地域開発と交通基盤の整備 - 高度成長期の島根県 -
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(2) 第7巻. 1は. 1960年12月,政. 第1号. じ. め. に. 府 は 「国 民 所 得 倍 増 計 画 」 を 策 定 した。 この 計 画 は,実 質GNPの. を10年 以 内 に倍 増 させ る こ と を 目標 と して掲 げ た(1)。61年3月,島. 規模. 根 県 で は初 め て の 長 期. 計 画 とな る 「島 根 県 総 合 振 興 計 画 」 を 策 定 し,10年 間 で1人 当 た り県 民 所 得 を 全 国 平 均 の 85%に 接 近 させ る こ とを 目標 と して定 め た(2)。この 県 振 興 計 画 の 基 本 的 な考 え方 は 以 下 の よ う に要 約 す る こ とが で き る。 島 根 県 の 後 進 性 を 打 破 し県 民 所 得 を 向 上 させ るた め に,既 存 の 工 業 を 発 展 させ る と と も に重 化 学 工 業 を 誘 致 し産 業 構 造 を 高 度 化 す る。 この た め に交 通 ・通 信,電 力,用 水,用 地 な ど産 業 基 盤 を 先 行 して 整 備 す る。 島 根 県 の よ う に先 進 工 業 地 帯 か ら距 離 の あ る地 域 で は 鉄 道 や 道 路 な ど交 通 体 系 の 整 備 が 重 要 で あ る。 と りわ け経 済 関 係 の 深 い 山陽,近 畿,北 九 州 と島 根 を 結 ぶ 道 路 交 通 網 の 整 備 が 県 政 の 最 優 先 課 題 で あ る。 上 記 は,高 度 成 長 期 前 半 の 県 振 興 計 画 の 眼 目で あ るが,そ の 後,高 度 成 長 期 後 半 にな る と,国 の 長 期 経 済 計 画 にお いて は社 会 開 発 や 福 祉 充 実,環 境 保 護 な どが 重 視 され,国 の 全 国 総 合 開 発 計 画 で は大 規 模 開 発 や 高 速 交 通 ネ ッ トワー クの 整 備 が 強 調 され た 。 島 根 県 にお いて も,こ う した 国 の 計 画 に依 拠 して73年3月. に 「島 根 県 新 長 期 計 画 」 を 策 定 した 。 この. 県 新 長 期 計 画 は,最 大 の 問 題 点 は 経 済 の 遅 れ と所 得 水 準 に 低 さに あ り,"過 疎 的 停 滞 か らの 脱 却"に. は経 済 開 発 が 急 が れ るべ き課 題 で あ る と述 べ て お り,経 済 開 発 と交 通 体 系 を 中心. と した 産 業 基 盤 の 整 備 を 優 先 す る路 線 を 踏 襲 して いた 。61年 の 県 振 興 計 画 と異 な る点 と し て は,工 業 と農 業 の 両 分 野 を 軸 と した 経 済 開 発 を 目指 して い る こ と,県 民 所 得 の 全 国 平 均 に対 す る割 合 につ いて は,所 得 格 差 の 縮 小 しな い現 実 を 認 め て 数 値 目標 を 掲 げて いな い こ とな どが 挙 げ られ る(3)。 小 論 で は,高 度 成 長 期 の 島 根 県 にお いて 経 済 発 展 と地 域 振 興 の た め に取 り組 まれ た い く つ か の 事 業 を 対 象 と して 検 討 す る。 第1は 食 糧 増 産 対 策 と して 汽 水 湖 を 干 拓 ・淡 水 化 す る 国 営 中海 干 拓 事 業,第2は. 工 場 の 地 方 分 散 と地 域 格 差 の 是 正 を 目的 と した 新 産 業 都 市 建 設. の 山陰 地 方 にお け る例 で あ り,工 業 化 に よ る県 経 済 の 発 展 を 目指 した 中海 地 区 新 産 業 都 市 建 設 事 業,第3は. 農 山村 の 人 口急 減 地 域 にお け る地 域 社 会 の 維 持 と産 業 の 振 興 を 目的 と し. (1)『 戦 後 日 本 経 済 の 軌 跡 』45,76-77ペ (2)『 島 根 県 総 合 振 興 計 画 』11ペ. ー ジ。. ー ジ。. (3)『 島 根 県 新 長 期 計 画 」1,14,17ペ. ー ジ。 -96(96)一.
(3) 地域開発 と交通基盤の整備(川 島) た 過 疎 対 策 事 業,第4は. 県 政 の 最 重 要 課 題 と して 取 り組 まれ た 道 路 網 整 備 と高 速 自動 車 道. の 誘 致,国 鉄 鉄 道 網 の 整 備 と新 幹 線 鉄 道 の 誘 致 な どで あ る。 〈小 論 は1960年 代 か ら70年 代 前 半 の 高 度 成 長 期 を 対 象 と して お り,以 下 に記 述 す る中 央 省 庁 の 名 称 及 び島 根 県 の 市 町 村 名,市 町 村 数 は当 時 の もの で あ る。〉. 2国. 2.1食. 営中海干拓事業. 糧 増 産 と特 別 会 計 の創 設. 戦 後,日 本 経 済 の 直 面 した 課 題 と して 食 糧 増 産 が あ った 。 この た め 灌 概 排 水,山 地 原 野 の 開 墾,海 岸 や 湖 沼 の 干 拓 な どの 食 糧 増 産 対 策 事 業 が 全 国 的 に展 開 され,規 模 の 大 きな 事 業 は国 営 で 実 施 され た 。 この う ち干 拓 につ いて は,1955年 で 行 わ れ て お り,中 国 地 方 で は岡 山県4地 区,山. 度 当 時,国 営 干 拓 事 業 が26地 区. 口県2地 区 で あ り,こ れ ら6地 区 の 事 業. は戦 後 間 もな い47年 まで に採 択 さ れ て い る@〉 。 そ の 後,1957年. 度 に は 「特 定 土 地 改 良 事 業. 特 別 会 計 」 が 創 設 され,上 記 の 国 営 事 業 の 経 理 は一 般 会 計 と区 別 して 行 う こ と にな った 。 干 拓 事 業 で は,従 来 は事 業 費 の 全 額 を 国 が 負 担 し,完 成 後 に農 民 に売 却 して いた が,特 別 会 計 で は事 業 費 の 一 部 を 農 民(地 元)に 負 担 させ る こ と にな り,負 担 分 は工 事 完 成 まで 借 入 金 で賄 う こ と に な った。 事 業 費 財 源 と して は,国 費(一 般 会 計 よ り受 入),借 入 金 の 他 に他 用 途 転 売 収 入 が あ る。 この 収 入 は干 拓 に よ り造 成 され た 土 地 を 農 地 以 外 の 目的 に利 用 す るた め 転 売 す る場 合 の 収 入 で あ り,60年 度 当初 予 算 で は宅 地,都 市 計 画 用 地,工 場 用 地, 道 路 敷 地 と して県 や 企 業 に売 却 が 予 定 さ れ て い た(5)。こ こで 検 討 す る 中海 干 拓 は 国 の 特 別 会 計 の 下 で 実 施 され た 代 表 的 な 国 営 干 拓 事 業 の1つ で あ る。. 2.2中. 海干拓事業. 斐 伊 川 は 中国 山地 に源 を 発 し 日本 海 に注 ぐ島 根 県 東 部 の 主 要 河 川 で あ り,下 流 にお いて 宍 道 湖,中 海 の2つ の 汽 水 湖 とな り,境 水 道 か ら 日本 海 に通 じて い る。 社 会 経 済 的 にみ る と,斐 伊 川 中流 域 に は県 第2の 都 市 出雲 市,下 流 域 に は県 庁 所 在 地 の 松 江 市 が 位 置 して お り人 口 と産 業 経 済 の 最 大 の 集 積 地 域 で あ る。 また,斐 伊 川 最 下 流 の 中海 周 辺 に は鳥 取 県 米 子 市 と境 港 市 が 位 置 して お り同 県 西 部 の 人 口 と産 業 経 済 の 集 積 地 域 で あ る。 中海 干 拓 は こ の 斐 伊 川 下 流 にお いて 島 根 ・鳥 取 両 県 に また が って 実 施 され た 事 業 で あ る。. (4)『 国 の 予 算(昭. 和30年. 度 版)』260-261ペ. (5)『 国 の 予 算(昭. 和35年. 度 版)』318-321,534-538ペ. ー ジ。. -97(97)一. ー ジ。.
(4) 第7巻. 第1号. 農 林 省 は55年 度 よ り中海 干 拓 を 直 轄 調 査 地 区 と して 採 択 し,63年 に 中海 干 拓 事 務 所 を 設 置 し,漁 業 補 償 を 終 え て,68年12月. よ り工 事 に着 手 した(6>。この 事 業 は,中 海 の 干 拓 と宍 道. 湖 ・中海 の 淡 水 化 に よ る食 糧 増 産 対 策 事 業 で あ り,中 海 干 拓 地 は 山陰 地 方 にお け るモ デ ル 農 場 と して 位 置 づ け られ た 。 事 業 内 容 は,島 根 ・鳥 取 両 県 に また が る 中海 の 約3分 の1に 当 た る2,800haの. 大 規 模 干 拓 を行 い,中 海 と宍 道 湖 の残 水 域 約1万5,000haを. て,干 拓 地 と沿 岸 既 耕 地 約4,800haの 3地 区,鳥 取 県2地. 淡水 化 し. 農 業 用 水 を 確 保 す る もの で あ った 。 干 拓 地 は島 根 県. 区 で あ り,こ の う ち島 根 県 本 庄 地 区 が4分 の3に 当 た る1,890haを. 占. め て い る。 工 事 期 間 と して は70年 度 か ら72年 度 にか けて 干 拓 地 の 堤 防 が 完 成 し,73年 後 半 に は淡 水 化 も始 ま り,75年 頃 か ら入 植 開始 の 予 定 で あ っ た(7)。しか し,70年4月 が 行 わ れ た 時 点 で は,76年. 2.3中. に完 成,78年. に起工式. か ら入 植 す る見 込 み と遅 くな って い る(8)。. 海 干 拓 事 業 を め ぐる状 況 変 化. 高 度 成 長 が 続 く中で 中海 干 拓 事 業 を 取 り巻 く社 会 経 済 状 況 は大 き く変 化 した 。 第1は, 農 業 政 策 の 転 換 に よ り70年 産 米 よ り米 の 生 産 調 整(減 反)が 実 施 され た こ とで あ る。 島 根 県 で は技 術 の 改 良 ・普 及,恵. まれ た 気 象 条 件 な ど に よ り66年,67年,68年. と"史 上 最 高 の. 豊 作"に 沸 いた 後 の 農 政 の 大 転 換 で あ った 。 減 反 政 策 に よ り干 拓 地 の 営 農 計 画 は根 本 的 手 直 しを 迫 られ,71年8月. に農 林 省 の 新 しい営 農 基 本 方 針 が 決 定 した 。 この 方 針 で は,稲 作. に代 わ って 酪 農,養 蚕,花 卉,野 菜 な どを 導 入 し,80年3月. よ り入 植 を 始 あ る予 定 で あ っ. た(9)。 第2は,工. 業 開 発 の 進 展 に 伴 い干 拓 計 画 の 一 部 変 更 が 具 体 化 した こ とで あ る。61年 の. 「島根 県 総 合 振 興 計 画 」 に お い て も 中海 干 拓 地 に 関 して 将 来 の工 業 用 地 へ の転 換 を 想 定 し て い たが ⑩,島 根 県 で は70年6月 て 港 湾 施 設,水. 中貯 木 場,工. に 中海 干 拓 計 画 を 一 部 変 更 して,江 島 ・森 山地 区 に お い. 業 用 地 な ど を造 成 す る工 業 開 発 計 画 を立 案 した(ll)。 この 干 拓. 計 画変 更 に関 して は,鳥 取 県 との 意 見調 整 が 難航 し,合 意 に達 した の は74年10月 で あ った(1⇒ 。 第3は,公. 害 ・環 境 問 題 に対 す る関 心 の 高 ま る 中で,中 海 ・宍 道 湖 の 水 質 悪 化 に伴 い干. (6)『 県 政 の あ ゆ み(昭. 和34・35年. 版)」7-9,16-19ペ. (7)『 島 根 新 聞 」1968年12月17日,19日 (8)『 島 根 新 聞 」1970年4月22日. 。. (9)『 島 根 新 聞 」1970年1月11日,71年8月27日 ⑩. ⑫. 。. 『島 根 県 総 合 振 興 計 画 』157,402-403ペ. qD『. 島 根 新 聞 」1970年6月25日. ー ジ。. 。. ー ジ。. 。. 『山 陰 中 央 新 報 」1974年10月5日,29日. 。 鳥 取 県 との 意 見 調 整 が 難 航 した の は 中 海 にお け る両 県. の 県 境 が 未 確 定 で あ った た め で あ る。 -98(98)一.
(5) 地域開発 と交通基盤の整備(川 島) 拓 ・淡 水 化 に対 す る疑 問 や 批 判 が 表 面 化 して きた こ とで あ る。 こ う した 地 元 で の 批 判 と と もに,72年3月. に は環 境 庁 長 官 が 中海 干 拓 に疑 問 を 呈 す る発 言 を した と して,地 元 か ら賛. 否 両 論 が 出 され た ⑱。 この よ う に 中海 干 拓 は工 事 が 本 格 化 す るの と時 を 同 じ く して 営 農 計 画 の 見 直 し,工 業 開 発 に よ る干 拓 計 画 の 一 部 変 更 に迫 られ,環 境 面 か ら も批 判 が 出 され るな どそ の 存 在 意 義 が 問 い直 され る こ と にな った 。 高 度 成 長 期 以 後 も工 事 が 継 続 され る 中で,干 拓 ・淡 水 化 の 是 非 につ いて 激 しい議 論 が 交 わ され た 。 最 終 的 に は88年 に 中海 ・宍 道 湖 淡 水 化 試 行 の 延 期 が 決 定 され,2002年12月. に淡 水 化 中止 が 決 定 した 。 また,こ れ よ り前 の2000年9月. に最 大 の. 干 拓 地 で あ る本 庄 工 区 の 干 陸 中止 が 決 定 され た 。. 3企. 3.1工. 業誘致 と中海地区新産業都市建設事業. 業 化 と企 業 誘 致. 1961年 の 「島 根 県 総 合 振 興 計 画 」 で は,産 業 構 造 高 度 化 の た め に は既 存 企 業 の 育 成 と と もに,臨 海 工 業 地 帯 の 造 成 や 輸 送 条 件 の 整 備 な ど工 業 立 地 条 件 を 先 行 して 整 備 し,県 外 資 本 の 導 入 に よ る工 業 誘 致 を図 る必 要 が あ る と力 説 して い るω。 県 で は62年 に 「島 根 県 工 場 設 置 奨 励 条 例 」 の 制 定,東 京 ・大 阪 事 務 所 へ の 企 業 誘 致 専 門 員 の 配 置,63年. に県 庁 企 業 開. 発 課 の 新 設 な ど誘 致 体 制 を 強 化 した 。 工 場 の 地 方 分 散 化 の 全 国 的 な 傾 向 と行 政 の 誘 致 策 強 化 に よ って,70年 地 は増 加 した 。62年74年 69年27社,最. の 立 地 企 業 数 は140社,年 平 均10社 余 りで あ るが,最 も多 い年 は. も少 な い年 は74年2社. と,機 械47(電. 気23,そ. 石 油 化 学3,食. 料 品2,そ. 代 前 半 まで 企 業 立. で あ り景 気 の影 響 を強 く受 け て い た。 業 種 別 に み る. の 他 機 械24),繊. 維 ・衣 服42,鉄. 鋼 ・非 鉄 金 属15,木. 材 ・家 具9,. の 他22で あ る。 この 期 間 の 前 半 に は繊 維 ・衣 服,弱 電 気 関 係 の. 「女 子 型 企 業 」 が 主 体 で あ った が,後 半 に は 県 の 誘 致 方 針 を 「男 子 型 優 良 企 業 」 に 改 め た こ と もあ り,機 械 関 係 業 種 が 中心 とな って い る。 立 地 地 域 を み る と,県 東 部 の 中海 地 区 新 産 業 都 市 建 設 事 業 の 適 用 地 区 か ら西 部 の 石 見 地 方 に及 び,ま た,日 本 海 に沿 った 国 道9号 線 沿 いか ら中国 山地 の 農 山村 地 域 に及 ん で い る⑮。. ⑬. 『島 根 新 聞 」1972年3月4日,6日. ω. 『島 根 県 総 合 振 興 計 画 』5-7,652-656,670-676ペ. ⑮. 『戦 後 の 島 根 県 の 歩 み 」15-16,41ペ ジ,「 県 政 の あ ゆ み(昭 257-258ペ. 和46・47年. ー ジ,『 県 政 の あ ゆ み(昭. 。 ー ジ。. ー ジ,『 県 政 の あ ゆ み(昭 度 版)」531-532ペ 和5053年 -99(99)一. 和40・41年. 度 版)」225-226ペ. ー ジ,『 県 政 の あ ゆ み(昭. 度 版)」289ペ. ー ジ。. 和48・49年. ー. 度 版)」.
(6) 第7巻. 第1号. 企 業 進 出先 の 決 定 に は様 々な 要 因 が 働 くと思 わ れ るが,県 の 誘 致 方 針 を み る と,新 産 業 都 市 な ど大 規 模 な 工 業 開 発 拠 点 の 形 成 と,減 反 対 策 や 過 疎 対 策 の 必 要 性 もあ り農 山村 地 域 へ の 工 場 進 出の 双 方 を 追 求 して いた ⑯。. 3.2中. 海 地 区新 産 業 都 市 建 設 事 業. 「国民 所 得 倍 増 計 画 」 の策 定 後,大 都 市 の過 大 化 の 是 正,後 進 地 域 の 開 発 を進 め地 域 の 均 衡 あ る発 展 を 図 るた あ62年10月 に 「全 国 総 合 開 発 計 画 」 が 閣 議 決 定 され た 。 これ と前 後 して 具 体 的 な 地 域 開 発 政 策 が 進 め られ62年 に は 「新 産 業 都 市 建 設 促 進 法 」 が 制 定 され,全 国 で15地 区 が 新 産 業 都 市 の 指 定 を 受 けた 。 山陰 地 方 で は 中海 ・宍 道 湖 周 辺 地 域 の 島 根 ・鳥 取 両 県 に また が る6市18町. 村(島 根 県4市9町. 村,鳥 取 県2市9町. 村)が66年11月. に新 産. 業 都 市 の 指 定 を 受 け,工 業 開 発 の 拠 点 形 成 を 目指 した 。 全 国 の 新 産 業 都 市 の 中で 最 後 の 指 定 で あ った(1の 。 新 産 業 都 市 建 設 の 目的 は,道 路 ・鉄 道 ・港 湾 等 の主 要 施 設 の整 備 を促 進 し, 既 存 企 業 の 拡 大 と新 規 企 業 の 立 地 を 誘 導 し,開 発 拠 点 に相 応 しい新 しい産 業 都 市 を 建 設 す る こ とで あ り,開 発 拠 点 と して の 成 果 を 示 す 主 要 目標 は工 業 出荷 額 と人 口で あ った 。 まず,産 業 都 市 と して の 基 盤 形 成 を 図 る主 要 施 設 の 整 備 につ いて み る と,67年3月. に国. の 承 認 を 受 けた 「中海 地 区 新 産 業 都 市 建 設 基 本 計 画 」 で は事 業 費(島 根 県 分)は 生 産 関 連 55%,生. 活 関 連45%と. な って い る。 生 産 関 連 で は輸 送 施 設29%(道. 路16%),通. 信 施 設15%,. 生 活 関 連 で は住 宅 ・住 宅 用 地19%な. ど の割 合 が 高 いq8)。これ に対 して64年 度75年. 計 実 績 で み る と,生 産 関 連59%,生. 活 関 連41%で. 22%),通. 信 施 設16%,生. 度の累. あ り,生 産 関 連 で は輸 送 施 設29%(道. 活 関連 で は住 宅 ・住 宅 用 地18%な. 路. ど が主 な も の で あ る。 基 本 計. 画 と実 績 を 比 較 す る と,内 陸 工 業 用 地,道 路,教 育(学 級),厚 生(保 育 園,清 掃 施 設), 公 園 緑 地 な どが 計 画 を 大 き く上 回 って お り,鉄 道 ・港 湾 ・空 港 な ど道 路 以 外 の 輸 送 施 設, 下 水 道,厚 生(病. 院)な. どは 計 画 を 下 回 っ て い る⑲。 この う ち工 場 用 地 は,基 本 計 画 で は. 中海 な ど臨 海 部127ha,内 海 部31ha,内. ⑯. 『県 政 の あ ゆ み(昭 531-532ペ. ⑰. 陸 部104haで. あ り,臨 海 部 の造 成 は進 ん で い な い。 ま た,75年 度 まで の 累 積. 和42・43年. 度 版)」257-258ペ. 『戦 後 日 本 経 済 の 軌 跡 』54-55,81-84ペ. 『県 政 の あ ゆ み(昭 他 の13地. 目標 と して い た が,75年 度 ま で に 完 成 した の は臨. ー ジ,『 県 政 の あ ゆ み(昭. 和46・47年. 度 版)』. ー ジ。. q8)『 県 政 の あ ゆ み(昭 ⑲. 陸 部48haを. 区 が64年. 和42・43年 和50-53年. ー ジ。. 度 版)」16-20ペ 度 版)」16ペ. 度 に 指 定 を 受 け た 関 係 上,中. さ れ た(「 県 政 の あ ゆ み(昭. 和40・41年. ー ジ。. ー ジ 。 な お,中. 度 版)」24-25ペ -100(100)一. 海 地 区 の 指 定 は1966年. 度 で あ っ た が,. 海 地 区 に つ い て も 基 本 計 画 の 基 準 年 次 は64年 ー ジ)。. 度 と.
(7) 地 域 開 発 と交 通 基 盤 の 整 備(川 島). 事 業 費 で も内 陸 部 が 臨 海 部 を 上 回 って い る⑳。 次 に,開 発 拠 点 と して の 成 果 で あ る工 業 出荷 額 と人 口(島 根 県 分)に つ いて み る と,県 工 業 出荷 額 に 占め る新 産 業 都 市 地 区 の 割 合 は60年58%,65年60%,70年62%と り,県 人 口に 占 め る割 合 で も60年39%,65年41%,70年44%と. 漸 増 して お. 漸 増 して い る。 工 業 出荷 額,. 人 口 と も徐 々 に拠 点 性 は高 ま っ て い る⑳。 しか し,基 本 計 画 の 最 終 年 に 当 た る75年 度 の 実 績 を み る と,県 人 口 に 占め る割 合 は さ らに高 ま り46%で あ るが,県 工 業 出荷 額 に 占め る割 合 は55%に 低 下 して い る。 工 業 出荷 額 そ の もの は大 き く増 加 して い るが,開 発 拠 点 の 形 成 と い う点 で は成 果 はみ られ な い。 また,新 規 立 地 企 業 につ いて も小 規 模 な 工 場32社,就. 業. 者5,100人 に と ど ま り,地 域 開 発 の起 爆 剤 と して期 待 さ れ る大 企 業 の進 出 はみ られ な か っ た ⑳。 新 規 立 地 企 業 が工 業 出 荷 額 の 大 幅 な増 加 に結 び つ いて い な い点 は,地 区 内 の 既 存 企 業 と新 規 立 地 企 業 の 出荷 額 を 比 較 して も明 らか で あ り,74年 度 で は既 存 企 業 は32社1,069 億 円 に対 して新 規 立 地 企 業 は32社301億 円 に過 ぎ な い(い ず れ も敷 地 面 積9,000m2以. 上の. 企 業)㈱。 2.3で述 べ た よ うに 島根 県 は70年6月. に江 島 ・森 山地 区 の 工 業 開 発 計 画 を 立 案 した 後,72. 年10月 に は大 規 模 な 自動 車 工 場 な どを 誘 致 す る構 想 を ま とめ,73年1月. に県 知 事 が トヨ タ. 自動 車 本 社 を訪 問 して 進 出を 要 請 して い る よ うに⑳,新 産 業 都 市 が 工 業 開発 拠 点 と して の 地 位 を 確 立 す る に は大 企 業 の 誘 致 が 欠 か せ な い と認 識 して いた 。 この よ う に,新 産 業 都 市 建 設 事 業(島 根 県 分)は,工 の 成 果 を 挙 げ る こ と はで きな か った が,人. 業 出荷 額 の 点 で は開 発 拠 点 と して. 口面 で は新 産 業 都 市 地 域 へ の 集 中度 は高 ま って. い る。 と くに,県 人 口が 大 き く減 少 し各 市 の 人 口 も減 少 ・停 滞 す る 中で 県 庁 所 在 地 で あ る 松 江 市 の 人 口 は増 加 し続 けて いた 。 新 産 業 都 市 建 設 事 業 は,地 方 中心 都 市 が 生 産 ・生 活 両 面 にわ た って 総 体 と して 基 盤 整 備 を 進 め こ とが 人 口吸 引 力 を 維 持 ・強 化 す るた め の 下 支 え とな る こ とを 示 して い る。 国 の 新 産 業 都 市 建 設 事 業 は76年 度 以 降 も5年 ご と に建 設 基 本 計 画 を 更 新 して 継 続 され 第 6次 計 画(1996年. ⑳. 度 一2000年 度)を. 『県 政 の あ ゆ み(昭. 和44・45年. もって 終 了 した 。. 度 版)」21-22ペ. ー ジ,「 県 政 の あ ゆ み(昭. 17ペ ー ジ,『 新 産 業 都 市 建 設 基 本 計 画 改 訂 関 係 参 考 資 料(中 ⑳. 『中 海 地 区 新 産 業 都 市 の 概 況 」2,13ペ. ⑳. 『県 政 の あ ゆ み(昭. ㈱. 『新 産 業 都 市 建 設 基 本 計 画 改 訂 関 係 参 考 資 料(中. ⑳. 『島 根 新 聞 」1972年10月18日,1973年2月13日. 和48・49年. 海 地 区)」23ペ. ー ジ。. 度 版)」10-11,257ペ. -101(101)一. ー ジ。 海 地 区)」3-4ペ 。. ー ジ。. 和50-53年 ー ジ。. 度 版)」16-.
(8) 第7巻. 4人. 4.1人. 第1号. 口減少 と過疎対策事業. ロ減 少 問題 の顕 在 化. 島 根 県 の 国 勢 調 査 人 口 は1955年 の92万9千 人,65年82万2千. 人,70年77万4千. 人 を ピー ク と して,そ. 人,75年76万9千. ご との 減 少 数 と減 少 率 は4万 人 ・4.3%,6万7千. の 後 は60年88万9千. 人 と推 移 して い る。 この 期 間 の5年 人 ・7.6%,4万8千. 人 ・5.8%,5千. 人 ・. 0.6%で あ った。 減 少 数,減 少 率 と も60年 か ら65年 に か け て最 も多 く(高 く)な って い る。 この 時 期 に地 方 人 口が 急 減 した こ とを 契 機 と して 国 の 過 疎 対 策 事 業 が 立 法 化 され た 。 県 人 口の 減 少 はす で に61年 の 「島 根 県 総 合 振 興 計 画」で も取 り上 げ られ て い た。 しか し, この 時 期 に は人 口減 少 と1人 当 た り所 得 の 関 係 が 注 目 され て お り,産 業 基 盤 が 整 備 され 県 内 に雇 用 機 会 が 大 き く拡 大 す る まで 転 出 に よ る人 口減 少 は避 け られ ず,結 果 的 に,県 振 興 計 画 の 目標 とす る所 得 水 準 が 上 昇 し,所 得 格 差 の 拡 大 が 防 止 され る こ と も止 む を 得 な い と して い る㈲。 そ の 後,65年. 国 勢 調 査 に よ り県 人 口が 大 幅 に減 少 し,全 国 一 の 減 少 率 で あ る こ とが 明 ら. か とな って,人. 口減 少 が 地 域 社 会 に及 ぼ す 諸 問 題 へ の 取 り組 み を 強 化 し,こ の 問 題 に対 し. て 国 の 立 法 措 置 を 求 め る動 きが 始 ま った 。67年2月 で は課 題 の 第1に 人 口減 少 問 題 を 取 り上 げ,と. に策 定 され た 「県 勢 振 興 の 基 本 構 想 」. くに奥 山間 部 で は挙 家 離 村 の 増 加,村 落 の. 共 同 的 社 会 機 能 と生 産 面 の 共 同 的 機 能 の 喪 失 す る いわ ゆ る過 疎 現 象 を もた ら して い る と指 摘 して い る⑳。 過 疎 問題 に つ い て は国 レベ ル で の取 り組 み も開 始 さ れ,自 治 省 に よ り人 口 減 少 地 域 を 対 象 と して 公 共 施 設 の 現 状,地 域 社 会 の 変 化,市 町 村 行 政 の 現 状 な ど につ いて 実 態 調 査 が 実 施 され た 。 この 調 査 は島 根 県 で は67年1月. よ り人 口減 少 の 激 しい西 部5町 村. を 対 象 と して 行 わ れ た が,町 村 か ら出 され た 要 望 事 項 は各 種 事 業 へ の 起 債 や 補 助 率 引 き上 げで あ った 鴨 67年7月,県. 人 口 は22年 ぶ りに80万 人 の 大 台 を 割 り込 み,65年. の 国 勢 調 査 に続 いて,人. 口が 大 幅 に減 少 した 現 実 を 突 き付 け られ た 。 県 統 計 課 に よ る と人 口減 の 最 も大 きな 原 因 は 中学 ・高 校 卒 業 生 の 県 外 就 職 と大 学 進 学 で あ り,62年3月. か ら66年3月. まで の5年 間 につ. いて み る と毎 年,県 外 就 職 者 約1万 人,大 学 進 学 者 約3千 人,計 約1万3千. ㈲. 『島 根 県 総 合 振 興 計 画 』11-12,17ペ. ⑫③. 『県 勢 振 興 の 基 本 構 想 』6-7ペ. ⑳. 『島 根 新 聞 」1967年1月19日,3月7日. ー ジ。. ー ジ。 。 -102(102)一. 人 ず つ 減 って.
(9) 地域開発 と交通基盤の整備(川 島) い る㈱。 人 口減 少 が 深 刻 化 し,過 疎 対 策 へ の取 り組 み が 強 化 され た60年 代 後 半 は い ざな ぎ 景 気 の 時 期 で あ り,中 学 ・高 校 卒 業 者 に対 して 県 外 企 業 か らの 求 人 が 殺 到 し,他 県 か らは 知 事 や 副 知 事 が 来 県 して 働 きか け るな ど行 政 を 巻 き込 ん だ 勧 誘 が 行 わ れ た 。 こ う した 動 き に対 して 県 内 企 業 は無 防 備 状 態 で あ る と して,67年8月. 末 に は県 知 事 が 県 内 就 職 者 の 確 保. に向 けて 異 例 の 談 話 を 発 表 して い る⑳。. 4.2過. 疎 対 策 事 業 と道 路 整 備. 70年4月. に 「過 疎 地 域 対 策 緊 急 措 置 法 」(第1次. 過 疎 法)が10年. 間 の 時 限 立 法 と して 成. 立 した 。 過 度 の 人 口流 出 に対 応 す るた め の 緊 急 措 置 で あ り,生 活 基 盤 と産 業 基 盤 の 整 備 に つ いて 総 合 的 な 対 策 を 講 ず る もの で あ った 。 島 根 県 で は59市 町 村 の う ち36市 町 村 が 過 疎 法 の 適 用 を 受 けた が,70年. 国 勢 調 査 後,新 た に3町 が 適 用 を 受 け39市 町 村,全 市 町 村 の3分. の2に 上 り,そ の 面 積 は県 土 の7割 余 を 占め て い る。 県 内 を 東 部,西 部,隠 岐 に区 分 して み る と,東 部 は4市25町 (87%),隠. 村 の う ち12町 村(41%),西. 部 は4市19町. 村 の う ち1市19町. 村. 岐 は全7町 村 で あ った 。 視 点 を 変 え て 非 過 疎 地 域 を み る と,東 部 の17市 町 村 は. 中海 新 産 業 都 市(国 道9号 線 沿 い)12市 町,新 産 業 都 市 に隣 接 す る地 域 で 県 東 部 と広 島 県 を 結 ぶ 国 道54号 線 沿 いの4町,松. 江 市 に隣 接 す る1村 で あ る。 また,西 部 の3市. は過 疎 地. 域 で はな いが55年 か ら70年 にか けて 人 口 は減 少 して い る。 さて,過 疎 地 域 の 要 件 は人 口 と財 政 力 指 数 で あ り,人 口 は60年 国 勢 調 査 人 口 に比 べ て65 年 国 勢 調 査 人 口 が10%以. 上 減 少 し,財 政 力 指 数 は66年 度 か ら68年 度 まで の平 均 が0.4未 満. で あ る市 町 村 を 区 域 と して 各 種 の 特 別 措 置 を 講 ず る もの で あ った 。 適 用 市 町 村 は振 興 計 画 を 作 成 して 事 業 を 実 施 す るが,地 方 債 と して 過 疎 債 の 発 行 が 認 め られ,こ れ の 元 利 償 還 金 の70%は. 地 方 交 付 税 の 基 準 財 政 需 要 額 に算 入 され た ⑳。 同 様 の 制 度 は62年 度 よ り辺 地 を 有. す る市 町 村 にお いて 実 施 され る辺 地 の 公 共 施 設 整 備 事 業 にお いて 導 入 され て いた が(辺 地 債,算 入 率80%),過. 疎 対 策 は適 用 市 町 村 の 全 域 を 対 象 と した よ り規 模 の 大 きな 事 業 で あ っ. た 。60年 代 後 半 の 過 疎 対 策 立 法 化 の 過 程 にお いて 最 も要 望 の 強 か った の は過 疎 債 で あ り, これ を 財 源 と して 公 共 施 設,と. りわ け道 路 整 備 が 精 力 的 に進 め られ る こ と にな った 。. 過 疎 地 域 振 興 計 画 は県 計 画 と市 町 村 計 画 か らな り,70年 度74年. 度 の 前 期5か 年 計 画 の. 事 業 実 績 は県232億 円,市 町村397億 円(過 疎 債86億 円)で あ る。 事 業 内訳 を み る と,ま ず,. ⑳. 『島 根 新 聞 」1967年7月25日. ⑳. 『島 根 新 聞 」1967年2月3日,9月1日,9月4日,70年10月24日. e①. 『県 政 の あ ゆ み(昭. 和44・45年. 。. 度 版)」88-89ペ -103(103)一. 。 ー ジ。.
(10) 第7巻 県 につ いて は. 第1号. ① 基 幹 的 な 市 町 村 道 等 の 整 備32億 円,② 医 療 の 確 保1億. 円,③ 県 道 等 の 整. 備157億 円,④ 農 林 水 産 業 の 振 興41億 円 で あ っ た。 ① は市 町 村 道,農 道,林 道,漁 港 関 連 道 の 整 備 を 県 が 代 行 す る もの で 林 道 が 半 分 強 で あ る。 また,③ は 県 道130億 円,農 道27億 円 で あ る。 道 路 整 備 が82%を. 占 め て お り,県 の 実 施 す る過 疎 対 策 事 業 は 道 路 整 備 の こ とで. あ った ⑳。 次 に市 町 村 事 業 で は は過 疎 債),う. ① 交 通 ・通 信 施 設 の 整 備165億 円(過 疎 債55億 円,以 下,括. ち道 路 整 備137億 円(53億. 円),② 教 育 文 化 施 設 の整 備83億 円(17億. 生 活 環 境 施 設 等 厚 生 施 設 の 整 備 及 び医 療 の 確 保54億 円(5億 業 振 興84億 円(3億. 円),⑤ 集 落 の移 転12億 円(6億. 弧内. 円),③. 円),④ 農 林 水 産 業 そ の 他 の 産. 円)と な って い る。 市 町村 の事 業 は,. 生 活 と生 産 を 支 え る基 盤 全 体 にわ た って 整 備 す る点 で 県 の 事 業 と は異 な って い るが,市 町 村 道 ・農 道 ・林 道 ・漁 港 関 連 道 な どの 道 路 整 備 費 が35%を. 占め,過 疎 債 の61%は. これ に充. 当 され て い る⑳。 過 疎 対 策 にお いて は農 道 ・林 道 ・漁 港 関 連 道 な ど の 開設 ・改 良事 業 が 県 の 道 路 整 備 費,市 町 村 の 道 路 整 備 費 の そ れ ぞ れ26%と. 高 い割 合 を 占め て お り,過 疎 対 策 の. 大 きな 柱 で あ る産 業 振 興 の 基 盤 整 備 と して 力 が 入 れ られ て いた 。 と こ ろで,過 疎 地 の 道 路 整 備 の 目的 と して は,農 林 漁 業 の 振 興,企 業 誘 致,低. い道 路 整. 備 水 準 の 是 正 な ど に加 え て,住 民 生 活 の 安 心(救 急 医 療)の 確 保,中 心 都 市 と過 疎 地 を 結 ぶ 広 域 ネ ッ トワー クの 形 成 な どを 挙 げ る こ とが で き る。 この う ち住 民 生 活 の 安 心 の 確 保 に つ いて は,過 疎 対 策 の 多 くの 課 題 の う ち地 元 で 最 も望 まれ,緊 急 を 要 して いた の は道 路 整 備 で あ り,医 師 不 足 に悩 む 山村 で,医 療 機 関 を 地 元 につ くる こ とが で きな くて も,道 路 が よ くな れ ば緊 急 時 に手 遅 れ にな らず に町 の 医 者 にか か る こ とが で き る,と い う切 実 な 声 が 強 か った ㈱。 次 に,広 域 ネ ッ トワー クの 形 成 と して,第1次. 過 疎 法 に よ る対 策 が 開 始 され た70年 度 よ. り自治 省 の す す め て い る広 域 市 町 村 圏 事 業 が あ る。 広 域 市 町 村 圏 事 業 は,日 常 生 活 の 需 要 (就業,生. 活 物 資 の調 達,教 養,娯. 楽 そ の他)が. ほ ぼ そ の 中で 充 足 され る よ うな 中心 都 市. と周 辺 農 山漁 村 地 域 を 一 体 とす る圏 域 を 設 定 して,広 域 ネ ッ トワー ク(市 町 村 道 な ど)と 広 域 事 務 処 理 シ ステ ム(消 防 救 急 施 設,環 境 衛 生 施 設 な ど)を 整 備 す る もの で あ り,過 疎 問 題 の 解 決 に資 す る こ と も目的 と して い る⑳。. eD『 勧 ㈱. 県 政 の あ ゆ み(昭. 和50-53年. 度 版)」48-53ペ. ー ジ。. 注el)に 同 じ。 『島 根 新 聞 」1969年9月25日. 。 な お,69年9月25日. に松 江 市 にお い て 過 疎 問 題 な どを テ ー マ と し. て 国 政 に 関 す る 公 聴 会(「 一 日 内 閣 」)が 開 催 さ れ た 。 ㈹. 『県 政 の あ ゆ み(昭. 和48・49年. 度 版)」43-48ペ -104(104)一. ー ジ。.
(11) 地域開発 と交通基盤の整備(川 島) この よ う に,70年 代 前 半 の 過 疎 対 策 で は,主 要 な 市 町 村 道 の 整 備 に も力 を 入 れ 始 め た 国 の 道 路 整 備 計 画,減 反 対 策 と して の 農 村 工 業 化 な どの 政 策 動 向 も踏 まえ て,過 疎 地 域 の 産 業 振 興 と住 民 生 活 の 確 保 ・向 上 を 目指 して 道 路 交 通 体 系 の 整 備 に重 点 を 置 いた 対 策 に着 手 され た 。 過 疎 対 策 事 業 につ いて は,そ の 後 も10年 ご と に時 限 立 法 と して 特 別 措 置 法 が 制 定 され て お り,2009年 度 は第4次 過 疎 法 の 最 終 年 に当 た る。. 5交. 5.1島. 通基盤 の整備. 根 県 の位 置一 山 陰 と山 陽. 後 進 県 島 根 の 経 済 発 展 の た め に は,産 業 基 盤 へ の 先 行 投 資 と くに交 通 施 設 の 整 備 が 最 優 先 課 題 で あ った 。1961年 の 「島 根 県 総 合 振 興 計 画 」 で は,県 外 各 地 方 との 物 資 の 移 出 ・移 入 状 況 を 検 討 した 上 で,県 経 済 は京 阪 神,山 陽,北 九 州 に依 存 して お りこれ らの 地 方 と連 絡 す る交 通 網 を 整 備 す る こ と,と. くに 自動 車 輸 送 は 山陽,近 畿 地 方 が 主 体 で あ り道 路 整 備. もこれ に沿 って 強 化 され るべ きで あ る と して い る㈹。 60年12月,「 全 国 総 合 開 発 計 画 」 の 地 方 版 で あ る 「中 国 地 方 開 発 促 進 法 」 が制 定 され, 64年2月. に は 「中国 地 方 開 発 促 進 計 画 」 が 策 定 され た 。 この 計 画 で は 山陰 ・山陽 地 域 の 一. 体 的 開 発 と広 域 経 済 圏 の 育 成 を図 る こ と と して い るが ⑳,中 国 地 方 を一 体 と して 発 展 させ る方 針 は,島 根 県 に と って 山陽 方 面 との 交 通 網 を 整 備 す る拠 り所 と して 重 要 で あ った 。 そ の 後,い ざな ぎ景 気 の進 行 す る 中 で69年5月 全 総)で. に策 定 され た 「新 全 国 総 合 開 発 計 画 」(新. は,中 国地 方 と四 国 地 方 を1つ の 圏 域 と して 設 定 して お り,「 中 四 国地 方 開 発 の. 基 本 構 想 」 の 「開 発 の 基 本 的 方 向 」 にお いて 瀬 戸 内 地 域 と 山陰 ・太 平 洋 側 地 域 の 関 係 を 次 の よ うに記 して い る。 「山 陰 お よ び太 平 洋 側 地 域 は,瀬 戸 内経 済 圏 の 広 域 化 に対 応 した 発 展 が 期 待 され る ほか,新 た な 工 業 開 発 拠 点 と して,あ. る い は,増 大 す る食 料 需 要 や 観 光 需. 要 を充 足 す る地 域 と して,多 彩 な 発 展 を 遂 げ よ う。」 こ こで は 山 陰地 方 と瀬 戸 内地 方 が 一・ 体 的 発 展 の 関 係 に あ る と は把 握 され て いな い。 む しろ,計 画 案 に あ った 波 及 効 果,波 及 的 発 展 と い う表 現 が60年 代 の 高 度 成 長 期 を 経 過 した 後 の 両 者 の 経 済 関 係 を よ りよ く表 して い る。 ま た,交 通 体 系 につ い て は 「開 発 の 基 本 的構 想 」 に お い て,「 山 陰 地 域 に お い て は, 陰 陽 交 流 の 円滑 化 を 図 るた あ,瀬 戸 内地 域 に 通 ず る横 断 幹 線 を 建 設 す る」 と記 さ れ て い る。 ㈱. 『島 根 県 総 合 振 興 計 画 』259-264ペ. ㈱. 『県 政 の あ ゆ み(昭. 和40・41年. ー ジ。. 度 版)」15ペ. ー ジ。. -105(105)一.
(12) 第7巻 島 根 県 で は 計 画 案 に対 す る要 望(69年2月)で,「. 第1号 陰 陽 交 流 の 円 滑 化 を 図 る た め」 とい っ. た 表 現 に と どめ ず,「陰 陽 の一 体 的 発 展 を促 進 す る た め,陰 陽 を 連 絡 す る交 通 網 を 早 期 か つ 先 行 的 に整 備 す る」 旨の 積 極 的 な 方 針 を 盛 り込 む よ う に望 ん で いた が 叶 わ な か った ⑳。 さて,新 全 総 は新 しい全 国 的 な 高 速 交 通 体 系 の 形 成 を 柱 の1つ. と して お り,中 国 地 方 の. 高 速 自動 車 道 と新 幹 線 鉄 道 の 建 設 計 画 ・建 設 構 想 が掲 げ られ て い た。5.2.4,5.3.3で 述 べ る よ う に,山 陰 地 方 が 全 国 に張 り巡 らされ る高 速 交 通 ネ ッ トワー クの 一 翼 を 担 い,各 地 との 時 間 距 離 を 大 幅 に短 縮 す る もの で あ り,新 全 総 以 降,誘 致 に向 けた 取 り組 み が 強 力 に展 開 され た 。. 5.2国. 道 と県 道 の整 備. 5.2.1国. の 道 路整 備 計 画 と道 路 財 源. 国 の 道 路 整 備 に関 して は,53年 制 定 の 「道 路 整 備 費 の 財 源 等 に関 す る臨 時 措 置 法 」 に基 づ き,揮 発 油 税 を 特 定 財 源 と して 整 備 が 行 わ れ る こ と とな り,54度 年 か ら第1次 道 路 整 備 5か 年 計 画(事 業 費2,600億 円,以 下,括 弧 内 は事 業 費)が 始 ま った。58年 度 に は 「道 路 整 備 緊 急 措 置 法 」 の 制 定,道 路 整 備 特 別 会 計 の 創 設 な ど に よ り第2次5か が 開 始 され た 。 この 後,61年 か ら第3次(2兆1千 67年 か ら第5次(6兆6千 年 計 画(19兆5千. 億 円),70年. 年 計 画(1兆. 億 円),64年 か ら第4次(4兆1千. か ら第6次(10兆3,500億. 円) 億 円),. 円),73年 か ら第7次5か. 億 円)が 実 施 され,地 方 にお いて は国 の5か 年 計 画 に基 づ いて 道 路 整 備. が 進 め られ た 。 また,高 度 成 長 期 に は揮 発 油 税 に加 え て 道 路 整 備 財 源 とな る新 税 が 次 々 と 導 入 され た ㈱。 第1次5か. 年 計 画 の 開 始 時 に当 た る54年3月. 級 国 道40路 線,延 長9,215kmの は23%で. 末 現 在 の 全 国 の 道 路 整 備 状 況 を み る と,1. うち未 改 良 区 間 の 延 長 は57%を. 占 めて お り,舗 装 道 の 割 合. あ った 。2級 国 道 につ いて は144路 線,延 長1万4,851kmの. 長 は76%,舗. 装 道 の 割 合 は9%で. 改 良 区 間 の延 長 は81%,舗. う ち未 改 良 区 間 の 延. あ った 。 また,都 道 府 県道 は延 長11万9,416kmの. 装 道 の 割 合 は4%で. う ち未. あ った㈲。 こ う した整 備 水 準 か ら始 ま り,. 累 次 の5か 年 計 画 に基 づ い て 全 国 に わ た っ て精 力 的 に道 路 整 備 が 進 展 して い くこ と とな る。 揮 発 油 税 を 財 源 とす る道 路 整 備 の 実 施 は,国 の 一 般 会 計 歳 出予 算 の 公 共 事 業 関 係 費 の 分 ⑳. 『新 全 国 総 合 開 発 計 画 』87-88ペ 根 新 聞 」1969年1月11日. ㈱ e9『. 『道 路 を ど う す る か 」28-32ペ 国 の 予 算(昭. 和30年. ー ジ,「 県 政 の あ ゆ み(昭. 和42・43年. 度 版)」10-12ペ. ー ジ,『 島. 。 ー ジ。. 度 版)』217-218ペ. ー ジ,『 国 の 予 算(昭. -106(106)一. 和35年. 度 版)」555ペ. ー ジ。.
(13) 地域開発 と交通基盤の整備(川 島) 野 別 割 合 に大 きな 変 化 を もた ら し,道 路 予 算 の 割 合 は55年 度12%か. ら65年 度 に は43%に 急. 増 し,公 共 事 業 の 主 柱 と して の 地 位 を 確 立 した 。 同 様 に,戦 後 早 い時 期 に島 根 県 にお いて 実 施 さ れ た 開 発 計 画 に お い て も道 路 整 備 費 の 割 合 が 大 き く増 加 して い る。 「大 山 ・出 雲 特 定 地 域 総 合 開 発 計 画 」(54年 閣 議 決 定)で の 割 合 は4千 万 円,1%以 は31億 円,38%に. は,総 事 業 費(島 根 県 分)49億. 円 に 占 め る道 路. 下 で あ った が,そ の 後,総 事 業 費 は83億 円 に増 加 し道 路 の 割 合. 激 増 して い る。 これ は58年 度 よ り国 道9号 線 の 整 備 事 業 は建 設 省 の 直 轄. 工 事 と して 行 わ れ た こ と に よ る㈹。. 5.2.2島. 根 県 にお け る道 路整 備. 「島根 県 総 合 振 興 計 画 」 の 策 定 さ れ た 当 時(59年3月 1路 線,2級. 国 道4路 線,主. 末 現 在)の 県 内 道 路 網 は1級 国 道. 要 地 方 道19路 線,一 般 県 道(主 要 地 方 道 以 外 の県 道)188路. 線,そ れ に市 町 村 道 か らな って いた 。 この う ち一 般 県 道 以 上 の 道 路 整 備 状 況 を み る と,自 動 車 の す れ 違 い の で き る車 道 幅 員4.5m以 率14%,舗. 装 率4%で. 上 の 区 間25%,自. 動 車 交 通 不 能 区 間9%,改. 良. あ り,全 国 平 均 と比 較 して 低 い水 準 で あ った 。 さて,最 初 に最 も重. 点 の 置 か れ た1級 国 道9号 線(京 都 一 下 関 間)は 日本 海 に沿 って県 下 各 市 を結 ぶ と と もに, 島 根 県 と京 阪神 や 北 九 州 を 繋 ぐ大 動 脈 で あ り,県 内 の 路 線 区 間 の実 延 長 は258kmに. 及ん. だ 。1級 国 道 の 整 備 は58年 度 を 初 年 度 とす る第2次 道 路 整 備5か 年 計 画 よ り原 則 と して 建 設 省 直 轄 工 事 で 行 わ れ る こ と にな り,県 内9号 線 の 整 備 は この 年 か ら直 轄 工 事 とな り本 格 化 した 。 国 の 工 事 実 施 計 画 に よ る と,改 築 工 事 の 内 容 は,車 道 幅 員 の 拡 幅 は東 部 の 鳥 取 県 境. 大 田市 間7.5m,西. 部 の大 田市. 山 口県 境 間6.5m,鉄. 軌 道 との 平 面 交 差 の 除 去,全 線. の 舗 装,全 橋 梁 の 永 久 橋 化,路 線 の 変 更 な どで あ った 。 この う ち路 線 変 更 の 中 に は交 通 の 輻 較 す る市 街 地 か ら路 線 を 移 す こ と も含 まれ て お り,こ れ は国 道 バ イ パ スの 先 駆 けで あ っ た ω。9号 線 は66年 度 に1次 改 築 が 概 成 して お り,こ れ以 降 は2次 改 築 と交 差 点 改 良 が 進 め られ,市 部 にお いて はバ イ パ ス建 設 調 査 が 進 め られ た が いず れ も地 域 住 民 の 反 対 に あ っ て いた 働。 次 に直 轄 工 事 の 対 象 とな った 路 線 は,陰 陽 連 絡 道 路 の 一 つ で あ り島 根 県 東 部 と広 島 を 結 ぶ2級. q①. 国道 松 江 広 島 線(63年4月. 『県 政 の あ ゆ み(昭. 和35年. に1級 国 道54号 線 に昇 格 ⑱)で あ る。 直 轄 工 事 は63年 度. 発 行)』171-176ペ. ql)『 島 根 県 総 合 振 興 計 画 』266-268,288ペ 幽. 『県 政 の あ ゆ み(昭. ㈹65年. 度 よ り1・2級. 和48・49年. ー ジ。. ー ジ。. 度 版)」168-169ペ. ー ジ。. 国 道 の 区 別 を 廃 止 し 一 般 国 道 と な っ た(『 国 の 予 算(昭. ペ ー ジ)。 -107(107)一. 和45年. 度 版)」271.
(14) 第7巻. 第1号. よ り実 施 され70年 度 に1次 改 築 の 概 成 を み て い るが,こ の 間 に54号 線 の 難 所 で あ った 広 島 県 境 の 赤 名 峠 に は64年9月. に赤 名 トンネ ル,飯 石 郡 頓 原 町 の 吹 ヶ峠 に は64年10月 に頓 原 有. 料 道 路(日 本 道 路 公 団 施 工)が 完 成 した 。 中国 山地 を 横 断 す る54号 線 の 整 備 で は陰 陽 連 絡 道 路 と して も,沿 線 住 民 の 生 活 道 路 と して も,燧 道 建 設 と峠 越 え の 路 線 改 良 に よ り交 通 難 を 解 消 す る こ とが 大 きな 課 題 で あ り,赤 名 峠 で は1.7km,吹. ケ 峠 で は5.1kmそ. れぞれ路線. が 短 縮 され た 幽。 一 方,県 西 部 の 国道 の直 轄 工 事 化 は少 し遅 れ て始 ま り66年 度 よ り国道191 号 線(益. 田. 下 関 線),70年. 度 よ り261号 線(江 津. 広 島 線)が 直 轄 工 事 と して 行 わ れ た 。. この よ う に道 路 整 備 事 業 は,主 要 国 道 は国 の 直 轄 工 事 と して,そ れ 以 外 の 国 道,県 道, 市 町 村 道 は補 助 事 業 や 単 独 事 業 と して 実 施 され た が,整 備 の 促 進 と地 元 負 担 の 軽 減 を 図 る た め主 要 地 方 道 か ら国道,一. 般 県 道 か ら主 要 地 方 道 へ の変 更 な ど路 線 種 の昇 格 が行 わ れ. た 。 島 根 県 で は県 道 以 上 の 道 路 は59年3月 に は231路 線,実 延 長3,244kmに. 末 の212路 線,実 延 長3,114kmか. ら75年3月 末. 増 加 して い る。 この 間 に路 線 種 の 昇 格 に よ って 幹 線 道 路. で あ る国 道 と主 要 地 方 道 は路 線 数,実 延 長 と も増 え て お り,県 道 以 上 の 道 路 に 占め る割 合 は,路 線 数 で11%か. 5.2.3市. ら16%,実. 延 長 で32%か. ら38%へ そ れ ぞ れ 増 加 して い る㈲。. 町村 道 と農 林 道 の整 備. 国 の 道 路 整 備 計 画 にお いて 市 町 村 道 の 整 備 に力 を 入 れ る よ う にな った の は60年 代 後 半 か らで あ った 。 市 町 村 道 整 備 に取 り組 む 理 由 と して,国 道 ・県 道 の 整 備 効 果 が 十 分 に発 揮 さ れ な い こ と,地 域 開 発 の 妨 げ とな る こ と,社 会 経 済 活 動 の 広 域 化 が 進 展 して い る こ とな ど が 挙 げ られ て い る㈲。 当 時(65年3月 町 村 道 は1万6,151kmで. 末)の 島 根 県 の国 道 ・県 道 の実 延 長 は3,188km,市. あ り,両 者 の 整 備 水 準 を比 較 す る と改 良 済 区 間 は18%と5%,舗. 装 道 の 割 合 は10%と1%,自. 動 車 交 通 不 能 区 間 は5%と54%で. いが 格 差 は歴 然 と して いた 。 しか し,10年 後(75年4月1日 町 村 道 は改 良 済 区 間12%,舗. 装 道13%,自. 国 道 ・県 道 の 改 良 済 区 間47%,舗. あ り,ど ち ら も整 備 率 は低 現 在)の 整 備 率 を み る と,市. 動 車 交 通 不 能 区 間44%と 改 善 さ れ て い る もの の,. 装 道79%,自. 動 車 交 通 不 能 区 間2%と. 比 較 す る と,高 度. 成 長 期 の 終 わ った 時 点 にお いて も市 町 村 道 の 整 備 は緒 に就 いた ばか りの 水 準 に と ど ま って いた 働。. 幽. 『中 国 地 方 建 設 局 三 十 年 の あ ゆ み 」113ペ. ㈲. 『島 根 県 総 合 振 興 計 画 』266ペ. ㈹. 『島 根 新 聞 」1967年11月2日. ㈲. 『島 根 県 統 計 書(昭. 和40年. ー ジ。. ー ジ,『 県 政 の あ ゆ み(昭. 和48・49年. 度 版)』167ペ. ー ジ。. 。 度 版)」266-267ペ. ペ ー ジ。 -108(108)一. ー ジ,「 島 根 県 統 計 書(昭. 和50年. 度 版)」280-281.
(15) 地域開発 と交通基盤の整備(川 島) 次 に農 林 道 の 整 備 につ いて み る と,農 道 整 備 は早 くか ら土 地 改 良 事 業 にお いて 実 施 され て いた が65年 度 よ り新 しい段 階 を 迎 え た 。64年 度 を 初 年 度 とす る第4次 道 路 整 備5か 年 計 画 の 策 定 に伴 い揮 発 油 税 等 の 増 税 を 行 う こ と にな り,こ れ に関 連 して 農 林 漁 業 用 揮 発 油 税 の 減 免 に代 わ る方 式 と して65年 度 予 算 にお いて 新 し く農 林 漁 業 用 揮 発 油 税 財 源 身 替 農 道 整 備 事 業 が 開 始 され た ⑱。 農 道 整 備 の 目的 は生 産 の 近 代 化,流 通 の 合 理 化,農 村 環 境 の 改 善 な どで あ り,農 林 漁 業 用 揮 発 油 税 財 源 身 替 農 道 整 備 事 業 や 総 合 農 政 の 一 環 と して の広 域 営 農 団地 農 道 整 備 事 業 (70年 度 よ り)に 基 づ い て基 幹 農 道 が整 備 され る こ とに な った。 さ らに,過 疎 対 策 と して の 基 幹 農 道 の 整 備,農 業 振 興 地 域 で の基 幹 農 道 の舗 装 事 業 な どが実 施 され る よ うに な った㈹。 この う ち広 域 営 農 団 地 農 道 は延 長20-30kmに. 及 ぶ大 規模 農 道 で あ り,沿 線 の 農 業 振 興 を. 始 め と して 地 域 開 発 に大 きな 役 割 を 果 た す もの と して 期 待 され た6① 。 一 方 ,林 道 に関 して は,森 林 資 源 の 開 発 を 始 め と して 林 業 生 産 に不 可 欠 な 基 盤 で あ り, 島 根 県 にお いて も国 の 施 策 に即 応 して 林 道 網 の 計 画 的 な 開 設 ・改 良 が 行 わ れ て きた 。 林 道 整 備 の 目的 と して は,生 産 性 の 向 上,未 開 発 林 の 開 発,国 土 保 全,森 林 資 源 の 培 養,農. 山. 村 地 域 の振 興 な どを掲 げ て お り61),66年度 か らは農 林 漁 業 用 揮 発 油 税 財 源 身 替 林 道 整 備 事 業(峰 越 連 絡 林 道 開 設)が 行 わ れ て い る励。 この よ う に60年 代 後 半 か ら70年 代 前 半 にか けて,農. 山村 地 域 にお いて 産 業 振 興 を 図 るた. あ の 産 業 道 路 と して 幹 線 農 林 道 を 開 設 す る施 策 が 相 次 いで 導 入 され た こ と に よ り,高 度 成 長 期 の 後 半 に は過 疎 対 策 を 含 め て 県 下 全 域 に道 路 ネ ッ トワー クを 隈 な く張 り巡 らせ るた め の 市 町 村 道 や 農 林 道 整 備 の 施 策 体 系 が 拡 充 され た 。 道 路 ネ ッ トワー ク整 備 の 必 要 性 につ い て73年 の 「島 根 県 新 長 期 計 画 」 は,県 の 立 地 条 件 を 抜 本 的 に改 善 し全 県 土 に新 た な 開 発 の 可 能 性 を 拡 大 す るた め と説 明 して い る。1で 述 べ た よ う に,こ の 県 新 長 期 計 画 は工 業 と農 業 の 両 分 野 を 主 軸 と した 経 済 開 発 を 謳 って い るが,こ の 政 策 は県 土 全 体 に開 発 の 可 能 性 を ㈹. 『国 の 予 算(昭. ㈲. 『県 政 の あ ゆ み(昭 165-167ペ. 度 版)』271ペ 和40・41年. ー ジ。. 度 版)」121-122ペ. ー ジ,「 県 政 の あ ゆ み(昭. 版)』367-368ペ 6①. 和40年. 和46・47年. ー ジ,「 県 政 の あ ゆ み(昭 度 版)」244-246ペ. 和44・45年. ー ジ,「 国 の 予 算(昭. 度 版)」 和50年. 度. ー ジ。. 『島 根 新 聞 』1971年1月12日,9月20日,『. で あ る 宍 道 湖 北 部 農 道 沿 線 で は,工 の 開 発 申 し入 れ が あ る な ど,県. 山 陰 中 央 新 報 」1974年3月4日. 。 大 規 模 農 道 の1つ. 事 期 間 中 に 三 菱 系 資 本 か ら 別 荘 地,住. 友 系 資 本 か ら ゴル フ場. 外 資 本 に よ る 用 地 買 収 の 動 き が み ら れ た(『 山 陰 中 央 新 報 』1973. 年10月1日)。 61)『 県 政 の あ ゆ み(昭. 和34・35年. ペ ー ジ,『 県 政 の あ ゆ み(昭. 版)」144ペ. 和44・45年. ー ジ,「 県 政 の あ ゆ み(昭. 度 版)」252ペ. 312ペ ー ジ 。 勧. 『国 の 予 算(昭. 和45年. 度 版)』329ペ. ー ジ。 -109(109)一. 和38・39年. ー ジ,『 県 政 の あ ゆ み(昭. 版)」179-180. 和46・47年. 度 版)」.
(16) 第7巻. 第1号. 拡 大 す る た め の 道 路 ネ ッ トワ ー ク 形 成 の 必 要 性 を 裏 付 け る もの で も あ っ た と い え る ㈹。. 5.2.4高. 速 自動車 道 の 建設 と島 根 県. 56年4月. の 日本 道 路 公 団 発 足 と翌 年4月 の 「国 土 開 発 縦 貫 自動 車 道 建 設 法 」 の 制 定 に よ. り高 速 自動 車 道 建 設 に向 けた 準 備 が 整 い,65年7月. の 名 神 高 速 道 路(西 宮. 小 牧 間)と69. 年5月 の 東 名 高 速 道 路(東 京 一 小 牧 間)の 開 通 に よ り高 速 自動 車 道 時 代 の 幕 が 開 けた 。 こ れ に続 いて 国 土 開 発 幹 線 自動 車 道 の さ らな る建 設 に着 手 され,中 国 縦 貫 自動 車 道(吹 下 関 間)に つ いて は66年7月. 田. に吹 田一 落 合 間,美 祢 一 下 関 間 の 整 備 計 画 が 決 定 し,そ れ ぞ. れ 両 端 か ら一 部 着 工 し,83年3月. に全 線 が 開 通 して い る。. 島 根 県 に と って,山 陰 と 山陽 を 一 体 と して 発 展 させ,各 地 との 時 間 距 離 を 大 幅 に短 縮 さ せ るた め,中 国 縦 貫 自動 車 道 と これ の"肋 骨"を な す 中国 横 断(陰 陽 連 絡)自 動 車 道 の 建 設 は県 勢 を 左 右 す る課 題 で あ った 。 す で に61年 の 「島 根 県 総 合 振 興 計 画 」 にお いて,経 済 流 通 の 高 速 化 を 図 るた め に 中国 縦 貫 自動 車 道 の 早 期 実 現 を 促 進 す る と述 べ て,こ の 道 路 に 直 結 す る高 速 自動 車 連 絡 道 は県 の東 部 と西 部 に1本 ず つ 必 要 に な る と して い る勧。 そ の 後 も67年 の 「県 勢 振 興 の 基 本 構 想 」 で は,県 政 振 興 の 根 幹,県 土 開 発 の 大 動 脈,陰 陽 拠 点 地 域 間 の 時 間 距 離 の 短 縮,広 域 経 済 圏 の 確 立 な ど最 大 限 の 理 由を 挙 げて,中 国 縦 貫 自動 車 道 と 中国 横 断 自動 車 道(浜 田一 広 島 間,境 港 一 岡 山間)の 早 期 建 設 を促 進 す る と して い る㈲。 さて,中 国 自動 車 道 の 建 設 が 進 あ られ て いた60年 代 後 半 か ら70年 代 前 半 にか けて 高 速 自 動 車 道 の全 国 的 な構i想が 拡 大 して い っ た。69年 の 「新 全 国総 合 開 発 計 画 」(計 画 期 間 は65 年85年)に. は,建 設 計 画 と して 中国 縦 貫 自動 車 道,中 国 横 断 自動 車 道,建 設 構想 と して. 山陰 海 岸 自動 車 道,中 国 横 断 自動 車 道 が 盛 り込 まれ て い る。 さ らに73年 の 「島 根 県 新 長 期 計 画 」 で は新 全 総 を 踏 まえ て,新. しい国 土 開 発 の 骨 格 とな る高 速 自動 車 網 の 一 環 と して 中. 国 縦 貫 自動 車 道,中 国 横 断 自動 車 道(浜 田一 広 島 間,境 港 一 岡 山 間)の 早 期 開通 に加 え て, 陰 陽 を 連 絡 す る松 江 一 広 島,松 江 一 尾 道,益 岸 自動 車 道(大. 田一 徳 山ル ー ト,日 本 海 側 を 縦 貫 す る 山陰 海. 阪一 松 江一 下 関 間)の 建 設 促 進 を 目指 す と して い る働。 こ の県 新 長 期 計 画. は85年 にお け る 「島 根 県 の 可 能 性 の 領 域,す な わ ち,実 現 可 能 な 望 ま しい島 根 の 未 来 像 」 を 明 らか に した もの で あ るが,85年. に は京 阪 神 や 山陽 と結 ぶ 新 幹 線 鉄 道 や 高 速 自動 車 道 な. ど主 要 な 交 通 ネ ッ トワー ク は ほ とん ど完 成 し,例 え ば,松 江 か ら大 阪 へ は僅 か1時 間 半 程 ㈹. 『島 根 県 新 長 期 計 画 」17,24-25,30ペ. 励. 『島 根 県 総 合 振 興 計 画 』265,293-294ペ. ㈲. 『県 勢 振 興 の 基 本 構i想 』33-34ペ. 6③. 『島 根 県 新 長 期 計 画 」30-32ペ. ー ジ。 ー ジ。. ー ジ。 ー ジ。 -110(110)一.
(17) 地域開発 と交通基盤の整備(川 島) 度 で 行 け る よ うに な り,全 国 は1日 行 動 圏 に入 って い る,と 語 られ て い た㈲。 県 新 長 期 計 画 で は,前 述 の よ う に県 土 全 体 に開 発 の 可 能 性 を 拡 大 す るた め に は交 通 ネ ッ トワー クの 先 行 整 備 が 不 可 欠 と して い るが,中 国 縦 貫 道 や 中国 横 断 道 な どの 高 速 自動 車 道 は こ う した 道 路 交 通 ネ ッ トワー クの 頂 点 に立 つ もの で あ った 。 と こ ろで,島 根 県 で は 中国 縦 貫 自動 車 道 が 県 内 を 通 過 す る こ と に力 を 注 ぎ,一 部 区 間 が 県 西 南 部 を 通 過 す る こ と にな り,浜 田一 広 島 間 に 中国 横 断 自動 車 道 が 建 設 され る こ と と合 わ せ て,高 速 自動 車 道 開通 に伴 う県 西 部 の経 済 発 展 に大 きな 期 待 が か け られ た鰍。 この 浜 田 自動 車 道 は79年 に着 工 され91年 に全 線 が 開 通 して い る。 この よ う に島 根 県 にお け る道 路 整 備 は国 の 道 路 整 備5か 年 計 画 に基 づ いて 高 度 成 長 期 を とお して 着 実 に進 展 した 。 道 路 整 備 は国 道 と県 道 が 先 行 し,市 町 村 道 整 備 は60年 代 後 半 か ら本 格 化 した 。 また,こ の 時 期 か らは農 林 漁 業 用 揮 発 油 税 財 源 身 替 農 林 道 整 備 や 過 疎 対 策 な ど地 域 開 発 諸 法 に基 づ く道 路 整 備 施 策 が 始 ま り,県 内 の 道 路 ネ ッ トワー ク整 備 に向 けた 体 制 が 整 った 。 一 方,道 路 ネ ッ トワー クの 頂 点 を な す 高 速 自動 車 道 につ いて は60年 代 後 半 に 中国 縦 貫 自動 車 道 の 建 設 が 始 ま り,島 根 県 勢 の 将 来 を 左 右 す る課 題 と して 高 速 自動 車 道 誘 致 に向 けた 取 り組 み が 強 化 され た 。. 5.3国 5.3.1長. 鉄 列車 網 の整 備 と輸 送 力 の増 強 距離 優 秀 列車 の 県 内導 入. 合理 化 以前. 「島根 県 総 合 振 興 計 画 」 の策 定 さ れ た 当 時(1959年),県. 内 の 国 鉄 鉄 道 網 と して 日本 海 に. 沿 って 東 西 に走 る 山陰 本 線,山 陰 本 線 か ら分 岐 し山陽 へ 伸 び る木 次 線,山. 口線,三 江 線 の. 3本 の 支 線 及 び大 社 線 が あ った 。 鉄 道 の 整 備 に関 して は,東 は京 阪 神,西. は北 九 州 へ 連 絡. す る 山陰 本 線,鳥 取 県 米 子 市 にお いて 山陰 本 線 か ら分 岐 して 山陽 へ 連 絡 す る伯 備 線(米 子 一 倉 敷 間)の2つ. の 路 線 の 輸 送 力 増 強 が 重 要 な 課 題 で あ った 。60年 当 時 の 島 根 県 と県 外 各. 地 を 結 ぶ 旅 客 列 車(準 急 行 以 上)と 一 大 阪 一 京 都 間) ,準 急 行4本(米. して は,急 行2本(大 子 一 広 島 間2,米. 社 一 大 阪 一 東 京 間,大 社 一 岡 山. 子 一 博 多 間,出 雲 市 一 岡 山 間)の 計. 6往 復 が運 行 さ れ て お り,京 阪 神,山 陽,北 九 州 経 済 圏 との直 通 列 車 が 実現 して い た。 しか し,こ の うち 山陰 本 線 で 県 西部 を通 る の は米 子. ⑳. 『山 陰 中 央 新 報 」1973年7月5日(「. 融. 『島 根 新 聞 」1967年4月7日,11月4日,11月10日,1970年1月1日. ㈲. 『島 根 県 総 合 振 興 計 画 」295-296,300-302ペ. 考 え る 県 政 」)。. て 中 国 山 地 を 通 っ て 山 陽 と 連 絡 す る3線 い た 。 ま た,国. 鉄 以 外 に 私 鉄1社3路. 博 多 間 を結 ぶ 準 急 行1本 だ け で あ った⑲。. ー ジ。 な お,国 の 計 画 が あ り,1線. 線 が あ った 。 -111(111)一. 。 鉄 の 新 線 計 画 と して 県 西 部 に お い で は 建 設(延. 伸)工. 事 が 進 め られ て.
(18) 第7巻. 第1号. 60年 代 に は旅 客 輸 送 力 の さ らな る増 強 の た め に,山 陰 本 線 と伯 備 線 を 走 行 す る特 急 ・急 行 な ど優 秀 列 車 の 新 設 や 延 長,そ れ に 山陰 本 線(米 子 一 出雲 市 間)と 伯 備 線 の 複 線 化 ・電 化 の 実 現 に取 り組 まれ た 。 まず,列 車 の 新 設 ・延 長 につ いて み る と,61年10月 ヤの 改 正 は島 根 県 に と って 大 きな 意 義 が あ った 。 第1に,山 大阪. 京 都 間)が 導 入 され た こ とで あ り,第2に,浜. 田. の 国 鉄 ダイ. 陰 本 線 に初 め て 特 急(松 江 一 大 阪 間 に急 行 が 導 入 され,東 京. 行 き急 行 の 始 発 駅 が 浜 田 に延 長 され るな ど,県 西 部 と東 京,大 阪 間 の 直 通 列 車 が 実 現 した こ とで あ る。 そ の 後 も64年 に は特 急 の 松 江. 博 多 間 の 延 長 運 転,島 根 と大 阪,博 多,広 島. を 結 ぶ 急 行 ・準 急 行 の 新 設,山 陰 と北 陸 を 結 ぶ 急 行 の 新 設,65年 に は米 子 一 熊 本 間 の急 行, 米 子 一 博 多 間 の 夜 間 急 行,浜. 田一 新 大 阪 間 の 特 急 な どの 新 設,66年10月. に は 山陰 と 中京 地. 区 を 結 ぶ 直 通 列 車 と して 大 社 一 名 古 屋 間 に 急 行 が 新 設 され た㈹。 こ の よ うに60年 代 半 ば ま で は島 根(山 陰)と 各 地 を 結 ぶ 長 距 離 旅 客 列 車 網 が 急 速 に拡 充 され た 時 期 で あ った 。 次 に,複 線 化 に よ る輸 送 力 増 強 につ いて み る と,山 陰 本 線(米 子 一 出雲 市 間)の 複 線 化 は66年12月 よ り3区 間 にお いて 工 事 が 始 ま った 。 一 方,電 化 につ いて は76年2月. に 山陰 本. 線(伯 者 大 山一 出雲 市 間)の 電 化 事 業 につ いて 運 輸 大 臣 の 工 事 認 可 を 得 て 着 工 に至 った 。 山陰 本 線 と伯 備 線 を 通 した 電 化(知 井 宮 一 倉 敷 間)が 実 現 した の は82年 で あ った ㊨1)。. 5.3.2鉄. 道 合理 化 と 山陽 新幹 線 との 接 続. 68年9月,国 約2,600kmの. 鉄 の 経 営 改 善 につ いて 審 議 を 進 あ て きた 国 鉄 諮 問 委 員 会 は,赤 字 線83線, 廃 止 と 自動 車 輸 送 へ の 切 り替 え勧 告 を 含 む 意 見 書 を ま と め,国 鉄 総 裁 に提. 出 した。 島根 県 で は大 社 線 と三 江 線 が対 象 とな った 鋤。 そ の後,69年. 春 か ら70年 初 め にか. けて 国 鉄 合 理 化,財 政 再 建 に向 けて の 対 策 が 打 ち 出 され た が,こ の 間,69年6月. に米 子 鉄. 道 管 理 局 にお いて 記 者 会 見 した 国 鉄 本 社 旅 客 局 長 は,山 陽 新 幹 線 の 岡 山開 通 時 点 にお いて は陰 陽 連 絡 線 で あ る伯 備 線 の ス ピー ドア ップが 最 重 点 にな る と述 べ る一 方 で,地 方 線 の か な りの 駅 は無 人 化,業 務 委 託 な ど合 理 化 の 対 象 とな らざ るを 得 な い こ とを 強 く示 唆 した 。 同 年7月,島. 根 県 で は赤 字 ロー カル 線 の 廃 止,小 規 模 駅 の 無 人 化 ・廃 止 な どの 問 題 に本 腰. を 入 れ て 取 り組 む こ と にな った ㈹。 ㈹. 『県 政 の あ ゆ み(昭. 和36・37年. 版)」207-208ペ. 229ペ ー ジ,『 県 政 の あ ゆ み(昭. 和40・41年. ー ジ,『 県 政 の あ ゆ み(昭. 度 版)」229ペ. 和38・39年. 版)』228-. ー ジ,『 米 子 鉄 道 管 理 局 史 」218-224ペ. ー. ジ。 ㈹. 『県 政 の あ ゆ み(昭. 和40・41年. 度 版)」229ペ. ペ ー ジ。 勧. 『島 根 新 聞 」1968年9月6日. ㈹. 『島 根 新 聞 」1969年6月18日,7月26日. 。 。 -112(112)一. ー ジ,『 県 政 の あ ゆ み(昭. 和50-53年. 度 版)」297.
(19) 地域開発 と交通基盤の整備(川 島) 島 根 県 内 にお け る合 理 化 は木 次 線 と 山陰 本 線(出 雲 市 駅 以 東)が 対 象 とな った 。71年10 月 よ り木 次 線15駅 につ いて は,す で に無 人 化 され て い る3駅 に加 え,新 た に無 人 化7駅, 民 間 委 託3駅. とな り,従 来 ど お りの業 務 を行 うの は2駅. 雲 市 駅 以 東)で 業 務 委 託1駅,簡. は72年2月. とな った㈹。 ま た,山 陰 本 線(出. よ り県 内12駅 の う ち,現 状 の ま ま残 るの は5駅,無. 易 委 託1駅,貨. 物 取 扱 の 合 理 化4駅. 人 化1駅,. とな った ㈹。 な お,赤 字 線 の 廃 止 に関. して は,73年 度 に な る と列 島 改 造 施 策 を推 進 す るた め 大 幅 に後 退 して い た が㈹,廃 止 対 象 と な って い た三 江 線 と大 社 線 に つ い て,三 江 線 は木 次 線 と と も に81年 に 当面 存 続 が 決 定 し,大 社 線 は88年 に廃 止 ・バ ス路 線 へ の 転 換 が 決 定,2000年3月 さて,72年3月. 末 に廃 止 され た 。. に は 山陽 新 幹 線 新 大 阪 一 岡 山間 の 開 業 に合 わ せ て 山陰 本 線 ・伯 備 線 の ダ. イ ヤ は大 幅 に再 編 成 され た 。 ① 新 幹 線 との 接 続 列 車 と して,出 雲 市 一 岡 山間,益. 田市 一 岡. 山間 に特 急 を 増 発 す る,ま た,こ れ まで の 出雲 市 一 新 大 阪 間 の 特 急 を 出雲 市 一 岡 山間 とす る,② 山陰 と関 東 を 結 ぶ 急 行(浜. 田一 東 京 間)を 全 車 寝 台 特 急 に格 上 げす る,③ そ の 他 に. 山陰 と広 島地 区 の連 絡,山 陰 本 線 の急 行 な どに つ い て も ダ イ ヤ の変 更 が あ った㈲。 こ う し て,60年. 代 後 半 か ら70年 代 前 半 にか けて の 島 根 県 で は,在 来 線 の 合 理 化 に揺 れ る一 方 で,. 山陽 新 幹 線 新 大 阪 一 岡 山間 の 開 業 に伴 い各 地 との 時 間 距 離 が 短 縮 され る こ と に大 きな 期 待 が 寄 せ られ た 。 そ の 後 は,島 根 と岡 山を 結 ぶ 路 線 の 輸 送 力 増 強 に関 して は,特 急 列 車 の 増 発 と車 両 改 良 に よ る ス ピー ド化 が 課 題 とな り,懸 案 で あ った 電 化 事 業 につ いて は73年7月 の 国 体 誘 致 決 定 を 契 機 と して 具 体 化 に向 けて 動 き 出す こ と にな った 。. 5.3.3新. 幹 線 鉄 道 の 建設 と島 根 県. 59年4月. よ り東 海 道 新 幹 線 の 建 設 が 始 ま り64年10月 に は東 京 一 新 大 阪 間 が 開 業 した 。 こ. れ に続 いて67年3月 開 業,75年3月. に は 山陽 新 幹 線 の 第1期 工 事(新 大 阪 一 岡 山間)に 着 手,72年3月. に. に は岡 山一 博 多 間 が 開 通 した 。 これ よ り先,既 述 の よ う に69年 の 「新 全 国. 総 合 開 発 計 画 」 に は,鉄 道 建 設 計 画 と して 山陽 新 幹 線,建 設 構想 と して 山陰 新 幹 線 と陰 陽 連 絡 新 幹 線 が 盛 り込 まれ て いた 。 そ の 後,73年. の 「島 根 県 新 長 期 計 画 」 で は,全 国 主 要 都. 市 との 時 間 距 離 の 大 幅 な 短 縮 を 図 るた め,全 国 的 な 新 幹 線 網 と くに 日本 海 新 幹 線 の 一 環 と な る 山陰 新 幹 線(大 阪. 松江. 下 関 間)と 陰 陽 連 絡 新 幹 線(松 江. ㈹. 『島 根 新 聞 」1971年9月21日. 。. ㈹. 『島 根 新 聞 」1972年2月9日. 。. ㈹. 『島 根 新 聞 」1973年2月5日. 。. ㈹. 『島 根 新 聞 」1972年1月23日. 。 一113(113)一. 広 島 間,松 江. 岡 山 間).
(20) 第7巻. 第1号. の 早 期 建 設 を 促 進 す る と して い る㈹。 73年11月,運. 輸 大 臣 の 諮 問 機 関 で あ る鉄 道 建 設 審 議 会 にお いて 新 幹 線12路 線 を85年 まで. に建 設 す るた め の 工 事 基 本 計 画 が 認 め られ,こ の 中 に 山陰 新 幹 線(大 阪 市 一 鳥 取 市 付 近 一 松 江 市 付 近 一 下 関 市 間)と 中 国横 断 新 幹 線(松 江 市 一 岡 山市 間)の2路. 線 が含 ま れ て い た。. 懸 念 され た の は 中国 地 方 の 新 幹 線 の 優 先 順 位 が 低 い こ とで あ った ㈹。 と こ ろが,73年. 秋 か ら石 油 危 機 を 契 機 と して 経 済 状 況 が 大 き く変 動 し,新 幹 線 鉄 道 の 建. 設 工 事 が 凍 結 され る こ と にな った 。 また,島 根 県 で は県 新 長 期 計 画 に掲 げ られ た 事 業 の 計 画 作 成 作 業 を見 合 わ せ ざ る を得 な くな り㈹,そ の 後,78年1月. に策 定 さ れ た 「島 根 県 新 長. 期 計 画(改 定 計 画)」 を み る と,主 要 プ ロ ジ ェク トで あ る高 速 自動 車 道 と新 幹 線 鉄 道 の 建 設 計 画 に掲 げ られ て い るの は既 定 の 中国 縦 貫 自動 車 道 と 中国 横 断 自動 車 道(浜 田 自動 車 道) の み で あ りσD,新幹 線 鉄 道 と高 速 自動 車 道 の 島根 県 へ の誘 致 に と って厳 しい 時期 を迎 え た。 こ う した 中 で73年6月,島. 根 県 に お い て82年 国 民 体 育 大 会 の 開 催 が 正 式 決 定 した こ と. は,交 通 体 系 の 整 備 を 促 進 させ る契 機 とな った 。1つ. は懸 案 で あ った 山陰 本 線(伯 善 大 山. 一 知 井 宮 間)の 電 化 事 業 が 本 格 化 し,前 述 の よ う に82年7月 1つ は66年7月. に実 現 した こ とで あ る。 他 の. に開 港 した 県 営 出雲 空 港 の 拡 充 整 備 が 行 わ れ,80年11月. に 出雲 一 東 京 間 に. ジ ェ ッ ト機 の 直 行 便 が 就 航 した こ とで あ る。 この よ う に,鉄 道 整 備 に関 して は,島 根 と先 進 工 業 地 帯 を 直 通 で 結 ぶ 長 距 離 旅 客 列 車 の 県 内 導 入 や 山陰 本 線 の 複 線 化 ・電 化 な ど輸 送 力 増 強 を 目指 した 取 り組 み が 行 わ れ,長 距 離 列 車 の 導 入 は60年 代 に大 き く前 進 した 。 さ らに全 国 的 な 高 速 鉄 道 ネ ッ トワー ク整 備 との 関 係 で は,72年 の 山陽 新 幹 線 新 大 阪. 岡 山間 の 開 通 が 大 きな 意 義 を 持 って お り,在 来 線 と新. 幹 線 との 接 続 列 車 の 増 発 ・高 速 化 に よ り鉄 道 面 で も時 間 距 離 の 短 縮 と行 動 圏 の 拡 大 を 実 現 した 。. 6お. わ. り. に. 高 度 成 長 期 の 島 根 県 にお いて 経 済 発 展 と地 域 振 興 の た め に行 わ れ た 事 業 を 検 討 した 。 ま ず,中 海 干 拓 は戦 後 の 食 糧 増 産 対 策 事 業 で あ り,中 海 新 産 業 都 市 建 設 は地 方 にお け る工 業 開 発 拠 点 の 形 成,全 国 的 な 地 域 格 差 の 是 正 を 目指 した 事 業 で あ った 。 県 内 にお いて こ う し ㈹. 『島 根 県 新 長 期 計 画 」31ペ. ㈲. 『山 陰 中 央 新 報 」1973年11月3日,11月4日. ⑳. 『県 政 の あ ゆ み(昭. σ1)『 県 政 の あ ゆ み(昭. ー ジ。 。. 和48・49年. 度 版)」1ペ. 和5053年. 度 版)」2-4ペ. ー ジ。. -114(114)一. ー ジ。.
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※短期:平成 31 年度~平成 32 年度 中期:平成 33 年度~平成 37 年度 長期:平成 38 年度以降. ②
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3.基本料率の増減率と長期係数 ◆基本料率(保険金額 1,000 円につき) 建物の構造 都道府県 北海道 青森県 岩手県 宮城県 秋田県 山形県 福島県 茨城県 栃木県 群馬県
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写真① ⻄側路盤整備完了 写真② 南側路盤整備完了 写真④ 前室鉄⾻設置状況 写真⑤