究の基本書 として必読の書 となるであろう
し,そ うなることを願 って止 まない。
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