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国政担当機関としての政党の意義と活動 (憲法上からの考察)

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(1)

75

国政担 当機 関 と して の政党 の意義 と活 動

(憲

法上 か らの考察

)

(昭和44年9月5Cl日受理) 1, 政党の定義

2.

政党が政治機関として登場するに至る滑革と必然性 る。政党の政治機関としての機能

4.

政党と官僚の関係について 5。 政党と教育の関係

1,政

党の定義 政 党 とは

,国

内において

,国

家 の公務 に対す る志願者の中か ら適 当な候補者 を選抜す る作用を担 当す る集団僻 )と 定義で きるとお もう。 けだ し

,

立憲民主制を布 く国家 においては国家の公職 は, 国民 (選挙権者

)の

公選 と信任 に立つのが通例であ り

,国

民 の信任を失 うとき

,そ

の政治生命を失 な うとされ るか らである。Ct-2)こ の原理を端的に表 明 した制度を もつ ものは

,

ス イスの直接政治で あ り往3)比 較的に国上が狭 隣で

,総

人 国の稀薄な国家 において

,年

間 の一定 時期 に

,

国 内の一定場 所 に

,全

国民 の有志が集合 し

,次

年 度 におけ る国家政策全般を審議裁決す るものである。 このシス テムを特 にC01lCgiatc儲 4)と呼ぶ のは このためで あ る。 このよ うな態勢 は

,「

直接民主制」な る言葉 に もっとも良 く表現で きるよ うに「 国民 の

,国

民 によ る国民 のための政治」 であ り

,理

想 的民主主 義 で あ ることに何 の疑 いの余地 もない。 しか し

,一

般 的 には

,国

上 の面積

,総

人 口

,

さらに

,国

(註 1)Duverger,Maurice:“ POlitical Parties"(Methuen&

pP. 61-63

(註 2)」acobSe■

,G.A.&M.H.Lipman, :“

Political Science'.'(Barns&Noble,New York.)

p.90 See 21SO Roche & Stedman: The Dynamics Of Democratic Covernment''.(McGraw.タ

New York.1954)p.28

(詞i3)Loewenstein, Karl :“ Political POwer and the Governmental Process"。 (Univ.Of Chicago Press, Chicago, 1965)p. 74 (註 4) ibid. 輔 俊 和 田

(2)

輔 俊 74 行 政組識

,職

業 的専 門官僚群を抱え る現代 諸国家 の現状か らは

,ス

イスの方式 は

,ま

ず不 可能 と断 定 せ ざ るを得ない。 しか らば

,国

民 の意思 を如実 に表 明 させ る機会 と手段を保障 しつ ゝ

,立

憲民主 国家 の実 をあげ う るため には如何な る形式を採 るべ きか

,

この要請 に こたえ る手段 が

,間

接民主制 であ り

,

これ を代 表 す る ものは

,い

うまで もな く代議制であ り

,手

段 と して の選挙である。そ して

,こ

の代議員た る 国会議員 の選 出と

,そ

の前提 たる有権者 によ る投票を有効 にせ しむ るための機関が政党で あ ると, 定 義で きるとお も う。

2,政

党が政 治機 関として登場す るに至たる治革 と必然性 人間は

,本

来政 治的な存在 (動物

)で

あ る ことは

,古

来歴史 的 に証 明せ られて来 た と こ ろ で あ る。僻 )古 代ギ リシヤの都市 国家 において偶然

,現

在 の代議制 の崩芽 がみ られ た ことは

,

この事実 の証 明にな ると考え られ るが

,各

都市 の代表 をお くった とい うことは

,中

世 の等族 会議 や

,諸

候代 表

,

さらに

,職

能代表制 にす ぎず

,厳

密 な意味で

,政

治 権力の行使を うけるものが政治過程 に参加 を み とめ られていなか った とい う点で現代 の民主国家 の代議制 とは

,軌

を異 にす るもので あると考 え る。建2)では,真実 の意味で民主制 とは

,い

かな るもので あ ろ うか。この問に対 して答 え る前 に先 づ 立憲制 の意義を明 らかにしておかねばな らない。 立憲 とは

,文

字 どお り 憲 法 を もつ こと で あ るが

,

国家 の根本法であるところの憲法 とい う法形 式 を もたぬか ざ り

,ま

づ民主国家の範 疇か ら除外 されなければな らない。何故なれば

,憲

法 は

,国

家 の政体

,統

治権 の主体

,統

治権 と

,被

治者 た る国民 (市民

,人

)の

関係を公権利

,公

義務 の関 係 で とらえて お り

,

この最後の関係 こそ

,民

主主義 の本質 た る基本権の存在を国家において確約す るものにほかな らな いか らである。住

3)例

えば

, 1776年

ヴアージエア権利宣言 は「 すべて権 力 は

,人

民 に存 し

,

したが って人民 に由来す る。行政官は

,人

民 の受託者であ り公僕であ って

,つ

ね に人民 にたい して責任を負 う」騨)「人民 は

,統

一 政府を もつ権利を有す る。 したが って

,ヴ

ァ ー ジエア政府か ら分離 または独立 したいかな る政府 も

,

その領域 内に樹立 されてはな らない」rt5) 「 人民 の代表者 の同意 な しに

,官

憲 が

,法

律 を停止 しまた は執行 す る権限を もつ ことは

,人

民 の権 利 を侵す ものであって

,か

か る権限は行使 されてはな らない。」儲り

,合

衆 国憲法 は 「 われ ら合衆

(謝三1)COker, Frandsヽげilliam :``Readings in Political PhilosoPhy".(Macmi1lan., New York.

1962) p.57

(註 り Loewenstein:dittO pp,70-71

(註 3)Roucek,Joseph S,,George B.De Huszar,and associates:``Introduction tO Political

Science".(CrOwelI., New York, 1950)pp. 120-130

(註 つ ヴアージエア権利宣言2条

(註 の 同14条

(3)

国政担当機関としての政党の意義と活動 (憲法上からの考察) 国人民 は

,一

層完全な連邦を形成 し

,正

義を確 立 し

,国

内の安 寧を保障 し

,共

同防衛 に備え

,一

般 の福社を増進 し

,わ

れ らとわれ らの子孫 のため に 自由の恵沢を確保す る目的を もってアメ リカ合衆 国 のため に

,

この憲法を制定す る。」α)「この憲法 によって付与 された一切の立法権は

,

合衆 国 連邦議会 に属す る。 連邦議会は,上院 および下院か ら成 る。」徹2)「行 政権 は

,ア

メ リヵ合衆 国大統 領 に属す る。大統領 は

,4年

を任期 として在職 し,等 しい任期を もって選 出され る副大統領 と共 に次 の ごとき方法で選挙 され る」徹

3)「

合衆 国の司法権 は

,

一 つ の最高裁判所および連邦議会が随時制 定 し設置す る下級裁判所 に属す る。最高裁判所 および下級裁判所の判事は

,不

謹慎 の行為な き限 り そ の職を保持 し

,か

,定

時 にそ の勤務 に対 してその在職 中減額 され ることのない報 酬を受 ける」

e4)「

この憲法 によ り

,合

衆 国 に委任 されず

,ま

た州 に禁止 されなか った権限は

,

各 州 または人民 に留保 され る」徹5)また

, 1789年

の フ ランスの人 および市民 の権利宣言 は 「 国民議会 として組 織 され た フ ランス人民 の代表者は

,人

権 の無知忘却 または斑視が

,公

共 の不幸 と政府 の腐敗 の原 因 にほかな らない ことにかんがみ

,厳

粛な る宣言 において不可譲かつ神聖な人 の 自な権を掲示す るこ とを決意 した。 この宣言 の意図は

,社

会 のすべ て の構成員がたえず これを眼前 において

,不

断 にそ の権利 と義務 を想起 し

,立

法権 および行政権 の行為が随時すべての政治制度 の 目的 との比較を可能 に されて

,よ

りい っそ う尊重 され

,ま

た市民 の要求 が以後単純かつ 明白な諸原理の うえに基礎づけ られ て

,つ

ね に憲法 の維持 およびすべ ての者の幸福に向か うものとす ることにある。 したが って , 国民議会は

,神

の前でその加護 の もとに

,つ

ぎの よ うな人および市民 の権利を承認 し

,宣

言 す る。 」 健6)「すべ ての政治的団結 の 目的は

,人

の不 滅の 自然権を保全す ることにある。 これ らの権 利 と

,す

なわ ち

,

自由

,所

有権,安全 および圧 制 にたいす る抵抗である。」Q7)「すべ て の主権 の原理

,本

質 的 に

,国

民 に存す る。いずれの団体 または個人 も

,国

民 か ら明示的に発す るものでな い権 威 を行 使 しえな い」律 )「 自由は

,他

人 を害 しないか ぎ り

,

すべ ての ことをな しうることであ る。 かか る各人 の 自然権 の行使は

,社

会 の他 の構成員 に これ ら同種 の権利 の享有を確保す ること以外

,そ

の限界 を有 しない。 これ らの限界 は

,法

によってのみ定 め られ る。」住9)ま

,

ワイマル憲 法 は

,「

ドイツ国は

,共

和 国である。国家権力は

,

国民か ら発す る」律1り 「 国議会 は

,

ドイツ国民 の代議士 で組織す る」Qll)「 国大統領は,ド イツ国民が選挙す る。 満55才 以上 のすべ ての ドイツ人は 被 選挙権を有す る」住12)「国大統領 は就任 に さい し,国議会 においてつ ぎの宣誓をお こな う。」「私

,私

の力を ドイッ国民 の幸構のために捧げ

,そ

の利益を増進 し

,国

民 を害悪か ら守 り

,国

の憲法 お よび法律を遵守 し,良心 に したが って,私の義務 を果 し

,何

人 に対 して も正義をお こな うことを誓 ぅ。」t註13)「人身の 自由は

,お

か され ることはない。 公権力による人身の 自由の侵害 または象J奪 は (註

1)合

衆国憲法前文

,(註

の 同1条1節

,(註

3)同物騨節

,(註

4)同2条1節

,(註

5)合

衆国憲法修 正第10条, (註 の 人および市民の権利宣言

,(17働

)前

,(註

7)同2条

,(註

の 同3条

,(註

9)同4条, (註 1の ヮイマル憲法(1919年8月11日

)第

1条

,(註

11)同 第20条

,(註

12)同 第41条

,(註

13)同42条

(4)

輔 法 律 にもとづいて のみ許 され る。」律 )ま た

,

ソビエ ト社会主義共和国同盟憲法 によれば

,「

ソビ エ ト社会主義共 和国同盟 は

,

労働者 および農民の社会主義国家であ る。」解)「ソ同盟 の政治的基 礎 は

,地

主 および資本家 の権力を打 ち倒 し

,プ

ロレタ リアー ト独裁を闘い取 った結 果成長 し

,強

固 にな った勤労者代議員 ソビエ トであ る。」僻)「ソ同盟 のすべての権力は

,

勤労者代議員 ソビエ ト に よ り代表 され る都市 および農村 の勤労者 に属す る。」儲4) そ してベルギ ー憲法 は

,「

すべ て の権力は

,

国民 か ら生ず る」住5)「すべて の権 力は憲法 に定 め られ た方法 によ って行使 され る。」「 立法権 は国王代議院および元老院 によって共 同的に行使 され る」鰤)「法律 の有権解釈権は立法権 だけに属す る」∝7)「憲法 が定 め るよ うな執行権 は

,

国王 に 属 す る」eめ また

,ベ

ルギ ー 憲法 に 近 い 概念を もち

,

プ ロシヤ憲法 の 影響 を うけた大 日本帝国憲 法 は

,「

大 日本帝国ハ万世一系 ノ天皇之 ヲ統治ス」碑

)「

天 皇ハ帝国議会 ノ協賛 フ以 テ立法権 ヲ行 フ」健1。)「 天 皇ハ法律 ヲ裁可 シ其 ノ公布及執行 ヲ命 ズ」住11)「日本 臣民 タル ノ要件ハ法律 ノ定 ムル 所 二依 ル」elつ )と

,参

考迄 にプ ロシヤ国憲法を引用す ると,「神 の恩寵 によ り

,

プ ロシヤの国工 た る 朕 フ リー ド リッヒゥ ヴ イルヘル ムは

,つ

ぎの ことを告知す る∼」(註18)「プ ロシヤ人 の資格 と公民権

,い

かな る要件 の下に取得 され

,行

使 されかつ喪失 され るかは

,憲

法 と法 律が これを定め る。」 徹11)「 執 行権 は

,国

工 に専属す る。 国工 は

,大

臣を任免 す る。 国工 は

,法

律 の公布 を命 じ

,た

だ ち に法律 の執行 に必要な命令を発す」徹15)「立法権 は

,国

玉 と両議院 によって共 同に行使 され る。 国 工 と両議院の一致が

,す

べての法律 について必要である。」停6)そ して

,洛

戦後

,

日本で制定 され た憲法 は,合衆 国流 の三権分立 と,英 国流 の議員 内閣制 の折哀 とい う

,主

権在民,かつ きわめて,英米 法 の影響 のつ よい民定憲法 にな ったのである。すなわ ち

,「

天 皇 は

,

日本 国の象徴であ り

,

日本 国 統 合 の象徴であ って

,こ

の地位 は

,主

権 の存す る 日本 国民 の総 意 に基 く」碑7)「国民 は

,

すべ て の 基本的人権 の享有 を妨 げられない。 この憲法 が国民 に保障す る基本 的人権 は

,侵

す ことので きな い 永 久の権利 として

,現

在及 び将来 の国民 に与へ られ る」∝18)「国会 は

,

国権 の最高機 関で あ って, 国 の唯― の立法機 関で あ る」僻。)「行政権 は

,

内閣 に属す る」建20)「内閣総理大巨は

,

国会議員 の 中 か ら国会の議決で

,こ

れを指名す る。 この指名 は

,す

べ ての案件 に先 だって

,

これを行ふ」Q21) 「 内閣総理大 臣 は

,国

務大 臣を任命 す る。但 し

,そ

の過半数 は

,国

会議員 の中か ら選ばれな ければ な らない。」(註22)以上 の諸国憲法例で明らかな ごと く,そもそ も

, 48世

紀 の絶対主義に対す るブル ジ ヨワジーの レジス タンスは

,王

権 中心 の官僚貴族政 か ら

,

自然法上 の天賦不 可譲権すなわち

,生

,

自由 の追求 の獲得 を狙 った ものであるとされ るが唸23)政治学上 の観 点 よ りすれば

,

あ きらか に (註 1)同第■4条

,(註

2)ソビェ ト社会主義共和国同盟憲法第1条

,(註

3)同2条 (註

4)同

法第3条

,(註

5)1831年2月 7日ベルギー憲法25条

,(註

6)同26条

,(註

り 同28条

,(註

の 同29条 (註 の 帝国憲法第1条

,(註

1の 5条

,(註

)同

6条

,(註

1り 18条

,(註

13)プ

ロシャ国憲法1848年 12月5日 (欽定憲法

)前

,(註

14)同5条 (註15)同43条

,(註

16)同60条

,(註

1つ 日本国憲法1条 (註との 同■条

,(註

19)同41条

,(註

2の 65条

,(註

21)同97条

,(註

2り 同68条 (註2の coker:ditto pp.633-650,pp.672-679,pp.526-531

(5)

国政担当機関としての政党の意義と活動 (憲法上か らの考察) ブル ジ ヨヮジーに対す る工権 の制約を要求 した ものであ り

,そ

の ミツテル としての憲法上 の要求 で あ った と理解 して支障ない とお もう。 フ ランス革命 におけるテニス コー トの誓

,ア

メ リカ十三州 の 独 立宣言は

,い

ず れ も この精神か ら出た ものにほかな らない。 しか らば憲法 さえ もてば

,換

言 すれ

,立

憲 国家 は

,す

なわ ち民主主義 国家 といい うるであろらか。答 は「 否」である。何故なれば , 憲 法 は, Gギ und Ccsctzの意 味 におい ては

,基

本法

,国

家構造の基礎法 にす ぎず

,統

治原則 の公示 と

,政

策 のプ ログ ラム綱領 にす ぎぬ場合が妙 くないか らである。 これを具体化 し

,政

治の実際 に反 映 し

,政

治的存在 としての人権保障に全 きを期す るためには

,市

民社会 の政治関係を表現す る法で あ ることが必要 である。すなわ ち

,憲

法上 の統 治権すなわ ち主権 の存在 が

,国

民 (市民

,人

)に

な ければな らない。 この範 疇 に入 るとき

,そ

の法の ことを, COnstitutiOn,constitutional law,Ver― fassungsrccht,drOit cOnstitutioncl, すなわち

,国

家構造 (COnstituttion,Vcrfassung)にかんす る 法

(=憲

)と

呼 び得 るのである。 旧帝国憲法第一条が,「大 日本 帝国ハ,万世一系 ノ天皇 コレヲ統 治 ス」更 に,四条が,「天皇ハ国ノ元首エシテ統 治権 ヲ総憤ス」 とい ったのに対 して

,

日本 国憲法 が そ の一条 に おいて

,「

天 皇は

,

日本 国の象徴 に して

,

日本国民統合 の象徴であ り

,

この地位 は, 主 権 の存す る 日本国民 の総意 に基 く」 とした ことは

,

天 皇主権 僻

)か

ら国民主権を 明記 した もの で ある。他2)しか らば

,憲

法 を もち

,主

権者が国民であれば

,

民主政治国家 といい得 る で あ ろ う か。答 は

,な

お「 否」である。 けだ し

,前

述 の ごと く

,1776年

,4789年

,そ

れ ぞれ

,本

国に対 す る植民地の 自由独立

,絶

対工政か らの新興 ブル ジ ヨヮ

>―

の政 治的 自由の獲得要求 と云 う形 で結 実(注

0し

たので あるが ,」 ameS V1/attの 蒸気機関の発明に端を発 した産業革命の嵐 は

, 19世

紀 の ヨ ー ロ ッパを吹 きま くり

,機

械 力を使用 して

,資

本 の畜積をはか る資本家 ブル ジ ヨヮジーと

,マ

ル ク スの言 う被搾取者たるプ ロレタ リアいみ じくも18世 紀は

,「

身分か ら契約」``FrOm status to Con― tract"へ の時代であったが

,19世

紀 は

,「

契約 か ら

,関

係へ」 の時代 であった とす るのは

,ま

さに 名 言 とい うべ きであろ う。すでに

,18世

紀 中葉か らは じまっていた ラツダ イド争擾や

,

リオ ン靴下 工 場労働者は

,ま

す ます激化を辿 った ことは

,19世

紀 にお ける合理化 と

,生

存権 の矛盾相剋 と

,

と らえ るべ きであ り

,ブ

ル ジ ョヮジー対プ ロレタ リアー トな る新階級の出現 と両者の葛藤 とい う政治 現象が 1850年 の七月革命 と1848年 の二月革命 とドイッニ月革命 と理解できよ う。 この現象 について エ ンゲルスは「 ドイツ農民戦争」1870年第二版へ の序文で

,ブ

ル ジ ョアジーの転換 にかん し

,

これ を一般定式化 してのべてい る。すなわち

,「

これ までのすべての支配階級 にたいす るブル ジ ョアジ ーの特異性は

,

つ ぎの点 にあ る。 すなわ ち―その発展途上 において

,彼

らの権 力手段で ある資本 の (註 1)天皇主権について

,外

国人か らの見解

cf. James, David H.:“ The Rise and Fall of the JaPanese Empire"pp.120-121

(註 り 同旨 白井正也 :教養憲法学i法律文化社

pp.31_32な

BOrnhak,COnradi“

Genealogie der Verfassung"1935(憲法の系譜

)山

本浩三訳 :法律文化社 Pユ

4参

(6)

輔 俊 和 それ以上 のあ らゆる強大化が

,彼

らを して

,政

治支配 を ます ます無能 た らしめ るこ とに しかや くだ たない とい う転換点が存在す ることで ある。 これで『大 ブル ジ ョアの背後 にプ ロレタ リアがた って いて』 ブル ジ ョアジーが

,彼

らの工 業

,彼

らの商業 および彼 らの交通手段 を発展 させ れば させ るほ ど

,彼

らはそれ に比例 してプ ロレタ リアー トを増加 させ

,そ

して

,あ

る点 に くると一 これ は

,か

な らず しもあ らゆ るところで同時 に

,も

し くはおな じ発展段階 においてあらわれ ることを要 しないが 一 彼 らは

,こ

の彼 らの分身た るプ ロレタ リアー トが彼 ら をおい こして 成 長 す るのに気づ きは じめ る。 この瞬間か ら

,彼

らは独 占的な政治支配へ の力を うしな う。彼 らは同盟者を さが し

,そ

して事 情 したいで

,そ

れ らと支配をわかつか

,あ

るいはそ っ くり

,ゆ

ず りわたす。」 この ブル ジ ョアジー の転換点は

,

ドイツでは

,ま

さに1848年 には じまったのであった。二月事件以後 内閣 の先頭 に立 っ た ブル ジ ョア指導者層は,彼らの もっとも素 朴な

,然

し,も っとも強力な同盟者農民 とも完全 に手 を 切 った。農民 は

,革

命 のは じめ に非 常 に活発 に動 き

,

ウイー ン革命では

,都

市 の 自由派 と合体 して 城廓 を おそい

,封

建 的文書 を焼 き

,ザ

クセ ンで も農民 は積極的に進 出して

,封

建 制度 の一掃 のため にたたか った。プ ロシヤにおいては

,封

建制度 の圧迫がオース トリアほど苛酷でなか ったため

,農

民 の 斗争 はそれ ほど精力的ではなか ったが

,そ

れで も

,東

エルベのプ ロシヤ農業労働者 は

,ベ

ル リ ンの市街戦 に

,多

数 参加 した といわれ る。 1848年 の夏

,プ

ロシヤの多 くの地方で

,広

汎な農民運 動 がお こったが

,主

として ブル ジ ョア と地主 か らな っていたプ ロシヤ議会は

,農

民 の封建 的貢 租の廃 止案を否決 し

,農

民を議会か ら遠 ざけた。 エ ンゲルスは

,プ

ロシヤ

,ブ

ル ジ ョアジーの農民 にたい す る

,

うら切 りにつ いて

,「

ブル ジ ョアジーの罪科 としてあげ られ る犯行 の うちで も

,

これ以上 に い まわ しい ものはほかにない」 とい って

,非

難 してい る。 それ故

,彼

は この両 階級 の関係を もって 二 月革命か ら区別 す る決定的な標識 とさえ してい る。二月 のすえには

,南

ドイツの イニシアテ イー ブの もとに

,

フ ランクフル トに議会予備会議が ひらかれ

,国

民 議会の召集を決議 し

, 5月

18日 には フ ランクフル トで 国民議会が 開会 された。 この議会は

,

一般投票 によって 選ばれた ものであった が

,有

権者 は

,第

二次選挙人 に投票 し

,第

二 次選挙人が議員を選んたので ある。議員 の決定的なグ ル ープは

,自

由主 義ブル ジ ョア インテ リゲ ンツ ィアであ った。それ の職業 は

,大

学教授

,高

等 学校 の教師

,判

事 および弁護士 な どが圧 倒 的 に多 く

,そ

の構成 においては ドイツ史上「三 度 とふたたび み られな い といわれ る程

Jい

かめ しい議会であ った とされ る。 しか しこの議会 の召集者 が旧連邦議 会 で あ ったため

,議

会の討論 は

,事

実上連 邦議会 の監視 の もとにすすめ られ たため に

,

この議会は 思 想 と行動の無能 力を さらけ出す ことにな り

,マ

ル クス

,エ

ンゲルスに

,「

単一 不 可分 の ドイツ共 和 国の建設 と「 ツアー リ

,

ロシアとの革命戦争」 の二つをスローガ ンとしてかかげ させ ることにな り

,

フ ランクフル ト国民議会 の左派を勇気づ ける原 因をつ くり

,彼

等 が

,「

反動 の避難所」 と断ず るロシア との分離,被圧 迫民族 のポー ラン ド人

,ア

イル ラン ド人等 の解放 の要を叫ば しめ「 他民族 を 抑圧 してい る民族 は

,自

分 自身 を も解放 す る ことがで きな い。他民族 の圧 迫 に必 要 とされ る権 力 は つ ねに「 自民族 自身にむ けられ る」 とい うマル クス主義の根本的氏族理論 はすべて こうした ことか

(7)

国政担当機関としての政党の意義と活動 (憲法上からの考察

) 79

らマル クス とェ ンゲルスによ って具体化 され るにいた ったのである。そ して

,こ

れ らの動 きに もか か わ らず

,

フ ランクフル トの国民議会は

,い

わゆ るブル ジ ョア民族主義 の立場を容認 したので

,こ

こに

,三

月革命 の遠因た るブル ジ ョアジ

_と

プ ロ レタ リアー トの矛盾 の極致がみ られたのであ る。 1848年6月共 和主 義的ブル ジ ョアジ

_が

,パ

リで労働者 を射殺 した事実 は

,プ

ロレタ リアー トのみ が民主主義 的性格 と進歩性を もつかの ごとき印象を大衆 に与え

,「

社会組織 が完全 に変革 され るた め には

,大

衆 自身がその変革 に くわわ り

,彼

ら自身が問題 の本質 はな にか

,な

ん のため に彼 らが身 体 と生命 をか けて行動をす るのかを

,

みずか らすで に理解 していな けれ ばな らない」儲つと

,エ

グルスは述べているのである。

4648年

,1789年 の革命は

,け

っしてイギリス,フ ランス独自のもの

ではなく,そ れがおこった世界の必然であったといゎれるが, ドイツの二月革命には

,そ

の必然が

あ った とはいい きれなか ったにもかかゎ らず

,ま

だ独立階級 といえなか ったプ ロレタ リアー トを最 前 線 に進 出させ その政治的経験 をふかめた ことにつ いて

,ゃ

は り

,先

述 の「 関係 の政治的変化 とし て とらえ るべ き事実 とい うことになろ う。 マル クスとェンゲルスが三月革命 のなかに残 し た 考 え 方 は階級斗争 の全範 囲におよび

,「

ブル ジ ョア革命 は

,プ

ロ レタ リアー トにとって最高度 に有利 で あ る。 ブル ジ ョア革命 は

,プ

ロレタ リアー トにとって

,無

条件 に必要 である。 ブル ジ ョア革命が , よ り完全で

,よ

り決定的であればあるほど

,社

会主 義をめざすプ ロレタ リアー トのブル ジ ョアジ

_

との斗争 は

,そ

れだ け有利な ものとな るだ ろ う」徹2)とレーニ ンが暗示 したよ うに

, 20世

紀初頭 の ロ シアで実現 に至 ったのであ る。徹a)こ のよ うに

, 19世

紀 の政治現象を階級斗争説の立場 か らとら え た ものは

,要

約 す ると次 のよ うな形で

,国

家体 勢 を ととのえたといえ るであろ う。すなわ ち

,過

去 の国家 は

,つ

ね に

,特

権 的階級 の特権維持 のための道具 にな って きた。そ して

,何

時 の時代 に も 特権 的な支配階級 は経済上 のあらゆる生産手段 を享有 して

,被

支配階級 を働 かせ て搾取す る。 した が って

,

このよ うな特権階級 にとっては

,政

治 は

,彼

等 特権階級 の利益擁護 の方便 に しかす ぎず , しか も

,

これ らの特権階級 は

,自

らは

,絶

対 に被支配階級 に対 して譲歩す るよ うな ことはあ りえな

,

したが って

,被

支配階級 は 自らの力を結集 して

,特

権 階級 にまさる力を もって斗争 し

,敵

を打 倒 す る以外 に 自らを解放す る方法がない

,政

治は

,階

級 斗争 その ものであ り

,国

家 の歴 史 は

,特

権 階級 の被搾取階級 に対す る抑圧 と搾取 の歴史 であ る

,

徹4)と 。 この理念 は

,革

命成功後 の ソビエ ト 憲法 に明文 を もって規定せ られている。すなわ ち

,

ソビェ ト社会主義共和国同盟憲法 には「 ソビェ ト同盟 の政 治的基礎 をなす ものは

,地

主 および資本家 の権力を打倒 し

,プ

ロレタ リアー ト独裁 を戦 い とった結果 として成長 し

,か

,

堅 固にな った勤労者代議員 ソビエ トである」儀 う「 ソビェ ト同 (註 1)エンゲルス「 フランスにおける階級闘争」序文 (註 つ レーエン「民主主義革命における社会民主党の二つの戦術」 (註

3)戸

沢鉄彦教授還暦記念論文集「 ブルジョア革命の研究」 日本評論新社 pp.261-285

(註 O ArmstrOng,JOhn A. :“ Ideology,Pontics,and COvernment in the Soviet UniOn:an intrOductiOn."(Frederick A. Praeger., New York. 1962) p.8, P.27, P.31

(8)

輔 和 盟 の経済的基礎 をなす ものは

,資

本主義 経済制度 の清算

,生

産 用具 および生産手段 の私的所有 の廃 止 な らびに人 に よ る人 の搾取 の絶滅 の結果確立 した社会主義的経済制度な らびに生産用具 および生 産手段 の社会主義的所有 である」は1)と うた ってい るのであ る。 以上 のよ うな形 で

,ブ

ル ジ ョワジ ー対 プ ロレタ リアー トの暮藤 を解決 した ソビエ ト体制 は別 として

,他

の ヨーロ ッパ な らびに合衆国 で考察せ られ実現をみた政治学上 の現象が 三権分立 (SCparatiOn of powcrs)で ある,と 考えたい。 けだ し

,中

世 封建 諸候 の コムーネ

,テ

ル トリュウム

,カ

ン トンなどに細分化 されていた封建勢力を 近代 国家は

,完

全 に駆 逐 し

,そ

の際

,対

外競争 の必要上

,国

内におけ る政 治権 力 の集 中の必要性 は 否 応 な く

,国

こ とそ の周辺 の官僚貴族 に絶対権 を掌握 させ るに至 った ことは

,ル

イ14世 の ''I am the statc''な らび に

,ジ

ヤ ン

,ボ

ーダ ンの王権神授説 によって明 らかである。 しか し

,前

述 の ごと く啓 象思想 と

,そ

れを うけたジ ョンロ ック

,ホ

ツブス

,ル

ソーな どの社会契約 的な政治思想は

,次

第 に絶対主 義王権 を駆逐 し

,19世

紀 の第四階級 (プロ レタ リアー ト

)の

政 治的 自覚 を うながす前芽 ともな ったのであるが

,18世

紀末 と19世 紀 の最大 の相異 は

,前

者 が単 に市民権対王権

,市

民権 の伸 張 と

,工

権 の制約 と

,と

らえ られ たのにす ぎないのに反 し

,後

者 が王権 に代 わ る統 治権 の担 ない手 の何人な るかを命題 に した点 であろ う。 この要請 に応 じて生 まれ た ものが主権在民であ り

,

さらに これを保障す るために生 まれた ものが三権分立である。カール,ロ ウエ ンシユ バイ ン(Karl Locwen‐ StCin)に よれば

,

たん に憲法を もって いるとい うだけでは

,

全体主義

,

独裁主義 のそれ もかわ ら ない

,そ

ういつ た ことは

,民

主 的合法性へ のか らせ じにす ぎぬ。非常 に厳格 に言 えば独裁制 もまた 立憲制 といえ るので あ り

,権

力過程が本質 的に立憲 の要請 に応 じてい るか否かは政治権力の行使 に 当 って の実際上 の配置 にかか って お り,えて して,独裁 制度 におけ る憲法 は

,単

一 の権力 保 持 者 に 支配 された政 治機構 を統制す る巧利 的 な法則 の累積 にす ぎない。 そ して

,政

治形体 のすべてに共通 の観念 的下部構造 といえば

,一

切 の権 力が国民か ら発 し

,政

府 と国会が共 同 し

,国

民 の意志 によ っ て維持 され

,

自由

,か

つ公正 な選挙が

,政

治理念 と

,そ

れを促進す る社会 の力 とを争 わせ る政治権 力 の公開場 を提供す るとい う信念で なければならぬ

,そ

れ故

,権

力が トライア イングルの形

,す

な わ ち

,議

会 と

,政

府 と国民 に分割 され るべ きで

,政

治権 力が数 個 の保持者 に分割 され ることによ り その相互の制御 に服す ることで ある

,

と述べ てい るのである。に1)主権 とい う言 葉 は古 くか ら領土 人民 とともに

,国

家 の三 要素 の一つ とされなが ら

,主

権 の概念 その ものにつ いて は諸説 が錯雑 して

,こ

れを統治権 と解す るもの

,国

家 の最高権力 と解す るもの

,国

家意思 の決定権 力 と解す るものな ど

,多

様 で あ る。 しか し現在 の各 国の実状 か ら見 ると

,こ

れ を 国家 の最高権力 と解す るのが もっと も妥 当であ るとお も う。 主権をこの意味に理解す るときは

,立

法権

,行

政権

,司

法 権 の三者 に大別す ることが 可 能 で あ (註 1)同四条 (註 2)Loewenstein:ditto pp,71-72

(9)

国政担当機関としての政党の意義と活動 (憲法上か らの考察

) 81

る。勿論

,前

記 Locwcnstcinも また,この三者 の純粋 な形式 は珍 らしく

,互

いに特徴 を出す ものの 複合形体 が多い

,そ

して

,立

憲民主主 義 の政治制度 として採用 された様 々な政治体 の中で これがす べ ての国家 に適 当であるとか

,最

善 であ るとか

,

主 張で きるものは一 つ もない。僻 )又

,最

善 であ ると

,主

張 で きるもの も一 つ もな い

,と

述べ てい るので ある。各 国の法制か らみて も

,立

法権 と行 政権 の分化 しない もの

,行

政権 と司法権 の分化 しない もの

,あ

るいは

,立

法権 が行政権 にや ゝ従属 の形 を とるもの

,行

政権が立法権 に従属す るもの とい う風 に一様ではない。や 扶詳説すれば

,立

法 権 と行政権 の分化 しな い もの として は

,

ナチ ス全盛 期 における ドイツ

,辞

)旧 幕時代の幕閣

,大

革 命 当時の フランス国民公会 と会安委員会

,ロ

シア11月革命 における革命委員会などを挙 げることが で き行政権 と司法権 の分化 しない もの としては

,古

代 ローマにお ける元老 院

,旧

幕 時代 にお け る徳 川家直轄地および

,旧

陸海軍軍法会議徹3)をあげることがで きる。そ して立法権 が行政権 にや ゝ従 属 の形 を とるもの としては

,現

在 の イギ リス本 国住4)行政権 が立法権 にや

I従

属 す るもの として は 1791年 9月 5日 の フ ランスをあげ うるであろう。徹5)前述 の ことを

,諸

国憲法例 を 引用す ると

,大

略つ ぎの とお りで ある。 ベルギ ー憲法「立法権は

,

国工代議院 および元老 院 によって共 同的 に行使 され る」徹6)「両議 院 の議員 は

,た

ん にかれ らを任命 した州 または州 の一部を代表す るのではな く

,国

民 を代表す るので あ る」

e7)「

大 嘔は

,い

ず れ の議 院 において も

,

その議員であるときを のぞ いては投票権 を もたな ぃ。」ぐ3)「公権 を対象 とす る争訟 は

,法

律 が定 め る例外をのぞ き

,裁

判所 の管轄 に属す る」儲9) プ ロシヤ国憲法「執行権 は

,国

玉 に専属す る。国王 は

,大

臣を任免す る。国王 は

,法

律 の公布 を命 じ

,た

だ ちに法律 の執行 に必要な命令を発す る」僻。)「立法権 は

,

国王 と両議院 によ って共 同に行 使 され る。 国王 と両議院 の一 致 が

,す

べ ての法律 につ いて必要である。」織11) 「 司法権 は

,国

工 の名 において

,独

立 の

,法

律 の権 威以外 のいかな る権 威 に も支配 されな い裁判 所 によ って行使 され る」「判決書 は

,国

工 の名 において発せ られ

,執

行 され る。」∝12) ワイマル憲法「 国議会は

,

ドイツ国民 の代議士 で組織す る」僻3)「代議士 は

,

全 国民 の代表者 で あ る。代議士 はその良心 のみ に したがい

,委

任 に拘束 されない。」Q14)「法律案 は

,

国政府 によ り (註 1)LOeWenstein:ditto PP.72-73

(註り

Dutt,R,Palme:“

Facism and SodaI Revolution''.(InternationaI P,b., New York.1935) 岡 田丈夫訳 理論社 p.188

(註 3)旧陸軍軍法会議法

,旧

海軍軍法会議法10条,32条 ,47条

(註

4)市

村今朝蔵:「英国憲政 の理論 と実践 (内閣篇)」 p.3 なヨ

`, Karl Loewenstein:“

Poltical Power&the Covernmental Process,"p.73 (註 5)1791年9月 3日フランス憲法第一章第5条 (20)参照

In (註4)8c(註5),5ee aISO Loewensteini ditto P,73

(註

6)ベ

ルギー憲法 (1831年2月 7日)26条 (註7)同32条 (註8)同88条

(註9)同93条

,(註

10)1848年12月 5日プ ロシヤ国憲法43条

,(註

)同

60条

,(註

12)同85条

),(註

13)

ワイマル憲法20条

,(註 10同

21条

(10)

輔 または国議会の中から

,こ

れを提出する。国の法律は

,

国議会がこれを議決する。」餞1)「国大統 領 は

,全

ドイツ国民が選挙する。」儲2)「国大統領は

,

同時に国議会の議員とな ること は で き な ぃ。」(註3)「法律案は

,国

政府によりまたは国議会の中から

,

これを提出する。[国の法律は国議会が これを議決する。」●4)「裁判官は独立であり

,た

だ法律のみに服する。」 儲5) アメ リヵ合衆国憲法「 この憲法で与えられるすべての立法権は

,合

衆国連邦議会に属す る」「 連 邦議会は

,元

老院 と代議員で構成する。」僻

)「

行政権はアメ リカ合衆国大統領に属す る。」大統 領 の任期は

4年

であって

,同

一任期で選挙 される副大統領とともに

,つ

ぎに定める方法 で選挙 され る。」俄り「合衆国の司法権は

,

一つの最高裁判所および連邦議会が随時設置する下級裁判所に属 す る。最高裁判所 と下級裁判所の裁判官は

,不

都合な行為のないかぎり

,そ

の戦を保持 し

,か

つ定 期 に

,そ

の職務にたいして報酬をうけ

,そ

の報酬は在職中減額 されない。」儲8) フランス憲法 (1791年7月 5日

)は

,「

憲法は,つぎの権限 と職務を立法府に排他的に委任する。 ①法律を提案 し決定すること。国王は

,立

法府 にたいしてある事項を考慮するように勧告するこ とができない。②公の支 出を決定すること

,租

税を設 けること。③租税の性質 と割 当額徴収の期 間 と方法を決定すること の王国と県のあいだに直接税の配分をおこな うこと。すべての公の収 入の用途を監視 しその報告をさせ ること。③公職の創設または廃止を決定すること。③貨弊の純 分

,重

,刻

,名

称を決定すること。⑦ フランス領上に軍隊を入れることおよび王国の港に外 国の海軍を入れることを許可または禁止すること ③省略 ③行政について決定を下 し

,国

有財 産の譲渡を命ず ること。」鮭9) 「 最高の執行権は

,排

他的に国工の手 中に在 る。国王は王国の一般行政の最高の長である。」は10) 「立法府は

,国

工 によっては解散されえない。J Qll)「司法権は

,い

かなる場合において も

,

立法 府 によってもEEl王によっても行使 されえない」僻2)「裁判所は

,

立法権の行使に干渉することがで きず

,ま

たは法律の執行を停止することができず

,行

政職務を侵害することができず

,ま

たは

,そ

の職務を理由として行政官を裁判所の前に召喚することができない。」(註

19)

わが国のものは

,憲

法の明文をもって

,国

会を国権の最高機関かつ唯―の立法機関であるとし, 形 の上からは

,立

法部が他の行政

,司

法に優越 しているかに見えるが

,

この優越は決 して

,旧

憲法 に見 られた天皇の元首性に基 く統治権総撹者のごとき意味のものではな く

,全

く他の二権 との均衝 の上 に立 った上での相対的最高権にすざない。すなわち

,現

行憲法は

,一

応右のように

,国

会の最 高 機関性をうたいながら

,他

,内

閣総理大臣は

,国

会議員の中から

,国

会の指名 に基 き

,天

皇に 親 任 されることになってお り

,他

の閣僚 もその大半を国会議員の中から選ばれることを必要条件と (註 1)同68条

,(註

2)同41条

,(註

3)同44条

,(註

の 同68条, (註 6)ァメリカ合衆国憲法第1条1節

,(註

り 同第2条1節1項, (註 9)1監1年3日フランス憲法第1節1条 (10の (註 1の 同第四章第1条

(13o,(註

11)同1条5条

(20)(註

1り 第3条 (15り (註5)同102条 (註の 同第3条1節 同第5条1条 (15の (13註

)同

第5章

(11)

国政担当機関 としての政党の意義 と活動 (憲法上か らの考察) してお り

,

しか も

,国

会 において

,不

信任 の議決を され た り

,信

任 の決議案を否決 された りす ると 議院 に対 す る解 散権を行使 しな いかぎ り

,当

該 内閣 は

,総

辞職 を余儀な くされ ることは

,内

閣 を も って行政権 の主体 とす るとしなが ら

,つ

ね に内閣は

,国

会 に従属 しな ければな らない ことにな る。 これ英国流の議員 内閣制であるが

,こ

の点 につ いては

,先

,p.31で

論 じた ことで あるが

,

い ま 少 し

,詳

説 す る。 英 国では,CLuccn victoriaは

,一

つ の政党か らだ け内閣 の閣員を選 び出す ことを

,執

拗 な まで に 好 まなか った といわれ る。 その理 由は

,諸

大 臣が一つの政党か ら選び出され ると彼等 の結合 が有力 にな り

,主

権 者 た る女王 も

,思

い どお りに行動で きぬ とい うことであ り

,4689年

以降

,議

,殊

に 下 院 の権力が着実 に増大 し

,「

君主 の大 臣」 (MiniStCr Of CrOwn)とま下院 と調和を保 ち

,か

つ下 院を統制 しな ければな らない必要 に迫 られ

,更

,政

党 が健全 に成長 した結果大臣等 は

,次

第 に和 合 協力す るよ うにな った。彼等 の和合 は

,君

主 に対 し

,進

言 を聴 許 させ得 るよ うにな り

,一

,そ

の和合が

,政

党 内において充分 に訓練 された結果であ ったため

,大

臣等 が その権力を君主 の干渉 か ら保護す るためには

,議

会を 自分達の背景 とし

,選

挙民 の支 援 に結 びつ くことが有効だ とい う結論 に至 ったのである。 そ してそのために

,議

会 内で活動す るものを首相が

,大

臣 と してえ らび 出す とい う原則 が確立 し た といえ る。形式上 の最高位者 は

,工

であるが

,そ

の永続 的存在を前提 として行政部を立法 部 にむ す びつ けてい る点で

,英

国 の 内閣政治 はゎが国 とは

,い

ささかお もむ きを異 にす る現代民主政治 の 一典型 であることに注意 しな ければな らない。徹1)ただ し

,首

相 が組 閣 にあた って

,

自由選任 をみ とめ られてい るので、閣員 の約半数を 自党か ら出す点 ほぼわが国 と同様 である。徹

2)(英

国では 内間 は

,下

院 の委員会であるが

,内

閣 の成 員は下院でえ らばれず

,首

相 によって推せん され るか ら首相 を選択す ることは

,政

治上

,重

要 な機能 をなす ことにな り

,組

閣 の大命を拝 した首相 は政治状 勢 に 応 じて閣僚を決定す るわ けである。(註3)) ふ たたびわが国に論 を戻 す と

,さ

らに一方 で

,司

法権 は最高裁判所を頂点 とす る裁判所 に属す る と し

,一

切 の法律

,命

,規

則 または

,処

分が

,合

憲 か否 かの審査権をみ とめ られてい る点 で

,他

の二 機関に対 す る強い独立性 をみ とめ られてお り

,こ

の点 に注 目す る学者 は

,わ

が国の三権分立 は 変則 であ り

,中

央 で は

,英

国流 の国会優位の議員 内閣制

,司

法部 と地方公共団体 (その長が住民 の 直接投票 によ りその地位が議会 とは

,独

立対等 である点で

)は

アメ リカで俗 に首長制 (大統領制) Prcsidcntial system徹 4)と呼ばれ る三権分立制であるとす るものがあるが最高裁判所長官 は 内閣 の指名 に基 き

,天

皇 に親任 され るのであ り

,下

級裁判所裁判官 も最高裁判所 の作成 した名簿 に基 き 内閣が任命す る儀S)ものである以上,司法部 もこの点 で は,内 閣 に従属 してい るとい うことにな るし また

,裁

判官 の罷免を行な う弾劾裁判所 の構成員 は国会議員であ り

,往

り その前提 となる訴追委員 (註

1)市

村今朝蔵「英国憲政の理論と実践」有斐閣

PP,3-4

(註 り Loewenstein:dittO p.73(註の 日本憲法80条1項, (註

り 同

p.83(註

の 同

p.4 (註

の 同

64条

1項

(12)

輔 俊 和 また しか りであるところか らす ると

,el)裁

判所 はまた

,国

会 に も従属 している形 であ り

,

これ ら の 点か ら

,私

は裁判所 のみが

,高

度 の三権分立を保証 されてい るとの説 には賛成 しがたい立場を と るものである。 しか し

,現

実 の政治組織 として

,国

家権 力が唯― の権力者 に掌握せ られ ることな く 少 くとも二つ の機 関に分割 されてい ることは

,カ

ール

,ロ

ーエ ンシユ タインによれば、国民 の人権 に影響を及 ばす程度の支配権が トライアングルの図式 を構成 し相互 に制御控制 しなが ら

,運

用行使 され る故 に

,被

統治者 の政 治上 の人権が侵害 され ることな く

,保

障 され るとす るので ある。Cり されば

,憲

法 を もち

,三

権 が分立 され ておれば完全な民主主義国家 として

,政

治的存在 としての 人 権 は全 きを期す るといえ るで あろ うか。答 はなお「 否」で ある

,と

私 は考 え る。 で は

,最

後 の民主政 の要素 とは何であるか と云 うと

, 19世

紀 中葉迄殆ん ど顧み られなか った

maSS公

,大

衆 の国政 参左へ の保証 と考 え る。な る程

,18世

紀末 は

,

第二階級 た る都市 ブル ジ ョ フジー

,玉

,僧

,貴

族 に対 し

,そ

の蓄積 した経済力を背景 に

,政

治構成 員たることを主張 し, そ の主張を合法化す る憲法 が制定 され

,選

出の ク ラッセにこそ

,上

下 院

,貴

衆両 院

,二

部会な どの 形 式がの こった とはいえ

,三

権分立 をふ まえ都市商人た る平民 は

,堂

々と

,

その政治的所信住3)国 家機 関に工候貴族 と対等 に表現す るチヤ ンス と権限を与え られ

,工

権 は瞬 く間 に衰微 し

,形

式象徴 イヒしてい ったのが,(註4)この世紀の政治現象の特徴であった といいえよ う。 この現象か ら

,学

者 の 中 には

,

トライサ ングルを形成 す る権 力担 当機 関である立法

,行

政 のほか に国民 の意志 の担 い手 と して

maSSの

概念 が儲5)登場 した とす るもの もあるので あ る。 この所 説 の 当否 は しば ら く措 くとし て も

,前

述 の ごと く

,産

業革命の結果 48世紀初頭 には想像 もで きなか った機械力の出現 によ り, `(註りかっての被支配者 (the gOVerned)であ った ブル ジ ョワジーは今 や

,マ

ル クス

,の

言 を 借 りれ ば 余剰価値 の蓄積 による強大な産業資本家 として新 たな被支配者 た るプ ロ レタ リアー トに徹7)着臨 す る貴族であ り

,こ

の概

aよ

り す れ`ば

,従

来 トライア ングルを形 成 していた この ク ラッセを臣民 (SubiCCt),国民

(peOplC),市

民 (CitiZCn),植民地 (CO10niSt),少数民族 (racc)などと呼ん で いたのに対 し

,新

たな大衆 (mttOrity)の概念 の発生 を無視 で きな くな った といえ よ う。 しか も 1917年 永年 の貴族 の圧 政で革命の前芽を内に蔵 していた帝政 ロシアの ツアー リズムの崩壊 は

,

レー エ ンの企業国有国営政策 とな り

,プ

ロレタ リアー トを労農国家の担い手 として位置づ けることにな った。伊 )こ うい った一連 の事実は

,

現行 社会主 義圏の諸 国憲法 が国家

,連

邦 (二 重 国家 の場合) (註 1)国会法126条第1項 (註り Loewenstein i:ditto 閣 pp.53-54 (註

3)前

述 P■

1(註4)前

出p26,29(註5)MacIVer, Press)Lo4dOn, p.194 P,72清宮四郎「権力分立制の研究」法学選書有斐

(註

6)Ashton,ToS.:“

The lndustrial Revolution,

Oxford Univ.Press,London,1960)pp.58-59

(註 7)Armstrong,John A.:ditto P,37,p.43

(註 8)ibid. pp.37-38

M.:“The Modern State."(Oxford Univ.

(13)

国政担当機関 としての政党の意義 と活動 (憲法上か らの考察

) 85

を 問わず

,そ

の構成員を人民 と呼び

,資

本主 義系民主 国家が

,市

民 (CitiZCn)と 称 し

,

君主 制を の こす国家 において

,臣

民 (SuttCCt)と 呼んでいる点,今世紀 と,それ に対応 して,Verfassung Wan‐

delung(憲

法変遷

)を

行 な って きた諸国の政情を物語 るもの とおも う。 ところで

,

このよ うに して登場 して来 た公衆

massは

,従

来 の ブル ジ ョワジー

,プ

チ ブル さらに プ ロ レタ リアー トを包合 した概念 であることは

,言

を侯たないが

,

公民権 を もった大衆 (PubliC

mttOrty)と

い うほどの意味 にとらえ るのが妥 当か と考え る。el)そして この公衆 の最大多 数 の 意 見 が統合 され

,国

政 に反 映 されて い くところに

,現

代 の国家の民主政治 は

,完

成 されて い くと考 え られ る。 この要請を最 も有効 に充 たす機 関 として

,(現

代 の

)政

党が 出現 した と考え られ る。

5.

政 党の政 治機関 と しての機能 前章で述べた ごと く

,政

治過程 (politCal prOcess)に おいて

,政

治権力 の交替 が歴史 的 に行なわ れ て い るので あるが

,こ

れ を政治学 の権力交替論の立場か ら見 るときは

,つ

ぎの よ うにいえ ると思 う。 すなわ ち

,あ

る時期 において被支配者 であ り

,被

治者 であった ものが

,将

来 のいず れか の時期 に おいて支配者 とな り

,治

者 とな りうる蓋然性があるとい うことである。 その手段 は政体 によ り相違 す るので あ って

,政

治過程論 によれ ば

,少

数者 も説得 と宣伝 によ って多数者 にな り得 るのであって 言 論の 自由がみ とめ られ る以上

,

妥協 を媒介 として

,

或いは trial and crrOrに よ って一応

,先

づ 多数者 の法 を行 なわ しめ

,

もし

,そ

の施策 に誤 まりがあれば

,必

ず政治 の停 滞を招来 す るか ら

,そ

の時点 において

,ま

た出発点 に復帰すればよい。 そ もそも

,

この世界 において

,唯

一 絶対 とい うものはあ り得ず

,政

治 もまた弁証法 的発展をす る もので あるとす るのである。 この意味で「 政治」 の語源が「祭 ごと」か らきた

,

とされ るよ うに氏 の上が

,「

まつ りごと」を行 ない

,氏

,氏

人 に生 殺与奪 の絶対権を もって臨んだ よ うな事態 は, 現 代 政治 においては

,あ

りうべ きでな く

,仮

に「 多数者 の法 これ行なわ る」 として も

,

さらにまた 少数者の主張が客観的に妥 当であった として も

,少

数者 は

,多

数者 の横暴独裁 を許す ことな く

,公

衆 に訴え ることによって

,多

数者 にとってかわ ることがで きるとす るのであ る。儲2) 一方権力交替論の うち

,階

級闘争論を唱道す る立場か らは暴力革命 による搾取階級 の打倒 と

,プ

ロ レポ リアー トの独裁 の必然性を説 くのである。碑 う私は

,

政治過程論 の立場 を是 とす るもので あ るが

,以

下 この立場に立 って論述をすすめてい くことにす る。ブ ライス (」

ames Brycc)に

よれば (註 1)Roche tt Stedman:ditto p.95(註2)日本法哲学会編「 多数決原理」

Sec alsO MOrgenthau, Hans J.:“ Pontics amOng Nations''(Knopf., &enl, 1956) P. 412

(註

3)前

出 P■

7,p.30参

See “hrOdern Democracies", 2 vols。 1921

有 斐閣 PP・55-56 New York. 2nd edo rev.

(14)

輔 俊 投 票 の矛盾 につ いて

,一

律 の投票 は

,必

ず しも有 効適切な選 出行為 にな らぬ ことが あ るとす る。彼 によれば

,国

家 の構成員は

,そ

の学識能 力に優劣が あ り

,そ

の優劣社会的適応性 の差 (例 えば

,兇

悪犯 罪で服役

,出

獄後間 もない者

,累

犯者

,職

業的犯 罪者 と

,政

治 に対す る専門学識経験者

)が

ひ と し く一票を投ず ることの危 険を指摘す るのであ り

,ケ

ル ゼ ン

(Hans Kelsen)に

よれば

,そ

の著 「 民 主主義 の真偽 をわかつ もの」 において

,ブ

ル ンナー (Emil Brunncr)の 自問 自答 を 引用 して, つ ぎのよ うに述べてい る。 「 この権 利 (全市民 の もつ普通

,平

等 の選挙権 に関す るもの

)が

現在 しなければな らぬ とい うこ とは

,正

義 の込要条件 ではないので はあ るまいか。」「 本来 そ うでない ことはた しかで あ る。全 て の人間が国家の うちで平等の発言権を もつべ きであ るとい うことは正義の必要条件ではな い。なぜ な らそ うす ることは

,不

平等 が大 きな現実 的意味 を もつ ことに関 して

,不

平等 な ものを平 等 に取 扱 うことを意 味す るか らであ る。人 々は正義の認識を平等 にや ることはできない し

,そ

れを行 為 に移 す ことも平等 にはで きもしな ければ

,望

まれ もしな いので あ る」 と。徹2) す なわ ち

,「

本来較差 のあ るものを一律 に扱 うことは

,却

って

,悪

平等不公平 の弊 に陥 る」 とす舒 摘 して い るので あ る。 しか し

,ブ

ライスの所説は

,現

代 の政 治基本権 の原理 が法 の下 の平等 を うた い

,信

,社

会 的地位学歴財産 によ る差別 を認 めな い以上

,適

用 は不可能 である。 ケルゼ ンの所説 も

,職

能代表者 を選 出す る場合 には

,適

用で きるとして も

,一

般 的 には

,困

難 な現状 と云 わねばな らない。 ただ曽っての英 国バー ミンガムでみ られ たよ うに選挙区民 と被選 出者 の著 しいア ンバ ラン ス所謂腐敗選挙区 rOtten constituencyの よ うな事象 の防止 に役立つのみ といわねばな らない。 論 を本題 に戻 して

,政

党の機能 につ いて

,つ

づ けることにす る。前述の ごとく

,程

度 の差 こそ あ れ

,国

会が 国権 の最高機 関であ ることは

,ほ

とん ど各 国共通 の原則 であり

,そ

の構成 員 た る国会議 員 の うち

,一

院制 の場合 は勿論

,二

院制 の場合 も少 くともその一院 のメンバーは

,国

民 の直接選挙 で あ るのを常例 とす る。 ただ し

,そ

の場合 に

,ブ

ライスやケルゼ ンの指摘す る欠点を生ず るのはや む を得 ない ところであ り

,こ

の欠点を補 いつつ

,選

挙制 の公正 を期す るのが政党 の機能 にほかな ら ない。 即 ち

,

この点 に関す るか ぎり

,政

党 は私人 の集合体 で あ りなが ら

,公

的機 関 としての実 を具 え る もの といわ ざ るを得ない。前後す るが

,私

は先 に公衆 の政治参加 の方式 として

,直

接政 と間接政 の 二 つ の態様があ ることを述べた。直接政の うち

,ス

イスの よ うに全 国民が国内の一定場所 に集合 し て 国政全般 を審議決定す るものを

,と

くに

,そ

の C01legiate(集 合

)現

象 に着 日して

,直

接民主 制 と称す るのであ るが

,●

3)直接政 とい った場合 は

,

これ に限定 されず

,い

や し くも

,

国民 (住民

(註 2)Kelsen,Hans:“ Foindations of Democracy"理 想社 1955 「 民主政治の真偽 を分つ ものデモ クラシイの基礎」古市恵太郎訳 p.140

(15)

国政担当機関としての政党の意義 と活動 (憲法上か らの考察

) 87

inhabitantを 合む

)が

その住居す る国土

,領

域 において

,そ

の地域 の政治 に

unmittdbarな

関係 に おいて タ ッチすれば

,と

りもなお さず直接政 とい うことにな るのであ る。現在 の学説上

,直

接政 と 称 しうるもの は

,つ

ぎの三 つ であ る。e‐l国民発案 (Initiativc)口 国民投票

(Rercrendom),日

国民 解 職 (Rcca11)の三種 であ り

,詳

説 す ると

,国

民発案 とは

,国

民 が一 定 の法令 の制定を要求す る こ とので きるものをいい

,

日本国憲法 において も

,請

願権 の形 でそれをみ とめてい る。建り 国民投票 とは提 出され た案件 に対 して国民 の賛否 を問 う形式 であ り

,(国

民 の信任 をえて

,最

終決定 は

,国

家 が なす場合を合 む)。 わが国の憲法 の上 では

,最

高裁判所裁 判官 の国民審査が これに相 当す る。 国民解職 は

,現

在公 職 にあって

,任

期満 了前 の もの に

,そ

の職 を国民 の意志 によって辞せ しむ る もので

,当

該公務 員が怠惰非能率 で

,

しか も

,任

期満 了 にい た る迄 に

,な

お時間のある場合 に有効 とせ られ るものである。他1)その他特に

,地

方公恭団体の長や一定の職員に対 して

,

住民 による リ コールがみとめられていることは周知のとおりである。このような制度は

,国

民の政治に対す る直 接参加の方式 としてきわめて有意義なものであるが

,時

間的場所的に技術上は容易でないので

,各

国 ともこれに代わる次善の策 として案 出したのが

,間

接政の典型 たる代議制である。いう迄 もな く 代議制は

,国

民の意思が票数によって客観的に表現せ られ

,国

政を担当するわけであり

,選

挙民 は 候補者の中か ら

,

自己の意見に最 も近かいものを選んで投票するわけである。 しかし

,ブ

ライス

,ケ

ルゼ ンの指摘するような欠点は無視できぬものがあるのであり

,最

高裁の 裁判官の国民審査においてすら

,名

簿のはじめに並んたもの程

X点

が多いとい う統計が出ている程 である。 いわんや

,全

国を一区とする参議院議員全国区の選挙のごときは

,マ

スコミで著名なものほど, 票数を獲得 しやすい現状である。 これ らの結果をみると一般国民 は有権者 (CICCtOratc)で はぁって も

,候

補者の政見

,人

柄 といったのをも知る機会がきわめて乏 しく

,い

きおい

,各

界の有名人ある いは

,業

,職

,地

域において知悉 したものとい う制約を うけざるをえない。最後の点について は

,現

行の公職選挙法が

,ひ

きつづ き三ケ月以来当該選挙区に居住 していることを投票の必須条件 としていることは

,地

域性からくる浮動票を逆に抑えたものと考えられ るが

,選

挙管理委員会によ る選挙の公営

,候

補者 に対する一定の供託金の提供義務は

,泡

沫候補を排除す るものであり

,ま

た 公職選挙法が罰則を設 けて

,買

収供応を取 り締 まり

,選

挙運動そのものに可成 りの規制を設 けてい ることは

,有

権者の投票行為の公正を担保 しようとしたものである。 い う迄 もな く

,わ

が国のみならず

,現

在法治国の選挙は

,直

,秘

密を原則 とす る。すなわち, 直接 とは

,有

権者が直接候補者に対 して一票を投ず ることをいい

,間

接 とは

,合

衆国大統領のよ う に

,あ

らか じめ

,一

般市民は

,大

統領選挙人を選挙 し

,そ

の選挙人が大統領を選挙するとい う形式 をいう。普通 とはい う迄 もな く

,性

,門

,社

会的地位

,人

,信

,学

歴財産などに依 って差 憲法16条

,請

願法

,国

会法72条-82条 ,102条 衆規

171-180

参 規162-173条

Jacobsen & LiPmani ditto pp.88-89 つ

り 註 註

(16)

輔 俊 和 別 のない ことをい う。更 に秘密 とは無記名且 つ 何人 に投 票 したかを公 的 に も私 的 に も追求 され るこ とのない ことをい う。 これ らの ことは

,す

べ てわが国において,憲法,公職 選挙法 によ って保 障 され てい るところで あ るが

,制

度上 の保 障の ほか に政治 的識見 を具 えた人 をえ らぶ と云 う点 において は 選挙権者の良識 にまつ ほか はない。 この良識 を指導す るものが政党 にほかな らない。政 治良識 とい う点 か らとらえれば

,政

党 は

,政

府 の構 成員 と政策 を制御 しよ うとす る有権者 の組織せ られ た連 合 体 ¢1)と も定義で きるであ ろ う。 一 世紀前迄政党 はその国の内部安定 をおびやかす危 険な存在 として

,弾

圧 されて きたので あ るが 合 衆国その他 の民主主 義国 にお ける事実上 の経験 は政党 が既成 の秩序 を転 覆 させ る意 図 は もたず, 行 政や政策 の改革 を も とめ るために努力 した ことを立証 した。住め更 に

,

政党相互の競争 の過程 に おいて

,そ

れ な くして は

,民

主政治が

,ほ

とん ど存在 しがた くな るよ うな貢献 をな した ことが観察 せ られた。 政党 は選挙民 が効果 的 に行 動 し うるよ うに組織 され

,公

職 の志願者 を推せ んす る機関で あ るとい う結論 は

,こ

こに生ず るので ある。政党 は

,討

,討

論 し

,選

挙運 動 の論 争 において

,選

挙民 の関 心 を うるよ うに

,た

えず努 め

,有

力政党 は公衆 の支持 を失えば公職 を失 うことを知 ってい るか ら, 公 衆の支持 を得 るよ うに

,政

治 を運営 しよ うとす る。 有 力でない政党 は

,政

策 の欠点 を指摘 し

,有

権者が支持を与えて くれ ることを期待 して

,二

者択 ― の提議 をす るのであ る。私 は

,先

,有

権者 は己の意 とす るところに最 も近 かい ものに一票を投 ず る

,と

述 べ たが

,作

用面 か らみれば

,政

党 は

,

このよ うに政治的意見を 同 じくす るか乃至 きわめ て類 似 した ものの集団であ り

,宣

伝 と妥協 によって有権者 の票を獲得 す る作用 を営む もので あ ると も

,定

義で きるで あ ろ う。 政党の制度 と活動 の形式 と範 囲 は

,

その国の憲法 に重大な関係があ る。 普及 した選挙権 (Wide spread sufttage)は 制限選挙 よ り

,は

るか に強力な組織 を必要 とす る。公選 による公務員 の数 がふ えればふえ るほど推せ ん過程 や

,選

挙運動方法 が複雑 にな る。民 主政党制度上 にお け る

,も

っとも い ち じるしい特徴の相異 といえば,英語系国家の二党連合 (biparty System)制 度 と

,

ヨーロ ッパ大 陸 の多数党制 (multiparty systcm)の それであろ う。

e3)各

国の政党制度 は後述 す るとして

,

政党 に近 い存在なが ら性格の異 な るものに圧力団体 が あ るので

,政

党 の性 格 を よ り明確 にす るために蛇 足 なが ら

,

この性質 と作用 に一言ふれてお きたい。 シャ ッ トシユナイダ ー

(E.E.Schattschncidcr)に

よれば

,圧

力団体 とは

,重

要 な公職 の候補者 を指名 した り

,選

挙運 軸を戦 った り

,あ

るいは

,政

治 の完全 な支配 を獲得 しよ うと企 図 した りなど せず に

,あ

る公共政策の採択 および実施 をな し遂 げよ うと企 図 してい る一つ の結社であ り

,特

殊 で 比較的範 囲の制限 された仕事 をな しとげようと

,つ

ま り選ばれ た地点 において政策 に影響 をおよば そ うと努力す るだ けで

,統

治 す る全体 的な権力を獲得 しようと企 図 してい るわ けではないとす る。

置ユ

n&HPmtt dtt

μ

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