【講義】精神分析的視点を活かした保護者理解と組織運営
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(3) 横浜国立大学大学院. 教育学研究科. 教育相談・支援総合センター. 研究論集. 第 19 号. 2019 年. 【講義】. 精神分析的視点を活かした保護者理解と組織運営 Lecture on Psychoanalytic Understanding of the Influence of Parental Relationship Disturbances to the Offspring and the Organizational Management 杉山. 明子 *. はじめに. の仕組みについて探求し、重要な理論を数多く述. 「支える人を支える」プロジェクトの第一弾と. べた。. して、横浜市立保育園管理職を対象にした講義と. 精神分析では、心の仕組みと役割を以下のよう. グループスーパービジョンを行った。横浜市では. に捉えており、これを図に表すと図 1 のようにな. 2010 年から保育園カウンセラーの派遣が始まり、. る。. 既に 10 年近くが経過する中で、様々なケースへの コンサルテーションやマネージメント等を通し て、保育園特有の問題や難しさ、資源に関する情 報の共有とノウハウの蓄積がなされている。今回 参加された先生方の多くは、現場で様々な課題に 対応しているだけでなく、横浜市の研修等で、よ り良い保育、園経営について学ばれている方たち であった。これまで見聞きした知見と重複する点 もあったかと思うが、意欲的に学び、考え、活か そうとする姿勢が強く感じられた。 本稿では、当日、講義で配布された資料を基に、 講義の内容を報告する。講義では、精神分析に基 づく防衛機制と発達の理解を紹介した後に、それ 図1. らの視点をどのように現場で活かすかについても 言及した。また、提示した内容については、参加. 心の仕組みと役割. これは人の心を氷山に例えており、 図のように、. 者が保育園に帰った際に、保育業務に還元できる. 大半は水の中に埋まっている【無意識】で、水面. ものであることを心掛けた。. に表出しており個人が自覚・認識している【意識】 の部分はごくわずかである。意識と無意識の中間. 〇防衛機制と発達段階 精神分析を創始した S.フロイトは、1856 年に. に、何らかの刺激が加わった場合などに捉えられ 【前意識】がある。. チェコスロバキアに生まれ、ヒステリー患者の治. 心は、その役割によって〈自我・超自我・イド. 療をはじめ、実際の患者との臨床活動を通して心. (エス)〉の 3 つに大きく分けられる。 〈イド〉は無 意識に含まれて自覚されることはない本能といえ. * 横浜国立大学保健管理センター − 15 −.
(4) 精神分析的視点を活かした保護者理解と組織運営. る。〈超自我〉は大半が【無意識】下にあるものの、. (1882∼1960)は、おもちゃなどを用いたプレイセ. 一部は【意識】されており、これは成長する中で. ラピーによって幼児の精神分析治療を行った。子. 周囲から学習する価値規範を指す。 〈自我〉は、本. どもを対象にした治療を通じて、子どもの心の在. 能である〈イド〉、価値規範である〈超自我〉 、さ. り様を理解し、さらにその知見は、より重篤な精. らには現実の外界の三者を調整し、社会生活を適. 神病(うつ病、双極性障害、統合失調症)の理解と. 応的に送るための大きな役割を担っている。その. 治療にも応用された。クラインの概念を中心に、. ため、 〈自我〉がある程度の強さを持っていること、. より原始的な内的世界に着目して研究を進めた学. 同時に柔軟性を保持していることが非常に重要に. 派は、対象関係論と呼ばれる。 出生直後から 3 歳程度までに活発に用いられる. なる。 防衛機制は、心の中にある不快や苦痛を乗り切. 防衛機制を「原始的防衛機制」と呼ぶ。乳幼児の. るために、主に自我が行う心の働きである。表に. 心(自我)は、非常に脆弱なため、先ほど紹介した. 主な防衛機制とその内容を簡単な説明を示す。. 抑圧や抑圧を基礎とする否認や転換などの防衛機 制を用いることが出来ない。そこで、心のエネル. 表1. 主な防衛機制. 防衛機制. 内容. 抑圧. 「嫌なもの」に蓋をする. 否認. 「嫌なもの」を見ない・無かったことにす る. 美化. 「嫌なもの」と認めず「良いもの」と捉え る. 転換. 「嫌なもの」が、歩けない、聞こえない、声 が出ないなど、体の機能や感覚の異常と して現れる. 身体化. 「嫌なもの」が、胃腸不良、頭痛、喘息など 体の病気、症状、怪我として現れる. 退行 躁的防衛 行動化. ギー(自我の力)が乏しくても可能な分裂や投影同. 一化(投影性同一視)を用いることで、不安や恐怖 から自らの心を守ろうとする。. 表2 抑圧. 抑圧と分裂の比較. 漬物石のように「嫌なもの」を上から押さ えつけるイメージ ⇒心のエネルギー(自我の力)が必要. 「嫌なもの」と「良いもの」を半分に分け て割り、「嫌なもの」を排除する 分裂・排除 ⇒心のエネルギー(自我の力)が少なくて も可能. 赤ちゃん返り 悲しい、あるいは辛い状況で、ハイテン ションになる. クラインは、それまで精神分析で論じられてき. 暴力、自傷など不適応的な行動. た発達段階の考え方に加え、態勢(ポジション)と これらの防衛機制は人が発達する中で身に着け. いう概念を導入した。原始的防衛機制を中心とし. ていくと考えられているが、どの防衛機制を用いる. た心の在り様を妄想分裂ポジションとし、抑圧を. かは「その人らしさ」の形成に影響を与える。説明. 中心とした心の在り様を抑うつポジションとし. を見ると分かるように、社会的、あるいは、大人と. た。3 歳程度になると抑うつポジションが優勢に. しては不適切な言動や症状も防衛機制の一種であ. なるが、強いストレスが掛かった場合などは、大. る。様々な防衛機制を柔軟に使い分けられること. 人でも妄想分裂ポジションが優勢になり、個人の. が、適応的で成熟した「大人」の在り様であり、社. 自我の強さと環境の影響によって、二つの態勢を. 会生活を送る上で非常に重要なポイントになる。. 行き来すると考えた。 ではここから、原始的防衛機制と早期乳幼児の 心の動きをより詳しくみていく。. 〇対象関係論と乳幼児の心. 前述のように、 早期乳幼児は心のエネルギー(自. イ ギ リ ス の 精 神 分 析 家 メ ラ ニ ー・ク ラ イ ン − 16 −.
(5) 横浜国立大学大学院. 教育学研究科. 教育相談・支援総合センター. 研究論集. 第 19 号. 2019 年. 我の力)が弱いために、不快や苦痛といった「悪い. の時間を経た後、3 歳を迎える頃には、概ね安定. もの」を心の中に留めておくことができない。そ. した状態を迎える。この時、 子どもの心の中では、. のため、自分の心を 2 つに分ける=分裂すること. 「良い対象」が生き残ることで、 「良い対象」と「悪. で、 「良いもの」と「悪いもの」を分けておく。こ. い対象」が統合され、結果として「嫌な所もある. うすることで、ある程度の心の安定を保つことが. けど、やっぱり大好きな母親」という「全体対象」. できるが、その結果、赤ん坊は、 「何でもできる自. で人や世界を捉えることができるようになる。こ. 分と快適で素晴らしい世界=良い対象」と、 「何も. れが、抑うつポジションの世界であり、大人の心. できない自分と苦痛や恐怖だけの世界=悪い対. の状態と捉えることが出来る。. 象」に二分された妄想・分裂ポジションの世界を 〇投影同一化と転移・逆転移. 生きることになる。「良い対象」に接している時 には万能感と幸福感に満たされている一方、 「悪. 脆弱な子どもの心が頻繁に用いる原始的防衛機. い対象」に接している時には、死の恐怖に近い苦. 制である分裂と投影同一化はセットで用いられる. 痛を味わう。例えば、母親といる時に、穏やかに. ことが多い。自分の心の中にある不快な感情・感. ニコニコ笑っている赤ん坊は、母親を「良い対象」. 覚(怒り、怖れ、不安など)を、切り離し(分裂)、. と捉えて愛情を示すが、泣き叫び暴れている赤ん. 外に排除して、相手の心の中に投げ入れる。排除. 坊は、母親を「悪い対象」と捉えて攻撃する。つ. された「嫌なもの」は、他者や外界の中に投げ込. まり、赤ん坊にとって母親は、同じ一人の母親で. まれた結果、元々は「子どもが感じた不快・苦痛」. はなく、全く別の存在として認識されているので. だったはずが、 「子ども自身のもの」ではなくなる. ある。生後 5、6ヶ月頃になると、視覚や聴覚など. だけでなく、投げこまれた相手は、それを「自分. 知覚身体機能や認知機能の向上によって、今まで. 自身の不快・苦痛」として感じるようになる。心. 別個の存在と捉えていた「良い対象」と「悪い対. 理療法においては、カウンセラー側に生じるこう. 象」が同じ一人の母親であることに気付きはじめ. した感情、感覚を「逆転移」と呼ぶ。. る。すると、これまで「悪い対象」と思って攻撃. 「逆転移」は、かつては、クライエントの理解を. したことへの罪悪感や抑うつ感、攻撃への報復を. 妨げるものと考えられていた。しかし、対象関係. 恐れることで生じる迫害感が起きるが、これは、. 論の発展の中で、 「逆転移」はむしろ、クライエン. その後の「抑うつポジション」への移行に重要な. トの心を理解するための道具となり得ると捉えら. 段階である。 「良い対象」への愛情、 「悪い対象」. れるようになった。心理療法の過程において、ク. への攻撃、両者の間で揺れ動く罪悪感だけでなく、. ライエントはカウンセラーに対し、不安や苦痛、. 子どもの自立と依存を巡る葛藤は、1 歳半から 3. 不快な感情や感覚を投げ込む。そのため、カウン. 歳の「最接近期危機」の頃に最も顕著になる。こ. セラーが不快な感情や感覚を覚えることは自然の. の時期は一般に、 「魔の 2 歳」 「イヤイヤ期」とも言. ことであり、それを「逆転移」と捉えることが、. われるが、「近付きたいけど離れたい」 「一人でや. クライエントの心に近付くヒントになると考えら. りたいけど一緒にいてほしい」といった相反する. れた。これは、心理療法だけでなく、親子関係、. 欲求が子どもの中で強まることで、結果的に ど. 夫婦関係、児童生徒と教師、保護者と保育士など、. れも嫌 、あるいは 何を言っても何をしても無理. あらゆる人間関係において、相手の心を理解する. な状態に陥る。このような親子双方にとって激動. 際に応用できる視点である。 − 17 −.
(6) 精神分析的視点を活かした保護者理解と組織運営. て、母親自身が不安や焦燥にかられ、時には、そ. 〇投影同一化によって起こること. 投影同一化によって起こることを、赤ん坊と母. うしたネガティブな感情を引き起こされたことへ. 親のやりとりを例に示してみる。. の激しい怒りが生じる。その結果、母親自身が混. 赤ん坊は、空腹や眠気、オムツが濡れた等の不. 乱やパニック状態に陥ることや、こうした不快感. 快感を感じると、分裂の機能を用いてそれらを自. を投げ入れた相手=赤ん坊への攻撃を生じ、様々. 分の心の中から排除する。実際には、泣き声やぐ. な虐待に繋がる危険性も考えられる。. ずるなどの態度で表されるが、 それらに接すると、. 講義の中では、投影同一化の理解をより身近に. 周囲の心の中には不安感や焦燥感が湧き上がるこ. することを意図し、講演者と司会の 2 人が、手元. とになり、これが投影同一化である。しかし、多. にあったペットボトルを「嫌なもの」に見立て、. くの母親は、子どもが泣く度に不安や混乱には陥. 簡単な寸劇で説明を行った。その中で、「子ども. らない。それは、母親が、子どもから排出された. にとって適切な形」は、子どもの発達に見合って. 「不快・苦痛」を、自らの心の内側に引き取り、吟. いることも重要であることも伝えた。例えば、母. 味することで、赤ん坊の「不快・苦痛」が何によっ. 親は、子どもの月齢に合わせて、ミルク、離乳食、. て生じているのかを理解し、赤ん坊にとって適切. 通常食と、与える食事を変えていく。生後すぐの. で受け取りやすいマイルドな形に加工して返す作. 赤ん坊に離乳食を与えることは害になるだろう. 業をしているからである。. し、また、3 歳児にミルクを与え続けることは不. この作業の中で、母親は、ミルクを与える、抱っ. 適切であろう。食べ物で考えると分かりやすい. こして寝かしつける、オムツを替える、といった. が、感情や情緒についても、子どもが咀嚼できる. 具体的な行動や、赤ん坊への柔らかで落ち着いた. =受け取れるレベルに合わせて対応を変化させこ. 声掛けだけでなく、それらの行動や態度に内包さ. とは重要であり、適切な返しを提供することは子. れる母親の赤ん坊に対する愛情や、母親自身の安. どもの発達促進に大きく寄与する。. 定した情緒を、赤ん坊に同時に与えている。これ 〇子ども理解と保護者理解を繋ぐ. によって、赤ん坊は、先ほどは到底耐えられずに. 分裂し排除した「不快・苦痛」を、 「お腹が空いて. ここまで、子どもの心の理解を、例を挙げなが. たの」「眠かったみたい」 「お尻が濡れて気持ち悪. ら示してきた。これらは、日々、保育に携わる保. かったな」といった、より現実的で対処可能な「困. 育士の皆さんには、体験に基づく実感としてご理. りごと」として受け入れることが出来る。実際に. 解いただけたことと思う。しかし、多くの保育園. このような「言語化」がなされるのは、ずっと後. でトラブルになるケース、保育士が対応に苦慮す. の段階ではあるが、母親と赤ん坊の間で繰り返さ. るケースは、保護者が対象であると思われる。こ. れるやり取りの積み重ねによって、 「全てが恐ろ. こで、子どもの心の動きと保護者の心の動きをつ. しく不快で苦痛でどうすることもできない」脆弱. なぐことで、 保護者理解のヒントをお伝えしたい。. な赤ん坊から、 「困ったことが起きても何とか対. 先ほど述べたように、子どもは母親や周囲の人. 処できる」成熟した大人へと発達していく。. とのやり取りを通して、徐々に子どもの心・在り. 一方、母親自身が何らかの不安定さや脆弱さを. 様から、大人の心・在り様へと変化発達していく。. 抱えている場合、このような作業が非常に困難に. しかし、育った環境やその人自身の傾向によって. なる。赤ん坊が「排除」した「不快・苦痛」によっ. は、大人の心の状態に至っていない、子どもの心 − 18 −.
(7) 横浜国立大学大学院. 教育学研究科. 教育相談・支援総合センター. 研究論集. 第 19 号. 2019 年. の状態が強い人がいる。対応が難しい保護者の多. の観点がある。現実検討とは、自分の心の中(主. くは、この「子どもの心の状態が強い人」と捉え. 観)と外界の現実(客観)とを適切に把握、区別し、. ることが出来る。. さらに両者を照合し、自分の感覚や考えが、現実. 素直にヘルプや SOS を出せない保護者は、抱っ. 的・合理的であるかを判断する能力を指す。これ. こされるのが難しい子ども。些細なことで激昂す. らがきちんと機能している状態を、 「現実検討が. る保護者は、癇癪を起こす子ども。細かな要望を. ある・働いている・維持されている」と表現する. いくつも訴える保護者は、不安が強い子ども。こ. が、大人として適応的・健康に生活するためには. のように、トラブルやクレームを生じる保護者の. 必須の能力である。一方、現実検討が働いていな. 中には、不安や不快な状態に自分で対処できない. い状態は、子どもの空想や統合失調症の妄想など. 「脆弱な子ども」が強く居座っており、その「子ど. を指す。例えば、5 歳の子どもが、実際には行っ. もの部分」が、大人であれば到底理解しがたい、. ていないのに、 「昨日、ディズニーランドに行って. 理不尽な言動を生じさせている。. 楽しかった」と話す時、 「ディズニーランドに行き. 保育士は保護者と接する際、 当然ではあるが 「自. たい」という主観(願望)が、 「行っていない」とい. 立した一人の大人」として対応するだろう。保護. う客観(現実)より優先されており、現実検討が充. 者のほとんどは、姿形は立派な大人であり、相手. 分に働いていないことで生じていると考えられ. に通じる日本語をきちんと使いこなしている。特. る。そのため、嘘をついている、というのとは少. に、高い社会的地位や知的な高さを有している保. し異なる。. 護者の場合、 大人の言葉 を非常に達者に使うた. 成熟した大人は、 「行きたい」という願望があっ. め、論理的で妥当な主張のように感じることも多. ても、 「行けない・行っていない」という現実を受. い。しかし、いわゆる「クレーマー」や「モンス. け入れているために、 このようなことは生じない。. ターペアレント」と呼ばれる保護者の本当の姿は、. つまり、現実検討を維持するためには、 自分にとっ. 「理知的で成熟した大人」ではなく、 「泣きわめく. て都合が悪いことでも受け入れる、ある程度の自. 子ども」であるといえる。つまり、言葉を駆使す. 我の強さや柔軟性が必要になる。しかし、脆弱な. る表面上は、 高度な大人の要求 のように見えて. 子どもの状態が強い大人の場合、 「不都合な現実」. も、内面にあって本当に彼らが訴えたいことは、. を拒否し、主観や願望が優先された結果、 「大人の. 「寂しい。不安だ。大事にして欲しい。すごく怖. 感覚」では理解できない主張や要求に繋がるので. い…」といった、未熟で脆弱な子どもの叫びであ. ある。. ることが多い。保育のプロである保育士の先生方 にとっては、外見が大人であるために戸惑うもの. 〇精神分析からの集団の理解. の、子どもが欲求不満でどうしていいか分からな. 個人の治療から始まった精神分析だが、 その後、. い状態、と考えれば、適切な対応を検討しやすく. 集団の理解にも応用されるようになった。. なるのではないだろうか。まずは、 「外見は大人・. 精神分析における集団の理解の前提として、 「集. 中身は子ども」の保護者がいることを、きちんと. 団は基本的に病的な状態になる」と考えられてい. 認識しておくことは重要である。. る。そのような病的な状態にある集団は「基底的. このような「子どもの部分」と「大人の部分」 を見極める際に役に立つ視点として、 「現実検討」 − 19 −. 想定(Basic assumption)グループ」と呼ばれ、以 下のような特徴が挙げられる。.
(8) 精神分析的視点を活かした保護者理解と組織運営. 現実的な課題達成より無意識的な願望充足が目. ることで、保育士も子どもも、それに合わせて行. 的とされ、保育園であれば、良い保育や子どもの. 動し(行動できるように学習し)、 「これが終わっ. 成長より、保育士や保護者が自身の評価や都合を. たらお昼ごはん」 「お昼寝が終わったら遊べるぞ」. 優先する状態になる。非理性的で、強烈な心理的. という共通認識の下、安心して一日を過ごすこと. 混乱状態になり、危険感や無力感、絶望感が増し. が出来る。これが逆に、お昼ご飯が 10 時の時もあ. たり、さらには、ネガティブな情緒への直面や解. れば 13 時の時もある、お昼寝はあったりなかった. 決に抗う。そのため、否認が増え、 「大した事ない」. りその日によって違う、という事態になったら、. と考えたり、 「〇〇のせい」と考えて、何もしない. 次の予測も立てられず、不安と混乱だらけになる. 状態が維持される。これらは、大きくまとめると. だろう。このように、構造が明確であることは大. 「現実検討ができない」状態といえる。. 事なのだが、あまり厳密すぎることもマイナスに. 一方で、健全な状態を「ワーキンググループ」. なる。例えば、 「お昼は 12 時から 1 時間。1 分たり. と呼ぶ。ワーキンググループは、①課題達成のた. ともズレてはいけない」というように、全く柔軟. めに、意識的に協力する、②現実検討がよい、③. 性が無いと、 「構造を守る」ことのみが重視され、. 作業プロセスで生じるフラストレーションや他の. 美味しく食べる、食べるマナーを身に着けると. 辛い感情に耐えることができる、という特徴を有. いった、本来の目的から逸れてしまう。明確でか. する。さらには、目標や課題、その達成のための. つ、柔軟性を持った「構造・枠」を持つことが重. 方法が具体的で共有されていること、メンバーが. 要である。. 自分の役割やその目的を自覚し相応しい行動・態. さて、前述のクレーマーやモンスターペアレン. 度を取ること、集団全体の指示命令系統が整理さ. トと言われる保護者の中には、パーソナリティ障. れ個々のメンバーが納得していること、集団全体. 害と呼ばれる性格の偏りを有しているケースがあ. の意思決定がオープンな話し合いで行われるこ. る。パーソナリティ障害は、 「構造・枠を壊す天才」. と、メンバーの意見・疑問・提案などが活かされ. である。彼らは、予め決められた、あるいは誰か. ること、などが、集団や個人に求められる。. が決めた「構造」を壊し、 「自分のルール」を強固. このように、 「ワーキンググループ」の状態を維. に押し通そうとする傾向がみられる。表 3 に、こ. 持するためには、各自が個々の役割を過不足なく. うした難しい保護者の「枠の壊し方」の実例を挙. 果たすことや、現実的でオープンな交流が活発に. げた。. 行われていることが重要である。その際に、役立 表3. つ視点として、心理療法において基本的かつ重要 な「構造・枠」という考え方がある。 構造とは、外的には、時間・場所・役割・目的・ ルールなどを指す。明確な構造の存在は、個人の 心や集団の状態を安定させる効果がある。一方. 難しい保護者の「枠の壊し方」. 時間を守らない ルールを守らない(自分のルールに固執する) 担任に言わずに、別の保育士や園長に話す 保育園ではなく役所にクレームを伝える 複数の相手に、異なる話をする→敵対関係・分断 様々な条件提示(時に脅しを含む) とにかく過剰(大袈裟). で、これらの構造が守られず破壊された場合には、 大きな不安や怒り、混乱、憶測などを招き、集団. 彼らが「構造・枠」を壊すのは、根底に強い不. を病的な状態にしてしまう。身近な例で考えてみ. 安感が存在している可能性が高い。そのため、明. ると、保育園の一日のスケジュールが決まってい. 確で柔軟な枠を提示して、彼らの不安な気持ちも − 20 −.
(9) 横浜国立大学大学院. 教育学研究科. 教育相談・支援総合センター. 研究論集. 第 19 号. 2019 年. 含めて「抱える」と安定することが多い。一方で、. 分と相手」や「自分の内側と外側(世界)」を隔て. 不安があまりに強い、 「抱えられる=依存する」こ. る壁が適切に機能しないために、結果として妄想. と自体に不快感を覚えるなど、より重篤な心理的. や幻聴などの症状を呈する。現在では、医学の発. 課題を有している場合は、枠を提示されると居心. 展によって、 薬物療法が顕著な効果を示しており、. 地が悪くなり、その場を離れる選択をすることも. 服薬を続けていれば、仕事や子育てなど、社会生. ある。. 活を問題なく送れるケースが多くある。 さて、保育現場で最もトラブルの対象になりや すいのが《境界例水準》である。元々、境界例、. 〇アセスメントについて:人格構造から 臨床心理士の仕事の最も重要な点として、個人. という呼び方は、神経症と精神病の両方の特徴を. や集団がどのような状態にあるかを適切に見極め. 持ち、その両者の境界の状態像と捉えられたこと. るアセスメントをすることが挙げられる。集団に. から名づけられている。つまり、ある場面では、 《神経症水準》のように、抑圧を中心とした防衛を. ついては、先ほど述べた通りだが、集団を形成す. 用いて、適応的に振る舞う一方で、ある時・ある. る個人についても、少し説明を加えたい。 医療機関での診断などでは、より明確で客観的. 状況においては、分裂と投影同一化を多用し、ま. なアセスメントを行うために、心理検査を実施す. るで《精神病水準》のように振る舞う。一見きち. ることも多いが、保育の現場で行うことは難しい。. んとしているのに、内面的にはひどく混乱した状. そのため、相手の話す事、態度など、現実場面で. 態を潜ませている、という在り様は、先ほどお話. 収集できる様々な情報を元に、相手をアセスメン. しした「外見は大人・中身は子ども」の状態とい. トし見立てていくことになる。. える。つまり、クレームなど、トラブルを持ち込 む彼らの多くは、 《境界例水準》の心の在り様であ. その際に、非常に役に立つ捉え方として、精神. る、と捉えることができる。. 分析の知見から整理された「人格構造」という概. ある程度の人数が集まる場には、必ず《境界例. 念をご紹介したい。 人格構造は、先ほど紹介したパーソナリティ障. 水準》の人がある程度存在する。彼らを適切にア. 害の臨床と研究の中で発展、整理された概念であ. セスメントすることは、より良い保育の場を営ん. る。これは、人の心の在り様を《神経症水準・境. でいくために、非常に重要である。その上で、彼. 界例(ボーダーライン)水準・精神病水準》の 3 つ. らを排除するのではなく、 「中身の子ども」の部分. の水準で捉えようとしており、最初にお話しした. を理解しながら、同時に「外見の大人」に働きか. 防衛機制と大きく関連している。. けていくことがポイントになる。. まず、 《神経症水準》は、抑圧と、抑圧を基本と した様々な防衛を用いており、 「神経症」と名前が. 〇ワーキンググループであるために:基本に立ち. ついているが、基本的に健康で適応的な生活を. 返る・責任者の役割. 送っている人の心の在り様を指す。次の《境界例. 様々な事情を抱えた保護者と子どもに関わる保. 水準》の前に、 《精神病水準》について説明するが、. 育園を、ワーキンググループとして維持すること. これは、統合失調症や、重篤なうつ病、双極性障. は非常に難しい。日常の業務は多忙を極め、 更に、. 害に見られるような、非常に混乱した心の在り様. クレームやトラブルが生じた場合には、前向きに. 「自 を指す。分裂や投影性同一化が多く用いられ、. 携わることが困難になるのも自然なことである。 − 21 −.
(10) 精神分析的視点を活かした保護者理解と組織運営. だからこそ、日頃から、 「基本に立ち返る」ことを. こうしたことを充分に理解し、適切に働きかけ. 大切にしていただきたいと思う。以下にその「き. ても、先に述べた様に、集団は基本的に病的な状. ほん」を挙げてみた。. 態に陥りやすい特性があるため、常に「良くない. 表4. 状態」になりうる。また、 「良くない状態」を恐れ. 保育園・保育士のきほん. すぎるあまり、 「否認」が強まり、事態をより悪化 ・保育園・保育士は、子どもの成長と発達を助けるこ とが目的の専門機関・専門家である ・保護者はパートナーである(敵ではない) →良いチーム=ワーキンググループになる ・協力できない保護者=困っている人である ・できることをする ・できないことはしない=「NO」をためらわない. させる危険も考えられる。目の前の現状を冷静に 認識し、良くない状態・サインを見逃さず、早め に対処する事が何よりも重要である。そこで、園 内および個人で見られる注意したいサインを以下 に示す。. この中で、 「できないことをしない」は、特に心 掛けて頂きたい点である。保育士だけでなく、教. 表6. 保育園内・個人に見られる注意したいサイン. 員、介護職など、対人援助職に従事している方は、. 園内. 個人. 一般的に「良い人・親切な人」で、かつ「責任感. モノが無くなる、壊れる 役割やノルマが集中・過重に なり、分担できない オープンに話が出来ない/噂 や憶測が広がる 怪我や病気が増える 嫌な感じ(ピリピリ・どんよ り・妙にハイ etc.). 睡眠の不調 食欲の不調 集中力の低下 気分の落ち込み・ムラ 体調不良・怪我. が強い人」がほとんどである。そのため、自身の キャパシティーを越えてまで頑張ったり、無理す ることが非常に多い。その結果、トラブルへの対 応が後手に回ることや、自身の心身の不調をきた す危険性も増してしまう。 「困った・辛い・苦し. 保育園を健全な状態に保つためには、その個々. い・疲れた」などの自分の心の声に正直になるこ. のメンバーが健康であることが何より重要であ. とは、非常に大切であり、同じように助けを求め. る。特に、責任者自身が何らかの不安を抱えてい. ている子どもや保護者の声をキャッチすることに. た場合、園全体に及ぼす影響は本人が思っている. も繋がると思われる。. 以上に大きいものである。だからこそ、ご自身の. また、保育園を健全な組織、つまり「ワーキング グループ」にしておくために、責任者に求められる 役割は非常に大きい。ポイントを以下にまとめた。 表5. 心身を日頃から観察し、 不調があれば無理をせず、 早めにメンテナンスすることが大切である。 「責 任と役割を意識すること」 と「無理をしないこと」 、 一見矛盾するような両者の折り合いをつけていく. 健全な組織のために責任者に求められること. 中で、保育園組織運営の程良いバランスを探って. ・ルールや枠組みを明確にする(情報共有の範囲・役 割・禁止事項など) ・一貫した対応を心掛けると同時に、柔軟な変更も 必要 ※変更の際には、充分な説明と共有が必須! ・ネガティブな感情を恐れないこと →「逆転移」として活用する ・自分と組織のキャパシティを見極め=的確なアセ スメントを心掛ける ⇒職員の特性に合った人員配置の重要性 ・抱え込み過ぎず、適切な相談を行う ※中にいる(当事者)と気付くのは難しいため、専 門家を上手く使う ・柔軟性と現実検討の維持. いただきたい。. <質疑応答> 質問:園には様々なクレームが寄せられ、もっと もだ、と思うことについては対応して終わる。 しかし、正直どこから思い付くんだろう、とい うようなクレームが届いた場合がある。一つ一 つ誠実に対応しようとするが、それによって保 − 22 −.
(11) 横浜国立大学大学院. 教育学研究科. 教育相談・支援総合センター. 研究論集. 第 19 号. 2019 年. 護者との関係が良くなるわけでも、感謝される. 人の保育士の先生が、管理職の先生や園全体に. わけでもなく、更には、次のクレームに対して. 抱えられている、ということもとても大事だと. 身構える気持ちになり、身構えてしまうことに. 思う。対応が難しいお子さんや保護者がいて. 不全感を感じる。どのように捉えたら良いか。. も、園全体が落ち着いていて、安定していると、. 演者:クレームには大きく分けて 2 種類あると思. それ程大きなトラブルにはならない。それに加. われる。一つは、初めに要望や訴えがあった段. えて、例えば小学校でも、私立と公立では組織. 階での対応のまずさに不信感が積み重なり、ク. の在り方や経営体制は異なるが、私立であれば. レームに発展してしまう場合。もう一つは、保. 経営陣や幹部、公立であれば地域の行政とがっ. 護者側の不全感や攻撃性が背景にあり、彼ら自. ちりタッグが組めると、ものすごく安定してい. 身のコントロール欲求を満足させるために、ク. ると感じる。保育園の中が安定していること. レームを言いたい、見つけやすい状態になって. で、それぞれの先生が園という組織に抱えられ. いる場合。同じクレームでも、行動の背景にあ. て、更に、その園を区や市、行政という、もう. る動機が異なると想定すると、保育士の先生方. 一つ大きな組織で抱える。そうして「抱える」. にとって、心持ちが楽になるのではないかと思. ことはどちらも大事だと思うし、臨床心理士が. う。. そのような一助となれば、と思う。. 質問:健 全 な 集 団 な の か、Basic assumption に. 演者:貴重なコメントを頂き、ありがとうござい. 陥った状態なのか見分けるには、なにか方法が. ます。演者も保育園カウンセラーとして訪問さ. あるか。. せていただいた経験があるが、最初は保護者対. 演者:まずは、 「集団は病的な状態に陥るものであ. 応が難しい、困っているということで要請を頂. る」と理解しておくことが重要。病的になるこ. いて伺うが、それが一段落すると、大体、5 割か. とを恐れすぎて、委縮したり、隠したりするこ. ら 8 割くらいは、職員に関する相談が増えてく. とが、より状況を悪くする。具体的に、 「これが. る。最初に、 人の心の仕組みとして氷山の絵(図. 見分けるポイント」と示すことは難しいが、先. 1 )を示したが、あの絵を応用すると、水面下に. ほど挙げた「心配なサイン」に注意しておくこ. 職員間の色々な問題があり、最後に水上に出て. とは役に立つと思う。また、保育園が集団とし. くるのが保護者トラブル、と考えることもでき. て上手く機能している時は、職員に「働きやす. る。その方が皆さん、納得がいくのではないか. い」という実感があるはず。全くトラブルが起. と思う。園内、 職員間が落ち着いている場合は、. きない、ということはあり得ないため、むしろ、. 多少問題のある保護者がいても、抱えることが. 何かトラブルが起きても、隠したり誤魔化すこ. できるので大きなトラブルには発展しない。何. となく、落ち着いて対応できている感覚が持て. かトラブルが起きた時、クレームが来た時、ま. ているか、そこを各自で意識していただけると. ずはそちらに対応することにはなるが、それら. 良いと思う。. が落ち着いたら、なぜ今こういう問題が起きた のかを考えられると良いと思う。先生方の人員. また、参加されていた福榮太郎先生(横浜国立大. 配置、近所で工事をやっている、団地が出来て. 学障がい学生支援室)からコメントをいただいた。. 急に人口が増えた等、様々な要因があると思う. 福榮先生:集団、組織について、園内で、一人一. が、 「園内が落ち着いていないとトラブルが起 − 23 −.
(12) 精神分析的視点を活かした保護者理解と組織運営. きる」という前提、そういう視点を持っておく と、今現在のトラブルを解決するだけでなく、 今後のトラブルの予防についても考えることが できる。. 時間の関係で十分な質疑応答を持てなかったこ とは、大きな反省であった。しかし、後半の事例 検討の際に、講義の内容を踏まえての質疑も行わ れた。このことによって参加者の理解を深め、よ り実践的な知識として提供することができたと考 える。. − 24 −.
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