92 基礎心理学研究 第33巻 第1号
情動行動の起源を探る
―魚類をモデルとして―
岩 田 惠 理
いわき明星大学科学技術学部
The origin of emotional behavior
̶Fish as a model for vertebrates̶
Eri Iwata
Department of Science and Engineering, Iwaki Meisei University
Fish is the vertebrate that first appeared on the earth. While it has been found that many fish species are highly social, their brain has less complex organization than mammals. Thus, studying social behavior in fish has a great advantage in understanding of emotion, which is common to all the vertebrates. Among all, Anemonefishes live symbiotically with sea anemones and form a social unit that consists of a breeding pair and several sexually imma-ture individuals. The hierarchy of the social rank is strictly maintained in a group. Agonistic behaviors are observed frequently among the members of a group, which are essential for maintenance of the social structure, as well as for their sex determination. The differences in agonistic behavior according to social status were also detected directed at conspecific intruders. The aggressive behaviors were specifically directed at intruders of the same sexual status, not at those of the opposite sex. These results suggest that sexually mature resident anemonefish perceive intruders of the same sexual status as competitors for reproductive status.
Keywords: emotion, aggressive behavior, social hierarchy, anemonefish
1. は じ め に 魚類は地上に初めて出現した脊椎動物である。頭蓋骨 と背骨の中に脳や脊髄,つまり中枢神経を持つことは, 後の両生類,爬虫類,鳥類,および哺乳類と同様であ る。現在,魚類の中でも最も繁栄しているのが,一般に 「サカナ」と言われると思い浮かぶ,硬い骨を持った魚, いわゆる硬骨魚類と呼ばれるグループであり,その種数 は脊椎動物全体の半数以上を占めているとされている。 硬骨魚類は種によってさまざまな生活史を持ち,中には 群れで暮らし,高い社会性を持つものも少なくない。 社会性というと,ヒトの持つ高度な社会構造を思い浮 かべるかもしれないが,2個体以上が同所に存在すれば, そこには何らかの社会的な状況,つまり社会環境が生ま れる。硬骨魚においてさえ,どのような社会環境におか れているかによって個体の行動は変化する。そうでなけ れば群れから排除され,命の危険にさらされる可能性が 高いからである。このような行動変化には,多くの場合 怒りや不安等の情動が伴う。情動を伴う経験の方が,記憶 や学習が強化されて生存に有利に働くことが多い。つま り情動行動は,そもそも生存に必要だから発達してきた, という側面があるのである。魚類の脳は,哺乳類に比較 して大脳皮質が未発達であるが,情動行動を司る大脳辺 縁系や間脳はほぼ同様であると考えられている(Figure 1)。そういう意味では,魚類の脳を研究対象にするとい うことは,情動行動を司るきわめてシンプルな神経回路 を追及することでもあり,大脳辺縁系が高次脳と複雑な ネットワークを形成している哺乳類を研究対象とするよ りはるかに有利であるといえる。 2. クマノミの社会行動 社会行動の中でも,特に攻撃行動は相手との関係性に
The Japanese Journal of Psychonomic Science
2014, Vol. 33, No. 1, 92–95
講演論文
Copyright 2014. The Japanese Psychonomic Society. All rights reserved. Corresponding address: Department of Science and
Engi-neering, Iwaki Meisei University, 5–5–1 Chuoudai, Ihino, Iwaki, Fukushima 970–8551, Japan. E-mail: asealion@ iwakimu.ac.jp
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よって劇的に変化する。筆者は現在,攻撃行動の起こる メカニズムを,高い社会性を持つ海水魚であるカクレク マノミAmphiprion ocellaris (Lacépède, 1802)をモデルに 研究を行っている。クマノミ類は非常に複雑な社会構造 を持つ魚の一種で,野生下ではイソギンチャクと共生関 係にあり,1つのイソギンチャクに数匹の群で暮らして いる。群の中には厳格な社会順位が存在し,この社会順 位は基本的に身体の大きさで決定する。一番大きな個体 が一番強い個体,つまり優位な個体として,イソギン チャクの中心に近い場所をほぼ占有しており,その周辺 に2位の個体がうろついており,さらにその周辺に3位 の個体と,大きさと居る場所で大体の社会順位を推察す ることが可能である(Figure 2)。群の構成メンバー同士 は,優位性の行動である威嚇行動や劣位性の行動である 安寧行動(攻撃を仕掛けた個体を宥める行動)を頻繁に 繰り返している。これは群の中での順位を確認し維持す るための,ある意味儀式的な行動である。また,1位の 個体はすぐ下の2位個体に最も多く攻撃をし,1位個体 ほど多くはないものの 2位個体は3位個体へと攻撃を, といったように,社会順位によって攻撃対象も変化する (Figure 3; Iwata, Nagai, Hyoudou, & Sasaki, 2008)。
3. クマノミの性決定メカニズム クマノミ類に見られる群内の優位性・劣位性の行動 は,実は群の維持のためだけではない。彼らの性別は, 群の社会順位によって決定されるのである。クマノミ類 は遺伝的な性決定機構を持っていない。そもそも性染色 体を持たないのではないかと考えられている。クマノミ の場合,性的に未成熟な個体は生殖腺の中に未熟な卵巣 組織と精巣組織の両方を持っている。群内での社会順位 が決定すると,一番優位で身体の大きな個体がメス,次 に強くて大きい個体がオスに性分化し,この上位2匹が 繁殖ペアを形成し繁殖行動を行う。一夫一婦制の繁殖戦 略を持つ魚の場合,卵の方が精子より生産コストがかか るため,メスの方が大きな体をしていた方が有利だから である。3位以下の個体は未熟な生殖腺を持ったままで 過ごす。ただし,もし1位のメス個体が何らかの理由で いなくなってしまうと,2位のオス個体がメスへと性転 換し,3位の未成熟個体がオスへと性分化して新たな繁 殖ペアを形成することも知られている(Fricke & Fricke, 1977)。 群内社会順位の形成と維持とが,このようなクマノミ 類の性決定メカニズムにどのように関与しているかにつ いては,まだ不明な点が多い。おそらく社会順位に応じ て個体のストレスレベルが異なることが性決定の引き金 になっていると考えられている。カクレクマノミを3匹 一組にして,水槽で飼育すると,社会順位が確定してか Figure 1. Typical brain structure of teleost (bluegill
sunfish Lepomis macrochirus).
Figure 2. False clown anemonefish A. ocellaris and their symbiotic sea anemone in Japanese subtropic coastal water.
Figure 3. Frequency of dominant behavior of three A. ocellaris kept for 180 days. Mean±SE total frequency; *p<0.05 (MANOVA and Tukey–Kramer multiple comparison test).
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ら上位2個体の性成熟までの間,群内の優位性・劣位性 行動の頻度や強度は徐々に変化していく(Figure 4; Iwata, et al., 2008)。そのため,ストレス関連ホルモンであるコ ルチゾールの各個体における血中濃度は,時系列的な変 化を示す(Iwata et al., 2008; Iwata, Mikami, Manbo, Moriya-Ito, & Sasaki, 2012)。一部の魚類では,仔魚のときの個体 のストレスレベルが,将来の性決定や性分化に大きく関 与することも知られており(Hattori et al., 2009; Yamagu-chi, Yoshinaga, Yazawa, Gen, & Kitano, 2010),クマノミ類 においても,性分化開始時に同様のメカニズムが働くと 仮定して研究を進めているところである。 4. クマノミ類の縄張り性攻撃行動 カクレクマノミの群内では,儀式的な優位性・劣位性 の行動が繰り返されるが,群の構成メンバーではない未 知の侵入者(イントルーダー)に対して,群の構成メン バーはどのような反応をするのであろうか? マウスや ラットなどの実験動物の攻撃性評価試験として,「レジ デント–イントルーダー試験」という手法がある。この 手法をそのままカクレクマノミに当てはめ,メス,オス, 未成熟個体の3匹からなる安定した群(レジデント)に, イントルーダーを導入し,縄張り防衛性の攻撃行動がど のようなパターンで認められるかの検証を行った。 イントルーダーとしてメス,オス,未成熟の3種類の 個体を準備し,各レジデントの反応の違いを検討しとこ ろ,攻撃回数の総数は,性成熟個体,つまりメスとオス において有意に高く,未成熟個体はほとんど攻撃行動を 示さなかった(Figure 5A)。しかしイントルーダーの属 性によって,レジデントの反応が異なることが示され た。具体的には,レジデントのメスはメスのイントルー ダーに対して,レジデントのオスはオスのイントルー ダーに対して最も敏感に反応した。メス–メス同士の遭 遇では,すぐさま取っ組み合いのけんかに発展したが, オス–オス同士の遭遇では,けんかになる前の様子を伺 う行動,例えばお互いの体長を比べあってどちらが大き いかを推し量る行動の方が,直接的な攻撃行動より長く 認められた。イントルーダーがレジデントと異なる性別 であった場合,イントルーダーに対しての攻撃行動は ほとんど認められず,盛んに攻撃を仕掛けている自分 のパートナーに加勢する等の行動は認められなかった (Figure 5B; Iwata & Mambo, 2013)。
以上の結果より,カクレクマノミのレジデントがイン トルーダーに対して行う縄張り防衛行動は,群を守ると いうよりはむしろ,群の中の自分の地位を守るために行 われることが示された。性別や社会順位に応じて攻撃性 の高低はあるものの,自分にとって代わりそうな属性を Figure 4. Time-course change of duration in the shelter
of three A. ocellaris kept for 180 days. Mean±SE dura-tion %; *p<0.05 (MANOVA); statistically significant differences between durations are indicated by differ-ent letters (p<0.05, Tukey–Kramer multiple compari-son test).
Figure 5. A: Total frequencies of aggressive behavior displayed by the three social status categories of A. ocellaris residents. B: Duration (per 5 min) of face-to-face swimming performed by resident A. ocellaris after intruders had been introduced. Mean±SE duration %; *p<0.05 (ANOVA and Fisher’s protected least significant difference test).
95 岩田: 情動行動の起源を探る 持つイントルーダーに対しては攻撃を行い,そうでない もの対してはあまり脅威を感じず攻撃を仕掛けない,と いうことである。 しかし一方では,継続的な一夫一婦制の維持には,繁 殖ペア間の継続的な結びつきも必要とされる可能性があ る。実際に飼育下でカクレクマノミの繁殖を試みると, すぐさま産卵に至るペアと,いつまで待っても産卵しな いペアが出現する。また,個体をランダムに選んで水槽 で飼育すると,安定した社会順位が確立する群と,そう でない群れが出現する。酷いときには特定の個体がいじ め殺されてしまうこともある。つまり,硬骨魚類におい ても,「異性の好み」や「相性」といった概念が存在す る可能性があるのである。筆者は現在,繁殖経験のある ペアとないペアとでは何が異なるのかを,行動特性や生 理学的指標を用いて検証を行っている。 5. お わ り に 少し前まで,魚類の行動は定型的で単に刺激に反応す るだけのような捉えられ方をしていたが,最近の研究か ら,周りの状況に応じてかなり臨機応変に行動パターン を変えていることがわかってきた。実際スキューバで海 に潜って魚たちの行動を観察すると,同種間のみならず 異種間でもかなり高度なコミュニケーションが成立して いるのが見て取れる。このような高い社会性を持つ魚類 をモデル動物として,攻撃行動をコントロールする脳内 神経回路を解明することは,脊椎動物に共通な神経モデ ルを提唱することにもつながると筆者は考えている。人 間の社会においても,攻撃性は永遠の研究テーマであ る。魚類の攻撃行動に関する知見の蓄積により,ヒトを 含めた哺乳類の攻撃性の発現メカニズムについての貴重 な情報も得られるのではないかと思いながら研究を続け ているところである。 参考文献
Fricke, H., & Fricke, S. (1977). Monogamy and sex change by aggressive dominance in coral reef fish. Nature, 266, 830– 832.
Hattori, R. S., Fernandino, J. I., Kishii, A., Kimura, H., Kinno, T., Oura, . . . Watanabe, S. (2009). Cortisol-induced mascu-linization: Does thermal stress affect gonadal fate in pejer-rey, a teleost fish with temperature-dependent sex determi-nation? PLoS ONE, 4, e6548.
Iwata, E., Nagai, Y., Hyoudou, M., & Sasaki, H. (2008). Social environment and sex differentiation in false clown anem-onefish, Amphiprion ocellaris. Zoological Science, 25, 123– 128.
Iwata, E., Mikami, K., Manbo, J., Moriya-Ito, K., & Sasaki, H. (2012). Social interaction influences blood cortisol values and brain aromatase genes in the protandrous false clown anemonefish, Amphiprion ocellaris. Zoological Science, 29, 849–855.
Iwata, E., & Mambo, J. (2013). Territorial behaviour reflects sexual status in groups of false clown anemonefish (Amphi-prion ocellaris) under laboratory conditions. Acta Ethologia,
16, 96–103.
Yamaguchi, T., Yoshinaga, N., Yazawa, T., Gen, K., & Kitano, T. (2010). Cortisol is involved in temperature-dependent sex determination in the Japanese flounder. Endocrinology, 15, 3900–3908.