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152 上田浩一, 安田雅俊 図 1. 五島列島におけるカワウソの生息記録および生息情報の分布. 灰色 : 市町村誌等を確認した地域 ; 黒色 : 市町村誌等にカワウソの記述を含む地域. 実線の枠 : 文献資料にもとづくカワウソの生息記録の年代 ; 破線の枠 : 聞き取りにもとづくカワウソの生息記録

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摘     要 九州の西に位置する長崎県の五島列島における,絶滅 種カワウソLutra lutra の過去の分布を明らかにするため に,公立図書館等における文献調査と年配の地域住民へ の聞き取り調査を行った.カワウソに関する 9 件の文献 資料と 8 例の証言から,かつて五島列島にカワウソが広 く分布したことが強く示唆された.本地域におけるカワ ウソの生息記録は,文献では 1950 年代まで,目撃情報 では 1981 年まであった.本地域個体群の絶滅には,か つての乱獲と 1928 年の禁猟以降の密猟が大きく寄与し たと考えられるが,生息地の消失も付加的に影響した可 能性がある.今後,さらなる調査によって,本地域にお けるカワウソの記録が蓄積されるとともに,写真や毛皮 といった物的証拠が発見されることを期待する. は じ め に カワウソLutra lutra は,ヨーロッパ,アジアおよび北 アフリカの一部に広く分布する種で,日本国内では絶滅 種である(Sasaki 2015).日本では,毛皮や薬種の獲得を 目的とした乱獲により個体数が激減したため 1928 年以 降は禁猟とされ,1965 年に国の特別天然記念物に指定さ れたが,1990 年代に絶滅したと考えられている(安藤 2008).国内での最後のカワウソの生息記録は 1975 年の 愛媛県ならびに 1979 年の高知県である(Sasaki 2015). カワウソはかつて北海道,本州,四国,九州の河川や 沿岸に広く分布した(安藤 2008;Sasaki 2015).離島では, 対馬(面積 696.44 km2)や壱岐島(同 134.63 km2)といっ た大面積の島だけでなく,本土からの距離が比較的近い 瀬戸内海や宇和海の小面積の島にも分布した(安藤 2008;宮本 2015).一方,九州の西の外洋に位置する五 島列島における分布は,高島(1952),安藤(2008),安 田・上田(2016)がその可能性を指摘したものの,科学 的な検討はほとんどなされていない. そこで本稿では,五島列島に限定して,カワウソの分 布と絶滅について,文献資料と聞き取りにもとづいて検 討する.えられたカワウソの生息が,ある程度の時間的, 地理的範囲で特定できる場合は「生息記録」と呼び,そ れらのどちらか一方でも特定できない場合は「生息情報」 として区別する. 方     法 1.調査地 長崎県五島列島[図 1;佐世保市,小値賀町,新上五 島町,五島市(ただし男女群島を除く)]を調査地とした. 五島列島は九州本土西端から西に約 40–100 km の位置に あ り, 大 小 140 あ ま り の 島 々 が, 北 東 か ら 南 西 に 約 90 km の長さに連なっている.面積 100 km2以上の島は 福江島(326.48 km2)と中通島(168.42 km2)のみであり, その他の島々は 40 km2未満である. 2.文献資料 本研究では,五島列島の哺乳類に関する文献資料(論 文,書籍,報告書等)に加えて,五島列島に含まれる新 旧の市町村の郷土史誌を参照した.これらは,1918 年 以降に発行され,公立図書館等(長崎県立図書館,長崎 歴史文化博物館,五島市立図書館,五島観光歴史資料館, 新上五島町立図書館)に所蔵されている.以下に,郷土 史誌の発行当時の市町村や地区の名称を北から順に示す (括弧内は島の名称):宇久(宇久島),小値賀(小値賀島), 青方・魚目・有川・浜ノ浦・奈良尾・新魚目・上五島(中 通島),若松(若松島),奈留(奈留島),久賀(久賀島), 姫島(姫島),椛島(椛島),福江・本山・崎山・奥浦・ 大浜・富江・岐宿・三井楽・玉之浦(福江島),黄島(黄

五島列島におけるカワウソの分布と絶滅

上田 浩一

1

,安田 雅俊

2 1五島自然環境ネットワーク 2森林総合研究所九州支所森林動物研究グループ

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島).これらの郷土史誌を閲覧することで,地理的な重 複はあるものの,五島列島のほぼ全域を網羅することが できた(図 1). 3.聞き取り 福江島の 3 地区(五島市富江町,同玉之浦町,同岐宿町; 図 1)において 2015 年 12 月から 2016 年 1 月に聞き取り 調査を行った.1 例をのぞき,情報提供者と直接面談し た.その際,証言を記録するためにビデオ撮影を行った. 結     果 1.カワウソの生息記録や生息情報を含む文献資料 カワウソの生息記録や生息情報を含む文献資料 9 件が みいだされた.同一著者による内容の重複する文献資料 を除くと,オリジナルな記述は 6 件であった.以下,北 から順に,島ごとに,カワウソに関する記述を原文のま ま括弧内に抜粋する. 1)小値賀島(面積 12.22 km2;図 1) 【資料 1】『小値賀町郷土誌』(北村 1978) i)記述内容:「かわうそは大正末期頃まで子どもたち がこずかいかせぎによく捕っていたが絶滅したもののよ うである」 ii)所見:五島列島の最北部における 1920 年代頃の 生息記録と判断した.当時,換金目的の捕獲が行われて いたことを示している. 2)中通島(168.42 km2;図 1) 【資料 2】『青方村郷土誌』(青方村郷土誌調査会,出版 年不明) i)記述内容:旧青方村に生息する動物のリスト中に 「カハウソ」とある. ii)所見:掲載された統計資料の年代と内容の類似性 から,1918 年発行の資料 3 と同時期に発行された可能 性が高いが,時期を特定することができなかったため, 生息情報と判断した. 3)福江島(面積 326.48 km2;図 1) 【資料 3】『長崎縣南松浦郡崎山村郷土誌』(著者不詳 1918) i)記述内容:旧崎山村に生息する動物のリスト中に 「川獺」とある. ii)所見:時期を特定することはできなかったため生 図 1.五島列島におけるカワウソの生息記録および生息情報の分布.灰色:市町村誌等を確認した地域;黒色:市町村誌等にカワウ ソの記述を含む地域.実線の枠:文献資料にもとづくカワウソの生息記録の年代;破線の枠:聞き取りにもとづくカワウソの生息記 録の年代.括弧内は 1918 年当時の村や地区の名称で,現在も地名として残っている.

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を示唆する資料として価値がある.数十年前に開発され るまで,この地域にはカワウソの生息地となりうる低湿 地が広がっていた. 【資料 4】『本山郷土誌』(川口 1978) i)記述内容:旧本山村に生息する動物のリスト中に 「かわうそ」とある. ii)所見:時期を特定することはできなかったため, 生息情報と判断した. 4)黄島(面積 1.38 km2;図 1) 【資料 5】『郷土誌福江市黄島町』(宮嶋 1977) i)記述内容:「めずらしいものとしては,カワウソの 鳴き声をかなりの人が耳にしているし,昭和 28 年泊の カワ(池)でその死体を見た事がある」 ii)所見:五島列島の最南部における 1950 年代の生 息記録と判断した.「カワ」とは,この地域における池 あるいは湧水の呼称で,「泊のカワ」は黄島西部の海岸 近くに位置する湧水を指す(竹内・田代 1991). 【資料 6】『五島黄島郷土誌』(宮嶋 1994) i)記述内容:「今は絶滅したが,昭和 20 年代頃まで はカワウソの鳴き声をかなりの人が耳にしているし,昭 和 28 年には『泊の牛のカワ』でその死体を見たことも ある」 ii)所見:資料 5 と同じ著者による,内容が重複する 1950 年代の生息記録と判断した.カワウソの絶滅を明 言している点は重要である.黄島では 1950 年代頃まで カワウソの生息が一般に認められていたこと,1953 年 に死体が確認されたことがわかる.このカワウソの死因 や死体の行方等についての詳しい記載はなかった.付属 資料の地図には,時期は不明であるが,泊の牛のカワの 近くに「カワウソの穴」があったことが記録されている. 5)五島列島全域を対象とする資料 以下に示す資料は,同一著者が異なる年に発表した 3 件の著作で,五島列島の陸生哺乳類相のリストを含む. これらは時期と場所が特定できないため生息情報と判断 した.種リストや本文の内容の類似性から,資料 7 が資 料 8 および資料 9 の引用元であることがわかる.資料 9 における表記の変化や誤記(「貂」→「ひよう」)は,第 二次世界大戦後に難読漢字を使わずに動物名を記載しよ うとしたことと関係しているかもしれない. 【資料 7】『五島民俗図誌』(久保・橋浦 1934) 陸生哺乳類相として「兎,土龍,蝙蝠,鼠,二十鼠,鼬, 陸生哺乳類相として「兎,土龍,蝙蝠,鼠,廿日鼠,鼬, 貂,川獺,鹿,猪等」. 【資料 9】『西海国立公園調査資料.五島列島篇』中の 「民俗誌」(久保・橋浦 1952) 陸生哺乳類相として「兎,土龍,蝙蝠,鼠,廿日鼠, いたち,ひよう,川うそ,鹿,猪等」. 2.その他の文献資料 カワウソの生息記録や生息情報を含まないが,本地域 のカワウソの分布や絶滅に関して重要なその他の文献資 料について以下に記す. 高島(1952)は,既存資料からカワウソを含む哺乳類 リストを引用した後に,「カワウソは近年日本全土で激 減した種類で,もし五島のどこかに確実に棲息するなら 真剣に保護策を講じたいものである.このほうはシカと 違つて禁猟になつているが,どこにも密猟は絶えぬもの 故県当局の取締を切望する」と記している.引用文献と して,上述の資料 7 を掲げているが,哺乳類リストを照 合したところ,正しくは資料 9 を引用したことが明らか となった.後に,高島(1959)は,「カワウソが五島の沿 岸のどこかに残存しているとは思えない」と記している. 最後に,本地域の哺乳類相に関する記述を含む 1960 年代以降の文献資料(山口 1968,1981;山下 1969;松 尾 2010)には,カワウソの生息記録や生息情報はなかっ た.ただし,これらがどの程度の現地調査の結果にもと づいて記されたのかは不明であった. 3.聞き取り 福江島の 3 地区から,カワウソの生息に関する計 8 例 の証言をえた(図 1).これらはすべて,時期と場所の 特定ができたため,生息記録と判断した.以下に,それ らの証言を島の南部から時計回りに,番号を付して記述 する. 1)五島市富江町松尾(福江島南部;図 1) 【事例 1】 i)証言の概要:富江湾に面した田ノ江地区在住の竹 野幸一氏(1923 年生,92 歳;年齢は聞き取り時の満年齢. 以下同じ)は,7–8 歳頃(1930 年頃),近くの小河川(泉 河川)で,夜,夕食の後の時間帯に,「オギャー,オギャー」 と人間の赤ん坊のような声を繰り返し聞くことがあった という(図 1 のA).その頻度は,毎日というわけでは ないものの,そう珍しいことではなかったという.氏は

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自身でカワウソの姿を見たことはなかったが,親からは 「ああ,またカワウソの鳴きよっぞ(またカワウソが鳴 いているよ)」と聞いていた.また,竹野氏は,福江島 中央部に位置する岐宿町二本楠郷付近からカワウソ猟に 来る人がいるとも聞いたと証言した. ii)所見:音声にもとづく 1930 年代の生息記録と判 断した.日本産カワウソの音声の記録はほとんどないが, Gnoli and Prigioni(1995)はヨーロッパ産カワウソ Lutra lutra の音声コミュニケーションについて報告している. カワウソ猟については,1928 年の禁猟以前であれば狩 猟,後であれば密猟である. 2)五島市玉之浦町荒川(福江島西部;図 1) 【事例 2】 i)証言の概要:荒川地区在住で,七嶽神社の宮司を 務める月川貞教氏(1943 年生,72 歳)は,小学生の頃, 父の月川愼一氏(1902 年生)がカワウソについて語っ ていたことを証言した.かつて,愼一氏は玉之浦湾(図 1 のB)で月夜にしばしば「イカ曳き(アオリイカ釣り)」 をしていた.手こぎの伝馬船から水中に疑似餌を垂らし, 湾に浮かぶ小島(権現島)周辺など,イカのいそうな岸 近くをゆっくり曳いて回るのだが,その時,水面に首を 上げて泳ぐカワウソを見ることがあったとのことであ る.また,愼一氏は近所の知人たちとの語らいの中で「以 前はイカ曳きの時にカワウソがよく出てきたものだがな あ…(最近は見なくなった)」といった話をしていたと のことである. ii)所見:幼少期の貞教氏が父の愼一氏から話を聞い たのは 1950 年代と考えられ,愼一氏がカワウソを目撃 した時期はそれ以前と推定される.よって,カワウソの 観察の伝聞にもとづく 1950 年代以前の生息記録と判断 した. 【事例 3】 i)証言の概要:これは,現在は五島市岐宿町在住の 野平キミ氏(1929 年生,85 歳)の証言を息子の野口喜 代志氏を通してえたものである,野平氏が,幼少時,玉 之浦町荒川の七ツ岳のふもとの海岸沿いに暮らしていた 頃(1930–1940 年代),近くの七岳川にカワウソ猟に来 た男に出会ったことがあるとのことであった(図 1 の C).男は同じ島内の人であるように思われたという. ii)所見:事例 2 と同じ地区からの証言である.1930– 1940 年代のカワウソの密猟と関係する生息記録と判断 した(図 1 のC).七岳川は玉之浦湾に流れ込み,その 河口は先の月川愼一氏がカワウソを目撃したとみられる 場所からごく近い位置にある. 3)五島市岐宿町川原(福江島北部;図 1) 【事例 4】 i)証言の概要:岐宿町在住の山下春雄氏(1933 年生, 82 歳)が生まれ育った岐宿町川原の惣津地区(図 1 のD) は,海に張り出した半島部の丘陵地にあり,最奥の集落 は海岸から 400–500 m 離れていた.氏はここで過ごした 少年期(1940 年代頃),日常よく通る山道の途中の沢で, 夕方に,全長 1 m 以上のイタチ Mustela spp. を大きくし たような動物を複数回目撃したと証言した.それを親や 年寄りに話すと,「それは河童たい」,「カワウソち言う とたい(カワウソというものだ)」といった答えが返っ てきたとのことである. ii)所見:1940 年代の個体の目撃にもとづく生息記録 と判断した.山下氏は当時,小遣い稼ぎにしばしばイタ チを捕らえて毛皮業者に売っていたとのことなので,イ タチを誤認した可能性は低いと考えられる.この証言は, 地域住民の間でカワウソの生息が広く認識されていたこ とを示している. 【事例 5】 i)証言の概要:岐宿町川原の渕之元地区で生まれ育っ た谷川コミツ氏(1933 年生,82 歳)は,10 歳前後の頃 (1940 年代半ばと推定),川岸から水中に飛び込むカワ ウソを目撃したことがあると証言した.また,夕方の買 物の行き帰りに,川岸でオギャーオギャーと赤ん坊のよ うな声がよく聞こえ,怖かったことを覚えているとのこ とであった. ii)所見:個体の目撃と音声にもとづく 1940 年代の 生息記録と判断した. 【事例 6】 i)証言の概要:岐宿町川原の渕之元地区で生まれ育っ た谷川菊次氏(1922 年生,93 歳;事例 5 の谷川コミツ 氏の兄)によれば,1920–1940 年代頃,大川原川と小川 原川が合流して白石浦に流れ込む河口周辺だけでなく, 現在の自宅裏手の斜面を流れる涸れ沢(降雨後のみ水が 流れる沢)も,カワウソのすみかであった(図 1 のE). カワウソは山にすみ,川に採餌に来ると認識していた. 涸れ沢からは,しばしばカワウソの鳴き声が聞こえたと のことである. ii)所見:音声にもとづく 1920–1940 年代頃の生息記 録と判断した.この証言は,カワウソが集落に近い場所 にも出没する身近な存在であったことを示している. 【事例 7】 i)証言の概要:谷川菊次氏(事例 6 と同一人物)は, 渕之元地区から東に約 2.5 km 離れた鰐川の下流部で, 朝,川を泳ぐカワウソに遭遇したことがあると証言した

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び石を伝って川を渡っていたときのことであった. ii)所見:目撃情報にもとづく 1930 年代の生息記録 と判断した.この証言は,カワウソの分布が,この地域 のなかでも,ある程度の広がりを持っていたことを示し ている. 【事例 8】 i)証言の概要:上記の谷川菊次氏は,1981 年秋(10– 11 月頃),近所の知人が渕之元地区の川(図 1 のE)で みつけてきたカワウソの死体を目にしたことがあると証 言した.死んでからしばらく経っていたようで,毛がか なり抜けてしまっていたとのことである.このカワウソ の死因や死体の行方は不明である.カワウソの死体が発 見されたのは大川原川と小川原川が合流して渕になって いた場所(当時は「すずき渕」と呼ばれていた)で,水 深は 2–3 m であった.死体が発見された時期は,妹のコ ミツ氏の入院の時期と重なっていたため,正確にその年 を記憶しているとのことであった.谷川菊次氏によれば, 上記の死体をみたことが,氏にとっての最後のカワウソ の記憶であった.その後,大川原川,小川原川および河 口部一帯は改修工事が進められ,往時の環境はほとんど 失われた.1980 年代半ば頃までは周囲の環境に昔の面 影がよく残っていたとのことである. ii)所見:死体にもとづく 1980 年代初頭の生息記録 と判断した.また,1980 年代半ばの生息地の消失につ いての情報を含む. 考     察 1.五島列島におけるカワウソの生息 本研究により,五島列島にはかつて広くカワウソが生 息していたことが明らかとなった(図 1).ただし,こ れまでのところ,写真や毛皮といった物的証拠はみいだ されていない. 五島列島の周辺海域は,かつても今も,きわめて豊か な漁場であり,カワウソが個体群を維持するために十分 な食料をえることができたと考えられる.また,大小 140 あまりの島々が約 90 km の長さに連なり,複雑な海 岸線を形成している.五島列島の海岸線距離の合計は 1,110 km で,かつてカワウソが生息していた対馬列島 (安藤 2008)の 911 km より長い(長崎県 2004).島と島 の間の距離はおおむね 5 km 未満であり,互いにカワウ ソが泳ぎ渡れる距離(安藤 2008)にある.さらに,カ ワウソの生存に必要な淡水が,湧水,池あるいは中小河 息地として十分な環境を備えていたと推察される. 福江島においては,島の西部からカワウソの証言がえ られた(図 1).この地域は,地形が入り組んでいて多 くの半島や湾があり,カワウソが好む磯海岸(安藤 2008)が多い.また,島の東部とくらべて人口密度が低 いだけでなく,海岸に断崖が連続し,陸から海に到達が 困難な場所が多いことから,捕獲圧が相対的に低かった のかもしれない.このような環境は,この地域のカワウ ソ個体群の存続に大きく寄与したと思われる. 2.五島列島におけるカワウソの絶滅 本研究により,五島列島には,文献では 1950 年代頃 まで,聞き取りでは 1981 年までカワウソの生息記録が あるが,その後は途絶えたことが明らかとなった. 日本においてカワウソと誤認されうる動物として,外 来種のハクビシンPaguma larvata(食肉目ジャコウネコ 科)とヌートリアMyocastor coypus(齧歯目ヌートリア科) があるが,両種とも五島列島における過去の記録はない (山口 1968,1981;松尾 2010).そのため,これらの種 の死体がカワウソと誤認されたとは考えにくい.また, 証言者の谷川菊次氏は,過去に野生のカワウソをみたこ とがあるため,証言の信憑性は十分高いと判断した. 国内での最後のカワウソの生息記録は 1975 年の愛媛 県 な ら び に 1979 年 の 高 知 県 と さ れ て い る が(Sasaki 2015),それ以降も四国では 1980 年代まで痕跡がみつ かっている(安藤 2008).本研究から,ほぼ同時期まで 五島列島にもカワウソが生息していた可能性が示唆され る.また,日本産カワウソの絶滅は 1990 年代と考えら れており(安藤 2008),五島列島からカワウソの情報が 途絶えた時期はそれと整合性がある. 他地域での指摘(安藤 2008;宮本 2015)と同様に, 本地域のカワウソ個体群の縮小と絶滅には乱獲や密猟が 影響した可能性が示唆されるが,その他にも生息地の消 失等の要因が複合的に影響した可能性もある.すなわち, 五島列島において,1928 年の禁猟以前には,地元住民 によって換金目的でカワウソが捕獲されていた(北村 1978).聞き取りからは禁猟後もカワウソが密猟されて いたことが示唆される.一方で,1980 年代末頃までに, カワウソにとって良好な生息地となりうる低湿地が開発 されたり,河川の護岸工事が行われたりした. 五島列島のカワウソ個体群の命運を分けたのは,第二 次世界大戦直後の 1950 年代頃と考えられる.当時,五 島列島の一部には,まだカワウソが残存していた(宮嶋

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1977,1994)が,その事実が科学的に取り扱われること はなかった.高島(1952)は,西海国立公園の設置(1955 年 3 月)のために行われた調査報告書のなかで,禁猟か ら 20 年以上たった 1950 年代でも各地でカワウソの密猟 が横行していることを指摘し,五島列島の残存個体群を 県主導で保全することを提言したが,その保全活動の機 運を高めるきっかけとはならなかった.これは,同時期 の四国南西部の状況(安藤 2008;宮本 2015)とは対照 的である. 3.今後の課題 1960 年代以降の五島列島におけるカワウソの生息記 録は,これまでの我々の調査では,1981 年の 1 事例(死 体の目撃証言;事例 8)しかみいだされていないが,こ の理由のひとつとして,聞き取り調査を行った地域が五 島列島の一部に限られることが挙げられる.この期間の 生息記録は,日本における本種の絶滅過程にかかわる重 要な知見であるだけでなく,他の地域において別種の哺 乳類の死体がカワウソと誤認された事例がある(熊谷 2015)ため精査が必要である.本報告がきっかけとなり, 五島列島における 1960 年代以降のカワウソの生息記録 がさらに集まることを期待したい. 今後,より広い範囲でより多くの情報提供者を対象と した聞き取り調査を行うことで,五島列島における過去 のカワウソの分布や絶滅の時期,生態等の情報をさらに 蓄積するだけでなく,写真や毛皮といった物的証拠をみ いだすことも期待できる.情報提供者はすでにかなりの 高齢であり,早急な調査の実施が必要である.このよう な状況は日本の他の地域でも同様と思われる. 今回,調査に利用した郷土史誌のうち最も古い 1918 年発行のものは,長崎県の要請で県下一円から報告され たものである(増田 1988).今後これらを用いて,五島 列島以外の地域におけるカワウソの消長についても検討 したい. 謝     辞 本研究を進めるにあたり,佐々木浩博士に有益なコメ ントをいただいた.野口喜代志,上村孝幸,永冶克行, 竹野市朗,出口敏也各氏からは本研究に関する有益な情 報をいただいた.ここに記して感謝する.本研究は,五 島自然環境ネットワークの調査研究活動ならびに国立研 究開発法人森林総合研究所の研究課題(G112)の一環 として実施された. 引 用 文 献 青方村郷土誌調査会.1918 ?.青方村郷土誌.発行所不明(手 書き原稿を複写製本),新上五島町立図書館蔵,489 pp. 安藤元一.2008.ニホンカワウソ―絶滅に学ぶ保全生物学.東 京大学出版会,東京,233 pp.

Gnoli, C. and Priginoni, C. 1995. Preliminary study on the acoustic communication of captive otters (Lutra lutra). Histrix, the Italian Journal of Mammalogy 7: 289–296. 川口三吉(編).1978.本山郷土誌.昭和堂印刷,諫早,325 pp. 北村良昭.1978.第 1 章 自然 第一項 動物 1 哺乳類.小 値賀町郷土誌(小値賀町郷土誌編纂委員会,編),pp. 50– 51,小値賀町教育委員会,小値賀. 久保 清・橋浦泰雄.1934.五島民俗図誌.一誠社,東京,548 pp. 久保 清・橋浦泰雄.1951.五島民俗誌.五島民友新聞社,福 江,430 pp. 久保 清・橋浦泰雄.1952.民俗誌.西海国立公園調査資料. 五島列島篇(大野寅之助,編),pp. 民 1–149,長崎県,長崎. 熊谷さとし.2015.ニホンカワウソはつくづく運が悪かった?! 偕成社,東京,174 pp. 増田史郎亮.1988.長崎県青年団発達小史.大正 7 年の長崎県 一円の郷土史的調査報告を中心として.長崎大学教育学部 教育科学研究報告 35: 11–18. 松尾公則.2010.長崎県の哺乳類.長崎新聞社,長崎,173 pp. 宮嶋一德.1977.郷土誌福江市黄島町.発行所不明(手書き原 稿を複写製本),五島観光歴史資料館蔵,154 pp. 宮嶋一德.1994.五島黄島郷土誌.発行所不明,五島観光歴史 資料館蔵,306 pp. 宮本春樹.2015.ニホンカワウソの記録.最後の生息地 四国 西南より.創風社出版,松山,214 pp. 長崎県.2004.五島・壱岐・対馬沿岸海岸保全基本計画~交流 と漁火の「しま」~.長崎県,長崎,64 pp.

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高島春雄.1952.五島列島動物相の一班.五島列島~九十九島 ~平戸島学術調査書.附男女群島(西海国立公園候補地) 総論.(山階芳正,編),pp. 77–86,長崎県,長崎. 高島春雄.1959.五島列島陸棲動物相管見.山階鳥類研究所研 究報告 1: 522–530. 竹内清文・田尻宏太郎.1991.長崎県の離島における水資源と 水利用.―久賀島・赤島・黄島を例として―.長崎大学教 育学部社会科学論叢 42: 1–12. 山口鉄男.1968.哺乳類.長崎県の動物(長崎県理科教育協会, 編),pp. 1–38,長崎県理科教育協会,長崎. 山口鉄男.1981.五島の哺乳類.五島の生物-壱岐・対馬との 対比(長崎県生物学会,編),pp. 139–148,長崎県生物学会, 長崎. 山下典郎.1969.五島の獣類.五島の自然(植松庄寿・井関竹 次・山下典郎,編),pp. 92–93,五島理科教育協会,福江. 安田雅俊・上田浩一.2016.九州の島嶼における過去の中型哺 乳類相の復元.九州森林研究 69: 119–120. 著者不詳.1918.長崎縣南松浦郡崎山村郷土誌(大正七年編纂). 発行所不明(手書き原稿を複写製本),五島市立図書館蔵, 220 pp.(1983 年 8 月再編版を参照)

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Distribution and extinction of the Eurasian otter Lutra lutra on the Goto Islands, Nagasaki Prefecture, Japan

Koichi Ueda1,* and Masatoshi Yasuda2

1Goto Natural Environment Network, 304-2-202, Kamiozucho, Goto, Nagasaki 853-0013, Japan

2Forest Zoology Laboratory, Kyushu Research Center, Forestry and Forest Products Research Institute, 4-11-16, Kurokami, Chuo-ku, Kumamoto,

Kumamoto 860-0862, Japan *E-mail: [email protected]

To elucidate the past distribution of an extinct local population of the Eurasian otter (Lutra lutra), we conducted a literature review and interview survey on the Goto Islands, Nagasaki Prefecture, western Japan. We found nine records in public libraries, and eight witnesses among local elderly persons. The evidence strongly suggest that otters once lived in this area. The latest literal record of the otter was in the 1950s, whereas the latest eyewitness was in 1981. The result implies that the extinction of the otter population from Goto Islands was largely due to overhunting and poaching after the ban in 1928, while habitat loss seemed to act as an additional factor. We expect that further studies can reveal physical evidence of the otter (e.g. photos and furs) as well as accumulating its records in this area.

Key words: Eurasian otter, Lutra lutra, Carnivora, poaching, local population extinction 受付日:2016 年 3 月 2 日,受理日:2016 年 5 月 12 日

著 者: 上田浩一,〒 853-0013 長崎県五島市上大津町 304-2-202 五島自然環境ネットワーク [email protected] 安田雅俊,〒 860-0862 熊本県熊本市中央区黒髪 4-11-16 森林総合研究所九州支所森林動物研究グループ

参照

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