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乳熱罹患牛におけるカルシウム治療への反応性と末梢血単核球の遺伝子発現プロファイリング

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Title 乳熱罹患牛におけるカルシウム治療への反応性と末梢血単核球の遺伝子発現プロファイリング( 本文(Fulltext) ) Author(s) 佐々木, 恒弥 Report No.(Doctoral Degree) 博士(獣医学) 甲第415号 Issue Date 2014-03-13 Type 博士論文 Version ETD URL http://hdl.handle.net/20.500.12099/49038 ※この資料の著作権は、各資料の著者・学協会・出版社等に帰属します。

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乳熱罹患牛におけるカルシウム治療への

反応性と末梢血単核球の遺伝子発現

プロファイリング

2013 年

岐阜大学大学院連合獣医学研究科

(岩手大学)

佐々木 恒弥

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1 目次 略語一覧 ... 4 緒言 ... 5 第1章 乳熱罹患牛における2 種類の Ca 製剤による初回治療の反応性に関する 回顧的調査 1-1. 序論 ... 11 1-2. 材料および方法 ... 11 1-2-1. 乳熱罹患牛 ... 11 1-2-2. 初診時の Ca 治療(初回 Ca 治療) ... 12 1-2-3. 乳熱罹患牛の初回 Ca 治療に対する反応性 ... 13 1-2-4. 統計学的解析 ... 13 1-3. 結果 ... 14 1-4. 考察 ... 14 1-5. 小括 ... 17 第2 章 実験的低 Ca 血症モデルならびに乳熱罹患牛における末梢血単核球 (PBMC)の遺伝子発現プロファイリング 2-1. 序論 ... 22 2-2. 材料および方法 ... 23 2-2-1. 実験的低 Ca 血症モデル牛 ... 23

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2 (1) 供試牛 ... 24 (2) EDTA 溶液の調整と投与 ... 24 (3) 採血 ... 25 2-2-2. 乳熱罹患牛 ... 25 (1) 供試牛 ... 25 (2) 採血 ... 26 2-2-3. 血液生化学検査 ... 26 2-2-4. PBMC 分離ならびに RNA 抽出 ... 27 2-2-5. マイクロアレイ解析 ... 28 2-2-6. 定量的 Real-time RT-PCR(qRT-PCR) ... 28 2-2-7. 統計学的解析 ... 29 2-3. 結果 ... 31 2-3-1. EDTA 投与による臨床症状ならびに血漿 Ca 濃度の推移 ... 31 2-3-2. 乳熱罹患牛における個体情報ならびに血漿生化学検査所見 ... 31 2-3-3. PBMC 内の遺伝子発現プロファイリング... 31 (1) 実験的低Ca 血症モデル牛 ... 31 (2) 乳熱罹患牛 ... 32 (3) 実験的低Ca 血症モデルおよび乳熱罹患牛に共通する特異的発現 遺伝子 ... 32 2-3-4. 乳熱罹患牛における qRT-PCR 解析 ... 33 2-4. 考察 ... 33 2-5. 小括 ... 38

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3 総括 ... 54 和文要約 ... 60 英文要約(summary) ... 63 謝辞 ... 66 引用文献 ... 67

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略語一覧

1,25(OH)2D3:1,25-dihydroxyvitamin D3 カルシトリオール

AST:aspartate aminotransferase アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ BUN:blood urea nitrogen 血中尿素窒素

Ca:calcium カルシウム

CK:creatine kinase クレアチンキナーゼ

EDTA:ethylenediaminetetraacetic acid エチレンジアミン四酢酸 EST:expressed sequence tag 発現配列標識

GGT:glutamyl transpeptidase γグルタミン酸トランスフェラーゼ iP:inorganic phosphate 無機リン

LDH:lactate dehydrogenase 乳酸デヒドロゲナーゼ Mg:magnesium マグネシウム

mRNA:messenger ribonucleic acid メッセンジャーRNA P:phosphorus リン

PBMC:peripheral blood mononuclear cell 末梢血単核球 PTH:parathyroid hormone 上皮小体ホルモン

RT-PCR:real-time reverse transcriptase polymerase chain reaction 逆転写 PCR

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5 緒言 乳熱は分娩前後の乳牛に発生する非発熱性の疾患であり,罹患牛は弛緩麻痺を 伴う進行性の神経筋障害,起立不能,循環障害,皮温低下,意識低下ならびに昏 睡等の特徴的な臨床症状を呈する(32,62,72,82)。本疾病は,高産歴および 高泌乳能力を有する乳牛での発症が多い代謝性疾患である(14,33,38,83)。 米国における1970 年代から現在までの乳熱の発生率は 5~10%(14,82)であり, 日本国内でも年間およそ6 万頭が発症している(77)。乳熱への罹患は治療費や泌 乳量の減少による経済的損失を引き起こし(35,88),さらに,その後の胎盤停 滞,乳房炎,ケトーシス,第四胃変位発症のリスク因子でもあるため(4,13), 酪農現場において非常に大きな問題となる疾病である。 Little と Wright(61)によって乳熱罹患牛の血中 Ca 濃度が初めて測定され, 全症例で低Ca 血症が共通して存在することが明らかとなった。その後,Marr ら (68)は乳熱罹患牛において血中 Ca 濃度の低下と臨床症状の重篤度が相関して いることを報告し,Fenwick と Daniel ら(22)は 2 価の陽イオンのキレート剤 である EDTA ナトリウム(Na2EDTA)を静脈内投与した低 Ca 血症の誘発実験

において,血中 Ca 濃度の減少に伴い乳熱と同様の臨床所見が発現することを明 らかにした。こうした知見の積み重ねにより,乳熱の主原因は低Ca 血症であり, その臨床症状の発現には血中 Ca 濃度の低下が強く関わっていると考えられてき た(32,42,79,82)。乳熱の臨床症状は,その重篤度によって 3 段階(ステー ジ1~3)に分類されている(32)。ステージ 1 では,乳牛は起立可能であるが, 後肢を引きずるような軽度の歩様異常があり,食欲は低下し,神経過敏で頭部や 耳介を振り,腹部ならびに腰部の振戦や開口呼吸,呻吟なども認められる。この

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6 時の血中Ca 濃度は 5.5~7.5 mg/dl 程度であり,Ca 治療が実施されない場合,ス テージ2 へと移行する。ステージ 2 では,乳牛は起立不能を発症し,胸骨位にて 頭頸部を肩に乗せる特徴的な姿勢(乳熱姿勢)を呈し,食欲不振,沈鬱,鼻鏡乾 燥,四肢末端冷感ならびに体温の低下(38.0℃以下)が認められる。乳牛は,頻 脈を呈するが,心音は減弱する。血中低 Ca 血症により消化管平滑筋の収縮障害 も生じるため,鼓脹や便秘,肛門括約筋の弛緩が起こる。子宮の収縮も減弱する ため,分娩前であれば難産の原因となり,分娩後であれば胎盤停滞を起こすこと がある。ステージ2 では,Ca 濃度は 3.5 から 6.5mg/dl まで減少している。ステ ージ 3 では,血中 Ca 濃度がさらに低下(2.0mg/dl)する。乳牛は昏睡状態に陥 り,骨格筋の完全な弛緩性麻痺により横臥状態となる。心拍数が120 回/分を超え る場合もあり,心音は極めて微弱となる。速やかに治療が実施されなければ,罹 患牛は数時間以内に意識障害と循環不全により死亡する。 このように生体内Ca の欠乏が乳熱の原因であることから,Ca の静脈内投与が 治療として行われている。Ca を含む輸液剤の投与による治療は 1930 年頃より始 まり,当時は10%塩化カルシウム 30~40ml の静脈内または筋肉内投与による治 療が行われた(73)。しかし,塩化カルシウムは血管外へ漏出した場合に組織の 壊死や脱落が生じることから,組織障害の少ないグルコン酸 Ca の輸液剤を用い た治療法が開発された(90)。その後,長期保存が可能なボログルコン酸 Ca が 開発され(2),現在,ボログルコン酸 Ca は世界中で使用されている乳熱治療用 のCa 製剤の主流となっている。世界各国で乳熱罹患牛に対する有効な Ca 投与量 に関する研究が行われた結果(1,2,16~18),現在では,乳牛の体重 100kg あ たり2g の Ca 投与量(体重 700kg ならば 14g)が推奨されている(31)。また, 臨床現場において,獣医師の判断によってP および Mg を含有する Ca 製剤(31,

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7 32,46,82)や上記推奨量より多い Ca 投与量(16,32)での静脈内投与による 治療が行われることも多いが,これらの治療効果は十分に検討されていない。日 本国内においても,乳熱の治療に使用される Ca 製剤は,成分としてボログルコ ン酸Ca のみを含んだボログルコン酸 Ca 単独製剤の他,これに P および Mg を含 有した混合製剤やグルコースや神経活性化物質を添加した製剤等が市販されてい るが,その効果について十分な科学的根拠のないまま獣医師の裁量によって使用 されているのが現状である。 乳熱罹患牛の多くが初回の Ca 治療に良好な反応を示す一方で,治療に反応せ ずに複数回の治療を必要とする症例も多く,およそ15%の症例が死亡または廃用 の転帰を辿る(32)。治療に対する反応性は治療コストやその後の生産性を左右 するため,乳熱発症時の臨床症状や血液生化学検査所見から Ca 治療への反応性 に影響を与える要因や生物学的指標(バイオマーカー)を探求する研究が多く行 われてきた。Ca 治療への反応性に関連する要因として,直腸温の著しい低下や横 臥姿勢等の重篤な臨床症状を呈する症例では,Ca 治療への反応性が鈍いことが報 告されている(19,20)。また,Ménard と Thompson(70)は乳熱罹患牛の血 液生化学検査所見に着目した調査を行い,初回の Ca 治療後速やかに起立した乳 牛と比較して,初診時に血中iP 濃度が有意に低く,さらに低 Ca 血症の程度が顕 著な症例で治療への反応性が著しく低いことを報告した。また,初回の Ca 治療 の遅れ等によって起立不能時間が延長すると自らの体重負荷によって後躯領域の 神経や筋肉の圧迫による虚血性の運動器損傷(圧挫症候群)が起こり,ダウナー 牛症候群(downer cow syndrome)へと移行するリスクが増大する(11)。その ため,骨格筋損傷を反映する血中の AST,CK あるいは LDH 活性値の著しい増 加を示す乳熱罹患牛では,治療に反応せず,予後不良となることが多い(27,93)。

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8 その他,血中K 濃度の著しい減少(21)や低 Ca 血症によって誘発される顕著な 血清コルチゾール濃度の上昇(94)も,乳熱罹患牛の Ca 治療への反応性を低下 させる要因と考えられている。しかし,こうした乳熱罹患牛の Ca 治療への反応 性を反映する要因やバイオマーカーに関する見解は報告によって異なる場合も多 く,一定の知見が得られているとは言い難い。これは,乳熱が代謝性疾患である ことを勘案すれば,泌乳能力だけでなく,乳牛の飼養管理やそれを取り巻く各種 環境が,乳熱の病態に複雑な影響を与えるためと考えられる。 これまでの乳熱の病態に関する研究の歴史を振り返ると,その病態把握のため のバイオマーカーとして臨床症状や血液生化学検査所見が評価の対象として活用 されてきた。血液生化学検査の最大の利点は材料である血液は臨床現場で採取が 容易であり,日常的に継続的モニタリングが可能であることである。その一方で, 病態の解析のために生体組織や細胞自体を材料とした研究もいくつか報告されて いる。マウスの骨および消化管粘膜や乳牛の消化管粘膜において,Ca 代謝の活性 化に関与する 1,25(OH)2D3受容体の発現は加齢とともに低下することが報告され ている(40)。また,乳牛の消化管において,細胞内 Ca 輸送体の一つである calbindin D9KのmRNA 発現は十二指腸に限局し,その発現量は月齢と負の相関 を示すことが報告されている(97)。しかし,これらの報告ではマウスや非妊娠・ 非泌乳期の乳牛から得られた細胞材料を解析の対象としており,分娩乳牛,まし てや乳熱罹患牛を対象とした報告は皆無である。なお,臨床現場において,生体 の体組織や細胞を採取するためには,生検や部位によっては手術が必要であり, このような侵襲性が高い組織材料の日常的かつ継続的な採取は困難である。その ため,乳熱発症時における細胞レベルでの病態解析は難しく,未開拓な分野と言 える。

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9 近年,分子生物学的手法の発達に伴い,細胞材料における包括的な遺伝子発現 情報の集積が可能となり,細胞の生理的あるいは病的状態と遺伝子発現動態を直 接関連付けて解析する手法である遺伝子発現プロファイリング(gene expression profiling)が普及しつつある。特に,マイクロアレイ法は細胞由来の mRNA の発 現を網羅的に解析する遺伝子発現解析の手法であり,疾病を対象として,1)診断 ならびに予後因子となるバイオマーカーの検索,2)疾病のステージ分類,3)治 療への反応性のモニタリング,ならびに 4)疾病メカニズムの解明に用いられて いる(92)。産業動物の獣医学分野においても,本法は疾病に対する新たなアプロ ーチ方法として病態メカニズムの解明に応用されている(3,48,64,65,75)。 例えば,ケトージス罹患牛に対して肝細胞を標的細胞としたマイクロアレイ法に よる遺伝子発現プロファイリングを行った研究では,コレステロール代謝や脂肪 酸の輸送に関連する遺伝子の発現が低下することが明らかにされた(64)。また, 実験的に黄色ブドウ球菌を感染させた乳房炎誘発牛に対して乳腺細胞を標的細胞 として遺伝子発現プロファイリングを行った研究では,炎症性サイトカインをコ ードする遺伝子発現量が経時的に増加することが報告された(65)こうした研究 は,疾病に関連する臓器の遺伝子発現解析が疾病の病態メカニズムの解明に有用 であることを示唆している。しかし,細胞内遺伝子発現を疾病のバイオマーカー として臨床応用するには,前記の通り,生体組織の細胞を解析の対象とするため, 採材時の高い侵襲性と日常的・継時的採取が困難である点を解決しなければなら ない。近年,このような問題点を回避できるとして,末梢血白血球を標的細胞と した研究が開始されている。特に,ウシの疾病において,乳牛の跛行(3), ブリ スケット病(75)ならびに黒毛和牛の虚弱子牛症候群(48)に関して白血球中遺 伝子発現の網羅的解析が行われ,各疾病に特異的な発現動態を示す疾病関連候補

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10 遺伝子が抽出され,疾病の診断や病態把握に臨床応用可能なバイオマーカーとし て期待されている。一方,分娩前後乳牛の末梢血単核球(PBMC)内の小胞体か らの Ca 放出量を継時的に解析した研究では,乳熱罹患牛では健常分娩牛と比較 して細胞内のCa2+貯蔵量が低く,この細胞内Ca2+貯蔵量の低下は乳熱発症時の血 中 Ca 濃度の低下に先駆けて分娩前から生じることが明らかにされた(53)。細 胞内Ca2+はセカンドメッセンジャーとして,遺伝子発現,アポトーシス,細胞接 着,細胞遊走ならびに細胞増殖などの様々な細胞機能の調節に重要な役割を果た している(39,96)したがって,末梢血白血球を利用した細胞内の遺伝子発現プ ロファイリングは,乳熱の診断や病態解析のための新たなバイオマーカーを抽出 できる可能性があるため,今回,低 Ca 血症ならびに乳熱の状態下の乳牛におけ るPBMC 内の遺伝子発現動態を解析することが必要であると考えた。 本学位論文では,今なお未解決な課題が少なくない低 Ca 血症ならびに乳熱の 病態を再検証することを目的として,以下の研究を行った。第 1 章では,診療記 録の回顧的調査を行い,乳熱罹患牛における初回の Ca 治療に対する反応性を検 証するとともに,従前からの病態と予後判断のバイオマーカーである臨床症状お よび血液生化学検査所見との関係について検討した。第 2 章では,実験的低 Ca 血症モデル牛ならびに乳熱罹患牛を対象として PBMC の遺伝子発現プロファイ リングを行い,乳熱の診断および病態解析のためのバイオマーカーの抽出を試み た。

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11 第1章 乳熱罹患牛における2 種類の Ca 製剤による初回治療の 反応性に関する回顧的調査 1-1.序論 分娩後の急激な生体内 Ca の欠乏が乳熱の主原因と考えられていることから, 古くより治療としてCa 製剤の静脈内投与が実施されてきた(32,46,80,82)。 現在,治療用のCa 製剤として,25%ボログルコン酸 Ca 製剤 500mL(Ca として 8~12g を含有)が広く普及している(31,80,82)。また,臨床現場において, P および Mg を含有する Ca 製剤(31,32,46,82)や Ca 投与量を増量した場 合(16,32)の静脈内投与による治療がしばしば実施されているが,これらの治 療法による治療効果は十分に検討されていない。我が国において,乳熱罹患牛の 治療に用いられているCa 製剤として,ボログルコン酸 Ca の単独製剤ならびに P と Mg を含有するボログルコン酸 Ca の混合製剤の 2 種類が広く普及しているが, これら異なる組成の Ca 製剤の治療効果に関する科学的知見は乏しいのが現状で ある。本章では,岩手県北部を診療地域とする産業動物診療施設における診療記 録の回顧的調査から乳熱罹患牛を抽出し,国内で普及する 2 種類の Ca 製剤の初 回治療に対する治療効果を検証することを目的とした。 1-2.材料および方法 1-2-1.乳熱罹患牛 岩手県内を診療地域とするいわて総合動物病院の過去 4 年間(2007~2010)の診 療記録を参照し,乳熱罹患牛の抽出を行った。分娩後 1 週間以内に食欲不振,歩

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12 様蹌踉あるいは起立不能を呈しCa 剤による治療を受けた症例は,43 牧場で 187 症例であった。乳熱の診断基準は,初診時における乳熱に特徴的な臨床症状なら びに初回治療前の血清 Ca 濃度とした。すなわち,臨床症状として,起立不能, 食欲不振,四肢冷感,尾力低下,頻脈(>80 回/分),呼吸促迫(>36 回/分),低 体温(<38.0℃),昏睡(32,46,80,82)の 8 つの乳熱症状を診断基準として 用いた。低Ca 血症の基準は,初回治療直前の血清 Ca 濃度が 7.0mg/dl 未満の場 合とした(79)。この診断基準を適用した場合,187 症例のうち血清 Ca 濃度が 7.0mg/dl 以上であった 42 症例は,低 Ca 血症以外の原因によると判断し,解析対 象から除外した。また,初診時において併発症(乳房炎,胎盤停滞,ケトージス, 第四胃変位,分娩に伴う筋肉あるいは神経の障害)が確認された症例や発症から 初回治療まで12 時間以上経過していた症例(計 81 例)は,今回の調査から除外 した。最終的に,分娩後 4 日以内に,併発症を伴わず,中等度から重度の低 Ca 血症を呈した乳熱罹患牛64 症例(33 牧場)の臨床記録を解析に供した。 1-2-2.初診時の Ca 治療(初回 Ca 治療) 64 症例は,初診時の Ca 治療で用いられた Ca 製剤によって 2 群に分類された。 すなわち,ボログルコン酸Ca の単独製剤(グルカ注:共立製薬, 東京, 日本)500ml (Ca として 10.5g)が静脈内投与された乳牛を単独製剤治療群(Group A; n=32) とし,ボログルコン酸Ca に加えて P および Mg の供給源としてそれぞれグリセ ロリン酸Ca および塩化 Mg(MgCl2)を含有したボログルコン酸Ca の混合製剤

(ニューグロンプラス:共立製薬, 東京, 日本)500ml(Ca として 12.4g,P とし て1.5g,Mg として 2.6g)は静脈内投与された乳牛を混合製剤治療群(Group B; n=32)とした。本診療所では,Ca 製剤の選択は獣医師の裁量に任され,Ca 製剤

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13 の投与速度は50ml/分に統一されていた。 1-2-3.乳熱罹患牛の Ca 治療に対する反応性 乳熱罹患牛64 症例の Ca 治療に対する反応性を,治療後の起立不能の改善状況 を基準として,3 つのカテゴリーに分類した。すなわち,初回治療に良好な反応 を示し,治療後 1 日以内に起立した場合(immediate response),起立までに複 数日,複数回の治療を実施した場合(delayed response),治療に反応せず死亡・ 廃用になった場合(non-response)とした。 1-2-4.統計学的解析 統計学的解析には,臨床情報として年齢,分娩後発症日数および臨床症状スコ ア(乳熱の診断基準として用いた 8 つの臨床症状のうち,初診時に確認された臨 床症状の総数)の3 項目,血清生化学検査所見として初診時の Ca,iP,Mg,AST の各項目を供した。なお,臨床症状スコアおよび血清生化学検査所見は,初回Ca 治療直前の身体検査および採取血液によるものを使用した。各数値データは平均 ±標準偏差で示した。初回Ca 治療の種類(Group A および B)に関する群内の Ca 治療への反応性(immediate response,delayed response および non-response) の各カテゴリー間(群内比較)の各数値データの比較には,Kruskal-Wallis 検定 およびDunn 多重比較法を用いた。Ca 治療への反応性が同一である各カテゴリー のCa 治療群間(群間比較)の比較には,Mann-Whitney 順位和検定を用いた。2 種類のCa 治療(Group A および B)の治療効果は,各反応性(immediate response, delayed response および non-response)を示した頭数によってカイ 2 乗検定を用 いて解析した。いずれの検定においても,危険率5%未満(P < 0.05)の場合に有

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意差ありと判定した。全ての統計解析には,Sigmaplot® ver.12.0(Systat Software Inc., San Jose, CA, USA)を使用した。

1-3.結果 64 症例中 6 症例(9.4%)は低 Ca 血症のみを呈し,残り 58 症例(90.6%)は 低Ca 血症(<7.0mg/dl)と低 P 血症(<4.0mg/dl)(6)を併発していた。全ての 乳熱罹患牛において低 Mg 血症は認められなかった。治療への反応性に関する各 カテゴリーにおける年齢,分娩後発症日数および臨床スコアには,初回 Ca 治療 の種類の群内および群間比較において有意差は認められなかった(Table.1-1)。 同様に,血清生化学検査所見においても,血清Ca(4.1±1.3~5.2±1.5 mg/dl), iP(1.7±0.9~3.0±2.1 mg/dl),Mg 濃度(2.1±0.5~2.5±0.4 mg/dl)ならびに 血清AST 活性値(61.7±23.1~83.4±50.3 U/l)には有意差は認められなかった (Figure.1-1)。 初回Ca 治療に各 Ca 製剤を用いた場合の治療効果は,Group A(n=32)では immediate response 9 例(28.1%),delayed response15 例(46.9%),non-response 8 例(25.0%)であり,Group B(n=32)では immediate response10 例(31.2%), delayed response 14 例(43.8%),non-response 8 症(25.0%)であった。なお, Group A および B の治療効果の比較では,統計学的差は認められなかった (Table.1-2)。

1-4.考察

産業動物の獣医療では往診が主体のため,血液検査所見を直ちに初回治療に反 映させることが困難であり,臨床症状から適切な診断と治療を行うことが求めら

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15 れる。したがって,臨床症状は初診時の診断と治療方針の決定において重要かつ 唯一の情報となる。一般に,乳熱罹患牛では血中 Ca 濃度低下の程度と臨床症状 の重篤度が相関することが知られている(68)。本研究では,別々の獣医師に診察 された症例であっても一定の評価を可能とするため,乳熱特有の臨床症状のうち 8 症状の総数を臨床スコアとして臨床状態の重篤性の指標に用いた。その結果, Group A および B の間の臨床スコアには有意差はなく,両群における初診時の臨 床状態は同程度であったと考えられた。事実,両群の血清 Ca 濃度も同程度であ った。 乳熱罹患牛に対する初診時に静脈内投与する適正な Ca 投与量に関して,様々 な研究が実施されてきた。北欧諸国で行われた試験では,6,9 および 12g の Ca の静脈内投与では治療効果に差はないことが示された(1)。オーストラリアで実 施された同様の試験では, 7.25~9g が Ca の推奨投与量と報告された(17,18)。 オランダでの試験では,7.4g と 12.3g の Ca 投与量では治療効果に差がないこと が報告された(16)。これらを根拠として,現在,体重 100kg あたり 2g の Ca 投 与量(体重 700kg ならば 14g)が乳熱の治療において推奨されている(31)。本 研究の乳熱罹患牛の治療における Ca 投与量は Group A で 10.5g,Group B で 12.4g であり,いずれも前述の推奨範囲内であった。 本研究では,64 例中 58 例(90.6%)が低 Ca 血症と低 P 血症を併発していたが, 血清 Mg 濃度は正常範囲内(1.8~2.4mg/dl)(30)であった。組織液中の Ca レ ベルの低下は乳熱の基本的な生化学的特徴であるが,低P 血症も乳熱罹患牛の多 くで一般的に認められる血液生化学検査所見である(31,32,79,82)。また, 生体内の Mg 不足は Ca 恒常性の維持機能を減弱させるため,乳熱発症の危険因 子の一つになるとされている(32)。そのため,乳熱の治療において P や Mg を

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16 含有するCa 製剤の静脈内投与を推奨する声もある。しかし,これまで Ca 単独製 剤とP や Mg を含有する Ca 混合製剤との治療効果を比較した研究は決して十分 ではない。本研究において,Ca 単独製剤と Ca 混合性剤の治療効果は同程度であ った。Group B における P の投与量は 1.5g であり,Ca 単独製剤と Ca 混合性剤 の治療効果が同程度であった理由として,本研究で検討した Ca 混合性剤 500ml に含まれているP の量が治療効果の向上を期待できる量ではなかった可能性があ る。しかしながらスイスで行われた乳熱の治療試験では,200~500ml の 10%リ ン酸水素ナトリウム(P として 4~10g)を Ca 単独製剤に併用して静脈内投与し た場合,投与後早期に血中iP 濃度は上昇するが,治療効果は Ca 単独製剤の場合 と同等であった(6)。したがって,低 P 血症を併発した乳熱罹患牛に対する初回 Ca 剤投与において,P の併用が初回治療への反応性を向上させる可能性は低いと 考えられた。一方,乳熱に併発する低 Mg 血症に対する Mg 補充(31,32,46, 82)や Ca 投与後に起こる急激な血中 Ca 濃度の上昇に伴う心筋収縮異常の緩和 (79)を目的として,1.5~4g の MgCl2の併用が推奨されている。Group B にお けるMg 投与量は 2.6g で前述の推奨範囲内であった。したがって,血清 Mg 濃度 が正常範囲内にある乳熱罹患牛に対して,Ca 製剤の投与を急激な血中 Ca 濃度の 上昇を防ぐために50ml/分の速度で投与した場合では,Mg の併用も初回治療への 反応性を向上させる可能性は低いと考えられた。 本研究では,臨床情報ならびに血清生化学検査所見は,いずれも Ca 治療に対 する反応性の違い(immediate response,delayed response および non-response) による差は認められなかった。本研究は過去の臨床記録を基づく回顧的調査であ ったため,検討可能な項目は限定されていた。今後,治療への反応性に影響を与 える要因を詳細に検討するためには,泌乳能力や飼養環境とともに,エネルギー

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17 代謝や運動器損傷の指標となる血液生化学検査項目についての検討が必要と考え られた。また,第 2 病日以降の治療法は症例ごとに治療に用いた Ca 製剤や併用 薬剤が多岐にわたっており十分な解析が不可能であった。今後,複数回の治療を 実施した症例に関して 2 回目以降の治療法と治療効果の検証を行うためには,さ らなる臨床データの集積が必要である。さらに,乳熱の病態や治療に対する反応 性は地域や国ごとに異なる可能性が指摘されている(1)ため,日本国内全体の状 況を把握するためには,複数地域で同様の検証を行う必要がある。 1-5.小括 本章では,乳熱罹患牛に対する初回治療として,日本国内で広く普及している 2 種類の Ca 製剤を用いた場合の治療効果を検証した。過去 4 年間の診療記録より 抽出した64 症例を,初回治療として,ボログルコン酸 Ca の単独製剤 500ml(Ca として10.5g)を静脈内投与された群(Group A; n=32)と P と Mg を含有したボ ログルコン酸Ca 混合製剤 500ml(Ca として 12.4g,P として 1.5g,Mg として 2.6g)を静脈内投与された群(Group B; n=32)に分類した。さらに,これらは 治療に対する反応性によって,治療後 1 日以内に起立した場合(immediate response),起立までに複数日,複数回の治療を実施した場合(delayed response) および治療に反応せず死亡・廃用になった場合(non-response)の 3 つのカテゴ リーに分類された。 64 症例中 6 症例(9.4%)は低 Ca 血症のみを呈し,残り 58 症例(90.6%)は 低Ca 血症(<7.0mg/dl)と低 P 血症(<4.0mg/dl)を併発したが,低 Mg 血症は 全症例で認められなかった。治療への反応性に関する各カテゴリーにおける年齢, 分娩後発症日数および臨床スコアには,初回 Ca 治療の種類の群内および群間比

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18 較において有意差はみられなかった。同様に,血清生化学検査所見においても, 有意差は認められなかった。また,初回 Ca 治療の違いによる治療効果の比較で は,統計学的差は認められなかった。 以上より,乳熱罹患牛に対する初回Ca 治療において,Ca 単独製剤と P と Mg を含有する Ca 混合製剤の静脈内投与の治療効果は同程度であり,臨床的に乳熱 と診断された乳牛への初回治療では,Ca 単独製剤の投与が妥当であると考えられ た。また,治療への反応性は Ca 製剤の選択よりも,症例の病態に依存している 可能性が示唆された。しかし,従前からの病態や予後判断のバイオマーカーであ る臨床症状や血液検査所見から治療への反応性に関する要因を検討したが,いず れも乳熱の病態や予後を判定する事は困難であると考えられた。乳熱の病態や治 療に対する反応性は地域や国ごとに異なる可能性があるため,今後,日本国内全 体の状況を把握するために複数地域で同様の検証を行う必要がある。

(21)

19

Table.1-1. Intra- and inter-group variations of the age, postpartum days of onset and total number of clinical signs among three response categories (immediate, delayed or non-response) after treatment of cows suffering from parturient paresis with 2 types of Ca regimens

*: Before initiation of the first treatment, number of clinical signs out of the total 8 clinical signs; astasia, anorexia, cold extremities, flaccid tail, tachycardia (>80 beats/min), tachypnea (>36 breaths/min), decreased rectal temperature (<38.0°C) and coma, were recorded.

Group A Group B Immediate response (n=9) Delayed response (n=15) Non-response (n=8) Immediate response (n=10) Delayed response (n=14) Non-response (n=8) Age (years) 6.2 ± 1.7 7.1 ± 1.6 6.9 ± 1.8 6.8 ± 1.7 6.6 ± 1.6 6.6 ± 1.4 Postpartum days of onset (days) 1.2 ± 1.4 0.6 ± 1.1 0.4 ± 0.5 0.7 ± 1.2 0.4 ± 0.5 0.4 ± 0.7 Total number of clinical signs* 3.0 ± 0.9 3.6 ± 1.1 3.8 ± 1.3 3.2 ± 0.8 3.3 ± 1.0 4.3 ± 1.0

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Table.1-2. Comparison among the responses (immediate, delayed, or non-response) after treatment of cows suffering from parturient paresis with two types of Ca regimens

Groups * n Responses

Immediate Delayed Non-response A 32 9 (28.1 %) 15 (46.9 %) 8 (25.0 %) B 32 10 (31.2 %) 14 (43.8 %) 8 (25.0 %) Total 64 19 (29.7 %) 29 (45.3 %) 16 (25.0 %)

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21

Figure.1-1. Intra- and inter-group variations of serum levels of calcium (Ca), inorganic phosphorus (iP), magnesium (Mg) and aspartate aminotransferase (AST) among the responses (immediate, delayed or non-response) after treatment of cows suffering from parturient paresis with two types of Ca regimen.

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22 第2 章 実験的低Ca 血症モデル牛ならびに乳熱罹患牛における末梢血単核球(PBMC) の遺伝子発現プロファイリング 2-1.序論 乳熱罹患牛における特徴的な臨床症状として,弛緩麻痺を伴う進行性の神経筋 障害,起立不能,循環障害,皮温低下,意識低下ならびに昏睡等が挙げられる(32)。 乳熱では低Ca 血症が血液生化学所見の特徴であり,低 Ca 血症の程度は臨床症状 の重症度に関係すると考えられている(32,68)。このように乳熱の発生と低 Ca 血症とは密接な関係を有することから,これまで多くの研究が分娩前後の Ca 動 態に注目してきた。さらに,Ca 代謝との調節に関係が深い P,Mg,PTH,1,25 (OH)2D3,カルシトニンならびに各種骨代謝マーカー等の血液生化学項目も, Ca 恒常性や乳熱の病態生理を理解するために測定されてきた(51,56,57,82)。 また,乳熱発症時の臨床症状や血液生化学検査所見から Ca 治療への反応性に影 響を与える要因や生物学的指標(バイオマーカー)を探求する研究が多く行われ てきた(11,19~21,27,70,94)。しかし,こうした乳熱罹患牛の Ca 治療へ の反応性を反映する要因やバイオマーカーに関する見解は報告によって異なる場 合も多く,一定の知見が得られているとは言い難い。第 1 章の疫学的研究におい て,乳熱罹患牛の年齢や臨床症状,血液生化学検査所見では治療への反応性に関 連する因子を特定することは出来なかった。したがって,従来の臨床症状や血液 生化学解析とは異なる,新たな視点から乳熱病態を検証する必要があると考えた。 近年,マイクロアレイ法は,数千,数万単位の遺伝子発現量の同時解析やヒト および動物の各種疾患における分子メカニズムの解明のための有用な技術として

(25)

23 普及しつつある。ウシにおいて,マイクロアレイはケトージス(64),乳房炎(65) や蹄病(3),ブリスケット病(75)あるいは子牛の発育障害(48)に対する分子 ゲノム解析の手法として利用されてきた。多くの研究において,マイクロアレイ 法は肝臓,腎臓,腸管,乳腺あるいはリンパ節等の体組織の細胞を対象とした解 析に応用されてきたが,近年,病態生理の状態を反映するバイオマーカー遺伝子 の同定を目的として血液中の白血球を対象とした研究も開始されている(3,48, 75)。この分野の研究は未だ発展途上の段階であるが,遺伝子によるバイオマーカ ーは従来のタンパク質や生化学的バイオマーカーでは達成できない高い精度で疾 病の予後診断や病態生理について包括的な観点を供給できる可能性がある(29)。 加えて,血液のように臨床的に採取可能な組織を用いた分子診断技術は,動物の 疾病状態の評価に有効と考えられる(3)。なお,現時点において,乳熱を発症し た低 Ca 血症乳牛の白血球を用いたマイクロアレイによる遺伝子発現の網羅的解 析を行った報告は知られていない。 本章では,実験的低Ca 血症モデル牛ならびに乳熱罹患牛から採取した PBMC について,オリゴマイクロアレイ解析を実施した。さらに,実験的低 Ca 血症モ デル牛と乳熱罹患牛に共通して発現量の変動が認められた遺伝子について,定量 的Real-time RT-PCR(qRT-PCR)による定量解析を行った。本章の目的は,PBMC のマイクロアレイによる遺伝子発現プロファイリングによって,乳熱および低Ca 血症の病態に関わるバイオマーカーになりえる遺伝子を同定することである。 2-2.材料および方法 2-2-1.実験的低 Ca 血症モデル牛 実験的低 Ca 血症モデル牛は,過去に多くの実験で乳熱病態モデルとして用い

(26)

24

られている(23,49,69),エチレンジアミン四酢酸ナトリウム(Na2EDTA)の

静脈内投与(Hypocalcemic treatment)によって作製した。また,対照群として, 血中Ca 濃度に影響を与えない EDTA である EDTA カルシウム(CaEDTA)の静 脈内投与(Control treatment)を行った。 (1) 供試牛 非妊娠,非泌乳,卵巣除去済ホルスタイン種雌4 頭(6.3-8.3 歳,体重 520- 665kg)を実験に供した。性ステロイドホルモンの Ca 代謝への影響(15)を除外 するために,3 ヵ月以上前に開腹手術によって両側卵巣を摘出した。また,供試 牛は試験4 週前より独房内にて飼育し,実験期間を通じて乾草 5kg および濃厚飼 料0.5kg の朝晩給与と自由飲水とした。 (2) EDTA 溶液の調整と投与 Na2EDTA(関東化学株式会社, 東京)100g をエンドトキシン除去後の滅菌水 1,000ml に溶解し,水酸化ナトリウムにて pH7.0 に調整した。同様に,CaEDTA (同仁化学研究所, 熊本)110g をエンドトキシン除去後の滅菌水 1,000ml に溶解 し,塩酸にてpH7.0 に調整した。調整後の溶液は,0.2μm フィルター(Sterifix; Forte Grow Medical, 栃木)にて濾過滅菌し,滅菌ボトルに注入した。

各 EDTA 溶液の投与は,2 週間間隔の 2×2 のクロスオーバーデザインで実施 した。EDTA 溶液の投与と頻回採血のストレスを軽減するために,投与前日に両 側頚静脈に静脈留置用カテーテル(UK catheter kit, 14G, 30cm, ユニチカ, 大阪, 日本)を留置し,これにエクステンションチューブ(TOP, 東京)を連結して頚 部に固 定した 。過 去 の試験 (49,69)と同様に,供試牛に対し Na2EDTA

(27)

25

(Hypocalcemic treatment ) あ る い は CaEDTA ( Control treatment ) を 0.25mmol/kg/min の速度で 4 時間投与した。Na2EDTA および CaEDTA の投与

中,低Ca 血症に特徴的症状(鼻鏡乾燥,ふらつき,起立不能,第一胃運動減弱, 心拍増加,呼吸数増加,発汗,耳介冷感)について臨床観察を行うとともに,起 立不能を呈した時点で投与を中断し,再起立した時点で投与を再開した。 (3) 採血 採血は,投与開始前(0h),および投与開始後 1,2,3,4,6,8,10,12, 18,24 時間(h)に留置カテーテルより行った。採取血液はヘパリン加採血管(BD Vacutainer, Becton, Dickson and Company, Plymouth, UK)に分注し,直ちに 氷冷後,30 分以内に研究室へ搬送した。全ての採血時間のサンプルについて,全 血漿分離後,血漿Ca 濃度の測定を行った。また,0,4 および 24h の採取血液に ついては,別途,白血球よりPBMC を分離し,RNA を抽出後,PBMC 内遺伝子 発現プロファイリングに供した。 2-2-2.乳熱罹患牛 (1) 供試牛 供試牛として,分娩後 2 日以内に低 Ca 血症に起因する起立不能を呈した乳熱 罹患牛8 頭(5.2-7.2 歳)および健常分娩牛 5 頭(Group C; 5.2-8.7 歳)の計 13 頭のホルスタイン種乳牛を用いた。乳熱の診断基準は,第 1 章と同様,乳熱に 特徴的な臨床症状(87)の観察と初回治療前の血漿 Ca 濃度(7.0 mg/dl 未満)と した。乳熱罹患牛に対する治療として 25%ボログルコン酸 Ca 製剤(ニューグロ ンプラス:共立製薬, 東京)500ml の静脈内投与を行い,治療への反応性から,

(28)

26 初回治療に良好に反応し単回治療によって起立した群(Group A; n=4)ならびに 起立までに複数回の治療を必要とした群(Group B; n=4)の 2 群に分類した。各 供試牛の産歴や分娩後日数は,飼主から情報を得た。 (2) 採血 採血はヘパリン加真空採血管を用いて頚静脈より行った。乳熱罹患牛(Group A および B)では初診時治療前の血液を採取し,健常分娩牛(Group C)では分娩 後 2 日以内に身体検査で異常がないことを確認後,採血を行った。採取血液は速 やかに氷冷し,3 時間以内に研究室へ搬送した。血液は,血液生化学検査ならび に遺伝子発現プロファイリングに供した。 2-2-3.血液生化学検査 採取した血液は遠心分離後(3,000rpm, 15 分),血漿を分離し,測定まで-50℃ で保存した。血漿Ca,無機リン(iP),マグネシウム(Mg),グルコース(Glu), 血中尿素窒素(BUN),総コレステロール(T-cho)濃度ならびに血漿 AST およ びGGT 活性値は,Accute TBA40FR autoanalyser(東芝, 東京)を用いて測定 した。血漿 intact PTH(iPTH)濃度は,エクルーシス®試薬 PTH(ロシュ・ダ

イアグノスティックス株式会社, 東京)を用いて電気化学発光免疫測定法により 測定した(intra-assay CV:2.8%, inter-assay CV:4.5%)。血漿 1,25(OH)2D3

濃度は,1,25(OH)2D RIA キット「TFB」(株式会社テイエフビー, 東京)を用い

てradioimmunoassay(RIA)二抗体法により測定した(intra-assay CV:4.6%, inter-assay CV:11.4%)。

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27

2-2-4.PBMC 分離ならびに RNA 抽出

血液からのPBMC 分離は,Histopaque-1077 (Sigma Diagnostics, St Louis, MO, U.S.A)を用いて比重遠心法(91)にて行った。すなわち,ヘパリン加採血 管にて採血した血液を遠心分離にて血漿を分離後,白血球層であるバッフィーコ ート2ml を滅菌スピッツ管に分取した。これに滅菌生理食塩水 2ml を加え混和し, Histopaque-1077(Sigma Diagnostics, St. Louis, MO, USA)10ml に重層した。室温

で遠心(1,000×g,30 分間)し,上層(血漿),中間層(白血球単核球細胞)お よび下層(顆粒球および赤血球)の 3 層に分離した。上層をアスピレーターにて 吸引除去後,中間層1,000µl をマイクロチューブに分取し,4℃で 5 分間遠心(1,800 ×g)した。上清を捨て,冷 0.7%塩化アンモニウム液 1ml を加え,氷中に 5 分間 静置後,4℃で 5 分間遠心(1,800×g)した。上清を捨て,滅菌生理食塩水1ml にて白血球を洗浄処理し,4℃で 5 分間遠心(1,800×g)した。最後に,上清を除 去し,滅菌生理食塩水250µl を加えて PBMC の浮遊液とした。 PBMC からの total RNA の抽出は,フェノール・クロロホルム法(54)により 行った。すなわち,上記のPBMC 浮遊液 250µl に TRIzol® Reagent(Invitrogen, Carlsbad, CA, U.S.A)750µl を添加し混和した。次いで,クロロホルム(関東化 学株式会社, 東京)200µl を加えて転倒混和し,3 分間室温に静置後,4℃で 15 分 間遠心(12,000×g)し,RNA を含む水層を分取した。これに 2-プロパノール (和光純薬工業株式会社, 大阪)500µl を加えて撹拌し,10 分間室温に静置した。 4℃で 10 分間遠心(12,000×g)後に上清を除去し,得られた RNA ペレットを 70%エタノールで洗浄後,乾燥させ,50µl の nuclease free water に溶解した。 RNA 濃度の測定には,吸光度計(Nanodrop ND-1000, Thermo Fisher Scientific, Waltham, MA, U.S.A)を用いた。total RNA の品質確認(クオリティチェック)

(30)

28

には,Bioanalyzer 2100(Agilent Technologies, Santa Clara, CA, USA)を使用 した。

2-2-5.マイクロアレイ解析

PBMC 内遺伝子発現の解析には,オリゴマイクロアレイ(Agilent Technologies) 1 色法を用いた(54)。マイクロアレイ実験に適した良質な RNA 検体(RNA Integrity Number;RIN >7.0)について,Quick Amp Labeling Kit(Agilent Technologies)を用いて Cyanine3(Cy3)による蛍光ラベリングした cRNA を合 成し,Gene Expression Hybridization Kit(Agilent Technologies)を用いてハ イブリダイゼーションを行った。マイクロアレイのPlatform は,牛での発現が確 認されている 15,628 遺伝子を搭載した customized bovine oligonucleotide microarray(GPL9284, Agilent technologies)を使用した。ハイブリダイゼーシ ョン後,Gene Expression Wash Pack Kit(Agilent Technologies)を用いて洗浄し, Agilent Microarray Scanner(Agilent Technologies)を用いて読取(スキャン)を 行った。アレイスライド上にスポットされた各遺伝子の蛍光強度は遺伝子発現量 に依存するため,スキャン後の画像データから Feature Extraction ver. 9.1 (Agilent Technologies)を用いて蛍光強度を数値化し,GeneSpring 12.0(Agilent Technologies)を用いて定量的遺伝子発現解析に供した。

2-2-6.定量的 Real-time RT-PCR(qRT-PCR)

マイクロアレイ解析によって検出された乳熱関連候補遺伝子について,乳熱罹 患牛である Group A,B および健常分娩牛である Group C から得られた total RNA を用いて qRT-PCR を実施した。最初に,total RNA(1µg)から ImProm-II

(31)

29

Reverse Transcription System(Promega, WI, USA)を用いて cDNA を合成し た。次に,cDNA 合成物 0.5µl(50 ng/µl),Forward primer 0.5µL(5 µM),Reverse primer 0.5µl(5 µM),Power SYBR® Green PCR Master Mix (Applied

Biosystems)12.5µl および nuclease-free water 11.0µl を混合し,qRT-PCR 反応 液を調整した。遺伝子の増幅はStepOnePlusTM(Applied Biosystems)を用いて,

95℃,10 分のプレインキュベート後,95℃:15 秒,60℃:1 分を 1 サイクルと する40 サイクルで実施した。各遺伝子の発現量は,2−ΔΔCt法(63)を用いて算出

した。内部標準遺伝子は,Robinson ら(86)および Spalenza ら(89)の報告を 参考に,GAPDH を使用した。primer は Primer Express Software(Applied Biosystems, CA, USA)を用いて設計し,primer 配列は Table. 2-1 に示した。

2-2-7.統計学的解析

全ての測定値は平均±標準偏差(SD)で示した。血漿生化学検査成績ならびに 乳熱罹患牛の臨床情報の統計解析には,Sigmaplot® ver.12.0(Systat Software)

を使用した。始めに,各測定値についてKolmogorov-Smirnov 検定を用いた正規 性検定を行った。次いで,実験的低Ca 血症モデル牛における血漿 Ca 濃度の群内 変動の解析には,One-way repeated measures(RM)analysis of variance (ANOVA)法および Dunnett 多重比較法を用いた。また,実験的低 Ca 血症モ デル牛において,血漿 Ca 濃度の同時間における群間比較は,Two-way RM ANOVA (treatment x time)法および Tukey-Kramer 多重比較法により行った。 乳熱罹患牛において,3 群間の群間比較は,正規分布かつ等分散であった場合に はOne-way ANOVA 法および Tukey-Kramer 多重比較法によって,不正規分布 または不等分散であった場合にはKruskal-Wallis 法および Dunn 多重比較法によ

(32)

30

り行った。

マイクロアレイによる遺伝子発現プロファイリングには,GeneSpring 12.0 (Agilent Technologies)および Sigmaplot ver.12.0(Systat software)を使用 した。実験的低 Ca 血症モデル牛における遺伝子発現変動は,投与前(0h)の発 現量に対する各EDTA 製剤投与後(4,24h)の発現量の比を Fold change (FC) 値として算出した。各群における遺伝子発現変動の群内比較には,Friedman repeated measures ANOVA on Ranks 法および Tukey’s HSD 多重比較法を用い た。同一時間における2 群間の群間比較には,Student’s t-test を用いた。乳熱罹 患牛における遺伝子発現変動は,健常分娩牛(Group C)に対する乳熱罹患牛 (Group A および B)の発現量の比を FC 値として算出した。3 群の群間比較は, One-way ANOVA 法および Tukey-Kramer 多重比較法により行った。FC 値の Cut-off 値は,2 倍以上の遺伝子発現量の変化(FC 値≧2.0 または≦0.5)を基準 とした。

乳熱罹患牛における qRT-PCR 成績の統計解析には,Sigmaplot ver. 12.0 (Systat software)を使用した 3 群間の群間比較では,正規分布かつ等分散の場 合にはOne-way ANOVA 法および Tukey-Kramer 多重比較法によって,不正規 分布または不等分散の場合にはKruskal-Wallis 法および Dunn 多重比較法により 解析した。いずれの検定においても,危険率 5%未満(P<0.05)の場合に有意差 ありと判定した。

(33)

31

2-3.結果

2-3-1.実験的低 Ca 血症モデル牛における臨床症状ならびに血漿 Ca 濃度の推 移

Hypocalcemic treatment では Na2EDTA の投与中に全頭で第一胃運動の減少,

鼻鏡乾燥,耳介及び四肢冷感といった低Ca 血症に特徴的な臨床症状が認められ, 投与開始後2.5-4 時間の間で乳牛は起立不能を呈した。Na2EDTA 投与の終了に

よって臨床症状は改善し,8 時間後には全ての臨床症状は消失した。血漿 Ca 濃度 はHypocalcemic treatment において Na2EDTA 投与開始後に速やかに減少し,2

時間後に最低値(3.6±0.4 mg/dl)を示した(Figure. 2-1)。統計学的解析では, 血漿Ca 濃度は 1h から 10h の間で 0h と比較して有意な低値を示した。投与終了 後の血漿Ca 濃度は速やかに上昇し,24 時間後には投与前と同レベルに回復した。 Control treatment では低 Ca 血症に特徴的な臨床症状の発現は認められず,血漿 Ca 濃度にも有意な変動はなかった。 2-3-2.乳熱罹患牛における個体情報ならびに血漿生化学検査所見 健常分娩牛(Group C)と比較し,乳熱罹患牛(Group A および B)の血漿 Ca およびiP 濃度は有意に低値であり,血漿 iPTH 濃度は有意な高値を示した(Table. 2-2)。なお,3 群間の産歴,分娩後日数ならびに他の血漿生化学所見には有意差 は認められなかった。 2-3-3.PBMC 内の遺伝子発現プロファイリング (1) 実験的低 Ca 血症モデル牛 Hypocalcemic treatment において,低 Ca 血症状態であった 4h では血漿 Ca

(34)

32 濃度が正常値であった0h および 24h に比較して,98 遺伝子が mRNA 発現量の 有意な変動(上昇または減少)を示した。一方,Control treatment では,4h あ るいは24h において,0h と比較して,364 遺伝子の mRNA 発現量に有意な変動 が認められた。Hypocalcemic treatment で変動が認められた 98 遺伝子のうち 13 遺伝子はControl treatment でも有意な変動が認められたため,その後の解析対 象から除外した。次いで,残りの85 遺伝子に関して 4h における両群間の発現比 較を行った結果,32 遺伝子が両群間で有意差を示した。以上より,これら 32 遺 伝子を低Ca 血症に対して特異的に発現変化を示す遺伝子と同定した(Table. 2- 3)。 (2) 乳熱罹患牛

Figure. 2-2 に,乳熱罹患牛(Group A および B)ならびに健常分娩牛(Group C)の 3 群間で遺伝子発現に有意差を認めた遺伝子数を示した。Group A および C の比較では 703 遺伝子の遺伝子発現に有意差が認められ,Group B および C の 比較では158 遺伝子に有意差が検出された。これらの遺伝子において,98 の遺伝 子でGroup A と B の両群で Group C との間に遺伝子発現の有意差が認められた (Table. 2-4)。なお,これら 98 遺伝子のうち neuroendocrine secretory protein 55(NESP55)は 3 群間の全てで有意差が認められた唯一の遺伝子であった。

(3) 実験的低 Ca 血症モデルおよび乳熱罹患牛に共通する特異的発現遺伝子 Figure. 2-3 に,実験的低 Ca 血症モデル牛ならびに乳熱罹患牛において特異

的発現を示した遺伝子数を示した。実験的低 Ca 血症モデル牛の試験では

(35)

33

異なり,乳熱罹患牛(Group A および B)では健常分娩牛(Group C)に対して 98 遺伝子が特異的な発現を示した。これらのうち,低 Ca 血症と乳熱の双方に共 通し て 特異的発 現 を 示す遺 伝 子とし て ,protein kinase(cAMP-dependent, catalytic)inhibitor beta(PKIB),DNA-damage-inducible transcript 4(DDIT4), period homolog 1(PER1),NUAK family, SNF1-like kinase, 1(NUAK1)およ びEST(BI537947)が抽出された。

2-3-4.乳熱罹患牛における qRT-PCR 解析

実験的低 Ca 血症モデル牛および乳熱罹患牛に共通する特異的に発現した 5 遺 伝子ならびにNESP55 において qRT-PCR を行ったところ,PKIB,DDIT4,PER1, NUAK1 および BI537947 の各 mRNA 発現量はマイクロアレイ法による遺伝子発 現プロファイリングの成績と一致し,Group A および B では Group C に比較し て有意な高値を示した(Figure. 2-4)。一方,NESP55 は,マイクロアレイ解析 成績と異なり,Group A および B では Group C に比較して有意な低値を示した が,Group A と B の間に有意な差は認められなかった。 2-4.考察 PBMC は健康な成牛の末梢循環白血球の中でも,細胞数が最も多い分画(63~ 70%)である(71)。Kimura ら(53)は乳熱罹患牛では分娩前および低 Ca 血症 の発現以前からPBMC 内の Ca2+貯留量は減少するため,生体内Ca の欠乏による 細胞機能への影響は低 Ca 血症を呈する前に生じると考察した。一方,ラットの 肝細胞を用いた研究では,細胞外Ca 濃度の低下が小胞体からの Ca2+放出を低減 させること(26)が示されており,細胞外液 Ca2+が細胞内シグナル調節を担う細 胞内Ca2+に影響を与える主要因子と考えられている(67)。細胞内 Ca2+はセカン

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34 ドメッセンジャーとして,遺伝子発現,アポトーシス,細胞接着,細胞遊走なら びに細胞増殖などの様々な細胞機能の調節に重要な役割を果たしている(39,96)。 したがって,末梢血白血球を利用した細胞内の遺伝子発現プロファイリングは, 乳熱の診断や病態解析のための新たなバイオマーカーを抽出できる可能性がある。 以上のことから,今回,乳熱の罹患牛におけるPBMC 内の mRNA 発現量変化の 網羅的解析を行った。 本研究の実験的低Ca 血症モデル牛における血漿 Ca 濃度の推移ならびに臨床症 状の発現は過去の Na2EDTA 投与によって作製した低 Ca 血症実験と同様の血中 Ca 濃度の推移ならびに乳熱に特徴的な臨床症状(23,49,69)を示した。Na2EDTA の投与により血中ではCa2+が結合してCaEDTA となり,ほぼ 100%が尿中に排泄 される(49)。本研究では,EDTA 自体の影響を排除して Ca 欠乏の効果を強調す るために,対象処置として CaEDTA を投与した。CaEDTA 投与による血漿 Ca 濃度の変動ならびに低 Ca 血症と関連する臨床症状の発現が認められなかったこ とから,EDTA 自体の影響を排除して,低 Ca 血症に対する PBMC 内の遺伝子発 現の変動を検討する事が可能であったと考えられる。 乳熱罹患牛において低 Ca 血症と低 P 血症の併発は,一般的に認められる血液 生化学所見である(5,6,32,87)。本研究でも,全ての乳熱罹患牛(Group A およびB)で低 Ca 血症(<7.0 mg/dl)と低 P 血症(<4.0mg/dl)の併発が認めら れた。Group A および B における血漿 iPTH 濃度は健常分娩牛(Group C)と比 較して有意に高値を示したが,血漿 1,25(OH)2D3濃度はいずれも 100pg/ml 前後

で3 群での有意差は認められなかった。PTH は血中 Ca 濃度の低下に呼応して血 中へ分泌され(7,44),骨における Ca 吸収と腎近位尿細管における 1,25(OH)2D3

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35 25(OH)2D3濃度は 100pg/µl 以上を示すことが報告されている(41)。本研究の乳 熱罹患牛において,採血が低Ca 血症の発生初期に行われたため,PTH は分泌さ れたが,1, 25(OH)2D3合成の活性化には至っていない段階であったと推定された。 本研究では,実験的低Ca 血症モデル牛ならびに乳熱罹患牛から採取した PBMC の遺伝子発現プロファイリングの結果から,低 Ca 血症と乳熱に特異的な 5 つの 遺伝子(PKIB,DDIT4,PER1,NUAK1,BI537947)が抽出された。qRT-PCR の成績でも,これらの遺伝子は,マイクロアレイ法の結果と一致して,乳熱罹患 牛(Group A および B)において健常分娩牛(Group C)に比較して有意に高い 遺伝子発現量を示した。

PKIB は cAMP 依存性プロテインキナーゼ(PKA)抑制因子の一つである(100)。 白血球の細胞内Ca2+濃度の増加は,小胞体に存在するinositol-1,4,5-triphosphate (IP3)受容体へ IP3 が結合することで,小胞体からの Ca2+放出によって生じる (37,81)。また,リン酸化酵素である PKA による IP3 受容体のリン酸化は,小 胞体からの Ca2+放出を増強する(24)。したがって,乳熱罹患牛における PKIB mRNA 発現量の増加は,低 Ca 血症による PBMC 内の小胞体からの Ca2+ 放出抑 制(53)に関係したことが示唆された。 DDIT4 の発現は,低酸素血症(8)や DNA 損傷(59)といった細胞ストレス 状態において増強される。DDIT4 は mammalian target of rapamycin(mTOR) シグナル伝達経路のストレス誘発性抑制調節因子であり,細胞増殖,成長,エネ ルギー代謝,タンパク質合成,アクチン細胞骨格形成あるいは自食作用を抑制す る(25,60)。PER1 遺伝子は,周期的な細胞増殖や生理学的機能の発現に必要な ため,時計遺伝子とも呼ばれている(28,99)。この 2 つの遺伝子の発現増強に 関して,近年,副腎皮質モルモンとの関連性が報告されている。Wang ら(95)

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は,デキサメサゾンの筋肉内投与によってリンパ系細胞ならびに非リンパ系細胞 におけるDDIT4 mRNA 発現量が増加することを報告した。Nebzydoski ら(74) は,去勢牛へのデキサメサゾンの筋肉内投与によって血漿コルチゾール濃度の上 昇とともに,好中球ならびにリンパ球中のPER1 mRNA 発現が増強したことを報 告した。実験的低 Ca 血症(43)と乳熱(85)に関する研究において,乳牛の血 漿コルチゾール濃度が上昇することが報告されている。したがって,今回,乳熱 罹患牛における DDIT4 ならびに PER1 の遺伝子発現量の増加は,乳熱ならびに 低Ca 血症によるコルチゾール分泌の結果として生じた可能性が示唆された。 NUAK1 は,細胞老化,細胞運動,培養細胞における細胞増殖能,胚発育なら びに腫瘍増殖の調節因子として知られている(45,76,98,101)。ヒトでは, NUAK1 mRNA は心臓,脳,骨格筋,腎臓ならびに卵巣で発現するが,肝臓,膵 臓,肺,あるいは小腸での発現は認められない(KAZUSA DNA Research Institute homepage:http://www.kazusa.or.jp/huge/gfpage/KIAA0537/),近年,ラットの 骨格筋を用いた研究において,NUAK1 はインスリンのシグナル抑制によってグ ルコースの取り込みを抑制する生理機能を有することが報告されている(47)。リ ンパ球では,正常な免疫機能維持のためにグルコースの取り込みが厳しく調節さ れている(66)。乳熱の罹患牛では,低 Ca 血症によるインスリン分泌の低下によ り血糖値の上昇を示すことが知られている(56)。しかし,現時点において,血糖 値やインスリンへの影響を伴う PBMC 中の NUAK1 の役割についての報告は見 当たらない。今後,実験的低Ca 血症や乳熱の乳牛における PBMC 内のNUAK1 mRNA 発現量の増加の原因について,さらなる検討が必要である。

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37 BI537947 は現時点では機能が明らかでない遺伝子である。今後, EST データ ベース内の機能不明な遺伝子の機能が明らかになれば,疾病の病態解明や予後予 測に関する新たな因子発見の糸口につなる可能性が高いと考えられる(52,55)。 今回のマイクロアレイ解析において,NESP55 mRNA 発現量には実験的低 Ca 血症モデル牛の2 処置間で差はなかったが,乳熱罹患牛の 3 群間では有意差が認 められた。すなわち,乳熱罹患牛(Group A および B)におけるNESP55 mRNA 発現量は健常分娩牛(Group C)に比較して有意に低値であるとともに,治療へ の反応性によって分類されたGroup A および B の間にも有意差が認められた。一 方,qRT- PCR による解析では,Group A および B におけるNESP55 mRNA の 発現量はGroup C に比較して有意な低値を示したが,Group A と B の間に有意 差は認められなかった。NESP55 は,元来,副腎クロム親和性細胞内分泌小胞中 のクロモグラニン様蛋白とされ(78),ウシでは多くの組織で mRNA 発現が確認 されている(50)。未だ NESP55 の機能は不明であるが,最近の研究では,ヒト の神経内分泌系腫瘍の発育を反映するバイオマーカーとしての有効性が示唆され ている(36)。乳熱罹患牛において発現の特異的な低値を示した本遺伝子は,実験 的低Ca 血症モデル牛では有意な発現の変化を認めなかったことから,低 Ca 血症 とは異なる機序によって乳熱罹患牛での発現の抑制が生じた可能性がある。今後, 乳熱罹患牛におけるPBMC 中のNESP55 mRNA 発現量の推移を検証し,低 Ca 血症とは別の観点から,乳熱の病態を反映するバイオマーカーとしての有用性に ついて検討する必要がある。 低Ca 血症に陥った分娩乳牛では免疫機能が低下し(84),疫学的調査において も乳熱罹患牛は感染性疾患への罹患率が高いことが知られている(12)。したがっ て,本研究の乳熱罹患牛において観察された遺伝子の mRNA 発現量の変化は,

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38 PBMC 中の Ca2+貯蔵量の減少に起因する免疫抑制状態(53)に関係した可能性 がある。一方,近年の遺伝子発現に関する研究では,循環血液の白血球中の遺伝 子発現は,異物に対する免疫反応のみならず,生理学的,病理学的あるいは外部 環境の変化に反応して独特の特性を示すことが報告されている(3,9,10)。ま た,循環血液中の白血球はゲノム上に存在する遺伝子の大多数を発現するため, そ れ ら の 遺 伝 子 発 現 は 体 内 の マ ク ロ お よ び ミ ク ロ 環 境 (macro- and micro-environment)の変化に応答すると考えられている(58)。したがって,本 研究で抽出された各遺伝子は,低 Ca 血症や乳熱の発生にいち早く応答する「歩 哨(sentinel)」のような役割を担うと考えることが可能である。しかし,今後, 乳熱の病態把握のバイオマーカーとしての臨床評価を行うためには,Ca 代謝を調 節する組織における遺伝子発現を検証する必要がある。 2-5.小括 血液のように臨床的に容易かつ経時的な採取が可能な細胞を用いた遺伝子発現 プロファイリングは動物の疾病状態の評価に有効と考えられるが,現時点におい て,乳熱を発症した低Ca 血症乳牛の白血球を用いた研究は知られていない。そこ で,本章では,低Ca 血症および乳熱の病態に関わるバイオマーカーになりえる遺 伝子を同定することを目的に,実験的低Ca 血症モデル牛ならびに乳熱罹患牛の乳 牛から採取したPBMC について,オリゴマイクロアレイ法を用いた遺伝子発現プ ロファイリングを実施した。 実験的低Ca 血症モデルに関する実験では,供試牛 4 頭に 10%Na2EDTA 溶液を 4 時間静脈内投与し実験的低 Ca 血症(Hypocalcemic treatment)を誘発した。また, この対照処置として,11%CaEDTA 溶液の 4 時間静脈内投与(Control treatment)

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39 を行った。両処置の0,4 および 24h の血液について PBMC を分離し,RNA を抽 出後,PBMC 内遺伝子発現プロファイリングに供した。その結果,32 遺伝子が低 Ca 血症に対して特異的な発現変化(上昇または減少)を示した遺伝子として同定 された。 乳熱罹患牛に関する実験では,分娩後 2 日以内に低 Ca 血症(<7.0mg/dl)を伴 い乳熱と診断された起立不能牛8 例を,Ca 治療への反応性から,初回治療に良好 に反応し単回治療によって起立した群(Group A; n=4)と起立までに複数回の治療 を必要とした群(Group B; n=4)の 2 群に分類した。また,分娩後 2 日以内の健常 分娩牛(Group C; n=5)を対照とした。これらから採血した PBMC の遺伝子発現 プロファイリングの結果,98 遺伝子が乳熱罹患牛(Group A および B)に特異的 な発現を示す遺伝子として同定された。 以上の実験的低Ca 血症モデル牛より同定された 32 遺伝子ならびに乳熱罹患牛 より同定された98 遺伝子を照合した結果,低 Ca 血症と乳熱に特異的な 5 つの遺 伝子として, protein kinase (cAMP-dependent, catalytic) inhibitor beta(PKIB), DNA-damage-inducible transcript 4(DDIT4),period homolog 1(PER1),NUAK family, SNF1-like kinase, 1(NUAK1)および EST(BI537947)の 5 遺伝子が抽出さ れた。qRT-PCR 解析において,これらの遺伝子は,乳熱罹患牛(Group A および B)において健常分娩牛(Group C)に比較して有意に高い遺伝子発現量を示した。 一方,マイクロアレイおよびqRT-PCR による解析において,実験的低 Ca 血症モ デルでは抽出されなかったが,乳熱罹患牛(Group A および B)と健常分娩牛(Group C)との間の発現量に有意差を示す遺伝子として neuroendocrine secretory protein 55 (NESP55)が検出された。この遺伝子は,低 Ca 血症とは別の観点から,乳熱の 病態を反映した可能性が推定された。

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40 以上,今回の研究において,6 遺伝子が乳熱の病態解析に応用可能なバイオマ ーカーの候補として抽出された。これらの遺伝子は,血液細胞が全身を循環する 過程で低 Ca 血症および乳熱に起因した細胞内変化を受けて発現が変動したと考 えられ,乳熱に特異的な遺伝子と考えられた。今後,これらのバイオマーカーを 臨床応用するためには,Ca 代謝の調節に関与する組織での遺伝子動態を検証する 必要がある。

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Table. 2-1. Primers used for real-time RT PCR

Gene name Sequence(5’-3’) Product length (base pairs) PER1 F GAGCACGTCACATCTGAGTACACA 83 R TAGACGATGCGGCCTGTCA PKIB F TTCACCCAAAATGACGGATGT 100 R CCGTTGAACCCTGGATGTCT DDIT4 F GATAACGCCCCCATGTCAGA 105 R TCAGGTGGCTGTTGTCAGTTTT NUAK1 F TGAAAATGCCAAGTGCTCTC 199 R AGGAATGATACCATGCCAGTA BI537947 F GAGTGCCACACCACGCCTAT 103 R TCACAGAGGGAACAGCACTGA NESP55 F TTTTTAATGCTGCACAACACGAT 116 R GCCACAAATGTTCCTTCTCTCTTT GAPDH F AAGGCCATCACCATCTTCCA 76 R CCACTACATACTCAGCACCAGCAT

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Table. 2-2. Clinical information and blood biochemical parameters in milk fever (Group A and B) and clinically healthy parturient cows (Group C)

Group A (n=4) Group B (n=4) Group C (n=5) Parities 4.8 ± 1.0 4.0 ± 0.8 3.8 ± 0.8

Days of onset (days) 1.0 ± 0.8 0.8 ± 0.5 0.6 ± 0.5

Plasma biochemistry Ca (mg/dl) 3.7 ± 0.4 a 4.2 ± 0.8 a 9.5 ± 0.5 b Pi (mg/dl) 2.3 ± 1.2 a 1.9 ± 1.3 a 4.5 ± 0.4 b Mg (mg/dl) 2.2 ± 0.6 2.4 ± 0.4 2.4 ± 0.2 Glu (mg/dl) 87.7 ± 33.3 83.7 ± 47.5 66.0 ± 12.7 BUN (mg/dl) 14.9 ± 5.6 12.9 ± 1.8 11.5 ± 2.7 T-cho (mg/dl) 59.2 ± 6.4 67.7 ± 15.5 71.2 ± 13.1 AST (U/l) 85.4 ± 18.6 95.5 ± 17.1 96.8 ± 34.7 GGT (U/l) 17.2 ± 4.8 14.4 ± 5.7 29.4 ± 11.8 iPTH (pg/ml) 346.0 ± 122.4 a 606.0 ± 635.3 a 71.6 ± 48.0 b 1,25(OH)2D3 (pg/ml) 117.0 ± 29.0 108.0 ± 43.3 95.0 ± 37.0 a b Different superscripts in each parameter indicate significant difference (P < 0.05).

参照

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