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<研究ノート>韓国主要大学における経営学研究の現状 : 日韓経営比較の視点から 利用統計を見る

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Academic year: 2021

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状 : 日韓経営比較の視点から

著者

小野 弓郎

著者別名

Ono Yumio

雑誌名

経営論集

34

ページ

163-172

発行年

1990-03-24

URL

http://id.nii.ac.jp/1060/00005731/

Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja

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韓国 主要大学 におけ る経営学 研 究 の現状

日韓 経営比較 の視点 から 小 野 弓 郎 目 次 はじめにI アジアの中の日本文化n 日韓経営比較の視点 Ⅲ 韓国における経営学研究の流れIV 主要大学教員の学位取得状況 おわりに し 163 はじめに1988 年11 月20 日から26 日までわれわれは東洋 大学経営学 部と韓国 の諸 大学'との学術交流 の使命を帯 びて, 次の三大学 の関連学部を訪問 した。 すな わちそれは,国 立釜山(Pusan) 大学 校商科大学,私立高麗(Korea) 大学 校経 営大学, 私立 延世(Yonsei) 大学校経営大学 の三大学 である。なお韓国 の大学 校(University) はわが国 の大学 に, また同 じく大学(College) は学部 に相当 するので, 本稿で は日本の呼称にしたがうことにす る。 これらの三 大学 の各学部 は, それぞれ経営学 への関心 が高 く,後 に取り上 げるように, 特 に高麗大学,延世大学 にあって は, ワ シント ン大学 を中心 と す るアメリカの諸大学との交流 が深く,その影響 の もとで, 韓国で はもっと も早 い時期か ら経営学研究 が行 われ, 今日に至 って いる。我 が国:においても, 経営学研究 に関 して は, アメリカにおける研究成果 の影響を強 く受 けている ことはいうまで もない。 かつて は無邪気な物 まねの時代 といわ れる段階すら あ ったほどであ る。 しかし,韓国 と同 じ東 アジアの,同 じ儒教文化圏に属し ている我 が国 にお いて は,今日で はこの段階を こえ, 世界的 に注目さ れてい る日本的経営 の国 際化 が問 われるまでになってい る。 翻ってみれば,韓半島の古代諸国 は古代中国 の諸国 と共に, 我 が国に様々 な文化をもたらし, 影響を与えて きた。 その意味で はこれら諸国 は我 が国に

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比 べて文化的先進国 であ ったのである。 ところが,経営 ないし経営学研究 に 関しては事情が異な る。 その背景 は, 様々な観点 から検討さ れなけ れば なら ない。 しかし, 本稿 では, 今回 の韓国訪問に際しての若干 の事前・事後学習 の一部を踏 まえながら,日韓両国 の文化交流を概観 し, また, 両国 の経営比 較の視 帽 こ言及 した上で,訪問し た三大学 の経営学研究 の現状 の一端を取 り 上げるにとどめる。 1 アジアの中の日本文化 我 が国の文化 には, 昔 から古代中国諸国 や,韓半島 の諸国 の文化 が強く影 響して きた。そのよ うな事例 の一 つ として, 次の事柄を上げ ることがで きる。 すなわち,886 年に高句麗 が唐と新羅 の連合軍の挾 み撃 ちにあって滅 ぼされ たのであるが, その時 の亡国 の民 が多 数我 が国に渡来 し, 様々な文化を もた らしたのであ る。彼等 が武蔵の国 に定住した地 が今日 の埼玉県 の高麗 に ま) であ ることはよ く知 られてい るとおりであ る。 そこには当時,王 の姓を与え られた若光 の墓であ る高麗王廟かおり, また彼の子孫が代々宮司をつと める 高麗神社 もあ る。 我々の韓 国訪問 に先立 ち,この高麗の郷を たずね, これら の廟や神社を詣でたのであ るが,訪 韓後の今日振り返 って思 い起 こせば, そ こで見 だのは, まさに「高麗 の郷」 その ものであった。 さらにその地に隣接 してて飯能という市があ るが, このハ ンは韓国語で韓を, またノウはナラの 転化即 ち同 じく国を 意味 するとい われてい る。 また, 彼等 がこの東国 の地 に 最初に渡来したのは神奈川県 の大 磯であ るといわれており, ここに も高来神 社かおる。 そして, この オオイソ は韓国語の「いらっし ゃい ませ」とい う意 味であ る。 これらの地方 に対 する彼等 の文化的影響 の大 きさを知 ること がで きよう!)。 近年, 我々の耳 目を集 めている藤の木古墳や高松塚古墳 に対す る彼等 渡来 人の影響がいかに大 きいかということ は現在進行しつつあ る調査 の結果を待 つまで もなく明 らかであ る。 これらの古墳に葬られている人物 が渡来新 羅人 の血を引く物 部氏 の一族 の者 であるとか,渡来百済人 の血を引く蘇我氏 の一 族の者であるとか言 われていたり, 藤の木古墳出土 の馬 具の文様や材質 は高 句麗の流 れを汲む もので あ るな どとい われているが2) こ れらのことも我 が 国に対す る韓半島古代三 国 の影響 の大 きさを物語 るものであ るといえるであ ろう。ここではこのよ うな検討 はこのくらいにして,後 は古代史による研究

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韓国主要大学における経営学研究の現状165 に委 ねる こと と し よ う。 我 々 は, 訪韓 し た際 , い くっ か の博 物 館 や民 俗村 を見 学 し た が, そこ で見 た全 て の文 物, 衣 食 住 あ ら ゆ る面 に わ たる我 が国 と の類 似 性 は 驚 くば か りで あ った。 い う ま で もな く, 我 が国 の ものの ル ーツ が そ こ に あ っ た の で あ る。 こ のよう な事 例 は他 に もい くら で もあ り, まさ に枚 挙 に暇 が な い。 に もかか わ らず, さ ら に もうー つど う し て も付 け加 え てお か な け れば な ら な い ものが あ る。 そ れ は, 朱 子 学 を 中 心 と す る儒 教 が我 が国 の江 戸 時 代 以 降 の思 想 や文 化 に与え た影 響 で あ る。 この様 に みて く ると, 我 が 国, 日 本 と は 何 か, 我 が 国 , 日本 に固 有 の文 化 と は何 な のか と う う疑 問 す ら浮 か ん で 来 る程 であ る。 H 日韓経営比較の視点 しかしながら, ある国,あ るいはその文化を,単純 に他の国, あ るい はそ の文化の延長上 に位置付けるの は正 しくない。国々 はそれぞれ独立し た別個 の国なのであ り, それぞれに固有 の文化かお る。 これを誤 るとがっ ての皇国 史観に基ずく日韓同 祖論 に陥ったり, またその逆 の過 ちを犯 したりす ること になってしまう。上述 のような歴史的経過に もかか わらず我 が国 に も彼の国 に もそれぞ れ固有 の文化 があるのである。 特に日本と韓国 の間 でしばしば生 じるト ラブルは, 互い に一 見して良 く似ておるところに原因 があ るのではな いかと言 われてい る。 歴史や文化だけでなく姿, 形 までよ くて似て いるため につい同じだと思 ってしまい,互いに相手 が外国(人 )であ ることを忘 れ無 理 な要求を して しまう ことがあるか らであ る3)。 互い に外国 は外国 として認 識し,歴史や文 化の相違 を正 しく理解しなければな らない のであ る。 今,経営を このような文化 のサブ システムの一 つとして みれば, 日本の経 営に は際立 った特徴が みられる。世界的にいわゆる日本的 経営 が注目 されて い る所以 であ る。 歴 史的 に海外から多 くの影響を受 けながら も我 が国 にこの 日本的経営 なるものがどのよ うにして形成 されてきたのであろうか? 従来, この問題 は主 として アメリカのマネジメントを意識して, 日米 経営比 較とい う観点 から検討 されて きた。 それらは,文化論的 研究を含 み, そ れに留 まら ずさらに様々 な側面 からなされてきており, その結果, 日 本的経営の特徴を かなり明確に示 す ことと なった。そしてそのこと自体 に対 して は, われわれ もこれを高く評 価す るべきものであ ると考える。 マネ ジメ ント研究 そ れ自体 がアメリカを中心 に生成 し発達 したものであり,我 が国 のそ れもその影響を

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強く受 けているからであ る。 それに対してわれわれ は前述のような歴史的 な係わり合いや,文化的 な大 きな影響を 考慮 して, ア ジアの中 での日本,特 に韓国 との係 わり合いの中で の日本を重 視すこと も大切であ ると考え るのである。かつて は脱 アジアとい うような考え方 も見 られたが, われわれはこれをとらない。韓国人がわ れわ れ日本人 に対して持つマ イナスイメイ ジのなかに,日本人 は「弱い ものに強 く強いものに弱い」 というの があ るとい われている6 政治 や外交, 経済,文 化 など多 くの面 で欧米志向 が強 く, アジアや韓国を放置しがちであることに 対 する反揆として受 け止 めるべ きであろう4)。 ト 釜山大学 の呉鐘錫教授 は韓 日経営比較 の必要性に付き次 のように述 べてい る。 まず第一 に, 全ての点て全 く異 なる文化圏の比較より,等 しい文化圏 に 属 し,地理的 にも歴史的に も密接 な関係 にあ る日本と韓国という相互にか な り共通性を有す る国同士の比較 のほうが差異を はっきり浮 き立 たせてく れる か らであ る5)。また,第二 に,日本 は明治維新以後 の工業化以来蓄積された豊 富な経 験を もち,戦後 アメ リカか ら経営方法を学 び, さらに日本独自の経営 風土 のうえに経 験と知識を積 み重 ね独自の経営方式 を開発している6 これは 韓国企業にとって大いに参考にな るからであ る6)。第一 の点 こそ,まさにわれ われがここで日韓経営比 較を試 みようとする視 点に他 ならない。 また,第二 の点 もわれわれが アメ リカや韓国 だけでなくそれ以外 の多くの国 々からも学 ぶべきことがいかに大 きい かということを示唆している。 アジアの諸国とくに韓国 の歴史 や文化 の影響の もとで,上述 のマネジメ ン ト がどのように我 が国 に導入さ れて きたのであろうか。 ここにたん なる日米 経営比較 に留まらず, そ れを も踏 まえ た上での日韓経営比較 の意義 があるの である。 日本的経営と韓国 的経 営と は,ど こが同 じでどこが違うのか, また それは何故 なのか, こ れが問題で あ る。 しか も, この問 題を取り上 げるに際 していわゆる文化論的比較 も必 要であ るが, それに留 まらず, 両者 の実態 の 比較 もまた必要である。 Ⅲ韓国 における経営学研究の流 れ 韓国 にお ける経営学研究 の歴史 は, それ程長い もので はない。 呉教授 はそ の流れについて,次 のよ うに述 べてい る7)。 いわゆる韓国動乱(1950 ∼53 )以後,アメリカの経済援助 により韓国の経

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韓国主要大学における経営学研究の現状167 済再建が進められた。 それにつ れて, 経営 の合理化,科学化 が指向さ れ, 伝 統 や経験による経営方式に替え て, アメリカや日本 の経験と理論が実務界や 学 界に導入さ れるようになった。 すなわぢ,1955 年 には,高麗大学,延世大 学 などに経営学部 (科)が設立さ れて,主と して アメリカの経営理論 と技法 を導入したのである。 とくに上記両 大学と, ワ シント ン大学との間 に経営 教 育 援助計画が57 年 に結ばれ教授交換, 経営図 書導入, 視聴覚機 器導入などが おこなわれ,経営教育方 法ならびに経営技法 が紹介された。これらは,60 年 代 の初めまで行なわれた。また,58 年 には高麗大学に企業経営研究所,延世 大学 に産業 経営研究所が設置さ れ, 西欧経営理論紹介 のため著名 な経営関 係 者を招いたり, その著書や論述 を韓国 語に翻訳 したり した。 また同年,両 大 学 とワシントン大学 の共同主 催により,経営実務研究会が開 催され,重要産 業 に属する企業のトップ・ マネジメ ントや中堅幹部教育 が行 なわれた。さ ら に延 世・ ワシント ン両大学共同主 催 による経営学科教科課程研 究会 が62 年 に行 われ, 全国 の経営学関係教授が集 まり, 過去5 ヶ年 の再検討や それ以後 の改善策の協議 が行われた。 以上が韓国 における経営研究 の流 れに関 する呉教授 の所論 であるが, これ によれば,韓国 の経営並 びに経営学研究に アメリカ特にワ シント ン大学 にお け るそ れらが大 いに影響してい ることが示 さ れている。 われわれが訪問した 高麗大学, 延世大学ならびに釜山大学 において も,教授 たちは異口同音に, これを強調し, また現在 も学部卒業生 の多 くが アメリカの大学 院に進学して いると述べて いた。そして,その背景 として考え られる事 はい くつかあ るが, そのうち もっと も根本的なもの の一つと し挙げ られるべきであ ると考え られ るのは,韓国企業 の急成長であろ う。 即ち, 現在 の韓国 の大企業 は,周知 の ように,財閥を形成してい るが, こ れらのほとんど全て は,極めて短期間に 小 規模企業 から,今日の大企業 へと成長 していったものである。 しかし, こ の大企業 の経営者 は, 創業者であ ったり, その後継者の多 く もその血縁者や 地縁者であ ったり しているのが実情であ る。 そうす ると,彼等を支えてこの 大企業 を円滑 に経営し,管理していく人材が多量 に必要になる。 そこでこの ような能力を身 につけるためには,韓 国の一流大学 の経営学部(科)を卒業 し さらにアメリカの大学 院で経営理論 や経営技法を学ぶことが必要 になっ てくる。 また, そうす ることが, 彼等 の立身出世 の道 につながる ものでもあ る。

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このようにして, 韓国で は,日本を遥 かに上回 る急 激な経済成長 の結果, 固有 の経営方式 や, それを担う人材を自らの手で創り出 す余 裕 もないままに アメリカの経営方式 を導入 し, また, アメリカの人材 育成 に頼 らざ るを得な かったのである。 こ のことは,単 なる需要と供給 の関 係 からだけで生まれた ものではない。 その もう一つの要因 として,韓国人 と アメリカ人 の国民性 の 類以を挙げ ること がで きる。 すな わち,韓国人 は一 般 に個 吐的で,自己主張 が強く, 合理性を重視する。 それに対 して日本人 は, 集団的 で,暗黙の了解 に依存し, 感情や温情の側面を重視す る傾向にあるとい われてい る。 その意 味で は,韓国人 は日本人より もいわゆる欧米型 に近 いと もい われている。 な お,個人 ないし個人主義 の考え方や,内容につ いて は韓国 の場 合と,欧米, 特 にアメリカの場合とで は必ずし も同 じではない が, この点 の吟味 について はここで は触 れないこととす る。 IV 主要大学教員 の学位取得状況 これまで にみて きたように,韓国では, 企業 の, したがって経 済の急成長 の結果, マ ネジメント能力を身につけた人材 が必要と なって きた。 そしてこ の必要性は, マ ネジメ ント研究の先進国であり, ま た, 国民 性にあ る種 の類 似性を持つ アメ リカに学ぶ ことによって満 たさ れて きたのであ る。 そしてそ れらの留学生 のうち特 に優秀 な者 はアメリカで学 位を取得 し, 帰国後,大学 や大学院の教員 に就任し,研究,教育 に従事す ることになる。 そして彼等 の もとで育 て られた学 生たち もまた,同様にアメリカ指向型 のマネ ジメントを 学習するということが繰り返され, 定着していくのであ る。 そ こで次に韓国 の主 要大学 の教員 の学位取得状況を概観することにしよう。 われわれが訪問 した釜山大学, 高麗大学,延世大学 の経営学関 係学部ない し学科所属の全 教員 の学 位取得状況を見 ると,表1 ∼3 のとうりであ る8)。な お, ここで経営学 関係とい うのは, 釜山大学 の場合Manegement, 高麗大 学,延世大学 の場合BusinessAdministration とい う名称の もとに属してい るものを意味してい る。 また,釜山大学 の場合, 資料に学 位取 得年 次が記載 されていな かった。 これらの表は,一 部に不明な個所 もあ るが,全体的 に みて,各大学の教員 が, どこの大学で, どのような学位を, 何年 に(釜山大学を除O 取得した かを示 すものであ る。 犬

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韓国 主要大学 にお ける経営学研究の現状169 表1 教 員 の 学 位 取 得 状 況 ( 釜 山 大 学 ) 学位取得大学 学 位 人 数 Pusan Ph.D. 3 Kyungbuk Ph.D. 3 KoreanFisheries Ph.D. 1 Osaka Ph.D. 1 Boston M.B.A. 1 Washington Ph.D. 1 表2 教員 の 学 位 取 得 状 況 ( 高 麗 大 学 ) 学位取得大学 学 位 取得年次(人数) Korea ‘D.Econ. 60,74,75(3) Korea Hon.D. 85 Osaka Dip. 43 California Ph.D. 60 Columbia Ph.D. 82 Harvard Ph.D. 67 Houston Ph.D. 80 Houston M.A.S. 70 Illinois Ph.D. 80 Indiana D.B.A. 76 Indiana Ph.D. 80 Michigan Ph.D. 76 Minesota Ph.D. 83 Ohiostate Ph.D. 83(2) Pennsylvania Ph.D. 81 Washington D.B.A. 64 Koln Dr. 61,64

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表3 教 員 の 学 位 取 得 状 況 ( 延 世 大 学 ) 学位取得大学 学 位 取得年次(人数) Yonsei D.Econ. 71,72 Pusan D.Econ. 72 Georgia Ph.D. 74 Indiana D.B.A. 82 Illinois ∼ Ph.D. 77 Illinois M.A.S. 68 Michigan Ph.D. 76 N.Y.U. Ph.D. 84 NorthWestern Ph.D. 75,79 Pittsburgh Ph.D. 82 St.Gallen D.Econ. 79 Tennessee D.B.A. 81 Washington D.B.A. 63(2),64,67 Washington Ph.D. 75 WhartonSchoolofU.ofPennsylvaniaPh.D. 84 これらの表 からまず読 み取 れることは,全 体的に みて, アメリカの諸大学 においで学 位を取 得してい るケースが多数を占 めていることである。 すなわ ち,対象教員 合計53 名中,韓国内の大学で学位を取得 した ものは16 名 にす ぎず,あとの37 名 のうち,日本の2 名(大阪2 名, うち1 名 は1943 年, つ まり第二次大戦中 のい わゆる植民地時代),ドイ ツの2 名(ケル ン2 名)をの ぞく32 名 がアメ リカで学位 を取得して いる。そのうちで も,ワ シント ン大学 の7 名,とくに延世大学 におけ る5 名が目を引 くが, このこと は, 前述 の呉 教授の所論 にもみ られるように,韓国の経営学 研究 の経緯を反映 するものと いえよう。 また, 韓国内で の大学での学位取 得者 について は,上記三大学 で の取 得者 が合 計12 名 と多 い の は当 然 であ るが, そ れ以 外 で は, 国立 慶北 (Kyungbuk )大学 の3 名が目につ く。なお,ここでは表示 しなかったが,釜

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山大学の会計学科 では, 全員 (6 名, 含む)が国内 で学 位を取得 しており, ル大学であ る。 韓国主要大学における経営学研究の現状171 フル タ イ ム・ イ ン ス ト ラ ク ター1 名 を そ の うち三 名 が慶 北 大 学 , 二 名 が ソ ウ このようにして, われわれが訪問 した三大学, とくに高麗大学,延世大学 においては,経営学関 係の教員のうち, アメリカの大学 で学 位を取得した も のの比率がかなり高 い(全体で53 名中32 名,すな わち ほぼ60 %, 高麗大学, 延世大学 に限定す れば43 名中30 名,すなわちほぼ70 %)ことが分かる。韓 国 における経営学 研究に対して アメリカの研究成果 が及 ぼす影響 の大 きさを 示す一つの具体 例といえるであろう。 もちろん√この例だけで全体を推測す ることは危険 であ るが, 前述のように, 韓国における経営 学研究を代表する 高麗大学, 延世大学を含 むこの数字 は,韓国にお ける経営学研 究の現状を象 徴的 に示してい ると見 ることがで きよう。事例の数を無視 することは決して できないが, 代表的 な事例によ って1 う の特徴を見いだす こと もまた有意義 であ ると言え るであ ろう。 お わり に 以 上 にお い て , 呉 教 授 のい う等 しい文 化 圏 に 属 し, 地 理 的 に も歴 史 的 に も 密接 な関 係 に あ る, 日 本 と韓 国 とい う相互 にか なり共 通 性 を有 す る二 つ の国 で, しか も同 じ ア メ リカ か ら経 営理 論 と経営 技 法 を学 びな が ら も, そ れぞ れ の現状 が か なり 違 う もの で あ る ことを, 特 に前 者 を中 心 と して 明 ら か にし て き た。 経営 理 論 の研 究 の相 違 はこ い う まで もな く, そ れ ぞ れ の国 の経 営技 法 の相違 の結 果 で あ り, また そ の原 因 で で もあ る。 あ る国 , あ る社 会 に と って ど の ような 経営 技 法 が ふ さ わ し い もの であ るか と い う こ と は, 様 々 な要 因 に よ って規 定 さ れ る。 本 稿 で は, 韓 国 にお け る経 営 研 究 の流 れ と現 状 の一 端 を 報 告 す るこ とを 主 眼 と し た が, 当初 に も述 べ たよ うに, 日 韓 経 営 比 較 を 通 じ て, 日本的 経 営 の特 徴 を 明 らか に し よ うと い う問題 意識 か らす れば, 上 述 の 様 々 な要 因 の分 析, 検討 こ そ が重 要 にな って く るで あ ろ う。 注1 ) これらの事柄については, 次の文献に詳しい。金達寿著『日本の中の朝鮮文化I 』1983, 講談社文庫32 ∼62 ページ。高麗澄雄著『高麗神社と高麗郷』重版増 補1987, 高麗神社社務所。

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2 )3 )4 )5 )6 )7 )8 ) 黒田勝弘著『韓国人の発想』1986, 徳間書店181 ペ ージ参照。 黒田勝弘著『ソウル発これが韓国だ』1985, 講談社3 ページ参照。 黒田著,86,195 ページ参照。 呉鐘錫著『韓国企業 の経営的特質』1983, 千倉書房3 ページ参照。 呉著,前掲書,12 ペ ージ参照。 呉著,前掲書,104 ページ参照。 表1 ∼3 は,それぞれ次の資料に基づいて作成したノPusanNationalUniversityBulletin,1987 ∼88.KoreaUniversityBulletin,1986 ∼88.YonseiUniversityGeneralBulletin,1985 ∼87.

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