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4 伝承によれば 彼はクレテ島のゴルティナで監督となり 94 歳で召されたと言われています では 今日は発信人であるパウロと 受信人であるテトスから学びたいと思います 発信人であるパウロはどのような教訓を与えているか また受信人であるテトスがどういう信仰を送ったか大切なポイント 1. 発信人パウロ

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Academic year: 2021

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説 教 聖日礼拝 北浜チャーチ 黒田 禎一郎 2016年4月10日(日) 主 題:「発信人パウロと受信人テトス」 ―神の奥義を見るー テキスト:テトスへの手紙1章1~4節 はじめに ・今日から、私たちはテトスへの手紙に入ります。冒頭に次のように書かれています。 1:1 1:1 1:1 1:1 神のしもべ、また、イエス・キリストの使徒パウロ神のしもべ、また、イエス・キリストの使徒パウロ神のしもべ、また、イエス・キリストの使徒パウロ神のしもべ、また、イエス・キリストの使徒パウロ パウロは、キリスト教会の生んだ最大の人と言われます。彼は自分が信仰へ導いたと思われる若 者テトスに対して書き送った手紙が、この「テトスへの手紙」であります。したがって、手紙の 発信人はパウロ、受信人はテトスです。 ・パウロは小アジア各地で、キリストの福音を語りました。彼の宣教によって、多くの人たちがク リスチャンとなり、各地に教会が設立されました。その一つが、地中海のクレテという島に建て られ教会でした。 ・パウロは他の所にもキリストの福音を伝えるため、このクレテの教会を愛弟子テトスに、自分の 後継者として任せることになりました。それは紀元65年ごろでした。パウロがクレテ島に残し てきたテトスが、どのように伝道しているかと心に留めながら、この手紙を書いたと思われます。 ・そこで紀元65年頃のキリスト教会は、どのような状況であったかを思い出してください。(第 一テモテの手紙で学びましたが) ・その頃のキリスト教会は、燃えるような伝道からひとまず教会が誕生し、教会の組織もできた頃 でした。いわゆる教会形成期でありました。ところが、そういう時には心の安堵したものが出て くるものです。異なる教え、いわゆる「異端」が教会内に入ってきました。クリスチャンの中で も背教、すなわち、神に背いてキリスト信仰を捨てていく人々がいました。そのような時代背景 のもとで、テトスへの手紙は書かれました。(地図参照) ・ところで、クレテ島は気候がとても温暖な所で、「クレテの人々は怠け者」ということわざがあ るくらい、のんびりしていました。悪く言えば、だらしがないという傾向にありました。ですか ら教会も、そういう世俗にのまれて、怠惰の中に放置される傾向にあったと思います。 ・では、テトスとはどんな人物であったでしょうか。 1 彼はギリシャ人(ガラテヤ2:3)で、パウロによって信仰に導かれた人物でした。 2222 彼はパウロとバルナバに伴い、エルサレムを訪問しました。その際、彼に割礼を施そうとい う動きがありましたが、異邦人である彼が割礼を強制されることはありませんでした。これ はとても大きなことで、「信仰義認」を体現した生き証人となりました。 ガラテヤ人への手ガラテヤ人への手ガラテヤ人への手ガラテヤ人への手 紙 紙 紙 紙 5:6 5:65:6 5:6 キリストキリストキリスト・キリスト・・・イエスにあってはイエスにあってはイエスにあっては、イエスにあっては、割礼を受ける受けないは大事なこと、、割礼を受ける受けないは大事なこと割礼を受ける受けないは大事なこと割礼を受ける受けないは大事なこと ではなくではなくではなく、ではなく、、、愛によ愛によ愛によ愛によ って働く信仰だけが大事なのです。 って働く信仰だけが大事なのです。って働く信仰だけが大事なのです。 って働く信仰だけが大事なのです。 3 彼はエルサレム教会への献金を集めるために労した中心人物の一人でした。

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4 伝承によれば、彼はクレテ島のゴルティナで監督となり、94歳で召されたと言われていま す。 ・では、今日は発信人であるパウロと、受信人であるテトスから学びたいと思います。発信人であ るパウロはどのような教訓を与えているか、また受信人であるテトスがどういう信仰を送ったか 大切なポイント 1.発信人パウロ 1.発信人パウロ 1.発信人パウロ 1.発信人パウロ ・ ・ ・ ・1:11:11:11:1 神のしもべ、また、イエス・キリストの使徒パウロから神のしもべ、また、イエス・キリストの使徒パウロから神のしもべ、また、イエス・キリストの使徒パウロから神のしもべ、また、イエス・キリストの使徒パウロから 1:4 1:4 1:4 1:4 同じ信仰による真実のわが子テトスへ。同じ信仰による真実のわが子テトスへ。同じ信仰による真実のわが子テトスへ。同じ信仰による真実のわが子テトスへ。 すなわち、1節と4節の間(1節の半ばから3節まで)は説明の言葉となっています。はじめに 彼は、どんな説明をしたのでしょうか。 1)神のしもべ 1)神のしもべ 1)神のしもべ 1)神のしもべ ・パウロの自己紹介は「神のしもべ」から始まりました。「しもべ」(doulos:デュロス)というの は、奴隷という言葉です。主人に仕えて、主人の思うように従順に従うのが奴隷です。私たちは 神の元に来るまでは、自我(ego)の奴隷でした。自分の快楽の奴隷でした。自分の欲望の奴隷 でした。あるいはお金や名誉、名声を追い求めて歩くものでした。奴隷は捕えられた存在で、自 由はありませんでした。しかし、パウロは「神の奴隷」と言いました。 ・では「神の奴隷」とは、どんな人でしょうか。こんな話しを聞いたことがあります。 {例 {例 {例 {例 話}ある女奴隷話}ある女奴隷話}ある女奴隷話}ある女奴隷 ・ある女奴隷が奴隷市場で売られていました。主人が奴隷市場でその奴隷を買ってきて、買った ・ある女奴隷が奴隷市場で売られていました。主人が奴隷市場でその奴隷を買ってきて、買った ・ある女奴隷が奴隷市場で売られていました。主人が奴隷市場でその奴隷を買ってきて、買った ・ある女奴隷が奴隷市場で売られていました。主人が奴隷市場でその奴隷を買ってきて、買った 期間だけ使いました。契約の時がきましたので、奴隷に向かって「もうあなたは自由ですよ。 期間だけ使いました。契約の時がきましたので、奴隷に向かって「もうあなたは自由ですよ。 期間だけ使いました。契約の時がきましたので、奴隷に向かって「もうあなたは自由ですよ。 期間だけ使いました。契約の時がきましたので、奴隷に向かって「もうあなたは自由ですよ。 どこへ行ってもいいよ どこへ行ってもいいよ どこへ行ってもいいよ どこへ行ってもいいよ。。。」と言いました。。」と言いました。」と言いました。」と言いました。 ・ ・ ・ ・ところがその女奴隷はところがその女奴隷はところがその女奴隷はところがその女奴隷は、、、、「「「「御主人様御主人様、御主人様御主人様、、私は生涯あなたの奴隷として使ってください、私は生涯あなたの奴隷として使ってください私は生涯あなたの奴隷として使ってください。私は生涯あなたの奴隷として使ってください。。。私は今まで私は今まで私は今まで私は今まで いろんな所で、奴隷として辛いところを通ってきました。 いろんな所で、奴隷として辛いところを通ってきました。 いろんな所で、奴隷として辛いところを通ってきました。 いろんな所で、奴隷として辛いところを通ってきました。 しかし しかししかし しかし、、、、御主人様のように御主人様のように御主人様のように、御主人様のように、私のことを考え親切にしてくださった人はいませんでした、、私のことを考え親切にしてくださった人はいませんでした私のことを考え親切にしてくださった人はいませんでした私のことを考え親切にしてくださった人はいませんでした。。。私はあ。私はあ私はあ私はあ なたの愛の鎖を受けたく思います。どうぞ、生涯あなたの奴隷としてください なたの愛の鎖を受けたく思います。どうぞ、生涯あなたの奴隷としてくださいなたの愛の鎖を受けたく思います。どうぞ、生涯あなたの奴隷としてください なたの愛の鎖を受けたく思います。どうぞ、生涯あなたの奴隷としてください。。。。」」」」 ・その奴隷は主人の愛に報いたい、という願望がありました。パウロはまさにそのような意味で「神 の奴隷」と言いました。 2)キリストの使徒 2)キリストの使徒 2)キリストの使徒 2)キリストの使徒 1:1 1:1 1:1 1:1 神のしもべ、また、イエス・キリストの使徒パウロ神のしもべ、また、イエス・キリストの使徒パウロ神のしもべ、また、イエス・キリストの使徒パウロ神のしもべ、また、イエス・キリストの使徒パウロ ・彼は自分の紹介を、「イエス・キリストの使徒」とも言いました。非常に権威あるメッセージを 持って派遣されるのが、この「使徒」という意味です。原語はアポストロス(apostolos)で、 一国で最も権威を持つ大統領から使命を受けて、その大きな命令を伝えに行く者が「使徒」と言 われた人でした。 ・皆さん。パウロは自己紹介で、立場の低い「奴隷」と権力を代表する「使徒」と、相反する両パウロは自己紹介で、立場の低い「奴隷」と権力を代表する「使徒」と、相反する両パウロは自己紹介で、立場の低い「奴隷」と権力を代表する「使徒」と、相反する両パウロは自己紹介で、立場の低い「奴隷」と権力を代表する「使徒」と、相反する両 極端の立場であると言いまた。これは私たちクリスチャンも同じです 極端の立場であると言いまた。これは私たちクリスチャンも同じです 極端の立場であると言いまた。これは私たちクリスチャンも同じです 極端の立場であると言いまた。これは私たちクリスチャンも同じです。私たちは恵みによって 神の子とされ、神の「使徒」でもあります。しかし同時に自分の姿を見ますと、なんと力のない 弱い者であるかを知っています。私たちもパウロの両極端の姿から、自分を見ることができます。 3)真理の知識 3)真理の知識 3)真理の知識 3)真理の知識

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・パウロは、自分が使徒とされた理由を述べました。それが1節と4節の間にあります。 1:1 1:1 1:1 1:1 私は、神に選ばれた人々の信仰と、敬虔にふさわしい真理の知識とのために使徒とされた私は、神に選ばれた人々の信仰と、敬虔にふさわしい真理の知識とのために使徒とされた私は、神に選ばれた人々の信仰と、敬虔にふさわしい真理の知識とのために使徒とされた私は、神に選ばれた人々の信仰と、敬虔にふさわしい真理の知識とのために使徒とされた のです。 のです。 のです。 のです。 1:2 1:21:2 1:2 それはそれはそれはそれは、、、、偽ることのない神が偽ることのない神が偽ることのない神が偽ることのない神が、、、、永遠の昔から約束してくださった永遠のいのちの望みに基づ永遠の昔から約束してくださった永遠のいのちの望みに基づ永遠の昔から約束してくださった永遠のいのちの望みに基づ永遠の昔から約束してくださった永遠のいのちの望みに基づ くことです。 くことです。くことです。 くことです。 ・1節を口語訳聖書で読みますと、次のようです。 1:1 わたしが使徒とされたのは、神に選ばれた者たちの信仰を強め、また、信心にかなう真理の知識を 彼らに得させるためであり、 ・信仰を持つということは、感情で「イエス様が好きです。イエス様を愛しています。」というだ けではありません。感情が冷めると、信仰はどこかに行ってしまいます。信仰には確かに、喜び とか希望とかという感覚的なものはあります。 ・しかし、それを基本的に支えるのは何かというと「真理の知識」です。真理とはイエス・キリス トのことです。イエスが語られたおことばこそ、真理のことばであり、真理の知識です。これは 非常に大切です。 ・パウロは、「真理の知識」を得ることは「永遠のいのちの望みに基ずく永遠のいのちの望みに基ずく永遠のいのちの望みに基ずく永遠のいのちの望みに基ずく」と言いました。 1:2 1:21:2 1:2 それはそれはそれはそれは、、、、偽ることのない神が偽ることのない神が偽ることのない神が偽ることのない神が、、、、永遠の昔から約束してくださった永遠のいのちの望みに基づ永遠の昔から約束してくださった永遠のいのちの望みに基づ永遠の昔から約束してくださった永遠のいのちの望みに基づ永遠の昔から約束してくださった永遠のいのちの望みに基づ くことです。 くことです。くことです。 くことです。 ・信仰が強められて「真理の知識」にすすむと、ほんとうの望みが出てきます。 世の中での望みに期待を寄せても、常に移り変わっていきます。しかし神の望みはそうではあり ません。神を信頼する者の幸いが、ここにあります。 ・この書簡の発信人パウロは、自分は「神のしもべ」であり、「キリストの使徒」であると自己紹 介しました。そして自分が選ばれた目的は、人々を真理の知識に至らせるところにあると言いま した。 ・では、次に受信人テトスを見てみましょう。 2.受信人テトス 2.受信人テトス 2.受信人テトス 2.受信人テトス 1:4 1:41:4 1:4 同じ信仰による真実のわが子テトスへ同じ信仰による真実のわが子テトスへ同じ信仰による真実のわが子テトスへ同じ信仰による真実のわが子テトスへ。。。。父なる神および私たちの救い主なるキリスト父なる神および私たちの救い主なるキリスト父なる神および私たちの救い主なるキリスト父なる神および私たちの救い主なるキリスト・・・イエ・イエイエイエ スから、恵みと平安がありますように。 スから、恵みと平安がありますように。スから、恵みと平安がありますように。 スから、恵みと平安がありますように。 1)同労者となったテトス 1)同労者となったテトス 1)同労者となったテトス 1)同労者となったテトス ・パウロは生涯独身でしたので、子どもはいませんでした。しかし伝道の生涯から結んだ実のひと りがテトスでありました。真実のわが子テトスへ、と呼びました。パウロはテトスを重んじ、「同 労者」すなわち「私の仲間である」と言っています。 ・テトスはユダヤ人ではなく異邦人でした。テモテはユダヤ人であり、祖母や母のもとが神の教え を受けました。異邦人であったテトスの背景は、神についての教えはなく、全く異なっていまし た。ユダヤ人は異邦人を「犬」と呼び、軽蔑していました。しかしパウロは、異邦人であるテト スを「同労者」と呼びました。それはイエス・キリストにあって、ユダヤ人(選民)とギリシャ 人(異邦人)の壁が取り除けられたからでした。ガラテヤ人への手紙ガラテヤ人への手紙ガラテヤ人への手紙ガラテヤ人への手紙 3:28 3:28 3:28 3:28 ユダヤ人ユダヤ人ユダヤ人もギリシヤ人もなくユダヤ人もギリシヤ人もなくもギリシヤ人もなく、もギリシヤ人もなく、、、奴隷も自由人もなく奴隷も自由人もなく奴隷も自由人もなく、奴隷も自由人もなく、男子も女子もありません、、男子も女子もありません男子も女子もありません男子も女子もありません。。。。なぜならなぜならなぜなら、なぜなら、、、 あなたがたはみな、キリスト・イエスにあって、一つだからです。 あなたがたはみな、キリスト・イエスにあって、一つだからです。 あなたがたはみな、キリスト・イエスにあって、一つだからです。 あなたがたはみな、キリスト・イエスにあって、一つだからです。 ・今の時代は、世界のあらゆる民族や国の人たちがクリスチャンとなっています。しかし初代教会

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時代は、ほとんどの直弟子はユダヤ人でした。ユダヤ人クリスチャンが大多数を占めていました。 しかしキリストの福音は、異邦人にも伝わり回心者が起こされ、クリスチャンの仲間に加わる人 たちが現れてきました。 当時のキリスト教会の代表者たちが、エルサレムに集まりました。 ・そこで問題が発生しました。それは割礼を受けているユダヤ人は、無割礼の異邦人に対し、クリ スチャンの仲間に入るならば割礼を受けるべきであるという要求でした。割礼問題は、歴史に残 るキリスト教の一大危機でした。この問題を審議するため、エルサレムで会議が開かれました。 それが使徒の働き15章の「エルサレム会議」(使徒会議)と呼ばれるものです。 ・そこで下された結論は、使徒の働き15章使徒の働き15章使徒の働き15章使徒の働き15章に記録されています。 15:8 15:8 15:8 15:8 そしてそしてそしてそして、、、人の心の中を知っておられる神は、人の心の中を知っておられる神は人の心の中を知っておられる神は人の心の中を知っておられる神は、、、、私たちに与えられたと同じように異邦人にも私たちに与えられたと同じように異邦人にも私たちに与えられたと同じように異邦人にも私たちに与えられたと同じように異邦人にも 聖霊を与えて、彼らのためにあかしをし、 聖霊を与えて、彼らのためにあかしをし、 聖霊を与えて、彼らのためにあかしをし、 聖霊を与えて、彼らのためにあかしをし、 15:9 15:915:9 15:9 私たちと彼らとに何の差別もつけず私たちと彼らとに何の差別もつけず私たちと彼らとに何の差別もつけず私たちと彼らとに何の差別もつけず、、、、彼らの心を信仰によってきよめてくださったのです彼らの心を信仰によってきよめてくださったのです彼らの心を信仰によってきよめてくださったのです彼らの心を信仰によってきよめてくださったのです。。。。 15:10 15:1015:10 15:10 それなのにそれなのにそれなのにそれなのに、、、なぜ、なぜなぜ、なぜ、今あなたがたは、、今あなたがたは今あなたがたは今あなたがたは、、、、私たちの先祖も私たちも負いきれなかったくびきを私たちの先祖も私たちも負いきれなかったくびきを私たちの先祖も私たちも負いきれなかったくびきを私たちの先祖も私たちも負いきれなかったくびきを、、、、 あの弟子たちの首に掛けて、神を試みようとするのです。 あの弟子たちの首に掛けて、神を試みようとするのです。あの弟子たちの首に掛けて、神を試みようとするのです。 あの弟子たちの首に掛けて、神を試みようとするのです。 15:11 15:1115:11 15:11 私たちが主イエスの恵みによって救われたことを私たちは信じますが私たちが主イエスの恵みによって救われたことを私たちは信じますが私たちが主イエスの恵みによって救われたことを私たちは信じますが私たちが主イエスの恵みによって救われたことを私たちは信じますが、、、、あの人たちもそうあの人たちもそうあの人たちもそうあの人たちもそう なのです なのですなのです なのです。」 ・パウロは更に言いました。ガラテヤ人への手紙ガラテヤ人への手紙ガラテヤ人への手紙ガラテヤ人への手紙 5章5章5章5章 5:8 5:85:8 5:8 キリストキリストキリストキリスト・・・・イエスにあってはイエスにあってはイエスにあっては、イエスにあっては、割礼、、割礼割礼割礼を受ける受けないは大事なことではなくを受ける受けないは大事なことではなくを受ける受けないは大事なことではなくを受ける受けないは大事なことではなく、、、、愛によって働愛によって働愛によって働愛によって働 く信仰だけが大事なのです。 く信仰だけが大事なのです。く信仰だけが大事なのです。 く信仰だけが大事なのです。 ここから「信仰によって義とされる」という救いの鉄則が土台として据えられました。 ローマローマローマローマ 人への手紙10章 人への手紙10章人への手紙10章 人への手紙10章 10:10 10:10 10:10 10:10人は心に信じて人は心に信じて人は心に信じて人は心に信じて義義義義と認められ、口で告白して救われるのです。と認められ、口で告白して救われるのです。と認められ、口で告白して救われるのです。と認められ、口で告白して救われるのです。 ・ガラテヤ人への手紙 ・ガラテヤ人への手紙 ・ガラテヤ人への手紙 ・ガラテヤ人への手紙 3:11 3:113:11 3:11ところがところがところがところが、、、、律法によって神の前に義と認められる者が律法によって神の前に義と認められる者が律法によって神の前に義と認められる者が、律法によって神の前に義と認められる者が、、だれもいないということは明らかで、だれもいないということは明らかでだれもいないということは明らかでだれもいないということは明らかで す。「義人は信仰によって生きる。」のだからです。 す。「義人は信仰によって生きる。」のだからです。す。「義人は信仰によって生きる。」のだからです。 す。「義人は信仰によって生きる。」のだからです。 ・このようにして、異邦人テトスは同労者となり、神の器とされました。 今の時代もキリストの福音によって、私たちは神の一つ家族に加えられるものとなるのです。 2)義人は信仰によって生きる 2)義人は信仰によって生きる 2)義人は信仰によって生きる 2)義人は信仰によって生きる ・話しは変わりますが、18世紀の英国にチャールズ・ウエスレ―(Charls Weslay)という人が いました。彼はメソジスト教団の基礎を作ったジョン・ウエスレ―(John Weslay)の弟で、英 国国教会の祭司をしていました。メソジスト教団は、欧州、米国、日本の各地で宣教活動を行っ てきました。教団はとても大きな、そして尊い働きをしてきました。日本ではミッション・スク ールとして知られている東京の明治学院大学、大阪の関西学院大学はメソジスト教団の働きで始 まりました。 ・話しを戻しますが1736年、彼は兄のジョン・ウエスレ―と米国インデイアンに神の愛を伝え るため海を渡りました。しかしその時です。弟チャールズ・ウエスレ―は、深い苦悩の内に落ち 込んでいました。彼は自ら英国国教会の聖職者でありながら、自分の生きる意味が見いだせず、 信仰の確信も持てないでいました。彼は船中から、ある人にこのような手紙を送りました。 ・「私はアメリカに逃げてきましたが駄目です。(中略)どこに行っても、私はいつも、自分の苦

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悩を持ち歩いているのです。」ところが、チャールズ・ウエスレ―は米国へ向かう船内で、モラ ビア兄弟団の信徒に出会いました。この出会いが、彼の人生を大きく変えることになりました。 ここに、次のようなエピソードがあります。 ・大西洋を渡るときに船が暴風に遭い、船はこの葉のように揺れました。 その時,子どもたちがはしゃぎ回り、愉快にしている子どもたちのグループがありました。ウエ スレ―は「自分は大人でありながらも、船がいつ沈むかわからないとびくびくしている。しかも 自分はロンドンで祭司をしていた。経験もある。もし船が沈んだらどうしようと、恐れていた。 それなのに、子どもたちは恐れも感じないで、甲板を飛び回っている。」彼はその姿にびっくり しました。 ・そして、子どもたちに尋ねました。「君たちのお父さん、お母さんはどこにいるの?」すると「あ っち!」という答えが返ってきました。子どもたちが示す「あっち」の方向を見ると、親たちは そこに集まり、神に向かって祈りをささげていました。それはモラヴィア兄弟団の一行でした。 その少年の言葉、「あっち!」がウエスレ―の心を揺すぶりました。 ・モラビア兄弟団の信徒たちは皆、仕事(職業)を持ちながら神に仕えていました。聖徒たちは、 キリストの愛に燃やされ、神の福音を伝えていました。チャールズ・ウエスレ―は、彼らには自 分にはない「平安」と「喜び」が輝いているのに、深く感動し驚きました。教職者としての自分 と聖徒たちに、大きな違いがあることがわかりました。そして彼はその時に、真の悔い改めをし ました。 ・彼は、信仰の原点ともいうべき、大切なことに気づきました。 それは「信仰によって生きる」ということです。信仰は神が与えてくださる「恵み」です。教職 者意識を誇っていた当時の指導者には、衝撃的なことでした。「義人は信仰によって生きる。「義人は信仰によって生きる。「義人は信仰によって生きる。「義人は信仰によって生きる。」」」」 あの英国を滅亡のどん底から救い上げたウエスレ―は、子どもに教えられて、子どもの証言を聞 いて立ち上がりました。「「「「義人は信仰によって生きる義人は信仰によって生きる義人は信仰によって生きる義人は信仰によって生きる。。。。」」」」ということばは、宗教改革者マルチン・ ルターにも衝撃を与えたことばでした。 ・受信者テトスは、無割礼の異邦人でした。しかしイエス・キリストの恵みによって、義とされ変 えられました。信仰によって義とされた人の生き方は違います。神が義とされた人を通して、証 しをしてくださいます。それは受信人テトスにも見ることができます。 ・いかがでしょうか。今日、私たちはテトスへの手紙から、発信人パウロと受信人テトスから学ぶ ことができました。そして、神の奥義を学ばせていただきました。私たちは神の前に、いったい どんな者でしょうか・・・・・。 ま と め 主 題:「発信人パウロと受信人テトス」 ―神の奥義を見るー 1.パウロは神の「しもべ」であり、「キリストの使徒」です 2.テトスは「同労者」であり、信仰によって「義」とされました *「義人は信仰によって生きる。」 *「義人は信仰によって生きる。」 *「義人は信仰によって生きる。」 *「義人は信仰によって生きる。」 God God God

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