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巻頭言:民族関係と農村開発

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Academic year: 2021

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巻頭言:民族関係と農村開発

著者

掛谷 誠

権利

Copyrights 日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア

経済研究所 / Institute of Developing

Economies, Japan External Trade Organization

(IDE-JETRO) http://www.ide.go.jp

雑誌名

アフリカレポート

発行年

2008-03

出版者

日本貿易振興機構アジア経済研究所

(2)

ここ数年,同僚の伊谷樹一さんや大学院生の神田靖範さんとともに,タンザニ ア南西部のウソチェ村で農村研究と開発実践をつなぐ試みを続けている。ウソチ ェ村は,アカシアやシクンシ科の樹木などの疎開林が広がる半乾燥地域にある。 この村は約390世帯から構成されており,もともとの住民は農耕民のワンダだが, 1980年代初頭から半農半牧民のスクマが移住し,現在は二つの民族が共生してい る。2004年の8月からほぼ1年間,神田さんは村に住み込み,調査を進め,住民 との信頼関係を構築した。彼は,長年,国際協力・援助に携わってきたが,地域 研究をとおして開発について再考したいと願っていたのである。 タンザニアの独立以前,ウソチェ村ではシコクビエの焼畑耕作が中心の生業シ ステムだったが,徐々に牛飼養と牛耕が浸透しつつあった。集村化を基本とした タンザニア独自の社会主義政策が強力に推し進められた1974年頃に,牛耕による モロコシの常畑耕作が広く普及した。1982年から,それまで畑作には適さないと 見なされていたアカシア林に,スクマが移住してきた。そこは,地表近くに不透 水層があり,雨季には雨水で浸水しがちな土地だった。スクマは牛に強く執着す る人々だが,一方で,古くから水田稲作を生業の一部に取り入れてきた。移住し てきたスクマはアカシア林を伐採し,畦畔を造成して苗を移植する水田稲作を始 めた。ワンダの人々は,スクマの動きをつぶさに観察し,ときにはスクマに雇わ れて田植えなどの農作業に従事した。そして,ワンダ自身も水田の開墾を始めだ した。この頃,タンザニア政府は構造調整政策を受け入れ,急激に経済の自由化 を進めた。村人は換金作物としてのコメの重要性を再認識し,水田稲作は急速に 拡大していった。スクマは,いわば草の根のイノベーターの役割を果たし,民族 の共生的な関係が村の発展をもたらしたのである。このような歴史的な過程から, 私たちは多くのことを学んだ。 調査を始めた頃には,水田の拡大,牛の放牧地や林の減少などが相互に関係し て,ウソチェ村の全体としての生業システムはクリティカルな状況に直面してい たのである。私たちは,村会議が選んだグループのメンバーと話し合い,村の生 業システムが抱える問題の解決に向けて計画を立て,活動を開始した。それは, ワンダとスクマに日本人が加わり,村レベルで「民族」の交流を深め,研究と開 発実践をつなげていくプロセスであった。

民族関係と農村開発

掛谷 誠( 京都大学大学院教授)

参照

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