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いつまでも若々しく生きるために

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Academic year: 2021

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理学療法学 第 41 巻第 8 号 474 ヒトの寿命を規定している要因  長寿者が長寿の家系から見出されることから,長寿遺伝子の 存在が示唆されている1)。しかしながら,百寿者のゲノムを検 索している百寿研究からは,信頼に足る長寿遺伝子がいまだに 報告されていないのが現状である。確かに寿命は遺伝子が規定 する要因もあるが,環境が大きく作用することが知られてい る。それでは,個人の寿命を規定している因子の中で,遺伝子 が規定している要因は何パーセントなのだろうか。一卵性双生 児と二卵性双生児の比較研究から,個人の寿命を規定している 遺伝要因は 25%に過ぎないと報告されている2)。残りの 75% は環境要因ということになる。環境要因の中でもっとも研究さ れている要因は喫煙である。喫煙は多くの癌の発症に関与し, 冠状動脈疾患や動脈硬化症,肺気腫症の発症に大きく関与して いる3)。肥満も寿命を規定する要因のひとつである。肥満や喫 煙は生活習慣病の危険要因であり,寿命を規定している要因と して,生活様式が大きく寄与していることは疑う余地もない4)。 一方,活動的な百寿者研究から,元気な 100 歳を迎えるために, 「食事」と「運動」と「生きがい」が重要な 3 つの要因である ことを提唱している。多くの長寿研究が,健康的な食生活,定 期的な運動,そして前向きに生きることが長寿の三大要因であ ることを示唆していることから,寿命に関しては,遺伝子より もライフスタイルに介入することが重要である。 カロリー制限で寿命が延伸する  カロリー制限と個体寿命に関しては,種々のモデル動物でそ の関連性が証明されている5)。また,摂取カロリーと特定の病 気の発症に関してもこれまでにも多数の報告がある。糖尿病を すでに発症している人は,摂取カロリーの管理が病気のコント ロールには必須であることはいうまでもない。しかし,仮に糖 尿病を発症していない人であっても,将来における生活習慣病 の予防のためには,カロリーは必要最低限に近い適正なカロ リー摂取を心がけることが肝心である。ネズミをカロリー制限 した実験でも,最終的には動物の寿命が 3 ∼ 4 割延長している (図 1)。適正なカロリーコントロールが生活習慣病全般の予防 につながること,過剰摂取が生活習慣病の発症,癌の発症につ ながっていることが科学的にあきらかにされている。しかし, 極端なカロリーを制限すると,栄養素が足りなくなり,骨のミ ネラルや筋力が低下し骨粗鬆症やサルコペニアを発症する。低 栄養による骨・筋力低下を予防するためにも,ビタミン,ミネ ラルを確保する必要があり,野菜,果物,海藻,発酵食品やス パイスを食事の中に上手に取り入れていくことがカロリー制限 を実践するうえでのポイントとなる。 カロリー制限したアカゲザルで加齢性疾患の発症が抑 制されている  カロリー制限による寿命延長はこれまでに,線虫,ショウ ジョウバエ,マウス,魚,原生動物など様々な動物種で報告 されている(図 1)。しかし,ヒトで長期間にわたるカロリー 制限による介入実験をすることは困難である。一方,米国で行 われている霊長類であるアカゲザルを用いたカロリー制限の介 入研究は,ヒトでのカロリー制限の寿命延長効果を考察するう えで,大変貴重な研究データを提供している。Colman 等は最 近,30 年におよぶアカゲザルでのカロリー制限の実証実験の 途中経過を報告している6)。報告によれば,カロリー制限した アカゲザルは加齢性疾患による死亡率が低いために,報告時点 での寿命延長を示唆していた。また,癌,動脈硬化性疾患,糖 尿病などの加齢性疾患は,いずれも発症率が低いことから,発 症基盤にある細胞老化のプロセス自体がカロリー制限の介入に より遅延化した可能性が示唆される。大変興味深いことに,脳 の特定部位における委縮が抑制されていることが,MRI を用 いた画像検査で判明した。特に顕著に委縮の抑制がみとめられ た部位は,左側の被殻,右側辺縁系の帯状回,両側の側頭葉外 側,右側の前頭葉背外側で認められた。上記の部位は脳血管の 支配領域とは無関係であることから,神経細胞の代謝や細胞老 化のプロセスの部位特異性と関係していると考察される。特 に,神経細胞はグルコースをエネルギー源として使用している ことから,ミトコンドリアのエネルギー代謝における活性酸素 傷害が顕著に観察される部位である。実際にミトコンドリア の MnSOD が欠損したマウスでは,脳の変性症状が顕著に観察 されることから,カロリー制限により脳の酸化ストレスによる 傷害が軽減された可能性があり興味がもたれる。さらに,カロ リー制限したアカゲザルで発症が抑制されていることが確認さ れた加齢性疾患である癌,糖代謝異常,動脈硬化病変はいずれ も,活性酸素やフリーラジカルが病因として重要な役割を果た 理学療法学 第 41 巻第 8 号 474 ∼ 477 頁(2014 年)

いつまでも若々しく生きるために

白 澤 卓 二

**

特別講演

In Order to Live as Young as Possible

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順天堂大学大学院加齢制御

(〒 113‒0033 文京区本郷 3‒3‒10‒201)

Takuji Shirasawa, MD: Aging Control Medicine, Juntendo University

キーワード:長寿遺伝子,カロリー制限,抗加齢医学 Japanese Physical Therapy Association

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いつまでも若々しく生きるために 475 している。これらの所見は,カロリー制限が細胞内の酸化スト レスを抑制することにより,病気の発症が抑制された可能性が 示唆するもので興味深い。 長寿遺伝子をスイッチオンにする  人の体は 60 兆もの細胞から構成されている。体の中の 1 つ ひとつの細胞がそれぞれ 2 万 3 千個の遺伝子をもっている。遺 伝子の中には老化や寿命を制御している遺伝子が 50 個から 100 個程度存在することがあきらかにされている7)。それらの 遺伝子はある条件下では不活性化し,細胞を老化させたり,あ るときには活性化し,老化のプロセスを遅らせることにより細 胞の若さを保ったりすることができる。最近,マサチューセッ ツ工科大学のレオナルド・ガレンテ教授は生活様式により長寿 遺伝子が活性化するメカニズムをあきらかにした。ガレンテ教 授の発見した長寿遺伝子である Sir2 遺伝子は全身の細胞の老 化のプロセスを日々コントロールしていて,メタボリック症候 群や 2 型の糖尿病のような生活習慣病の発症メカニズムにも関 与していることがわかった8)。ガレンテ教授の研究は酵母とい う単純な生物からスタートしたが,最近ではマウスなどの哺乳 動物でも,Sir2 の相同遺伝子(SirT1 遺伝子)が寿命を制御し ていることが証明され,Sir2 遺伝子が活性化されると動物の寿 命が延びることが実験で証明された。ガレンテ教授は酵母や線 虫の研究から,これらの生物では摂取カロリーが制限されたと きに Sir2 遺伝子が活性化されることを突き止めた(図 2)。酵 母で発見された活性化因子 NAD は我々の体中にも存在し,摂 取カロリーが制限されると,細胞内の NAD 濃度が高くなるこ とがわかった9)。つまり,NAD は細胞レベルでの栄養状態を 反映した因子である。NAD は Sir2 に結合することにより Sir2 を活性化するので,過剰にカロリーを摂取している状況では Sir2 遺伝子は活性化されないことがわかった。つまり,長寿遺 伝子 Sir2 を活性するためには適正なカロリー摂取を維持する ことが必要であることになる。古くから日本では「腹 8 分目」 という目安があったが,ガレンテ教授の実験条件はこれよりも 多少厳しい,「腹 7 分目」もしくは「腹 6 分目」の条件だった。 しかし,マウスや酵母実験の条件から短絡的に我々の適正カロ リーを決めるのは危険があるので,ヒトでの長寿遺伝子を活性 化するための適正カロリーを知るにはさらなる研究が必要であ る。いずれにしても,我々が毎日食べている食事の内容が細胞 の老化のプロセスをコントロールする重要な環境要因であるこ とが解明されつつある。 図 2 SirT1 活性化のメカニズム Sir-2 のヒト相同遺伝子である SirT1 はカロリー制限やフィト ケミカルにより活性化されることが知られている.カロリー 制限により,細胞内の NADH が NAD に変換されることによ り,細胞内 NAD 濃度が上昇する.細胞内の NAD は SirT1 を活性化し,細胞内基質である FOXO や PGC-1 などのタン パク質を脱アセチル化することにより,細胞の代謝機能,ミ トコンドリア機能を調整していることが知られている. 図 1 カロリー制限と個体寿命 様々な動物種を使ったカロリー制限の実験で,カロリーを制限された実験群は自由 摂取させたコントロールよりも個体寿命が延長することが知られている.カロリー 制限は寿命を延伸するための唯一の確立された介入方法であることが知られている.

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理学療法学 第 41 巻第 8 号 476 運動と抗加齢医学  メタボリックシンドロームを発症した人の多くは,定期的な 運動をする習慣のないことが特徴である。ところが,日常生活 における活動量・運動量はそれぞれのメタボを発症した人の生 活習慣や職業に大きく依存している10)。この日常生活の活動 量がメタボリックシンドロームの発症に大きくかかわっている ことが知られている。そこで,まず,日常生活の活動量を評価 することが重要になる。ライフコーダーは加速度計が内臓さ れていて,内部メモリーに 24 時間の活動量が記憶されること から,1 ∼ 2 ヵ月の外来の観察期間の活動量をすべて記録する ことができる。一般にライフコーダーは万歩計と違い,加速 度別に日常生活上の運動量を 1 ∼ 9 メッツまで段階分けして いる。ゆっくり歩くと 2 ∼ 3 メッツ,早歩きをすると 4 メッ ツ,走ると 7 メッツというように,運動量,消費カロリーを計 算しやすいように運動強度で記録している。1 週間の日常活動 のプロファイルを見るだけでも,活動量のパターンが認識でき る。メタボリックシンドロームを予防するためには,毎日,平 均 10,000 歩,4 メッツ以上の活動量が 1 日平均で 30 分以上必 要とされる11)。ただし,1 日平均 5,000 歩で 4 メッツ以上の活 動量が 10 分に満たない人が,急に 1 日平均 10,000 歩,4 メッ ツ以上の活動が 30 分にはならない。そこで,1 ヵ月単位で歩 数+ 1,000 歩,活動時間+ 5 分程度の目標設定するのが現実的 で実践的な指導目標になる。メタボリックシンドロームを発症 した人のほとんどが,フィットネスジムには通っていない人で ある。しかし,そのような人達にフィットネスジムに通うよう に指導してもフィットネスジム通いをはじめる人は限られてい る。そこで,まず,自宅や職場ではじめられる簡単なエクササ イズから指導をスタートするのが実践的である。外出しての ウォーキングや自宅でのバランスボールなど,ハードルの低い エクササイズからスタートするのが,運動習慣が長続きするポ イントである。習慣的に体を動かすようになると,姿勢,呼吸, 歩行,階段の昇降などの日常動作の中で筋肉を使えるようにな る。日常生活を変えていくことが重要であるが,そのためには, なんらかの「きっかけ」が必要で,ライフコーダーや万歩計は 日常生活を変えるよい動機づけになっている。 こころのケアと抗加齢医学  ドイツのマックス・デル・ブリュック研究所のゲルト・ケン パーマン博士等の研究によると,刺激のまったくないケージで 飼育したマウスとトンネルや観覧車などの遊び道具があるケー ジで飼育したマウスの脳における神経幹細胞の再生能力は,刺 激が多い環境で飼育されたマウスの海馬で増強され,刺激のな いケージで飼育したマウスの約 5 倍の数の神経幹細胞が発生し ていることが判明した(図 3)12)。また,豊かな環境でマウス を飼育すると,脳細胞が新たに生まれるばかりでなく,シナプ スにおける神経伝達物質を蓄えているシナプス小胞の数が増え ることが実験で確かめられている。さらに,豊富な生活環境を つくればつくるほど神経細胞が増えシナプスの可塑性が増強 することが示されている13)。一方,森林セラピーで森林浴を すると唾液腺中のコーチゾルが減少することが報告されてい る14)。コーチゾルは神経細胞に細胞死をもたらす効果がある 図 3 飼育環境が及ぼす神経幹細胞の分裂と生存の関係 豊かな環境で飼育されたマウスの神経細胞は刺激のない飼育環境に比べ,5 倍もの神 経細胞が新たに生まれることがわかった.

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いつまでも若々しく生きるために 477 ので,ストレス環境におかれるとコーチゾルが副腎から分泌さ れ,脳で神経細胞を傷害することが示唆される。実際,コーチ ゾルの濃度と海馬の容積には逆相関があることが知られている ので,心のアンチエイジングのためには,ストレスの回避が もっとも有効な解決手段となると示唆される。現代生活におけ るストレスの多くは,職場や家庭での人間関係に起因するス トレスが大半なので,現実的には回避するのは困難で,「考え 方」を変えることによりストレスを軽減するのが有効な手段で ある。ストレスを軽減する方法として,「前向き」に考えるポ ジティブ思考が有効であることが知られている。百歳を超えて 活動的に暮らしていた百寿者の研究からも,ポジティブ思考が 長寿に特徴的な心理学的要素であることが報告されている15)。 日常生活の中で,否定的な表現を肯定的な表現に変えることに より,日常のストレスを軽減することが可能である。 文  献

1) Perls TT, Bubrick E, et al.: Siblings of centenarians live longer. Lancet. 1998; 351: 1560.

2) Christensen K, Johnson TE, et al.: The quest for genetic determinants of human longevity: challenges and insights. Nat Rev Genet. 2006; 7: 436‒448.

3) Nicita-Mauro V, Lo Balbo C, et al.: Smoking, aging and the centenarians. Exp Gerontol. 2008; 43: 95‒101.

4) Despres JP, Lemieux I: Abdominal obesity and metabolic syndrome. Nature. 2006; 444: 881‒887.

5) Weindruch R: Caloric restriction and aging. Sci Am. 1996; 274: 46‒52.

6) Colman RJ, Anderson RM, et al.: Caloric restriction delays disease onset and mortality in rhesus monkeys. Science. 2009; 325: 201‒204.

7) Sinclair DA, Guarente L: Unlocking the secrets of longevity genes. Sci Am. 2006; 294: 48‒51, 54‒57.

8) Guarente L, Picard F: Calorie restriction ̶ the SIR2 connection. Cell. 2005; 120: 473‒482.

9) Imai S, Johnson FB, et al.: Sir2: an NAD-dependent histone deacetylase that connects chromatin silencing, metabolism, and aging. Cold Spring Harb Symp Quant Biol. 2000; 65: 297‒302. 10) Li CL, Lin JD, et al.: Associations between the metabolic

syndrome and its components, watching television and physical activity. Public Health. 200; 121: 83‒91.

11) Aoyagi Y, Shephard RJ: Sex differences in relationships between habitual physical activity and health in the elderly: practical implications for epidemiologists based on pedometer/ accelerometer data from the Nakanojo Study. Arch Gerontol Geriatr. 2013; 56: 327‒338.

12) van Praag H, Kempermann G, et al.: Running increases cell proliferation and neurogenesis in the adult mouse dentate gyrus. Nat Neurosci. 1999; 2: 266‒270.

13) Saito S, Kobayashi S, et al.: Decreased synaptic density in aged brains and its prevention by rearing under enriched environment as revealed by synaptophysin contents. J Neurosci Res. 1994; 39: 57‒62.

14) Park BJ, Tsunetsugu Y, et al.: Physiological eff ects of Shinrin-yoku (taking in the atmosphere of the forest) ̶ using salivary cortisol and cerebral activity as indicators. J Physiol Anthropol. 2007; 26: 123‒128.

15) 白澤卓二:百寿力 長寿遺伝子のミラクル.東京新聞出版局,東 京,2008.

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