WTO 体制とグローバリゼーション
──紛争解決システムを中心として──
嶋 田 巧
はじめに
Ⅰ 国連人権小委員会の特別報告
Ⅱ 諸NGOの共同論稿
Ⅲ 世界自然保護基金の見解
Ⅳ パブリック・シティズンの批判 結びにかえて
は じ め に
グローバリゼーションが進行するなかで,それを推進してきた
WTO
体制のもとでの 紛争解決システムは一般に高く評価されているが,「南北次元」すなわち発展途上国の 経済発展の視点からみれば深刻な問題をはらんでい1
る。ごく単純化していえば,紛争解 決メカニズムの強化とその利用(の脅威)は,南の側からみれば,WTO諸協定による 各国独自の開発政策の制約を明確に制度化し,実質的な拘束力を付与する一面を有する ものであった。
他方で,世界的な規模での資本主義的一元化がすすむなかで,開発主義的グローバリ ズムに立つ南の諸国の
WTO(紛争解決システム)批判をこえた諸問題──その典型は
地球レベルでの環境問題の深刻化である──が噴出している。それゆえ,単なる経済発 展より高次の目的である地球環境の保護,人権,民主主義などの視点から,グローバリ ゼーション及びWTO
体制を捉え返して,その意義を明らかにすることが重要となって いる。こうしたなかで人権の擁護,環境の保護,民主主義の発展などを目的に活動している 市民運動的な非政府組織
NGO
なども環境や生活そのものにも影響を及ぼすWTO
体制 に関心を強め,多くの興味深い議論を展開している。ここでは,国連人権小委員会に提 出されたJ. Oloka-Onyango
らの報告書のほか,北の有力な諸NGO
による共同論稿,世 界自然保護基金WWF International
やパブリック・シティズンの主張をとりあげ,WTO────────────
1 これについては嶋田 巧「WTO体制と紛争解決メカニズム」(『同志社商学』第54巻第4号,2003年 2月),同「発展途上国と紛争解決メカニズム」(『同志社商学』第54巻第5・6号,2003年3月),参 照。
72(72)
体制の制度的な中心としての紛争解決システムに焦点をすえてその意義を検討したい。
Ⅰ 国連人権小委員会特別報告
1.国際人権・グローバリゼーション・WTO
まず最初に,国連・経済社会理事会の人権小委員会第
53
回会合(2001年8
月)にJ.
Oloka-Onyango
とDeepika Udagama
によって提出された進捗報告書,「経済的,社会 的及び文化的諸権利──グローバリゼーションと人権の全面的享受に対するそのインパ クト」をとりあげ2
る。
この特別報告は,IMF,世銀,WTOなどの国際機関の諸政策と活動を,基本的な人 権基準により密接に一致させるフレームワーク構築のために,著者たちが不可欠である と信じる若干の諸原則を,広い次元で詳細に論じたものであ
3
る。すなわち,グローバリ ゼーションを推進してきたこれら諸機関を,国際的な人権の促進と保護に卓越した地位 を与えるというパースペクティブからとりあげ,それによって生み出されてきた変化の 多くが人権全般にとって明白にポジティブであるとしながら,負の側面に焦点を据えて 批判的に分析している。
J. Oloka-Onyango
らはグローバリゼーションを,「国民経済の高度に増大した世界的 な規模での統合」によって主として特徴づけられる多くの属性を有すると規定したうえ で,その輝かしい面が「純然たる不均衡の海」としてしか描かれない形で生じていると して,次のように述べてい4
る。
今日の世界は グローバリゼーションとマージナリゼーションの同時発生 として特 徴づけられる,すなわち,人類の一部がグローバリゼーションによって文字通りその恩 恵に浴す一方で,他の人々は苦しみ絶望に打ちのめされている。さらにそれは発展途上 地域等だけでなく,世界全体に「重大な社会的な脱臼」をもたらした。グローバリゼー ションと密接に結びついた諸プロセスは,矛盾に満ち,経済,社会,文化,環境,政治 など広範な領域において,諸社会に多様な影響をもたらしている。
社会的緊張と政治的軋轢の増大という状況の中で,それが生じていることに対する深 刻な懸念は,1999年末のシアトルの抗議からはじまった反グローバリゼーションの世 界的な運動によって例証されている。人権のパースペクティブからみると,これらの運
────────────
2 Economic, Social and Cultural Human Rights : Globalization and its impact on the full enjoyment of human rights ,Progress Report submitted by J. Oloka-Onyango and Deepika Udagama, in accordance with Sub- Commission resolution 1999/8 and Commission on Human Rights decision 2000/102(E/CN. 4/Sub. 2/2001/
10).(前半部分の翻訳については嶋田 巧「経済的,社会的及び文化的諸権利」『同志社商学』第3巻 第2・3・4号,2001年12月,参照−以下,[訳]として引用)。
3 Ibid., p. 34 para 75.
4 Ibid., pp. 4−9 para. 4−18([訳]83−89ページ).
WTO体制とグローバリゼーション(嶋田) (73)73
動の組織と活動及びそれに対する報復は,表現の自由,集会・結社の権利に関連して多 くの問題をひきおこした。グローバリゼーションは単なる経済的な現象ではなく,すぐ れて政治的な現象である。それは 自然的な出来事 として超越的に進行するものでは なく,その基本的な教義も論議から排除されていない。
グローバリゼーションの政治と取り組むことは,国際的な経済と統治のオールタナテ ィブな構造をデザインするための不可欠の前提である。とくにシアトルの経験の最も重 要な教訓は,もっとも適切な方法でグローバリゼーションのポジティブな側面を拡張す ると同時に,ネガティブな側面に立ち向かい,それを除去するために批判的に熟考する ことの緊急の必要性を示したことである。また「人間社会の産物」としてそれは特定の イデオロギー,利害及び機構によって誘導されているが,グローバリゼーションの人権 に対する影響の議論において,最も重要な点は,意思決定プロセスへの有効な参加と多 様な見解の認識である。
現実には,「発展の権利」の議論が再生するまで,人権法とその実践が,大部分,諸 国家の責任と義務に関連するものであった一方で,国際経済の規制システムは,人権そ の他の社会的価値を包含する余地などを持たなかった。人権の基準はあるが,その諸原 則の適切な実施あるいは国際経済のメカニズムや諸機関への統合は存在しない。
グローバリゼーションの支配的な擁護者によって支持されてきた貿易・投資・金融に 関わる国際経済のリベラルなレジームは,大部分,国際的人権に多くの注意を払わず,
その問題を幅広く議論することをいやがってき
5
た。こうした状況において国際諸機関が 課した義務によって,国家は深刻なハンディキャップに直面し,人権的な諸事業を掘り 崩されあるいは侵害されうる。究極の主体と想定されている諸個人は,これらの機関に 有効な代表を欠いているためいっそう不利となる。それが本質的に諸国家から構成され ているのは事実であるが,その活動や政策形成のコンテキストにおいて,諸国家の直面 しているパワー,諸資源,不平等の諸関係が問題である。
他方で,国際的な人権の促進と保護に関連する法的なレジームも問題をはらんでい る。人権の普遍的な性格についての主張にもかかわらず,いくつかの問題は未解決のま まである。市民的,政治的権利についてはリップサービスをする一方で,その実施,資 源,いわゆる非司法性によって制約されて,それは時として,経済的,社会的,文化的 権利の重要性を削減する効果さえもった。人権や社会福祉を保護すべき諸機関が,グロ ーバリゼーションのはらむ問題にとりくむことを,むしろ躊躇しまた避けることを意図 するなかで,国際的人権の実施メカニズムは脆弱なものにとどまっている。
こうした状況のなかで,グローバル経済における新しい発展から,一部諸国と多くの 諸個人はベネフィットを得ていない。WTOレジームに導入されたメカニズムは,より
────────────
5 Ibid., p. 8 para 15([訳]87−88ページ).
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74(74)
低い労働・環境基準をもつ途上国が,平準化された市場で競争する権利を否定しようと している。多くの国が自由な為替相場や価格の規制緩和など自由主義経済のあらゆる基 本的教義を採用してきたが,グローバリゼーションの進展のもとで発展途上国とくに後 発途上国の経済状況は依然としてひどいもので,それは全体として自由化の政策とプロ グラムの概念化に由来する。
問題をはらむ国際貿易と国際人権の両方の法的レジームを改革し,より密接に二つの レジームを結びつけることが重要である。
以上みてきたように,この報告は,グローバリゼーションを政治的現象として位置づ け,それを誘導する特定のイデオロギー,利害,機構──すなわち,明確にしてはいな いが,ネオリベラルなイデオロギーと多国籍企業の利害,そしてとくに強力な主要な諸 国家と世銀や
WTO
などの国際機関である──が存在することを指摘している。とくに 社会的経済的権利に焦点をおいて発展途上国の発展における国際機関のレジームとその 否定的役割を問題としている。これはグローバリゼーションと人権に関する議論の基軸的なプラットフォー
6
ムのひと つとしてあげている「発展の権利」にとくに関連すると思われるが,その内容について は言及されていないので,簡単に敷衍しておきた
7
い。
植民地の独立による南北問題を背景に,単なる経済成長をこえて「発展の権利」を人 権として捉えることをはじめて主張したのは,セネガルの
K. M’Baye
であった。その 後ユネスコの「人権と平和」部会の部会長であったK. Vask
が,「連帯の権利」である「第三世代の人権」に向かって国際社会が進む必要を主張し
8
た。彼はそれに属するもの として「発展の権利」,「健康で生態学的に調和のとれた環境の権利」などをあげ,こう した権利は「共同生活についての人びとの観念を代表するものであるから,社会のすべ てのパートナー,つまり,個人,国家,その他の公私の団体や組織の努力の結集」によ ってのみ実現しうるとした。
1986
年12
月には国連総会が「発展の権利に関する宣言」を採択するにいた9
り,1993 年
6
月の世界人権会議のウイーン宣言(及び行動計画)につながった。それは「発展の 権利」が基本的人権の不可欠な構成部分として普遍的かつ不可譲で,「人間個人が発展────────────
6 Ibid., p. 4 para 5([訳]83ページ).そのほか世界人権宣言などの人権の国際目録,マージナル化され
た集団やマイノリティの権利保護の機関(制度),(サブ)地域的なイニシアティブとコンテキストがあ げられている。
7 「発展の権利」については,たとえば田畑茂二郎「人権問題の国際化とその提起するもの」(田畑茂二郎 編『21世紀世界の人権』(第1章)明石書店,1997年,21−36ページ)参照。
8 第1世代の人権は,市民的,政治的権利で,国家に対抗しうる「属性の権利」ともいうべきもので,第 2世代の権利は,経済的,社会的権利で,国家に請求しうるという意味で「債権の権利」の性格を持っ ている(田畑,同上,22−23ページ)。
9 ただし,「発展の権利」の内容は明確ではなかった。なお,賛成は147カ国で,反対は米国,棄権はデ ンマーク,フィンランド,ドイツ,アイスランド,イスラエル,日本,スウェーデン,イギリスの8カ 国。
WTO体制とグローバリゼーション(嶋田) (75)75
の中心的主体」であることをあらためて規定した。そして発展が不十分であることで国 際的に認められた人権を奪うことを正当化する口実としてはならないとする一方で,発 展の実施にむけた継続的な過程が,国内レベルでの実効的な開発政策とともに,国際レ ベルでの公正な経済関係と好ましい経済環境を必要とするとさ
10
れ,また現在及び将来の 世代の発展と環境の必要性を公平に適合させるべきであるとされた。
要するに,これまでの人権が「国内における政府対人民という枠の中」で問題とされ ていたのに対して,第三世代の人権として,今日では「国家を越えた国際社会のすべて の組織的協力が必要とされる新しいタイプの人権」が求められているとしたのである。
2.紛争解決システムの体系的欠陥
以上のように人権の視点からグローバリゼーション及び国際諸機関の負の側面を一般 的に明らかにした上で,WTOに関しては貿易関連知的財産権
TRIPS
協11
定と紛争解決メ カニズムの二つをとりあげている。紛争解決メカニズムについては,人権の促進と保護 により直接的な意義を有するとして手続き的な側面に焦点をすえて論じている。
最近,開発諸国と発展途上国の両方でかなりの注目を集めてきたとして,まずその特 徴や問題点に言及した後,次のように述べてい
12
る。
米国ではその裁定による主権の侵害が懸念されたが,発展途上国にとっては,アクセ スの容易さ,公明正大さ,独立性そして
WTO
レジームが不均等な舞台で機能するとい う事実に実際にセンシティブであるかどうかという点が主要な問題とされた。ずっとルーズでインフォーマルなメカニズムであった
GATT
体制の紛争解決メカニ ズムとは対照的に,それは洗練されたシステムで全加盟国を強制的に拘束する。ルール に基づいた多角的貿易レジームにとって,安全保証と予測可能性を提供する上で中心的 要素と考えられている。このような司法的な性格を持ち,法の促進を追求するメカニズ ムにおいては,平等なアクセスの提供,公明正大さ及び独立という性格を保持すること が不可欠であり,さらに有効な救済と実施の提供に関する利害関係者の信認が重要であ る。紛争解決了解は多層的なシステムを導入し,「フォーマルな裁決に非敵対的方法」を 結合しているが,パネルのプロセスは「政府間や商業的仲裁の両方の長い伝統に由来す る公然の形」では行われない。そして救済の唯一の形態は,被申立て国の政策を
WTO
────────────
10 これは南北の妥協の産物とみることができるが,北主導の色彩が強いように思われる。米国や日本が
「発展の権利」を肯定した点を,発展の権利宣言からの「一歩前進」とする武田美代子氏のような評価 は,とくに南北次元の文脈からみれば疑問である(武田美也子「Ⅱウイーン宣言を読む:二 開発と人 権」(江橋崇監修・世界人権会議NGO連絡会編『NGOが創る世界の人権』明石書店,1996年,99ペ ージ)。
11 Ibid., pp. 9−16 para 19−34([訳]89−97ページ). 12 Ibid., pp. 17−18 para 35−38([訳]97−98ページ).
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の諸協定の義務と一致させることで,補償は不承諾のときだけ一時的な手段としての役 割を演じるにすぎない。また厳密なタイムリミットを規定しているが,手続の終了には なお
2
年半を要する。さらに逆コンセンサス方式は,古いシステムとは異なり,一つあ るいは少数の国がパネル報告の採択を拒否する可能性を妨げる。このように新しい紛争解決了解の一般的な特徴とくにその問題点を明らかにした後,
システム自体のはらむ多くの体系的な欠陥を論じ,改革の方向についても言及してい
13
る。その内容を整理すれば,次の三点に要約できる。
第
1
は,紛争解決システムが信認され安定的な力となるための主要な障害として,と くに発展途上国の参加とその有効性に関わる諸問題である。システムの信認の程度として提訴件数だけをとりあげればきわめてすばらしいもので あったが,開発諸国が多数を占めていることは明白である。またインドの輸入数量制限 に対して
6
カ国が申立てをしたように,開発諸国は途上国に対する申立てをより積極的 に調整している(また被申立て国に重い負担が課されている)。このように開発諸国は 主要な利害関係者で主役として,その利益を保護するために,紛争解決システムより容 易に利用できる位置を占めている。途上国によるアクセスを困難にしているのは,開発諸国との間に存在する資源と技術 的ノウハウの非対称性である。たとえば,複雑な法律的な諸問題に関する専門的な法律 事務所のサービスコストは高く,ほとんどの貧しい諸国にとって不可能なほどの負担で ある。他方で,WTO事務局による技術的サービスの利用は可能であるが,WTOスタ ッフの中立性の要件との対立が問題となるし,またそれは紛争が生じた後に利用できる にすぎない。したがって途上国にとって紛争解決システムを実行可能な手段とするため には, 法律的な援助 と技術的ノウハウを提供する中立的なスキームが必要である。
また開発諸国と途上国の間における交渉力が非対称的なもとで,開発諸国のルール侵 害から途上国を有効に救済する保証はない。途上国による対抗措置が十分な経済的影響 力を持ち得ない状況では,開発諸国が裁決に従う義務は純粋に道徳的なものにとどま る。さらに紛争解決了解には発展途上国に特別の考慮を払ったいくつかの条項が存在す るが,それが具体的な条件に達するかどうかはなお不透明である。
第
2
はパネル(及び上級委員会)の独立性,公平性,代表制にかかわる問題で,直接 には主としてパネルの構成の問題である。ジュネーブで活動している外交代表を含めて政府官僚などをパネリストに任命するこ とを許容しているが,これは,紛争解決システムの信頼性を損なう深刻な欠陥である。
パネルの司法的な機能を所与すれば,これは自然法の根本的な諸原則の目に余る侵害 で,パネリストの独立性を確保するという目的の達成をほとんど不可能とする。しか
────────────
13 Ibid., pp. 18−23 para 39−48([訳]98−103ページ).
WTO体制とグローバリゼーション(嶋田) (77)77
も,主として資金的理由のために大部分が開発諸国出身である傾向のなかで,パネルの 裁決が恣意的で特定グループ諸国に有利に傾いている──一部の裁決は相互に対立し,
類似の問題を当該国次第で異なる処理をしている──との途上国を中心とした懸念がい つまでも払拭されな
14
い。
したがって,WTOがそのコストを引受け,理想的には独立した専門家の永続的な名 簿を持つことによるパネルの職業化が必要である。
第
3
は,パネル手続の透明性の欠如と情報公開の問題である。すなわち,WTOの内部的な透明性の欠如として,加盟国に対してもパネル会合が概 して非公開なことである(紛争当事国を招待するときを除いて)。それだけでなく個々 の委員の意見は匿名で表明されるので,手続きの透明性の欠如を所与とすれば,アカウ ンタビリティの程度は「最小」である。
他方,市民社会の参加の必要性にも関連する外部的な透明性についても問題がある。
定期的なブリーフィングや
WTO
のウェッブページなど適切な情報を提供する面では一 定の前進がみられたが,紛争解決プロセスへのNGO
の直接の参加は困難に陥ってき た。上級委員会の裁決で示されたNGO
の提出する顧問amicus curiae
ブリーフを支持 しているのは米国だけで,多くの国はこの問題を外部的な透明性の問題と区別している ように思われる。とくに発展途上国は,北のNGO
の影響力を危惧し,また 情報と技 術的助言を求める パネルの権利はここまで拡張されることはできない(実質的な問題 としては最終的な判断は一般総会の権限である),と考えている。一般理事会が問題を 矮小化してきたことを前提にすれば,対外的な透明性に関する諸問題を優先し,最も有 効な方法で介入することがNGO
にとってより実際的であろう。このように,紛争解決了解のはらむ体系的な欠陥を明らかにした上で,J. Oloka-
Onyango
らは次のように結論してい15
る。
紛争解決了解が既存の国際貿易レジーム内で公平さを実現しようとするならば,専門 的かつ公明正大で受入れ可能なシステムとして,広範な諸国の信認を獲得しなければな らない。それによってのみ,「市場の論理だけでなく人権や環境的基準に関して利用で きる保護手段を考慮する貿易レジームのバランスのとれた適用」を追求できる。そのた めには過去のパフォーマンスの深刻な評価,深刻で持続的なレヴュー及び改革アジェン
────────────
14 その例として米国のスペシャル301条とインドのTRIPs協定における義務をとりあげたケースが比較 されている(Ibid., pp. 21−22 para 45[訳]101−102ページ)。
15 Ibid., pp 22−23 para 48([訳]103ページ).要するに,WTOシステムからベネフィットを得ていない国
・人々などの懸念に対して敏感に対応できるように決定的なレヴューがされるべきである(Ibid., pp. 34
−35 para 74)。より一般的には,国連,OECD, ILOなどとは異なり,人権の義務を明確にし成文化する
類似の試みをおこなわなかったWTOなどを,主として人権宣言その他によって拘束する方法の体系的 な精緻化,つまりそれらに適用可能な法の再声明あるいは成文化が必要である,と結論づけている
(Ibid., pp. 24−25 para 54−55)。
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ダが必要である。とくにパネル及び上級委員会の独立性,公平性及び代表的性格,発展 途上国によるアクセスの可能性,より強力な救済,及び透明性の確保が優先されなけれ ばならない。
以上,この報告は,人権の視点から手続き面に焦点を据えて紛争解決了解のはらむ問 題点や体系的な欠陥をまとまった形で明らかにしたものとして貴重なものである。とは いえ途上国に関わる問題点などの指摘は,内容的には途上国側の主張とほぼ重なるもの
16
で,そのかぎりでとくに新しい点は見あたらない。むしろパネル(上級委員会)の独立 性などに関する批判や,紛争解決手続きの透明性の欠如や
NGO
の参加に関わる──後 述のNGO
の批判と基本的に共通するが──指摘が興味深い。こうした認識の背後には,WTOプロセスにおける市民社会の参加の決定的な必要性 と,より建設的な方法で
WTO
が市民社会と共同する方法と手段を見出さねばならない との主張がある。そこで次に,グローバリゼーションをめぐる政治に関連して,市民社 会(の運動)──ここではNGO
と同一視されている──に対する評価を検討しよう。3.市民社会とグローバリゼーション──NGO
に対する評価市民社会の参加を決定的とする
J. Oloka-Onyango
らは,シアトルの街頭行動を念頭 に,経済的自由化のレジームに対する,声高の時として暴力的な反対運動が起きる理由 を深刻に検討すべきだとして,次のように論じてい17
る。
国際市民社会は,以前は,市民的,政治的権利を重視する偏向のもとでグローバリゼ ーションをめぐる論争には大部分超然とする一方で,経済的,社会的,文化的権利に関 する政策提言や行動を抑制していた。いまや市民社会はグローバリゼーションがこれら の諸権利に及ぼす事実を鋭く認識しており,その大衆動員は世界全体に広がっている。
それが伝統的な人権,女性,子供の権利,労働,環境,農業,発展,ヘルスケアなどの さまざまな問題に国際的にも国内的にもとりくんでいる多様な利害グループを結びつけ ている。こうした運動を「憎むべき新しい イズム の先祖返りの探求」における純粋 にイデオロギー的な基盤に基づくものとしてしりぞけるのは深刻な誤りである。経済的 自由化のプロセスが,より民主的かつ参加的で,より多くの大衆の良好な生活の現実の 可能性を提供するならば,こうした抵抗運動が今日得ているようなポピュラーな支持は ほとんど想像できない。
北と南の運動の間ではポジションと戦略は異なるであろう,実際,市民社会グループ
────────────
16 この点については,嶋田,前掲論文「発展途上国と紛争解決メカニズム」参照。
17 Ibid., pp. 30−31 para 65−68. 2000年にヨルダンなど6カ国が新たに加盟したことに関連して,WTO事務
局長(当時)M. Mooreが,シアトルの街路で数千人が抗議した一方で2000万人がWTOに参加する成 果をあげたと述べたことに対して,そのロジックは加盟国の公共的な意見が均質であるとの「不適切に 楽観的な仮定」に基づいていると思われると批判している(Ibid., p. 30 para 65)。
WTO体制とグローバリゼーション(嶋田) (79)79
がその出身の諸国で支配的な諸傾向と周辺的な諸傾向を増幅する危険についてセンシテ ィブである必要がある。しかし,労働基準に対する懸念やたとえば多国籍企業の活動方 法及び
TRIPs
の人権的な帰結に対する反対の場合には,全体として重要な共通の基盤 がある。それはいわゆる ラジカル・タイプ のアクターだけではない。社会のさまざまなグループによって接合された多様な見解を所与とすれば,国内的国 際的レベルで,市民社会とローカル及びグローバルなマクロ経済の政策立案者の対話を 拡大し,また意思決定プロセスと調整により多くの参加を図る余地がある。グローバリ ゼーションについての論争が激化する一方で,市民社会の運動は普遍的な人権の基準な どグローバリゼーションの他のプロセスから利益を得ており,親グローバリゼーション 陣営と反グローバリゼーション陣営の二つに分割するのは単純すぎる。グローバリゼー ションの諸力が人間的価値,平等,正義の普遍的な欲求を実現するならば,市民社会が それに反対する理由はない。市民社会はグローバリゼーションの否定的な側面に挑戦,
批判し,また抵抗する一方で,その積極的な側面を活用しなければならない。
同時に市民社会はその戦術の一部を再検討することが必要である。WTOなど国際諸 機関と多国籍企業をそのキャンペーンの主要な対象としているが,グローバル経済を推 進し形成する上で諸国家とくに強力な国家の果たしている役割とその位置を見失うべき ではない。これは,広範な人権の関心を含む──最低でもそれにセンシティブであるよ うに──規則と規制を発展させるように,諸政府に圧力をかけることにもっと時間とエ ネルギーを費やすべきことを意味する。また市民社会は,国際諸機関の行動を正統化す る目的に利用されないように注意しなければならな
18
い。
さらに
NGO
の参加については,すでにふれたように,とくに途上国の危惧に言及し ていたが,一方で次のように指摘してい19
る。ネオリベラルなアジェンダに関する北の
NGO
のネットワークをみるとき,これらのNGO
が途上国の利害に反するアジェンダ を推進するとはあまり考えられない。むしろ類似の志向をもった北と南のNGO
は,WTO
の純粋に市場志向的なアプローチの苛酷さを緩和すべくルールに基づくシステム のバランスのとれた解釈を求めて協力しそうである。このようにネオリベラルなアジェンダに対する市民社会の批判と抵抗を評価する特別 報告の議論で注目すべきは,第
1
に,グローバル経済の推進・形成において,国際諸機 関と多国籍企業だけでなく,強力な諸国家の役割と位置の重要性を強調していることで ある。この点は,WTO体制やグローバリゼーション批判において,「企業対国家」と いう構図において一般的に「主権の制約」が問題視されることがあるが,そうしたアプ────────────
18 貧困削減戦略の発展に重要な進展をもたらしたと広く主張されているHIPC戦略のウガンダをその例と してあげている(Ibid., p. 32 para 70)。
19 Ibid., pp. 22−23 para 47−48([訳]102−103ページ).
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80(80)
ローチへの疑問ともいえる。立ち入った分析はされていないが,グローバル経済の推進 が多国籍企業,WTO(国際諸機関)だけでなく,強力な諸国家を含めた三者が一体と なった共同プロジェクトであることを示唆しているとみることができる。
なお
WTO
は政策的一貫性のためにIMF
や世界銀行とのいっそうの協力を謳ってい るが──それは部分的にせよ現実化されつつあるように思われる──,さらに国連経済 社会理事会は,2000年7
月に, 開発,金融,貿易及び社会政策をより有効に統合す る 必要と 異なった政府間フォーラムによってとられた諸決定におけるより大きな政 策的な統一性と一貫性 を達成する必要を強調し20
た。グローバリゼーションは,今や,
より広いコンテキストにおいて推進されようとしている。
第
2
は,WTOプロセス(国際諸機関)への市民社会つまりNGO
の参加が場合によ っては形式的なレベルにとどまり,WTOなどの行動を正統化するために利用される危 険について言及している点である。換言すれば,NGO の議論が少なくとも一定程度反 映されるような実質的な参加が問題であることの指摘である。これは環境や人権など個 別の課題に取り組むNGO
に,グローバリゼーション(の負の側面)やWTO
体制を全 体としてどのようにみるかという認識,いわば戦略的な立場の明確化を迫るものといえ るかもしれない。最後に第
3
として,発展途上国の危惧に言及しつつも,北のNGO
が途上国の利害に 反するアプローチをとらないと予測し,また南北NGO
における共通の基盤を重視して いることである。グローバリゼーションによって生じている多くの諸問題に関して,一 般的には,多様な利害関係者が,構想,アプローチ,決定に関してより大きな統一を形 成する必要性を強調している21
が,実質的には,強力な諸国家と多国籍企業に対抗する発 展途上国と南北
NGO
の連帯を示唆したものといえるであろう。ネオリベラルなアジェンダへの抵抗を基軸に考えれば,確かに,こうした見通しには 一定の根拠があると思われる。しかし,活動の目的や分野などのほか,グローバリゼー ションや
WTO
体制の捉え方などの多くの点で,NGOがきわめて多様なことはいうま でもないし,特別報告者らも触れている発展途上国の危惧も,決して軽視できないであ ろう。たとえば,N. Woodsらは,民間部門(米国サービス産業連合,イギリスインビ ジブル,金融リーダーグループFLG
など)がサービス協定GATs
や金融サービスの協 定などの交渉でつねに直接かつ重要な役割を演じたのに対して,NGO はこうした役割 を演じていないが,WTOなどとの間で新しい関係を形成しているとして,次のように────────────
20 Woods, N., and Narlikar, A.,Governance and the limits of accountability : the WTO, the IMF, and the World Bank ,International Social Science Journal, Dec. 2000, No. 170, p. 514.
21 J. Oloka-Onyango and Deepika Udagama, op. cit, p. 34 para 75.こうした主張は国連を舞台としたものと しては当然の議論とも思われるが,直接には「国家を越えた国際社会のすべての組織的協力」を必要と する新しいタイプの人権としての「第三世代の人権」論の考え方によるものかもしれない。
WTO体制とグローバリゼーション(嶋田) (81)81
指摘してい
22
る。シアトル閣僚会議で認められた
738
のNGO
のうち約87% が工業諸国
に基盤を置いている,つまりNGO
は工業世界を不均衡に代表している。このことが,NGO
の参加によって北の影響力がさらに強まるのではないかとの途上国の懸念──NGO
との協議のために時間が浪費させられ,実質的な参加の機会が閉ざされることを とくに小さな途上国はおそれている──に一定の根拠を与えている。実際,多くのNGO
の活動は疑いもなくすでに強力な諸国民・国家の影響力を増大してきた。ただし,ここ で言及されているNGO
は,実際には相当数が民間の業界関連団体であり市民運動的なNGO
とは異なる。ともあれしばしば開発独裁と称されるような体制のもとで工業化を推進している発展 途上国の開発主義的グローバリズムの立場と,環境,労働,人権などを重視する多くの
NGO
の間に──少なくとも潜在的には──深刻な対立が存在することも否定できな い。Ⅱ 諸 NGO の共同論稿
1.紛争解決メカニズムに対する要約的批判
次に北の有力な国際
NGO
による紛争解決メカニズムに関する代表的な議論をとりあ げる。はじめに欧米を基盤とするWWF International(以下,WWF
と略称),国際環境 法センター,Oxfam GB,コミュニティ栄養研究所Community Nutrition Institute
の四つ による共同の論稿「WTOにおける紛争解決──持続的発展の危機」を検討す23
る。
これは
WWF
のC. Arden−Clarke
を編者として1998
年5
月に発表されたディスカッ ション・ペーパーで,貿易紛争のケースを具体的にとりあげて,持続的発展の視点から 紛争解決システムの問題点を論じたものである。分析のエッセンスともいうべきごく短 い第1
節のほか,三つの貿易紛争を具体的にとりあげた第2〜4
節,及び持続的発展に とっての危機を解決するための短い提言を含む第5
節からなってい24
る。
第
1
節では,大部分は国内レベルで作成された社会的,環境的諸政策と法への適切な 言及なしに,国際的な貿易ルールが強化されその範囲が広がったとして,紛争解決メカ────────────
22 Woods, N., and Narlikar, A., op. cit., p. 581, p. 583.その一方で,NGOは,米国やG 7の政府に対しても 影響力を行使し,すべての利害関係者に利益のあるより大きな透明性,情報開示及び水平的なアカウン タビリティの新しい諸形態のための有効なキャンペーンを行ってきた。ここにNGOに対する評価の困 難さがあると述べて,いわばグローバリゼーションをめぐる政治の複雑さを示唆している。
23 WWF International, Center for International Environment Law(US),Oxfam-GB and Community Nutrition In- stitute(US), Dispute Settlement in the WTO : A Crisis for the Sustainable Development ,Discussion Pa- per, May 1998(http : //www.panda.org/resources/publications/sustainbility/wto-98/fifth.htm).
24 各節はC. Arden-Clarke, J. Caldwell, C. Godfrey及びM. Stilwellによって多角的に書かれたもので,第2, 3, 4節はWWF, Oxfam-GB及びCommunity Nutrition Instituteがそれぞれ独立して著した論稿の要約で,
各NGOの見解を反映しているが,他の諸節は必ずしもその意見を反映するものではない。
同志社商学 第55巻 第1・2・3号(2003年9月)
82(82)
ニズムと
WTO
を次のように厳しく批判してい25
る。
WTO
は持続的な発展の促進を企図した国際的な法や協定と衝突するように方向転換 している。牛肉,バナナ,エビの紛争に関するパネル及び上級委員会の裁定は,健康,開発,及び環境的な政策と対立し,持続的な発展の脅威となっている。すなわち,伝統 的な証明負担の基準の実質的な転換は,健康や環境保護を追求する国の負担を大きく し,またバナナ特恵の削減は,カリブ海地域小国の農民の貧困を悪化するであろう。さ らに移住性の種などグローバル・コモンズを保存する努力を脅かし,国際的な保護条約 の基盤を掘り崩している。
それだけでなくこれらの紛争の解決の性格と方法は,究極的には多角的な貿易システ ムの完全さ
integrity
を脅かすであろう。それはウルグアイ・ラウンドや紛争解決メカ ニズムがとりあげなかった深刻な社会的対立を明らかに示している。WTOルールの実 践はまた,健康,発展,環境政策の決定を,貿易政策の立案者及び密室で活動する国際 的法律家の手中に収めるものであり,WTOとそのルールの広範な改革が緊急に必要で ある。2.三つの具体的なケース
第
2
節では,ウミガメの保護を企図した米国の規制措置に対して,インドなどが提起 したエビ−ウミガメ紛争を,WWFがとりあげている。WTOのコミットメントの「リ トマス試験紙」と位置づけて,絶滅の危険にさらされている種やグローバルな環境を傷 つける生産物の輸入を,どの程度まで制限しうるかという決定的な問題を提起したとし て,次のように論じてい26
る。
1998
年4
月のパネルの最終報告は,以前の裁決と例外条項からの「未曾有の離脱」を示した。それは
GATT
第20
条の 一般的例27
外 の実体的な要件を無視して,冒頭部 分の貿易に基づいた狭い解釈を正当化した。すなわち, 環境的目的の如何にかかわら ず ,市場アクセスを条件づける手段は 正当化されない ,とみなして一般的例外の範 囲から除外した。これはウミガメの保全に関する科学的技術的事実を無視し,国際法に 適切なウエイトをおかないで,環境的目標よりも貿易目標を優先する「不健全な解釈」
である。さらに専門家の証拠に適切な考慮を与えず,紛争解決プロセスへの市民社会の
────────────
25 Executive Summary (Ibid., section 1).
26 WWF International, The Shrimp-Turtle Ruling(Ibid., section 2).これは上級委員会の裁決前に書かれ たもので,その後の議論は後述(Ⅲ1.参照)。
27 冒頭部分で同じ条件の下にある諸国間で,「任意のあるいは正当と認められない差別的手段」や「国際 貿易の偽装された制限」となるような方法で,適用しないことを条件とすると述べた上で,第20条 は,ガット規定に対する例外措置として,人,動物または植物の,生命または健康の保護のために必要 な措置(b),有限天然資源の保存に関する措置。ただし,この措置が国内の生産又は消費に対する制限 と関連して実施される場合に限る(g),などを定めている。
WTO体制とグローバリゼーション(嶋田) (83)83
参加も拒否している。
環境政策を追求する各国政府の一方的な措置の範囲を不適切に制限することによっ て,グローバル・コモンズを保護し,持続可能性を達成するために必要とされる国際的 ノルムの発展に 冷水を浴びせた 。
複雑な環境的社会的要因を含む紛争の解決にパネルは無能力である。上級委員会では パネルの解釈を逆転し,適切な科学的情報や国際法の無視を正し,さらに利害関係のあ る適切な専門的な市民社会の参加を許容すべきである。しかし,唯一の可能な長期的な 解決は,「国民的プライオリティを乗り越える超国家機関」へ向かう傾向をもつ
WTO
より,「いっそう学際的かつ開放的で,より偏向していないフォーラム」で問題を審理 することであろう。第
3
節では,EU−米国のバナナ紛争に関する裁定の社会経済的影響を,Oxfam GB のC. Godfrey
が次のように論じてい28
る。
バナナはカリブ地域とくに
Windward
諸島の小国にとって最も重要な商品であり,EU
市場への伝統的な特恵的アクセスは数千の家族の生活と地域経済を維持してきた。WTO
の決定と一致するEU
のバナナレジームの修正によって,欧州市場におけるカリブ海産 バナナのシェアが低下し,多くの人々が生活に打撃を受け貧困が急速に増大し,政治的 経済的安定性さえ脅かされかねない。WTOと一致するレジームから利益を得るのは,安いバナナを輸出している多国籍企業であり,また最低コストで購入する消費者であ る。
1997
年9
月の裁定は,EUのバナナ輸入許可システムをWTO
ルール違反とした。す なわち,ACP輸出国の特恵アクセスや関税・数量割当をルール整合的であるとしなが ら,関税割当輸入ライセンスを過去の実績に基づいて配分し29
たことについて,ACP諸 国と
EU
に有利で ドル バナナの輸入などに関わるラテンアメリカの一部企業を不公 平に差別する反競争的なものとしたのである。このような
WTO
の裁定に対応して,欧州委員会は98
年1
月,「管理された市場−関 税率割当システム」を継続する修正レジームを提案した。それはドルバナナに利害を持 つ企業に有利な「 すべての人にとっての自由市場free-market-for-all’」アプローチを拒
否したが,ACP割当はもはやACP
の供給者の間で個々に配分されないで,全体として のACP
諸国に配分されることになった。その結果,カリブ海の小経営農民は,西アフ リカ,カメルーン,アイヴォリーコーストにおける生産コストの低いドールやデルモン テのプランテーション経営との競争に負け,シェアを失うであろう。ACP諸国へのこ────────────
28 Godfrey, C., Socio-economic Impacts of the WTO Ruling on EU’s Banana Trade Regime in the Caribbean
(Ibid., section 3).
29 ドルバナナ(ライセンスA),伝統的なACP-ECバナナ(ライセンスB)及び新規参入のバナナ(ライ センスC)を66.5 : 30 : 3.5の比率で割当(Ibid)。
同志社商学 第55巻 第1・2・3号(2003年9月)
84(84)
うした逆効果を考慮して,10年間で
3.7
億エキュの援助パッケージも提案されたが,そ れは貧しい農民の実質的な所得ロスを補償するには不十分で,経済的荒廃を克服するた めに必要な投資にとっても不適切であろ30
う。
WTO
のルールは傷つきやすい経済という特殊な状況を扱う時には明白に欠陥があ る。Oxfamは単一生産物に依存している傷つきやすい経済を支持すべく,これら商品 に有利な差別を許容するように 特別かつ異なる待遇 に関連するWTO
条項の拡張を 求める。Oxfamがその拡張についてどのような内容を想定しているかは明らかではな いが,バナナ貿易の自由化が多国籍企業に有利で小農の生活と地域経済に深刻な打撃を 与えるとして否定的であることは明白である。ちなみに自由貿易論者がこうした否定的な影響をつねに無視しているわけではない。
たとえば代表的な自由貿易論者である
J. Bhagwati
は,次のように述べてい31
る。EUレ ジームを解体するパネル等の裁定でリスクにさらされるバナナの輸出業者を適切に助け るであろう補償及び調整プログラムを提供する
WTO
などのリーダーシップの無能力を 嘆かねばならない。自由貿易のどんな教義も異常なスピードでまた無頓着に,貧しい小 国の諸経済を手荒く扱うことを必要としない。紛争解決システムの厳格な時間的フレー ムワークは一般的にはすばらしいが,このケースが示すように,それは急速かつ巨大な 調整に対処できない諸国にショック・セラピーをもたらしうる。調整の真のターゲット となる諸国は,経済規模の巨大な被申立て国ではなく 第3
の 小国である。短期的な 経済的影響が重大であると懸念されるだけでなく,現実の経済的困難よりむしろ成功し た原告の権利を反映して調整がかなりすみやかになされる懸念がある。第
4
節では,共同体栄養研究所のJ. Caldwell
が,衛生植物検疫措置の適用に関する 協定(SPS協定)を解釈した最初の紛争である成長ホルモンビーフのケースを検討して い32
る。
これは成長ホルモンビーフの輸入を禁止している
EU
を米国が提訴したケースで,WTO
義務違反とするパネル報告に対して,EUは上級委員会に提訴したが,98年1
月 の最終報告もEU
の措置がWTO
ルールを侵害するとした。これは「国内の健康・環境法の無差別性を検討する
WTO
の権限の重大な拡張」(強 調は原文)を代表するもので,適切なリスクのレベルを決定するEU
市民の将来の能力 に新しい制限を課す。また成長ホルモンビーフに対してゼロ・リスクを維持する,EU────────────
30 伝統的なカリブ海生産者からのEU向けバナナ輸出は1995年に1億9350万エキュに達し,Windward 諸島の四カ国だけで1億エキュ(総輸出額の77%)を越えていたので,シェア喪失の影響はきわめて 大きい(Ibid.)。
31 Bhagwati, J., The Wind of the Hundred Days : How Washington Mismanaged Globalization, The MIT Press, 2001, pp. 203−206.
32 Caldwell, J., The WTO Beef Growth Hormone Ruling : An Analysis (WWF International et al., Discussion paper, op. cit., section 4).
WTO体制とグローバリゼーション(嶋田) (85)85
消費者の「民主的かつ法的な大権
prerogative」に反する。適切なリスクのレベルを決定
することを諸国に許容するSPS
協定の条項を誤って解釈した結果,国内基準よりしば しば低い国際基準を支持し,健康と環境政策のための正統的な基盤としての予防原則を 棄却し,さらに裁決に必要な専門的意見と能力を欠いた紛争に関与することで国際貿易 レジームを不安定化した。EU
のゼロリスク禁止をSPS
協定違反とした理由は,要するに,それが,より高い保 護基準として国際的な基準に基づいていないこと,及び適切なリスク評価に基づかず,WTO
では予防原則を認めていないため, 科学的に正当化されない ことである。SPS 協定第20
条(b)は例外を許容しているが,EUの手段はその要件と一致していない。このような裁定と
SPS
協定は,健康と環境的諸手段にとっていくつかの「新しい一 連のハードル」をもたらす。第1
は,主権の 制限 である。SPS協定を遵守して各国 が主権を行使することに同意した点に,パネルは注目している。第2
は,伝統的な証明 負担の実質な転換である。パネルに比べると上級委員会は,健康と環境を保護する国の 負担を若干軽減したが,原告の主張を拒否するための主たる責任をなお被告国側に残し た。疑いの域を越えて生産物が危険であると確定されねばならないとWTO
は示唆して いる。第3
は,国際的基準への服従である。それは国内の規制的な対抗者の公的参加の 保証がないなかで,伝統的に国際的なフォーラムで採択され承認される。さらにコーデ ックス委員会などによる国際基準は,必ずしもいつもではないが,しばしば国内基準よ り低い保護レベルを提供する。第4
は,何が 適切な リスク評価であるかを究極的に 決定する権限を,WTOが新たに獲得したことである。上級委員会は,EUが適切なリ スク評価を行なう手続きをとっていなかったとして,パネルと理由は異なるが,その結 論に同意したのであり,実際の結果は同じである。第5
は,SPS協定にWTO
ルールに 対する環境あるいは健康上の例外がまったく規定されていないことである。GATT/WTO
テキストに明示的に含まれた環境的なまた健康上の手段がWTO
の例外条項に適格なた めには,国内の規制はSPS
協定全体の相対的に新しい規律を満たさなければならな い。この解釈はSPS
協定において健康的及び環境的例外をまったく許さない。こうした認識に基づいて加盟各国に対する緊急の勧告として,次のような諸点をあげ ている。すなわち,SPS協定の侵害の確定に関連する証明負担を明白に提訴側におくこ と,各国がより高い基準の維持を求めている時,国際基準が天井ではなく下限
floor
と 考えられるべき点を明確に確認すること,適切なリスク評価の内容と構成を規定する点 で国内規制当局を尊重すること,予防原則と加盟国の権利──絶対的な科学的な確実さ が実現していない場合,慣習的な国際法のもとで公衆衛生を保護する措置をとること──を明確に認識すること,そして紛争解決手続きにおける
NGO
のより大きな公共的 参加とアクセスを促進し,独立した専門家の利用を確立することである。同志社商学 第55巻 第1・2・3号(2003年9月)
86(86)
3.総括と特徴
以上のような個別のケースについての検討を前提に,第
5
節では,持続的な発展にと っての危機を解決するために,WTOのルールの変化と他の国際諸機関との管轄権の共 有,さらに新しいフォーラムの必要を次のように提起してい33
る。
これら三つの紛争は氷山の一角にすぎない。最近の他の紛争たとえばインドと米国の
TRIPS
関係の紛争は,公正と発展の問題を提起したし,将来,遺伝子組換え食品など に関わる紛争も予測される。民主的に決定された社会的環境的政策と対立する紛争解決 システムの改善は対立を緩和するが,危機の解決のためにはより根本的なアプローチが 必要である。持続的な発展を重視するアプローチにとって中心的なのは,WTOのルー ルの変化と,環境,開発,健康についてマンデイトを有する国連環境計画UNEP,国連
貿易開発会議UNCTAD,世界保健機関 WHO
などの政府間機関との管轄権の共有を,何らかの形で結合することである。WTOのルールがどんな意味でも多角的な環境協定 などと対立する場合には,WTOは管轄権を共有あるいは譲渡しなければならない。
さらに社会的及び環境的関連を持った貿易紛争を調整するための最善の解決は,究極 的には,「新しい,より偏向的でない機関」を創出することであろう。この機関は多方 面にわたる専門家や多様なバックグランドを持つ法律家を含むべきであり,紛争解決プ ロセスなどをより透明にすることが必要である。また適切な政府間組織と連携し,適切 な市民社会の利害関係者すべての直接参加を保障すべきである。現時点ではこうした機 関の明確な青写真は描けないが,紛争解決プロセスの現在の危機が究極的にそこに導く であろう。
以上,かなり詳細に紹介してきたが,この諸
NGO
の共同論稿は,WTOの否定的な 影響が「氷山の一角」にすぎないとの厳しい認識の下に,究極的な解決の方向性を強調 している。若干の特徴をあげておくと,第
1
は,「持続的発展」のもとに,開発(脆弱な経済や 小農の生活),人間の健康(食品の安全),及び環境(絶滅の恐れのある種の保護)と広 範な問題をとりあげていることである。換言すれば,少なくとも部分的にはシングルイ ッシュー的アプローチを超えた認識と批判を展開していることである。第
2
は,WTOのルールと紛争解決メカニズムを,民主的に決定された社会的環境的 政策と対立するとみなし,単なる改善は部分的に対立を緩和するにすぎないとして,よ り根本的なアプローチを強調している点である。すなわち,WTOルールの変更と他の 国際諸機関との管轄権の共有あるいは譲渡──WTOの権限の制限あるいは縮小を意味 する──の結合を求めているだけでなく,究極的な解決としてWTO
に代る「新しい,より偏向的でない」機関の創出を提起している。
────────────
33 WTO Dispute Settlement & Sustainable Development : Solving Crisis(Ibid., section 5).
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第
3
は,紛争解決プロセスにおける透明性の増大や市民社会の利害関係者よるグロー バル・ガバナンスを求めている点である。これは国連人権小委員会の特別報告や多くの 市民運動的なNGO
の立場と共通するものである。Ⅲ 世界自然保護基金の見解
1.
「持続的発展のためのWTO
紛争解決メカニズムの改革」次に,貿易と環境の両立のために紛争解決システム(及び
WTO
体制)の漸進的な改 革を求めるWWF
の見解をとりあげ検討す34
る。
あらかじめ
WWF
について簡単に述べておくと,1961年から活動を始めたWWF
は,現在世界各地に約450
万人(約1
万社・団体)のメンバーを擁する自然保護に関わ る代表的な国際NGO
のひとつである。「反対ではなく対話」を行動原則の一つとする 世界最大の民間自然保護団体で,地球の自然環境の悪化を食い止め,人類が自然と調和 して生きられる未来を築くことを目的としている。そのために,世界の生物多様性を守 ること,再生可能な自然資源の持続可能な利用を確実にすること,環境汚染と浪費的な 消費の削減を進めること,の三つを使命としている。第
3
回シアトル閣僚会議以前のWWF
の見解を示すものとして,1999年7
月に発表 された「持続的発展のためのWTO
紛争解決メカニズムの改革」をとりあげ35
る。
これは,三つのケースを例に貿易と持続的発展の関連を検討し,新ラウンドの立ち上 げをにらんで紛争解決メカニズムの改革を提言したものである。紛争解決システムを,
厳密なデッドラインと 自動的な 手続によりその結果がより迅速かつ確実になったと して評価するなかで,詳細な紹介は省略するが,とくに次の二点を強調している。
環境的規制に挑戦した多くの措置が
WTO
ルール違反とされ,また持続的な発展のた めの適切な条項を含んでいない点で期待はずれであったとしながら,最近の上級委員会 は,フォーマルな法的な基盤のもとでWTO
の限定的な環境条項を国際公法のより広 い文脈に位置づけてより進歩的に解釈した。貿易関連環境的手段TREMs
の 予備的な 正統化 を確立する基盤が大きく拡張されたのであ36
り,こうした解釈──一種のコモン
────────────
34 以下,便宜的にWWFの見解ということばを用いるが,多くはディスカッション・ペーパーやWWF メンバー個人の考えで,必ずしもWWFの公式の見解ではないことを,あらかじめことわっておきた い。
35 Reform of the WTO’s Dispute Settlement Mechanism for Sustainable Development ,A WWF International Discussion Paper, July 1999(http : //www.panda.org/downloads/policy/cacdsureview.pdf).
36 具体的には次の4点である(Ibid.)。①一定の状況のもとで,いかにそれが生産されたかに基づいて,
また輸入国の領域外で環境におよぼすプロセスと生産方法の影響に関して,生産物を区別する貿易手段 を受入れる可能性を開いた。②外交的な努力が失敗した時に,多角的環境協定MEAsが加盟国・非加 盟国の両方に対してTREMsの使用を正当化する基盤を提供しうることを含意した。③WTO序文にお ける 持続的な発展 への言及の進歩的な解釈を提供した。④国際社会の現代的な関心を反映する努力 の中で,WTO法を主流的な国際公法及び持続的な発展に関する国際法に統合することを求めた。
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