日本認知・行動療法学会 第44回大会 94
-認知行動療法の実践におけるスポーツ領域の特異性
○(企画・話題提供者)栗林 千聡1,2)、(司会)佐藤 寛1)、(話題提供者)荒井 弘和3)、(話題提供者) 井上 誠士郎4)、(指定討論者)小堀 修5) 1 )関西学院大学、 2 )日本学術振興会特別研究員、 3 )法政大学、 4 )石金病院、 5 )Swansea University 【企画概要】 臨床スポーツ心理学とは,スポーツに関わる個人や 集団のパフォーマンス向上と心身の健康の改善に,実 証的成果から得られた心理学の知識と技法を応用する 分野である (Gardner & Moore, 2006)。臨床スポーツ 心理学に関する最先端の研究・実践においては認知行 動療法の技法が重要な役割を果たしており,その有効 性が検証されている(Baltzell, 2016;Gardner & Moore, 2012)。一方,わが国では臨床スポーツ心理学 における認知行動療法の研究・実践は極めて限られて いる。認知行動療法をスポーツ領域において効果的に 研究・実践するためには,スポーツ領域に特有の文脈 に合わせることが求められる。 本シンポジウムでは,スポーツ領域の専門家(ス ポーツメンタルトレーニング指導士,スポーツ精神科 医)がアスリートへの心理サポートの実践事例を発表 し,スポーツ領域の課題を明確にする。その上で,心 理士や認知行動療法に期待することを提示する。加え て,アスリートの臨床的問題に関する研究を紹介す る。その後,フロアとの意見交換により,医療・産 業・学校現場などで働く認知行動療法の専門家がアス リートの研究や実践を行う際に求められることを議論 する場としたい。 【話題提供 1】 荒井 弘和「スポーツメンタルトレーニング指導士か ら見たアスリートの心理サポート」 1973年に設立された日本スポーツ心理学会では, 2000年より「スポーツメンタルトレーニング指導士」 という資格を認定している。2018年 8 月現在,日本ス ポーツ心理学会では,158名のスポーツメンタルト レーニング指導士を認定している。指導士はそれぞ れ,様々なスポーツ現場において,スポーツメンタル トレーニングやスポーツカウンセリングなどの心理サ ポートを実践している。 筆者は,2011年 4 月から現在まで,日本スポーツ心 理学会の資格委員を担当し,スポーツメンタルトレー ニング指導士資格の認定に関わってきた。また,実践 においては,認知行動療法を専門とする先生方にご指 導をいただきながら,認知行動療法をベースとして, アスリートやコーチに対する心理サポートを実践して きた。 スポーツ場面で認知行動療法を実践することに関連 して,私自身が考えていること (私の困りごとや私の 課題) は以下の点である。 ・認知行動療法におけるスーパービジョンや陪席の行 い方を学びたい。 ・アスリート,コーチ,またはチームに対して認知行 動療法を実践する際,認知行動療法を専門とする先 生方からスーパービジョンを受ける機会を得ること が難しい。 ・アスリートを対象とした事例研究は,心理力動的な 立場に拠った事例研究が多い (米丸・鈴木,2017: スポーツ心理学研究)。認知行動療法に拠った,ア スリートの事例研究・事例検討の作法を学ぶ機会が ほしい。 ・認知行動療法とスポーツの相性は,本質的には良い はずである。しかし,たとえば問題解決法を用いて アスリートの課題を分析する場合,その行為がコー チングの領域に踏み込んでしまう可能性がある。 コーチは,自分自身だけがコーチングを行うべきだ と考えていることもあるため,コーチとのコミュニ ケーションをなおざりにしてはいけない。 このシンポジウムを奇貨として,認知行動療法に取 り組んでいらっしゃる先生方からご助言やご意見をい ただければ幸いである。また今後は,認知行動療法に 熟達した先生方と,有機的に連携させていただけると 大変ありがたい。 【話題提供 2】 井上 誠士郎「精神科でのスポーツ臨床の実践から」 東京オリンピック・パラリンピックを 2 年後に控 え,「スポーツとメンタル」に対する社会の関心は高 まりつつある。このテーマを扱う学問領域として,ス ポーツ心理学とスポーツ精神医学がある。元来スポー ツ医学の対象は,スポーツ外傷や運動生理に代表され るような身体医学が主であった。日本において,心の 問題に対して本格的に医学的な検討がなされるように なったのは,日本スポーツ精神医学会の発足 (2003 年) 以降である。スポーツ精神医学は,1. スポーツ の精神医学への応用 (うつや不安に対する運動の効果 など),2. 精神医学のスポーツへの応用 (アスリート 特有の病態に対する診療など),3. 運動と脳機能の基 礎的研究を 3 本柱としている。 筆者は精神科専門のスポーツドクターで,1. アス リートの診療と,2. 精神障害者スポーツの普及・推 自主企画シンポジウム 3日本認知・行動療法学会 第44回大会 95 -進に携わっている。2009年に開設した「スポーツメン タル外来」では,スポーツにまつわる心の問題全般を 対象としている。競技種目やレベルは問わない。精神 科受診への抵抗感・スポーツ診療の認知度の低さ・立 地条件などから,受診者数は月 0 ~ 4 人程度と多くは ない。開設当初はほぼ全例が紹介受診だったが,近年 は自発的な受診や電話での問合せも増えている。診療 は,その人にとってのスポーツの意義・身体的状態・ いま置かれている状況・周囲との関係性などを吟味し た上で,本人および本人に関わっている人々と情報共 有や相談をしつつ,より良い解決策を探って行くとい うスタンスで進める。医師が何がしかの施しをすると いうよりも,チームで問題解決にあたるようなイメー ジである。より効果的な診療を行う上で,スポーツ現 場への啓蒙,スポーツや身体医学の専門家との連携, 心理・精神科専門職同士の協働,地域を超えたネット ワークづくりも必要である。 精神障害者スポーツは大きな変革の時期にある。身 体障害者や知的障害者のスポーツに比べて発展が遅れ てきた要因として,精神障害者に対するスティグマの 問題がある。しかし現在の精神障害者スポーツは, 2016年,2018年と, 2 度のワールドカップを経験した フットサル競技を筆頭に,かつての長期入院下で行わ れたレクリエーションスポーツとは趣を異にする。障 害のあるアスリートたちの活躍は,精神疾患・精神障 害に対するネガティブなイメージを払拭する可能性を 秘めている。 以上のような精神科でのスポーツ臨床の実践の中 で,どのように認知行動療法を活用して行けば良い か,諸氏のご助言を賜りたい。 【話題提供 3】 栗林 千聡「アスリートの心理的問題に関する研究の 発展に向けて」 アスリートの心理的問題に関する研究を発展させて いくためには,臨床心理学や精神医学の領域で発展し てきた知見をスポーツ領域に活かしていくことが求め られる。 臨床心理学や精神医学の領域で発展してきた技術 は,スポーツ領域の文化に合わせることで応用するこ とが可能になる。例えば,アスリートの摂食障害に関 する予防研究は,臨床心理学の領域で有効性が示され ている予防プログラムをアスリートの文脈に合わせて 修正し,効果を示している (Becker et al., 2012)。 しかし,アスリートに一般の人向けのプログラムを実 施すると,拒否反応や動機づけの低さが一貫して認め られるという報告がある (Plateau et al., 2017)。 摂食障害に影響する要因は,アスリートと一般の人で は異なるため (栗林ら, 2018),アスリートに合わせ た介入プログラムの開発が求められている。 スポーツ領域における多職種連携の一員として,臨 床心理学や精神医学の知見はスポーツの領域で起こる さまざまな問題にアプローチすることが可能である。 公認心理師の業務では,多職種連携が義務づけられて おり (一般財団法人日本心理研修センター, 2018), これはスポーツ領域の心理サポートにおいても同様に 当てはまる。例えば,アスリートに特有の心理的問題 の一つとして,イップスが挙げられる。イップスは, 「スポーツパフォーマンスにおける微細運動技能の実 行に影響を及ぼす,心理,神経筋の障害」と定義され る (Clarke, et al., 2015)。イップスの症状は様々 な報告によって明らかになってきているものの (例え ば,不安症やジストニアに類似した症状を示す),別々 の領域で研究を進めてきたことから,有効な介入法は 未だ確立していない (Clarke et al., 2015)。イップ スに対する有効な介入法を確立するためには,多職種 連携の一員として臨床心理学や精神医学の知見が求め られている。 以上より,アスリートの臨床的問題に関する研究を 発展させていくためには,アスリートに関わる多領域 の専門家が連携し,スポーツ領域の文化に合わせなが らアスリートの心理的問題に関する研究に積み上げて いくことが不可欠である。当日は,アスリートの心理 的問題に関する研究を紹介し,今後臨床心理士 (公認 心理師) や認知行動療法に求められる役割について話 題提供したい。 自主企画シンポジウム 3