─ 253 ─ Louis Sokoloff先生が 2015 年 7 月 30 日にご逝去され た.享年 93 歳,今もまだ信じられない気持ちであ る.私が,最後にお会いしたのは 2013 年 8 月夏,ア メリカのご自宅であったが,90 歳を超えてなお,バイ タリティー れるその姿は変わらず健在であった.い つもながらに感じられたのは,先生の多方面にわたる 該博な知識,その中から真実を見抜く研ぎ澄まされた 知性,細部まで明瞭な記憶力にいささかの衰えもない ことである.そして,何にも惑わされずに真理を追求 することが科学者のなすべきことの全てであるという ことを改めてお教えいただいた.
先生との出会い
Sokoloff先生は 1949 年に Seymour Kety(1915―2000) のもとで脳循環代謝の基礎研究を始められ(38 歳),
1977年[14C]deoxyglucose 法の開発によって脳の機能
マッピングの基礎を拓かれた(56 歳).1981 年には Albert Lasker Clinical Medical Research賞を受賞されて いる(60 歳).私が初めて先生のお姿を拝見したのは, 1988年に美原賞受賞のため来日された時と思う.しか し,当時入局して 1 年ほどの身には余りにも遠い存在 の先生と言葉を交わすどころではなく,遠くからその お姿を拝見していただけであった.その 4 年後に恩 師,後藤文男先生と当時の教授,福内靖男先生のご高 配で Sokoloff 先生のラボに留学する機会を与えられた ことは,何という幸運であったかと思う.1992 年 1 月 厳寒のワシントン・ダレス国際空港に到着したその足 で,メリーランド州ベセスダの広大な NIH キャンパ ス内のビルディング 36(Lowell P. Weicker Building,
1968年竣工)を訪れ,極度に緊張して先生にお目にか かった.笑顔で迎えてくださった先生の差し出された 右手は温かく,そして,とても柔らかであった.
学生時代
先生は 1921 年 10 月 14 日にペンシルベニア州フィ ラデルフィアでお生まれになった.ご両親ともに 1912 年に東ヨーロッパから移住して来られ,大変なご苦労 をされてアメリカでの生活の礎を築かれた.ご両親は お子様への教育に対する並々ならぬ熱意を注がれた. 不確定な時代にたとえ自分の身の回りの財産全てが失 われても,自分の中に残る教育こそが一番の宝である と考えておられたからである.フィラデルフィアの高 校に進まれてからも,学業成績は極めて優秀でおられ 主席で卒業されている. 奨学金を得てペンシルベニア大学に進まれた先生 は,ここでも勉学に打ち込まれたが,当時,世界恐慌 の中では物質的な欲求は適わず,誰もがスポーツや, 知的な興味に楽しみを見出していたからだとおっしゃ る.カレッジの教官もまた学問に対して厳格で,ある 日それに反発した 1 人の学生が,“こんな知識が,よ い生活を得るため何の役に立つのか.”と尋ねたとこ ろ,教官は“大学は諸君の財布を豊かにするための場 ではない.心を豊かにするための場である.”と応じた そうである.生理学の教鞭を取る傍ら,自身が Ca イ オン生理学の研究者であった Lewis Heilbrunn の下, Sokoloff先生は初めて基礎研究に従事され,その楽し さをお知りになる. 医学部だけは戦中であっても学問を続けられるとの Heilbrunnの助言もあり,Sokoloff 先生は 1943 年にペ ンシルベニア大学医学部に入学された.当初,膨大な 医学知識をただ暗記するだけの毎日にいささか辟易し ていた先生であったが,学年が進み,生理学,生化 学,薬理学の講義が始まると一変する.基礎医学の講 義では,自らも研究者であった教官たちの熱意が学生 にも伝わった.中でも薬理学の講義を担当した 3 名の● 追悼文
追悼
Louis Sokoloff
先生(1921―2015)
髙橋 愼一
慶應義塾大学医学部神経内科脳循環代謝 第 26 巻 第 2 号
─ 254 ─ 教官との出会いは Sokoloff 先生のその後の運命を決定 づけた.薬理学教室の Carl Schmidt 教授,彼の率いる Julius Comroe,さらに Sokoloff 先生の生涯の師であ り,同時に共同研究者でもあった若き日の Seymour Ketyである. 当時アメリカでは戦中の医師不足を解消するため, 医学部 4 年間の教育が 3 年間に圧縮されていた.1946 年にはインターンシップが始まる.この頃,先生はの ちの奥様になられる空軍のナース Betty Kaiser と出会 われた.結婚された当時の奥様のお写真を見せていた だいたことがあるが,往年のハリウッド女優のようで あった.研究者としての毎日をおくる Sokoloff 先生を 支え,二人のお子様を育てられた奥様は,お年を重ね てなおお美しいだけでなく,いつも優しかった.我々 をご自宅にお招きくださった夜には,素晴らしいフラ ンス料理のフルコースでおもてなしくださった.奥様 は 2003 年に他界されたが,ワシントン DC を見下ろ す丘にあるアーリントン墓地に永眠されている.
脳循環代謝研究への道
先生はインターンシップのローテーションで精神医 学に接し,人間の心の持つ深遠さに並々ならぬ興味を お持ちになられた.先生は基礎研究者としてご高名で あるがれっきとした MD である.臨床医としてご経験 はこの 1 年間のインターンシップと,さらに 2 年間に 従軍医師として内科,精神科診療に従事した 3 年間の みであるが,先生の基礎研究を最も深い部分で支えた のは,この時ご経験された病に苦しむ人々への慈愛 と,人間への深い愛情であると確信する. 1948年,Kety によって開発された N2O法によって 初めてヒトの全脳平均血流量が測定可能となった.そ してペンシルベニア大学で Carl Schmidt の教室から独 立した Julius Comroe は肺循環を,そして SeymourKetyは脳循環の研究を始めていた.N2O法によって脳 の活動を生理学的に解明できると考えた Sokoloff 先生 は,1949 年この教室の扉を叩き,かつての医学部での 師に再び教えを乞いながら研究者としての一歩を歩み 始めた.昼間は実験,夜は明け方まで勉強が続いた. Ketyのもとには Sokoloff 先生をはじめ多くのフェロー が集まり,ラボでは毎週土曜日の午前中に研究の進捗 状況がディスカッションされた.そのセミナーの席で は,中途半端な知識で口を開くことは危険であり,全 ての発言は一言一句吟味された.科学にとって重要な ことは,“正しいこと”以上に“誤謬を犯さないこと”で あり,“研究論文は決して誤った科学によって汚され てはならない”ことが叩き込まれた.研究はその qual-ityが全てであり,論文とは,正当な疑問に対して答 えるべく周到に計画され,慎重に実施された実験から 生まれる自然の産物であった.昨今の論文の多くが科 学への貢献ではなく,ただ自分の業績集への貢献にす ぎないとお嘆きになっている.Kety とそのフェローた ちは,よくランチを共にした.それは科学以外,広く 政治,経済,文化,国際問題についての語らいの場で あった.その後 Sokoloff 先生ご自身のラボでも,フェ ローたちは土曜日には“Saturday lunch meeting”に参加 し続けた.土曜日の午前中はフェロー達の実験結果を 吟味し,ランチでは先生を囲み,日本や世界の歴史, 文化を語りあった.日本には幾度もお越しになられた 先生は,日本人の勤勉さと正直さをいつも高く評価し ておられた.ある日,タクシーを利用された Sokoloff 先生が,メーター料金にチップとして少し多めにお支 Louis Sokoloff先生
追悼 Louis Sokoloff 先生(1921―2015) ─ 255 ─ 払いされてタクシーを降りたところ,しばらくしてタ クシーの運転手が走って追いかけてきた.わざわざ釣 り銭を持って来た運転手の正直さに感激されていた.
Deoxyglucose 法の開発
1951年に Kety はベセスダに創設された NationalInstitute of Mental Health(NIMH)/ National Institute of Neurological Diseases and Blindness(NINDB; 後の NINDS)の初代 Scientific Director として赴任すること になる.程なく Sokoloff 先生ご自身もペンシルベニア 大 学 か ら NIMH に 移 ら れ,1953 年 に Laboratory of Cerebral Metabolism(LCM)の歴史が始まった.先生の 名を世界に知らしめたのは,1977 年に発表された [14C]deoxyglucose 法による局所脳グルコース消費率測 定に関する論文である.この論文には理論から応用, ラットにおける正常値までの“全て”が網羅されてい る.1957 年にはすでにグルコース代謝のレポーターと してグルコース同族体である 2-deoxyglucose を使用す るアイデアがおありになった.その後 kinetic model を 構築し,1974 年初めてラットによる基礎的なデータが 発表された.さらにその後 3 年間かけて完成された論 文までに 20 年の歴史がある.ヒトへの応用は FDG-PETを用いることによって実現し,精神を形成する脳 の機能活動は,その局所のグルコース消費の増減とい う数値に置き換えられ初めてその姿を現したのであ る.その後も[14C]deoxyglucose 法は莫大なデータを生 み出し,正常脳の生理学的機能の解明に多大な貢献を した.これら一連の業績に対して Sokoloff 先生には 1981年 Lasker 賞を授与される. アメリカ東海岸で研究一筋の生活を送って来られた 先生にとって,1968 年(47 歳)から sabbatical で 1 年間 滞在されたパリは今も特別な場所である.パリ大学で 研究を続ける傍ら,ワインとフランス料理,芸術を満 喫された花の都パリでの生活は,先生と奥様の大切な 思い出である.この時に購入されたメルセデス・ベン ツは大切にアメリカに持ち帰られ,30 年以上も大切に 乗り続けられた.引退をお決めになった Sokoloff 先生 のある日のメールのタイトルには,“Sic transit gloria
mundi (Thus passes the glory of the world)”と書かれてい た.ラボへの愛着と自負,ご自分の 50 年間の研究者 生活への惜別そのものであった.その言葉に尊大さな ど微塵もなく,意義を唱えるものなど誰一人いないで あろう.2004 年 7 月に NIH 主催で執り行われた退官 祝賀会では多数の同窓生が先生を囲み,皆“LCM”との 別れを惜しんだ.
その後
その後も Sokoloff 先生は名誉ラボチーフとして NIH キャンパスにオフィスをお持ちになり,お亡くなりに なる直前までオフィスに通われていた.2011 年秋に先 生の 90 歳の誕生日を祝うパーティーが開催され,世 界中から 50 名を超える弟子たちが参集した.そして 2015年偉大な研究者はこの世を去った.Sokoloff 先生 のご冥福を祈り,最愛の奥様と二人アーリントンの丘 で安らかにお休みくださることを心から願う.最後に Sokoloff先生の言葉を引用しこの稿を終えたい; “私が科学者の道を歩み始めた頃,研究とは純粋に 学問の追及の手段であった.そして真理を追究するプ ロセスに真理の発見以上の大きな楽しみがあった.今 では研究は学問というよりも商業的,工業的な活動に なってしまった.…もし,私がかつて生命科学を志し た時に世界がこのような空気であったならば,私はこ の道を選びはしなかっただろう.” 主な受賞:F.O. Schmitt Medal in Neuroscience, 1980; Albert Lasker Clinical Medical Research Award, 1981; Karl Spencer Lashley Award, The American Philosophical Society, 1987; The National Academy of Sciences Award in the Neurosciences, 1988; The 1988 Mihara Award (The Mihara Cerebrovascular Disorder Research Promotion Fund, Japan), 1988; Lifetime Achievement Award of International Society of Cerebral Blood Flow and Metabolism, 1999; Wilhelm Erb Memorial Medal of German Neurological Society, 2005.
文献参考:
1) Kennedy C: Louis Sokoloff at three score and ten. J Cereb Blood Flow Metab 11: 885-889, 1991
2) Agranoff BW: Louis Sokoloff, Neurochemist par excel-lence. Foreword of the special issue dedicated to Dr. Louis Sokoloff. Neurochem Res 16: 927-928, 1991
3) Louis Sokoloff, In The History of Neuroscience in autobi-ography, vol. 1, ed Squire LR, pp.454-497, Society for Neurosciene, Washington, D.C., 1996
4) Sokoloff L: In vivo veritas: probing brain function through the use of quantitative in vivo biochemical techniques. Annu Rev Physiol 62: 1-24, 2000
5) Sokoloff L: Seymour S. Kety. August 25, 1915-May 25, 2000. Biographical Memoirs, vol. 83, National Academies Press, Washington, D.C., 2003
6) Rowland LP: NINDS at 50: cerebrating 50 years of brain research. Demos Medical Publishing, New York, 2003