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視覚障害リハビリテーションにおける挑戦—周辺視野障害の場合—

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Academic year: 2021

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DOI: http://doi.org/10.14947/psychono.36.17 109 小林: 周辺視野障害者の移動

視覚障害リハビリテーションにおける挑戦

̶周辺視野障害の場合̶

小 林   章

日本点字図書館自立支援室

Challenge in rehabilitation for persons with visual disabilities:

In cases of peripheral visual field loss

Akira Kobayashi

The Japan Braille Library

Four patients during my time as an inexperienced orientation and mobility specialist showed me the difficulties that people with peripheral visual field loss face while walking. It is important and necessary for persons with peripheral visual field loss to be able to observe distant people and objects and to acquire as much visual information as possible while walking. This is not enough, however, to ensure safe and comfortable walking; it is necessary to have good visual scanning skills and walking stick (white cane) techniques. These abilities can be improved by orien-tation and mobility specialists who are trained at the National Rehabiliorien-tation Center for Persons with Disabilities and the Japan Light House.

Keywords: peripheral visual field loss; observe far away; visual scanning skill; white cane techniques; orientation

and mobility specialist

まだ臨床経験の浅かった訓練士時代の出来事で,著者 には今でも忘れられないロービジョン体験と,訓練現場 での体験がある。ここではそれらの体験のうち特に印象 に残っている 4つの体験を紹介し,それらの現象が起 こった原因と,困った時の対処方法,さらには困った事 態に陥らないための対処方法について考察する。 ここでいうロービジョン体験とは,ゴーグル状のシ ミュレーターを使用して人工的に求心性視野狭窄と視力 低下の状態を体験するものである。求心性視野狭窄とは トンネル視野とも呼ばれ,細い筒から覗いたように正常 な視野の中心部分から円状に狭い範囲しか見えなくなる 障害をさす。疾患の進行とともに同心円状に視野が狭く なっていくことから,求心性狭窄と呼ばれる。求心性視 野狭窄のシミュレーターは,頂点に小円状の穴のあいた 円錐状の構造物により作られている。その小円は覗いた 時に特定の視野角になるように,角膜からの距離と円の 直径が計算により求められている。視力低下はプラスレ ンズおよびスイスRyser Optik製のBangerterフィルターに よりシミュレートしている。Bangerterフィルターは弱視 訓練に使用する目的で開発された半透明の膜で,解像度 とコントラスト感度を低下させるフィルターである。 以下に述べる4つのエピソードのうち3つは,健常者 がシミュレーション体験をしている際に実際に起こった 出来事で,さらに事例B, Cは著者自身が体験した事例で ある。事例Dはロービジョン当事者の事例である。 1. 衝撃を受けた4つのエピソード 1.1 壁に向かって歩き続けようとした事例A 対象者は優位眼に求心性視野狭窄半径5度,視力0.1 未満になるシミュレーションゴーグルを着用した20代 の女性であった。Aのシミュレーション体験はこの時が 初めてである。 Aは駅近くの歩道と車道の区別のある道路の進行方向 右側の歩道を歩いていたが,路地の交差点に差しかかる と,交差点手前にある店舗の駐車場で右方向へ曲ってし まい,路地を挟んだ向かい側にあるビルの外壁に向かっ The Japanese Journal of Psychonomic Science

2017, Vol. 36, No. 1, 109–111

講演論文

Copyright 2017. The Japanese Psychonomic Society. All rights reserved. Corresponding address: The Japan Braille Library, 1–23–4

Takadanobaba, Shinjuku-ku, Tokyo 169–8586, Japan. E-mail: akr.kobayashi@gmail.com

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110 基礎心理学研究 第36巻 第1号 て進み始めた。そのビルの外壁は白に近いグレー一色 だったためか,Aはあたかも道がそのまま続いているか のように「あれ∼? あれ∼?」と,前に進めないこと に疑問の声を上げながらも,足を前へ振り出し続けてい た。当然進路は外壁で閉ざされているため,Aが前に振 り出すつま先は弾かれて地面へ落ちてしまうが,著者が 声をかけるまで歩き続けようとしていた。 1.2  移動を壁で遮られていることに気づかなかった事 例B 対象者は優位眼に求心性視野狭窄半径3度,視力0.1 未満になるシミュレーションゴーグルを着用した50代 後半の男性Bであった。Bは同程度のシミュレーション を装着した状態で屋外を歩く経験はしばしばあったが, 見通しの良くないデパート内での探索は初めての経験 だった。この時の課題は「デパートの衣料品フロアで スーツの売り場を探すこと」だった。Bは探索開始直後 はしばらく視線を左右に大きく振りながら移動をしてい たが,視野に目的のスーツがなかなか入ってこなかった ため,探索方法を変更した。視線を自身の正面に固定し た状態で,通路と平行と思われる方向へ「カニ歩き」で 横移動を始めた。その状態で5 m程度移動すると,進路 に幅が1 m以上もある四角柱状の大きな柱が出現して進 路を遮った。Bは左肩からその柱に接触し,それ以上移 動することはできない状態に陥っていたが,その状況を 認識できないまま数秒間スリップする足を動かし続けて いた。体験後の感想として,「今はとても恥ずかしい気 持ちだけれども,その瞬間はまったく気づけなかった」 と述べた。 1.3 遠方を注視し,近方の階段を踏み外した事例C 対象者は優位眼に求心性視野狭窄半径5度,視力0.05 未満になるシミュレーションゴーグルを着用した30代 後半の男性Cであった。Cはロービジョンのシミュレー ションゴーグルを装着して屋外を移動することは初めて の体験だった。Cは,ある私鉄駅周辺の街中を指定され た通りに歩いた後に,駅ビルの2階にある喫茶店へ行く ように指示を受けていた。Cはロータリーから階段で デッキに上がり,駅ビルのコンコースが延びている方向 を確認するために遠方を歩く人影を確かめながら歩き始 めたところ,間近にあった4段の下り階段を発見するこ とができずに踏み外してしまった。この出来事は,遠方 を眺めることは進路を確認するためには有益だが,近方 の情報を得ることが難しくなることを示している。1 m 程度の高低差は,遠方を眺めている場合には認識するこ とが難しいと思われた。 1.4  情報を誤認し,道路と直行する方向へ突進した事 例D 対象者は網膜色素変性による求心性視野狭窄半径5度 以内,視力両眼ともに0.05未満の30代半ば男性D。この 視機能状態になって5年以上の歳月が経過していた。D は視覚障害者を対象としたリハビリテーション施設で歩 行訓練をはじめとする生活訓練を受けていた。この事例 は,日没後に行われた住宅街での歩行訓練の際に起こっ たことだった。 ロービジョンの人が夜間に歩く場合,道路沿いに設置 された街灯を見て移動方向の手掛かりにすることがしば しばある。しかし,この時訓練を行っていた住宅街は街 灯が点在しているような地域だった。見えにくい人には きわめてやっかいなことに,道路の両側には深さ1 m以 上の側溝があるため,慎重に方向を確認したうえで歩き 始めるように促していたが,何の前触れもなく道路を垂 直に横切る方向へ突進し始めてしまった。慌ててCを引 き留めた著者がその理由をたずねると,Dは「あそこに 街灯が見えるから」と指さしたのだが,それは道路沿い にある公園の中の街灯だった。 2. 問題の所在と対処法 2.1 視線の使い方 求心性視野狭窄の場合,視点が近いほど同時に視野に 入る面積が小さくなるため,移動に必要な情報量が少な くなる。したがって,情報量を増やすためには視線を遠 くに向ける必要があるが,遠くに向けるだけでは安全か つ確実な移動が実現できないことを上述の4つの事例が 示している。 Aは歩き始める前に,歩き方のポイントとして「視線 を遠くへ向ける」という助言を受けており,それを実行 していたと思われた。それにもかかわらず,Aは建物の 壁に向かって進み,壁に進路を遮られてもさらに歩き続 けようとした。 Bは当初目的物を探索するために遠方を注視していた が,途中から進行方向を確認しない状態で歩き続けてし まったために壁に衝突してしまった。 Cは進行方向を維持するために通路の遠方を見ていた が,近方への注意が行き届かず,至近距離にある下り階 段に気づくことができずに転落してしまった。 D も,遠方にある外灯を手掛かりとして歩き始めた が,視野に入れたのは複数個の街灯の並びではなく,一 つだけの孤立した街灯であり,道路と平行に立っている

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111 小林: 周辺視野障害者の移動 ものと誤認してしまった。 上記の4つの事例のうち,Bの事例は脇見運転に類似 したミスであり,移動時にはもっともしてはいけない初 歩的なミスである。ただし,健常者であれば周辺視野の 機能が働き,接近してきた壁に気づけた可能性が高いと 思われた。 AとDの事例は視野に入ってきた情報の誤認が原因で 生じたミスである。Aは,空間の広がりのように感じら れた白っぽい視野が本当に空間なのか,今見えている視 野の中に人や看板,自転車などが見えないのはなぜかと 考えつく必要があった。Dは視野に入った1本の街灯 が,自分が歩こうとしている歩道の路肩に立っているも のなのか,ほかにも情報はないのかを慎重に検討するべ きだった。 Cの事例は誤認はないものの,足元の情報に対してあ まりにも無防備で無頓着なまま移動した結果のミスだっ た。 以上のことから,視覚情報だけで移動するために必要 なことは次のようにまとめることができる。 (1)自分自身の視野狭窄の状態をしっかりと認識する こと,(2)移動する方向の手がかり,障害物,危険個所 を確実に認識するために,視線を適宜左右,上下方向に 向けること,(3)見えている情報が手がかりとして使え るものかをしっかりと検討すること,(4)判断があやふ やな状態で移動しないこと,(5)危険が想定される場合 は歩く速度を落とすこと等だろう。これらのことは, ロービジョンの人のホーム転落事故を防ぐうえでも重要 な事柄だと思われる。 2.2 視野狭窄による遠近感の喪失と補償 自分の身体の一部と環境が同一視野に入らなくなる と,遠近感は著しく損なわれる。例えば,重度の求心性 視野狭窄の人が机の上にあるものを取り上げる時,ある いはドアノブをつかむ時などに,空をつかんでしまうこ とがしばしば起こる。同様に求心性視野狭窄の人が移動 している時には,遠方にある階段はよく見えても,至近 距離にある階段の始まりと自分の足の位置関係が把握で きないために転落の恐怖を感じる。ホームと電車の隙間 が広い駅で電車に乗る時にも,ホーム縁端,電車の床と 自分の足の位置関係を把握することが難しい。階段と同 様,視野狭窄の人は交差点の存在が遠方からだとわかる が,接近すると角の位置がわからなくなる。 視覚情報だけでこれらの課題に対処することは難しい ので,求心性視野狭窄の人はその他の感覚情報を活用す ることを考えるべきである。求心性視野狭窄の人が,静 止した対象物や環境との位置関係を知るうえで重要な情 報として触覚情報がある。曲り角や階段の始まり,ホー ムの隙間等は手や足底で触れることで確認が可能であ る。しかし,屋外の不特定の物に手で触れると手が汚れ る,怪我をする等の可能性があり,それは好ましい方法 とは言えない。足底での確認は,手で直接触れるほどの 嫌悪感はないものの,当事者は触れる場所へ十分に接近 する必要がある。これらの触覚情報を効率的に収集する 道具として白杖がある。白杖による路面探索は,視線を 遠方へ向けている間に疎かになる下方の情報収集を可能 にしてくれる。白杖を使用することで段差,障害物,歩 行面の有無についての情報が得られる。視覚情報で曲が り角がわからない場所では,白杖経由の触覚で角を確認 することが可能になる。視覚で確認が難しい段差と足の 位置関係,隙間の広さの確認も白杖を利用することで容 易に確認することができる。 以上,求心性視野狭窄の人が遭遇しうる課題と原因, その対処法について述べたが,ロービジョンの人がこれ らの対処法を獲得することは決して容易とは言えない。 個人の経験によって対処法を獲得することはできないと も言えないが,白杖の活用方法や視覚の活用方法を効率 的に知るためには,専門家による助言や訓練を受けるこ とがきわめて有益である。こうした専門職として,国立 障害者リハビリテーションセンター学院視覚障害学科お よび,社会福祉法人日本ライトハウスによって養成され ている視覚リハビリテーションの訓練専門職がある。そ のような職種の存在を,記憶の片隅に置いていただけれ ば幸いである。

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