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東京開成学校における機械工学教育

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著者 植村 正治

雑誌名 社会科学

巻 49

号 1

ページ 201‑236

発行年 2019‑05‑31

権利 同志社大学人文科学研究所

URL http://doi.org/10.14988/pa.2019.0000000095

(2)

《研究ノート》

東京開成学校における機械工学教育

植 村 正 治

明治以降,採鉱学,冶金学,造船学,応用化学,そして機械工学などの近代工学技 術が欧米から本格的に移転され,日本において経済発展が進行した。これらの技術は 高度な内容であったので,体系的な工学教育を行うための工学系高等教育機関が設立 された。本稿では,前稿で取り上げた工部大学校とともに,後の帝国大学工科大学の 母体となった東京開成学校における機械工学教育について検討した。東京開成学校で は,イギリス人機械工学教師,ロバート・スミスを雇い入れ,1874 年(明治 7)9 月か ら後年の大学専門学部に相当する東京開成学校本科の生徒を対象とした機械工学授業 が始まった。1 年生では,予科 3 年間で基礎的数学を学んだ上で,微積分を含む「高等 数学」が教えられ,現在では材料力学と訳されている「物質強弱論」,この理解に必須 の物理学領域の 1 つである重学(力学)および機構学,機械構造を知る上で重要な図 学などが教えられた。2 年生では熱力学が教えられた。工学模型蒐集室に納められたボ イラー模型や実物蒸気機関,さらにはインジケーターなどを通して熱力学理論をより 深く理解したであろう。また動力を伝達する各機械要素間に生じる摩擦についても具 体的な機械要素を利用した授業が行われた。3 年生授業については,東京開成学校最終 年度の 1876 年度において機械工学 3 年生が在籍していなかったので開講されなかった が,スミスは東京開成学校における機械工学教育に重要な役割を果たした。

は じ め に

欧米に起原を持つ近代的生産技術と日本国内の在来技術との間には大きな断絶があっ た。近代技術においては,石炭の燃焼により発生した蒸気を蒸気機関で動力に転換し,こ れを利用して各種金属製作業機を稼働させて製品を生み出していく。たとえば,甘蔗製 糖の場合1),刈り取った甘蔗を数台の巨大な鉄製ローラーにかけ,糖汁を搾り取る。糖汁 は,三重効用缶と称される 3 個の鉄製容器に順次入れられ,蒸気加熱により水分を蒸発 させる。効用缶内は減圧されているので 100℃をかなり下回る温度で沸点に達し,糖汁が 濃縮されていく。さらに,結晶缶と称する減圧容器で一層加熱され,糖汁濃度は最高度 に達する。結晶缶から,結晶糖と糖蜜が混在する濃縮糖汁を取り出して遠心分離器にか

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けると,分離器内に甘蔗糖結晶が残る。

前稿2)で詳細に検討した綿糸紡績技術についても製糖技術以上の断絶があった。まず 綿花産地で梱包されて輸送されてくる繰綿を開俵機によって梱包を解き,各種原料綿花 を混綿機で混合しながら綿塊を解きほぐし(解舒),次の開綿機でも一層の解舒が進むと ともに綿花に含まれる塵埃も除去される。さらに別の開綿機に送られラップと称される 一定幅の平たい伪綿にしてロール状に形成される。ラップは厚さが均一でないので,4 個 のロール状ラップを巻き戻しながら,4 層に平たく重ね合わせて均一なラップにするため と,さらなる除塵を行うために打綿機に送られる。次の梳綿機では,ラップ内に残る微 細な塵埃を除去し,綿花繊維を梳いて平行にしたのち,スライバーと称されるロープを 形成する。次の練篠機において,6 本のスライバーを 1 本の練篠スライバーにまとめて引 き延ばす作業(牽伸)が通常 3 回繰り返される。繊維を平行にするとともに,糸の太さ を均一にするためである。50 番手までの綿糸の場合,3 種類の粗紡機(始紡機,間紡機,

練紡機)にかけられる。始紡機では 1 本の練篠スライバーを引き延ばしながら撚が加え られて 1 本の粗糸となる。間紡機,練紡機でも同様の作業が繰り返されるが,2 本の粗糸 を 1 本に結合して牽伸と加撚が行われる。精紡機(リング紡績機もしくはミュール紡績 機)においても一層の牽伸と加撚が進み綿糸が完成する。

これらの近代技術は様々な経路を経て日本に移転された。外国人技術者・技能工の雇 用3),海外留学生4),欧米機械メーカーの代理店5),リバース・エンジニアリング6),技 術者・技能工・製造機械などの一括提供7),技術提携8)などがあげられる。前稿とともに 本稿でも学校教育もその重要な経路の 1 つと捉えた9)。工学系高等教育機関が拡張・普及 していくに応じて,工学教育を受けた大量の卒業生が10),省庁,地方庁,陸海軍,教育 機関,民間部門に就職し,転職を繰り返す過程で,工学技術の移転と国内普及が進展す るのはもっと後のことであるが,工学教育の原型がすでに明治前期に形成されていた。本 稿は 1874 年に成立した東京開成学校における機械工学教育を,機械工学の諸概念を参照 しながら検討した試論である11)

1 専門学科の設立

東京開成学校の前身は開成学校,第一番中学,南校,大学南校,開成学校さらには旧 幕府の開成所や蕃書調所に遡っていく12)。すでに大学南校時代の 1870 年(明治 3)2 月,

1877 年 4 月に発足する東京大学の法学部,理学部,文学部に対応する専門学科の法科,理

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科,文科(大学東校は医科)が構想された。専門学科の下には普通科が設置された。普 通科では数学と外国語の習得に重点が置かれ,外国語として英語と仏語,後に独語が加 えられた。諸藩が推薦する貢進生を生徒として受け入れた。1871 年 7 月,大学本校が廃 止されて文部省が設置されたため,同校は文部省の監督下に入るにともない,「大学」が 冠せられずにただ南校という名称の教育機関となり,一旦入学を許した貢進生に退学を 命じ,新たに生徒募集を行うこととなった。最終的な目標は高度の専門教育を施すため に欧米をモデルとする近代的大学を創設することであった。取りあえず,専門教育を理 解するために必要な外国語を中心とする欧米の一般教養科目をカリキュラムに取り入れ た普通科を拡充することになった。外国語は 1870 年時と同様に英語,仏語,独語の 3 カ 国語で,それぞれに学力別クラス編成が行われ,英語は 9 クラス,仏語 6 クラス,独語 4 クラスからなった。1872 年 3 月に生徒募集が行われ,旧貢進生を含む 440 人余が入学し た13)

同年 8 月の学制発布にともない,南校は,各大学区に一校設置されるはずの大学の下 位教育機関,第一大学区第一番中学に改組された。この時,3 カ国語同一基準の学力別ク ラス編成,すなわち上等中学 1 〜 6 級(3 年間),下等中学 1 〜 6 級(3 年間),予科 1 〜 2 級(1 年間)の区分が行われ,先の語学別クラスもこれらの合計 14 区分に振り分けら れた。上等中学は 180 人,下等中学 181 人,予科 29 人という内訳で,これらの中には旧 貢進生 74 人も含まれた14)。上級 1 級を経て大学に進学することになるが,学制では「大 学ハ高尚ノ諸学ヲ教フル専門科ノ学校ナリ,其学科大略左ノ如シ」とあるものの,各学 科の具体的構想や授業科目は示されず,ただ「理学,化学,法学,医学,数理学」が掲 げられたにすぎない15)

上等中学 1 級の生徒が学業を終える 1873 年になっても大学設置が実現しなかったた め,同年 4 月に第一番中学を開成学校と改称し,この中に普通科と専門学科とを併設す ることになった。この時,3 つの外国語から 1 つを選択する方針が変更され,英語を専修 として授業も英語で行うこと,専門学校として法学校,理学校,工業学校を置くことと なったが,それまで独語もしくは仏語を学んできた生徒を救済するために 2 つの学校が 追加された。それぞれ鉱山学校,諸芸学校であった。また,上述の上等・下等中学の生 徒のうち,下等中学 1 級以上の生徒を専門学校予科(普通科)に属する生徒とし,2 級以 下の生徒を新たに設置した外国語学校(後に開成学校から分離)に属させた16)

1873 年 9 月に初めて後年の大学専門学部に相当する専門学校本科の授業が行われた。表 1 は学校別,本科・予科別,さらに等級別の生徒人数を見たものである17)。表 1 の依拠し

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た文部省年報は,開成学校校長が文部大輔に宛てた報告書で,当時の会計年度に合わせ て 1 月から 12 月までの各種報告を順番に記載したものである。1875 年まで会計年度に合 わせていたが,翌年から「年報編次ノ制改マリ一ニ学年ニ従フヲ以テノ故ナリ18)」と,開 成学校の 1 学期開始月の 9 月から報告することになった。表 1 の調査月が不明だが,1874 年と 1875 年の両年が 12 月だったので同じ 12 月調べと推測する。

表 1 に掲げた本科第 3 級が専門学科 1 年生にあたり,第 1 級の 3 年生までの 3 年間履 修であったと考えられる。この表によると,鉱山学校に 11 人が在籍し,専門教育が行わ れようとしていた。表 2 は,鉱山学校本科第 3 級の授業科目,同予科第 1・2・6 級の授 業科目とそれぞれの週授業時間数,そして比較のために工業学校第 6 級の授業科目と週 授業時間数を掲げたものである。予科についても 3 年間教育で,1 〜 6 級に等級区分され ている。等級が低くなるに応じて語学授業時間数が増加している。工業学校第 6 級はさ らに甲・乙に区分され,鉱山学校に比して語学に力が入れられ,低い等級の乙ではさら に語学時間数が多くなっている。

表 2 の鉱山学校本科第 3 級(1 年生)の授業科目と,工学寮(後に工部大学校に改組)

における 1875 年段階の鉱山学科授業科目とを比較してみよう19)。1873 年に工学寮が設立 され予科 2 年間の履修を終えて専門課程(専門科・実地科各 2 年間)に進む生徒が輩出 した時である。それらは地質学,金石学(鉱物学),地質測量,実地化学,鉱山機械,鉱 山作業,図学で,表 2 の科目のうち「*」を付した科目に対応する。また工部大学校が工 学系高等教育機関として成熟した 1882 年における授業科目も地質学,金石学,地質測量,

表 1 1873 年(明治 6)の各学校本科・予科・等級別生徒数

等級 法学校 理学校 工業学校 諸芸学校 鉱山学校 合計

本科 第 3 級 11* 11

予科

第 1 級 10 20 11 41

第 2 級 15 18 7 40

第 3 級 20* 20

第 6 級 52 17 69

3 年下級 10 10

1 年上級 16 16

1 年下級 24 24

合計 25 58 52 50 46 231

出所: 東京大学史史料研究会編「東京開成学校(文部省年報収録分)明治六年」,『東京大学年報』第 1 巻,東京大学 出版会,4 〜 5 頁。

注: *印を付した理学校予科第 3 級の 20 人と鉱山学校本科第 3 級の 11 人は,上記資料の表(5 頁)ではそれぞれ理 学校予科第 6 級,鉱山学校予科第 6 級に分類されていたが,この資料の前に掲載された本科・予科別および等級 別授業科目一覧には後者等級に対応する授業科目は掲げられておらず,前者等級に対応する授業科目が掲げられ ていたことから,記載間違いと判断した。他に級外生が 5 人いた。諸芸学校では予科は 1 〜 3 年区分であった。

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実地化学,建築大意,鉱山学,図学となっており,表 2 と大きな差は見いだせないこと から20),鉱山学校の授業科目は適切に選択されていたことがうかがえる。

この授業科目配置を行ったのは,大阪開成所に理化学教師として勤務し 1873 年 3 月に 第一番中学に移ってきたドイツ人教師ヘルマン・リットル(Helman Ritter)であろう。

鉱山学校教授に任ぜられた。彼はヨハネウムギムナジウム卒業後,ドイツ各地,さらに アメリカのセントルイスで薬剤師として勤務し,1854 年,ゲッティンゲン大学に入学し てフリードリヒ・ヴェーラーのもとで化学の研究を行った。1860 年,ウルトラマリンに 関する論文で博士号を取得した後,モスクワの化学工場勤務を経て日本に招聘された21)。 1874 年の暮れに天然痘にかかり 12 月末に死亡したが22),1873 年 9 月から少なくとも 1 年間にわたって,物理・化学などを中心とした鉱山学関連の授業を 1 年生 11 人(表 1)に 対して行ったであろう。

2 機械工学授業の開始

1874 年(明治 7)5 月,東京開成学校に改称され,9 月に法学科,化学科,工学科の 3 学科体制でいくことになった。修学年数は本科,予科ともに 3 年間であった。鉱山学科 と諸芸学科はしばらく存続し翌年 7 月に廃止された。ただ仏語生徒を救済するために仏 語物理学科が別置され,東京大学発足後の 1880 年(明治 13)7 月に最後の生徒が卒業す

表 2   鉱山学校本科第 3 級授業科目,同予科第 1・2・6 級の授業科目,工業学校第 6 級の授業科目,およびそれぞれ の週授業時間数

鉱山学校 工業学校

授業科目 本科第 3 級 授業科目 予科第 1 級 予科第 2 級 予科第 6 級 予科第 6 級甲 予科第 6 級乙

三角術 4 語学 3 3 8 12 16

画法幾何 2 算術 4 4 6 6 8

微分積分 3 幾何学 4 4 4 3 2

測量学* 2 代数学 4 5 3 3 2

化学* 3 地理学 2 2 3

物理学 4 博物学 3 4 3 3

器械学* 2 物理学 4 3

金石学* 4 化学 3 3

地質学* 2 画学 2 2 3 3 2

金属学 2 合計 29 30 30 30 30

画学* 2

合計 30

出所:表 1 と同じ。3 頁。

注:金属学には「当分此課ヲ欠キ代数ヲ加フ」という注記があった。*印の授業科目については本文参照。

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るまで存続した23)。工学科の教育領域は,1875 年 12 月末段階の「将来学業進歩ニ関スル 要件24)」と題する学校当局の意見書に「生徒ノ増員スルニ従ヒ一二年中必ス専門二三科 ヲ増設セザル可ラス,又工学ノ如キ已ニ本校ニ設置スル以上ハ機械土木ノ二科ニ別タザ ル可ラス」(原文は連続する文章になっていたが,適宜「,」を挿入した。以下同じ)と していることから,1874 年 9 月段階においても工学科は機械工学と土木工学を教育対象 としたものと考えられる。

1874 年,多くの外国人教師が雇い入れられた。図 1 は東京大学発足時までにその前身 校で雇用された外国人教師を,受持授業科目に基づいて分野別に分類したものである25)。 複数の科目を兼担する教師が多いが,語学分野には特定の語学だけを担当した教師を取 り上げた。たとえば英語とともに物理学,数学を教えたアルフレッド・メージョル(英)

は理工系に含めた。前述のリットルは物理・化学であったので,理工系とした。数学だ けを担当した 3 人も理工系とした。またたとえば,英文学を担当したウィリアム・エー・

ホーソン(米)は文学,英米法のヘンリ・チー・テリー(米)は法学,修身学のエドワー ド・サイル(英)は一般教養に分類したが,図 1 のように文学・法学・一般教養の分類 に当てはまる教師は少ない。図 2 は各年の外国人教師の在籍人数を見たもので,1872 〜 1876 年において常に 20 人ほどのお雇い外国人教師がそれぞれの分野において授業してい たことがわかる。全体的に語学教師が 1873 年を境に急減し,代わって理工系教師が多く なった。本格的に専門教育が始まったことに対応している。

ロバート・スミス(Robert Smith)が 1874 年 9 月 7 日に「工学教授26)」として機械工 学を担当した。彼はエジンバラにある機械工場で 5 年間の年季奉公を終えた後,マンチェ

図 1 東京大学発足時までの分野別外国人教師採用人数

出所:東京帝国大学編(1932)『東京帝国大学五十年史』上冊,補遺。

0 2 4 6 8 10 12 14

1 8 6 9 1 8 7 0 1 8 7 1 1 8 7 2 1 8 7 3 1 8 7 4 1 8 7 5 1 8 7 6 1 8 7 7

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(8)

スターのジョセフ・ホィットワース(Joseph Whitworth)会社の製図室,ドイツ・ケム ニッツの工作機械メーカー,ベルリンのウォラート会社の製図室に勤務した経験を持つ。

この間,彼はホィットワース奨学金を 1868 年(1 年間)と 1872 年(3 年間)の 2 回にわ たって支給された27)。ホィットワース社は工作機械,兵器,精密機械の製造で経営拡大 し,1897 年にアームストロング社と合併した会社である28)。当時のイギリスでは高等工 学教育が普及していなかったので,ホィットワースは 1868 年,科学と産業との間に今ま で以上に密接な関係を構築するための奨学金制度を設立した29)。働きながら学ぶことを 原則とし年間支給額は当初 100 ポンドであった。スミスが 17 歳の時に受給した 1868 年 の奨学金はホイットワース会社に雇用された時のものと推測するが,2 回目の 3 年間受給 の奨学金はドイツから帰国した時のものであろう。1872 年から 3 年間受給したはずなの で 1874 年は奨学金受給最終年であったろう。エジンバラ大学でフレミング・ジェンキン

(Fleeming Jenkin)に学んだが,正規の大学教育ではなかった。ジェンキンの推薦や,

幕末期から日本との関係が深い,ロンドン大学の化学者アレキサンダー・ウィリアムソ ン(Alexander Williamson)の仲介により東京開成学校に就職した30)。スミスと同日に 着任した化学教師アトキンソンがウィリアムソンの助手を務めていたことからも裏付け られるが31),ホィットワースもスミスの人選に関わったようである32)。興味深いことに,

工部大学校で機械工学を担当し都検でもあったダイアー(Henry Dyer),同校で土木工学 や機械工学を担当したペリー(John Perry)もホィットワース奨学生であった33)

22 歳の若さで東京開成学校に着任すると同時に工学関係のカリキュラム編成を任され た。「東京開成学校第二年報」(以下,「第二年報」とする)において,「九月従前ノ法学

図 2 東京大学発足時までの分野別外国人教師在籍人数

出所:図 1 と同じ。

注: 本文に掲げたエドワード・サイルは 1874 年 11 月から 1879 年 4 月まで勤務したので,1874 年では 1 カ月間,すなわち 0.083 年間勤務,1878 年末までは各 1 年間勤務,1879 年は 0.333 年間勤務したと 見なす。このように各外国人教師の年別勤務年数を各年ごとに集計することによって得られた。

0 5 10 15 20 25

1 8 7 0 1 8 7 1 1 8 7 2 1 8 7 3 1 8 7 4 1 8 7 5 1 8 7 6 1 8 7 7

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理学工業学ノ教科ヲ革メ,更ニ英米大学ノ規定ニ準拠シ其宜キヲ折衷シ,法学化学工学 ノ科程ヲ定ム,則左ノ如シ34)」として,「予科課程」から記載が始まる。予科の履修期間 は 3 年間で 1 年を 1 期・2 期に区分する。授業科目は 3 学科共通で,学年進行に従って英 語,数学,博物学,地理学,化学,画学,史学などの授業科目の組み合わせを変えなが ら,個々の授業内容も高度化していく。表 3 は工学科「本科課程」の 3 年間にわたる授 業科目表である。英語表記であったのが,日本語に翻訳されたと考えられる。同一授業 科目が,『東京開成学校一覧 明治八年二月35)』にも記載されている。同一覧は 1875 年 2 月に作成されたもののようであるが,その最初に掲載された「東京開成学校沿革略誌」

の末尾に「明治七年十月浜尾新校長心得トナル」という記載があることや,授業科目の 表 3 との一致から,同一覧は 1874 年 1 学期以降の教則やカリキュラムなどの学内状況を

表 3 1874 年(明治 7)9 月の工学本科学年別授業科目

第一年

(下級)

ハイエル,マセマチックス   クアトルニヤンス,エンド,デフェレンシャル,エンド,エンテグラル,カルキュラス

高等数学      〔四術算及微分積分

セオレチカル,エンド,アップライド,メカニクス

重学論理及応用

ストレングス,オフ,マテリヤルス

物質強弱論

グラフィカル,カルキュラス,エンド,ドローウィング

図画推算学及製図 物理学及製錬局ノ実験 金石及地質

心理学 法蘭西語

第二年

(中級)

セオレチカル,エンド,アップライド,セルモ,ダイナミクス

熱動学論理及応用

ストレングス,オフ,ストラクチュール

結構強弱論

物理学及製錬局ノ実験

マシーン,ドローウィング

機器製図

エッフィシエンシー,オフ,マシーン,エンド,ウヲクルショップ,オフ,プラグチス

機器功力及工場実験

レイルウェー,ソルブェインク,エンド,コンストラクション   フィールド,エンド,オフイス,ウオルク

鉄道測量及築造      〔野外及館内 地質学及採鉱学

修身学

第三年

(上級)

レクチュールス,オン,ゼ,デザインス,オフ,ランド,コロモチブ,エンド,マリーン,エンジンス,エンド,オフ,ハイドロリック,ウ オルクス

海陸蒸気機及水機器様式ノ講義

プラクチス  デザイニング  ドローウィング  エスチメーチング

復脩実験 〔計画   製図    計費 〕 採鉱学

出所:表 1 と同じ。12 頁。

注: 原資料は縦書きなので,科目名の右側に英語発音をカタカナにしたルビがふられていたが,横書きの表 3 では各 科目の上段にルビを記入した。原文の「ヰ」は「イ」,「ヱ」は「エ」に代えた。

(10)

掲げたものであろう。ただしカタカナのルビに関して同一覧のものと表 3 のものとが微 妙に異なる授業科目も見いだせる36)

その後,若干の変更が加えられたようである。「第二年報」に掲載された「生徒試験ノ 方法及進歩ノ概略37)」において,試験方法や評価基準などに関する記述に続けて,「此年 秋法学理学予科最上等生徒将ニ本科ニ進入セントスルノ期ニ際シ,幸ナル哉法学教授ハ グリグスベー化学教授ハアトキンソン工学教授ハスミス合テ専門教授三氏来着ニ因リ,

九月ヨリ生徒ヲシテ此三氏ニ就カシメ始テ各学本科課程ヲ履修セシム,是以法・化・工 三学ノ本科生徒ノ進歩最モ多シトス,諸芸学鉱山学予科生徒ハ之ニ反シ不幸ナル哉マイ ヨ及リツトル二氏ノ病死ニ因リ其進歩ヲ妨クル甚タ大ナリ(引用文内の「・」は原文で は「、」となっている。以下同じ)」と,法学科,化学科,工学科には新しい外国人教師 が着任し生徒たちの修学も進んだのに対して,諸芸学科,鉱山学科では 2 人の教師を失 い,修学が妨げられたとする。しかしながら,彼らが修得した授業科目は少なくなく,ま た予科生についても本科に入ると「其進歩ノ迅速ナルヲ予徴セシム」として,「仍テ九月 爾後十二月迄僅ニ四箇月間各最上等生徒ノ修得スル科目ヲ左ニ記シ,以テ衆生徒進歩ノ 景況ヲ推知スルノ便ニ備フ」としている。この記述に続けて,「各最上等生徒」が在籍す る各学科の授業科目が掲げられている。1874 年段階の各学科の本科・予科・等級別生徒 数を見た表 4 によると,「各最上等生徒」は法学科,化学科,工学科では本科第三級生徒

(1 年生)にあたるそれぞれ 9 人,9 人,6 人,諸芸学科では 4 年下級の 13 人,鉱山学科

表 4 1874 年(明治 7)12 月段階の各学科本科・予科・等級別生徒数

等級 法学科 化学科 工学科 諸芸学科 鉱山学科 製作学教場 合計

本科 第 3 級 9 9 6 24

予科

第 1 級 15 15 10 40

第 2 級 16 13 29

第 3 級 21 15 40 76

第 4 級甲 19 19

第 4 級乙 18 18

第 5 級 25 18 43

4 年下級 13 13

3 年上級 17 17

3 年下級 19 19

2 年上級 28 28

合計 24 123 6 77 56 40 326

出所:表 1 と同じ(「東京開成学校第二年報」)。19 頁。

注: 同資料掲載の原表「各学生徒等級人員表」には,化学は「理化」,工学は「工理」と記され,『文部省第二年報*』

掲載の同一資料にはそれぞれ「理,化学」,「工,理学」とあった。化学科には,新たに化学を選択した生徒と旧 理学校生徒からなり,工学科は旧工業学校生徒と旧理学校生徒からなると推測する。「試験未済」の 5 人は含ま れない。

(11)

では予科第 1 級の 10 人で,彼らに対して行われた授業科目が引き続き掲載されている。

製作学教場(後述)についても同様である。各学科の授業科目ばかりでなく,「進歩ノ景 況ヲ推知」するために授業内容や授業の進捗状況も記されている。

表 5 は工学科本科 1 年生が 9 月〜 12 月に実際に受講した授業内容を掲げたものである。

順を追って見ていこう。物質強弱学は,表 3 のように「ストレングス,オフ,マテリヤ ルス」,すなわち「strength of materials」のことで,現在では材料力学38)と訳されてい るが,表 5 の授業内容を見ると,力学的内容は中心的なものではなく,主に機械などを 構成する各種原材料に関する授業が行われた。第 1 項は強度や剛性に関する各種機械構 成材料の特性について論じたのであろう。第 2 項の「試験管」は材料の強度などを計測

表 5 1874 年 9 〜 12 月における工学科本科第一年(第三級)生徒の授業科目と内容

授業科目 授業内容

物質強弱論

第一 凡強弱ニ関スル物性ヲ論ス 第二 試験管ノ製造及ヒ其用法ヲ説ク

第三  凡木財ハ乾晒法,地質及ヒ収伐ノ時ニ関スルヲ論ス,次ニ各種ノ粘質及ヒ其適用ヲ 説ク

第四 金属諸般ノ性ヲ論ス

第五  鋳鉄,鍛鉄ノ製法,鎔鉄炉ノ建築法,鋳鉄或ハ鍛鉄ヲ鋼鉄ニ変スル法及ヒ鋼鉄ノ適 用ヲ論ス

第六 製銅法,鎔銅炉及ヒ純銅ヲ得ルノ法 第七 鉄銅各種ノ粘質抵抗力等ヲ計算ス

測量学

第一 凡土工ヲ始ルノ順序ヨリ陸地測量一般ノ方法ヲ論ス 第二 測量器ノ正否ヲ試ミ破曲ヲ補正スルノ法

第三 高低測量ノ理ヲ論シ鉄道建築ノ大体ヲ説ク 第四 実測ノ結果ヲ図スルノ法

第五 開成学校搆内及ヒ旧加州邸内ヲ実測シ其図ヲ画ス

画法計算

此科ハ幾何学三角法等ノ規則ニ従ヒ三角四角或ハ多角形ノ図ヲ画シ図面ニテ線ノ長短角 度ノ多少ヲ知ルモノナリ

第一 加減乗除ヨリ二乗三乗数乗方程ノ解題ニ至ル 第二 動体速力ノ変更ヲ計ル

高等器械学 第一 物質動揺論

第二 微分積分ノ方法ヲ以テ物勢及速力増減ノ度ヲ計ル 画学 第一 筒形多角形及儿案等ノ直視体,斜視体ヲ画ク

第二 諸器械ノ斜視体ヲ画ク 四数法

第一 法ノ因テ起ル所ノ理ヲ論シ及其用ヲ弁ス 第二 通常幾何ト此法ノ同異ヲ論ス

第三 加法乗法ノ凡例ヲ説ク

微分積分 第一 微分ノ原因及ヒ其式ノ凡例ヲ説ク 第二 積分一般ノ式ヲ終ル

物理学

用書大「ガノー」 聴学ノ部ヲ終ル 重学

用書「ペック」氏著書 巻首ヨリ運動論ノ始ニ至ル 心理学

用書「アルデン」 巻首ヨリ半巻ニ至ル

仏語 対話書,文典

出所:表 1 と同じ。15 〜 16 頁。

(12)

するための材料試験機と解釈しておきたい。第 3 項は,各種原材料として木材を利用す ることを想定してその「乾晒法」や樹木の生育地質,収伐の時期などについて論じた。第 4,5,6 項は,金属材料の特性,各種金属の製造法,溶鉱炉建設法,製鋼法,製銅法など を講義し,第 7 項では,金属材料の強度や剛性に関する各種数値を材料試験機などで実 測したものと見られる。

表 3 のように,当初測量学は授業科目に入っていなかったが,本科の授業開始にとも なってこの科目が加わった。表 5 によると,土木工事の手順や陸地測量の概要,測量器 の検査や調整,水準測量法や鉄道建設の概略,実地測量による地図作成法が教授され,最 後に東京開成学校内と旧加賀藩邸内の実地測量に基づいて地図を作成するということだ が,この時期に測量学を担当できた外国人教師は見いだせない。ミシガン大学で土木工 学を修め,卒業後大陸横断鉄道敷設のための測量を行った経歴を持つアンサンク(A. W.

Unthank)が 1874 年 3 月に画学,数学,測量学担当教師として雇用されたが,同年 9 月

には退職している39)。測量学の授業は開かれなかった可能性がある。

画法計算と画学の 2 科目は40),表 3 の図学推算学及製図(graphical calculation and

drawing)に対応する科目である。画学では表 5 にあるように様々な形状の物体を「直視

体」と「斜視体」で描くこと,各種機械については「斜視体」で描くことを教えた41)。画 法計算は各種幾何学図を使って代数計算や方程式を解き,物体の速度変化計算にも応用 する。多くの場合,後述のように橋梁などの構築物の各部分に生ずる荷重計算を行うた めに幾何図が利用された。

高 等 器 械 学 は 重 学 と と も に, 表 3 の 重 学 論 理 及 応 用(theoretical and applied

mechanics)に対応すると考えられる。mechanics

は,重学(力学)とも機(器)械学と

も訳されている。高等器械学の第 1 項では振り子やバネなどの振動論を取り扱い,第 2 項 では微積分法を利用してエネルギーや物体の運動速度変化の具体的数値例を示したもの と推測する。

四 数 法 と 微 分 積 分 は, 表 3 の 高 等 数 学 と い う 名 称 で 括 ら れ た 四 術 算 及 微 分 積 分

(quaternions and differential and integral calculus)に対応している42)。quaternions は四元法と訳されているが,当時はまだ訳語が統一されていなかったし,後年の授業科 目表やシラバスによると徐々に教えられなくなった。

表 5 の物理学は表 3 の物理学及製錬局ノ実験に含まれるが,この期間には実験は行わ れずに物理学理論のみが教えられた。授業内容項目が掲載されていないのは,すでに化 学科本科 1 年生用物理学で紹介されていたからであった。化学科では「用書「ガノー」氏

(13)

著大物理学書43)」とある。テキストとしてガノーの物理学書を使用したことを示す。授 業内容は「聴学之部」とあり,具体的内容項目として「響ノ発スル所以〇響ノ波及及ヒ 其反射ヲ述ブ,発響物ノ震動ヲ算計スル法〇音響説,琴絃及ヒ琴管中ノ空気ノ震動論,

捧・板・及ヒ膜ノ震動」が掲げられている。工学科用物理学の場合,「用書大「ガノー」」

と略し,授業内容についても「聴学ノ部ヲ終ル」としか記されていない。同書は『東京 開成学校文庫書目 英書之部』の

Physics

の分類に「Ganotʼs Physics, translated by

Atkinson」として掲げられ,

「図書室」に 66 部が収蔵されていた44)。ガノー(A. Ganot)

はフランス人物理学者で,彼の著書「Traité Élémentaire de Physique」(1851 年)がア メリカ人のアトキンソン(E. Atkinson)により英訳されて「Elementary Treatise on

Physics

45)」となった。

BookⅠから BookⅩにわたる 900 頁にも及ぶ大著である

46)。表 6 は

Book

ごとの表題を掲げたもので,東京開成学校の 1874 年 9 月〜 12 月の物理学授業では

BookⅤの Acoustics

(音響学)が取り上げられた。

BookⅤは「Ⅰ. Production, Propagation, and Reflection of Sound. Ⅱ. Measurement of the Number of Vibrations. Ⅲ. The Physical Theory of Music. Ⅳ. Vibrations of Stretched Strings, and of Columns of Air.

Ⅴ. Vibrations of Rods, Plates, and Membranes. Ⅵ. Graphical Method of Studying

Vibratory Motions.」の 6 章(chapter)からなり,

「Ⅵ」を除き上記の「聴学之部」の内 容項目に対応している。BookⅤより前の諸章は,重学授業内容と重複しているので省略 された可能性もある。

表 5 の重学の授業内容も化学科本科のものと同じであったろう。化学科については「用 書「ペック」氏機械学書47)」と記された後に授業内容項目が羅列されている。その最初 と最後だけを見ると,「重学ノ藩籬〇静

止及ヒ運動〇引力〇物ノ重・量・積・・・

(中略)・・・〇綱・梃・斜面・滑車・輪 及ヒ軸・橛・螺旋ノ七個ノ器械力及ヒ権 ノ理等種々ノ機械力活用法」とあった。

「用書」はコロンビアカレッジの数学・

天文学教授のペック(W. G. Peck)によ り著されたもので48),著書タイトルは

「Elements of Mechanics49)」であった。

「 図 書 室 」 に も「Peckʼs Elements of

Mechanics」として 30 部収蔵されてい

表 6 ガノー著書目次

Book No. 表題

I On Matter, Force, and Motion.

II Gravitation and Molecular Attraction.

III On Liquids.

IV On Gases.

V Acoustics.

VI On Heat.

VII On Light.

VIII On Magnetism.

IX Frictional Electricity.

X Dynamical Electricity.

出所: Ganot, A.(1875), Elementary Treatise on Physics

(translated by E. Atkinson). New York:William Wood and Co..

(14)

た。同書は,表 7 のように 9 章からなる が,上記の授業内容項目は,同書の目次な どから機械的に選択したようである。第 1 章 「D e f i n i t i o n s a n d I n t r o d u c t o r y

Remarks」の目次として「Definitions−

Rest and Motion」,

「Forces」,「Gravity」,

We i g h t

−M a s s」,「

M o m e n t u m−

Properties of Bodies」という項目が順番

に掲げられていた。一方上記の引用最後 の 個 所 は, 第 4 章 の「Elementary

Machines」から書き抜いたものと考えら

れる。第 4 章の目次および本文内の項目には,「Cord」,「Lever」,「Inclined Plane」,

「Pulley」,「Wheel」,「Axle」,「Wedge」,「Screw」が見いだせる。表 5 に戻ると,「巻首 ヨリ運動論ノ始ニ至ル」というのは,第 1 章から第 4 章までテキスト授業が進み,第 5 章 の「Rectilinear and Periodic Motion」(表 7)に到達したということであろう。

心理学のテキストは「アルデン」の著書で,「図書室」には「Aldenʼs Elements of

Intellectual Philosophy」として 27 部納められていた。同書は 29 章からなるが,全 292

頁で 1 頁あたりの字数も少なく50),授業では半分まで進んだ。フランス語は「対話書,文 典」とある。上記の化学科では「文典,会話」とあった。フランス語会話が授業として 取り上げられ,「文典」については科学技術に関するフランス語専門書が使用されたこと がうかがえる51)

「第三年報52)」には,前述のように会計年度に合わせて 1875 年(明治 8)1 月〜 12 月 における処務概旨,諸規則改定,学業進捗状況,教授申報などが収録されているが,教 授申報の後に,本科・予科において実施された授業科目が学科・学年別に示されている。

表 8 は工学科本科について見たもので,修学期間の一段目は 1874 年度の 1 年生 2 学期の 授業科目であったと見なせる。1875 年 9 月に「工学本科中級生徒」となった生徒が,「下 級ニ在」る時の同年 1 月〜 7 月に学んだ授業科目は「左ノ如シ」というのである。表 9 の ように 2 学期が始まるのは,2 月 16 日からであるが,文部省年報は暦年に基づいて各種 事項が記載されているため,「本年一月ヨリ七月ニ至リ・・・」というのは 1874 年度 1 年 生 2 学期の授業に相当していよう。表 5 も 9 月〜 12 月という期間を採用しているが,1874 年度 1 年生 1 学期の授業に相当していよう。表 5 と同じような授業が 2 学期になっても

表 7 ペック著書目次

Chapter No. 表題

I Definitions and Introductory Remarks.

II C o m p o s i t i o n , R e s o l u t i o n , a n d Equilibrium of forces.

III Centre of Gravity and Stability.

IV Elementary Machines.

V Rectilinear and Periodic Motion.

VI Curvilinear and Rotary Motion.

VII Mechanics of Liquids.

VIII Mechanics of Gases and Vapors.

IX Hydraulic and Pneumatic Machines.

出所: Peck, W. G.(1869), Elements of Mechanics: For the Use of Colleges, Academies, and High Schools.

New York and Chicago: A. S. Barnes & Company.

(15)

行われていたことがわかるが,異なる点 を指摘すると,物理学実験と地質学が加 わり,1 学期に半分まで進んだアルデン の心理学授業が終了した。また四術算の かっこ内に掲げたテキストは「Kelland

& Taitʼs Introduction to Quaternions」

で,「図書室」には 14 部収蔵されてい た。 地 質 学 の テ キ ス ト は「Lyellʼs

Studentʼs Elements of Geology」

(23 部 収蔵)であった。

表 8 の 2 段目は 1875 年 9 月に 2 年生(中級)に進級した生徒が同年 12 月(もしくは 翌年 2 月)までに学んだ授業科目を示していよう。新しい科目として熱動学,結構強弱 論,鉄道測量及建築法などが加わった。物理学や地質学など 1 年生科目と同じものがあ るが,心理学についてはテキストがヒッコックの著書(「Hickokʼs Science of the Mind」

(30 部))に変わった。3 段目は,予科から本科に進級した 1875 年度 1 年生(下級)が 1 学期に学んだ授業科目を示している。表 5 や,表 8 の 1 段目に掲げられた科目とほぼ同 じである。金石学(鉱物学)が加えられているが,すでに表 3 にこの科目があげられて おり,予定されていた科目であった。また重学テキストが「Todhunterʼs Mechanics for

Beginners」

(36 部)に変わり,心理学テキストが「Havenʼs Mental Philosophy」(31 部)

に変わった。

表 8 1875 年における工学科本科生徒授業科目

学年学期相当 修学期間 授業科目

1874 年度 1 年 生 2 学期

工学本科中級生徒本年一月ヨリ 七月ニ至リ同下級ニ在リ修ムル 課目左ノ如シ

物質強弱論,重学理論及応用,陸地測量,図画推算学,幾何及機 器製図,四術算(ケルランド及テイト両氏),物理学実験,地質 学(ライエル氏)終ル,心理学(アルデン氏)終ル

1875 年度 2 年 生 1 学期

同九月中級ニ入リ十二月ニ至リ 修ムル課目左ノ如シ

熱動学,結搆強弱論,鉄道測量及建築法,機械摩擦功力,機器製 図,物理学,地質学講義,心理学(ヒッコック氏)終ル 1875 年度 1 年

生 1 学期

同九月本科下級ニ入リ十二月ニ 至リ修ムル課目左ノ如シ

物質強弱論,四術算(ケルランド及テイト両氏),微分(チヤル チ氏),図画推算学及製図,物理学,重学及講義(トッドハンテ ル氏),金石学(化学下級ニ同シ),心理学(ヘーヴン氏)終ル,

法蘭西語,画学(始計図法)

出所:表 1 と同じ(「東京開成学校第三年報」)。31 頁。

表 9 1875 年度の学年歴と休業日

学年歴 期間

第 1 学期 9 月 11 日〜翌年 2 月 15 日 第 2 学期 2 月 16 日〜 7 月 10 日 夏季休業 7 月 11 日〜 9 月 10 日 冬季休業 12 月 26 日〜翌年 1 月 7 日 神嘗祭など 計 6 日の休日

出所: 東京開成学校編(1875)『東京開成学校一覧』明治 8 年 2 月,東京開成学校,31 頁。

注: 開校当初の第 1 学期は 9 月 1 日〜翌年 2 月 28 日,第 2 学期は 3 月 1 日〜 7 月 15 日であった(東京帝国大学編

(1932)『東京帝国大学五十年史』上冊,272 頁)。

(16)

3 1875 年度と 1876 年度の機械工学の授業科目

前項では,実際に開講された授業科目について見たが,本項では 1875 年(明治 8)と 1876 年の両年度に開講予定とされた授業科目について検討する。

1875 年度の専門学科の授業科目がわかるのは,『The Calendar of the Tokio Kaisei-

Gakko

53)』(以下,Calendarとする)で,その日本語版が『東京開成学校一覧』(学校一

覧とする)にあたる54)。これらは学年歴,教師などのスタッフ,学科ごとの授業科目,試 験や評価基準などを記載した,学内向けの印刷物であるが,1875 年度の学校一覧は未見 なので,同年度については

Calendar

のみを参考にする。1876 年度については

Calendar

と学校一覧とが合冊された文献が見いだせたので55),授業科目に関する英文と邦文を対 応させながら検討していく。

1875 年 9 月段階で,表 4 のように法学,化学,工学,諸芸学,鉱山学,製作学の 6 つ の学科が存在し,1876 年段階では諸芸学科が仏語物理学科に変更され,鉱山学科が廃止 されたので 5 学科となった。同年度の学校一覧では,それぞれ「法学専門科課程」,「化 学専門科課程」,「工学専門科課程」,「物理学専門科課程」,「製作学教場」と称した。製 作学教場はその名称からも明らかなように,正規の専門学科として設立されたものでは なく,「本校化学工学等ノ学科タル頗ル高尚ニ過キテ其課程ヲ践修シ一科専門ヲ卒業セシ ムルニ至ルハ数年ノ久シキヲ要セサルヲ得ス,因テ先ツ実地ニ就キ別ニ其浅近ノ術業ヲ 教ヘ速成ノ生徒ヲ造56)」るために設置された。その規則には「諸般ノ工織物品製造等各 自其志ス所ニヨリテ直チニ其事ニ就キ専ラ実地術業ヲ学ハシム57)」とあるように,技能 工養成の役割を担った。授業は日本語で行われ,修学年数は 1874 年 3 月設立当初は予科 と本科を合わせて 4 年間であったのが,同年 11 月には 3 年間に短縮された。最終的に 1877 年 2 月,「本校化学工学ニ従事スル生徒ハ既ニ普通学ヲ履修セシモノナルカ故ニ其学 科高尚ナリト雖モ,卒業ノ期却テ該教場ニ従事スルモノヨリモ速カナルニ至リ,且ツ本 校現今ノ位置殆ト一大学ノ体ヲ成セルヲ以テ右等浅近ノ学科ヲ教フルハ其本旨ニ非サル ヲ以テ58)」,製作学教場は廃止された。専門学科卒業生の方が即戦力となること,「浅近 ノ学科」は大学として相応しくないことが理由であった。

Calendar

ではそれぞれの専門科課程を「Special Course in Law」,「Special Course in

Chemistry」,

「Special Course in Engineering」,「Special Course in Physics」,「製作学 教場」を「Technical Department」とした。表 10 は 1875 年度(同年度の日本語表記は,

表 3,表 5,1876 年度の学校一覧,

Calendar

を参考にした)と 1876 年度における工学科

(17)

10 1875年度・1876年度における工学科学年別授業科目 1875年度1876年度 学年英語表記日本語表記英語表記日本語表記 FIRST YEAR. ―JUNIOR CLASS 第一年 本 科下級

Mathematics.−Co-ordinate Geometry, Quarternions, Differential and Integral Calculus.高等数学(座標幾何学 四数法微分積分)Higher Mathematics.高等数学 Mechanics, Theoretical and Applied.重学理論及応用Mechanics and Mechanism.重学及機械構成法 Strength of Materials.物質強弱論Strength of Materials.―Lectures and Experiments.物質強弱論 Graphical Calculus.図画推算学Graphic Calculation.―Lectures and Practice.図画推算法(講義及実験) Pysics.−Lectures and practice in physical laboratory.物理学(講義及実験)Physics.―Lectures and Laboratory Practice.物理学(講義及実験) Mineralogy and Geology.−Same as in the Chemical Course.金石及地質- Phiosophy.−Lectures on the Science of Mind, and preparing essays on assigned topics.心理学- French.−To be studied with reference to its use in scientific studies.法蘭西語French.―To be studied with special reference to its scientific and technical use.法蘭西語 Land Surveying.−Measuring, computing and mapping; Field Practice; Topographical Dawing.陸地測量(講義 野外 及館内実験)Land Surveying.―Lectures, Field and Office Practice.陸地測量(講義 野外及 館内実験) SECOND YEAR. ―MIDDLE CLASS 第二年 本 科中級 Thermo-dynamics, Theoretical and Applied.熱動学理論及応用Thermodynamics, Theoretical and Applied.熱動学理論及応用 Strength of Structures.結構強弱論Strength of Structures.結構強弱論 Machine Drawing.機器図Machine Drawing.機器図 Pysics.−Lectures and practice in physical laboratory.物理学(講義及実験)Physics.―Lectures and Laboratory Practice.物理学(講義及実験) Efficiency of Machines, and Workshop Practice.機器功力及工場実験Efficiency of Machines, and lectures on Workshop Practice.機器功力及工場実験上ノ 講義 Railway Surveying.−Railway Curves, Excavation and Embankments; Bridge-building &c..; Field Practice; Office work in drawing, estimating ad making specificatin.

鉄道測量及築造(講義 野外及館内実験)Railway Surveying and Construction.― Lectures, Field and Office Practice.鉄道測量及築造(講義  野外及館内実験) Geology and Mining as In Chemical Course.地質学及採鉱学Geology.地質学 Philosophy.−Lectures on the Science of Morals, and preparing essays on assigned subjects.修身学- French.−A French Scientific author to be read.法蘭西語French.―A French scientific author to be read.法蘭西語

(18)

(工学専門科課程)3 学年の授業科目を対照さ せたものである。6 学科もしくは 5 学科の授 業 科 目 が 示 さ れ た 後, 学 校 一 覧 で は「 諸 学科要略」,Calendarでは「Syllabus of the

Courses of Instruction」が配置されている。

通常,シラバスは個々の授業科目に関する講 義要綱を掲げたものであるが,上記の 6 学科 もしくは 5 学科と同じような形式で,14 コー ス(1875 年度)もしくは 16 コース(1876 年 度)ごとに学年別授業科目と科目別シラバス が配されている。これらのコースは正規の学 科として成立していないが,学校一覧では

「諸学科」という名称が使用されている。本稿 では正規の学科と区別するため,コースとい う名称を使用する。表 11 は,1875 年度と 1876 年度についてそれぞれのコースを対応させ たものである。さらに「東京大学発足時に対 応する学部・学科」欄は,1877 年 4 月に発足 して 9 月に新カリキュラムが制定された東京 大学のうち,医学部を除く,法学部,理学部,

文学部の 3 学部の何れの学部もしくは,理学 部の何れの学科に,それぞれのコースが対応 しているかを見たものである。

前掲の「将来学業進歩ニ関スル要件」には 先に引用した文章の後段で,新学科増設のた めには予科生の増員が不可欠であるとする 論旨の中で次のように指摘する。「仮ニ本校 ニ七科専門ヲ設ル者トナセハ,彼ノ普通予科 三年ノ課程ヲ教授スル学校ヨリ年々少クモ 一専門二十五人則チ七専門合テ百七十五人 ノ普通科卒業生ヲ送進シ,本校ヘ入学セシム

THIRD YEAR. ―SENIOR CLASS 第三年 本 科上級

Design for land locomotive and Marine Engines.海陸蒸気機様式Lectures on the Design of Land, Locomotive and Marine Engines.海陸蒸気機様式ノ講義 Practice in designing Engineering Works, and in making Drawings and Estimates.工業ノ計画及製作図及 計費ノ実験Practice in designing Engineering Works, and in making Working Drawings and Estimates.工業ノ計画及製作図及計 費ノ実験 Mining and Metallurgy as in Chemical Course.採鉱学 冶金学Mining.―Reconnaissance ; Surveying; Exploitation and Ore-dressing.採鉱学(地質調査 測量 掘鉱及選鉱) Geodesy. −Methods of trigonometrical surveying; longitudes and latitudes of stations; map projections; practice in field and office work.測地術Geodesy .―Lectures, Field and Office Practice.測地術(講義野外及館内 実験) Hydraulic Engineering.−Water-works for cities; irrigation of land; canals, canal-locks, &c.; rivers, improvement of their navigation, protection of their banks &c.; habors and their improvement.

水機工学Hydraulic Engineering.水機工学 出所: Tokio Kaisei-Gakko(ed.)(1875), The Calendar of the Tokio Kaisei-Gakko. Tokyo: Tokio Kaisei-Gakko, pp.50-52. Tokio Kaisei-Gakko(ed.)(1876), The Calendar of the Tokio Kaisei-Gakko. Tokyo: Tokio Kaisei-Gakko, pp.43-44. 東京開成学校編(1876)『東京開成学校一覧 明治九年』東京開成学校,73〜79頁。 注:1875年度の日本語表記は,表3,表5,1876年度の学校一覧,Calendarを参考にした。大文字・小文字の表記は原文通り。

(19)

ルヲ要ス,斯ノ如クスレハ本校ハ純然タル専門大学校トナリ,諸科専門ヲ増設スルヲ得 ベキナリ,故ニ此挙亦本校専門教育上将来ノ一大要件ナリ,而テ博物学金石学地質学採 鉱学鉱物学物理学数学天文学文学性理学史学等ノ諸科ヲ増設スル順序ノ如キハ,又将ニ 漸次開具スル所アラントス」とし,最後に「本科生徒逐次増員シ又将ニ予科生徒モ陸続 本科ニ進入セントスルヲ以テ遂ニ専門ノ増設ヲ要スルニ至リシハ,独リ本校ノ幸栄ノミ ナラス抑亦国家教育進歩ノ徴ニシテ,豈是ヲ国家ノ慶祥ト謂ハザル可ンヤ」と,専門学 科の増設は東京開成学校ばかりか,国家にとっても慶祥のことであるとする。学校長代 理の浜尾新が文部大輔田中不二麿に宛てたものである59)。表 11 に掲げた 14 もしくは 16 のコースは,浜尾新の構想を具体化したもので,少なくとも理工系コースについて見る 限り,東京大学理学部設立に繋がったと言えよう。

表 11 1875 年度・1876 年度シラバスに記載の各コース名

1875 年 1876 年 東京大学発足時に

対応する学部・学科 コース名 日本語コース名 シラバス作成者 日本語コース名

1. English Literature and Logic

英 文 学  修 辞

学,論理学 James Summers 第 1  英 文 学  修 辞

学,論理学 文学部

2. History and Philosophy 史学,理学 Edward W. Syle 第 2 史学,理学(哲

学) 文学部

3. Mathematics 数学 William E. Parson 第 3 数学 第 2 数学・物理学・

及星学科

4. Physics 物理学 Peter V. Veeder 第 4 物理学 第 2 数学・物理学・

及星学科 5. Natural Histry 博物学 D. B. McCartee 第 5 動物学及植物学 第 3 生物学科 6. Gelogy and Mining 地質学,採鉱学 Henry S. Munroe

第 6 金石学 第 7  地質学 第 8 採鉱学 第 14 冶金学

第 5 地質学・及採 鉱学科

7. General Chemistry and Chemical Physics

普通化学,化学

物理学 G. J. Rockwell 第 11 普通化学 第

12 分析化学 第 1 化学科

8. Drawing. 画学 第 9 画学

9. Latin ラテン語 D. B. McCartee 文学部

10. Political Economy 理財学 D. B. McCartee

11. Law 法律 William E. Grigsby 第 10 法学 法学部 12. Applied Chemistry 応用化学 Robert W. Atkinson 第 13 製造化学 第 1 化学科 13. Mechanical Engineering 機械工学 Robert Henry Smith 第 15 機械工学 第 4 工学科 14. Civil Engineering 土木工学 James R. Wasson 第 16 土木工学 第 4 工学科 出所:表 10 と同じ。

注: 煩雑になるので,1876 年度英語コース名は割愛した。1876 年度の「第 16 土木工学」に続けて,「物理学要略」が 別項として収録されている。Calendarでも同様で,「XVI.-Civil Engineering」の後,「Section Francaise」が収 録されている。「第 4 物理学」と同じ内容をより詳しく紹介したものである。東京大学発足時に対応する学部・

学科のうち,第 1 などと番号をふった学科は,理学部に「五学科ヲ設ク左ノ如シ」として掲げた「第一 化学科 第二 数学・物理学・及星学科 第三 生物学科 第四 工学科 第五 地質学・及採鉱学科」に対応する。1875 年度の「6. Gelogy and Mining」についてはそのシラバスに「Metallurgy」が含まれている。1880 年に「第五  地質学・及採鉱学科」が分離されて「地質学科」と「採鉱冶金学科」とに分離され,理学部は 6 学科となった。

(20)

さて表 12 は 1875 年度と 1876 年度の

Calendar

に記載された機械工学コースシラバス

(「Syllabus of the Course in Mechanical Engineering」),および 1876 年度の学校一覧に 記載された,これらに対応する日本語の「機械工学科要略」を示したものである。「諸学 科ノ課程ニ準ジ其要略ヲ釐定シ以テ授業ノ順次ヲ明示ス」としている。また表 13 には土 木工学の「Syllabus of the Course in Civil Engineering」と「土木工学科要略」を掲げ た。表 13 の冒頭にあるように「土木工学ハ機械工学ト課程ヲ同ウシ工学科ノ生徒之ヲ学 修ス,其課目左ノ如シ」とある。「学科」とあるが,前述のようにコースに当たるもので あった。表 11 のように,機械工学コースシラバスを作成したのはスミスで,土木工学コー スシラバスの作成者は 1875 年 10 月に採用されたワッソン(James R. Wasson)であっ た。ワッソンはアメリカ陸軍兵学校出身で,1872 年に来日し開拓使仮学校教師を経験し た後,北海道各地において道路開鑿工事や三角法による全道の測量,さらには札幌石狩 河口間鉄道敷設の調査を行った経歴を持つ60)。1876 年度のシラバスには作成者名は示さ れていないが,同一人物が作成したと見ていいであろう。機械工学の場合,1876 年度の シラバスはほとんどの科目で 1875 年度のものよりも詳しい説明がなされているが,土木 工学では両年度とも同一内容だった。

以下,スミスが担当した授業科目を中心に,両年度における個々の授業内容について 見ていこう。まず表 10 と表 12・13 とを対応させてみると,すべての講義をスミスやワッ ソンが担当したのではなく,表 14 のような分担になっていた。ただ高等数学については,

表 12・13 では明らかでないが,スミスとワッソンが提出した教授申報には,数学を担当 したことが報告されている。スミスは 1875 年度の申報において 1874 年度 1 年生の成績 を振り返って「高等数学ヲ教ユルモ亦意外ノ学才ヲ著シ以テ異常ノ進歩ヲ表ス61)」とし ている。表 15 は 4 学科の学年別在籍人数と留学生数を見たものであるが,スミスが言及 した生徒は 1874 年度工学科 1 年生(下級)の 6 人であった。ワッソンは 1875 年度の申 報に「同下級生ニ測量及高等数学則チ代数幾何及微分積分ヲ教授ス,而シテ余ノ微分積 分ヲ教ユルヤ合衆国ウェストポイント陸軍兵学校数学教授ノ教法ニ倣ヘリ62)」としてい る。表 15 の 1875 年度工学科 1 年生の 7 人に対して行った。

重学関連の授業についてみると,1876 年度には重学及機械構成法に変わった(表 10)。

Calendar

では「Mechanics and Mechanism」とあり,後者は機構学と訳されている。機 械を動かすためには歯車,ベルト,プーリ,カム,チェーン,さらに蒸気機関の往復運 動を回転運動に変換するためのクランク軸等々,機械要素と呼ばれる最小部品が必要で あり63),これらを介してどのように運動が伝えられるか,それらの形状はどのようなも

表 8 の 2 段目は 1875 年 9 月に 2 年生(中級)に進級した生徒が同年 12 月(もしくは 翌年 2 月)までに学んだ授業科目を示していよう。新しい科目として熱動学,結構強弱 論,鉄道測量及建築法などが加わった。物理学や地質学など 1 年生科目と同じものがあ るが,心理学についてはテキストがヒッコックの著書(「Hickokʼs Science of the Mind」
表 12 1875 年度・1876 年度機械工学コースシラバス・機械工学科要略 1875 年度 Calendar:Syllabus
表 13 1875 年度・1876 年度土木工学コースシラバス・土木工学科要略 1875・1876 年度 Calendar: Syllabus of the Course in Civil
表 16 1874 〜 1876 年における工学科授業科目の変遷 学年 1874 年 9 月〜1875 年 7 月 (1874 年度)計 画授業 1874 年 9 〜 12月(1874 年度1 学期相当)実施授業 1875 年 1 〜 7 月(1874 年度2 学期相当)実施授業 1875 年 9 〜 12月(1875 年度1 学期相当)実施授業 1875 年 9 月〜 1876 年 7 月(1875 年度)計画授業 1876 年 9 月〜 1877 年 7 月(1876 年度)計画授業 第一年 高等数学(

参照

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③ 2014 年度・2015 年度に小中高校のデジタル教科書を段階的に開発する

本書の初版は 1945 年に刊行され、改版が第 2 版 1949 年、第 3 版 1954 年 5 、 第 4

武蔵野市立図書館の運営に関して、地域から広く意見を求め、武蔵野市らしい特色ある図

関節面の転位量は θ=20 度,40 度では差は認められな かったが, θ =90 度では転位量の差が認められ, θ=150 度では軟骨下骨スクリューモデルで 0.007

このうち,3)について具体的に見れば, 1986

を最新で最良の初等教育に組み入れることに貢献した」と評している

(2)読書活動の推進 重点施策・事業 における目標

(平成元)年告示( 1993 年度より施行)、 1998 (平成 10 )年告示( 2002 年度より施行)、そして現行の 5