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刑事収容施設における医療アクセス・質保証に向けて : 医療政策・機構研究からの検討

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はじめに  監獄法から刑事収容施設法に改められる中で,日 本の刑事収容施設において提供されるべき医療の基 準は明確となった。すなわち,「社会一般の保健衛 生及び医療の水準に照らし適切な保健衛生上及び医 療上の措置」(刑事収容施設法第56条)を行うこと, 本稿でいう同等性基準が刑務所医療の実施基準とな っている(林ほか, 2017)。この基準そのものは, 2015年に国際連合が定めた被拘禁者処遇最低基準規 則(ネルソン・マンデラ・ルールズ)(規則24)と大 枠で合致したものであり,行刑改革会議が述べたよ うに,「被収容者に対しては,国は,基本的に,一般 社会の医療水準と同程度の医療を提供する義務を負 い,そのために必要な医師,看護師その他の医療ス タッフを各施設に配置し,適切な医療機器を整備し, 被収容者が医師による診療を望んだ場合には,合理 的な時間内にこれを提供する責任を負う」との考え 方が,刑務所医療の基本に据えられねばならない (行刑改革会議, 2003: 36)。  しかし,問題はこの基準をいかに実現するかであ る。例えば,米国では,Estelle対 Gabmleについて の連邦最高裁判決(1976年)において,収監者の医 療アクセス(診断・治療,専門的判断,医師の指示 による治療の実施)が権利として明確化され,その 後の20年において刑務所医療の劇的変化が生じた (Greifinger, 2007)。ケアは,現代医学に見合った質 を備えたものでなくてはならないことが明確となり, 米国医師会や米国矯正医会などが専門家としての立

刑事収容施設における医療アクセス・質保証に向けて

医療政策・機構研究からの検討─

松田 亮三

ⅰ  監獄法から刑事収容施設法に改められる中で,日本の刑事収容施設において提供されるべき医療は,社 会一般の水準と同等のものであるべきという同等性基準が定められた。本稿では,医療政策・機構研究と して,この基準を実施するためにどのような刑務所医療機構を編成すべきなのかを,英国,フランスなど 一般医療機構と刑務所医療機構を統合した国の研究を含む先行研究をもとに,継続的に革新が進んでいる 組織として医療機構を把握する視点を重視し検討する。まず,同等性基準をふまえた医療機構設計のため に検討すべき諸論点について,医療機構の構成要素と医療の変化という視点から整理する。次に,同等性 基準の実現が含意する目標としてアクセス・質保証の同等性をとりあげ,それぞれの概念と実施上の複雑 性を検討した上で,状況把握について先行する経験を紹介する。最後に,アクセス・質保証に向けた刑務 所医療機構の編成について検討する。これには,どの省庁が所管し,どのような仕組みのもとで刑事収容 施設において医療供給を行い,どのようにその費用を賄うのか,という問題が含まれる。 キーワード:刑務所医療機構,同等性基準,持続的革新,医療政策・機構研究,アクセス保証,質保証 ⅰ 立命館大学産業社会学部教授,人間科学研究所所長

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場から基準を定めた。この中で,専門職によるケア が原則となり,受刑者に対する医療を一般社会での 医療供給機関に統合することが検討課題となってい る(McDonald, 1999)。  日本においても矯正医療体制の整備が行われてい るところであるが,同等性基準をいかに実現するか という大枠の議論よりは,「矯正医療崩壊」を回避 すべく,医師確保など喫緊の問題の対応に追われて きた面がある(矯正医療の在り方に関する有識者検 討会, 2014; 西岡, 2018; 日本弁護士連合会, 2013)。 このようなことから,異なる制度のもとで編成・実 施されている刑務所医療を,いかにして一般社会と 同等なものとして実現・維持するかという保証の体 制については,刑事収容施設における医療の法務省 から厚生労働省への移管という日本弁護士会による 問題提起はありつつも(日本弁護士連合会, 2013), あまり検討が進んでいない。しかしながら,英国や フランスでは1990年代より刑務所医療機構と一般医 療機構との統合が進められてきており,概ね積極的 な 評 価 が な さ れ て い る 中 で(三 島, 2017; 赤 池, 2007),より本格的な検討が求められている。  本稿では,医療政策・機構研究(health policy and systemsresearch)として,刑事収容施設にお ける医療アクセス・質の保証を一般社会と同等に実 現するため,アクセス・質保証の仕組みをいかに設 計するかという課題について,先行研究をもとに検 討する。なお,ここで医療政策・機構研究とは, 「社会が健康目標を実現すべく行う自らの編成を改 良する新しい知識の創成であり,患者の臨床管理や 基礎科学研究ではなく,政策,組織,事業に焦点を あてるもの」のことである(Bennettetal., 2008)。  検討の際,健康権の漸進的実現という過程の中に 一般医療機構がおかれていること,別の言い方をす れば,必要に応じた適切な質の医療を利用可能とし ていく革新が医療機構で継続していることを重視し, そのような革新の中で同等性基準を実現・維持する ためには,いかなる医療機構設計が望ましいかを考 える。  まず,同等性基準をふまえた医療機構設計のため に検討すべき諸論点について,医療機構の構成要素 と医療の変化という視点から整理する。次に,同等 性基準の実現が含意する目標としてアクセス・質保 証の同等性をとりあげ,それぞれの概念と実施上の 複雑性を検討した上で,状況把握について先行する 経験を紹介する。最後に,アクセス・質保証に向け た刑務所医療機構の編成について検討する。これに は,どの省庁が所管し,どのような仕組みのもとで 刑事収容施設において医療供給を行い,どのように その費用を賄うのか,という問題が含まれる。なお, 本論文では刑務所医療という言葉を,刑事施設の一 部としての刑務所での医療という意味ではなく,刑 事収容施設一般における医療を簡便に示す用語とし て用いる。 1.同等性基準実現に向けた医療機構設計への 検討課題  同等性基準を実現する上で重要なのは,今日の一 般医療の特徴をふまえて,その特徴に合致した実施 体制を編成していくことである。  今日の医療は,一般的にいって,財政・供給・規 制という構成要素を備えた複雑な仕組みの上で実施 されている。また,技術革新,疾病構造などの必要 の変化,質向上と保証の徹底,効率性の追求など, 複合的な目標を同時に追求していく必要がある。さ らに,医療サービスは,新たな技術手段やサービス の開発に伴い絶えず更新されていくべきものであり, 常に変化をしているものである。とりわけ近年にお ける医療の変化は,情報技術の活用やバイオ製薬の 開発にみられるように急激に生じており,そのよう な変化に速やかに対応することが医療供給体制に求 められている点に注意しなければならない。住民の 期待する医療に対応し,かつ専門的視点からもみて 適切な質を保証する課題,専門医に関わる制度変更 など新たな環境のもとでそれを実施していく課題に も直面している(OECD,2004=2005, 2010=2011)。

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 一般の医療機構がこうした多くの課題に直面し, その解決に取り組んでいることを前提とし,刑事収 容施設における医療サービスを同等性基準により保 証しようとするならば,ある一時点において同等性 を実現するということだけでなく,変化にすみやか に対応し,常に一般の医療機構と同等の医療サービ スを提供できるようなサービスの更新を可能とする 仕組みを組み込んだものにしていかねばならない。  このような点を考えるならば,まずは現在日本の 一般社会における「医療提供体制の確保」の目標と されている「地域において切れ目のない医療の提供 を実現することにより,良質かつ適切な医療を効率 的に提供する体制」1)を確保することが,刑務所に おいても目標とされるべきこととなる。そして,拘 禁という生活上の制限がある中で,このような目標 を実現する具体的方策を検討することが,刑事収容 施設における医療体制編成の基本的視点とならねば ならない。  なお,被収容者の健康は一般人口に比して悪いこ とから,健康格差を縮小する視点から刑務所におけ る保健・医療を重視すべきとする観点も示されてい る(Eckstein,Levy,& Butler, 2007; Wildeman & Muller, 2012)。この観点からは,同等性だけではな く追加的な対応を求めることとなるが,これについ ては同等なアクセス・質保証という課題の延長上に 展望する課題として位置付けたい。  さらに,この編成は刑事収容施設内で孤立したも のではなく,地域との連携を含めたものでなければ ならない。つまり,「地域において切れ目ない医療 の提供を実現する」ために,「医療提供者は,患者本 位の医療という理念を踏まえつつ,医師・歯科医師 とその他の医療従事者がそれぞれの専門性を発揮し ながら協力してチーム医療を推進していくことはも とより,地域において,患者の視点に立った医療提 供施設相互間の機能の分担及び業務の連携を確保す るための体制の構築にも積極的に協力していく」2) ことが求められる。つまり,刑事収容施設における 医療サービスの構築だけではなく,地域在住の医療 機関との医療連携体制を構築していくことが求めら れている。  以上のことをふまえた上で,本稿では,このよう な医療供給体制ならびに医療連携そして医療福祉の 連携体制を確保する上で,医療供給体制の編成をど のように行っていくのがよいのか,ということにつ いて,各国の経験と先行研究をもとに検討する。そ うした検討をもとに,日本の刑務所医療改革への示 唆を導くことも試みたい。 2.アクセス・質保証の複雑性と同等性基準の 実現 (1)アクセス・質保証の複雑性  刑務所医療機構の編成を考えるためには,供給・ 財政のデザインの前に,機構として目指すべき目標 を検討する必要がある。以下では,先に引用した医 療供給体制の目標のうち,「切り目のない医療」と いう医療アクセスに関する問題と,「良質かつ適切 な医療」の提供という医療の質保証に関する目標と に分けて,その概念と具体化における複合的な性質 を述べる。そして,特に状況と課題の把握に関する 方法とその体制について,重要な事項を検討する。 その際,医療へのアクセスや医療の質への取り組み は,継続的に更新されていく性質を持っており,そ うした更新を組み込む仕組みが重要となる点を指摘 する。 ① アクセス保証  医療アクセスは多義的に用いられてきているが, 医療利用の衡平との関わりで議論されてきた。つま り,医療の必要に応じたアクセスが目指すべき有力 な理念として提示されてきている(松田, 2017a)。 ここで,医療アクセスとは,患者が必要とするとき にはいつでもどこでも利用できることであり,どこ に行けばよいかが明確になっていること,利用にあ たって地理的,時間的,経済的,社会的な障壁が無

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視できる程度のものであること,などによって評価 される(Bodenheimer, 1970)。  医療法第1条の2では,「医療は,生命の尊重と 個人の尊厳の保持を旨とし,医師,歯科医師,薬剤 師,看護師その他の医療の担い手と医療を受ける者 との信頼関係に基づき,及び医療を受ける者の心身 の状況に応じて行われる」としており,上記アクセ ス概念に相当する内容が医療の性質として示されて いる。これを含めた理念に基づき,「国民に対し良 質かつ適切な医療を効率的に提供する体制が確保さ れるよう」努力する義務が,国及び地方公共団体に 課せられている(第1条の3)。このため,一般医 療では,現在都道府県医療計画などにおいて,具体 的な疾病や事業をもとに医療機関の配置等を計画し, また人員確保のための各種施策がすすめられている。  しかしながら,日本において,地域,疾病,専門 領域等により,実際にアクセスがどの程度実現され ているかについての把握は系統的になされていると はいいがたく,治療の遅れなど目立った問題が生じ た場合にようやく対応がなされた例もある。例えば, 2006年に奈良県の病院で意識不明になった妊婦の救 急搬送先が見つからず,死亡する事故が生じたのち に,厚生労働省が総合周産期母子医療センターを中 心とした周産期医療ネットワークの整備を求めた (恩田, 2007)。  つまり,一般医療機構においても,アクセスの状 況把握は,なお今後精緻に検討されるべき事項なの である。その際,単に施設がありそれを利用できる ということだけでなく,サービスの質,直接・間接 の費用,情報のあり方,適時性の程度,医療労働力 など多くの事項が考慮されねばならない(Agency forHealthcare Research and Quality, 2016)。  このような一般医療機構におけるアクセス保証の 取り組みと合わせて,刑務所医療機構の取り組みを すすめていく必要がある。刑務所においても,一般 医療と同様のアクセス上の問題が生じうるが,とり わけ被収容者の医療への接点が制限されていること から,対応すべき疾病や提供すべきサービスに応じ た連携体制を具体的に構築することが求められる。 また,適時性確保の観点からは,被収容者の訴えが 医師の診療につながるまでの過程も重要な検討課題 となる。  その際重要になるのは,被収容者の医療アクセス について,一般人口との比較,被収容者の経験に関 する調査,サービス提供場面において課題を残した 事例の検討など,多面的な接近法を用いて総合的に 状況を把握し,そこでの課題を明らかにすることで ある(松田, 2017a)。その上で,アクセス障壁があ る場合には,対応する措置を国は実施していかねば ならない。  例えば,カナダの州未決拘禁施設で2組各6名の フォーカス・グループにより行われた研究では,収 容されていた女性が感じている医療アクセス障壁と して,医療を利用するための知識不足と医療利用の 手続きの複雑さがあること,地域社会への移行に際 して継続した医療サービスがなく手続きがばらばら であること,などが示されている(Ahmed,Angel, Martel,Pyne,& Keenan, 2016)。複雑な手続きとは, 医療サービス利用願を被収容者が提出し,必要と見 なされた場合にまず看護師が状態を評価し,さらに 必要が認められた場合にようやく医師の診察が実施 される,というものである。この仕組みは,日本の 刑事収容施設における医療利用の仕組みと類似した ものであり,同様の調査を日本で実施する意義を示 唆している。さらに,調査参加者の議論には,より 総合的な入出所時の健康評価,不足している健康に ついての知識を増やすこと,出所後のケアに向けた ネットワーク,といった提案も見出された。  質的手法を用いた研究では,刑務所医療が国民医 療サービス(NHS)に移管されて後に,2005年にイ ングランドで行われた12施設被収容者111名を対象 とした調査がある。この調査は,施設によって医療 アクセスの状況が異なることとともに,看護師の評 価を通して医師の診察につながるという手順につい て二つの異なる見方があることを示した。つまり, 看護師と迅速に相談できるという面を評価する声と

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ともに,医師に診察を希望する場合にはわずらわし いものであるとの声が出されたのである(Condon etal., 2007)。一方,これに合わせて行われたスタ ッフの調査では,看護師がトリアージュを行わねば ならないことへの戸惑いや研修不足などが語られて いる(Powell,Harris,Condon,& Kemple, 2010)。  ここにあげたのはあくまでも例であるが,同等性 基準の理念のもとで医療アクセスを保証していくた めには,後述する体系的な調査ととともに,被収容 者の経験や問題事例を整理し,教訓化していくしく みを構築することが重要と思われる。 ② 質保証  医療の質は,複雑な概念であり,それは,古典的 には構造,過程,結果のそれぞれの側面から捉えら れるべきものとされている(Donabedian, 2007)。 ここで,構造は医療を実施する人員や医療施設の質 と量のことであり,適切に訓練を受けた医療専門職 が必要な治療を行うのに適切な設備を備えた施設で 実施しているかどうか,という点に関わる。過程は 診療の内容が適切であるかどうかということであり, ある状態から医学的に実施的になされるべき検査が なされているか,またなすべき治療がなされている か,当然点検されるべき兆候が見落とされていない かなど,具体的な診療に関するものである。結果は 診療を受けた患者がどのような経過をたどるかに関 わる問題であり,治癒者の割合,5年間の生存率, 症状の軽減の割合などをみるものである。  米国の権威ある学術機関は,医療の質を「現時点 での専門知識に合致し,単一および集団としての人 に対する医療サービスが,望まれる結果を確実にも たらす程度」と定義した上で,患者が望む結果をも とに,安全性,効果,患者中心志向,適時性,効率, 衡平という6つの目標を追求することを提唱してい る(Institute ofMedicine, 2001=2002)。また,近 年の議論としては,過程と結果に関わって,臨床上 の効果,患者の安全性,患者の体験,という側面, とりわけ患者の身体や体験が重視されるようになっ ている(OECD, 2004=2005)。  多面的な性質をもつ医療における質向上をいかに 実現するかについては,日本の医療政策では具体的 には示されていない。「医療提供体制の確保に関す る基本方針」においては,「安全で質が高く,効率的 な医療」という文言はみられるものの,具体的な方 策は「都道府県が中心となって,その医療計画に基 づき自らの創意工夫で施策を企画立案及び実行」す ることとされている。厚生労働省は,2017年に公表 した「第7次医療計画」において,疾病・事業ごと に,構造・過程・結果に区分して,多岐にわたる評 価項目をあげており,質の保証は供給体制の確保以 上のものであることが示されている。患者の体験に 関する評価項目は盛り込まれていないが,質の向上 に結び付く施策の基盤として,こうした評価項目は 継続的に更新されていくものと考えられる。  このように医療の質の向上とその保証は一般医療 においても漸進的に取り組まれており,またその評 価には複合的な視点が用いられている。刑務所医療 と一般医療との同等性を追求する上で,このような 医療の質をめぐる現状を把握した取り組みが重要と なる。つまり,一般医療と同様に多面的な取り組み を進めていくことが,刑務所医療機構においても求 められる。  ただし,同等性を評価しようとするならば,刑務 所医療の質と一般医療のそれとを比較することが求 められる。このような比較を行う試みは,いくつか 行われている。まず,1990年代の半ばに Reed and Lyne(1997)は,イングランドとウェールズの19施 設と,一般医療との比較を試みた。この研究は,医 師および看護師による視察によって,専門的見地か ら基礎医療や紹介などいくつかの領域について評価 を行ったものである。施設間で質の大きな違いが見 いだされ,ここから質保証の取り組みをすすめる必 要性が述べられた。なお,同じ英国で,イングラン ド公衆衛生庁により2016年に行われた状況評価では, 文献調査と関係者によるインタビューから,ケアの 質は間違いなく向上しているという一致した見解が

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示されたものの,実際上多くの課題があることも示 さ れ て い る(Leaman, Richards, Emslie, & O’Moore, 2017)。

 被収容者を患者としてみた場合に,どのような医 療満足度を持っているかを検討する試みも行われて い る。ノ ル ウ ェ ー で は Bjørngaard, Rustad, and Kjelsberg(2009)が,被収容者の医療への満足度を 調査し,一般人口と比較した。被収容者の医療満足 度の平均点は100点中38(SD=22)であり,外来精 神患者の平均点69(SD=18)と比べてかなり低い 水準であることが示された。  ここで述べたのは,患者の体験をもとにした,古 典的な意味でいう結果による質の評価であるが,医 師などの医療従事者数や検査の利用程度など構造や 過程を比較することも不可欠である。そうした点を 含めて,同等性基準の実施程度を評価するために, 一般医療における医療の質向上の取り組みに合わせ て,刑務所医療の質に関する状況を系統的に把握し 取り組みをすすめていくことが求められる(Ahalt, Trestman,Rich,Greifinger,& Williams, 2013)。  なお,刑務所医療の質を向上するうえでは,診療 にあたる専門職の質を向上することが重要であるが, その点では研修等を高度化していくとともに,被収 容者の状況をふまえた診療ガイドラインなどの整備 が重要となる。イングランドでは,政府が設立した 独立医療技術評価機関が身体的健康と精神的健康の それぞれに関する診療ガイドラインを2016年に公表 している(Bradshaw etal., 2017)。また,米国では いくつかの専門職団体がガイドラインを公表してい る(Anno, 2001)。ただし,米国での基準はあくま でも専門職の実務上のガイドラインであり,それら を用いた認証も任意的に実施されるものに過ぎず, 多くの刑務所医療施設が利用していない点にも注意 する必要がある(Freudenberg & Heller, 2016)。

(2)刑事収容施設におけるアクセス・質保証の状況 把握─いくつかの例  上記のようにアクセスと質を─少なくとも一般医 療と同程度には─保証していくには,被収容者の健 康とそれに関するリスクと同じく,それらに関する 状況を系統的に把握することが重要となる(松田, 2017b)。すでに述べたように,アクセスも質もそれ らを系統的に把握する試みは医療一般において現在 進行中の課題であるが,同等性基準からすればこう した仕組みが確立してから刑事収容施設に導入する のではなく,むしろ施設の環境に適合した仕組みを 平行して検討していくことが望ましい。以下では, そうした取り組みを考えていく上で示唆的な取り組 みをいくつか紹介しておく。  まず,オーストラリアの全国被収容者健康データ 集約(NationalPrisonerHealth DataCollection, NPHDC)は,一般的な医療サービスの利用状況, 刑務所における診療利用状況,投薬,矯正事業への 参加状況,刑務所で利用した医療サービスの内容, 釈放手続きにおける適切な対応,などの医療につい て の 項 目 を 含 ん で い る(Australian Institute of Health and Welfare, 2015)。この調査は一般住民と の比較が可能となっており,例えば,25-44歳の非 先住民についてだが,一般地域住民と比べると,過 去12か月の間に一般医(GP)と歯科医の診察を受 けた割合が,被収容者では低いことが示されている (表1)。  この調査では,地域社会において,医療専門職の 診察・相談を必要としたが診察・相談を受けなかっ た刑務所入所者の割合が34%であり,収容期間にお いて医療専門職の診察・相談を必要としたが診察・ 相談を受けなかった者の割合が15%であったことも 示されている。診察・相談を受けなかった理由は, 必要とは思わなかったなどの自己判断が多かったが, それに続くものとして,地域社会では多忙,飲酒, 交通,法的な問題,待ち時間・タイミングなどが述 べられたのに対して,刑務所では待ち時間・タイミ ング,必要な時にサービスがない,費用などがあげ られていた。  いくつかの健康関連のサービスについては,具体 的に利用状況が把握されている(表2)。困難なく

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一般医か看護師に会えたという退所者の中で,医師 の診察を容易に受けることができたとする退所者の 割合はおよそ4人に3人であった。退所者のうち 84%が診療所を利用し,うち41%は退所前利用であ った(AIHW, 2015: 124-125)。  米国の刑務所においても,医療の満足についての 調査が行われている。2011-12年に連邦・州刑務所 ならびに地方拘置所の被収容者を対象として行われ た調査では,刑務所内での医療について「大変満足 している」「ある程度満足している」「まったく満足 していない」と答えた者の割合は,連邦・州刑務所 被収容者では,それぞれ12.6%,43.8%,43.6%,地 方拘置所の被収容者の場合には,それぞれ14.3%, 36.9%,48.8%であった(Maruschak,Berzofsky,&

Jennifer, 2015(revised Oct4,2016))。また,ラン ド研究所は,2009年より連邦刑務所局,ミズーリ州, ニューヨーク州,オハイオ州,テキサス州,ワシン トン州の行刑部局の取り組みを調査し,すべての組 織で通常の診療を受けるまでの時間などの医療の適 時性,アクセスに関する項目が収集されていたこと を報告している。上記で示したような患者としての 経験についての調査は2組織のみが実施しており, 有用性を認めた組織と想定されるバイアスから有用 とはいえないとした組織があった(Damberg,Shaw, Teleki,Hiatt,& Asch, 2011)。このような施設間あ るいは州間の違い,そして供給されている医療の 量・質を確実に把握することの困難性は,刑事収 容施設への収容者増加を検討した米国科学アカデ ミーの委員会においても指摘されている(National Research Council, 2014)。  こうした指摘はありつつも,米国での医療の質・ アクセス把握は進展してきている。近年各州の取り 組みは全体としてみれば進展しており,2016年度の 調査では50州中35州において質状況把握がなされ, 表1 最近12ケ月に診察を受けた人の割合(%)(一般地域居住者と刑務所入所者との比較) 刑務所に入所した非先住民 一般の非先住民 35-44歳 25-34歳 35-44歳 25-34歳 性別 医療専門職 61 52 74 68 男 一般医(GP) 68 62 86 87 女 12 15 45 35 男 歯科医 25 17 53 47 女

出所:Australian Institute ofHealth and Welfare (AIHW)(2015).The Health ofAustralia’sPrisoners2015.Canberra,AIHW,p.122.

表2 被収容者の医療利用に関する指標(抜粋) (オーストラリア 2015年調査) ・健康問題がある場合に,医療専門職(一般医または看護師)の容易に会うことができたとする退所者の割合(91%) ・刑務所において,(糖尿病やがんなど,ある程度経過をみる必要がある-著者注記)健康上の問題について,治療を受け た退所者の割合(57%) ・診療所での診察の際に,自身の状態について受けた情報に満足したという退所者の割合(90%) ・刑務所診療所での診察の際に,理解できる返答を受けたという退所者の割合(94%) ・診療所での診察の際,治療決定に関わることができたという退所者の割合(83%) ・診療所での診察の際,十分な時間があったという退所者の割合(79%) ・刑務所診療所での医療を「すばらしい(excellent)」と評価した退所者の割合(27%)(注2)

出所:Australian Institute ofHealth and Welfare (AIHW)(2015).The health ofAustralia’sprisoners2015.Canberra,AIHW. 注1:これらの指標は,医療利用の状況,アクセス,健康問題などに関わる内容を含んでおり,その解釈はそれぞれ慎重に行う必

要がある。

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うち34州では州内の全施設で把握がなされていた (The Pew Charitable Trusts, 2017)。ここで,質の 状況把握がされているのは,データに基づく活動が あること,州関連部局によって設けられ監督されて いること,少なくとも過半数の施設で一貫性をもっ て適用されていること,継続的に取り組まれている こと,という4つの条件を満たしている場合のこと である。実施している州のうち,アーカンソー州, カリフォルニア主,マサチューセッツ州,ネヴァダ 州,ニューヨーク州,ワシントン州では,行刑担当 部局だけでなく公衆衛生担当部局にも状況が報告さ れるようになっていた。  この調査では,個別課題も検討し,多くの州が, アクセス(34),スクリーニング・疾病予防(33), 感染症治療(32),行動医学的問題への対応(30), 慢性疾患治療(28),緩和ケアなどその他の治療・ サービス(14),について把握していることが示さ れた(括弧内は,なんらかの把握を行っていた州の 数,以下も同じ)。さらに詳細にみると,アクセス の把握については,ケアの適時性(32),(看護師な どによる)トリアージュに要した時間(29),専門医 の診察の適時性と適切性(28),検査と画像診断の 適時性と適切性(26),苦情への対応に要した時間 (24),などが把握されていた。これら質情報データ を刑務所運営に活用する仕組みを,ジョージア州, ミズーリ州,ペンシルバニア州,ワシントン州では 導入していた。  以上述べたような,被収容者に対する医療の質・ アクセスの系統的把握と,また特別な必要のある被 収容者に対する丁寧な状況の把握は,刑務所医療に おいて一般医療と呼応させながら質・アクセスの保 証を行っていくうえで決定的に重要であり,同等性 の担保という意味で不可欠ともいえる。ここで紹介 したように,すでにそうした取り組みを行っている 国,州の取り組みを参考にして,日本においてもそ うした検討の体制を構築することが望まれる。 3.アクセス・質保証に向けた医療機構の編成 (1)刑務所医療機構編成の原理と論点  ここまで状況あるいは課題の把握の方法と重要性 について述べてきたが,以下では,日本弁護士連合 会が問題提起した刑務所医療の所管省庁の移管の是 非という問題を検討する準備作業として,刑務所に おける医療編成デザインについて検討していく。  まず,冒頭においても述べたが,刑務所医療が一 般医療と同等であること,言い換えれば今日的に求 められる医療の水準を効果的にまた効率的に実施で きるようにすること,そして,医療アクセス・質の 保証が結果として同等となること,これが刑務所医 療の編成デザインの基礎原理とならなければならな い。  ここで刑務所医療の編成デザインとは,どのよう なルールのもとで,どのような組織が,どのような 支払いの仕組みにより,サービスを供給するかとい うことである。このルールには,行政組織内に適用 されるサービス等に対する規範とともに,サービス 供給に関わって行われる金銭上の収受に含まれてい るインセンティブ構造を含めて考える必要がある。 というのは,医療サービス研究が示すところによれ ば,医療の質はサービス供給者に対するインセン ティブによって左右されるからであり,その点の検 討を抜きにして,上記の原理を実現してくための体 制 を 整 え る こ と は 難 し い か ら で あ る(Figueras, Robinson,& Jakubowski, 2005)。

 上記の基本原理をふまえて,刑務所医療の編成デ ザインを考えるならば,少なくとも以下の3つの論 点を上げることができる。第1に,政府において, 刑務所医療の編成と実施に誰が責任を持つのかとい うことである。多くの国で非収容者への医療サービ ス供給の責任は国家におかれているが,ここで問題 にしているのはその点ではない。問題は政府がどの ようにしてその責任を果たしていくかであり,どの 単一あるいは複数の政府部局が所管し施策を実施す

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るかという点である。  第2に,医療サービス供給をどのような体制によ って整備していくかという問題である。これは,医 療実施に必要な医師等の専門職,設備・機器,医薬 品・検査材料などの物品をどのように調達し,いか なる指揮監督のもとにおくかという問題である。  第3に,医療サービス供給およびそれに関連して 生じる管理の費用をいかに賄うかという問題がある。 一般的にいって,医療供給者への支払いはサービス の内容,質にかかわるインセンティブをもっており, これをどのように設計するかは,同等性基準の実現 という意味で無視しえない。  以下では,この3つの論点について,国際的な知 見をふまえつつ,検討する。 (2)医療機構諸要素の原理的検討 ① 刑務所医療機構編成の所管省庁  多くの国において刑務所医療の編成・実施に責任 をもっていたのは,刑事収容施設の組織に責任を持 つ政府部門であったし,今もおそらくそうであろう (Levy, 2007)。しかしながら,近年,被収容者の医 療における同等性基準が理念的にも法的にも明確化 され,英国,フランス,ノルウェー,オーストラリ ア・ニューサウスウェールズ州などにおいて,刑務 所医療を一般医療機構に基づくものに変更する改革, あるいは医療編成の責任を行刑担当部局から医療担 当部局に変更する改革が行われてきた(Dubois, Linchet,Mahieu,Reynaert,& Seron, 2017; 森久, 2017)。  こうした取り組みの方向は国際的にも提唱されて おり,2003年にモスクワで開催された専門家会議で は,「公衆衛生サービスと刑務所医療を緊密に結び つける,あるいは統合する必要」が述べられ,健康 を所管する省庁と刑事収容施設を所管する省庁とが, 緊密に協力し諸課題に立ち向かっていくことが勧告 されている3)。  こうした所管の問題は,各国や刑務所医療におけ るアクセス・質保証を推進していく上で,不可欠で はないかもしれないが,基本的には進めていくべき 改革と思われる。その理由は,第1に,先に述べた ように,アクセス・質保証は一般の医療においても 現在進行中の課題であり,常に革新していく医療サ ービスの内容を刑事施設医療において実施していく ためには,それに関連する施策を所管する部局が行 うことが望ましいからである。つまり,同等性基準 からいえば,一般医療の質向上の取り組みに合わせ て刑務所での医療においてもその取り組みを同時に 実現していくことが求められる。例えば,一般医療 において医療のアクセス・質保証のための状況把握 の仕組みが普及されるならば,その検討過程の中で 刑務所医療においても可能な方策を検討し,一般医 療の導入と同じ時期に刑務所医療においても実施さ れるべきである。  第2に,今日の医療ではアクセス・質保証の実施 を行う上で,地域医療体制の一部として実施してい くことが望ましい。医師をはじめとした医療従事者 について,医療の必要に応じて確保するだけでなく (Marshall,Simpson,& Stevens, 2001),新たな知 識・技能を獲得する技術的要請にも対応すること, さらには,被収容者の高齢化の中で,緩和ケアを介 護と合わせて実施するなど新しい課題に対応する能 力を培っていくことが要請される。  このようなことを効果的また効率的に実施してい くためには,一般医療施策─例えば,必要医師数の 推計,施設の計画─などに刑務所医療を最初から組 み込んでおくことが望ましい。また,診療ガイドラ インや診療指標の作成などが,今日の医療において は積極的に取り組まれつつあるが,こうした動きに 迅速に呼応していくためにも,矯正医療が一般医療 の一部として各種施策の対象となる必要がある (Bradshaw etal., 2017)。  第3に,後述するように,医療サービス実施場面 においては,医療専門職の指揮系統を刑務所の指揮 系統から切り離すことが望ましい。そうであるなら ば,医療サービス供給の編成について刑務所および 行刑部局が責任を持つ必要はなく,むしろ医療供給

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に責任を持つ部局が担当し,事業を推進することが 自然である。なお,例えば,刑務所とは別の管理系 統をもつ医療供給組織を法務部門内に形成して,一 定の独立性を担保するといった中間的な組織形態も ありうるであろう。重要なのは,サービス提供現場 における指揮系統を,もっぱら被収容者への医療供 給に責任をもつ組織の中で位置づけることである。  もちろん,行刑所管部門が医療所管部門と緊密に 連携を結ぶことにより,上記のことは相当実現され る可能性がないわけではない。しかしながら,一般 医療施策の計画などに刑務所医療が組み込まれるこ とがルーチン化するような状況を想定した場合に, 行刑所管部門が医療所管部門の要請に応じて自らの 医療組織を修正するといういたずらに複雑な組織編 成とするよりは,医療所管部門が刑務所の医療供給 について編成を行うことを前提とした上で,刑の執 行と更生に責任をもつ行刑所管部門と連携する方が 効果的かつ効率的に施策を実施できるように思われ る。  とはいえ,実際このような所管の移転を行うとす るならば,上記の連携がどのように機能するかにつ いて実現可能性を見込む必要があり,一足飛びに改 革をすすめることは難しいであろう。すでに改革を 行った国においても,行刑部門から保健医療部門へ の移管は段階的に実施していることを考えると (UK DepartmentofHealth & InternationalCentre

forPrison Studies, 2004),方向性を明確にしつつ具 体的な方策を検討していくことが重要と思われる。 ② 供給デザインについての諸論点  刑事収容施設において具体的に各施設においてど のように医療サービス供給が編成されるかが,ここ でいう供給デザインの問題である。歴史的にみると, 刑事収容施設においては,そもそも専門家による医 療が編成されていないような場合や,保安要員ある いは被収容者自身がケアを行う場合もあった。多く の先進諸国では,こうした状況から被収容者に対す る医療が行刑部門の下で組織された医療専門職によ って担われる方式が整備されてきた(Levy, 2007)。  しかし,これ以外の方式による医療の編成も近年 行われるようになっている。まず,一般医療との統 合により行われるものであり,地域の医療供給者が 行う場合や,刑務所専門の基礎医療サービスを行っ ている供給者による場合がある4)。また,中央政府 の関係部局からの入札を受け,公私各種の主体によ って医療が行われる場合,例えば民間委託によって 実施する場合である(Levy, 2007)。  本論の趣旨からすれば,どのような供給デザイン が,同等性基準を実現する上でもっとも有効なのか がここでの検討課題となる。以下,英国で開催され た会議での論点を参考にし,いくつかの論点を提示 し て い き た い(UK Department of Health & InternationalCentre forPrison Studies, 2004)。  第1の論点は,英国 NHSのような医療供給組織 に所属している医療専門職は,収容施設に所属して いないので,施設運営上の課題と切り離した医療的 判断を行いやすい。また,ハーム・リダクションの 取り組みなど刑事政策的な観点からは直ちに実施困 難な課題についても,専門的観点からの見解を述べ やすい。刑事収容施設では,医師は独立した専門職 として扱われるものの,刑事施設の位階の中での職 務遂行や孤立した環境の継続によって,そのような 独立性が揺らぐおそれ,すなわち「二重忠誠」の問 題が生じる可能性がある(相澤, 2017)。所属組織 を供給組織とすることは,この問題をもたらす構造 を回避する手段ともいえる(Pontetal., 2018)。ま た,被収容者からみても,施設外の医療供給者によ って雇用され,独立している医療スタッフは,被収 容者によって信頼を得る可能性が高くなることが見 込まれる。  これに関わって,医師等の専門職が刑事収容施設 のみで孤立して従事することは,医学の進歩に伴う 診療上の革新を導入する上で困難に直面する可能性 がある。一般医療機構との統合あるいは緊密な結合 はこれを回避する有効な方法である。刑事収容施設 における医療は,一般医療における診療の革新と被

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収容者特有の課題をふまえつつ実施する必要があり, このような力量を医療スタッフが維持していくため には,限定的な研修だけでは困難であり,日常的に 一般医療の変化に触れていくことが重要である (Gatherer,Enggist,& Møller, 2014)。また,医療 サービス実施上特別な配慮が必要な被収容への対応 など,一般医療においても現在進行中の課題につい て迅速に対応していくためには,一般医療の実務レ ベルでの緊密な連携があった方がよい。つまり,一 般医療と呼応して,常に刑事収容施設での医療につ いて,社会一般で生じる新たな進展を導入していく 動的な仕組みを構築すること,そしてそれを支える 各種の研修・研究を整備し,スタッフの質を維持・ 向上していくことが求められる。  さらに,刑務所医療は資源を用いるだけでなく, 被収容者という往々にして複雑な状況をかかえた 人々への診療を経験し,医師が力量を高める機会と するなど,医療資源の形成に寄与する可能性にも注 意を払っておくべきであろう(Amouyaletal., 2014)。  第3の論点は,一般医療との統合はケアの継続性 を実施する上で有利というものである。ケアの継続 性は,まずもって被収容者の健康の保持をしていく ために重要である。同時にそれは社会の公衆衛生上 の利益にも結び付きうる。つまり,多くの受刑者は 地域社会に復帰していくので,感染症をはじめとし た疾病対策の重要な介入場面として収容施設は位置 付けうるということである(Glaser& Greifinger, 1993)。  また,ケアの継続性の実現については,1990年代 の半ばから米国で試みられている「公衆衛生モデ ル」による刑事収容施設医療の供給が興味深い知見 を示している(Conklin,Lincoln,& Flanigan, 1998; Conklin, Lincoln, Wilson, & Gramarossa, 2002; Lincoln,Miles,& Scheibel, 2007)。このモデルは, ケアの継続性に加えて,健康問題の早期発見・アセ スメント,データ活用などを目的として実施された が,一時的に居住を変更した地域社会の成員として 被収容者を扱う点が特徴である。実施にあたって貧 困者を主な診療対象とする複数の地域健康医療セン ター5)(高山ほか, 2016),マサチューセッツ州公衆 衛生部,ハンプデン・カウンティ保安部が連携し, センターが拘置所で医療サービスを供給した。被収 容者はもともとの居住地をもとに,センターに属す る4つの医療チームのどれかに割り当てられ,各チ ームが拘置所の内外で診察・ケアを継続した。ここ で,それぞれのチームには,医師2人,看護師1名, ナース・プラクティショナー(高度専門看護実践 師)1名6),ケース・マネージャー1名がいること が望ましいとされた7)。チーム員のうち医師とケー ス・マネージャーはセンターと刑務所の両方で診療 サービスに従事し,看護職は刑務所のみで従事した。  このモデルの効果についての評価は,対照群がな いことなどから,なお精査が必要とされているが, 出所後の受診率の高さなど,ケアの継続性への効果 が示されている(Lincoln etal., 2007)。このような 供給に関する新モデルの開発を行っていく上でも, 一般医療機構と刑務所医療機構が呼応して働く仕組 みとすることが望ましい。 ③ 医療財政デザインについての論点  一般的に医療財政の仕組みとしては,財源,資金 保有(pooling),支払い,の3点について検討しな け れ ば な ら ず(Mossialos, Dixon, Figueras, & Kutzin, 2002=2004),刑事収容施設についてもこれ は同様である。  これら医療財政をどのようにデザインすることが, 同等性基準を実現する上でもっとも有効かが,ここ でも課題となる。財源,資金保有,支払いは,機能 的には区別され,ある程度独立して設計することが 可能であるので,以下,それぞれについて検討する。 なお,財政デザインについては,他の公的支出との 整合性など別の論点もあるが,ここでは割愛する。  財源は誰が支払うかという問題であり,刑事収容 施設の場合は多くの場合最終的に国が負担,すなわ ち税によって支払われている。国連被拘禁者処遇最 低基準規則第24条にあるように,被拘禁者に対する

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医療の提供には国が責任をもっているからである。 したがって,ここではあまり大きな争点はない。た だし,被収容者による一部負担を導入している場合 には,医療アクセスの障壁とならないように限度額 を規制する必要がある(Restum, 2005)。  資金保有は,その財源の運用実務の方法であり, 例えば保険者の編成や被保険者の加入義務について の規制,あるいは税にもとづく医療機構をもつ国で あれば各地方への資金配分法などの論点がある。刑 務所医療についていえば,中央政府から刑事収容施 設にどのように資源配分を行うかという問題である。  ここで問われる課題は,一般医療機構での財政が どのようなものであり,刑務所医療機構がそれとど のように関わるかにより,変わってくる。税による 医療機構の場合ならば,医療予算から刑務所医療に 支出する予算をどのように定めるかという問題とな り,社会保険の場合であれば通常の保険者からの支 払いのルールを修正するかどうか,修正するとすれ ばどのように修正するか,という問題となる。  伝統的な資源配分の考え方からすれば,このよう な資源配分の問題は,大まかにいって刑務所におけ る医療の必要と,医療提供に関する費用をどのよう に見積もるかという問題となる(Smith, 2008)。前 者についていえば,収容者の健康状態の把握を行う ことが前提となり,さらには健康格差の縮小に向け た資源配分をどの程度行うかという判断が伴うこと になる。後者については,刑務所という場面での供 給にどの程度の追加費用を要するのか,ということ になる。社会保険による医療機構の場合でも,同様 の論点を考慮して,追加の支払いを行うかどうかが 問われることになろう。  ただし,一般医療機構と刑務所医療機構で資源配 分の仕組みが異なる場合は,刑務所医療機構への資 源配分の妥当性が簡単には分かりにくくなってしま う。例えば,日本のように,一般医療は主に社会保 険によって支払われており,刑務所医療は法務省所 管の予算によって賄われているという状況の場合, 医療支出が適切かどうかなどの検討を行うことは容 易ではない。このように資源配分の透明性やアカウ ンタビリティの観点からいえば,一般医療機構と刑 務所医療機構の資源配分方式は共通のものにしてい くことが望ましい。  支払いとは,医療サービスを実施する組織にどの ように支払うかということであり,出来高払い,包 括払い,人頭制などがある(池上, 2014)。医師の所 得と医療機関への支払いとの関係も含めて,この仕 組みに含まれる経済的インセンティブは,診療の質 を担保しまたその効率を考える上でいよいよ真剣に 考えるべき問題として議論されるようになってきて いる(Navathe,Emanuel,& Volpp, 2018)。刑務所 医療においては,組織統制の中で支払いの仕組みが, どのように臨床実践に影響を与えるか,つまり組 織・経済インセンティブを検討する必要がある。  設計上の理念としては,一般医療と同様に医療の アクセス・質保証を実現し,かつ無駄な費用を除き, 効率を実現していくことになる。一般医療機構と刑 務所医療機構が類似の支払いの仕組みを用いている 場合は,それらにも類似の組織・経済インセンティ ブが含まれており,医療サービスに与える影響も類 似のものが見込まれる。そこでは,取り組むべき課 題や対応方策も,組織・経済インセンティブの限り において類似性を生むことが予想される。  これに対して,一般医療機構と刑務所医療機構が 異なるインセンティブを持っている場合には,異な る効果を生むことが想定される。例えば,日本の刑 務所医療は法務所予算によって行われており,利用 者負担がなく,公務員である医師によって診療が行 われているので,診療を抑制する経済インセンティ ブは通常であればあまりないと考えられる。しかし, 公財政の執行においては,予算制約や支出の適切性 が施設長に問われる。このような仕組みのもとでは, 医療支出が増加すると,診療を抑制する組織的イン センティブが働く可能性がある。行刑改革会議の取 り組みで行われた医師アンケートでは,医薬品の価 格や医療コストの高さを指摘され,必要性を「他部 門の職員」に説明したという例が述べられていた

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(法務省矯正局矯正医療問題対策プロジェクトチー ム, 2003)。  理論的にいえば,医師が予算制約を意識せざるを 得ない環境では,必要な医療を抑制するインセンテ ィブが働くおそれがあり,最終的な医療サービスの 質が同等となることを目指すのであれば,そうした インセンティブを打ち消す仕組みを導入しなければ ならないことになる。こうした例を一般化するなら ば,一般医療と異なる組織・金銭的インセンティブ やルールが診療現場,医療実践に作用する場合には, その作用の性質を検討し,刑務所医療に求められる 質・アクセスの保証を担保していく必要がある。こ のようなことを,複雑な医療サービスを対象として, 刑務所という制限の強い場面において実現すること は,容易なことではない。このようなことを考える と,むしろ共通の支払いの仕組みを用いることが妥 当と考えられる。  以上のように,同等性基準の実現を詳細に検討す るならば,資源配分や支払い方法においても一般医 療機構と共通の仕組みを刑務所医療において用い, それを必要に応じて補正することが望ましいと考え られた。 むすび  本稿では,刑事収容施設における医療の同等性基 準を実現するための医療編成の在り方について,所 管,供給,財政の3点について,医療機構の研究成 果と刑務所医療に関する先行研究から検討し,同等 性基準を実現する上で,一般医療機構と刑務所医療 機構が共通の仕組みで動くようにしていくことが望 ましいことを主張した。もとより,医療と刑事収容 というともに複雑な社会的実践が関わる領域におい て,改革を実際に進めようとすれば,関係者の協力 のもとで綿密に実態を把握し,最適な方策を検討し 広く社会の中で議論しつつ方針を定め実施していく ことが要請される。このような改革を行うには時間 がかかり,段階的にすすめていくことも必要かもし れない。その意味では,政策関係者により,改革の ための下準備が早期に進められ,具体的検討の場が 設定されることを期待したい。 1) 「医療提供体制の確保に関する基本方針」(平成 19年厚生労働省告示第70号)(「医療提供体制の確 保に関する基本方針の一部を改正する件」平成29 年厚生労働省告示第88号,による改正後)。この 基本方針は,「良質かつ適切な医療を効率的に提 供する体制の確保を図る」(医療法第30条の3第 1項)べく,厚生労働大臣が定めるものである。 2) 上記「基本方針」。引用にあたり注記を省略し ている。

3) “Declaration on Prison Health as Part of Public Health”, adopted in Moscow on 24 October2003 atthe international meeting on Prison Health and Public Health, which was jointly organized by the World Health Organization and the Russian Federation. 4) 基礎医療(primary care)は,眼科や救急状態

などあらかじめ専門医の対応を必要とすることが 明らかでない場合に,基本的にすべての健康問題 に対しての相談・治療を行う医療サービスの区分 である。近年我が国で議論されている総合診療医 が行う医療もこれにあたる(専門医の在り方に関 する検討会,2013)。 5) 米 国 の 地 域 健 康 医 療 セ ン タ ー(community health centers)は,日本の保健所とは異なり,行 政が設置しているものではない。地域住民に依拠 し,地域住民に寄与することを目的として,非営 利組織などの設立主体が開設し,主に外来診療機 能を提供するものである。ただし,連邦政府によ る補助事業など公共の制度も関与している。 6) ナース・プラクティショナー(高度専門看護実 践師)は,看護資格を取得後一定の実践を経験し, その後少なくとも修士課程以上の教育・訓練を修 了したものが得る資格で,多くの州で医師の指示 を要せず処方や検査を含めた幅広いケアを実施す ることができる(Hayakawa,2018)。 7) ケアの継続性については,以下のような活動が

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重要とされた。患者の日常生活上重要な食・住 居・交通等に関心を向けた取組,ケース・マネー ジメントの迅速な開始と継続,退所前の人的つな がりの構築,施設内外の両方で従事する医療専門 職,社会復帰計画の適時性,地域社会でのフォロ ー,入所中の重要情報の地域での活用,退所後の 社会・医療給付の確保,地域社会と行刑施設との 近接性。 参考文献 〈西欧語文献〉

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Abstract:The new Law Concerning the TreatmentofInmates,revised from the old Prison Law,has established the principle ofequivalence in prison healthcare delivery:healthcare equivalentto public standardsofhealthcare isto be provided in penalinstitutions.The article drawsanew perspective on how prison healthcare systemsshallbe organized in orderto putthisprinciple into practice using knowledge of Health Policy and SystemsResearch,by conducting aselected literature review,including studiesconducted in such countriesasthe United Kingdom and France where prison healthcare systemshave been integrated into the generalhealthcare systems.Itemphasizesthathealth care systemshave been evolving so asto assure accessand quality.First,the paperconsiderselementsand transitionsofhealthcare systemsto develop prison healthcare systems.Then itdiscussesconceptsand complexitiesofaccessand quality assurance,astargetsimplied by the principle ofequivalence,and describesprecedentexperiencesof monitoring them.Finally,the paperelaborateshow to organize prison healthcare systemsin orderto achieve accessand quality assurance underthe principle ofequivalence by examining the following aspects: who shallbe in charge ofadministering prison healthcare,in whatwaysshallhealth care in prisonsbe delivered,and who shallpay forthat,and how?

Keywords : Prison healthcare system,the principle ofequivalence,continuousinnovation,health policy and systemsresearch,accessassurance,quality assurance

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