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近現代中国と近代立憲主義 : 非西欧諸国における近代立憲主義の受容

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(1)1〔垂三三コ.    近現代中国と近代立憲主義 一 非西欧諸国における近代立憲主義の受容一. 松井直之. はじめに.  1989年6月4日の天安門事件の1ヵ月後,1789年フランス人権宣言200周年 }こあたり1・ヨー白ッパの一論壇誌で「ひとつの妖怪がヨーロッパを一地球を, ではないにしても一排徊する。人権という妖怪が」、と書かれた1)。その後,東. 欧に端を発し,ソビエト社会主義共和国連邦’似下,ソ連とする)へと波及し ていった社会主義国の崩壊は,人間の解放を成し遂げたかのように見えた。し かし,.但早一ゴスラピア2)やロシア連邦を構成するチェチェン共和国3)などの. ように,民族紛争が吹き出すことになり,今なお人権侵害が絶えない状況’にあ る。1 .,     ‘        ・   』           、.  他方で,束西冷戦の終焉を機に,民主化の動きの加速も見られるよう.になつ た。韓国4),台湾田などに見られた「強力な軍・政治エリート1が開発を至上目. 標として設定し,有能な官僚テクノタラート群に開発政策の立案・実施にあた らせ,開発の成功をもって自らの支配の正統性の根拠とするシステム」,ti」であ   ,                                              103.

(2) ‡黄浜国際瘡…済法i4”’第16巻第1号 (2007年9月). る椎威主義体制は,西欧の民主主義概念からは逸脱しでいたがT},経済が発展 していくなかで,民主化が進み,議会制民主主義への根本的な転換が進んでい ったのである%.  中華人民共和国でも,1978年以降,共産党による一党独裁政権の下,改革 開放政策が推進され,実質的に市場経済花じていくなかで急速な舞済発展を成 し遂げてきた。では:鑑醗展の著しL・ ・ ・1・・ee人麟綱でも・,今後は政f台体制. が民主化され,人権の保障が定着して,近代立憲主義が受容されていくことに なるのであらうか。このように,中華人民共和国に着目することで,経済発展 と近代立憲主義の受容の関係を明らかにすることができよう。さらに言えば, それは,非西欧諸国における近代立憲主義の受容に関する考察に資することに もなると思われる。そこで,本稿では,中華人民共和国における近代立憲主義 の受容について,考察していくことにしたい。. 第1節 近代立憲主義と普遍性J  (1)近代立憲主義    :’  :.  近代立憲主義とは,多義的概念であり,日本の憲法学においても様々な理解 の仕方がなされてきた9)。例えば,専断的な国家権力を制約し,,・rA’が人たるこ. とに基づいて当然に一論理必然的に一享有ずると考えちれる権利」である上デ 般的に説かれる人権田}を確保することを目的とする,というものである11)eこ のような近代立憲主義は,注の支配(Rule of Law)の原理、「と密接に関連するb. 法の支配の原理とは,中世の法僅i位の思想から生まれ,英米法の根幹として発. 展した基本原理であり,専断的な国家権力の支配(人の支配)を排斥し,権力 を法で拘束することによって,国民の権利,自由を擁護することを目・的として いる12}。      ’.  こうした近代立憲主義の成立については,近代立憲主義の普遍1生と日本の特. 殊性を対比する観点から,フランスを近代立憲主義の範型として,個人=人権                     已       ,  ユ04                   、.

(3)                          近現代中国と近代立憲主義. と国家=主権を対置する二極構造図式を用いて歴史的に説明されてきた13}。す. なわち,身分制原理を否定する国民主権により,個人が解放され,「人」一般 の権利としての人権を語るための論理的前提がもたら・される。ところが,「国. 家による個人の解放」により,それまで個人の解放を妨げていたと同時に保護 の役割をも果たしていた身分制が否定されることで,・個入が国家と向き合わな. ければならなくなり,人権と主権の聞には緊張関係が生じることになるM)。こ のような緊張関係によって,国民主権に基づく国家においても,個人に国家権 力から自由な空聞を確保すること,つまり「国家からの自由」が追求されるご とになるのである15)。.  (2)人権の普遍性に対する批判    ’   .、 ・s一唱』..  このような近代立憲主義の成立に関わる人権の普遍性と対しては,これまで に保守主義ないし功利主義,マルクス主義,フェミニズム,先住民族や社会的 弱者なピ様々な立場から批判がなされてきた16)。例えば,K己trl Mai5cの『ユダ. ヤ人問題によせて』によると,人権とは「利己的人間の権利,人間および共同 体から切り離された入間の権利にほかなら」ず17〕,現実に存在する人間のあり. 方,すなわち階級に分裂した人聞のあり方とは異なり,現実の支配・従属関係. を隠蔽するものであるとされ,その階級的性格が批判された。また,Olympe de Gougesが「女性及び女性市民の権利宣言」iS}を著したことに見られるよう. に,「すべての人」の権利であるはずの人権が実は女性を排除していたこどが 明らかにされ,.その享有主体の普遍性が批判されてきたのである19)。.  とは言え,これらの立場からの批判を受けながらも,人権は,西欧諸国の近 現代史のなかで変容しながらも受容されてきた2°}。その後,1ドイツや日本は,. ドイヅ帝国憲法や大日本帝国憲法めような「外見的立憲主義」の憲法のもとで 虐殺など反人権的状況を起したが,敗戦により,ドイッは,ナチズムに対する 反省に基づき,’法の支配の原理とほぼ同じ意味を持つ実質的法治国家へ移行し,. 非西欧諸国である日本も法の支配の原理に基づく日本国憲法を採用することに le5.

(4)  横浜国際経済法学第16巻第1号(2007年9月). なったのであるZO。               、.;  ,  さらには,次のような一注目すべぎ出来事も起こった。すなわちi,反体制の自. 由を否定し,個人の思想・信条・表現の自由などを厳しく制限したため,次第 に矛盾が露呈し,市場経済体制へ移行』して・いった社会主義国が,19,80年代後. 半以降に崩壊し,その後制定された憲法のなかに,人権規定が挿入されるよ’う になったことである22}。とりわけ7一ソ連を継承することになったロシア連邦の 憲法でも「人」一般の権利としての人権の復権が見られたことを踏まえ1ると鋤,. 人権の普週性が強まり,近代立憲主義が世界的に受容されるようになったと言 えるであろう2㌔.  (3)「アジア的人権1観     ・    J.. 1.パ ・t.、,一  .1. ト‘.  もっとも,最近では,非西欧諸国の文化相対主義の見地から西欧に起源を有 する人権の押し付けを批判する議論も盛んである。例え」ば,1993年3月の世界 人権会議アジ,7地域会合において,・「シンガポーヲレは,普遍性という理想と多. 様性という現実の間,個人と社会の間,人道的行動基準と1国家主権の三〇,のバ. ランスを主張し,マレーシアは,発展権の実現の最大の障害は既成の国際経済 システムの不公平さにあると論じると同時に,個人的権利は共同体の権利から. 切力離されず,アジアの伝統は公正で調和ある社会の創造を称賛していると説 き,インドネシアは,L人権問題の政治化ど選択化,二重基準:と差別化に反対し. つつ,社会と国家に対する個人の義務ない七責任を重視すべきであるとし,ミ・. ヤンマーは,民主主義を維持するためには何よりも法と秩序の確立が必要であ ると強調した」es1。   、    t:−tr    r’・  7  ∵,.、.  、これらの国々が主張した「アジア的人権」観の趣旨は,世界人権会議アジァ 地域会合で採択されたバンコク宣言8条26)や,、1993年6月のウィ干ン世界人権. 会議で採択されたウィーン宣言5条27}において,「国家的,地域的特殊性並び に様々な歴史的,文化的及び宗教的背景の重要性」乏じて規定されるζとにな つた。   ㌧r    ,    −J  ・、1.L .・  . ’   ・.・.                       c 106.           L             ㌦.

(5)                          近現代中国と近代立憲主義.  このような「国家的,’地域的特殊性並びに様々な歴史的,文化的及び宗教的. 背景の重要性jに基デく批判は,人権を正当化する根拠に関する根本的な問i題 を提起するものではあるが2s),自国内での拷問や身体の自由の侵害,体制批判. の自由を認めないことによる思想・信条の自由や表現の自由め侵害,慣習に由 来する性差別や女性・少女に対する虐待一?9)などを覆い隠すことに繋がるおそれ があるごとにも注意しなければならないヨ゜}。’ @   ・ 、  ’..  』例えば・ミャンマー政府が:1990年5月に行われた総選挙で大勝じた国民民 主鯉(NLD)を率いるAung S岨Suu願(アウン1.・一サン1スー一一.一チー)・の自一. 宅軟禁と釈放を繰り返L].政治活動の自由を弾圧して甲る事例を挙げることが できよ’う3%この他にも,西アジアのイスラム世界32〕における人権侵害として,. 次のような事例を挙げることもできる。t    .  ’ ”−.   「(2・・3年)日月に8・・入の姓{走が縮するメヅカの学勧火災でユ5入が 死亡,数十人が負傷した事件は1女性差別の深刻さを象徴的に表している。少.. 甦ちはv・ ALタ旗一ン僚酬察)カ・男酬離の繊端格に適肌た結果, 犠牲になったのではないかと懸念されている。目撃者によると,ムタワエーン は少女たちが頭にスカーフをしていなp)ったり,あるいは男性親族が迎えに来. ていなかったという理由で,校外に避難するのを妨害したという。またムタワ エーンは,救助しようとした人々が男性だという理由で校内に入ることを許さ. なかったどもいわれている。政府はその独自の調査によっでム1タワエーンめ 介入を否定した」。Tこの悲劇的事件の後,政府は女子教育責任者を免職とし, 女子教育担当の部閂と男子教育を担当する省’を合併した。多.くの人々は,1さら. ’に教育内容も統合することを要求している。これまでの女子教育担当部門め方 針は『女性のあるべき立場にふさわしくしつける』ために教育ずることであっ た」:3) o.         −                                      107.

(6)  横浜国際経済法学第16巻第1号(2007年9月).  もっとも,こうした人権侵害に関する事例について考察する場合,例えば 「イスラ’−r’ムの教えが悪いからこうした問題が起きているのだという舞絡的な 思考」3“1や,「イスラ“7・一“ムを排除しなければならなV」といつた安易な結論を. 導くことは,「異質性」.の排除の論理に与する危険があるので避けなければな らない。この『異質性」の排除の論理は,思想,利害,・世界観の多元性を認め たうえで,その公平な共存を図る考え方である近代立憲主義四に反することに、 もなるからである。 ,  二”  tL  ㌔ロ  ー   」ti.  だが,上述のような人権侵害に閲する事例を踏まえると,先進国だけではな く,発展途上国の人々にとっでも、国家が個人の領域に対して権力的に介入する ことを排除して,個人の自由な意思決定と活動とを保障する.「国家からの自由」鋤 を人権観念の中心に置いて実現していく、ことが,、)Fやはり重要な課題である』よ・う. に思われるのである。            一”.  ・(4)非西欧諸国における近代率憲主義の見直し  ;「 : ∵..  このような視点から興味深いのは,1989’年9月に開催された「第1回アジァ 憲法シンポジウム」・37)である。そこでは,「自分自身のナショナル・アイデン. ティティを放棄することなしにゴ非西欧世界に西欧立憲主義を確立できるの’ か?」という問題提起がなされた3S)e  ∵マ  ・.    ノ.  この非西欧諸国における近代立憲主義の確立、という点に関して,「伝統的な 西欧立憲主義が『個人』を軸として樺成されており, lrそれ抜きでは存在しえな. いものとするならば,そのような伝統を限られた範囲でしか共有しえない非西 欧諸国においては,それとは異質のシステムを生みださざるをえない」、という. 主張も見られるヨ㌔それでは,r個人」を軌とする伝統を限られた範囲でしか 共有しえない非西欧諸国では,西欧立憲主義とは「異質のシステム」が構築さ、 れることになるのだろうか。.  1991年9月に開催された第2回アジア・本平洋法律家会議における,インド ネシアの弁護士であるAbudul Hakim G. Nusantara(アブドル・一ハキム・ヌサ.                       c ユ08                      1      }.

(7)                    : r 11 +.   近現代中国と近代立憲主義.  ンタラ)による報告力『,これに対する一つの解答を示しでいる。 一.    「立憲主義という基本的な政治的原理はi・ダイナミックで適応力をもつてお. り洛国の社会的発展剛に応じて,・鰭や擁を許すものである.し枇;  この改善や拡張の形がどのようなものであれ,それは,人間の尊厳と価値をし. っかりと糎し諜障しなけれexrs・Sない.緯的繊府の行繊』人齢保 障することが泣鯛家概念の蹴・であるので,文化欄蟻は,人権をR#.vre,  するために権力を行使するζとを決して正当化しうるものではない」d・)。 −J.   工の主張による’と,近代立憲主義とは,丁適応力」を有し,「各国の桂会的発.  展過程1に応じて,改善や拡張を許すもの」なのである己.西欧的な価値のf普遍.  性」の主張に対する「応戦」的な「アジア的価値」の主張のように対立的な図. ・式として蹴るのではなく・「欧・米の思想や蟻をたん曄容するのではな. i・いわば『和曄才』甦?て言禦応え嘩」カi鰍なってく.るので はないだろうが1ぽ西欧諸国め1つである躰も「酋鞠法制凌鱒入㌔  ことによって,生活の全般を法によって支配されるような社会になった訳では         [  な!{.・6,しかじ日本社会固有の原理が,法による補完1を要求するのであり,日本 永は補完者4・して西洋的法制を利用してき売のである」田。、      ・,   こっしたこと1を踏まえゐと,、近代立憲主義はr、各国の文化や社会的発展過程. に応じて変容されていくことで,アジア1:zも普融靱んでいく可能齢ある  と言えるだろう。    、       一. , (5)小括.  近代立憲主義とは,専断的な国家権力を制約1し,人権を確保するrこ一とを目的. とするが,とりわけ人権の普遍性に対しては,保守主義ないし功利主義,マル. ク駐義フエやズムなどの鰍雄場力}らの酬に晒されてきた0しかし, それ1らの批判を受けながらも,w権は,西欧諸国の近現代史のなかで変容しつ.                                  109.

(8)  横浜国際経済法学第16巻第11号{2007年9月). つ受け入れられてきたのである。・ ; 』’、    一・   また,最近では,人権とは西欧に起源を有する概念であるとする文化相対主 義からの批判,』とりわけ「アジア的入権」観の批判を受けできた。,このような. .人権に対する批判は輌もしかしたら将来の人権論の深化と入権保障め充実に寄 与していく可能性もあろ・う43)。    ’ ・㍉  ’ドニ:    』  ・7.   しかLながら・,、各国の文化や社会的発展過程などを理由とする人権侵害の危. 険性を踏まえると,「国家がらの自由」を入権観念の中心に置いて実現してい  くことが,やはり重要な課題であるように思われる。各国’の文化や社会的発展. 過程などを理宙とすることで,近代立憲主義の受容を安易に拒むことは難しく なってきたと言うことができるだろう。1したがって,.今後も,アジアにおける 人権保障や・「アジアめ近代立憲主義」44)に注目していく必要があるように思わ れるのである。、    』“−LL’1 ’:・一 七,  イ .・’・ J’ 』 ㌧』1  ㌦                  1 r    』      、 1”・  ”  ‘ 1 ‘”. 第2節嘩蝸麹寧おける近代立駐義吐如  一  「アジアの近代立憲主義」にういて考察する際には,アジアの大国であ』る中. 華人民共和国における人権の保障状況に着目Lていく必要があろう。r申華人民 共和国における人権保障に関する問題は,「国情を考慮に入れてでも保障,J実 現できる人権の軽視,、無視であり,かつその状況を『国情』で正当化している」. こどにあると主張されてきた4s〕。現在もなお,中華人民共和国は,近代立憲主 義の受容とは程遠い状況にある{と言えよう。それでは,その要因は,・・ど1こにあ. るのであろうか。        ’..  {1)社会主義  ‘ ’: ..ト・t −’r ,      『 、   一.  社会主義国では,前述のように,マルクス主義に基づき,’敢えて人権という 語を用いるこどが拒否されてきた。したがっ《,・ソ連憲法でも「勤労し搾取さ れている人民の権利」一(1gi8年ロシア社会主義連邦ソビエド共和国憲法第1編動 110.

(9)                   ”1 ’  近現代申国と近代立憲主義 や・「市民の基本的な権利」(1936年ソビエト社会蟻蜘国1螂憲法第・・章…, 1977’ ‘Ellソピエ1ト社会主義共和国連邦憲法第7章48りとvi’う語が用いられてきた. のである刷・とりわけ,社会主義体制における権利とはi.ユ977年ソ連憲法39 条に着目すると,前国家的な自然権ではなぐ,社会主義国家により’市民に保障 される権利であることが端的に規定されている。.   「ソ連邦の市民は・ソ連羅法およびソビtFの法律によつて宣言され課 障ざれるすべでの社会的;経済的,政治的および人格的権秘と自由一をもつ。社. 会蟻㈱は・社会的酬斉齢よ敬化的撫のプta・ p.ラムの遂行に応じて;. 市民醜利および舳醜大なら.びにそ皮らの麟樺郷齢向上を保齢 る」。 ・.一 ‘  .   、. ’つまり・「ソ連憲法は,人権を確保するたあ、に国家権力を制限することを目的. とする近代立憲主義に基づく憲法ではなかったのである。  1.  中華人民共和国憲法鋤も,毛沢東が「中華人民共和国憲法草案について」51)[. において「我々は自己の経験を主とし,ソ連や人民民主主義国家の憲法の良い ものも参考にしたj’と述べていることから,ソ連憲法の影響も受けてきたと言. えよう。したがっ宅中華人民共和国憲法で1も,五権ではなく,「公民の基本. 的馴」とい・う語が恥られてきたので読(・95』鞠麟3章,、975年離 第3章,1978年憲法第3章,1982年憲法第2章)。 ’このように,・中華人民共和国憲法において「公民の基本的権利」という語が. 用いられてきたなかで,人権は,郵小平申央軍事委員会主席が一ig85年6月に 「大陸と台湾」学術研究討論集会主席団と’の会見において「人権とばどケいう. ものか・どのくらいの人数の人権なのか・蝋の人権なOPか, 〈iz8も酬の 人権なのか,全国人民の人権なのか。西側世界のいわゆる『人権』と我々のい う人権とは本質的に別の1ものであり;その観点は異なる一152)と語ったことに表. れているように否定的に評価されてきたのである。                                 ・111..

(10) 横葦兵国際経i斎法学第16…巻第S号(2007年9月}.  要する・に,中華入民共和国では,〔ルクス主義晦な社会主義憲法が採用され・. 近代立憲主義とは一線を癒してきたの薄ある。Lたカヤて・』申華人民共和国に おける近代立憲主義の欠如とは,・中国共産党を中心とする杜会主義体制に起因. するとひとまず言うことができるだろう。’r H   :t.  (2)法文化     、    ’         .,.  しかし,近代立憲主義の受容を拒む要素が杜会主義にあると直ちに断じるこ             t                                   t. とは,早計にすぎるように思われるごたと・え申華人民共和国が社会主義を放棄 したと.しても,直ちに近代立憲主義の受容がなさ、れるとは限らなV)’6・近代立憲. 主義の受容を拒む要因が,社会主義とは別に存在するの恋はないだろうか。 、. 繊社会蟻国における近代立鮭義に閲す研究は・・「社会蟻的適法 性」概念からの研究が中心であった53〕。この「社会主義的適法性」概念は,中 華人民共和国において「法制」も一しくは「社会主義法制」’,』の語で表現されてき. た.この「法制」をめぐる問題が議論の貢撰となったのは・1刷年の中国共 産党第8回全国代表大会以降のことである。.当時,最高人民法院院長であった 董必武は,・「法制」とは,全ての国家機関が1「法によっ1て事を処理しなければ. ならない」(依法亦事)ことを核心として,、「基づくべき法がなくてはならな い」(有法可依)ことと「法があれば必ずζれに従わなければならない」(有法 必依)ζ上を包含するものであると説明しているM)eζうした説明から、,「法. 制」とは,「国家機関は法に基づき権力を行使しなければならない」という法 の適用に関する原則のみを意味Lしていると解す在ζどができよう。そして・・こ. の「法制」・は,1957年の反右派闘争が終結しでから,人民の義務として法の 遵守を要求する「守法」1に置き換えら鵜秩序維持に傾斜して㊤くことになっ1 たのである5㌔. 、   .’−   1 − ・    .・{一   ∴∵.  その後,文化大革命において顕著になった「個入崇拝」「人治」に対する反. 省を踏まえ,1979年にはf社会主義的民主主義と法制建設を強化する」こと が提起された。ここであ「法制」も,』[依るべき法があり.,.1法があれば必ず依  1 12.

(11)                          近現代中国と近代立憲主義. 拠し,法の執行は厳格に,違法があれば必ず追及する」(有法可依有法必依,. 執法必厳,違法必究)として表現され,国家を管理し,社会秩序を制御するヰ 段として捉えられてきたのである剖。      ’   :   一一.  また,この時期には1「法治」という語も用いられる、ようになった。例えば, 「法治国家」とは,「主に正義の法に依拠して国政を処理し,社会を管理するこ どによつて,、権力と権利が合理的に配置された状態」を指すとiされた訂}○この 「法治」.も,「法に依拠して国政を処理し,,1社会を管理する」手段として捉えら. れてきたと解することができよう。                   、.  ‘1980年代に入ると,中国の法学界において「法治」に加え,「憲政」という                             コ 語が使用されるようになった。この「憲政」、は,そもそ、も「憲法」を意味ずる ものどして使用され,「法治」‘との関係に着目するものは少なからた5S)’。しか. し,1989年6月の天安門事件を経て〆1990年代になると.,「憲政」をめぐる議論. が活発になり,「憲政」とは「民主,法治,人権iといロた基本的要素を包含 する概念であるとの主張が見られるようになった。そこでは,1)民主はJ「憲・ 政」の基礎であり,2)法治は「憲政」の重要な条件であり, 3)人権保障は、 .[憲政」の目的である,と主張された5D)。このような「憲政」の理解を踏ま.え. ると,1近代立憲主義の核心である恣意的な政府の権力行使から人権を保障する ことが考慮されるようになってきたかのように見える。しかし,上述のような 「法治」を「憲政」の重要な条件としていることや,Lここに言う人権概念が如 何なるものとして捉えられているのか5°),ということに着目しなければなら、な いよう、に思われる。これらを踏まえる・と,1恣意的な政府の権力行使から人権を. 保障するという近代立憲主義を受容したと言うことは1、,まだ難しいように思わ れる。   t  以上のように社会主義制度の下で使用されてきた「法制」,「法治」,「憲政」 という語の変遷に着目・すると,’これらの語は,主に国家を管理し,社会秩序を 制御す’る手段として捉え’られてきたと解することができるのであっで,法を為 政者が民を治めるための「器」に過ぎないとみなしてきた中国の法文化的発想61} 113.

(12) 横浜国際経済法学第16巻第1号(2007年9月}. を見て取ることができるだろう。. ’(3}発展途上国.  このような,法を為政者が民を治めるための「器」に過ぎないとみなしてき た中国の法文化的発想は,国共内戦時に中国国民党が敗走’していった台湾も, その住民力’Eほぼ漢民族であるごとから共有していると言えよう。.ところカ㍉台. 湾における違憲審査制度fi2)の動向に着目すると,次のような傾向が見られる1ど.             1 置つo.  「1948年,大法官会議による憲法解釈力『実施されてから’,1958年までに憲1. 法解釈は24件出された。人権擁護の憲法解釈はほとんど見られないのに対し て,人権を侵害するような憲法解釈はいくつか見ちれる。一しかし,1987年に 戒厳令が廃止された後,大法官会議による憲法解釈は,徐々に人権保障的機能 が発揮されてきている」es)e         − ・    .L  、‘. 1987年の戒齢麟後・大鮪会櫟}による憲醐酬が徐端嫌保酬 機能を発揮してきているという一台湾の状況を考慮するとs5},中国の法文化的発 想を共有しているとしても,、’経済発展に伴い,民主化が進展し,人権が保障さ. れて,近代立憲主義が徐々に受容されることになると解することができるだろ う。   ’       r”』tu   ,H      :  .  JL・ 』  ’.  申華人民共和国政府は,1993年6月のウィ≡ン世界人権会議において,発展 途上掴であることを前提にして,次のように主張した。‘ ‘  ’..  「広範な発展途上諸国にとつて言えば,人権の尊重と保護はなにより泊まず,. その国の人民が生存権と発展権を十分に実現させることを保護ずることであ る。入権が発展の前提であるというようないい方は根拠がない。貧困と物不足 が普遍的に存在し,、人民の衣食問題がまだ解決されず:.基本生活がなおも保障.                      c 114.

(13)                      1’^  近現代中.国と近代立憲主識. されていない状況では,経済発展の問題を優先的に解決することに力を入れる べきであり,さもなければ,人権などまったく話にならない」.刷6、L..  こうした主張を踏まえると,中華人民共和国政府は,人々:の注存する権利お,. よび発展権を保障していくことで人権を保障するための存在として,国家を認. 識している已うことができるだろう.ここで,昧が酬など醜本嚇を            j +分に確保することで個人が18轍されることを「国家によ己個人の角轍」であ ると解すると,,食料などの基本的財を十分に確保し七いこうとする中国政府の. 政策と個人の人権保障の間には相互連関があると捉えることもできよう。  このような認識を踏まえる:と,「国家からの自由」が「重要な問題になるの は食料等の基本的財が十分に確保された地域においてである」声ど言づごとに. なるかもしれないbつまり・近代立憲主義の受容を蜘縫とほ溌離階の 遅れtl国に見られる現象であると見倣すことができるかもLれないのである。,.  (4・).L , St権国になり得る大国. 1また虚史を振り返ると,1国が欧米列強による半繊地化に抵抗し,その 文化を拒絶してきたばかりか,第2次世界大戦では戦勝国となり,その後の冷. 戦構造のもeでも社会蟻国の掴ρ・つとして躰撲国と対1時レ欧米と 異なる独自の立場を一貫して主張してきたことを強調することも考えられよ づ。一アメリカでさえ,自国の覇権や利益のために,人椎や近代立憲主義を掲げ. ているに過ぎないと見ることも+分できる.欄蝿酬に’. ネり得る畑であ. る以上,西欧諸国の掲げる1のような価値観に従属することは無いのかも,しれ ない。. 一こうし元「1劇弗、同じく東アジアに位置し,早くから欧米の文化を受け入れ,一. 第2次堺大轍剛としで, GHQa)t旨融もとで昨酷法を畦し∵「国 家からの自由」を中心に置く人権の確保を目1的とする近代立憲主義を受容し,. その後は西側諸国の一員どして欧米と歩調を合わせてきた日本と好対照であ                                 115.

(14)  横浜国際経済法学第16巻第1号(2qo7、年9月}. る。日本は,地勢上,人日規模などから言って覇権国にはなり難かった。’. アの. ような中国と日本の対比に基づくと,申国が覇権国になり得る大国であること. に,欧米諸国をモデルとして近代化することがなかったことに,近代立憲主義 の受容を拒む原因を求め,ることになろう。          , r.  (5)IISts                  ’ ,.  これまで,中華人民共和国において近代立繕主義が欠如してきた要因を,・1}. 社会主義,2)法文化,3).発展途上国,−4)覇権国になり得る大国であるこ とに分けて考察してきた。・もっとも,このうちの1つの要因だけによつて,中1. 華人民共和国における近代立憲主義の欠如を説明し得るものではないように思. わ縮囎㌔「中副こ醐る燗の自由端利の鯨}ま,きわめて長期にオう剖 ヨーロッパと異なっだコンテクストにお垣て概念化さk,作用してきたのであ」 る田㌔ Jt   − 一.  したがって,.欧米列強による半植民地化に抵抗しつつ近代国家の建設が課題 となった清末から,これまで中国共産党の正統的革命史観に基づぎ批判の対象 となってきだ申華民国期7°)も含めた,中華人民洪和国に至る違続する歴史の流. れのなかで制定されてきた憲法などの権利規定に着目して,個人=人権と国. 秦躍の密麟欄齢螺蝸係などを明らかにしていくこ・と秘要とな ってこよう・こうした点を努らかにすることは,近現代中国において「国家に よる個人の解放」を経て「国家からの自趨」が追求され,近代立憲主義が定着 していくことが歴史的に必然的な流れであるのか否かを検証することに資する ように思われるのである。 一「   1「    .   ・ 、 t ・t ’、. 第3節中華人麟未咽における近代立憲主義磯容の要伸  それでは,中華且民共和国において,止擢が十分に保障さh,近代立憲主義 が受容される可能性はあるのであろうか6もし,そめ可能性がある場合には, 116                                         ,.

(15)            1                   ・近現代中国と近代立憲主義. 何がi要件となり得.ようか。J” ’   ・  ・l iP、 一一   7.   臼)国際的圧力   ,、 .、  :、 、.ジ、 ・  二:、  ’ 』」.  清末以降の近現代申国では1, :欧米列強の瓜分による国家存亡の危機といった. 状況の下融米列強鮒抗できる近栖家の蹴が醸端題となったので,. 近代西洋灘受容し錠離端をCまじめとする齢嬬灘制定してきた。 したがって,これらの憲法では,筆者が考察してきたように71),個人や個人の 自由よりも国家の存亡72)や国家の団結t安定に重点が置かれできたのである。.  とは言え,現在∴中華人民共和国も国際社会めなかに既に組み込まれている ことを踏まえると,先進諸国からの入権保障に関する要求を完全に無視するこ. とは難しいだろう・例えば∴・989年6月に起こった障門事件にsiする非齢 盛り込まれたアルシュ・サミットでの政治宣言・・幽ら綱ように沖国は, 先継国から人権酷との批判を鮎ナるこ・とになった…eこうした欧米諸国や 躰からの批判や繊酬まえたうえ一で,、・瞳鳩斯。国酬は,、99、年、、 月に「中国の人権状況」75)を公表し,次の’ 謔、に主張Lた。  、’、 :.”・     ,’t.   「入馴題は国灘の一面があるにしても,主として一国の主権の鋼内の 問題である。そのため,1つの国の人権状況を観察する場合,当該国の歴史と. 切酬しではならず・当該国の騨か・酬れてはならない。・つの国の人権状 況をはかる場合,1つめモデルやある国,地域の状況に照らしてはかって’ほな らない」’司。 .   ’  . L、.  1のような主張は,1993年3月の世界人権会議アジア地域会合における中国・ 代表団団長の次のような発言1においても見られた。.  「相互尊重,・平等交流を踏まえて,入権分野での国際協力を進めること,人権. 問題を利用してイデ1: trギー面で論争を展開し,政治的圧力をかけたり,1国連の’.                                   117.

(16)  横浜国際経済法学第16巻第1号(2007年9月). 演壇を一国が他国に政治攻撃を加えたりする場としないことを提唱する」F)。.  これらの発言かちは,中華人民共和国政府が,先進諸国による人権を利用し た批判を論難することで,国際社会のなかでの申国の安定的な存在を第7に追 求しているごどが窺えよう6・・ Je:のこと1は,中華人民共和国政府の次のような主. 張にも表れている。一   、   :一     ‥   ’T 七㌔ .’−L.   「アジア諸国の政治,1経済,文化,、宗教の状況は千差万別で,各国と人民め. 享受する民族自決権を尊重しr・国の大小,強弱を問わずいいずれも,自国の国情 に合った政治体制,:経済モデル,発展の道を自由に選択する権利のあることを. 承認することが,アジア諸国間の友好協力を発展させる基礎である」7%、.  さらには,即02年10月の国連改革問題に関する会議においでも,、中華人民 共和国の王英凡国連代表は,人権問題を国連の発展援助プランに組み入れると いう提案に関連して「人権問題.と発展援助プランは別問題であり,中国は人権 問題と発展問題を混同させることには反対する」・と主張し,「人権促進につい ては各国の事情を考慮し,‘発展権の実現を重視したうえで,・当事国の政府の意 見を尊重すべきだ」と強調したのであゐ。,11.−h l .h・e、  T.p ’.  以上のように,中華人民共和国政府は,、1先進諸国にょる人縮を利用した批判 を論難しできたが,1989年.6月の天安門事件による国際的な孤立を避けロつも,. 世界的な社会主義体制の崩壊が中国に及ばないようにするために,改革開放政 策を堅持し拡大し,先進諸国との人権に関する対話を模索してきたことも見逃 せないだろう声。   、u、’..・. ILlt i、;∴・ll・コ』’1・’t J.・.・一∵.  このように,中華人民共和国政府も人権を国際政治の道具として用いて1きた という側面は否定できない。だが逆に,そのことによって,中華人民共和国憲 法の定める権利の内容や運用が変化せざるを得ない点も見逃せないだろうp..こ. “の点を強調すれば,、中国の人権状況の改善1には,.欧米先進諸国や国連;NGσ.                       c  118.

(17)          ,      ,        L LLI   近現代中国と近代立憲主義. などの国際的圧力が非常に重要だということになろう。このような国際的圧力 により・中華人民共和国は,そのスタンスを変える1余地が十分あるかもしれな いのであるs°)。:  .    ,   ・  』一 ..  (2)経済発展に伴う国家の安定  次に,中国では,国家の安定的な存在が第一に重要なことであると考えられ てきたことを踏まえると,国家がよりよい生活を保障し,人冨が貧しくなく, 社会不安が発生しないことが重要なことになってこようSl)。この考え方に従え ば,’経済発展に伴い,人々の生活水準が高まって豊かになることでゴ社会,・延 いては国家が安定していくことになり,1一その国家が人権保障の充実を導く可能. 性が考えられるのである。これは,申華人民共和国政府の改革開放政策を支え るものであり,人権の保障は経済発展を挺子に拡大するという主張に資すると とになrろう。        一     』         ’.  それでは,経済発展によって民主化が進み,権威主義体制から議会制民主主 義への根本的な転換が行われた台湾や韓国のよう.に畦国内総生産(GDP)が 1978年の3,624億元から2004年には159,878億元に増加し,年平均9%を超え る速さで成長し田㌧食料などの基本的財が確保されつ?ある中華人民共和国に. おいても,今後,前述の二極構造図式が説明するように「国家による個人の解 放」・から「国家ど個人の緊張関係」に転じて「国家からの自由」が追求されて. いき,人権保障を申心とする近代立憲主義的な政体を受け入れざるを得なくな るのであろうか。.  もつとも・・ r 1960年代に法整備支援という援助形態によつて発展途上国の開 発を支援する’との立場から生まれた「法と開発」「研究.(1.aw and Development. Stqdy)が「欧米的な法制度を移植しさえすれば民主的な社会が自ずと・形成さ れるという単線的な発想に立6ていた1.と批判されたことを踏まえるとew) ,’経. 済発展に伴い,西欧に起源を有する人権や近代立憲主義が当然に全面的に受容 ざれるようになると直線的に発想することも危険である。 1 1:.                                 1ユ9.

(18)  拙浜国際経済法学第16巻第1号〔2007年g月) .. 現在,緻醗展に伴い,逆に,丁信農商劉(隈業』の低生産性,躍繊の. 荒廃,『農民』の貧困)as}などに見られる経済格差の問題泊生じてきている。一. ここで重要となってくるのは,国家権力や描力者を批判する活動であっても,. これを許すhhどうかということである。この点が近代立憲主義的な意味での 「国家からの自由」が保障されているかを示すメルクヌ』ルであると言っ.ても. 過言ではないだろう。v  ’   r』、 .’1rl .  .・c  そこで,政府見解とは異なる主張がなされた場合の中華人民共和国政府め対 応の一例を見てみよう。中国青年¥fi SG)の付属誌『氷点』が2006年1月、・11日.に. 掲載した申由大学歴史学部教授・蓑偉時氏の「近代化と歴史教科書」,Jという文. 章を契機としで,歴史認識をめぐる論争が起きた。その:後,同月24日に中国 共産主義青年酢7)申央宣伝部が『氷点』を停干拠分としだことに着目するとee)1,. 中華入民共和薗では,まだ「国家からの自「由」が保障さ1れだとは言えず,近代. 立憲主義が受容されていないとの印象を内外に与えることになるように思われ. る。    ].、1 ”  I Tc二  こうした硯象を踏まえるど,申華人民共和国における「国家からの自由」の 保障は,.経済発展とは別め問題だということになろう。したがって,中華入民. 共和国における近代立憲主義の受容について考察するには,憲法を最高法規と.                           r し国家権力を制限することで「国家からの自由」を中心に置ぐ人権を確保する          t         i. ことが目的とされているか否かを,改めて検討する必要が出でく.るめである。. .(3)法治主義     占               ・、.  文化大革命の終焉という国内政治情勢め変花に伴い,1982年憲法では,「全 ての法律,行政法規及び地方1生法規煕は,・いずれも憲法に抵触してはならないU. (5条2項〔現5条3項〕)と憲法の最高法規性が規定されジま売,「全てめ国家. 機関と武力勢力,各政党鋤と各社会団体II各企業事業組織は,いずれも憲法ど 法律を導守しなければならない。全での憲法と法律に違反する行為は,. [追及さ. れなければならない」(5条3項〔現5条4項〕)1と憲法によって国家権力が制限 120    ’                                     t.

(19)                     ・      近現代中国と近代立憲主義. されることも規定されるようになった。 1・      ・..・.  その後も・中華人民共和国政府は,1999年3月における1982年憲法の改正 において「申華人民共和国は依法治国を実行し,社会主義法治国家を建設ずる」 (5条1項)という規定を追加しgo,20⑪4年3,月における同憲法の改正では,1「国. 家は人椎を縫し保障ずる」・(33条議)と勘蹴定し遮法}』おいて一「入権」1 という語が初めて用いられるようになったのである?3〕e現在の中華人昆共和国. 憲注では「社会主義法治国家」を標榜し「人権」と恒う語が用いられるように なったのである・これらの規定が追加されたことにより,一見すれば,1・法の支 配の原理に類似する法治主義93)が採用されたかのようにも見えるのであるSl)。.  最近では,中華人民共和国において用いられるようにならた「人権」という 語を’ u官方入権jという用語で表現している中国人研究者9三)や中国人権研究会. の「中国人権」という.ホーム・・ページ剛がある。このF…官方衷権」には,次の. ような特徴が見ら1れる97〕。すなわち,−1)大権は人類が普遍的に掌有する権利. であり≡いかなる国家も本国市民の人権を無視あるいは剥奪することはできな い〆2)集合的生存権および発展権は.中国人民の最も重要な基本的人権であ り・同時に,経済発展を基礎として市民個人の権利に対する保護を強化しなけ ればならない,3).中国政府は本国の市民の基本的人権を尊重かつ保謹すると. ともに,積極的に人権保護の発展を促進する,4)基本的人権の範囲の確定お よび保護は・主権国家の内部事務であり,原則として外部の干渉を受けない,・ 5 )1本国の人民あるいは他国の人民の人権を一国が大規模に侵害したときに限 り,’国際社会はこれを制止すべぎであるが,ただし武力はできる限りイ吏用して はならない,’ということである。 ‘      、      L、 』∴.  これらの特徴からも,中国では,実態はともかく,国家が人々の入権を保障 していくことが第一に重要なことであると考えられているど言うことができよ う・じ牟し,ここにぱ,国家が法律を以って人々の人権を保障していくこcとが・ 前提とさ・れており,法律を為政者が民を治めるための1「器」・に過ぎないとみな してきた’中国の法文化的発想に基づく「法治」.を窺う.ことができようdしたが.                                ’  121.

(20) 横浜国際経箭法学第16巻第1号 (2007年9月}. ってlt中華人民共和国憲法が,憲法を最高法規とし「社会主義法治国家」を標 榜し「人権」という語を用いるまうになったとしでも.,「国家からの自由」を. 中心に置く入権を確保することを目的としていないので,近代立憲主義が受容. されたと言うことは難しいように思ねれる。’  ・iL、    ・  ’  近代立憲主義の受容には,.「国家からの自’由」を中心とする近代的な人権思. 想の定着が肝要であり,法律を為政者が民を治めるための「器」に過ぎないと. みなしてきた中国の法文化的発想に基づぐ「法治」が変化しない限り,無理だ ということになろう。  』   、.  (4)公的領域と私的領域の区別 」 ・ ’」、 ….  癌後に,近代立憲主義を,思想,利害,’世界観の多元性を認めたうえで・そ の公平な共存を図る考え方であり,「人の生活領域を公と私の二つに区分し,. 私的領域では1各自の世界観に基づく思想と行動の自由を保障する7方,公的 領域では,それぞれの世界観とは独立した形で,社会全体の利益に関する冷静 な審議と決定のプロセスを確保しようとする」ものと解すると兜L次のように. 言うこどができるだろう。    ’・ ・ 、   ”   1  近現代中国では,近代国家の建設が急務であり,その国家の安定的な存在と いう社会全体の利益が追求されてきたので・国家権力を制限する近代立憲主義 一が受容されてこなかった。このように社会全体の利益の追求が第一とされたこ とにより,人民の一体牲が強く意識され,人良の思想,利害,一世界観の多元性. が意識されてこなかったのである。それは,文化大革命に端的に見られたよう に公的領域が私的嶺域を凌駕してきたと捉え直すことができるだろう。、じたが. って,中国に近代立憲主義を定着させていくには,公的領域と私的領域の区別 が必須であるように思われJるのである。 LL        、  1   とは言え,公的領域と私的領域を裁然と区別することは難しく,公的領域と 私的領域の両者の関わり方も=様ではない剛。こ.のζとは,1中国と同様に東ア. ジァに位置し,「西欧の後追いをしつつ後発の近代国家として,ヨ「ロt;パ文                       c  122.

(21)                    」・  ”  . 近現代中国と近代立憲主義. 化圏め外側で初めて憲法という一つの社会運営め骨格を1とにも一かくにも導入し た」1°°旧本についても当’(.は1まる,叫。日本における公的領域と私的領域の区. 別め難じさは,「個人よりもむき出しの『自然の共同体』ー. 優先させる精神風. 土がある」1°2)との指摘蝋’「日本の精神風土とじては,『和』の尊重があるこ. とはしばしば指摘され渇口そこでは意見の相違が激突せず,むしろ調和が重ん じられる。『和而不剛として重要な点で自己の意見を貫くのであればよいカ㍉ 和して同じるという,.自己の意見をまげて一も同調する傾向がある∫1刷との指. 摘にも表れている。’          , {   ’ “FL  このよ』うな公的領域と私的領域の区別の難しさが,近代立憲主義の定着の難. しさの根底に存在していると言うことができよう。もっとも,こうした議論の 際にS[.化的な特殊性を想定し,文化的な要素を強調し過ぎること}三ほ注意ttk. ければならないが剛,公的領域と私的領域を区別しで「冗権を保障するために 国家権力を制限する」ごとの重要性について改めて認識し直す必要があるよう・ に思われる』 1  ’1 .’.  (51) ノ」、‡舌. :中華入民共和国が近代立憲主義を受容し,人権を十分に保障することに繋が る可能性のある4つの要件を挙げてきたが,このう.ちの1つの要素によって・,. 人権を十分に保障し,近代立憲主義を受容することになると言うことはでぎな い。r人権の保障,’近代立憲主義の受容は,複数の要因iot関連しながら促進しで いくこど’になるだろう。.  まず,J中国が国際社会のなかに既に組み込まれているという側面に着目する と,” ”人権保障を要求する国際的圧力を完全に無視することは最早でぎないよう. に思われる。’また,申国の国際貿易における市場一としてめ役割に着目すると,. ごれからも経済発展を遂げていくことになり,・中国国民の物質的な意味での生. 活水準が高まっていくことになろう。こうして,人々の物質的欲望が満たされ ていくことによって,社会の安定にも資することになるかもしれない。しかし, 123’.

(22) 横浜国際経済法学第16巻第ユ号(2007年9月). 同時に,経済発展から取り残される人々も現れてくるので,中華人民共和国政 府は,こうした人々の不満を解消することに眼を向けていかなければならない。       l                              , ’. このような不満が中華人民共和国政府に対して向けられた時に,1989年6月.の 天安門事件のように社会の安定を破壊する者として弾圧することになるのか, それとも,思想,利害・,世界観の多元性を認め,共存を図る方向へと進んでい. くのか,という選択の仕方によって,社会主義法治国家の本質を見出すことが. でき,中国共産党の一党独裁体制と近代立憲主義の共存可能性を考察すること ができるように思われる。          ,         1 ’一.  おわり・に   ”   ・一・・ 一” 』」  以上のようhに,近現代中国における近代立憲主義の受容に着目していくこと. は,近代国家の建設ど近代立憲主義の定着との関連性についで㌣石を投ずるζt とになるだろう.。そして,日本をはじめとする非西欧諸国における近代立憲主. 義の受容について比較し考察するための視点を提供することにもなるように思 われるのである。              .     −r’]・  これまでの議論を踏まえると,、r二極構造図式によって説明される[国家によ. る個人の解放」から「国家と1個人の緊張関係」への転換までの間には,直線的一. な因果関係はなく.,論理的な飛躍があると言えよう。「国家からの自由」が 「重要な問題になるのは食料等の基本的財が十分に確保さ:れた地域においてで. ある」と直線的に主張することは難しいのである。さらに言えば,「国家から                     の自由上を中心に置き,’人権を保障するために国家権力を制限する’ζとを目的 とする近代立憲主義の受容とは,』歴史的に必然的な流れであるとは言えないよ. うに思われる吐非西欧諸国における近代立憲主義の受容とは,様々な要素が絡 み合うなかで,,拒絶される可能性を孕みながら,勝ち取っていくものなのかも しれないのである。     ,t ∴        :. 124.

(23) 、近現代中国と近托立憲墨義.   11、鎚肝増嘩臨→・詞鮒」のもつkny−1.〈岩踏店、・麟ほ頁参照.’−  2)例斌久保as= ’r引き裂棚細家一旧ユーゴ繊破靴と民族醐(有離融社,    2003年)など参照。     .   〉.             ’    t’”. 3)例えば・酬剛・治連邦制と良綱与民族醐連の興亡血端纏店,    、2007年)など参照。             −    1. .1駕警欝蕊鷺ア礪経邑一呼1年幽5蹴.  6)渡辺利夫噺世紀アジアの構想」(筑aSe,房,1995年)1碩。. 7)1作糖行一em馳制房ア囎主化と法一フ・イリピ・・タイ・インドネシア砒封.   .(アジア経済嘔所,2003国頭参照。         1 8)1下村恭時中川鞠・齋麟roD疎綱の政嚇済学」備酬1・999年)T.9頁撫。. 9)愛敬浩二「二゜の立鮭鞭法学一輌陽「長谷部糊両搬のr鮎思剖罐む_」.    繊評論社・2・岬輝暇11屑・∵ ’一’,【r−,.1→  . 1°)宮沢鱗撫法皿」〔新版〕(有酬,197欄7寝参照,芦部信ぎr憲細人櫨制情.   1麹・碑年)’47tt・凸L’”    ・,. 1當竺:竃騰驚曄馴92緬螂1∵∵.. 藷羅蕊鷺馴卿2叩4年)・遮 、15)樋口・同上32頁参照。             1        ・  ’  1’6)辻村みよ子「憲法]〔第2版〕一(日』本評論社,2004年rl33i36頁参照。. 、・7)カール・マルクス(蹴登訳)・・rユダヤ燗題に培てヘー獅法酵批9・蹴」(岩酬    店,・1974年)42頁。           4  18)オリヴィエ・プラ’ン(辻村みよ子訳〕「女の入権宣言一フランス革命とオランプ.ド;7.グ.    ージュの生涯』捲館店,エ995年)q69274頁参照.、、  』 一 . ”. rS・9)、辻村み好r嫌と端一駿と理論から学ぶ」.(日本評論社,1997年’)32頁以下熱.  20)フラ」ンズ人権宣言に対する批判論などを踏まえそ,フラジスにおける人権論の展開に6いて    着目したものとして,辻村みよ手r人権の普遍性と歴史性」(創文社,1992年)参照。. 11)e’「es正己「醐支配」.(麟臥・954年}・頁参照,佐酵治r躰醜法とr法破剛    (有斐闇,2002年)3−4rfi参照。. 22)雌鱗と人勧鞠性剛する議論として,小融秋美「社会蟻と遮_蛭的繊と.    魎馴題・号(・蜘92貢以下酬憾正孝障蟻噸ζ撒工和ギ ,一 v塑科学2鵠〔・995年)5頭以下参照・ 、.一. es)・シア醐離におけ畝権のぞ夏椥・ついては,’竹森酵.僻三メント帥アのr離    鞠を齢声恒翻噂法資料と解説一1・・(ナウカ,..・992年瑠西鉱同「ソ連. 125.

(24) 横浜国際経済法学第16巻第1号(2007年9月)                   .    型杜会主義の経験と人権一1918年r勤労・「被搾取人民の権利宣言」から91年.「人権宣言」    まで」ジュリスト1022号(1993年)153頁以下参照。. 24)辻村・前掲註16)日33頁劇璽。  .  .   、 、 25)土屋難「麟」同繍r中国の人権頃一醜融そし下麗一」!明石齪・199㈱    2庄29Mo           ・          fi                               、.  26)「バンコーZク宣言」自由と正義44巻6号(1993年)77L7gza参照。 . 、  .r.  27)「ウィーン宣言及び行動計薗∫自由と正義44巻1i号(1993ttlZ)13p153頁参照。  28)内藤淳「自然主義の人描論一人間の本性に基づく規範」(勤草書房,2007年)12r28頁参照。. ・9)例凪轡デ・瞬酷子網r酬されて」げ・レ淫㍗垣2°°禰な塔    照。       ・   ,    7                .r.  30)辻村・前掲註16)1133頁参照。  302003年5月に,ミャンマー政府は,北部地域を遊説中のアゥン; .ij−iン・スー・チーを襲撃し、.    軍鱗蹄し醐目の軟禁剛・置いた・斑自宅軟紬・0・・年・月四購も酬    レている(外務省ホームペニジ ,ゴ, 一.    hゆ・〃冊緬・畠9・]P/m。f・j/・・e・s/d・nwaノ・9撫」528』㎞勝照)・マ  ・. 32)イスラム世界に紺確の在肪{・ついて隼方ドル・ワ・∼’ヴ’ハ・‥フ仲概    治郎訳)「イスラムの法一法源と理詮一」(東京大学出版会,1984年〉,真由芳竃「イスラー    ム法と国家とムスリムの責任」(中央大学出版部,1992年),加藤博「文明1と1してのイスラ    ムー多元的社会叙述の試み一』(東京大学出版会,i 1995年)1gg,170貰参照。.    イスラム法における神と人間の関停に着目し,イ、スラム法における人輸論を紹A,したものb.    して,奥田敦rイスラームの煉一榔おtナる搬人嗣曄応鍵坪幽会’20°剖    がある。                         、、  33)アムネスティレポート世界の人権編築部編「アムネスティレポート世界の人権釦田j’、(アム.    枠恒イ?s一ナセ・ナル昨・2・°網89耳・ 1’f  34)奥田・前掲註32)155頁参照。. 35)長谷部綿「冷綱繍とmzaの酬」剛継の理性j(鯨大学出版会1、2°°6年)所収・    5牛56頁参照。         1  .    .. 36)芦部騨(高獅之螂r鯛〔第鋼(岩酬店・2・岬β・頁参照・ ‘c 37)小林直樹[アジア憲法シ培ジウムを開いて」ジ勤担951号一{1990年)“・・n2−114頁など.    参照・     . ∴1、㍉  38)樋口・前掲註1)2i4頁。 .一  .  、  、  1, ’39)安田信乏「非西欧社会における立憲主義」憲法問題2号’{1bg1年)’88ti。,. 4e)鯨正訓r・rs・hナム鰭史s.』 i日本評継1993・Ei・) 16ffe A  ’.  41}青木保「今なぜ「アジア的価値j論か」青木保=佐伯啓思編著「『アジア的価値1とは何か」    〔TBSブリタニカ,1998年)5頁以下,山室信一「r多にしてr:』の秩序原理と日本の選択」    青罧=佐伯啓酬割rアジア酬値」,と繭ψ・」(TBS・・:リタニカ・t・998e).・59’6・頁.    [同rユーラシアの岸辺から「同時代としてのアジアへ』撚離・J2・・3年)74頁斎収〕.    参照e 126.

参照

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