地震リスクと意志決定
京都大学大学院 林 康裕 兵庫県南部地震においては、古い木造住宅の倒壊によって多くの人命が失われた。このため、 自治体の地震被害想定では、築30 年以上の古い木造住宅の被害を多く見積もる方法(建築年代で 区分された被害関数)が用いられ、その被害想定結果に基づいて地域防災計画が策定されている。 自ずと、古い木造住宅を危険視する考えが行政にも住民にも植え付けられていっている様に感じ る。兵庫県南部地震後、既に 12 年が経過した。20 年後には兵庫県南部地震を経験した木造住宅 は全て築 30 年以上の古い住宅となってしまう。古い住宅は本当に危険なのか?現時点での新しい 住宅や、古い住宅に施した耐震補強は、地震発生時に本当に有効で安全なのだろうか?そろそろ 地震に対する備え方について、パラダイム・シフトすべき時期に来ている1)のではないだろうか? 日本の住宅の平均寿命は 26~43 年で、人の寿命や地震の再現期間に比べてかなり短い。例えば、 南海トラフにおけるプレート境界型の巨大地震である南海地震や東南海地震の長期予測によれば、 30 年後の発生確率で 50~60%と予想されている。地震発生が 30 年後と仮定すれば、30 年程度し か保たない対策や 30 年程度しか住まない住宅であれば、過疎・高齢化の進む地方の住民が投資す るとは思えない。耐震化を促進するには、まずは、地域が持続発展可能で住宅も長寿命であるこ とが不可欠である。ずっと住んでいたくなる魅力ある地域、古くても使えるすまいや長く使える 地震対策が必要とされている。 一方、再現期間の短く発生が切迫している宮城県沖地震(再現期間は約 37 年)の想定被災地には、 築150年以上の木造住宅も珍しくない。しかし、このような古い住宅は、既に幾度も過去の宮 城県沖地震を経験して耐えている。必ずしも古い住宅が危険とは言えず、実際に、高い耐震性能 を有する古い住宅も多いことも分かってきた1,2)。地震リスク分析とは、将来発生する可能性のあ る大地震が、保有資産にもたらす経済的な損失の大きさと、その発生確率を分析することで、地 震に備えて損得勘定を計算して意志決定の根拠付けとしようとすることである。高齢者が自分の 大切な息子や孫の安全のためとはいえ、投資を促進するにはそれなりの投資効果が示される必要 がある。「古い」≠「危険」であるはずなのに、区別ができていない。地震対策を施さなくて良い 古い住宅を速やかに高精度で特定できる技術と、将来の地震発生確率や建物の劣化も見越した対 策の経済的効果を評価する技術3)が必要とされている。 そして、何よりも大切な息子や孫が住み続けたい、そして地震から守りたいと思える地域を作 っていく必要がある。行政的な支援も、「耐震化」だけでなく「持続性」へと方向を変えるべき時 期に来ていると考えている。 [参考文献] 1) 林康裕:木造住宅の地震被害率と建築年代の関係に関する考察-兵庫県南部地震と鳥取県西 部地震の被害経験を踏まえて-, 日本建築学会 総合論文誌, No.2, pp.71-75, 2004.2. 2) 清水秀丸, 林康裕, 鈴木祥之, 斎藤幸雄, 後藤正美:2003 年7月 26 日宮城県北部の地震による 被災木造住宅の構造的特徴と耐震性能, 日本建築学会構造系論文集, No.598, pp.43-49, 2005.12. 3) 林康裕, 更谷安紀子, 森井雄史:木造住宅の経年劣化と地域地震環境を考慮した地震時損傷度地震
地震
リスクと意思決定
リスクと意思決定
京都大学大学院・教授 京都大学大学院・教授 林 林 康裕康裕揺れによる被害推定法の課題
揺れによる被害推定法の課題
推定地震動(震度) 建物被害 震度と被害率の関係 構造別(木造・非木造) 建築年次別(3区分) 震度6強で老朽建物が 最大16~14万棟全壊揺れによる被害推定法
揺れによる被害推定法
震度 木造全壊率 新 中 旧 10% 50% 70% 6.4地域の特徴と災害の特性
地域の特徴と災害の特性
人口密集・高層化 過疎・高齢化 大都市の壊滅的被害(大火災) 新たな災害パターン(帰宅難民) 地域が日常的に抱える課題の深刻化 地域によって被害は異なり、備えも異なる。 首都圏と同じでは地震に対する十分な備えとならない。 Osaka City HAGI TKEHARA 京町家 京町家 伝建地区建物 伝建地区建物 密集市街地 密集市街地 ISE & Owase阪神・淡路大震災の経験は普遍的? 阪神・淡路大震災の経験は普遍的? 阪神・淡路大震災の倒壊住宅
建築年次別の被害と今後
建築年次別の被害と今後
~ S37 S38 ~ S55 S56 ~ H7 ~ 33 32 ~ 15 14 ~ 0 2007 (現在) ~ 45 44 ~ 27 26 ~ 12 2022 (15年度) ~ 60 59 ~ 42 41 27 2037 (30年後) ~ 75 74 ~ 57 56 ~ 42 (新) (旧) (中) 1995 ~ ~ ~ 何年に発生する地震に備えようとするのか? 直下地震の再現期間と木造住宅の寿命の関係は?0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100% ~25 ~50 ~60 ~70 ~80 ~90 91~ その他 一部損壊 半壊 全壊 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100% -1899 -1925 -1950 -1960 -1970 -1980 1981-一部損壊 半壊 全壊
建設年代別の木造被害率
建設年代別の木造被害率
芦屋市 (兵庫県 南部地震) 日野町 (鳥取県 西部地震) 904 1857 1459 2284 2313 1367 330棟 112 104 70 46 89 122 90棟蟻害・腐朽と構造被害
蟻害・腐朽と構造被害
( 1995兵庫県南部地震:宮野ほか) 建物の維持管理 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 80% 90% 100% 蟻害・腐朽なし 蟻害・腐朽あり 全壊 半壊 軽微 白蟻被害木造住宅と住民の寿命
木造住宅と住民の寿命
日本 アメリカ イギリス 備考 滅失建物の平均年齢 26 44 75 1996年度「建設白書」 サイクル年数 27 103 141 建築ストック総数/年間新築建物数 平均寿命 43 区間残存率推計法(小松2000) 男性の平均寿命 79 75 76 女性の平均寿命 86 80 81 H16年厚生省調べ 0 20 40 60 80 100 120 140 160 日本 アメリカ イギリス 滅失建物の平均年齢 サイクル年数 男性の平均寿命 女性の平均寿命 地震の平均活動間隔 ・宮城県沖地震 約37年 ・南海・東南海地震 約100~150年 ・上町断層帯 4700年 日本の住宅の寿命は、 ・人の寿命 ・地震の再現期間 に比べてかなり短い。 YAS (軽微: 築200以上) YOM (無被害: 築150~200年) YIY (被害中:M37) YSH (軽微:築150年) 矢本町宮城県北部地震
宮城県北部地震
(2003/7/26)
(2003/7/26)
数回の宮城県沖地震 (再現期間約37年) に耐えた古い住宅も 多い。統計的な耐震性能(耐力)のちがい
0 2 4 6 8 10 0 0.2 0.4 0.6 0.8 1 けた行 張り間 密 度関数 Cy (降伏せん断力係数) 和室6帖 和室8帖 和室12帖 茶の間 取次 押入 押入 縁 廊下 押入 押入 床 違棚 床 廊下 通り庭 ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ● ● ▲ 洋間 勝手口 脱衣所 トイレ 台所 和室10帖 和室15帖 和室8帖 和室10帖 和室15帖 玄関 和室17.5帖 京町家 宮城県民家 張間方向 けた行方向 間取り・壁の配置によって、 耐力(降伏せん断力係数) が異なる。 伝統的な木造住宅は、 地域によって異なる。 0 2 4 6 8 10 0 0.2 0.4 0.6 0.8 1 けた行 張り間 密度関 数 Cy (降伏せん断力係数) 京町家 宮城県 民家京町家
京町家
京都駅 京大 吉田C 京大 桂C 樫原断層 桃山断層 黄檗断層 花折断層 宇治川断層 勧修寺断層 琵琶湖 棟数 0 - 250 251 - 500 501 - 750 751 - 1000 1001 -
木造住宅の建築年と分布
木造住宅の建築年と分布
0 2.5 5 10km 1971 -1980 1981--1950 1951 -1970 京町家京町家
京町家
と
と
の変遷
の変遷
((川角他川角他))地震リスクへの備え
リスクへ の備え リスクへ の備え リスクの低減 リスクの低減 リスクの転嫁 リスクの転嫁 リスクの保有 リスクの保有 予防 予防 軽減 軽減 保険・証券化 保険・証券化 自己保険・積立 自己保険・積立 キャプティブ保険 キャプティブ保険 無策 無策 耐震補強 教育・事後対応 被害の可能性を減らす 被害を容認し、損失をカバー 被害を見越した対策 リスクの種類(生命・財産・機能)や程度によって、備えが異なる。 有効でない耐震補強は、自己保険・積立などの機会を阻害する可能性もある。木造住宅の長寿命
木造住宅の長寿命
化
化
• 継承性・持続性の確保 – 地域の風土の文脈と調和した工法等の採用 – 長寿命木造住宅に用いられる技術・技能が継承される仕組みの構築 – 長期間にわたり住宅が機能し続けるための居住面積・居住性能の確保 • 物理的長期耐用性の確保 • 維持保全性・更新の容易性の確保 – 耐用年数の異なる部品・部材同士の独立・分離、接続方法の工夫等 – 一般流通しているもしくは地域で供給可能な部品・部材の活用 – 部材寸法・規格の統一 – 適切な修繕・保守点検計画の策定 – 維持管理等に必要な情報の保存 • 可変性の確保 – 入居世帯の家族構成・生活様式等の変化に伴う使用形態の変更や改修など に容易に対応可能な平面・断面・構造計画等の採用 – 入居世帯の家族構成・生活様式等の変化に柔軟に対応できる間仕切壁等 のインフィルシステム • その他配慮することが望ましい事項 – 住まい手の意識の啓発 – 廃棄物の削減、資源の有効活用 道路に面した開口の多い構面での 大きな残留変形 新潟県中越地震どのような木造住宅が危ない?
どのような木造住宅が危ない?
大阪北浜 京都市伏見区
京都市山科区 京都市伏見区
大阪通天閣
通天閣周辺 伊勢市大湊地区